215話 テオvs剣士&弓術士 1
テオがヴァルキリーへ向かって手をかざす。
「【魔獣治癒】、【時流加速】!」
戦乙女の傷が塞がっていき、直後一気に加速する。
瘴気を纏った剣士に向かって、疾風のように翔けた。
「【ライジング・アサルト】」
が、剣士はポールアックスを光らせ跳び上がる。
崖の上に着地し、先ほどまで立っていた谷底をうろつくヴァルキリーを見下ろしほくそ笑んだ。
「く……!」
テオが歯噛みする。
ヴァルキリーは浮遊移動するため、跳躍爆風では跳ばすことはできない。
せめてヴァルキリーの攻撃モーション中に敵が跳び上がってくれれば、一緒に飛んでいくこともできた。『攻撃モーション中は執拗に追跡する』というヴァルキリーの特徴だ。
しかし、接近する前に崖の上へ避難されてしまってはどうしようもない。
「あぐッ」
その間にも、崖の向こう側に身を隠した弓術士が矢を撃ちこんでくる。
既にテオは、何発も弓術士の矢を受けてきている。『治療の香水』と『増命の双月』効果でなんとか耐えきることができているが、このままでは手出しできない。
「【レン・スパイダー】召喚! 【竜巻防御】!」
オレンジ色の巨大な蜘蛛を召喚し、射撃攻撃を逸らす魔法をかける。が……
「――【ドロップ・エアレイド】」
その瞬間、剣士がこちらへ飛び込みレン・スパイダーを一刀両断にしてしまった。
「【スワローフラップ】」
「【スカルガード】召喚!」
追撃のスワローフラップは、テオが召喚紋を盾にしてしのぐ。
しかしそこへまた降ってくる矢。
「くうっ」
なんとか身をよじってかわすが、太ももを掠めて切り裂いていった。
高速化したヴァルキリーが剣士に背後から迫っていくが……
「【エヴィセレイション】」
剣士は振り向くや、ポールアックスを一閃。
凄まじい速度で突き出されるヴァルキリーの槍と正面から激突し、相殺した。
(『精神獣与』までかかってるのに!)
ヴァルキリーの槍は、暗い虹色のエネルギーを纏っていた。マナを削る精神攻撃付与、精神獣与の効果だ。
その攻撃も、武器で受け止められては効果が及ばない。
「【ブレイクアロー】」
「!」
弓術士が崖の上から顔を出し、ヴァルキリーに黄色い矢を放った。
ヴァルキリーの側面に突き刺さり、甲冑を粉砕。
そのままヴァルキリーを大きく後方へ押し戻す。
――ヴォンッ
ちょうどその頃、二体のスカルガードが魔紋から復活した。死亡後三十秒で復活するこの骸骨剣士の特性だ。
「ふん」
「【アローバラージ】」
しかし剣士はそれに一瞥もくれず、後方へと飛び退く。
タイミングを合わせて、弓術士が無数の矢をまとめて発射した。
矢が二本ずつスカルガードに撃ち込まれ、それを破壊。
「あうっ」
残りの矢がテオにも飛んできた。肩と脇腹に突き立ったそれを呻きながら睨みつける。
「【ライジング・アサルト】」
その間に剣士は崖上へと避難していった。
剣士へ迫っていたヴァルキリーが、再び目標を失う。
「【ショ・ゴス】召喚、【跳躍爆風】!」
すぐさまテオは、醜悪な黒い肉塊のようなモンスターを召喚。
奉仕種族。凶悪な精神攻撃を周囲に撒き散らす上級モンスターだ。
そのショ・ゴスを跳ばして崖上の剣士のもとへ放り込んだ。
「【ブレイクアロー】」
が、それはすぐに弓術士の矢で撃墜されてしまう。倒されはしなかったが、空中にいる間に吹き飛ばされ峡谷の奥へと消えていってしまった。
(これなら、相手を傷つけずに無力化できると思ったのに!)
ショ・ゴスはあくまで精神攻撃を行うモンスターなので、敵を殺す心配はない。しかも物理攻撃がほぼ効かない粘性の肉体を持っている。ゆえに、物理攻撃しかできない剣士と弓術士を相手にするには最適なはずだった。
それがあっという間に吹き飛ばされていってしまった。足が遅いショ・ゴスでは、ここまで戻ってくるのに時間がかかる。
(このままじゃ、らちが明かない)
ここまで、スカルガードの復活なども利用しなんとか持ちこたえてきた。
が、相手もその処理に慣れてきている。上級モンスターであるヴァルキリーですら剣士の動きについていけない。
(こういう時は、確か……地形を利用して)
何度もマナヤやセメイト村所属の召喚師達と討論した内容を思い出す。
地の利を味方につけ、有利な戦線を築く。それが『コウマ流召喚術』の基本にして極意だ。
しかし現状、地の利があるのは敵側の方である。垂直に切り立った崖が乱立しているここは、ヴァルキリーでは対処できない。モンスターを崖上へ送り込もうにも、その度に弓術士に対処される。
(場所を変えよう)
なにも、敵に有利なこの場所で戦い続けることはない。
上空からここに落ちてくる最中、ちょうど良さそうな地形がこの近くに見えたことを思いだした。
「【戻れ】!」
テオは弓術士から離れるように移動しつつ、ヴァルキリーを自分のもとへ。
剣士らが怪訝な顔をしている間に、テオは懐からブレスレットを取り出し、自分の首にかけた。
――【俊足の連環】
そしてそのまま、聖騎士らから離れるように飛び出した。
走る速度を上げる錬金装飾のおかげで、召喚師とは思えぬスピードで谷の奥へ奥へと移動。『妖精の羽衣』効果もあり、足を動かす必要もなく地面スレスレを滑るように翔けていく。
「チッ、逃がすか」
「待て、深追いするな」
剣士はすぐに跳び込もうとしたようだが、弓術士が止めていた。
今、ヴァルキリーはテオの周囲を回るように控えている。
この状態で剣士が近くへ跳び込めば、加速したヴァルキリーに狙い打たれることになるだろう。それを弓術士は読んだのだ。
「【マッシヴアロー】」
「【待て】」
弓術士が、ヴァルキリーを無視してテオの背へ矢を放つ。
が、テオはヴァルキリーをその場に停止させその背後へ隠れた。
竜巻のような旋風を纏った矢は、ヴァルキリーの甲冑にぶつかって止まる。
「【戻れ】!」
それを確認したらすぐにまた引き戻し、さらに奥へと翔けるテオ。
しかし、背後からほぼ同じスピードで駆けてくる音が聞こえた。
(『妖精の羽衣』と『俊足の連環』をつけてるのに、引き離せない……いや、追いつかれる)
崖の上で、聖騎士二人の足音が近づいてくる。
今のテオは、並みの剣士と同等以上まで足が速くなっているはず。にも関わらず、剣士どころか弓術士の方もどんどんテオとの距離を詰めてきている。
必死に駆け抜け、周囲の地形が少しずつ変わり始めた。
台座のような高台は姿を消し始め、先の尖った山のようなものが乱立した場所へと出る。
(ここなら!)
垂直に切り立った崖がないぶん、ヴァルキリーから逃げられる安全地帯はない。弓術士も、高台の上から狙い撃つことができるポジションは限られる。
「【狼機K-9】召喚、【光学迷彩】【強制隠密】」
聖騎士らが接近しきる前に、テオは狼型の機械人形を召喚。
その姿がすうっと空気に溶けるように消えていき、残った気配すら希薄になる。
(視点変更)
透明化したその狼機K-9に視点を変更。
それを近くの丈の低い岩山へと密かに登らせる。
「――【ブレイクアロー】」
背後から風切り音が鳴り、テオのそばに控えたヴァルキリーに激突。
衝撃を籠める矢によって、ヴァルキリーは吹き飛ばされ引き離されていった。
「くっ」
テオはすぐさま、近くの岩山を『妖精の羽衣』効果で滑るように登る。
「もう逃がさんぞ!」
岩山から岩山へと跳ぶように接近してきた剣士が姿を見せる。
ポールアクスを思いっきりテオに向かって突き出してきた。
「【強撃獣与】!」
「グッ!?」
その瞬間、テオは透明な狼機K-9に強化魔法をかける。
透明な狼型機械人形が聖騎士にぶつかり、それを横方向へと吹き飛ばした。強撃獣与により、敵を押し返す衝撃を狼機K-9に付与したためだ。
(よし、これなら!)
透明化させておいたため、敵は狼機K-9に気づかなかった。ダグロンと戦った時と同じだ。強制隠密で気配も小さくしておいたため、そう簡単に感知されることもないはず。
「――【マッシヴアロー】」
「えっ!?」
が、旋風を纏った矢が飛来。
虚空にそれが突き立ったかと思えば、透明化していたはずの狼機K-9が姿を現す。バチバチと火花を発し、そのまま破壊されてしまった。
(透明化したモンスターの位置までわかるの!?)
焦るテオ。だが冷静になればわかったことだ。
弓術士の特徴は、その高い索敵能力にある。姿を消し気配を消しても、優秀な弓術士なら把握してしまうのだろう。
「ぐっ!?」
突然頭上から矢が降ってきた。
慌てて身をよじるが、右肩の上から矢がまっすぐ突き立つ。
「それならっ、【猫機FEL-9】召喚! 【猫機FEL-9】召喚っ!」
テオは山の上と谷間を縦横無尽に動き回りながら猫機FEL-9を四体、あちこちに召喚して回る。
「――無駄なことを」
その猫型の機械獣を、弓術士は一体ずつ矢で破壊して回る。
「【蹴機POLE-8】召喚、【光学迷彩】【強制隠密】」
すぐさまテオは、隙を見て人型の機械人形を召喚。即座に透明化、気配消しの魔法を素早くかける。
「【行け】」
狙うは、剣士の方だ。
今ならばヴァルキリーへの対処に気を取られている。さらに弓術士の方も、四体もの猫機FEL-9を処理するのに追われている。
「【ラクシャーサ】」
剣士の一撃で、ヴァルキリーが倒れ魔紋へと還った。
しかしその時には既に、透明な蹴機POLE-8が剣士に側面から迫っている。
(よし!)
……しかし。
「【エヴィセレイション】」
「えっ!」
剣士はまるで見えていたかのようにポールアックスで虚空を斬った。
透明化していた蹴機POLE-8が、頭から股間まで縦に真っ二つとなる。
「剣士が気配を察知する訓練をしていないと思ったか」
「く……!」
歯噛みするテオ。
さすがに聖騎士だけあって、相当に訓練を積んでいたようだ。弓術士でないにも関わらず、かなりの気配察知能力があるらしい。
(……こうなったら!)
なりふりは構っていられない。
手加減をしていてまともに相手をできる敵ではない。
(フロストドラゴンを召喚する! 氷のブレスで、この二人を一気に……!)
広範囲長射程の、氷の刃を含んだ冷気のブレス。
これを至近距離から召喚すれば、さしもの聖騎士らもひとたまりもないはず。
……けれども。
(もし、彼らが死んでしまったら……)
これを召喚したら、ほぼ間違いなく相手を殺してしまう。
そうなれば、テオも人殺し。『流血の純潔』を失い、人間ではなくなる。
マナヤが守ろうとしてくれた、自分の人間性を捨てることになる。
(……いや)
違う。
もともとはテオが自分で背負うべきはずのもの。
それを今まで、散々苦しんだ彼に押し付けてきてしまっただけだ。
(マナヤに全部を押しつけちゃった、僕自身の責任だ!)
矢が飛んできた方向を、精一杯の気迫を籠めて睨みつける。
申し訳なさに痛む胸を無視して、手のひらを前に差し出した。
(……あれ、待って……?)
その時、ひとつ閃いた。




