211話 瘴気の騎士
一瞬、絶句していたレヴィラ。
それを訝しがられたか、ランシックが深刻そうに訊ねてくる。
「どうしました?」
「……ランシック様。彼らの容姿だけ見れば、聖騎士のように思えます」
「なんですって?」
彼がどのような表情をしているか、レヴィラには見えない。彼女は、歩み寄ってくる十一の黒い影が妙な動きをしないよう、ジッと見据え続けていた。
やがて視力の良いレヴィラのみならず、ランシックでも姿かたちを判別できるくらいまで影が接近。
「あの瘴気を立ち昇らせているように見える方々、ですか? レヴィラ」
「はい。衣類も防具も、聖騎士たちの物と一致します」
「行方不明になっていたという聖騎士でしょうか?」
「顔を存じ上げませんので何とも。ただ、人数は合いませんね」
聖王からの報告によれば、行方知れずになった聖騎士は二十四名だと聞いている。だが現在、あの十一名以外にはこれといって気配を感じない。
レヴィラは、既に矢をつがえておいた自身の弓を意識する。
「――そこの聖騎士様がた! 一体何がありました!?」
「ランシック様!?」
突然ランシックが大声で、瘴気を立ち昇らせている者達へと呼び掛ける。血相を変えてレヴィラがランシックを這いつくばらせるように押さえ込んだ。
「何をするのです、レヴィラ!」
「様子が尋常ではありません! うかつにこちらの位置を知らせては――」
瞬間、耳に嫌な音が届いてくる。
とっさにランシックを突き飛ばし、自身も逆側へと飛び退いた。
――ズトンッ
防衛機構の胸壁を越え、先ほどまでレヴィラとランシックがいた床に矢が突き立つ。弓術士の技能『プランジショット』だ。
「レヴィラ、まさか!?」
「彼らの攻撃です! ランシック様、早くお下がりください!」
レヴィラはすぐさま矢を上方へと発射。
空中からこちらへと降ってくる矢を正確に撃墜し、着弾地点が逸れる。
すぐさま次の矢をつがえようとする、が。
「っ!?」
急に大きく石の床が揺れた。
胸壁の間からちらりと敵の状況を確認する。
黒い瘴気を纏っている聖騎士たち。
その中の建築士らしい者が、地面に手を着いているようだ。
「くっ!」
ランシックが呻き、自身も床に手を着いた。
崩れかけようとしていた防衛機構の揺れが止まる。
「ランシック様!?」
「建築士がこの防衛機構を崩そうとしています! ワタシがなんとか食い止めます!」
逃げないことを咎めようとしたレヴィラに、ランシックは前方を凛と見据えながら答えた。
護衛対象であるランシックにはすぐにでも避難してもらいたいが、敵の建築士が厄介なのも確かだ。数で押されている以上、こちらのアドバンテージはこの防衛機構に由来する地の利しかない。
唇を噛み、レヴィラは前方に向き直って矢にマナを籠めた。
――1st――
――2nd――
「【ブレイクショット】!」
胸壁の陰に隠れたまま、レヴィラは上方へと矢を放った。
大きく放物線を描き、敵の位置へと落下していく。
強い衝撃を伴う攻撃『ブレイクアロー』と、放物線を描いて超遠距離狙撃する技能『プランジショット』を組み合わせたものだ。仮に敵に命中しなかったとしても、地面に突き立った際の衝撃で足元を揺らすことができる。
「――ぐあッ!」
矢が着弾すると共に鳴り響く轟音。同時に敵のうめき声が聞こえる。
だが気配の反応からして、仕留めきれてはいない。
(来た!)
そこへ二つほど、高速で気配が近づいてくるのを捕捉。
剣士と思しき聖騎士が跳躍してきていた。
防衛機構の上まで跳び上がり、こちらへ槍を突き出そうとしている。
「【ブレイクアロー】!」
既に次の矢を準備していたレヴィラは、すぐさま迎撃。
聖騎士の胸元に着弾し、後方へ吹き飛ばした。
(ノーガード?)
眉をひそめつつも、すぐさま次のブレイクアローを放つ。
もう一人の聖騎士がハルバードを振りかぶり跳んできていたからだ。
これも直撃し、二人目の剣士も弾かれていく。
(おかしい)
仮にも聖騎士たる者たちが、あまりにも無防備すぎる。
レヴィラもコリンス王国直属騎士団の弓術士隊副隊長だ。自身の実力を疑いはしない。
だがデルガド聖国とてコリンス王国に次ぐほどモンスター出現頻度が高いはず。そんな国の直属騎士である聖騎士団が、自分とそこまで大きく実力に開きがあるとは考えにくい。
今レヴィラが射かけた矢も、聖騎士なら手持ちの武器で弾くかガードするかしても良さそうなものだ。少なくとも、そういう防御反応をしないはずがない。
(なによりこの聖騎士達、目に生気がない)
先ほど、至近距離まで近づいてきていた聖騎士の剣士達。彼らの目から、理性を全く感じない。
これではまるでモンスターと同じだ。
「レヴィラ、危ない!」
「っ!?」
唐突にランシックが叫んだ。
直後、レヴィラとランシックの周囲に岩壁が形成される。
なにごとかと思えば、その壁の向こうから爆音が響いた。
(これは、ブラストナパーム!)
黒魔導師の範囲攻撃魔法だ。
しかし岩が半球状に自分達を包み込み、それをガードしている。
とっさにランシックが小さなドーム状に岩の壁を作り、その爆発から自身とレヴィラを守ってくれたらしい。
が、ビシッとそのドームにヒビが入る。
ランシックが苦悶の表情を浮かべていた。彼は岩の精密な制御、あるいは高速の制御を可能としているが、反面硬度や規模には難がある。こういった防御用の壁を造っても、建築士の騎士ほど強度が無い。
「――あぐっ!」
「ランシック様!」
急にランシックの脚から血が舞った。
足元の床から岩の槍が突き出て、ランシックの太ももを掠めていたのだ。
ランシックが呻きつつもグッと手に力を籠める。
突き出てきた岩の槍にヒビが入り、ガラガラと崩れていった。
敵建築士の攻撃をランシックが中和したのだろう。
(よくも!)
思わずレヴィラの頭に血が登る。
自然と目がさらに険しくなり、自らの殺気が強まるのがわかった。
「ぐ……レヴィラ! ここから!」
床に手をつけたまま、ランシックが呼び掛ける。
レヴィラの目の前、岩壁の上側に小さなスリットが空いた。ランシックが攻撃用に作ってくれたのだ。
礼を言いたいが、今はそれどころではない。
すぐに矢をつがえつつ、消耗覚悟で大技の用意をする。
――1st――
――2nd――
――3rd――
「【カタラクトスマッシュ】!」
先ほどの『ブレイクアロー』『プランジショット』に加え、矢の威力と攻撃範囲を広げる『マッシヴアロー』も追加した攻撃。
それが、頭上のスリットから抜けて空へと飛び上がっていった。
唸りを上げるように大地が揺れ、固まっていた敵の気配が散るのがわかる。
衝撃で連中が吹き飛ばされ、体勢を崩したはずだ。
「ランシック様! 上を開けてください!」
鋭く指示を飛ばしつつ、レヴィラは懐から取り出した錬金装飾を自身の左手首にかける。
――【増幅の書物】
シャラが譲ってくれた、技能の威力を五割増しにする錬金装飾だ。本のようなチャームが光を放ち、レヴィラに力を与える。
「……こ、これで!」
敵建築士の影響も和らいだためか、少しだけ余裕を取り戻した表情でランシックが手を向ける。
ガラガラとレヴィラの頭上の壁が崩壊していった。
腰の矢筒から複数の矢を引き抜き、まとめてつがえる。
――1st――
――2nd――
――3rd――
威力と攻撃範囲強化の『マッシヴアロー』。
遠隔曲射狙撃の『プランジショット』。
複数の矢を同時に制御し放つ『アローバラージ』。
それらの技能が全て『増幅の書物』の効果で威力が増大する。
「――【エマネイト・バースト】!」
光の矢が無数、空に一斉に放たれた。
流星のように飛んでいくそれらは、急カーブを描いて落下に転じる。
一本一本が光り輝き、竜巻のような気流を纏いながら翔ける矢。
それらは、レヴィラが知覚した気配全てを狙いたがわず撃ち抜いた。
「ッ……仕留め、ましたか」
急激なマナ消耗にふらつきながらも、気配が全て息絶えたのを確認する。
ランシックも脱力したようにへたりこみ、ガラガラと岩のドームを完全に崩す。
胸壁から様子を伺う。
黒い瘴気を纏った十一人の聖騎士らしき者達が、胸部に矢を突き立てて絶命していた。ブレストプレートが着弾時の衝撃で全て弾け飛んでいる。
隣で同じくそれを見やったランシックが肩を落とした。
「殺して、しまったのですか」
「致し方ありませんでした。彼らは私達を完全に殺すつもりでやってきていた。私はともかく、ランシック様の命を危険に晒すわけにはいきません」
実際、ランシックの支配を貫通して建築士が攻撃を叩き込んできたくらいなのだ。護衛対象が近くにいる以上、多勢に無勢状態で手加減する余裕は無かった。もっとも、ランシックがいたおかげでレヴィラ自身も命拾いをしたのだが。
ふう、と息を吐きながらランシックの脚を診る。傷はさほど深くないが、手当が必要だ。レヴィラはすぐさま懐から布を取り出し、傷口をきつく縛った。
「ありがとうございますレヴィラ。……しかし、妙でしたね。あの瘴気だけではなく」
「やはりランシック様もそう思いますか」
「ええ。確かに服装は聖騎士のようですが、戦い方があまりにも素人すぎます。建築士といえば防御の要であるはず。しかしあの建築士は攻撃しかしようとしていませんでした」
レヴィラもそれは妙だと思っていた。
こちらが撃った矢なども、剣士が弾くでも白魔導師が結界を張るでもない。全員が攻撃一辺倒だ。白魔導師ですら、防壁に直接殴って攻撃しようとしている様子しか見せていなかった。
「……!?」
その時、聖騎士達の遺体に変化が現れる。
ゆらりと立ち昇る瘴気が揺らめいたかと思えば、それが一気に拡散。弾け飛ぶように一気に消滅してしまった。
「瘴気が消えた?」
同じものを目撃したランシックも、目を細めて訝しむ。
あの場に残ったのは、普通の姿をした聖騎士達の遺体だけだ。
「これは、まずいかもしれませんね」
脚の痛みに顔をしかめながらも、ランシックの声が険しくなった。
「この状況で交代の聖騎士殿らが到着したら、ですか」
「ええ。この者達が何者かはまだわかりませんが、本当に正式な聖騎士殿らであるとしたら……」
レヴィラは、聖騎士殺しの嫌疑をかけられかねない。遺体には都合の悪いことにレヴィラの矢が突き立っているし、彼らが自分達に襲い掛かってきたことを証言できる者もいない。
唯一言い訳できそうな要素は、聖騎士らしき者達の遺体に纏わりついていた瘴気。しかしそれも消えてしまった。
……その時。村の北門方面が騒がしくなる。
「まさか」
ランシックがバッとそちらへと振り向く。
北門が開かれ、ぞろぞろと騎馬隊が村へと入ってきていた。騎乗しているのは、交代の聖騎士達だ。
(本当に、まずいことになった)
レヴィラの額に汗が伝った。
***
「ジェナガ! シギル!! なぜ……っ」
交代に来た聖騎士達の一人が、遺体を検分しながら泣き叫んでいる。
他の騎士達も、顔を確認しながら無念そうに顔を伏せていた。
「……ランシック。レヴィラ」
「ラサム殿。申し訳ありません」
ラサムもその場に同行し、ランシックとレヴィラを悲しげに見つめている。ランシックが本当に申し訳なさそうにデルガド聖国式に一礼し、レヴィラも無言でそれに続いた。
「――コリンス王国のレヴィラ・エステヴェズ弓術士隊副隊長。聖騎士十一名の殺害容疑で、貴方を拘束させていただく」
聖騎士達を纏めていた者が、レヴィラの前までつかつかと進み出て言い渡した。
慌ててランシックが割って入る。
「お、お待ち頂きたい! レヴィラは襲ってきた彼らからワタシを守っただけです!」
「ランシック・ヴェルノン様ですね。我ら聖騎士団が貴方がたを襲ったと、それを証明できる者は?」
「……ッ」
唇を噛むランシック。
自身が証人だと言っても、それは信用されないだろう。レヴィラは彼の専属護衛だ。なんなら、ランシックの指示でレヴィラに聖騎士を殺させたなどと疑われかねない。
「待て! ランシック殿もレヴィラ殿も、そのようなことをする者達ではない!」
「何者か? レヴィラ副隊長らを襲った彼らの姿を目撃したと?」
血相を変えて聖騎士らに詰め寄ってきたのは、ラサムだ。
一体何があったかは、既にランシックが彼に全てを説明してあった。ラサムはランシックを信頼してくれているようだ。
「私の顔を良く見るがいい。忘れたとは言わせん」
ラサムは威厳の篭った声と表情で、懐から王家のエンブレムを取り出す。
「……ラジェーヴ王太子殿下。またこのような場所で……」
「デルガド聖国のジュカーナ・デル・エルウェン聖王が息子、ラジェーヴ・デル・エルウェンが王太子として命ずる。レヴィラ殿を解放せよ」
「殿下、私は聖王陛下より直々に命ぜられているのです。神の御使い様がたに付き従う者達が、何か不始末をしでかさないか確認せよと。そして何か不始末があった場合、即座に聖都まで連行せよと」
すなわち、王太子の命令よりも優先されるということだ。ラサムが歯ぎしりをする音が聞こえる。
(まさか、最初からそれを)
レヴィラにもすぐにわかった。
つまり聖王は最初から、自分達の粗探しをするつもりだったのだろう。何か不始末が見つかれば、それを理由に『神の御使いに悪影響を及ぼす者をつけている』とコリンス王国を非難する。マナヤ達をデルガド聖国へ移籍させるための、口実作りだ。
「レヴィラ殿、御同行いただこう」
ラサムを振り切り、聖騎士がレヴィラを後ろでに拘束する。
「――お待ちください!!」
と、今度はランシックがその聖騎士の前に立ちふさがる。
「レヴィラは私の専属騎士です! 彼女を連行するというなら、ワタシも連れて行っていただきましょう! 彼女の嫌疑、ワタシが晴らしてみせます!」




