208話 暴露
気づけばブクマ100を超えていました。
読者の皆さま方に感謝!
「いやあ大成功だったねテオくん! 村のみんなも楽しんでくれてるみたいだし、召喚師ともずいぶん打ち解けたみたいだ!」
「え、えっと、ありがとうございます」
帰り道。
興奮した様子で村の北門へと歩きながら、ラサムはキラキラとした眼でテオに感謝の言葉を述べる。テオもそれに少し気圧されつつも、なんとかぎこちない笑顔を返した。
「テオ、おつかれさま!」
「ありがとうシャラ。緊張したなぁ……」
後ろから追いついてきたシャラが労いの言葉をかけてくる。応じながら振り向くと、さらにその後ろからはソワソワした様子のアシュリーも歩み寄ってきていた。
「うー、あたしも参加すればよかったかなぁ。コーチ役だったし、テオが表に出て解説役をやるからマナヤと出場はできなかったんだよね」
「あはは、すみません。セメイト村に帰ったら、あっちでも広めてみるのもいいかもしれませんね」
ああいった競争の場で、自分も出場できなかったのが悔しかったらしい。
「でも、大丈夫だったでしょうか。モンスター襲撃が激しいっていうのに、競技大会なんかやってて……」
自分が言い出しっぺながら、さすがに不安になってラサムに問いかけるテオ。
「ああ、それなら問題ないと思うよ。ランシック様が村からの定時連絡を受け取ってたみたいだしね」
「え? 定時連絡?」
「一定時間おきに、村に残った騎士さんにあの方へ連絡させていたらしいよ。何かあったら、すぐにこっちも対応しに行けるようにね」
「いつの間に……」
ランシックがそのような配慮をしていたとは気づかなかった。彼はずっと実況を担当していたはずだが、どうやって騎士と連絡を取っていたのだろう。
なお当のランシックは現在、競技場の入り口で記念品を配るのに精を出している。テオ達は村の様子を確認するため一足先に帰るところだ。
「つまりまあ、何事も無かったってことさ。きみ達が昨日、念入りに『間引き』をしておいてくれたおかげかもね」
明るい笑顔でそう答えるラサムに、テオらも照れながら顔を見合わせる。
そんな話をしている間に、門前へとたどり着いた。
「――テオか。そちらはうまくいったようだな」
「あ、ディロンさん。テナイアさんも」
門を開けてすぐのところに、ディロンとテナイアが控えていた。彼らには、村で何が起こってもいいよう待機しておいてもらっていたのだ。
「こちらは何ともありませんでしたか?」
「細かな襲撃はありましたが、こちらで充分に対処できる程度でした」
一応テオが訊ねると、テナイアがいつも通りの微笑みを浮かべながら答えてくる。やはり、多少のモンスター襲撃はあったようだ。
「……そうだ。せっかくだしテオくん、ちょっといいかな。大事な話があるんだ。ディロン様とテナイア様にも」
そこへ、何か思いつめた様子でラサムがテオらに問いかけてくる。いつもの明るい雰囲気がにわかに薄れ、テオはどこか背筋が震えるような感覚を受けた。
「えと、あたし達は?」
「そうだね。アシュリーさんとシャラさんも、この際だから一緒に来てくれ。……こっちだ」
そこまで言うと、くるりとラサムは防壁の上へ続く階段を登っていく。見張りの騎士が額に人差し指を当て、彼に小さく会釈していた。
(なんだろう)
彼の背中を見送りながら、テオはラサムの雰囲気が変わったのを感じる。これまでの一介の村人のようなものではない、どこか貴族じみた威厳を感じるようなきがした。
***
「――今日は、本当に楽しかった。人は、こんなに心の底から笑えるものだったんだね。久しぶりに思い出したよ」
防壁の上に昇ったラサムは、テオ達を背に胸壁に両肘をついた。村の北にある砂漠、そしてここからでも充分見える競技場を見つめているようだ。
「ラサム殿、我々に話とは?」
ディロンがにわかに姿勢を正し、ラサムへ問い詰める。
ふう、と大きく息を吐いたラサムは、胸壁にもたれかかるようにしながら体ごとこちらへと振り向いた。
「テオくん。シャラさん。アシュリーさん。そして、ディロン様にテナイア様」
一人一人に目を移しながら、皆の名を読み上げるラサム。
「みなさんが来てくれたおかげで、村に本当の笑顔が戻ってきた。召喚師との不仲もどんどん解消されて……おかげで、オレの目指すべき未来がはっきりした」
「ラサム殿?」
ラサムの言葉とは裏腹に、彼の表情の方はどんどん引き締まっていった。ディロンが訝しむや、ラサムは急に声のトーンを落とす。
「きみ達は、召喚師解放同盟というのと戦ってきたと聞いている。それを見込んで、頼みがあるんだ」
夕日に横顔が照らされ、彼の深い眼差しが冷たく光った。
「ここの村人たちに、人間との戦い方を教えてはもらえないかな?」
砂の香りが混じった、一陣の風が吹き抜ける。
「……穏やかではないが、どういう意味だろうか。召喚師解放同盟がここを襲う可能性を考慮してのことか?」
ディロンが眉間に皺を寄せながら、低い声でラサムに問いかける。
「いえ、召喚師相手には限らないんですよディロン様。他『クラス』の人間……騎士たちとも戦えるように、この村の人達を鍛えて頂けないかと訊ねているんです」
「ラサム殿。貴方はここの村人達に人殺しを覚えさせるおつもりか? 人と戦う方法を彼らに教え込んで、一体何を企んでおられる」
「……」
「我々は、貴方や王太子殿下が立てている作戦の全容を知らない。一介の村だけで細々と召喚師を鍛え、将来的にどう広めるおつもりだったのか」
ディロンの質問を境に、ピリピリと緊迫した空気へと変わる。気づけばテナイアとアシュリーも、鋭い目線を彼に向けていた。
「言ったでしょう。オレ達は、聖王陛下の方針に真っ向から反対している。いずれ、聖王陛下に反旗を翻すつもりです」
「武力に訴えらえれるおつもりか。そしてそのために、ここの村人を巻き込むと」
「相手は国の王です。まともに戦おうと思ったら、戦力は一人でも多く欲しい」
「それも王太子殿下の意思であると言われるのか?」
言葉を交わすたびに、どんどん険悪な雰囲気になっていく二人。たまらずテオは間に割って入った。
「待ってくださいディロンさん! それとラサムさん、僕もマナヤも一般の騎士さん達と戦う知識なんてありませんよ! 召喚師解放同盟相手ならともかく……」
「マナヤくんの方は、祖国で殺人鬼集団と戦ったと聞いているよ。それなら、他クラスとの戦い方もある程度は知ってるんじゃないかい?」
「ど、どうしてそれを!」
マナヤがブライトン一味を殺しつくしたことは、国内でも知る者は少ない。ましてや他国の村人であるラサムが、どこからそのような情報を仕入れたのだろう。
「ラサム殿。貴方は一体何者だ」
ディロンがやや体を斜に構え、鋭い目つきで問いかける。テナイアとアシュリーも同様だ。ラサムは涼しげな表情でそれを受け止めている。
テオとシャラだけが、おろおろとディロンらとラサムの顔を見比べていた。
しばし、無言の睨み合いが続く。
「――そうだな。隠し通したまま依頼するのも、そろそろ不誠実だと心を痛めていたところだ」
ラサムの声色が一変する。
よく通る声量はそのままに、重厚な威圧感を含む話し方に皆が息を呑んだ。
――パチン
ラサムが急に指を弾く。
すると、防壁に続く階段前で待機していた聖騎士たちがラサムの元へと駆け寄り……跪いた。
「私の本当の名は、ラジェーヴ・デル・エルウェン。デルガド聖国の王太子である」
懐から紋章が刻まれたエンブレムを取り出し、厳かにラサム――ラジェーヴが名乗りを上げた。
「ラサムさん、が……」
「王太子、殿下……!?」
「うそ!?」
テオはもちろん、シャラとアシュリーも息を呑む。
――マジかよ!? ラサム、お前……!
頭の中で、マナヤも気が動転しているのがわかる。
直後、ディロンとテナイアがその場で跪いた。慌ててテオらもそれに続く。
が、ラジェーヴ王太子は手でそれを制した。
「よい、楽にせよ。私が王太子であることは、今この場にいる者達とランシックしか知らぬ」
「……しかし」
「遠目にでも、村の者達にこの状況を見られても困る。命令だ、楽にせよ」
戸惑うようなディロンに、ラジェーヴ王太子は再び皆を立ち上がらせるよう促した。それを受けてまずディロンとテナイアが、次にテオらもおずおずと立ち上がる。
「今まで身分を偽っていたことは道理に反していた。それは私も自覚しているが、なにぶん私が身を隠すには事実を知る者が少ない方が良くてな」
「殿下、これまでの無礼、誠に申し訳なく……」
「良いのだ、ディロン殿。私が望んでこのように騙すような真似したのだからな。そなたらが謝罪をする必要は無い」
先ほどまでとはまるで別人のような振る舞いに、テオは困惑しつつもラジェーヴ王太子の目を見つめる。その視線に気づいたか、王太子もテオの方を見つめ返しフッと微笑んだ。
「安心せよ、そなたらを不敬罪に問うつもりは今後も無い。今こそこうして王太子として振舞わせてもらっているが、『ラサム』に戻った時には普段通り接してもらいたい」
「ふ、普段通りですか」
「そう、普段通りだ。そうでなくては、村の者達が怪しむ」
と、そこでラジェーヴ王太子は全員の顔を見渡す。
「話を戻そう。先に告げた通り、私は母上……聖王ジュカーナ・デル・エルウェンに反旗を翻すつもりでいる。そのための戦力として、村の者達に人兵との戦い方を伝授してもらいたい」
「……その、質問をしても?」
「許可する、テオ。今後も私に告げたい言葉がある時は、逐一許可を求める必要はない。それで、何か?」
引き締まった顔のまま、テオをじっと見つめ返してくる王太子。
ごくりと緊張に喉を鳴らし、テオはカラカラになった口を開く。
「で、殿下は、なぜ聖国に反旗を翻すのですか? 待っているだけでも、殿下が次期の王位につくはずでは……?」
「いずれはそうなるだろう。だがいずれでは遅いのだ」
答えるラジェーヴ王太子の顔が、苦悩に歪んだ。
「テオとマナヤ、そしてこの場にいる皆の功績もあって、バルハイス村ではモンスター襲撃をなんとか抑えられるようになっている。が、召喚師が次々と屍に変わっているのはこの村だけではない」
「……」
「私は以前から、よく城を抜け出して国内各所の町や村を観察して回っていた。だからこそ、四年前に『封印師を平等に扱う』という法令を施工した後から、大量の封印師がペースを上げて命を失い続けているのもこの目で確認している」
ぐ、と王太子は悔しそうに拳を握りしめている。その悲痛な表情は、テオの目から見ても本心から来ているもののように見えた。
「封印師の数は既にギリギリだ。今年成人の儀を受けた者達は、六割ほどが封印師……その大半が今後、おそらく聖騎士として徴兵され、そして死んでいくだろう」
「なぜ、聖王陛下に進言しないのですか? 王太子殿下の言葉であれば、聖王陛下だってもっと封印師の対応を考えて……」
「何度も直訴したのだ、母上にな。だが先入観に囚われた母上はまともに取り合おうとしなかった」
「……殿下」
「だから私は決めたのだ、テオ。国を救うには、母を……聖王を下すしかない。今この時、これ以上犠牲が出る前に私自身が聖王にならねばならん」
「聖王を、下す?」
まさか。
王太子のその言い方に、不吉な音を感じる。
ラジェーヴ王太子は、より一層鋭い目つきになって言い放った。
「ジュカーナ・デル・エルウェン現聖王を、この手で討つ。母上の命をもって、その罪を償わせるのだ」
***
「――なんのつもりです、ラサム……いや、殿下」
「マナヤ、か?」
突然テオの声色が変わる。マナヤがテオを押しのけ、急に表に出てきたのだ。
ラジェーヴ王太子が怪訝な顔を。直後、寂しそうな顔へと変化した。
「殿下が自分の母親……現聖王を殺して、次期聖王になると? 最初からそれが目的だったのか――ですか」
「そうだ。だがなマナヤ」
王太子が寂しげな顔をしているのは、『ラサム』であった頃に気が合った仲だからだろう。騙していた罪悪感に加え、おそらくマナヤの今の態度に心を痛めているのだ。
「私は、私欲のために聖王になるのではない。言ったはずだ、母の凶行を止めるためにそうせざるをえないと」
「だからって、村人まで巻き込んで母親を殺すことが正しいことだとでも!?」
「安心せよ、騎士達や村人だけに罪は背負わせぬ。私が自ら最前線に立ち、真っ先に矢面に立とう。私が先陣を切り、母上の首は私が自ら討ち取ろう」
「な――」
とんでもないことを言いだした王太子に、思わずマナヤはカッとなる。
「どうしてそこまでする必要が! 母親を殺すことで成り立つ聖王の座に、何の意味があるってんだ!?」
「控えよ! 無礼が過ぎる!」
敬語が崩れたマナヤに、王太子の両脇で跪いていた聖騎士の一人が槍を向ける。
「待て、控えるのはそなたの方だ。マナヤを不敬に問うつもりはない」
「……ハッ」
即座にラジェーヴ王太子は聖騎士を下がらせる。そして諭すような声で説明を始めた。
「マナヤ。そなたはこの国の者でないから、知らずとも無理はない」
「……どういうこと、ですか」
「我が国は、旧帝国を打ち倒すことから始まった。旧帝国軍の凶刃に倒れ、炎弾に焼かれた大勢の味方の血。そのような尊い血の犠牲を礎にした大切な国が、現在のデルガド聖国だ」
かつて帝国だった国が、革命によって聖国へと変わった。それは、マナヤも聞いている。
「そうして建ちあがった聖国は、聖典の教義のもと『人は皆平等』という理念を中核として定めた。これを崩してしまうことは、旧帝国を討ち滅ぼした際の尊い犠牲を無駄にしてしまうことに等しい」
「……それで、今の聖王陛下がまさに尊い犠牲を無駄にしていると?」
「そうだ。『平等』の名のもと、母上は召喚師から自衛の手段を奪った。聖王という立場の絶大な権力に溺れ、無意識に見下していた召喚師を貶めはじめたのだ」
マナヤは喉を鳴らす。
以前、ランシックの父親から聞いた話を思い出していた。
『貴族家には、国営に携わるための権力が与えられている。だが、権力を持った人間は私欲に溺れることも多い』
『そのために貴族家の者は、幼少の頃から英才教育を施される。国家のため、民のためにその身を尽くせる高潔な精神性を叩き込まれるのだ』
権力に溺れ、私欲に走るようになる。それが、今の聖王ということか。
「この国のために犠牲となった、尊い血。それらに報いるためにも、平等の理念を崩すものは暴力をもって征伐せねばならん。我が王家は代々、それを王族の責任として刻み続けてきたのだ」
そしてその王家の責任を放棄した今の聖王は、血をもって償わなければならない。それがこの国の掟であり、慣習ということなのだろう。神に一番近い国とされていたこのデルガド聖国は、思いのほか血まみれの伝統を持っているということだったようだ。
「テオとマナヤが編み出した、あの〝デルガンピック〟……あれは実に見事だった。あれを全土に広めることができれば、全ての者達に真の平等が訪れるだろう。そのためには、召喚を法で禁じるような現聖王は邪魔なのだ」
「……だからって、殺していい理由になるとは俺には思えない」
「これだけ頼んでも受けては貰えぬか、マナヤ」
「殿下。あんたは人を殺したことはあるんですか」
マナヤが無表情になって訊ねると、ラジェーヴ王太子は首を横に振る。
「残念ながら、ない。おそらく私は親殺しの罪を背負うだろう。だが、愛する国民を守るためならば――」
「その国民を! 無惨に殺す姿を毎日見続けることになっても、耐えられるんですか! 殿下はッ!!」
言葉を途中で遮り、マナヤは激昂する。
ラジェーヴ王太子は驚いたように瞠目していた。
この王子は、知らないのだ。
人を殺したことで失うものを。『流血の純潔』を失くした者の苦しみを。
だから人を殺すなどと、軽々しく口にすることができる。
マナヤは腹が煮えたぎるのを堪え、横を向いて歩き出した。
「マナヤ? どこへ行く」
「ついてきてください、殿下。……人を殺した男の末路、見せてやりますよ」




