207話 表彰と笑顔
第二競技。今度は建築士と召喚師の組で行う、〝モンスタージャンプ〟だ。
建築士が、所定の高度と長さで大きなジャンプ台を建造する。滑り台のようなそのジャンプ台のてっぺんにゲンブを配置し、一気に滑り落としていくのだ。
そして、ジャンプ台の最下部から飛び出す瞬間に召喚師が跳躍爆風。跳んでいったゲンブの飛距離を競うのである。『スキージャンプみたいなもんだ』とはマナヤの言。
なるべくなめらかで滑りやすく、突っかかりにくいジャンプ台を建造する建築士の能力。そして、飛び出すタイミングと跳躍爆風のタイミングを合わせる召喚師のセンスが問われる競技といえる。
さらにテオらは想定していなかった、『重量軽減』の魔法を巧く使う技術も本戦出場者たちによって編み出された。滑る間はゲンブそのままだが、ジャンプ台から飛び出す直前に素早く重量軽減、そして跳躍爆風へと間髪入れずに繋げるテクニックである。
「エントリーナンバー一番の組は、まず建築士選手のジャンプ台の滑らかさが非常に美しかったと思われます。また召喚師選手も、重量軽減をかけるタイミングが絶妙で……」
表彰の際に、テオがそれぞれの組の見どころを解説。これはもはや定番と化し、テオが読み上げるたびに観客から選手らを称える拍手が鳴り響いていた。
第三競技。弓術士と召喚師による〝ケンタウロス騎射〟だ。
召喚師がケンタウロスを召喚師、弓術士がその背に跨る。そして召喚師はケンタウロスに視点変更して巧く操り、所定の速度で専用のコースを駆け抜けさせていく。
その間に、弓術士はコースの途中にいくつか立っているマトを、ケンタウロスの弓を使って射抜いていくのだ。全てのマトを撃ち抜き、コースをフィニッシュするのにかかったタイムを競う。マナヤによれば『流鏑馬』というものを参考にしたらしい。
いくつかのマトは当てにくい位置にあり、召喚師がうまく『戻れ』命令なども駆使してケンタウロスの向きを途中で手早く変えるテクニックが要求される。
「やはりエントリーナンバー二十一番の組です。弓術士の速射と遠距離狙撃を、召喚師の狩人眼光がサポートするコンビネーションには舌を巻くしかなく……」
読み上げられるたびに鳴り響く拍手に、選手たちは実に誇らしそうに胸を張っていた。
第四競技。黒魔導師と召喚師で〝反射クレー射撃〟。
召喚師と黒魔導師がある程度距離を離し、審判役は木の板のようなものを水平に投げる。
そこへ召喚師が『火炎防御』をかけたモンスターを跳躍爆風で跳ばす。黒魔導師は、それを狙ってフレイムスピアを撃ちこむ。火炎防御によって反射されたその炎の槍で、審判役が投げた木の板を撃ち抜く、という競技だ。
必ず一度、モンスターにフレイムスピアを反射させてから空中の木の板を撃ち抜くこと。それが絶対条件となっている。
召喚師は、空中に投げられた木の板から判断し絶妙な位置へ跳躍爆風で跳ばす技術が。黒魔導師の方は、跳んだモンスターとマトとなる木の板の位置から予測射撃し、うまく反射されたフレイムスピアでマトを狙撃できるかの制御能力がキモだ。
「エントリーナンバー一番、両選手ともにとにかく狙撃までのスピードが驚異的でした。エントリーナンバー二番の方は、逆にミスの少なさで他を圧倒しており……」
当然だ、と胸を張る選手らもいれば、オドオドしつつもはにかみながら手を振る選手もいた。
最終競技は、白魔導師と召喚師で組んだ〝結界バレー〟である。
まず召喚師が跳躍爆風でモンスターを跳ばし、落下してきたそれを白魔導師が結界で弾く。再び空中へと跳び上がったそれを、召喚師が再び跳躍爆風で空中へ。それをまた白魔導師が結界で弾く。これを続け、モンスターを地面に落とさずどれだけ滞空時間を稼げるかを競うもの。
一組ずつやっては時間がかかりすぎるため、本戦出場者たち全員で同時に開始された。他選手の邪魔をしてはならない、という条件付きで。
重量軽減を使ってとにかく高度を稼ぐように跳ばす組もいれば、包囲安定を使ってあまり左右へ動きがブレないよう工夫する組もいる。中には時流加速で倍速化させ、素早くテンポよく弾き続けるなどというパフォーマンスを行う猛者までいた。
「何よりエントリーナンバー九番の、時流加速をかけた上での曲芸! あれに見惚れてしまった観客の方々は多いと思います。技術面では、特にエントリーナンバー四番のタイミングの良さが光っており……」
最後の表彰式でもテオの寸評は光り、選手らと観客達に感動を与え続けた。
***
「選手の皆さまがた、素晴らしい競技を見せて頂きまことに感謝します! このデルガンピックが、今後もデルガド聖国の平穏と調和の象徴になり続けること。他国の貴族ながら、ワタシも全力で応援させていただきます!」
閉会式。
ランシックの演説じみた締めの言葉に、観客は盛大な拍手を返す。
「なお各競技で優勝できなかった選手らには、予選の参加選手らも含め特別賞を用意しております! また、本日お越し頂きました観客の皆さまにも記念品を用意しておりますので、出口でお受け取り下さい!」
さらに賞品・記念品がもらえる。それを聞いて、選手ら一同はもちろん観客も大いに歓声を上げた。
「それでは、まずみなさん全員に配る記念品のご紹介からさせていただきましょう!」
と、ランシックはごそごそと足元に無造作に置かれていた袋を漁る。そして何かを一つ掴み出し、観客に向けて掲げた。
「まずはこちら! コリンス王国のセメイト村にてよく作られている壁飾りです!」
取り出したのは、毛皮をリング状に巻き、色とりどりの羽根をつけた飾り。セメイト村の女性たちが暇つぶしに作るものだ。
「サイズ、色、種類もバリエーション豊富でございます! それなりの数を取り揃えてはおりますが、お好みのものが欲しければ先着順ですのでお早めに!」
わぁっと歓声が沸く。
セメイト村ではよく見る壁飾りなのだが、あのようなものでも欲しがるものなのだろうか。だが思い出してみれば、バルハイス村はインテリアらしいものもほとんど無く、家屋の中は最低限のものしか置いていない殺風景なものだった。どんなインテリアでも物珍しく見えるのかもしれない。
――あ? お、おい、あれって……
マナヤが頭の中で何か思い出したように呟く。
そういえば、あの壁飾りはランシックがセメイト村で集めていたものだ。きわどいメイド服姿でレヴィラに掴まった時、孤児院の中であの壁飾りを床にぶちまけていたことを思い出す。
確かにあれは、あの時に集めていた壁飾りのようだ。
(ランシック様、まさかこのために集めてたの?)
――んなバカな。デルガンピックをやるなんてこと、どうやってランシックが予想できんだよ。
テオの頭に思わずそんな考えがよぎるが、マナヤに即座に否定される。
「続きましてはこちら! 同じくセメイト村で作られました、ピナの葉の燭台です!」
と、ランシックは今度は燭台を取り出す。よく燃えるピナの葉を上端に突き刺し、照明として用いるものだ。
「この燭台、葉を取りつける部分に香油を入れる皿がついております! この状態でピナの葉に火をつけると、素敵な香りが部屋にふわっと広がる逸品! ピナの葉セットはもちろん、対応する香油もお付けしますね!」
あの燭台は、防衛機構のおかげで行商人が時々セメイト村にやってこれるようになってから作られた。購入した香油を活かすべく、村の錬金術師によってそれまで使われていた燭台が改造されたものである。
「次は、同じくコリンス王国のスレシス村より! シャナ鳥の羽根を使ったヴェールでございます!」
と、今度は青と黄が波状の紋様を作っている美しいヴェールだ。あの色合いは確かに、テオもスレシス村で見たシャナ鳥のものに似ている。
「こちら、スレシス村では祝言を挙げる際に使われるものであるそうです! 砂嵐が起きやすいこの村ではヴェールもよく使われると聞いておりますので、ちょっとしたお洒落として奥様方にいかがでしょうか!」
今度上がった歓声は、女性のものが多い。男性もそれに触発されて、意中の女性に渡すべく手に入れようと躍起になりそうだ。
「さらにこちら! こちらは『海曜岩』という美しい石で作られた食器です!」
次々と景品を見せびらかしていくランシック。
――……いや、マジで何やってんだこの人? たしかにヴェルノン侯爵サマにゃ、行く先々で遊びほうけてたとは言われてたが……
マナヤがぼやいている。
もしかしてランシックは、視察としてコリンス王国内の村々を回った時、こうやって特産品を集めていたのだろうか。このような状況になるのを見越していたとも考えにくいが。
「ふふふ、さすがはランシック様だ。この国に必要なものを見越してくださってたようだね」
「え? どういうことですか、ラサムさん」
くすくすと笑いながら小声で呟くラサムに、テオは問いかける。
「なに、簡単なことだよ。こっちは娯楽品が少ないって言っただろう? ランシック様は、それを事前にご存じだったんだろうね」
「あ……じゃあ、ランシック様が僕たちについてこの国に来るってことになった時……」
「各地で、安価で大量に手に入る品物を集めて回ってくれてたんだろう。それをこうやってばら撒く機会を探してたところで、君達がちょうどいいイベントを提案してきてくれたってことじゃないかな」
ヴェルノン侯爵家は、外国との交易を担当していると聞いている。つまり、諸外国にあるもの、足りないものなども把握していたのだろう。
だからこそランシックは、あの時から手土産の確保に奔走していたということか。
「――さて! 記念品をご紹介したところで、そろそろ本大会も締めに入りたいと思います! せっかくですので、観客の皆さまも一緒に楽しんでみませんか?」
と、一通りの記念品を紹介しおえたところで、ランシックは急に何かを提案しだした。観客もどよめき始める。
ランシックがパンパンと手を叩いて合図すると、競技場に控えていた建築士達がいっせいに地面に手を着く。競技場の中央に、まっ平な岩のステージが出来上がった。
「本大会の最後は、皆さんで踊りを楽しみたいと思います! 皆さんこちらのステージへお越しになり、選手の皆さんとも一緒になって踊り狂いましょう!」
会場が沸いて、一斉に皆が立ち上がりステージへと降りてくる。
――マテ。色々とマテ。オリンピック要素どこいった?
対照的にテオの心の中では、マナヤがついにこらえきれずツッコミを入れ始めていた。
だが当然ランシックは全く構わず、いじわるそうな笑顔を見せながら拡声の魔道具へ向かって声を張り上げた。
「踊りは自由で構いませんが、せっかくなので異世界からの救世主が伝えてくださった踊りで楽しみませんか!? その名もズバリ、『マナヤ踊り』!」
「待てェェェェ!!」
瞬間、マナヤが強引にテオを押しのけ、表に出て絶叫する。
「なに考えてんスかランシック様! ただの踊りならともかく、どうしてその踊りを!?」
「恥ずかしがることはありませんよマナヤ君! セメイト村でも新年祭の時に大人気になったというではありませんか! きっとこの村の皆さまも楽しんでもらえることでしょう!」
「そもそもなんでソレのこと知ってんスか!?」
「貴方の故郷の子供たちから伺いましたよ! 足を踏み鳴らしながら踊っている姿が印象に残っていたそうで!」
「あんっのガキどもがぁぁ!!」
ランシックはセメイト村にて、例のきわどいメイド服で子供たちの笑いを取っていたという。その時にでも子供たちに聞いたのだろう。
「そうそう、どうせならマナヤ君にまずお手本を見せてもらいましょう! とりあえずウケを取るため、例のメイド服を着てですね!」
「誰が見せるか! 誰が着るかァ!」
「おっと、ちょうど記念品として用意しているヴェールがありました! これとあと、あのリング状の壁飾りも頭に乗せてヴェールを固定させまして……」
「勝手に話進めんな! つうかどこまで俺を着飾り人形にするつもりッスか!?」
「あっそうそう、どうせなら食器と燭台も利用しましょう! 曲芸のように、落とさないようにそれを支えながら踊っていただきます!」
「どんどん条件増やしてんじゃねええええ!」
「ちなみに落としてしまったら罰ゲームとして、今後マナヤくんは十日間ほどメイド服のままでいてください! あと語尾はかならず『てゃん』とつけること!」
マナヤのツッコミを完全に無視して、勝手に話を広げていくランシック。二人の掛け合いは拡声の魔道具で競技場全体に広がり、観客が爆笑していた。
「だからやらねえっつってんだろうが! ラサム! お前からもなんか言ってやってくれ!」
「あっちょっと待ってくれマナヤ。今、最後の罰ゲームのとこをメモってるところだから」
「メモるな! 破れ! 捨てろ! この世から消し去れぇぇ!!」
「あっはっはっは」
マナヤがメモを奪い取ろうとする。
彼に腕を引っ張られながらも、ラサムは腹を抱えて爆笑していた。無理な作り笑顔ではなく、本当に自然な笑いだ。
最初から最後まで大盛況の中、第一回『デルガンピック』はこうして無事に閉会した。




