206話 競技開始
それから二十日ほど経ったある日。
「――さあさあ、やってまいりました! 記念すべき第一回『デルガンピック』、ついにその本戦が今日開幕されます!」
「いやー、興奮してきましたね実況のランシック様!」
テオ達のいるバルハイス村の、北門から出て少し歩いた先。そこには円形競技場のようなものが建てられ、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
沢山の観客――といってもこの村に住んでいる村人や騎士達だが――が観客席に集まり、拍手や怒号を上げながら競技場の中を見下ろしている。
その競技場の中、客席の中で一際目立つ一角。そこに拡声の魔道具が置かれ、観客席を見渡している人影が二つ……いや、三つ。
「ええ、実に! そうそう申し遅れました! ワタクシは本大会の実況を務めさせていただきます、コリンス王国からやってまいりましたランシック・ヴェルノンです! そしてこちらは――」
「解説その一、みなさんおなじみラサムがお届けします! そして解説その二として!」
「……」
「はいテオ君、恥ずかしがらない! 貴方が言い出しっぺなのですから、シャキッとして頂けないと!」
「そうだぜテオくん! こういうのはノリが大事なんだよ、ノリが!」
「え、は、はい! ええと、ご紹介にあずかりましたテオ・サマースコットです」
異様にテンションが高いランシックとラサムに気圧され、勇気を振り絞って挨拶をするテオ。そんなつまらない平凡な挨拶一つにさえ、観客は沸き立つ。
ちなみに、ランシックもラサムも大きな青い羽を全身から生やした、ド派手な衣装を纏っていた。頭から放射状に数本、腰や両肩口からももっさりと数え切れないほど大量の羽が生えている。かつてセメイト村で、レヴィラに着せていたあの派手な衣装と同じものだ。
どこからこんな衣装を、と疑問をぶつけたところ、やはりランシックが出どころであったことが判明。この国を訪れる前、スレシス村にも視察に行ったという。その際、こっそり宿舎から抜け出して特産である『シャナ鳥』の羽から衣装を織ってもらったらしい。
なおテオも同じもの着るよう二人から催促されたが、なんとか抵抗し普通の服装で許されている。
(な、なんかすごいことになっちゃった……)
――想像以上に大ごとになったのは確かだな。やるじゃねーか、テオ。
(ここまで大がかりになるなんて聞いてないよ! それにどうしてマナヤじゃなくて僕が解説に立つの!?)
――言い出しっぺはお前だろ? ここら辺でちょっと度胸でも付ける練習でもしてみるのもいいんじゃねーか。
(マナヤ絶対自分が目立ちたくなかっただけだよね!?)
脳内喧嘩しつつ、テオは目を白黒させながら観客の視線に耐える。
こうなった以上は、腹を括るしかない。そうは思いつつも、テオは激しく後悔していた。あの日、つい意見を出してしまった自分自身を。
さかのぼること、二十日前。
『デルガンピック……? 競技大会、だって?』
『はい。マナヤのいた世界に、あらゆる国の代表選手が集まって競技大会をするってのがあったんです』
テオが表に出てきて、ラサムにそう意見を出した。
価値観の違ういろんな国が、一つの目的で団結しまとまれるイベント。
あの時テオがマナヤに訊ねたのは、言うまでもなくスポーツの祭典〝オリンピック〟のことだ。テオが異世界に行ってからマナヤが生まれるまでの三ヶ月間、そのことをちらっと見るか聞くかした記憶がかすかに残っていた。
すぐに何のことか気づいたマナヤは、オリンピックのことをテオに解説した。〝オリンピア〟という地を発祥とする、スポーツを神に奉納する祭として行われた競技というその成り立ちを。どうやらテオは地名であるオリンピアと、そのオリンピア神が住むと言われている〝オリンポス山〟の名を混同して覚えていたらしい。
テオは、そのオリンピックの概念をラサムに提案したのだ。
もっとも、まさか聖地でもあるデルガンピア山でやるわけにはいかない。そこでテオとマナヤは、少しアレンジを加えた。〝神を称えるための競技を、神がデルガンピア山から見てくださるように奉じる祭典〟……その名も〝デルガンピック〟と。
『――ということです。召喚獣と連携する戦術をベースにしたスポーツを考えようかと思いまして』
『へえ! そしてそれを村のみんなにやらせて、楽しむついでに召喚獣にも慣れてもらおうってコトか!』
『はい。ディロンさんから聞いたんです。共同で一つのものごとに取り組むことで、人は絆を深めることができるって』
セメイト村の新年祭の時に、ディロンがマナヤにこう言っていた。大きな問題に対し、二人で協力し支え合いながら解決することで強固な絆を生む、と。
あの時、マナヤの裏で様子を伺っていたテオも、それを聞いていた。
『うん、そりゃ面白そうだ! 早速ランシック様にも提案してくるよ!』
『えっ? ら、ランシック様にも?』
『そういう面白そうなことは、あの方も巻き込んでしまうに限るだろ? じゃ、行ってくる!』
といった形で、当然ながらランシックも乗ってきた。
そしてラサムも予想以上の手際の良さを見せ、あれよあれよという間に段取りを整えてしまった。村の建築士達に声をかけ、村の北部に大きな競技場を建造。テオたちはどのような競技にするかを細かく設定し、ランシックがそれを全て纏め上げてゴリ押したのだ。
最初は村の者たちも難クセを示していた。なぜわざわざ召喚獣に関わる競技などしなければならないのか、と。
が、ランシックが『優秀な成績を残した選手には賞品を用意します!』と宣言した途端、急に食いついてきた。参加希望者があれよあれよという間に増え、予想以上の規模になったのである。
そして現在。
「――さて、それではまず最初の競技! 剣士選手と召喚師選手による〝モンスター・ストラックアウト〟です!」
「さっそくですね、ランシック様! 先日予選を経験した選手の皆さまはもうご存じでしょうが、知らない方のために改めてご説明させて頂きます! では解説その二のテオ君、これはどのような競技なのでしょう?」
ランシックが拡声の魔道具を使って最初の競技を宣言。ラサムもそれに乗っかりつつ、テオに話を振ってくる。
慌ててテオは、カンペに目を落としながら説明を始めた。この競技は、海辺の開拓村でアシュリーがやっていたことを参考に編み出したスポーツである。
「え、あ、はい! まず、剣士の選手さんが高台から飛び出すように跳躍。地上の召喚師選手がそれに合わせて跳躍爆風でモンスターを剣士選手目掛けて飛ばします」
「ふむふむ。それで?」
「剣士選手は空中でそのモンスターをキャッチ。そこから地上のマトを狙ってモンスターを投げ飛ばすんです」
「おっと! ちょうど今、地面にマトが作られ始めました!」
ラサムは、競技場の舞台を見下ろしながら実況を始めた。
建築士の騎士達が数名、地面に手を当てている。その先から、巨大な岩の板がせり上がり始めた。その板は縦横に三等分ずつ割れており、九枚の真四角な岩が集まっている状態だ。さらにそこから、九枚の板一枚一枚に大きく数字が彫られている。一枚あたりの板の大きさは、成人男性ひとり分ほどだ。
さらにその手前には、大人十人分ほどの高さがある高台が設置された。
ちょうどマトが完成したところで、おっかなびっくりテオが説明を再開。
「これが、剣士選手がモンスターを投げつけるマトです。召喚師選手には一回につき一体ずつ、計十五体のモンスターを跳ばしてもらい、九枚すべてのマトをいかに早く撃ち抜けるかの勝負となります」
「ほほう! では、マトが少なくなればなるほど狙い撃つのが困難になりますね!」
「はい、ランシック様。十五体投げて何枚撃ち抜けるか、あるいはマトを全部撃ち抜くのに何体のモンスターを使ったか、という勝負となります」
「では、同点の選手が出てしまった場合は?」
「一位が同率だった場合、空中でモンスターを投げた時の、剣士選手の跳躍高度を判定に使います」
ちょうど説明が終わったところで、選手たちが舞台に入場してくる。
剣士と召喚師が二人一組になって、ぞろぞろと列になって行進。その途端に、観客がより一層大きく沸いた。
「な、なんか凄い盛り上がり方してますね、ラサムさん」
拡声の魔道具に拾われないよう、テオは小声でラサムに問いかける。
「あはは、だろうね。なんせこの国の人達は娯楽に飢えてるから」
「そうなんですか?」
「ああ。君達が聖都に凱旋した時も、どうせ大騒ぎになってたんじゃないかい? 娯楽が少ないから、ああいうイベントにみんな熱狂するんだよ」
そういえば、とテオは思い出す。
あの時に表に出ていたのはマナヤだったが、城門の上から『共鳴』のパフォーマンスをした時。あの時も、何をするにも狂信的な様子で民衆が盛り上がっていた。
この国は、『クラスに関わらず人は皆平等』という教義が強く根付いている。そのため、金稼ぎに従事する商売人が存在しないのだそうだ。貧富の差があまりできぬようにとの配慮らしい。
その代わり、計画経済といって『必要な物品を、必要なだけ生産する』システムを取っている。国が主導で、どの場所にどの程度の物資が必要なのかを計算。その計算に基づき、必要な分だけを生産し分配するのだ。村の中でも、畑や牧場で生み出す食糧は人口でキッチリと取り決めるらしい。
「必要なものを最低限しか与えられないから、娯楽品なんてものが無いのさ。だから、国家が打ち出したイベントには民衆がほぼ全員参加する。数少ない楽しみだからね」
「だから今回も、こんなに……」
「ああ。賞品が出ると聞いて食いついたのもそのためだろうね」
少し複雑な気分になって、テオは舞台へと視線を落とす。
ちょうど、最初の組がさっそく競技を始めるところだ。
召喚師の選手は、高台の下で待機。剣士の選手は高台の頂上へと登り、そこから召喚師選手を見下ろしている。こくりと彼が頷くと、召喚師選手の方も頷き返した。
「――始め!」
「【狼機K-9】召喚!」
審判の声で、召喚師の選手は狼機K-9を呼びだした。この狼型の機械獣は、結局予選を通過した選手たちが全員、初弾として選んでいる。比較的小型で投げやすく、その割に適度に重量もあって板を撃ち抜きやすい。うまくやれば、バウンドして二枚抜きも狙えるからだ。
「よし、いいぞ!」
「ああ! ――はぁっ!」
「【跳躍爆風】!」
召喚師選手の合図で、高台上の剣士選手が跳躍。すぐさま、召喚師選手はそちら目掛けて跳躍爆風を使用した。空中の剣士めがけて、狼型の機械獣が空を翔ける。
はっしとそれを見事つかみ取った剣士選手は、その勢いを利用し狼機K-9を空中で振り回す。勢いがついたところで――
「せいっ!」
眼下の岩板目掛けて、投げつけた。
轟音と共に砂煙が舞い、三番の板が撃ち抜かれる。さらに狼機K-9は叩きつけられた勢いでバウンドし、隣の二番をも砕いた。
「二番と三番にダブルヒットォォォォォォ!! 記念すべき本戦の第一投、アジェイ選手とイーライ選手が二枚抜きという技で華々しく飾ってくださいましたああああ!!」
ランシックが実に良いシャウトで実況。観客も大きく歓喜の叫びをあげていた。
ランシックの実況が巧いというのも、もちろんあるだろう。だがどこの世界でも、豪快に物が壊れるのを見るのは娯楽になるようだ。
「よっし!」
「まずは二枚!」
着地した剣士と、地上で待機していた召喚師選手がガッツポーズを取る。審判が点を入れるのを確認しつつ、剣士はすぐさま高台の登り口へと駆けた。
「じゃ、この調子でどんどんいくぞ!」
「わかった! 次もK-9でいいか?」
「ああ。残り三枚くらいになったら『トリケラザード』に切り替えてくれ!」
「了解!」
召喚師の選手と相談しつつ、第二投のために高台を駆け上っていく剣士。マトが少なくなってくると、多少重くても体躯の大きいモンスターを使った方が撃ち抜きやすくなる。そういう作戦も、各組ごとに決めているようだ。
召喚師と他『クラス』の者達が、協力し合っている。まさにテオが望んだ光景がそこにあって、思わず頬が緩んだ。
***
「――というわけで! 第一回デルガンピック本戦、最初の競技〝モンスター・ストラックアウト〟! その記念すべき初代優勝者は、エントリーナンバー十二番! ナジャラ選手とメンディ選手の組です!!」
ランシックの実況で、今日一番の歓声が轟く。
表彰台に上った男女の組が興奮した様子で、観客席に向かって大きく両手を振っている。
「なお優勝者には、ワタクシことランシックがコリンス王国で入荷しました! 十一番開拓村名物、海曜岩で造られ金箔で飾り付けたトロフィーが進呈されます!」
実況に合わせ、審判役が表彰台に立った優勝組に向かって歩き出す。その手に持っているのは、一抱えほどある白と青の美しい岩で作られたトロフィー。青い文様が美しく精巧な幾何学模様を描き、またその模様に沿うように金で縁取りがされている。見た目にも華やかな一品だ。
召喚師選手と剣士選手、それぞれにトロフィーが一つずつ渡される。観客に向けてそれを掲げながら、二人は心底嬉しそうに顔を見合わせていた。
しかしテオはふと、あまり良い成績を残せなかった組の方へと目が行く。
「ちぇっ、お前がちゃんとモンスターを跳ばさないから――」
「キャッチし損ねた方が悪いだろ! だいたい、そっちが飛び出した時から――」
微かに耳に届いてくるのは、その二人が口論しているような声。
(いけない!)
慌ててテオは、拡声の魔道具へと駆け寄る。
「――エ、エントリーナンバー八番のおふたり!」
突然割って入ったテオの声に、名指しされた口論中の二人はぎょっとこちらを見上げる。観客はどよめき、ランシックでさえも何事かとこちらへ勢いよく振り向く。
しかしテオは、すぐさま拡声の魔道具に向かって言葉を続けた。
「剣士のシムリ選手は、跳躍力が実に見事でした。今回は惜しくも成績を残せませんでしたが、上達し判定が導入されるようになれば、誰よりも良い得点を出せる選手になれるでしょう!」
名指しで長所を褒められ、挙動不審になりながらもまんざらでもなさそうな剣士。
「そして、相方である召喚師のナイーマ選手。跳躍爆風の制御には苦労が伴う中、シムリ選手の動きの先読みをしながら跳ばす才能は圧巻の一言でした。シムリ選手の跳躍力と合わせて、今後が実に楽しみな組であったと思います」
今度は召喚師選手がキョロキョロと観客席を見渡す。
観客からは、盛大な拍手が聞こえてきた。彼らの健闘を讃えているのだ。出場者たちが四苦八苦しながらも、皆良い勝負をしたのをずっと観ていたのだから。
「……おい」
「え?」
「次の大会は、絶対に優勝する。しっかりついてこいよ」
「……ああ!」
口論をしていた二人は、機嫌を直してそう約束していた。共に拳を突き出し、コツンと軽くぶつけている。
「また、エントリーナンバー六番の組もそうです。まず剣士のアノキン選手ですが……」
と、テオはこの機に本戦出場者たちそれぞれの名を呼び、長所を述べていく。その度に選手たちは照れ、観客が拍手を送った。
各試合での選手たちの特徴と活躍、それをテオは全て憶えていたのだ。
「……へぇ」
そんなテオを、横からラサムが実に興味深そうにのぞき込んでいた。




