205話 村人達への対応策
数日後。
「うーん……どうも慣れないのよね、この『木』の料理」
「そうか? 俺は結構イケると思うが」
村の広場にて、青空の下で昼食。
マナヤの正面に座るアシュリーが、パリパリになったチップスのようなものを齧りながら渋い顔をつくる。が、マナヤの方は同じものを口に放り込みながら満足げだ。
「この葉っぱは美味しいんですけどね」
アシュリーの隣に座っているシャラが、肉厚の緑色な葉のようなものを切り分けながら眉を落としていた。ナイフを入れる度にプルンと半透明な葉肉が揺れ、瑞々しい香りが広がる。
「マナヤ、あんたいつの間にそんな食に強くなったの? 去年なんて、この世界は味が気に入らないーってうるさかったくせに」
「住めば都、ってやつだな。俺はあっちの世界とこっちとで、あれだけ食の落差を経験したんだ。今さらちょっとやそっとじゃ狼狽えねえよ」
そんなものかしら、と呟きながらアシュリーは次に麺のようなものをフォークで掬い上げ口に入れる。コリコリと、それを噛みしめる快音がこちらにまで聞こえてきた。
皆が今食べているのは、この村の主食となっている『木』の料理。この村を訪れた時に最初に見た、あの防壁の内側にあった森の木だ。
カルコスと呼ばれているその木は、『生木でも倒木でも燃えない木』に属するもの。水分の少ないこの地でも、わずかな水分を蓄えて育つことができるのだという。サボテンのようなものなのだろうか。
燃料としては向かず、材木とするにも強度が足りない。その代わり、ありとあらゆる箇所が食材として使える。
太い木の幹は、表面の薄皮を剥いて水にさらす。そうすると木の繊維が水を吸った上にほぐれ、まるで麺のような状態に変わる。
コリコリとした繊維っぽい食感は残しつつ、微かな甘みがある。が、テオ含めコリンス王国の者達には不人気なようだ。若干口の中に残る繊維感と、木の屑のような匂いが少し気になるのだとか。
マナヤの感想としては、〝ワラビとパスタのあいのこ〟といったところ。そこまで嫌いではない。
先ほどアシュリーが齧っていたチップスのようなものは、剥いた幹の皮を一口大に切り分け、揚げたものだ。やはり繊維感は残るものの、カラっとしていてポテトチップスを思わせる。軽く塩味もついていてこれもマナヤは好きなのだが、それ以外の者達の感想はご覧の通りだ。
シャラが美味しいと言っていた肉厚な葉のようなものは、あの木の葉を摘んでそのまま出したもの。周りの『葉の皮』とも言うべき部分を破った中には、瑞々しいゼリー状の葉肉が詰まっている。爽やかな香りと滑らかな舌触りが特徴で、そちらは皆も気に入っているらしい。
木の根は皮を剥くと、イモのような白く柔らかい中身が出てくる。それを茹でることでマッシュドポテトのようなものも出来上がるのだ。これをアナグマのような畜獣の肉を混ぜて炒めた料理がここの定番らしい。
このアナグマのような獣は、セメイト村でも飼っていた『ギル』という獣だ。だが習性は少し異なるらしく、こちらのものは地中に穴を掘って暮らしているという。セメイト村のギルは、主に地上で草を食べながら過ごしていた。
「――ははっ! マナヤ、きみはここの料理が気に入ったみたいで嬉しいよ!」
「んあ? ああ、ラサムか」
その肉入りマッシュドポテトのようなものを呑み込みながら振り返ると、爽やかな笑顔のラサムが肩を叩いてきた。彼の手にも、こんもりの料理が乗った皿が乗せられている。
「オレたち村のみんなで、頑張って育てたカルコスなんだ。旨そうに食ってもらえてるなら冥利に尽きるね」
「あっ、ごめんなさい。そういうつもりじゃ……」
「いやいや、気にしないでくれシャラさん。他国の人じゃ、口に合う合わないがあるのは仕方ないさ」
マナヤの隣に腰掛けるラサムに、シャラがオロオロと慌てて謝罪している。アシュリーも気まずそうな顔で肩を落とした。食糧の大切さは、二人もよくわかっているからだ。しかし、ラサムは全く気にした風もなく笑っている。
戸惑っているアシュリーとシャラへ向かって、マナヤは得意げに言い放った。
「だらしねーなお前ら。そろそろ新しい食い物の味にも慣れとけって」
「へえ? そういうきみだって、最初はずいぶんとこの世界の食べ物を嫌っていたみたいじゃないか、マナヤ? 聞いてたんだぜ、さっきの話」
「おまっ……そ、それはだな! いいんだよ昔のことだから!」
ニヤニヤと半眼で突っ込んでくるラサム。マナヤは誤魔化すように肉厚の葉に噛り付く。
「はははは! まあマナヤ、きみも人間ってことだろ。ヘタに完璧を演じるようなヤツより、よっぽど好感が持てるよ」
「おい、俺はソッチの気はないからな?」
「そうかい? そりゃ残念だ」
「オイ?」
「冗談だよ、本気にするな! そんなんじゃランシック様とやっていけないぞ!」
バンバンとマナヤの背を叩きながら、ラサムが木の皮チップスに噛り付く。大きく息をついたマナヤは、ジト目で睨みつけつつ麺を啜った。
「お前はよく、ランシック様にそこまで付き合えるよな……」
「そういうマナヤだって、随分と気に入られているだろう? いいコンビになれそうだ、って言ってきみを紹介してたんだぞ。あの方は」
「代わってくれて構わねえぞ、ラサム」
「いやいや、それよりはきみを囮に差し出した方が楽ができそうだ。オレが」
「へっ、いい性格してるよお前」
お互いに笑みを交わす二人。
なんだかんだといって、ラサムとマナヤはどことなくウマが合った。
「きみは、召喚師にしてはハキハキと話をしてくれるから気持ちいいよ。マナヤ」
屈託のない笑みでそう笑いかけてくるラサム。
しかしマナヤの方は少し罪悪感を胸に抱えている。というのも――
――『ヴァルキリー』で、コの男ノ腹を貫いテやレ――
今も、ラサムに対し『殺しのビジョン』が見えているからだ。
だがそれを顔に出すようなことはしない。喜んでいいものかわからないが、マナヤも自分のそんなビジョンに慣れつつあった。
「……ま、あいつらが相変わらずあの調子じゃなあ」
誤魔化すように、ちらりと後ろのテーブルへと目をやる。
この村に所属している召喚師達が、そちらで黙って細々と昼食を摂っている。その雰囲気は暗く、周囲の目を過剰に気にしているように見えた。
そして召喚師以外の者達が彼らを、そしてこちらをやや遠巻きに警戒しながら昼食を摂っているのがわかる。
――きっとみんな、まだ『申し訳ない』って感情が抜けてないんだと思う。自分達が周りと同じだけ食糧を貰えてることに。
(ロクに仕事してねえのに生意気な、っていう周りの妬みをずっと受けてきたからか。罪悪感が心に沁みついちまってるんだろうな)
マナヤの意識の裏、テオが哀しそうに語り掛けてきた。
これまで受けてきた扱いのトラウマが、いまだ召喚師達の中に残っているのだ。マナヤが見てきた村々と同じ状況である。
「これでも、だいぶマシにはなった方なんだよ」
ラサムが無表情になり、カトラリーをテーブルにそっと置く。
「前までは、こうやって同じ場所で食事を摂ることすらできなかったんだ。オレがこの村に来る前はもっとひどかった」
「ん? ラサムってこの村出身じゃないのか?」
「オレは故郷が滅ぼされたから引っ越してきたんだよ。数年前にね」
「……悪ぃ」
「構わないよ。それでまあオレが来て、王太子殿下も手を回してくれて。それで召喚師達も召喚獣を使って戦えるようになった。そこまできてようやく、彼らも太陽の下に出て来れるようになったのさ」
思いを馳せるラサムの横顔は、いつだかに見た威厳を漂わせている。
が、すぐに爽やかな笑顔に戻りマナヤへと振り向いた。
「そこへきみが来てくれた。あの防衛施設の設計図をランシック様が作ってくれて、それを活用した戦い方をきみ達が教えてくれた。これから少しずつ、召喚師のみんなも自信を取り戻してくれるさ」
「他の人達の意識が変われば、だけどね」
アシュリーが口を挟む。彼女が横目で見つめているのは、こちらや召喚師達のテーブルに嫌悪の視線を向けている村人達だ。
ラサムが難しい顔になり、腕組みをする。
「そこなんだよね。召喚師のみんなが戦えるようになって、妬みは一応なくなってきた。けど、モンスターを恐れる気持ちは抜けないようなんだ」
「コリィ君の開拓村と、同じ状況ですね」
シャラが召喚師達を気遣うように見つめながら、しょげている。
コリンス王国の、海辺の開拓村。コリィの故郷でもあるその開拓村は当初、モンスターを過剰に怖れ召喚師達も忌み嫌われていた。海から襲撃してくるモンスターに対抗する手段が乏しかったからだ。
この国でも、モンスターの襲撃が増えて被害を被る者達も増加傾向にある。その怖れと憎悪が、今なお村人達に残り続けているのだろう。
「あたしの、モンスターを投げるストレス解消法が使えないからなぁ」
「すまないねアシュリーさん。この国じゃ、モノに当たって憂さ晴らしをするっていうのは印象が悪くてね」
アシュリーの愚痴に謝罪するラサムは、さすがに気まずそうだ。
コリィの故郷では、アシュリーが考案した『剣士がモンスターを思いっきり投げつけてストレス解消』という手法を取っていた。日頃の恨みを召喚モンスターにぶつけ、鬱憤を晴らしてもらおうという作戦だ。
しかしこの村では、その手法はラサムに止められた。物に当たるというのは、それを『害悪』であると認めるも同然。それが、聖典の教えが浸透しているこの国での風習であるらしい。
――やっぱり、良い気分がしないな。
(あぁ、どうしても召喚師の扱いが悪い場所はな……)
――い、いやそうじゃなくて。
ふと、頭の中でテオが憂う様子で話しかけてくる。
――だって、召喚獣の扱いが禁止されてるんだよ。何か、やっちゃいけないことをしてるような……
(罪悪感か? お前な、ここの召喚師たちがどんな扱い受けたか聞いたろ)
――わかってるけど。でも、やっぱりどこかしっくりこないんだ。
(今は気にするだけ無駄だぞ? このままじゃ死人が増えるだけなんだからな)
どうやら、国のルールを犯していることをまだ気にしているようだ。
ラサムの言葉を信じるなら、この国の王太子が認めてくれているとのこと。ならある意味では合法ということにもなるはず。だがテオはそう割り切れないらしい。
気を取り直して、村人達に思考を戻すマナヤ。
「せめて召喚獣と連携する戦術を、あいつらが実戦でまともに使えればよかったんだがな」
せっかく、そういう戦い方も色々とデモンストレーションしてやったというのに。
マナヤは、恨みがましさを隠すように目を閉じる。下手に村人達の方を見ると、彼らに見えている『殺しのビジョン』のせいで殺気が漏れそうになるからだ。
ラサムが肩をすくめる気配がした。
「一応みんなも、やってくれてはいるんだけどね。モンスターとの連携戦術」
「ああ、めちゃくちゃ怖々とな。召喚師との息が全く合ってねえし、合わせる気もねえ」
マナヤが見たところ、他『クラス』は召喚獣に触れることを極端に怖がっている。そもそも慣れていないというのもあるが、召喚師そのものを信用していないからだ。だから、召喚獣との連携に対して真面目に取り組まない。
「召喚師と他の連中が、手を取り合って研鑽できるようになれれば……」
難しい顔で考え込んでいるラサム。
マナヤ達もこれまで、色々と指導しながら考えてはいた。が、これといって良い案が浮かんだわけでもない。
(いっそ、俺があいつらの『共通の敵』になってみるか? 敵の敵は味方、っていうし、なんとか俺を悪者にしてあいつらがまとまるよう――)
――だからダメだって、マナヤ! 僕達だって召喚師なんだから、そんなことしたら逆効果だよ!
ブライアーウッド王国でやってみた手法をふと考えるが、心の中でテオに止められる。
(い、いやだからそこはお前がフォローしてくれりゃ……)
――自分のことももっと大事にして! マナヤが自分を悪者にしたら、アシュリーさんにだって迷惑がかかるでしょ!?
(わ、わかったっての。でもだからってどうしろってんだ)
責めるような口調のテオに、気まずくなってカップの中身を一気に飲み干す。
そして、何の気なしにはるか北に聳える真っ白な山を見つめた。国内のほぼ全域から見えるという、この国のシンボルでもある山だ。
――……あ。
(ん? どうしたテオ)
そこへ、テオが何かに気づいたような意識を伝えてきた。
――あの山。確か、この国の有名な山だったよね。
(? ああ、確かえーと……なんつったっけか?)
――デルガンピア山だよ! デルガンピア!
少し興奮した様子で、テオが頭の中に叫んでくる。
(お、おいどうしたテオ)
――マナヤ! 僕はあんまりよく覚えてないんだけど、マナヤならわかるんじゃないかな!?
(だから、何がだ?)
いまいち要領を得ないテオの言い分を問い詰める。
――あっちの世界にあったよね! なんていうか、価値観の違ういろんな国がまとまれるような、そんなイベントが!




