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202話 バルハイス村

「――おっ、ランシック様じゃないですか。到着が早いですね!」

「ええ、おかげさまで。お久しぶりです、ラサム君」


 先ほどのラサムと呼ばれていた黒髪の青年が、首の汗を拭きながらランシックへと声をかけてくる。人差し指を額において会釈する彼に、ランシックもにこやかに同じ仕草を返した。

 一介の村人のようだが、他国の貴族であるランシックと知り合いなのだろうか。テオが訝しむも、くるりと振り向いたランシックはさっそくテオらに紹介してくる。


「こちら、このバルハイス村で知り合ったワタシの友人、ラサム君です」

「初めまして、オレがラサムだ。ランシック様にはずいぶんとお世話になったんだよ」


 ぐっと二人して肩を組みながら、同じような笑顔を浮かべて笑うランシックとラサム。肌の色は違うが、二人とも纏う雰囲気は同じだ。

 その元気よさに少し戸惑いつつも、テオ、シャラ、アシュリーはそれぞれ自己紹介した。皆の名前を反復したラサムは、最後にもう一度テオに向き直る。


「ええと、君が噂の『封印師の救世主』ってことでいいのかい?」

「え? あ、正確には異世界から来た僕のもう一つの人格が……」

「ああ、そうだったそうだった。さっそく彼にも挨拶……おっといけない、忘れてた」


 目を輝かせながら笑顔で問いかけてきたかと思ったら、すぐに手を拳でポンと叩いて畑へと勢い良く振り返る。

 コロコロと表情を変えながら、彼はその場で駆けるような足踏みをしながら再びランシックへと語り掛けた。


「すいませんね、ランシック様! まだ畑仕事の途中なんで、村長の屋敷で待っててもらえませんか!」

「わかりました! ですが急いでくださいよ、あまり貴族のワタシ待たせすぎると罰が下りますからね?」

「おっと? 今度は具体的に何をさせられるんですかね?」


 ニヤリとラサムが挑戦的な笑みを向けると、ランシックも似たような黒い笑顔を浮かべた。


「もちろん、ワタシの国のあちこちで仕入れてきた衣装の着せ替え人形フルコースです!」

「ってことは、女物もあるんですか?」

「もちろん! ご安心を、君が着る時はワタシも着ますので!」

「それはそれで面白そうだ! はっはっはっ」


 まさかこの男は、ランシックの同類だろうか。随分となれなれしい様子でランシックと息の合った会話を交わすラサムに、テオらは困惑するしかない。

 パタパタと畑の方へ戻っていくその青年を見送った後、晴やかな表情でランシックは振り向く。


「ふう。ノリの良い彼との会話は、やはり心が洗われますね!」

「悪影響を受ける、の間違いでは?」

「なるほど、そういう考え方もありますね!」


 冷静なレヴィラのツッコミに、カラカラと笑うランシック。

 そこで軽く咳払いした彼は、改めて村の奥を指さした。


「さて。それではそろそろ村長の屋敷へ向かいましょうか。詳しい話は、村の村長殿に直接聞くことにしましょう」



 ***



 ランシックの先導のもと、村の中心にある一際大きな建物に辿り着いた。ここが村長の屋敷であるらしい。


 どうやらこの国の村は、コリンス王国の村とは構造が違うようだ。

 コリンス王国では、村の中心に畑や牧場、孤児院などの脆弱な施設が集められている。そしてその周りに住宅地、一番外側に防壁という構造だ。

 だがこちらでは防壁のすぐ内側に畑や牧場、そしてその内側に一般住宅地や孤児院。そして村の中央に村長の屋敷がある。


「失礼、こちらで武器を預からせて頂きます」


 屋敷の入り口に案内された一行は、そこをガードしている番兵にそう告げられた。アシュリーは腰に帯びた剣を、シャラは錬金装飾れんきんそうしょくが入った鞄を預ける。テナイアは仕込み杖やボーラを、ディロンも同じような仕込み杖、そしてローブに隠して左腕に着けていたらしい手甲を預けていた。レヴィラも背負った弓、腰に提げた矢筒を預ける。

 召喚師であるテオは、特にこれといって預けるものがない。少しビクビクしつつも、番兵には頷かれ無事に通された。


 が、ランシックはというと。


「ワタシも建築士ですので、何も預けられるものがありませんね!」

「……」


 飄々と笑顔でそう告げるランシックだが、番兵は無言のまま厳しい目でランシックを睨んでいる。

 笑顔のランシックと険しい番兵が睨み合いになるが、しばらくしてランシックの方が折れた。


「あーハイ、わかりました。こちらです」


 と、左袖から青い文様の混じった白い石の塊を取り出した。石の形状を自由に変えられる建築士にとっては、どんな石であろうと武器とみなされるようだ。


 が、その拳大の石を受け取った番兵は、それでもなお厳しい顔でランシックを睨みつける。先ほどよりも、顔が近い。


「……降参です。では、こちらも」


 と、ランシックが観念したように今度は右袖から赤茶けた石を二つほど取り出した。

 番兵の手にそれを渡すも、番兵はさらに鋭くランシックを睨みつけている。


「ええい、仕方ありませんね! もってけ、ドロボー!」


 くわっと目を見開いたランシックが、今度は懐に手を入れ青みがかった石……いや、小さな彫像のようなものを三つほど取り出して渡す。騎士の姿を象ったような彫像だ。男性騎士型のものも女性騎士型のものもある。

 それでも、番兵はさらに顔をランシックに近づけ睨みつける。そろそろ目元が険しくなってきた。


「くっ、鋭いですね! ならばこれなら――」

「さっさと全部お渡しください」


 ランシックが今度は片脚を持ち上げ裾の中をごそごそと探り出そうとする。が、レヴィラがしびれを切らした。

 彼女はひょいと彼の体を抱え上げる。あの細腕のどこにそんな力があったのか、彼女はランシックを逆さにしてブンブンと上下へ思いっきり降り始めた。

 バラバラと色とりどりの石が玄関前の木製床に転がっていく。青い石が多い。そしてそれらのほとんどが人を象った彫像だ。


 番兵はその石をかき集め、どこからともなく取り出した布でまとめて包む。そこまでやって、ようやくOKが出た。

 レヴィラがぐるんとランシックを天地正しく戻し、床の上に立たせる。両腕をピンとYの字にしたままポーズを決めるランシックの姿に、テオは頬を引き攣らせるしかない。


(……どこに、あんな沢山の石が入ってたんだろう)


 数えるのも馬鹿馬鹿しい、大量の拳大の石コロたち。

 それほどの石が、あの貴族礼服のどこにしまってあったのか。石のせいで服は形崩れしなかったのか。あれだけ入っていて重みでズリ落ちたりしなかったのか。


 周りの者達も、レヴィラ以外は同じような困惑の表情を浮かべている。

 あんな光景を見てもなお冷静な番兵に促され、テオ達はやっと屋敷の中へと通された。



 ***



「――やあ、申し訳ありませんねランシック様。お待たせしてしまって」


 屋敷の、質素な応接間でしばらく待たされていたテオらと騎士達。コリンス王国からやってきた騎士達だけではなく、護衛という名目でつけられたこの国の聖騎士たちも一緒だ。

 そこへ扉を開けて入ってきたのは、先ほどの浅黒い肌の好青年。ラサムといったか。


「あれ? あなたが村長さんだったんですか?」


 入室したラサムが、戸惑いなく村長の仕事机らしいものに向かって座ったのを見て、テオは訝しむ。ランシックの口ぶりから、村長は別の居るとばかり思っていたのだ。


 しかしラサムは笑いながら首を横に振る。


「いや、村長のキンディンさんは建築士だからね、今はまだ南の防壁修理で忙しいんだ。で、何故かそういう時にはオレが村長代理を押し付けられているってワケさ」


 気さくな感じでテオにそう説明してくる。

 彼の衣服は、先ほどと同じやや黄ばんだ布の縫い合わせ服だ。土埃などはさすがについていないようだが、どう見ても一般の村人が着る服にしか見えない。


 机に頬杖をついたラサムは、座ったまま椅子を前に傾けこちらに身を乗り出してきた。本当に一介の農夫のような雰囲気だが、彼の瞳にはどこか理知の光が宿っているように見える。

 扉の両脇を村の番兵二人が固めている中、ラサムは気を取り直すように咳払い。


「そんなわけで改めて名乗るけど、オレがこの村に住んでるラサムさ。今日は村長さんの代わりに、オレが話をさせてもらうよ。ええとランシック様、こちらの皆様がたが村の防衛を手伝ってくれるんでしたね?」

「その通りです。モンスター襲撃の増加でもっとも被害を被っているこの村を守りに馳せ参じました」


 敬語ではあるが軽い感じに話してくるラサムに、ランシックは気にした風も無く笑顔でそう返した。


「話によれば、『黒い神殿』捜索に出向いた聖騎士様がたもこの村から出発したとか。ラサム君、現時点でもまだ彼らの消息はつかめていないのですね?」

「そうです。モンスターに殺されたのか、それとも何か問題が起こって遭難しているのか。調査にも赴きたいところではあったんですが、モンスター襲撃も激しくて森奥に入るのは自殺行為。ほとほと困り果てていたんですよ」


 よどみなく話をするラサムは、随分と説明し慣れているなと思わせる。言葉の端々に、どこか威厳のようなものを漂わせていた。


「ただそれに加えて、こちらから一つ要望があります。『封印師の救世主』さま、つまりテオくんとマナヤくんに頼みたいことがありましてね」


 と、ラサムはここでテオらに目線を向けた。思わず、隣のシャラやアシュリーと顔を見合わせる。別の長椅子に座っているディロンとテナイアもピクリと反応していた。

 代表するように、テオは口を開く。


「頼みたいこと、というのは……?」

「君達が得意としていることを、さ。封印師……いや、『召喚師』としての戦い方を、この村の封印師達に教えてもらいたいんだ」


 えっ、とテオが声を漏らしてしまう。


「あの。もしかしてラサムさんも召喚師……封印師なんですか?」

「ラサムでいいよ。それとオレ自身は白魔導師だ。でも、封印師たちの助けになりたい気持ちは同じさ」

「それは……彼らにモンスターを召喚して戦う方法を教えてあげて欲しい、という意味でしょうか?」

「そうさ。君達がやっている、モンスターを戦うための道具とする戦術。コウマ流召喚術、だったかな? それを教導して欲しい」


 念のためテオが確認してみるが、ラサムからの返答は予想通りのものだ。

 この国では、法律でモンスターの召喚を禁じられている。なのにラサムは、召喚獣を使っての戦い方を教えて欲しいと言う。


 ――どうやら俺の方針が正解らしいぞ、テオ。


 頭の中でマナヤがしたり顔をしている。

 そこへ、慌てたようにシャラがラサムに問いかけていた。


「あ、あの。この国では、それは禁じられていると聞いたのですが」

「シャラさん、だったね。その通りだよ。オレ達はそれを承知でお願いしたいんだ」

「なぜ、ですか……? 国の方針に逆らってまで」

「そうしなければならない理由がある、ということだよ。これ以上、()()()を出さないためにもね」


 人死に。

 その言葉にシャラもテオも戦慄する。


 そこで、はっとテオは慌てて後方へ振り返った。聖王の命でテオ達についてきた聖騎士たちが、自分達の後ろに控えていることを思いだしたのだ。

 聖騎士達の前で、堂々と国法を犯す発言をする。ラサムのその行為に聖騎士がどう動くか。


 が、意外にも聖騎士はまったく反応せずに無表情で座っていた。『すでに承知の上』と言わんばかりだ。


「ああ、聖騎士様がたのことなら気にしなくていい。彼らはオレ達の協力者なんだ」

「協力者?」


 くるりとテオは正面を振り向き、問いかける。そこには、まったく臆していないラサムの自信たっぷりな笑顔があった。


「実はこの件、王太子殿下からも賛同を頂けているのさ。だから君達に監視役がつくことになった時、殿下に手を回してもらった。聖王陛下には内密に、オレ達の方針に賛同してくれる人員をつけてもらえるようにね」


 彼の言葉に、テオは思わず背筋が凍る。そして、自分達がとんでもないことに巻き込まれているということに。


「王太子殿下……って、今はどこで何をやっているんですか? 王城の晩餐会では、見かけなかったんですけど」


 アシュリーが首を傾げながら問いかけていた。

 聖都に訪れた時の晩餐会で、聖王は兄弟姉妹や甥姪などの王族を紹介してきた。が、聖王の一人息子……すなわち王太子だけは、多忙ゆえ今は聖都には居ないとのこと。そのため王太子とは顔合わせをしていない。


「悪いけど王太子殿下の居場所は言えないんだ。もう薄々勘づいてるとは思うけど、オレ達は聖王陛下に楯突くつもりだからね。情報は漏らせない」


 そう語るラサムは、重大な内容だというのにどこ吹く風といった表情だ。どうにもつかみどころのない雰囲気に、テオは思わず胸が底冷えする。

 王族に楯突くとなれば、大ごとだ。王太子とはいえ、現時点では権力は聖王には及ばない。露見すれば処分されてもおかしくはないはずだ。


 これまでじっと黙って聞いていたテナイアが、そこでようやく口を開いた。


「ラサム様。聖王陛下の方針に背いてでも、召喚師を育てなければならない理由があるのですね」

「そうです、テナイア様」

「先ほど『人死にを出さないために』と仰られました。モンスター襲撃が想定より激しく多数の被害が出ている。そう解釈してよろしいでしょうか」

「はい。ただ、単純に戦力が足りていないという意味ではありません」


 全く臆さずにラサムが答える。

 眉をひそめるテナイアの表情を見て、彼も表情を引き締めた。前に傾けていた椅子を戻し、ゆっくりと立ち上がってテオらを見渡す。


「……ついてきてください。皆さんに、お見せしたいものがあるんです」


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