2話 召喚師の降臨
「っ、とっ……」
突然、彼の意識が浮上した。
急に浮遊感が無くなったことでふらつく体だが、この体は座っていたようで転倒することはなかった。
自分が、黄みがかったハイネックカーディガンに白いインナー、黒いロングパンツを穿いていることを確認する。
――俺は、転生したのか?
体を起こし、キョロキョロと見慣れぬ部屋の中を見回す。
滑らかな石造りの壁と、それとは対照的に塵だらけの板張りの床。部屋は薄暗く、なんとなく土のような匂いが立ち込めている。
部屋の中は最低限の家具、つまりベッドらしき寝具と戸棚、机、椅子が一つずつあるのみ。机の上には、この部屋の唯一の照明であるロウソクが一つ。いや、よく見るとロウソクではない。燃える葉っぱが一枚、棒の上端に突き刺さっているだけのものだ。
(この体の、記憶は――)
そこで、意識すればこの体の持ち主、その記憶が覗けることに気が付いた。
持ち主の名は『テオ』。今年で十六歳になる少年のようだ。
どうやら暦や時間単位などは、地球と同じらしい。
(ということは、あの「神」とやらの言う通り時間が巻き戻ったのか……スタンピード直前に)
『テオ』の最後の記憶を読み取った。
テオの住んでいるこの街、いや『村』である『セメイト村』は、テオの記憶の限りではほぼほぼモンスターに蹂躙されきったはずだ。
「って、やべぇじゃねーか!!」
もしスタンピード直前に時間が巻き戻ったのであれば、襲撃が来るまで幾ばくも無いだろう。不思議なほど違和感のない、ややウェーブがかった自分の短い金髪を揺らしながら彼はあわてて外へ飛び出す。
――あんな記憶を、目の前で再現されんはごめんだ!
本気でスタンピードの被害を食い止めたければ、テオの両親や幼馴染よりもまずは各所の衛兵に。何なら『ほぼ全員がなんらかの戦力になる』このセメイト村の村人全員に手当たり次第にスタンピード襲来を知らせればいい。
しかしこの体の記憶、そこから繋がるテオの『何を優先してでも両親と幼馴染を救いたい』という感情に、彼は完全に流されていた。
太陽はすでにかなり傾き空が赤く染まっている。テオの記憶の限り、もうじきスタンピードが来る時間であるのはほぼ間違いないようだった。
冬が明けたばかりで、夕刻になるとすぐに冷えるこの時期。この時間でも村人は既に帰宅していることが多い。
初めて見るはずの街並み……いや、村並みというべきか。だが『テオ』の記憶のおかげで迷うことはない。
走りながらいくつかの角を曲がる。時折すれ違う人間からはギョッとしたような表情で振り返ったり、ビクッと引きそうになったりという失礼極まりない反応が返ってくる。だが、そんなことは彼にはどうでもよかった。
そして、目的の家に……『テオ』の実家にたどり着き、乱暴に扉を開く。
『”父さん”、”母さん”!!』
そう呼ぶのはなんだか気恥ずかしいと感じながらも、中に居る二人に呼び掛ける。
「テ、テオ!?」
「テオ! あなた……!」
記憶の通り、短い金髪の”父さん”と長い茶髪の”母さん”の二人が彼を驚きの目で見返してくる。どちらも白いインナーに灰色のカーディガンを羽織ったような服を着て、黒いズボンを穿いている。
(っと、やべえ)
思わず『日本語』で喋ってしまっていたことに気づき、慌ててテオの記憶からこの世界の言語を引き出す。
「と、“父さん”、“母さん”」
自分にとっては見ず知らずのような二人をそう呼ぶのは、彼にとっては少し抵抗があった。
何故か彼の目の前にいる二人は、感極まったような表情でこちらを見てくる。だがそこで彼は自分の為すべきこと思い出した。
「二人とも、落ち着いて聞いてくれ! 南門からスタンピードが来る、すぐに避難するんだッ!」
この体はもっと丸い口調をしていたようだが、今更そんな言葉遣いをするのも恥ずかしかったので、荒々しい口調になってしまう。
「な……スタンピードだと!?」
それを聞いた”父さん”が慌てて彼の両肩を掴む。
「ああ、俺はこの後、前線に向かう! ”父さん”は”母さん”を連れて避難してくれ!」
「し、しかしお前が行くなら私も――」
「”母さん”を守れなくなるだろーが!!」
そう言って彼は”母さん”の方を見やる。
彼女は『左腕が無かった』。優秀な『弓術士』であったが、過去にモンスターの襲撃によって左腕を欠損したそうだ。治癒魔法が存在するこの世界でも、四肢欠損だけは再生できない。それからというもの、”父さん”……”スコット”は、妻の”サマー”から離れずに守ってきたらしい。
だが一般人でも戦力を持っているこの世界でも、片腕が無い弓術士は戦力にならない。そして戦力にならない者を最前線に置くのは邪魔にしかならない。
「あなた……テオ……」
サマーが彼とスコットを心配げに見やる。それを見てスコットは、腹をくくったようだった。
「……わかった。母さんのことは私に任せろ」
「ああ、それと”シャラ”のことも」
シャラ。今年で十八歳になる、テオの幼馴染だ。六年前にモンスターによって彼女の両親が殺されてしまい、その後はテオの一家が何かと彼女の面倒を見ていた。
記憶の限りテオは彼女に恋しているし、彼女もテオに惚れていることは明らかだ。しかしテオは十四歳の『成人の儀』以来、彼女に会っていない。
「シャラちゃんは丁度今、区画の錬金装飾の魔力充填に行ってるわ」
「すぐに探しにいかなければ……!」
サマーの言葉にスコットがすぐさま外を見やる。
テオの記憶が正しければ、シャラの『担当区画』はこの家がある南区画全域だった。今から区画全域をシャラを探し回るとなると時間がかかるかもしれない。
「とにかく、俺はもう南門へ行く! ”父さん”と”母さん”も避難してくれ!」
――俺がモンスターどもをここに入れなければ済む話だ!
「ま、待ってテオ! あなた、本当にテオなの!?」
「説明は後だ!」
サマーには、さすがに口調で自分がテオでないことに気づかれたらしい。恐らくスコットの方にも怪しまれているだろう。とはいえ彼は今更変える気もサラサラ無い。
彼は身を翻し、家を飛び出して南門へと向かう。
今からでも戦力を集める?
周囲にも避難を勧告する?
そんな考えは、今の彼の頭からすっぽ抜けている。
自分自身では何もできなかった。『召喚師』では何の役にも立てない。そんな『テオ』の悔しさの記憶が、彼を突き動かしていた。
***
この世界では十四歳になった時、その国の王都で『成人の儀』を受けることになっている。
成人の儀を受けると、いくつかの候補の中から自分が成る『クラス』を選択することができる。
クラスを習得すると、そのクラスに見合った身体能力と成長能力を得て、さらにそのクラス固有の『技能』や『魔法』を使うことができるようになる。モンスターが蔓延るこの世界では、クラスを得てモンスターに対抗する能力を獲得しなければ、生き延びることは難しい。
そのためクラスを獲得した後はそのまま王都の学園に一年間通い、そのクラスでの戦い方をみっちりと学習することになる。
どのようなクラスの候補を受けられるかは本人の資質に左右されるが、大抵は三、四種類ほどの候補を得られるらしい。その中からどのようなクラスを選ぶかは、基本的には本人の意思に任される。
ただ、場合によっては国から「このクラスになれ」と命じられることがある。多くは、そのクラスの者が不足しバランスが崩れているからというパターン。
特に『召喚師』は、この世界の人間ならば絶対に候補に含まれるような、誰でもなれる『下級クラス』扱い。その不人気ぶり、そして『おぞましさ』ゆえに、自らなりたがる者はほとんどいないクラスだった。
***
「ちィ……ッ!」
彼が南門に到着するころには、もう既にモンスター達が襲撃を始めていた。南門と周辺の防壁は破壊され、特に西側の防壁は損壊が酷い。南南西方面から襲撃してきているようだ。門を警備していた衛兵が既にモンスターの大軍への対処に当たっている。
だが敵の後続はまだまだ多い。このままではここが突破されてしまうのは時間の問題だ。
――ドウッ
突然巨大な赤い光の柱が天高く立ち昇った。大規模なスタンピードを知らせる、魔法の救難信号が発されたのだ。
「仕方ねぇ、腹ァ括ったらぁ!!」
ここに来るまでの間、彼はテオの記憶からこの世界での召喚師の戦い方、成人の儀の後に通った学園で習った教官の言葉などを反芻していた。
――なんじゃこりゃ。ゲーム初心者がやらかしそうなミスを網羅してんじゃねーか!!
この世界での召喚師がロクに戦力になっていないのも当然だ。召喚師の本領を発揮するための戦い方がまるでできていない。
「俺は河間真也……いや、召喚師マナヤ! 勝負開始!!」
――史也兄ちゃんと『サモナーズ・コロセウム』で培った、上級者召喚師の戦い方を見せてやる!