198話 交戦と出迎え
モンスターの群れに接近しながらも、テオは前方を騎馬で駆けているディロンとテナイアを見やる。
(『千里眼』は使わないのかな?)
あの二人が使える共鳴、『千里眼』。あらゆる距離から望む場所を見通し、射程を無視して超遠距離から魔法を放つことができる能力だ。あれがあれば、接近せずともモンスターの群れに対抗できるはず。
だが、まだ先は長い。『共鳴』は体に負担もかけるので、今は温存するということなのだろう。特に『千里眼』は、距離に応じて魔法のマナ消耗も増大すると聞いた。
「【猫機FEL-9】召喚、【跳躍爆風】!」
テオは続けて、青いネコのような機械モンスターを召喚。それを即座に跳躍爆風で前方へと跳ばした。
召喚時にテオ自身の走行速度による慣性が乗っていたため、猫機FEL-9は凄まじい勢いで突っ込んでいく。
「【キャスティング】」
――【伸長の眼鏡】!
シャラがテオの意図を察し、すぐに眼鏡のようなチャームがついた錬金装飾を放ってくれた。右手首に装着され、テオの補助魔法の射程が伸びる。
「【次元固化】、【自爆指令】」
敵陣の中に落下していった猫機FEL-9に向かって、補助魔法を二連発。
次元固化によって、猫機FEL-9は動きが止まり無敵化。
続く自爆指令を受けて、完全に硬直した猫機FEL-9が危険そうな火花を纏う。
五秒後、轟音を立てて猫機FEL-9が炸裂。
敵陣の後ろ半分を爆炎が包み、半壊させていた。
自爆指令により、猫機FEL-9は自壊し大爆発を起こしたのである。
マナヤがセメイト村のスタンピードに対処した時に、使ったテクニックと同じものだ。
「はっ!」
騎馬に乗っていた建築士の騎士達が、槍の石突を地面に突き立てる。
すると、モンスター群の前に岩の壁が立ち昇った。
進行方向を突然塞がれ、モンスター群が岩壁に激突する様子が見える。
衝撃でビシビシと岩壁にヒビが入っていく。
と思えば、崩れていく岩壁が鋭い岩の槍へと変化。
岩壁が倒れかかっていく勢いをそのまま利用し、モンスター達を貫いていった。
岩壁が完全に崩れたら、今度は別の建築士騎士が新たに壁を生成。
それが崩れると見るや、残骸をまた岩の槍へと変える。その繰り返しだ。
「【スペルアンプ】」
「【ブラストナパーム】」
ここでテナイア達をはじめとした白魔導師隊が、黒魔導師隊に魔法増幅を。
それを受けた黒魔導師達が、広域爆裂魔法を敵陣に叩きこんだ。
その爆炎を、建築士達が壁でモンスターごと取り囲む。
狭い範囲で爆炎が閉じ込められ、威力の拡散を防いでいるのだろう。
だいぶ敵の数が減ってきた。
が、後続がまだどんどん続いてくる。岩壁を叩き壊しながら、接近戦の範囲にまで近寄ってきた。
「【ライシャスガード】」
テナイアが、前線を支える剣士達それぞれに白い結界を張る。
それを受けた状態で、剣士達は槍やハルバードといった長物を手にモンスターと戦い始めた。
「【プラズマハープーン】、【インスティル・ダーク】」
ディロン達黒魔導師も、単体攻撃魔法や剣士への付与魔法に切り替え、個別に撃破していった。
その間にも、後方から弓術士隊からの援護射撃が飛んでくる。
「【ヴァルキリー】召喚、【電撃獣与】」
「【レン・スパイダー】召喚、【秩序獣与】」
召喚師隊らも負けていない。
戦乙女を補助魔法で強化しながら突撃させ、後方支援用に糸弾で敵の動きを止められるレン・スパイダーなども配置している。
「テナイア様!」
と、そこへ騎士達の一人が警告のような声を発する。
前に出ていたテナイアに、巨大なコウモリのような中級モンスター『ヴァンパイアバット』が飛び掛かろうとしていた。
「はっ」
が、テナイアは突然何かを投げつける。
綱のようなそれは、空から迫りくるヴァンパイアバット絡みつき、墜落させた。
「【イフィシェントアタック】」
テナイアは素早く仕込み杖を展開、物理攻撃増幅の魔法をかける。
地面を這うヴァンパイアバットをその杖で突いて、トドメを刺した。
ヴァンパイアバットの体が掻き消え、残ったのは瘴気紋。
それから、ヴァンパイアバットにからみついていた綱だけだ。
(ボーラ、ってやつかな?)
テナイアが投げたのは、黒い鉄球のようなものを二つ、頑丈な紐でつないだ投擲武器だ。
「テナイアさん、それ……」
「私も以前、召喚師解放同盟相手に不覚をとったことがありましたからね。対策としての予備武器です」
シャラが感心しながら呟くと、テナイアは仕込み杖で器用に馬上からボーラを回収した。
ハッとテオは我に返り、再び前線に目を戻す。アシュリー含め、剣士達が乱戦を繰り返していた。
「シャラ、剣士のみんなに十四番!」
「【キャスティング】」
テオの指示に従い、シャラはこの場に居る剣士全員分の錬金装飾を投擲した。もちろん、アシュリーの分もだ。
――【吸邪の宝珠】!
剣士達の右手首に、オレンジ色の宝珠がついたブレスレットが装着される。精神攻撃を無効化する錬金装飾だ。
「【ショ・ゴス】召喚! 【時流加速】、【跳躍爆風】!」
即座にテオは、黒く醜悪な肉塊が蠢くモンスターを召喚。
上級モンスター『ショ・ゴス』。周囲に精神攻撃を撒き散らすモンスターだ。敵に機甲系モンスター……つまり、精神攻撃が効かない機械モンスターは少ないと聞いての判断だ。
剣士達がモンスターを食い止める中、ショ・ゴスがその只中に着地。
「【精神防御】」
ヴァルキリーを突撃させていた召喚師が魔法を放つ。
戦乙女に紫色の防御膜が覆われた。
――テケリ・リ――
ショ・ゴスが奇妙な鳴き声を放ち、同時に黒いモヤを周囲に吐き出す。
そのモヤに触れた敵モンスターは攻撃の手を緩め、悶え始めた。
同じモヤに触れている剣士達は『吸邪の宝珠』によって守られている。その防御効果は、騎馬たちにも及んでいるようだ。
召喚師隊のヴァルキリーも、精神攻撃を防御する魔法に守られている。
剣士と戦っているモンスター達の一部が、突然掻き消えるように瘴気紋へと還っていった。
ショ・ゴスの精神攻撃によって、モンスター自身のマナをゼロにされたためだ。
「【封印】」
周囲の状況を確認しつつ、テオは瘴気紋を封印していく。召喚師の騎士達も、同様にモンスターの封印を行いはじめた。
――ドウッ
が、そこで後方から救難信号の音が聞こえる。
白い光の柱が、馬車があった場所から立ち昇っている。なんらかの『合図』を示す信号だ。レヴィラたち弓術士隊が撃ち上げたものだろう。
「――追加が来る!」
ディロンが騎馬上で、目を細めつつ群れがやってきた方向へと指さしていた。
見ると、ようやくモンスターが減ってきたというのに更なる群れがこちらへと迫ってくるのが確認できる。レヴィラはこれをいち早く発見して注意喚起を促してきたようだ。
(本当に多い! どうなってるの!?)
テオが汗を浮かべながら歯噛みする。
コリンス王国も、モンスターの襲撃が多い方だ。けれども、このような場所でこれほどの規模のモンスターが襲ってくる事例は見たことが無い。それこそ、召喚師解放同盟による策略でもなければ。
(いっそ、ドラゴンを使おうか)
乱戦になった場合、広域にブレスを放つドラゴンは味方に誤射する危険がある。なのでテオも控えていたのだが、あの群れがこちらに来るまでの間だけでもドラゴンを使うべきだろうか。
――ん。あ? おいテオ、こりゃどうなってんだ?
(え? あ、マナヤ!)
そこへ、頭の中から響いてきた声。
マナヤがようやく目を醒ましたようだ。
――あー、戦闘中だったんだな。俺が出たほうがいいか?
(えっと、それじゃあアシュリーさんに合わせてあげてくれないかな。その方が早く片付きそうだから)
本当は、テオ自身がちゃんと最後まで戦いたい気持ちが強い。が、この状況下ではとにかく戦闘を早く終わらせるのを優先すべきだろう。
マナヤがアシュリーと息を合わせれば、あの群れも一掃できるはず。
――オーケー! んじゃ、暴れさせてもらいますかね!
マナヤの声に合わせ、テオは目を閉じて背に回った。
「――アシュリー! 合わせろ!」
「えっ? マナヤ!」
騎士達と共に最前線で戦っていたアシュリーが振り向く。
交戦中だったモンスターを一突きで黙らせ、すぐにマナヤの元へと滑るように翔けてきた。『妖精の羽衣』効果だ。
「起きたのね」
「ああ。こっちは片付きそうだし、あっちの群れをなんとかするか。例のアレで」
ニッと不敵な笑みを交わし合い、マナヤは前方に見える新手に向けて手のひらをかざした。
「【ドゥルガー】召喚!」
有り余るマナで、伝承系の最上級モンスターを召喚。
召喚紋から出現したのは、白虎に跨り無数の腕を背から生やし、その腕それぞれに形状の違う剣を握っている女戦士。
「どうする、アシュリー」
「そうね。撃つ瞬間だけ使いましょっか」
「おう。【秩序獣与】【火炎獣与】【電撃獣与】」
アシュリーに確認を取り、マナヤはここでドゥルガーに三つの獣与魔法をかける。
閃光、炎、電撃がドゥルガーの無数の剣を全て取り巻き、光り輝き始めた。
アシュリーはその中から、一際大きな剣を選んでドゥルガーの握り手ごとつかみ取る。
「よし、やるぞ」
「ええ」
アシュリーの元へと歩み寄り、差し出された手を繋いだ。
互いに、目を閉じる。
二人の頭の中で、波紋が広がるのを感じた。
「【共鳴】……【魂の雫】」
虹色のオーラが取り巻き、一瞬でマナが全快する。
目を開けば、そこには自信に満ちたアシュリーの笑顔。
直後、ドゥルガーの肩越しにキッとモンスターの群れを睨みつける。
平坦で障害物も無いこの場所なら、わざわざ空から撃ち込むこともない。
「――【ペンタクル・ラクシャーサ】!!」
地上で豪快にドゥルガーを振り回し、その剣で横凪ぎする。
直後、閃光と炎、稲妻が入り混じった巨大な衝撃波が発生。
衝撃波はモンスターの群れに迫るや、ぐにゃりと変形する。
蛇のように動きながら、地上のモンスターから飛行モンスターまですべてを巻き込み、嘗め尽くした。
最後に上方に昇り、そしてモンスター達の上から叩きつけるように落下。
爆炎と砂塵が巻き起こり、爆音と共にモンスターの群れは全滅した。
「【封印】」
魂の雫の効果が切れる前に、マナヤは封印魔法を連発。
今の一撃で倒したモンスター達、その瘴気紋を封印していく。
あっという間に群れは消え去り、クレーターだけが残った。
体に負担をかける前に、『共鳴』を解く。
「よしっ」
「おつかれ!」
マナヤが手のひらを上に差し出し、アシュリーがそれをハイタッチ。
笑みを交わし合う二人を、感心した様子で騎士達が見つめていた。
「――さすがだ。『神の御使い』様がた」
と、そこへよく通る女性の声が聞こえてくる。
振り返ると、コリンス王国のものに比べ一回り大きめな馬に乗った一団がこちらに整列していた。先ほどの発言は、その最前列中央にいる馬に乗った女性のものだ。
十センチ四方ほどの真四角の白布を、何枚も縫い合わせて繋いだような丈長の衣服。布の縫い目は、風を通しやすくするためか少し間隔が空いていて、下に浅黒い肌が見え隠れしている。
その縫い目それぞれから、動物のものと思しき細い毛も無数に結われ、垂らされていた。開いている縫い目を日差しから保護するようになっているのだろうか。
縫い合わせるための糸は青、赤、緑と色とりどり。それが、真っ白でシンプルな布とコントラストを形成し、華やかな雰囲気に仕上げている。
全員頭部にヴェールのようなものを被っていて、顔は確認できない。
さらに中央の女性は、その布一枚一枚に複雑な金刺繍まで施されていた。地球で言う牧師が被るような、筒状の帽子にも細かく金刺繍が縫い込まれ、かなり手間とお金をかけていそうなのがわかる。
明らかに異国の者達だ。そばにはコリンス王国の騎士らしい者も三名ほど控えているが、そちらは少しおどおどしている。
ディロンが騎馬を操り、慎重に彼らの前へと移動してきた。
「……我々は、王都より出立したヴェルノン侯爵の護衛です。私が責任者のディロン・ブラムス。そちらは?」
「存じておる。丁寧な対応、痛み入るぞ。……申し遅れたな」
謎の一団は臆さずに、騎馬に跨ったまま右人差し指を額に置く。異国における一礼の作法だろうか。
中央の豪華な衣服を纏ったその女性がヴェールを上へとまくり上げた。浅黒い肌をしているが、形の整った美麗な女性の顔が天のもとに晒される。
「余は、デルガド聖国が聖王、ジュカーナ・デル・エルウェン。『神の御使い』様がたのお迎えに参った」
自尊心に満ちた笑みで、聖王ジュカーナが皆を見渡した。




