190話 最上級の後継者
二日後の昼下がり、セメイト村の外壁部分にて。
テオを始めとしたセメイト村の村人たちが、件の防衛機構に迫ってきた野良モンスターと戦っていた。
当のテオは、防壁のてっぺんに立ち、そこから防衛機構内を見下ろしている。
「【小霊召集】」
テオは後ろを振り向き、防壁内側に配置した小人族のような四大精霊『ノーム』に補助魔法をかける。
無数の光の粒がノームの周辺へと集まっていった。補助魔法『小霊召集』によって簡易召喚された、小精霊たちだ。
小精霊たちの援護を受けたことでノームが力を増し、壁越しに防衛機構内に闇撃を放った。四大精霊は障害物を無視して自由に攻撃できる。
「【応急修理】!」
一方、同じく防壁の上に立っている茶髪の青年召喚師……カルは、防衛機構内へ魔法を放った。防衛機構の通路奥に配置した青い猫型の機械モンスター、『猫機FEL-9』の損傷が直っていく。
防衛機構は、村の外へ向かって細い開口部が設けられている。その開口部から防衛機構内部へと『コ』の字に折り曲がった通路へ入れるようになっていた。野良モンスター達はそこで渋滞を起こし、最奥部の『猫機FEL-9』だけを執拗に狙っている。
通路は真上が開いており、防壁の上から内部の様子を見下ろすことができた。テオもカルも、防壁の上に立って通路内の様子を伺いながら、補助魔法で自分達の召喚モンスターを援護している。
「はっ!」
そしてやや年老いた男性建築士も防衛機構内部を操作。通路の壁から岩の棘を突き出させ、モンスターを串刺しにしている。
他にも黒魔導師や弓術士が、防壁上から通路内へと遠隔攻撃を叩き込み続けていた。
「【ドロップ・エアレイド】!」
さらに女性剣士も防壁上から通路内へと飛び込み、モンスターを斬り倒している。
「ジャックランタンが入ってきたぞ! 気をつけろ!」
弓術士が攻撃を中断し皆に警告を放った。
テオが防衛機構内を見やると、オレンジ色のカボチャに顔のような穴が彫られたモンスターが見て取れる。爆発する火炎弾を放つ中級モンスター、『ジャックランタン』だ。このセメイト村付近で割とよく発生するモンスターである。
「ブレア、早く脱出しなさい!」
「助かります!」
年老いた建築士が通路内の側壁に穴を開け、避難経路を作る。名指しされた女性剣士は、すぐさまその穴を通って防壁の内側へと退避した。
退避直後、すぐに穴が閉じられる。
「よし、ティナさん!」
「あっ、はい! 【ヘルハウンド】召喚!」
それを見届けたテオは、隣で控えていた赤毛ポニーテールの少女へと合図を。ティナと呼ばれたそのポニーテール少女は、すぐさま防壁上から茶色い大型犬を召喚した。伝承系の中級モンスター『ヘルハウンド』だ。
「【電撃獣与】、【跳躍爆風】!」
ティナはすぐさまヘルハウンドに電撃を纏わせる。間髪いれず跳躍爆風でヘルハウンドを跳ばし、防衛機構入り口あたりへ放り込んだ。
着地したヘルハウンドはすぐに振り向き、その場にいたジャックランタンを鉤爪で切り裂きはじめた。
ジャックランタンも火炎弾を放ち応戦するが、火炎に耐性を持つハルハウンドには効かない。それどころか爆炎は通路内へと広がり、中のモンスターを焼いていった。
「【火炎防御】」
カルは、防衛機構内の通路最奥に立たせている猫機FEL-9に防御魔法を展開。通路内を伝っていった爆炎の余波は、そのオレンジ色の防御膜によって猫機FEL-9には届かない。その近くに立っている野良モンスター達だけを焼いていた。
ジャックランタンの攻撃を逆利用し、同士討ちさせた形になる。
「皆、下がれ! 【ブラストナパーム】」
トドメとばかりに、黒魔導師が爆裂魔法を放った。通路内をさらに強力な爆炎が満たし、ジャックランタン以外の野良モンスター達を一掃する。後には大量の瘴気紋だけが残った。
その直後、ティナが喚んだヘルハウンドの攻撃を受け、ジャックランタンをも倒れて瘴気紋へと還る。
「よし、片付いたな。【封印】」
襲ってきた野良モンスターの全滅を確認したカルが、さっそく瘴気紋を封印していく。テオとティナもそれに続いた。
「とまあ、これが防衛機構での戦い方だ。わかったかい、ティナさん?」
「はい。すごいです、この構造! ほぼ被害無しで安全に戦えるんですね」
封印し終えて振り向いたカルが、ティナへと呼び掛ける。当のティナは少し興奮した様子で頷き、防壁の上から防衛機構を見下ろしていた。
(ティナさん、頑張ってるんだな)
テオと同い年の、このポニーテールの少女。彼女も召喚師だが、ここセメイト村ではなくスレシス村所属だ。かつてテオらがその村を訪れた時に知り合い、召喚師の戦い方を教えたことがある。
各村から、現役召喚師の者達を研修に募った結果、スレシス村からは彼女が来訪したのだ。
(お姉さんのケイティさんとも、仲は良好になれたみたいだし)
と、テオは感慨にふける。
ティナには、姉のように慕っている人物がいる。ケイティという名の、シャラと同い年の女性錬金術師だ。
その二人の生まれ故郷は元々スレシス村ではない。モンスター襲撃で滅ぼされた結果、スレシス村に移り住んできたと聞く。ティナとケイティは、その滅ぼされた村の生き残りだ。
ティナが召喚師として選ばれてしまった結果、一時二人は疎遠になった。が、テオらがスレシス村を救った結果、その不仲は解消されている。
ケイティも、召喚師と他『クラス』の連携戦術を学ぶ研修のため、ティナと共にこの村に滞在中だ。
「ふむ、終わったか。すまんが皆、あとは頼むぞ。家内の体調が優れんので早く戻ってやりたい」
「ええ、奥さんを労わってあげてください。お疲れ様です、アリソンさん」
そこへ、年老いた建築士が申し訳なさそうにしながら防壁内へと続く階段を降りていった。女性剣士がその背中に声をかけて見送る。
「僕達も降りましょう。だいたいの要領はわかりましたね、ティナさん」
「はい」
テオもティナを促して、防壁から村内部へと降りていく。周りの者達もぞろぞろと続いていった。
しかし、皆が降り終わったその瞬間。
ビシ、と岩が軋む大きな音が響く。
「え?」
テオが振り返ると、背後の防壁が大きくひび割れていた。先ほどの防衛機構内の戦闘で、防壁が弱っていたのだろうか。
そして砕けるような音が響いたかと思えば、防壁の一部がテオらの方へと倒れ込んでくる。
「わ――」
「【牛機VID-60】召喚っ!」
それを見ていち早く動いたのは、ティナだった。
突然のことにテオらが固まる中、彼女は防壁へ向かって手をかざし召喚を行う。召喚紋が発生し、それが倒れ込んでくる防壁の一部を受け止めた。
「【跳躍爆風】! 【次元固化】!」
さらにすかさず、ティナは現れた牛機VID-60に跳躍爆風をかけた。傾いて倒れてきた防壁の一部に牛型の機械獣が思いっきりぶつかり、その勢いで防壁が少しだけ上へと戻される。
直後に放たれた次元固化により、ぶつかった牛機VID-60が空中で固定された。倒れかかってきた防壁をそこで支え続ける。
「今のうちです、建築士さんを呼んでください!」
「……あっ! どなたか、建築士の人はいませんか!」
ティナの言葉を聞いて、慌ててテオが周囲を見渡しながら叫んだ。
なにごとかと村人達が集まり始め、ぱたぱたと近くの建築士が駆け寄ってくる。
「あ、危なかった。助かったよティナさん」
「いえ、何事もなくて良かったです」
建築士が防壁を修理する中、カルが胸を撫でおろしティナへと礼を言った。ティナは手を振りながらにこやかに返している。
他の者達も、口々に彼女へ礼を言ってきた。
「ありがとうね、スレシス村の召喚師さん。あんなこと、よくとっさにできたわね」
「いえ。私達は召喚獣を災害救助に使う方法を模索してるんです。それが役に立ちました」
女性剣士の言葉に対し、ティナがそう説明した。
「災害救助に、召喚獣がそんなに役立つのか。まだそんな使い方が……」
と、黒魔導師も感心しながら考え込む。
ティナは頷きながら、嬉しそうにはにかむ。
「おかげで、スレシス村でも召喚師の評価はどんどん上がってます。戦い以外にも、召喚師は役立てるんだって」
スレシス村は元々竜巻などの被害が多い。ティナ達はそこに目を付け、災害救助に召喚獣や補助魔法を使う方法を編み出したのだろう。
「それもこれも、テオさんのおかげです」
「――えっ?」
と、突然ティナが自分へと話を振ってくる。急に視線が自身に集まり、テオは慌てて皆の顔をキョロキョロと見比べた。
そんな彼に、ティナはくすっと笑いながら続ける。
「テオさんが最初だったんですよ。ほら、建築士さんの手が回らないところで、瓦礫の下敷きになった一家を助けたことがあったでしょう?」
「あ……あれ、か。でも、あれは父さんが……」
「それでも、テオさんが瓦礫の中を召喚獣を使って探れたから助けられたと聞いてます。それが、私達の発想のヒントになったんですよ」
ティナが、満面の笑みを向けてくる。
「だから、ありがとうございます。テオさんの発想のおかげで、私達は前に進めるんです」
「そ、そんな。それはティナさん達あっちの村の召喚師さん達が頑張った成果じゃないですか」
「お互い様ですよ。この村の皆さんだって、防衛機構を発明したんでしょう?」
「それに関しては村のみんなの功績かな。別に僕は役に立ってないから」
ティナの質問に、少し後ろめたく思いながらそう返したテオ。
実際、あの防衛機構に関してテオはノータッチだ。テオらが留守の間に、セメイト村に残った召喚師達が考案したものである。
この集まりは、その防衛機構の知識を他の村に所属している召喚師達へ広めるためのものでもあるのだ。
「いいじゃないですか、テオ君」
と、そこへ先の戦いに参加していた白魔導師が、笑いながら口を挟んでくる。
「私達だってマナヤさんからモンスターの知識を教わらなきゃ、あの防衛機構は作れなかったんですよ?」
「そうだぜ、テオ。お前たちが伝えてくれた知識のおかげで、今の俺達があるんだ。もっと誇れよ」
さらにカルもそれを後押ししてくる。愛想笑いを返しながら、テオは頷いた。
(……でも、それは『マナヤの功績』なんだ)
が、テオの心は今一つ晴れない。
もともと異世界で召喚師としての戦術を学ぶのは、テオの役目のはずだった。が、自分は早々に異世界生活にギブアップしマナヤに後を託してしまっている。
自分がやるべきことを、マナヤに押し付けてしまった。『流血の純潔』を失い、アシュリーの実父を殺してしまったりと、マナヤに苦労をかけてばかりだ。
「あ、そうだ」
と、マナヤの話になった所で思い出した。カルとティナの方へと顔を向ける。
「カルさん、ティナさん。ちょうどいい機会ですし、受け取って欲しいものがあるんです」
「うん? 受け取って欲しいものかい?」
「何ですか、テオさん」
カルとティナが軽く首を傾げる。
テオは周りの皆をいったん下がらせた。そして手を上空へと向ける。
「【譲渡】、【ワイアーム】【サンダードラゴン】」
テオがそう唱えると、上空へと無数の光の粒が舞い上がった。
その燐光は大きな二つの球体を象っていく。そしてその中に、翼の生えた蛇、そして全身真っ青な飛竜の姿を浮かび上がらせた。
「えっ!?」
「な……最上級モンスターじゃないか!」
真っ先にその正体を見抜いたティナとカルが、それらを見上げながら目を剥いている。微笑みながらテオは頷いた。
「はい。……ティナさんとカルさん、マナヤからの贈り物です。この二体、お二人に差し上げます」
そう告げると、ティナとカルがぎょっとしながら互いに顔を見合わせた。周囲の村人たちもどよめいている。
「えっ、でも、え? マナヤさんがコレを、私達に?」
「はい。まずはティナさん、今のティナさんならもう使いこなせるだろうって、マナヤのお墨付きが出ました」
と、茫然としているティナの方へまずは顔を向け説明した。
「伝承系の最上級モンスター、サンダードラゴン。他の竜と違って味方に誤射する心配はありません」
「え、えっと……でも」
サンダードラゴンの攻撃方法は、稲妻を吐いて敵に叩きつけるもの。他の竜のように放散状のブレスではなく、敵単体をピンポイントに射抜くものだ。
「マナヤ、スレシス村の皆さんに偉そうな態度をしちゃったこと、ずっと後悔してたみたいなんです。だからこれ、お詫びだと思って受け取ってください」
テオがそう言うと、ティナは目をぱちくりさせている。
そんな彼女から視線を外し、今度はカルに向かって言った。
「そしてカルさん。マナヤはカルさんにもお詫びがしたかったって言ってました。例のことで」
「……い、いや、そんなこともう良かったのに。俺だってマナヤさんのこと傷つけちまったんだぞ」
そう言ってカルはおどおどしている。
マナヤがこの世界に来たばかりの時。カルは、この村での生活を異世界と比べるマナヤに対し、『ならさっさと異世界へ帰れ』といったことを言ってしまったことがある。
その件でひと悶着あったのだが、今はマナヤとカルも仲直り済みだ。
「それにマナヤは、今のセメイト村所属召喚師の中でカルさんが一番『巧い』って言ってました。召喚獣の扱い方が」
「マナヤさんが、そんなことを……」
「だから、このワイアームをカルさんに託したいそうです。カルさんならきっとうまく使えるだろうって」
ワイアームは巨大な空飛ぶヘビ。攻撃方法は、敵に噛みついて毒牙から毒を流し込むというものだ。
また、『リミットブレイク』という技を使用することで、さらに強力な毒のブレスを吐くこともできる。今のカルならば、これらの攻撃をうまく使い分けられるだろう。
ティナとカルは、再び顔を見合わせながら戸惑っている。
最上級モンスターを保持できるということは、召喚師にとっては最高の栄誉だ。一体保有するだけで王国直属騎士団に誘われる理由にすらなる。その隊長格や副隊長格に任命されてもおかしくはない。
「で、でも、テオ君とマナヤさんは? 最上級を二体も失くしていいのか?」
「いえ、そもそもこの二種は二体ずつ持ってるんです。だからマナヤも、お二人に分けたいって」
苦笑しながら、カルの質問にそう答えた。
ダグロンと戦った際、この二体を複数出してきたので確保したのだ。そのため今、テオはワイアームとサンダードラゴンを二体ずつ持っている。そのうち一体ずつを渡したところで支障はない。
「それにこの二体は、空を飛べる最上級モンスターです。ですから……」
「あ! もしかして、乗って空を飛べるんですか!」
テオの説明を、ティナが途中で割り込んできた。微笑みながらテオは頷く。
「そういうことです。自分が乗ったり、味方を乗せたり。そうやって、野良モンスターに空から攻撃を仕掛けることもできます。ちょっと扱いに気をつければ、移動手段としても使えるはずですよ」
通常の飛行モンスターは、人を乗せることはできない。飛行モンスターは軽量であることがほとんどであるため、人を乗せるほど体格が大きくないからだ。
しかし最上級モンスターであるこの二種に限り、人を背に乗せて飛べるだけの大きさと安定性がある。がんばれば十数人まとめて運ぶこともできるだろう。
「……よし、わかった。そういうことなら、貰うよ」
「わ、私も、頑張ります」
カルとティナが緊張で喉を鳴らしつつ、それぞれが手を空へ。
光の粒子でできた二つの球体が拡散を始めた。その粒子は、キラキラとカルとティナの手のひらへ吸い込まれていく。
すべての粒子を受け止めた二人は、ぐっとその手のひらを拳にして握りしめた。周囲の村人が祝福の拍手を送ってくる。
「ありがとうございます、テオさん」
「ううん、お礼ならマナヤさんに言ってね」
照れながらも満面の笑顔を浮かべてくるティナに、テオも柔らかく微笑みかけた。
「はい、もちろんマナヤさんにも。今は、テオさんの中で眠ってるんですか?」
「うん。『共鳴』の訓練もしてたからかな、疲れてるみたい」
ここ最近、テオもマナヤも、表に出ていない時は眠ることが多くなった。
(頭の中で互いに会話できるようになる前は、当たり前の状態だったんだけどな)
互いの意思を伝えられるようになってからは、『後ろ』に回って相手の行動を観察できるようになっていた。しかし最近になって、マナヤは『共鳴』の疲労があってか、また眠るようになることが多くなった。そしてテオも、それに引きずられるように。
「そうそう、マナヤさんとアシュリーさん、あの伝説の『共鳴』持ちになったんだよな」
テオが考えを巡らせていると、突然カルがそんなことを言い出した。ビクッ、とテオが無意識に体を震わせる。
そんなテオの状態に気づかず、カルはなおも続けた。
「この分なら、テオもシャラちゃんとそのうち『共鳴』に目覚められるよ。なあ?」
「そうだな。さらにテオ君らも『共鳴』を得ることができれば、これほど心強いことはない」
そんなカルに、その場にいた黒魔導師も同調。他の村人達も、テオに期待を集中させているようだ。きっとテオとシャラも、『共鳴』に目覚める。皆、それを疑いもしていない。
再び愛想笑いで返しながらも、テオは心ここに在らずといった状態だった。
(……シャラ)
テオが表に出てくる手番になってから、シャラの様子がおかしい。どうにもギクシャクしていて、以前のように安心できるような雰囲気を纏っていなかった。
この状態で、本当に『共鳴』することなどできるのか。
そんなテオの内心とは裏腹に、周りの者達は〝テオとシャラもきっと覚醒する〟と信じて疑っていない。
(……なんとか、早く目覚めないと)
一身に期待を背負わされているテオは、焦りを覚えていた。




