19話 見知らぬ記憶
手始めにテオは、召喚師達が最初にやらされたという『モンスターのステータス暗記』をやってみることにした。
「――これだ」
「ありがとうございます」
この村の召喚師達を束ねている中年召喚師、ジュダから一枚の紙を手渡された。びっしりと各モンスターごとの様々な情報が書き記されている。
(……あれ?)
しかしそのステータス表を眺めた瞬間、テオは妙な既視感に囚われた。
――この表、見たことがある?
初めて見る表のはず。王都の学園で習った時には、もっと簡素でもっと抽象的なモンスターの性能表しか見せられていないはずだ。
にも関わらずなぜかこの表、この形式に見覚えがある。
「っ!?」
瞬間、テオの脳裏に広がる、何かの光景。
『――これが、全モンスターのステータス一覧だ。これ、覚えられるか?』
知らない声。知らない部屋。
不自然に真っ白で、金属製の家具や色とりどりな布に覆われた一室。
見たことも無い服を着た人が、聞いたこともない言語で自分に語り掛けてくる。
……何故か、聞いたことも無いはず、読んだことも無いはずの字を、自分は理解できる。
(――な、なんだよ、これ……っ!!)
背筋が凍るような恐怖感と共に、テオは頭を抱えた。
「テオ!? どうしたの!?」
傍にいたシャラが、テオの肩を揺すってくる。
「あ……シャラ……」
ふっ、と頭の中から消えた光景にほっとしながら、テオを心配そうに見つめてくるシャラ。
他の召喚師達も驚いたような顔でテオを見つめていた。
「ご、ごめん、大丈夫だよ。……皆さんも、すみません」
慌ててシャラと皆に謝る。
シャラ以外は、何か奇妙な顔でお互いの顔を見合わせていた。
「……? どうか、しましたか?」
「い、いや……マナヤさんと同じ顔で、丁寧な言葉を使われるとな……」
そう言って、若めの男性召喚師……カルが苦笑いをする。
「テオ、大丈夫? 無理はしないほうが……」
シャラはいまだに心配そうにテオに声をかけてきた。
「だ、大丈夫だよシャラ。僕も、がんばらないと」
そう気丈に答え、テオは改めてステータス表に目を戻す。
(……でも、やっぱりこれは……)
表の内容も細かく読み進め、テオは確信した。
この表は、先ほどのイメージで見た表と同じもの。言語や記号が違うだけの、全く同じ表だ。
『――少しずつで良いよ。この表を、覚えていくといい。きっと役に立つさ』
再び、テオに話しかけてくる人物が浮かんでくる。
黒い短髪に、黒い瞳。歳は両親より少し下くらいだろうか。
白い服に、何か読めない文字のようなものが描かれている。
(……この人が、『マナヤ』さん? それとも……これは、『マナヤ』さんの、記憶?)
自分の体を使っていたという彼は、『マナヤ』は異世界から転生してきたと名乗っていたらしい。
ということは、この不思議な部屋が異世界なのだろうか。
「……ここはやはり、こちらの足場を使って……」
「……でも、まずはこっちのモンスターを誘導すれば……」
「……そもそも、補助魔法でここを突破した方が……」
ふと、周りが何か上面図のようなものを睨みながら、話し合っているのが見えた。
その上面図に色々と描き込みながら、様々な意見をぶつけ合っている。
「……」
その話し合いの内容を聞いて……テオはまた、脳裏に映像が浮かぶ。
『――そこだ! そこで、”リーパー・マンティス”を出すんだ!』
――何か、様々な色に光る画面を見つめながら。
『――ほら、ここで跳躍爆風を使って、モンスターを跳ばしてみな!』
――両手で、黒い奇妙な形をした道具を握って。
「っ!!」
――知らない。
こんな光景は、知らないはず。
にも関わらず……知らないはずの記憶が、なぜ自分の頭の中に?
(――嫌だッ!!)
テオは思いっきり頭を左右に振って、脳裏の光景を消そうとする。
自分ではない何かが、自分の中にある。
自分の中の『異物』が、自分を侵そうとしている。
――自分を、喰い尽くそうとしている。
(……怖い……!!)
そんな気がして、テオはたまらなく恐ろしくなった。
***
その日の午後。
テオは、『間引き』に駆り出されることになった。
即席のチームを組んで森に入り、モンスターを発見し次第処理する。
「【スカルガード】召喚! 【行け】っ!」
テオは前線に『スカルガード』が少ないと見て、さらに追加で召喚して突撃させた。
現在、三方向からモンスターに襲われ、対応に当たっている。
正面は剣士のアシュリーが。右方はチームの建築士が。
そして左方は、テオがスカルガードの群れとヴァルキリーで相手をしていた。
(ヴァルキリー……上級モンスターって、こんなに強いんだ……!)
テオは、初めて使う上級モンスター『ヴァルキリー』の力に圧倒されていた。
並の攻撃は、その白銀の全身鎧が撥ね退ける。赤いマントをなびかせ、高速で突撃しては槍で敵を刺し貫く。
このヴァルキリーがいればどんなモンスターだってたちまち処理してしまえる、という確信があった。
(それにスカルガードの群れ。完璧な布陣だ)
骸骨剣士『スカルガード』は下級モンスターだが、たとえ倒されても三十秒で勝手に復活し戦線に復帰してくれる能力を持っている。
そのため、長期戦になることがわかっている状況ではスカルガードをたくさん出すことで永久機関のように戦える。
王都の学園でも習った、テオに馴染み深い戦い方。
『――スカルガードの数に頼る戦い方は、相性が悪い敵に当たるとキツいぞ――』
(っ! うるさいっ!)
今日、何度目だろうか。
召喚師の集会場で勉強している時。そして今日参加したこの間引きでも。
知らないはずの人が知らないはずの言葉で、テオに助言をしている記憶。
――ドンッ
と、突然何かを発射するような音が聞こえたかと思うと。
テオのスカルガード達が、突然轟音と共に爆炎に包まれた。
「うわっ!?」
熱気がテオの所まで届き、その熱さに思わず顔を腕で覆う。
いったん下がってから視線を向けると、テオが担当している左方の奥にオレンジ色の何かが見えた。
顔のような形が彫られた、一抱えほどありそうな大きさの橙色のカボチャが、地面のすぐ上をプカプカと浮いていた。
中級モンスター『ジャックランタン』。
その口から、着弾と同時に爆発する火炎弾を発射してくる『精霊系』のモンスターだ。
(……まずい!)
このジャックランタンは、爆炎での範囲攻撃を得意としている。
そのため、いたずらに数を増やしたスカルガードは良いカモだ。スカルガードは復活能力を持つ反面、耐久力が無いし、炎に弱い。
「【ヘルハウンド】召喚! 【行け】っ!」
テオはすぐさま、炎に耐性を持つ中級モンスター『ヘルハウンド』を召喚した。
火炎攻撃モンスターには耐火を持つモンスター。これも常識だ。
『――モンスターだけより、補助魔法も使った方が戦いやすいぞ――』
(黙れっ!)
再度頭の中で勝手に甦る言葉を、頭を振って掻き消す。
召喚されたヘルハウンドはしかしジャックランタンには向かわず、左方でスカルガードやヴァルキリーが戦っている敵前衛へ攻撃し始める。
再度ジャックランタンが攻撃を放ってきた。爆炎がもう一度、テオのモンスター達を包む。
「――あっ!」
二発目の爆炎により、五体ほどいたテオのスカルガードが全滅した。
なんとかヴァルキリーとヘルハウンドの二体が敵モンスター達を抑えている。
焦ってがむしゃらにヘルハウンドに【行け】命令を繰り返してみるが、ヘルハウンドは敵ジャックランタンには攻撃しに行ってくれない。
『――【行け】だけじゃなく、【待て】や【戻れ】命令も巧く使うんだ――』
(ッ!! 僕の頭の中から、出ていけッ!)
ぎゅっと目を強く瞑って、自分の頭を両手で抱えるテオ。
三度目の爆炎がテオのモンスターを襲う。その爆炎が敵の前衛をも焼いたため、ようやくジャックランタンへの道が開けた。
「よ、よし、【行け】っ!」
改めてテオはモンスターを突撃させる。敵ジャックランタンにヴァルキリーとヘルハウンドの二体が向かっていくのを見て、ようやくテオは安堵のため息をついた。
しかし。
「あっ! 【ヴァルキリー】!」
突撃していったヴァルキリーが、ジャックランタンの攻撃を受けて倒れてしまった。他のモンスターとの闘いで、ヴァルキリーがすでに瀕死まで削られていたのに気づかなかった。テオに残っているのはヘルハウンド一体だけだ。
「くっ! 【封印】!」
すぐさま封印を使い、テオはヴァルキリーを回収する。
倒れた自分のモンスターは、一定時間後に封印空間へと送還される。逆に、一定時間が経過しない限りは再召喚することができない。
そこへ封印を倒された自分のモンスターにかければ封印空間へとすぐに戻され、再召喚することが可能となる。
「【ヴァルキリー】召喚!」
マナは余っていたため、テオは回収したヴァルキリーをすぐに再召喚した。
***
「お疲れさまでした」
夕刻になってようやく『間引き』が終わり、セメイト村の門前へと帰還した。
チームメンバーがお互いに労いの言葉をかけてくる。
テオは、今回の『間引き』はかつてよりも戦いやすいと感じた。
もちろんあのヴァルキリーの強さのおかげだ。
並のモンスターは相手にならない圧倒的な強さで、自分一人でもある程度の数のモンスターを処理できる。
――そうだよ。あのスタンピードの記憶の時とは、大違いなんだ。
テオは、ヴァルキリーさえいれば自分はちゃんとシャラを守る力が手に入る、と必死に自らを鼓舞する。
「やあ、マナヤ君……じゃなかった、テオ君だったね」
と、そこへチームの白魔導師の男性がテオに話しかけてくる。
「あ、はい、お疲れ様です」
「お疲れ。テオ君も、マナヤ君の指導が無かった割にはよく戦えてたね」
「え? えっと、は、はい……」
「まあ、きっとマナヤ君や他の召喚師の人たちにも追いつけるよ。そのうちね」
そう言って、白魔導師の男性は去っていった。
(……他の召喚師の人たちに、「追いつける」?)
マナヤは、まだわかる。彼もヴァルキリーを持っていたのだから。
けれどヴァルキリーを持っていない他の召喚師の人達と比べても、自分は劣っているということか。
(っ!!)
再び、頭の中で『あの声』が聞こえそうになったのを感じて、テオはすぐさま頭を振って切り替える。
「……お疲れ様、テオ」
今度は、アシュリーがテオに話しかけてきた。
「あ、はい、お疲れさまでした、アシュリーさん」
「ええ。……ヴァルキリーが、頑張ったみたいね」
「は、はい。ありがとうございます」
「……あいつなら」
小さく、アシュリーがぼそりと呟いた。
「……え?」
「なんでもないわ。また、そのうち『間引き』で組んだらよろしくね」
そう言って、そのまま背を向け足早に立ち去ってしまった。
(……あいつって、『マナヤ』さん、かな)
テオは悩む。自分は結局、まだ『彼』には劣っているのかと。
……『彼』どころか、『彼』の指導を正式に受けた他の召喚師の人たちにも。
――僕は本当に、シャラを守れるの?
***
その日の晩。
テオは自身の家で、両親とシャラとで夕食を摂っていた。
「テオ、お疲れさま。お腹すいたでしょ」
「ありがとう、シャラ。あ、今日もおいしそう」
シャラが、笑顔でテオに料理を持った皿を渡してくる。
皿を受け取り、温かい料理に感動するテオ。
「うん。……テオ、絶対に、無茶はしないでね」
少し心配そうな顔になったシャラが、テオの顔を覗き込んでくる。
すると、そこへ父であるスコットが言ってきた。
「しかしその分だと、『間引き』はうまくいったんだな? テオ」
「うん。今ならちゃんと、みんなの脚を引っ張らずに済みそうだよ」
かつてのテオは、さほど戦いに慣れていなかったということもあって、『間引き』でもミスをしてメンバーに迷惑をかけることも多かった。
けれどもヴァルキリーが使える今では、自分一人でもなんとか野良モンスターの群れとも渡り合えるくらいになった。
「ふふっ、テオがちゃんと戦えてる報告を聞くのって、初めてね」
母のサマーが、微笑を浮かべてそう言った。
「そうか。そういえば、成人の儀からテオとはこうやって話をすることもできなかったからな」
「嬉しいわ。こうやって息子の活躍を本人の口から聞けるんですもの」
父と母が、本当にうれしそうにテオをみつめてきた。
自分は随分と親不孝をしてしまったようだ、とテオは反省する。
「ごめんね、父さん、母さん。……僕は、もう大丈夫だから」
テオは温かいスープを飲み下し、ほっと溜息をつきながらそう語る。
しかし内心テオはあまり心が晴れなかった。
「……テオ? 大丈夫?」
隣から声が聞こえて、テオははっと我に返る。
「あ、シャラ、大丈夫だよ! 明日からも、頑張らないと」
と、誤魔化すようにテオは炎包み焼きステーキを切り、火を吹き消した。
けれどもそのステーキを口に入れたテオの横顔を、シャラが心配そうに見つめていた。
***
「……」
夕食の後。
テオは寝る前に外に出て、広場のベンチに座り月を眺めていた。
今すぐは、眠れる気がしなかった。
眠ったら、また『覚えていないはずの光景』を夢見てしまう気がした。
知らないはずなのに覚えている、あの光景を見るのが、怖かった。
「……っ」
ぞくり。
今でもテオは恐怖に囚われる。
何の拍子に、あの光景を見てしまうかと。
いずれ自分は、自分でなくなってしまうのかと。
マナヤがやっていたという、指導。それを自身もやろうとした時、甦る『覚えのない記憶』。そのせいでテオは、召喚師達がやっていた勉強に全く身が入らなかった。
「――テオ」
突然背後から、テオを呼ぶ声がした。
「……シャラ?」
「テオ、話があるの。……隣、いい?」
振り向けば、シャラが月明りに照らされて立っていた。驚き立ち上がるテオだが、シャラは真面目な顔になってテオを見つめてくる。
ぽす、と二人してベンチに隣り合って座った。
「……テオ、何か、心配ごとがあるんじゃない?」
突然、テオの心臓が跳ね上がった。
「え、シャラ? ど、どうしたの急に」
「だって……テオ、何か、思いつめた顔してる」
そんなことを言いだしたシャラに、テオはバツの悪そうな顔をする。
自分では隠していたつもりだったテオだが、シャラに見抜かれていたのか。
「ぼ、僕は別に――」
「テオ、隠さないで。……ちゃんと、教えて欲しいの」
ふわ、とシャラがテオの腕に手を添える。彼をいつくしむように。
さわ、と風に木の葉が揺られる音がする。
「――ちょっと、怖く、なっただけだよ」
ぽつ、と語り始めたテオに、シャラは耳を傾ける。
「怖く、なった?」
「……今日、集会場で、召喚師の人と勉強したとき」
「うん」
「僕の……覚えてないはずのことを、なぜか覚えてた」
「覚えてない……はず?」
「わからない。なんだかわからないんだ。あのステータス表……それに、召喚師の人たちが話していた内容……」
「……うん」
「……僕が、知らないはずなのに。……なぜか、覚えてた」
ぎゅ、とテオが自分の体を自分で抱きしめる。
「僕の中に……僕じゃない『何か』がありそうな気がして」
「……それって」
「だから、ちょっと不安になっただけだよ」
そう言って、テオはシャラに笑いかけてみせる。
空元気であることがばれないように、必死に。
ふわ、とシャラが優しくテオに微笑みかけた。
「テオは、ちゃんとテオのままだよ。私が……大好きな、テオのまんまだよ」
「……シャラ」
「大丈夫だから。……私は、ちゃんと、わかるから」
「……でも、僕は……『マナヤ』に……」
「大丈夫だよ。だから、わかるの」
「え……?」
「私は、マナヤさんのことも知ってる。だから、わかるの。――テオは、マナヤさんじゃないよ」
シャラがテオに体ごと正面を向き、テオの頬に手を添える。
「テオじゃないなら、私が一番わかるもん。……だから、大丈夫だよ、テオ」
テオはそっと、自分の頬を撫ぜているシャラの手に、自分の手を重ねた。
「ありがとう……シャラ」
次回から5話ほど、一人称視点で昔話です。




