189話 シャラの悩み
翌日、昼休憩のあと。
「じゃ、始めるぞアシュリー」
「ええ」
マナヤとアシュリーは、孤児院裏にある広場で並んで立っていた。召喚師候補生や、その他ギャラリーが固唾を飲んで二人を見つめている。
隣のアシュリーに手を差し出し、彼女はその手を取った。そして二人して目を閉じる。
(……ずっと、一緒に)
その状態で、そんなことを考える。アシュリーも同じように考えているのがなんとなく伝わってきた。
――ピチュ……ン
頭の中に波紋が広がり、アシュリーの波紋と重なるような感覚。
「【共鳴】……【魂の雫】!」
二人で声を合わせ、叫ぶ。
すると、マナヤとアシュリーの全身を虹色の燐光が覆った。
「お、おお……!」
「これが、あの伝説の『共鳴』なのか……」
「キレイ……」
周囲に集まっている者達の感嘆が聴こえてくる。
ゆっくり目を開くと、うっとりとしているような表情で皆がマナヤ達に視線を集中させていた。
(まるで見世物じゃねーか……いや、見世物なんだが)
少し複雑な気持ちになりつつ、同じような表情をしているアシュリーとそっと顔を見合わせる。
この場に集まっているのは、セメイト村の者たちと召喚師候補生たちだけではない。コリンス王国内のいくつかの村や町からやってきた、召喚師でない者も何名か混じっている。
ディロンやテナイアの提案で、村の外の者達にもマナヤとアシュリーの『共鳴』を見せてつけているのだ。
いまだ、召喚師への嫌悪が消えていない者達はいる。そういった者達にこの『共鳴』を見せることが目的だ。すなわち、召喚師であっても伝説の『共鳴』を発動できる、ということを。
もちろん、マナヤとアシュリーが『共鳴』の練習をするためという目的もある。ディロンとテナイアから助言を受け、二人は『共鳴』をいつでも発動できるよう試行錯誤したのだ。
結果、『手を繋いで同じことを考える』という形に落ち着いた。
「……よし。じゃあ師匠、見ててください」
「ああ」
隣のアシュリーが、観客に混じっている隻腕の女剣士へと声をかけている。
長い黒髪を靡かせ、誇らしげにアシュリーを見つめ返している女性。アシュリーの剣士の師、ヴィダだ。
頷いたアシュリーは、ギャラリーに背を向け空を見上げた。そっと腰の剣を引き抜き、それを水平に構える。
マナヤはスッと後方へ下がり、邪魔にならないようにする。
「――【ペンタクル・ラクシャーサ】!」
アシュリーが剣を振りぬくと、透明な衝撃波が発生した。
風圧の直後、空の雲がW字に切り裂かれ、霧散する。
ギャラリーがその様子を見上げて、どよめいていた。
「おぉ」
ヴィダも斬られた雲を仰ぎ見ながら感嘆。そしてくるりとアシュリーの方へと向き直る。
「凄まじいな、アシュリー。私の奥義を簡単に再現どころか、はるか上を行くとは」
「えへへ、ありがとうございます師匠。マナヤとの『共鳴』がなきゃ、一発が限界なんですけどね」
と、いまだ虹色のオーラに包まれているアシュリーが照れながら笑った。
そして、パンパンと大きく手を叩くと皆の注目を集める。
「はいはい皆さん、これだけじゃないんですよー! 複数の技能を重ねて発動するこの技、モンスターの力も付け加えられるんです。マナヤ」
「おう。【スカルガード】召喚」
アシュリーが視線を向けると、マナヤは手を差し出して『スカルガード』を召喚する。手に長剣を握った骸骨戦士が、召喚紋の中から現れた。
「こんなふうに、武器を持ってるモンスターの武器部分を掴むと」
と言って、アシュリーはスカルガードが右手に握っている長剣の柄を、スカルガードの拳ごと握りしめる。
「【ライジング・フラップ】!」
直後、アシュリーはスカルガードごと一気に前方へと飛び出した。
先ほど建築士に頼んで立てておいてもらった岩柱に激突し、亀裂を入れる。ギャラリーがおおっとどよめくのを確認し、遠くからアシュリーが手を振りながら声を張り上げる。
「っていう感じで、モンスターの武器を支点に技能の重ね技を発動できるんですよー!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 武器を持ってるモンスターなら、それができるってことは……!」
と、そこでギャラリーの中から一人の男が気づいたようだ。スカルガードを捨て置いて、マナヤが立っている場所まで戻ってきたアシュリーもニッを笑った。
「そういうこと! マナヤ、次はアレね」
「【ミノタウロス】召喚!」
声をかけられたマナヤは、大斧を持った牛頭『ミノタウロス』を召喚。その大斧の柄を、アシュリーがおもむろに掴む。
「【火炎獣与】」
マナヤがミノタウロスに向かって呪文を唱えると、その大斧の刃部分が勢いよく燃え上がった。
先ほどの男が食い入るようにその様子を見つめる中、アシュリーは先ほど亀裂を入れた岩柱の方を向いて構える。
「――【ライジング・ラクシャーサ】!」
叫ぶやいなや、アシュリーとミノタウロスの姿が掻き消えた。
一瞬で岩柱の根元へと移動したかと思えば、斜め上へと大斧を振り上げて岩柱に叩きつける。
――ゴバァッ
巨大な炎の衝撃波が発生。
岩柱を一瞬で粉砕し、溶岩のようなものが勢いよく飛び散る。しかし斜め上を狙ったためか、飛び散った溶岩ははるか空へと飛んでいく。
「マジ、か……」
先ほどの男を代表として、皆があんぐりと口を開けたままその様子を見上げていた。
技能の重ね掛けに、召喚師の獣与魔法まで乗せる。
これまで物理攻撃に属性をつけるのは、黒魔導師の仕事だった。だがこの方法を使えば、召喚師も剣士の攻撃力をサポートできるようになる。
「……とまあこんな風に、すごいパワーで攻撃できるわけですね。その気になれば、さらに黒魔導師さんの付与魔法も重ねられますよ。証明済みです」
戻ってきたアシュリーがそう説明を付け加える。
実際、ブライアーウッド王国でダグロンと戦った際にディロンの付与魔法を乗せることに成功した実績がある。
「モンスターだろうが何だろうが、要は使いようってことッスよ。召喚師にとって召喚獣は『武器』なんですから、他の人達だって武器として使えない道理はない。これが、これからの召喚師の可能性です」
そこからはマナヤがそう説明を引き継いだ。
ギャラリーが戸惑うように顔を見合わせる。
まだ、彼らのモンスターへの忌避感は消しきれていない。が、実際にやってみせたことで大分緩和はされたようだ。
(まだまだ、これからだ。召喚師の力と、他クラスとの連携。どんどん叩き込んでいってやる)
手ごたえを感じたマナヤは、腕を組みながら満足そうに頷く。
「――あ、いたいた! マナヤさん、でいいのよね?」
そこへ、どこかで聞き覚えのある女性の声が。
そちらへ顔を向けると、シャラと茶色い短髪の少女が並んでこちらを見つめていた。少女の方は、新年祭の時にシャラが来ていたような金刺繍の入った青い服を纏っている。
「あー、あんたは確か、ケイティ……さん、だったか?」
「ええ。はじめまして、じゃないんだっけ? 私が知ってるあなたって実は『テオ』さんの方だって聞いてたから、ちょっとややこしいんだけど」
少し戸惑うようにぎこちなく笑いながら、頬をかいているケイティ。
彼女はスレシス村の錬金術師で、シャラの友人だ。召喚師との連携戦術をスレシス村へ伝えるための代表として選ばれたらしい。というか、正確にはシャラに会いたくて立候補したそうだが。
「すっごいキレイよね、そのオーラ……それが『共鳴』なんだ」
と、これまた興味津々な様子で目を輝かせ、じろじろとマナヤの全身を見渡しているケイティ。
アシュリーもこちらに気づいて、虹色のオーラをまとったままこちらへ歩み寄ってくる。
「あ、ケイティさんじゃない。お久しぶり」
「アシュリーさん! お久しぶり、あの時はお世話になっちゃって」
アシュリーも当然ケイティとは面識があるので、笑顔で挨拶をかわしている。
「でもなんだか、雲の上の人になっちゃったみたい。伝説の『共鳴』使いサマだもんね」
「別にあたしはあたしのままなんだけどなー。でもまあ、このオーラは綺麗だから気に入ってるのよね、ふふ」
アシュリーは、目をキラキラさせているケイティへ見せびらかすように、虹色に光る腕を掲げている。
そこへ、気づいたようにケイティが隣のシャラへと振り向いた。
「ね、シャラもそのうち『共鳴』が使えるようになるんじゃない?」
「……えっ! え、えと、どうかな」
急に話を振られて戸惑うシャラ。ここまで彼女はずっと、どこか浮かない表情で佇んでいたのだ。
「だってアシュリーさんとマナヤさんができたんでしょ? マナヤさんと同じ身体のテオさんとシャラも、きっとできるに決まってるじゃない! 楽しみだなー」
「……う、うん」
心底楽しみな様子でシャラに語るケイティ。当のシャラは完全に縮こまってしまっている。
(……あー)
思わずマナヤは、アシュリーと顔を見合わせた。
***
その日の晩、マナヤらの自宅にて。
「……あの、マナヤさん」
「ん? どうしたシャラ」
夕食の片付けを終えたシャラが、戸惑いがちに話しかけてきた。
アシュリーは夕食後にヴィダと話をしに行っていて、この場にいない。今はマナヤとシャラの二人きりだ。
「テオは起きてますか?」
「あーいや、まだ寝てるぞ。一旦起こすか? 起きてくるかわからねーけど」
マナヤが表に出る手番になって、今日はまだ二日目だ。
三日ごとに、テオとマナヤが主に表に出る手番を交替する。そして交替するタイミングは、三日たった日の夕食直前。そういうルールとして決めてあった。交替には、まだ一日早いはず。
「あっいえ、それならまだ起こさないでください!」
「……じゃあ一体、何なんだ?」
「その……えっと、マナヤさんに相談したいことが、あるんです。テオには、内緒で」
戸惑いがちな様子を見せながらも、シャラはそう言って顔を伏せる。
(テオには聞かせられない相談? まさか)
シャラにしては、珍しい。そう感じたマナヤだったが、昼過ぎの出来事が頭をよぎり、なんとなく察する。
とりあえず話を聞こうと、体ごとシャラに向き直った。
当のシャラはしかし、何か訊ねようと口を開きかけては閉じる、という動作を繰り返すばかり。
「……やっぱテオに聞いてもらった方がいいんじゃねーか?」
「い、いえ違うんです! えっと、その……」
やはりテオにと提案しようとしたマナヤを、慌てて止めてきた。
じれったく感じながらも、辛抱強くシャラが口を開くのを待つことにする。
たっぷり一分ほど沈黙した後。
「……マナヤさんは、その」
「おう」
「アシュリーさんと『共鳴』、できますよね」
「ああ、まあな」
「その……どうすれば、私とテオも使えるようになるでしょうか」
やはりその件か、と思うも、マナヤは眉をひそめてしまう。
「それこそテオと相談して決めることじゃねーか? 俺とアシュリーのやり方と一緒たぁ限らねえし、お前らの問題だろ」
「で、でも! 『共鳴』が使えないの、私達だけなんです!」
慌てているような、あるいは何か焦っているような切羽詰まった様子で、なおもシャラは問い詰めてくる。
「お義父さんとお義母さんも……ディロンさんとテナイアさんも。そして、マナヤさんとアシュリーさんも使えるのに」
「……シャラ、お前」
「私達だけが、まだ使えないんです。……仲の良さなら、私とテオも負けてなかったのに」
そう俯くシャラは、悔しさというより劣等感を覚えているように見える。
「今のマナヤさんとアシュリーさん、すっごく以心伝心してるように見えます。……私とテオより、ずっと」
「……」
「だから教えて欲しいんです。どうすれば、私もテオとそのくらいにまでなれますか」
「……アシュリーに訊いたほうがいいんじゃねーか?」
テオが訊いてくるならともかく、シャラからそんなことを訊かれても困る。同じ女性であるアシュリーの意見の方が参考になりそうなものだが。
「テオと同じ、男性側からの視点が聞きたいんです。……テオと同じものを見てきた、マナヤさんの視点が」
と言って、懇願するような必死な様子でこちらを見上げてきた。
あー、とガリガリと頭を掻くマナヤ。
十分に以心伝心しているように見えるテオとシャラが、自分とアシュリーの関係とは違う理由。実のところ、マナヤにもなんとなく見当がついている。
「言っとくが、完全に俺の個人的な見解だ。合ってるかはわからねえぞ」
「はい」
「あと、回りくどい言い方はナシでいいか? 多分キツいと思うが」
「お願い、します」
ちくりと罪悪感を覚えつつ確認するも、シャラは決意を秘めた目でこちらを見返してきた。
小さくため息をついたマナヤは、改めてシャラを正面から見据え口を開く。
「シャラ。前にさ、テオの考えを忖度してたよな」
自分の正体が、テオの副人格にすぎないと知った後。
シャラに、〝自分やテオに遠慮せずに自分の幸せも考えろ〟と言われたことがある。
『テオも、きっと良いって言います』
『なんでお前にそこまで言い切れるんだよ。まだアイツにゃ話してねえって言ってたじゃねーか』
『私がテオのお嫁さんだからです』
そう言ってシャラは、確認もせずにテオの考えを推しはかったことがあった。
「確かにあの後、テオは賛成してくれてたけどよ」
「はい、それが……?」
「あれってよ。テオの考えがわかったってより、『自分が言えばテオは絶対に反対しない』って思ってたからじゃねーのか」
シャラの表情が強張る。
「どういう、意味ですか」
この先を告げると、間違いなくシャラを傷つけることになる。
が、ここまで言ってしまった以上、最後まで言わざえるをえない。
「シャラ。お前がテオに何かを強く提案した時、あいつはそれを断ったことあるか?」
「……」
「まあ、無いよな。あいつはそういう奴だ」
何か『相手の気に障った』と思った瞬間には、テオは自分が折れることで問題の発生そのものを回避してしまう。『自分の意見』を犠牲にして。
だからテオは、基本的に親しい相手の意見を断ることがない。
「お前はわかってたんじゃないのか? 自分が言えばテオは無条件にそれに従うって。だから、自信満々に言い切れたんじゃねえのか」
「そんな、ことは……」
「しかも、だ。テオのやつ、人の感情を読むのが得意だよな」
良くも悪くも、テオは相手がどのような感情を隠しているか見抜くことができてしまう。だからこそ、問題が発生する前にテオが率先してそれを穴埋めしてしまう。
「だからよ。お前が、テオに突っ込んでほしくない隠し事があった時。大抵あいつの方から引くだろ」
「そう、ですけど……それが一体」
シャラの暗い問い返しに、マナヤは心を鬼にして答える。
「結局お前も、テオに本当の自分自身を見せたがってないってことだよ」
ビクッとシャラの肩が震え、目がうつろになった。
テオとシャラが結婚に至ったのは、単純に二人が昔から一緒にいたからだ。
ずっと一緒にいて、自分達にはお互いしかいないと思っていた。だからこそ嫌われることを恐れ、そういう雰囲気になってしまうことを避けている。
本当の自分を見せたら、嫌われると思っているのだ。
「……そん、な」
「悪ぃな。でも、これだけは言っておかなきゃならなかった」
それだけ言うと、シャラに気づかれぬようマナヤは小さく鼻でため息を吐く。
(正直シャラの方も、テオの言うことには盲目的に従ってる感があるんだよな)
この二人は長く一緒に居すぎたため、良くも悪くも譲りすぎているのだ。互いに強く依存していると言ってもいい。
「お前らは、ちゃんと本当の絆を結べ。テオに頼り切りになったり本心を隠したりじゃなく、本当の自分達の姿でな」
「……」
「しっかりしろよ、シャラ」
俯くシャラに、マナヤはポンと肩に手を置く。
「俺らと違って、お前らは結婚できてんだろ。その程度のことで悩んでんじゃねえよ」
思わず、本音が漏れてしまった。
シャラが弾けるように顔を上げる。涙の溜まった彼女の瞳に、罪悪感が揺らめいているのがわかった。
話は終わり、とばかりにシャラとすれ違い、アシュリーが使っている寝室へと向かって歩きだす。
「……テオ、には」
「――あ?」
「テオには、言わないで、ください。……このこと」
シャラは背を向けたまま、震える声でそう絞り出していた。
このこと、というのは、シャラの相談のことだろう。
(……まさにお前らのそういう所が、問題なんだがな)
自分の感情を押し殺しすぎても、良い事はない。
マナヤは経験上、それを実感していた。
「……」
一瞬、そう助言してやろうかと思ったマナヤだが、口をつぐむ。
自分達だけでわからなければ、意味がない。
背後を気にしつつも、マナヤはシャラを置いて寝室へと向かった。




