187話 覚醒の理由
「む、無駄に疲れた……」
しばし後。マナヤは、ぐったりとした様子で再びベンチに腰を落として項垂れていた。
体力的に疲れているわけではない。気疲れの方だ。
アシュリーと踊りに誘われ、しばらくは雰囲気に流れるまま彼女に合わせて体を揺らしていた。
が、しばらくしてアシュリーに「せっかくだから異世界風の踊りを披露して欲しい」などと言われ、村人達にもこぞって要求されたのだ。
踊りについて何も知らないマナヤは、仕方なしにタップダンス……らしきものを披露した。建築士に平たい石の床を敷いてもらい、靴で踏み鳴らして音を立てながら踊ったのだ。
もちろんマナヤは、タップダンスでさえテレビか動画でしか観たことくらいしかない。なので適当に、ランダムに足を置く場所を変えながらリズミカルに踏み鳴らしただけのもの。上半身の動きなど適当だ。
踊りのセンスなど持ち合わせていないので、マナヤは顔から火が出そうだった。
が、それが予想以上に村人達に受けた。
アシュリーが面白がって、正面から両手を繋いでマナヤと同じように滅茶苦茶に足を踏み鳴らし始めた。それを皮切りにして、周りの村人達も石床の上に乗ってカカカン、カカカンと正面から手を繋いで靴を踏み鳴らしていったのだ。
それは伝播し、やがて村人達がリズムに乗せそれなりに形になったタップダンスを始めた。
踊りながら踊り手たち自身がリズムを鳴らすことができる。手拍子よりも疲れない。そういうところが良かったのだろうか。
今では村人達が、どの組が一番シンクロしてタップダンスすることができるか競い合っている。アシュリーも、気疲れしたマナヤに代わって村の女性と一緒にその競い合いに興じている。
「これを『マナヤ踊り』と名付けて広めよう、なんて言われた時ゃあせったぜ……」
ゴロが良くないのはもちろんだが、何より自分の名前を踊りにつけられてはたまらない。ましてや、マナヤ自身はうまい手本を示せなかったというのに。
「ふふっ、お疲れさまです。私はけっこう好きでしたよ、さっきの踊り」
「お前までやめてくれ、シャラ」
「本当ですよ? かっこよかったです。マナヤさん自身がご自分の動きを見るのと他の人が外から見るのとで、感覚が違うんじゃないでしょうか」
「感覚の違い、ねえ」
シャラが果実水をこちらに渡してきた。
マナヤは礼がわりに、コツンとシャラの杯と自分の杯を軽くぶつける。
(そういやこの世界に来たばっかの時は、こっちの文化感覚に慣れなかったっけか)
というより、当時は無意識にこの世界の人間を見下していたのだろう。この世界の人間達は、召喚師としての戦術がまるでなっていなかった。それを教える立場に立ったことで、マナヤはこの世界を『下』に見ていたのだ。
(なのに今、俺はこの世界を心地よく思いはじめてきてる)
このセメイト村に戻ってきた時。「帰ってこれた」という感覚を強く受けたのだ。
昔は、個室に扉もついておらず、辺りじゅうから土の匂いが常に漂っているこの環境が苦手なはずだった。なのに今では、のどかで自然に囲まれたこの村に安心感を抱いている。
「マナヤさん、こちらもどうぞ」
「お? 新作料理か?」
さらにシャラは、陶器っぽい皿に乗せられた炎の塊を差し出してくる。
彼女はこの祭で出す料理も主導していた。調理担当の者達を統括し、いろいろな料理を用意してくれていたのだ。
炎包みステーキかとも思ったが一回り小さめで、妙に丸い。フッと炎を吹き消すと、肉巻きのようなものが残った。パラリと、白く半透明になったピナの葉が表面から剥がれ、広がる。
剥がれたピナの葉を包み紙代わりにして豪快にかぶりつく。じゅわりと大量の肉汁が溢れ、その後パリッとした軽快な食感も続いてくる。食欲をそそる豊かな香りも口いっぱいに広がった。
「……うまいッ」
「気に入りましたか?」
「おう!」
全力で答えると、シャラが心底嬉しそうに笑った。マナヤ自身も口元がほころんでしまうのを感じつつも、マナヤはふたたび料理にかぶりつく。
この瑞々しさは、おそらく『闇煮』だからだろう。パリッとした食感は、どうやら油で炒めて香りを出したピナの葉のようだ。闇煮にした薄切り肉にピナの葉を重ね、それを肉巻きのように巻いているらしい。それをアツアツに保つため、火をつけたピナの葉でくるみ炎包みに仕上げているのだろう。
さしずめ、炎包みステーキと『闇煮』のコラボだ。
(名前の字ヅラさえ気にしなきゃ、絶品なんだよな。『闇煮』の料理って)
シャラは王都で『闇撃』を使った調理器を購入し、ここセメイト村にも持ち帰ってきたのだ。村の者達にも好評だったようで、今では村人全員が交代でその調理器を使いまわしている。
「あ……」
「ん? どうしたシャラ」
料理を堪能していると、シャラがマナヤとは反対側に顔を向けて声を漏らした。マナヤもそちらへ目を向ける。
別のベンチに、小さな赤子を抱えた夫婦が座っていた。
きゃっきゃきゃっきゃと、踊っている人々を見て笑っている赤ちゃん。それを見下ろしながら、その子を抱えた母親が隣の父親と視線を交わし微笑んでいる。
「あのお二人……前までは、しょっちゅう夫婦喧嘩していたんですけど」
シャラがそう呟きながら、微笑ましげに唇に弧を描いた。
赤子を抱えているその夫婦は、まるで以心伝心しているかのように同じ仕草をしている。
「夫婦喧嘩ばかりするようにゃ、とても見えねえが」
あの夫婦は、少し前に祝言を挙げたばかりだった。
この世界では、祝言を挙げるというのは『初子が生まれた時』ということになっている。あの赤子は、あの夫婦が初めて生んだ子供だ。
自分達の愛の結晶を見下ろしている二人は、心の底から幸せそうに寄り添っている。
「本当ですね。やっぱり子どもが生まれると、夫婦仲が深まるんでしょうか。親としての自覚とか……」
うっとりするような表情で、その家族の様子を見守るシャラ。
「――それだけが理由ではないでしょうね」
「テナイアさん? ディロンさんも」
突然、逆方向から聞き慣れた声がしてきた。マナヤが振り向くと、プラチナブロンドのストレートの長髪を揺らす白ローブの女性の姿が。その隣には、対照的に真っ黒な短髪を横に流した黒ローブの男性が並んでいる。
白ローブの女性は、ここコリンス王国の王国直属騎士団、白魔導師隊副隊長であるテナイア。黒ローブの男性は、同じく王国直属騎士団の黒魔導師隊副隊長、ディロンである。
マナヤ達の護衛として共に行動し、力を合わせて戦ってきた仲間だ。
白魔導師テナイアが、マナヤ達へと視線を向けて改めて口を開く。
「子どもが、夫婦の潤滑剤になっているという側面はあります。ただそれは、愛の結晶が生まれたからというだけではありません」
「と、いうと……?」
シャラが首を傾げながら訊ねると、テナイアは少し困ったように眉を下げながら苦笑した。
「身もふたもない言い方をしてしまうと、子どもの方が厄介者だからです」
「……厄介者?」
思わず眉をひそめた。隣のシャラも露骨に顔を歪めている。
テナイア同様に苦笑したディロンが、彼女に代わり説明を始めた。
「夫婦仲というものは、崩れやすい。男と女では、精神構造が違うからな」
「そ、それは……」
「男女の認識差から、相手のちょっとしたことが鼻につきやすい。それが毎日積み重なれば、はたから見れば何ということもない些細なことで夫婦喧嘩をしてしまう」
シャラが言葉に詰まっているのを尻目に、ディロンは先ほどの夫婦へと視線を向けた。
「だが子どもというのは、全く次元が違う。特に小さな子どもは我がままで身勝手で、問題を起こしやすい」
「そりゃ、そうかもしれませんね」
なんとなくだが、それはマナヤもわかる。特に小さな赤ちゃんは、夜泣きもするし所かまわず勝手に動き回る。危なっかしい場所に勝手に行ってしまったりすることもあるだろう。
ディロンに寄り添っているテナイアが、こくりと頷いた。
「そういった次元の違う『問題児』を、毎日相手にしている。すると配偶者のちょっとした問題など、些細なことのように思えてくるのです」
「子どもの厄介さと比べりゃ、旦那のちょっとしたクセなんてどうでもいい……みたいな感じッスか」
「はい。また、配偶者が子どもを叱っているのを見て、自らも態度を改めるというパターンもありますね」
どうもテナイアは、心理学のようなものに精通している節がある。
人を殺めてしまった後のディロンを落ち着けたのも、彼女であったらしい。その関係でそういう知識を得たのだろうか。
「まあもちろん、夫婦が共に赤子の世話してしている場合に限るがな」
「ディロンさん? どういうことッスか」
「夫婦の片方が、子どもの世話を配偶者にばかり押し付けるということもある。そういった夫婦の場合、子育てに非協力的なことが原因となって仲違いすることが多い」
そう語るディロンの表情は、少し複雑そうだ。
が、すぐに微かな笑顔に変わった。
「逆に、子を二人で協力して育てることができるならば、絆は深まる。大きな問題に対し、二人で協力し支え合いながら解決すること。それが、強固な絆を生む」
「問題を、二人で支え合って……」
「ああ。そういう意味では私とテナイアも、そのおかげで『共鳴』に目覚めたとも言えるな」
「……? そりゃ一体?」
たしかディロンとテナイアには、まだ子が生まれていないはずだ。
意味が分からず問い返すマナヤに、ディロンはくつくつと笑う。
「マナヤ。君は不思議に思わなかったか? 『共鳴』は伝説の力とされ、過去数十年ほど覚醒した者は確認されていなかった」
「……そういや、そうだ」
「にも関わらず、今は私とテナイア、そして君とアシュリーも目覚めている。その前には君の両親も目覚めていたのも数えれば、同じ時代に三組もの覚醒者が出たということだ。なぜだと思う?」
まさか。
マナヤは少し嫌な予感がして、ディロンとテナイアを交互に見比べる。二人とも、苦笑しながらマナヤをまっすぐ見返していた。
「そう。おそらく我々を結んだ『問題児』とは君のことだ。マナヤ」
「お、俺!?」
ディロンの答えはおおむね予感通りのものだ。苦笑の表情のまま、彼は言葉を続ける。
「君は異世界人と名乗って突然テオに宿り、これまた突然召喚師を根本から変える戦術を教えだした」
「う……」
「やがて君は、『流血の純潔』をも汚してしまった。私とテナイアが、なんとしてでも君達には人殺しをさせまいと誓っていたところにな」
彼の言葉を聞くごとに、マナヤは小さくなってしまう。
「スコットさんとサマーさんにいたっては、テオさんとマナヤさんのご両親です」
さらにそこへテナイアも加わってきた。
「テオさんが召喚師に選ばれ引きこもってしまった。その上マナヤさんが宿ったことで、お二人はご自分たちの息子が〝いなくなってしまった〟と感じてしまったことでしょう」
「……」
「そしてテオさんが戻ってきた時はマナヤさんが消えてしまったと思い、気がかりが増えた。それからしばらくマナヤさんは、教本を書くためと言ってまったく表に出て来ず――」
「わかりました! もうわかりましたから!」
聞くに堪えなくなり、降参とばかりにテナイアを止める。
どうやら自分はずいぶんと親に、皆に心配をかけてしまったようだ。頭を抱えてしまったマナヤを、シャラが宥めるようにさすってくるのがわかる。
そこへ、まだ笑い声を含ませたままディロンがフォローしてきた。
「つまるところ君に悩まされたからこそ、我々は『共鳴』に覚醒できたということだ。おそらく君の両親もな」
「……ディロンさん」
「失敗は、おおいに反省するべきだ。だが少なくとも君のやってきたことは、失敗も含め無駄にはならなかった」
「失敗も、含めて」
「そう。何度失敗しようと、召喚師の印象を塗り替えてやろうという強い意思。それは確かに、誰かに力を与えているはずだ。それを忘れるな」
「はいッ」
力強く返事をすると、ディロンもテナイアも満足そうに微笑む。
(召喚師の印象を塗り替えようって意思、か)
思い出したのは、この世界にやってきて最初に狙ったことだ。
前の世界で、ゲームで慣れ親しんだ『召喚師』への強い誇り。それがなかったこの世界に目にもの見せてやりたいと。
(そうだったな。目的を見失っちゃいけねえ)
自分の失敗を、不出来だった部分を嘆いてばかりではいられない。自分のやるべきことに全力を尽くすべきだ。
どうせなら、大好きな『召喚師』がちゃんと評価される世界で生きたい。唯一、前の世界の価値観に染めてもいいコンセプトなのだから。
と、そこでディロンが妙に爽やかな笑みを浮かべる。
「そんなわけで、君の先ほどの踊りもこの村の活力となっているはずだ」
「変なオチつけんでください! つーか俺の踊り失敗扱いッスか!?」
「どうだろうな。さて、それでは我々も料理をいただきに行くとしよう。テナイア」
「ふふっ……はい。それではみなさん、また後程」
ディロンとテナイアは軽く笑いながらその場を離れ、広場の隅の方へと歩いていった。
「あんにゃろう、励ましてんだかバカにしてんだか……」
文句を言いつつ、ヤケになって料理を齧る。
ディロンがあのような冗談を言うとは、少し意外ではあった。今の彼にはどことなく、肩の力が抜けたような柔らかさを感じる。
「……たしも、がんばらないと」
「あ? 何か言ったかシャラ?」
「あっ、いえ、なんでもないです」
シャラが何かごまかしながら、踊り手の方へと向き直った。彼女の横顔は、何かを決意したように見える。
――シャラ。
(ん? テオ、お前起きてたのか)
――あ、うん。ごめんマナヤ、ちょっと前から起きたんだ。
マナヤの頭の中で、テオも何か思いつめているような気配が伝わってきた。
なにごとかは気になるが、特に話す気が無いなら問い詰めるつもりもない。そんなことよりもマナヤは、今のうちに英気を養わねばならない理由がある。
(さて、これからもっと忙しくなるぞ。なんせ今年から、召喚師候補生の指導はこの村でやるんだからな)
マナヤは二つ目の葉包みを開いて、再び料理にかぶりついた。




