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Epilogue ~幼き日の誓い~ ASHLEY

「――じゃ、またなテオ! マナヤさんにもよろしく!」

「う、うん。またね」


 そう言って人達に手を振るテオ。

 同じく手を振って去っていくのは、ちょうど『間引き』に出ていてついさっき返ってきた村の人達だ。


 隣のテオは、さすがに疲れが溜まってるみたい。

 かがり火に照らされる彼は、溜め息をついてた。


「あんたも忙しいわね、テオ。みんなとの挨拶のたびに、いちいちマナヤと意識を入れ替えたりして」

「あっ、アシュリーさん。あはは……これはもう、慣れるしかないですから」


 そう言って苦笑いするテオは、どこか安心してるように見えた。

 思わずくすりと笑いを漏らしちゃったけど、そんなあたしをテオがじっと見つめてくる。どこか、真剣な顔で。


「……どうしたの? じろじろ見てきて」

「いえ、その……ごめんなさい、アシュリーさん」


 え、あ、いや……

 ここでどうして、そこまで深刻な顔になっちゃうの? あたし、そこまで責めてるわけじゃないんだけど。


「ちょ、ちょっとやめてよ。別に人の顔を見つめてきたくらい、そこまで深刻に謝られるコトじゃないんだし」

「いえ、そうじゃなくて、その……ブライトンのことです」


 あ……

 あたしに『あの人』のこと、黙ってたこと、かな。


「……いいのよ。あたしに言いづらかったんでしょ? それくらい、あたしにだってわかるわ」


 そう笑いながら言うと、テオは複雑な顔をしてくる。

 ……ちょっと、あたしの顔、曇ってたのかな?


「ホントに、気にしないでよ。……それに、あたしだって同じだもの」

「え?」

「あたしだって、言えなかった。ブライトンのこと、あの領都の人達に、ね」


 困惑したように、首を傾げてくるテオ。

 ……ちょっと、可愛いと思っちゃった。目つきや表情は違うけど、マナヤと同じ顔でそんな仕草するから、かな。


「あの領都、ね。ブライトンに身近な人を殺されたって住民、結構いっぱいいたのよ」

「あ……」

「なのにあたしは、言い出せなかったの。あたしの実の父親です、だなんて……言い出せなかった」


 怖かった。

 あたしのこと、英雄だってもてはやしてくれた、あの領都の人たち。あの人達の顔が、恐怖や憎しみに染まるかもしれない、と思うと……

 どうしても、言い出す勇気が出なかった。

 きっと、テオもそうだったんだろう。


「領都の人達に、なんて言えばいいか、わからなかったの。……何を言っても、なんの慰めにもなりそうになかったから」

「アシュリーさん……」

「何が、正解だったんだろうね。テオ、あんたにはわかる?」


 テオは俯いて、気まずそうに黙り込んでしまった。


「……あんたも、人の感情には敏感だけど。『答え』がわかるわけじゃ、ないものね」


 ちょっと、意地悪な言い方だったかもしれない。ますますテオは落ち込んでしまったように見える。


 でも、人の感じ方なんて、それこそ人それぞれだ。

 苦しんでる人の心を癒す、絶対の方法なんて、たぶん無い。テオだって、感情を読むことは得意みたいだけど、解決策を必ず出すことができるわけじゃないんだろう。

 きっとそこは、才能だけじゃどうにもならない。


「ごめんごめん、ヤな言い方になっちゃったわね。ようするにさ、あんまり自分を責めるんじゃないってコト」

「は、はい」


 テオが頷いて、気を取り直すようにまた歩き始める。

 あたし自身もそれに並びながら、キツい言い方にならないように気をつけながら、そっと言ってみる。


「あたしも、まだまだ成長しないといけないところ、いっぱいあるからさ。そういう風に考えましょ。これから経験を積んで、学んでいけばいい、ってね」

「はい。そうですね」


 一応、立ち直ってくれたかな?

 笑顔を向けるテオは、さっきよりは晴やかな表情に見える。


「――あっ、テオ! アシュリーさん! ご飯、できてますよ」


 いつの間にか、テオ達の家の前についていた。

 ちょうどシャラが家の扉を開けて、こっちに声をかけてくる。


 ……もう、すごくいい香りが中から漂ってきた。


「ただいま、シャラ」

「ありがと、シャラ。それとテオ、あんたもありがとね。荷物運び、手伝ってくれて」


 あたしはもちろん、テオの両腕にも最後の荷物が抱えられてる。

 元々のあたしの家から取ってきた、あたしの荷物だ。


「大丈夫ですよアシュリーさん。これから、一緒の家で暮らすんですから」


 そう言って笑うテオの顔は、とても嬉しそう。


 改めてテオ達の家を見上げてみると、少し緊張する。

 ……これから、この家があたしの帰る家になるんだ。


「その、本当にいいの? 二人の家、住まわせてもらっちゃって……」


 あたしは……本当に、この二人の邪魔にならないのかな。


「気にしないでください、アシュリーさん。言ったじゃないですか、私達が一緒にいたいんです」

「そうですよ。僕達、大人数で暮らすのに慣れちゃいましたから。多い方がきっと楽しいです」


 シャラもテオも、何の陰りも無い笑顔であたしを迎えてくれる。


「……」


 胸の奥で、なにか暖かいものがじわりと広がる気がした。


 今までずっと、帰ったらあたし一人の家だった。

 出迎えてくる人もいなくて、帰宅してから話をする相手もない。だからあたしにとって、家っていうのはただ休むためだけの場所だった。

 剣の修練をしたりする方が、家の中にいるよりずっと晴やかな気持ちでいられた。


 ……そっか。

 あたしはきっと、ずっと羨ましかったんだ。


 孤児だったあたしは、本当の家族というものを知らない。

 そりゃ、アーデライドさんはあたしにとってもお母さんのような人だったし、同じ孤児院の子たちは兄弟姉妹みたいなものだ。だから自然と、あたしも年下の子の面倒を見たりすることも多かった。


 あたしがどうして、『英雄の父』にあんなに拘っていたのか。

 見たことも会ったことも無い父親がマナヤに殺されたって聞いて、どうしてあんなにまで意固地になっちゃったのか。

 マナヤへの気持ちを、信頼を捨ててまで、どうして彼から離れていっちゃったのか。


 やっとわかった。

 本当はあたしは、ずっと家族が欲しかったんだ。


 道すがら、両親と手を繋ぐ小さな子どもを見た時も。

 両親と一緒に、笑いながら食事をする子達の風景を見た時も。

 孤児だったあたしは、内心ずっとそれが羨ましかった。


 だから唯一の家族に、『英雄の父』にこだわって……


「……ありがと。テオ、シャラ……マナヤ」


 誰かが、隣にいてくれる。

 帰るべき場所を、共有してる。

 ずっと……そんな生活を、夢見てたんだ。


「アシュリーさん、どうぞ」

「ようこそ。テオと私の……一家の一員へ」


 気遣ってくれる二人の、とても眩しい笑顔。

 そんな彼らに導かれて……

 新しい家に、足を踏み入れた。



 その日の、晩ごはん。シャラが作ってくれたご飯を、みんなでつついた。

 新しい家で、三人で、笑い合いながら食べる食事。

 故郷の村で、新しい家で食べる料理は……


 とても美味しくて、賑やかで、暖かかった。



 ***



「……」


 ……眠れない、な。


 目の前で、パチパチと音を立てて燃えるピナの葉。

 真夜中、暖炉で燃えるそれを、なんとなくじっと見つめる。


 新しい家で、勝手が違うというのも、あるけど……

 やっぱり、ちょっと罪悪感がある。


 スコットさんとサマーさんの部屋を、あたしが使うなんて。

 テオとシャラの生活に、割り込むなんて。

 結局『サマースコット』ではないあたしが、一員になるなんて。


 ……それに。

 いまだにチクチクと痛む胸の棘が、取れない。


「……マナヤ」


 後ろめたさから、小さく呟く。


 あいつの気持ちを、裏切っちゃった。

 あたしを、必要としてくれてたのに。

 あいつの隣が心地良いから、一緒にいたかったはずなのに。


 それなのに、会ったこともない父親(ブライトン)を、優先しちゃったなんて。


 そんなあたしが今、この家にいる。

 テオと、シャラと……マナヤの家に。

 孤児ではあったけど、何の苦も無くのうのうと育ってきたあたしが。


 あたしは……この家の()()、じゃないのかな。



「――呼んだか?」



 ……えっ?


「ま、マナヤ?」


 振り向けば、いつも通りのあいつが。

 テオよりも目つきが鋭いマナヤが、テオ達の寝室がある辺りの壁近くから、あたしを見つめてくる。


「ど、どうしたの? あんたの手番、もう終わったんじゃ……」


 マナヤが表に出る手番が始まって、これが三日目。

 三日置きの夕飯前に、手番を替わる。それが、テオとマナヤの交替パターンだったはず。

 だからさっきもテオの状態で夕飯を食べたし、そのままテオのままでい続ける約束だったはずじゃ?


「今晩ぐらい、お前のそばにいてやれってよ。シャラから、そう了承を貰ってる」


 そっとあたしを見つめてくるマナヤの瞳はどこか、遠慮しがちだ。こちらに歩み寄ってくるでもなく、壁あたりに立ってこっちを見つめてくるばかり。

 思わず、切なさで胸が締め付けられる。


 ……あたしの隣に、来てほしい。

 離れようと、しないでほしい。


「そ、か。じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな。……今日は、一緒にいて欲しい気分なんだ」

「……そうか」

「ね、こっち来てよ。隣、座って?」


 いまだ遠慮がちなマナヤに、あたしは床に座り込んでいる自分の隣を、ポンポンと叩く。


「あ、いや……」

「それとも……やっぱり、嫌なの? あんたから離れちゃった、あたしは」

「そ、そんなことねえよ。……なら、邪魔するぞ」


 と、少しドギマギした様子で、歩み寄ってくる。

 そっと、あたしの隣に腰を下ろしてきた。


 ……良かった。


「なんでそんな遠慮してんのよ」

「い、いや、だって俺はブライトンを――」

「ストップ」


 あたしは、こちらを向いて口走ろうとするマナヤの唇に、そっと人差し指を当てて黙らせる。


「言ったでしょ。……あたしの本当のお父さんは、『英雄』よ。あんたは、殺してない」

「……」

「だからさ、遠慮しないで。あんたがそんなんじゃ……あたしだって、あんたの隣にいる資格、あるかどうかわかんないじゃない」


 マナヤから離れちゃったあたしを、マナヤが拒絶しないか。

 それが、怖くなっちゃう。


 だから……いつも通りで、いてよ。


「資格なんて、関係ねえよ」

「え?」


 ぽつりと、けれどはっきりした口調で告げてきた言葉に、思わず指の力が抜ける。

 まじまじとマナヤの顔を見つめてると、少し優しい顔になって語り掛けてきた。


「俺、初めてこの世界に来て、さ。わけわかんねえ文化に振り回されて、みんなから妙に引かれて……」

「あ……」

「そんな中でもよ。最初っから俺にずっと気遣ってくれて、支えてくれたのは、お前なんだ」


 さっきとは違う意味で、胸が締め付けられる。

 マナヤが、指を引っ込めたあたしの手を、そっと握ってきた。


「そんな中で俺は、自分が単なる副人格だって知らされて、『流血の純潔』まで失って……」

「……マナヤ」

「それでも、お前は俺のそばにいてくれた。俺を、一人の人間として扱ってくれた。俺の人間性を繋ぎとめてくれた」


 マナヤの手が、あたしの手から離れる。

 名残惜しくて思わずその手を追ったけど……


「ブライトンを殺した俺を……許してさえ、くれた。こんな俺のそばに残ってくれることを、選んでくれた」


 マナヤは同じ手であたしの肩を、そっと抱き寄せてきた。


「そして……最後まで、俺との約束を守ってくれた。最後まで、人間のままでい続けてくれた。お前だって、ダグロンにゃ恨みがあったろうに、よ」

「……」


 ……ダグロンは、ブライトンを唆した。

 マナヤをおびき寄せるようにと。

 そして、マナヤにブライトンを殺させるようにと。

 ブライトンを死に追いやったのは、ダグロンって奴だった。


 だから……あたしも、ダグロンは許せなかった。


「それでも、お前は自分の恨みを抑えて、人間でい続けてくれた。俺の希望を、守り続けてくれた」

「……まな、や」


 思わず、声が震える。

 マナヤの手が、そっと上に移動して……



「ありがと、な。……よく、頑張ってくれたな。アシュリー」



 ……!


 あたしの頭を、撫でてくる。


 なに、やってんのよ。

 前に、言ったはずじゃない。

 あたしの頭を撫でていいのは……あたしの、お父さんだけ、なのに。


「……っ、と、(わり)ぃ」


 あたしが何か言う前に、あたしの頭に置いてあった手を、慌てて引っ込めた。

 マナヤも、思わずの行動だったんだろうか。


 一言、文句を言ってやらなきゃ。

 許可もなしに、あたしの頭を勝手に撫でたりして。


「あたし……」

「あ?」


 ……なのに。



「あたし、頑張ったんだよ、ね……?」



 ……なんで。

 こんな言葉が、出てくるんだろう。


「……? ああ、お前は、よく頑張ったよ」


 マナヤの返事が、胸の奥まで響き渡る。


 胸の中が、熱いものでいっぱいになる。

 胸の中だけに、収まり切らなくて……

 どんどん、どんどん、熱いものがこみ上げてくる。


 感情が、抑えきれない。


「ッ、お、おい?」


 気づけば、こつん、とマナヤの肩に、自分の頭を乗せていた。慌てたような雰囲気が返ってくる。


「……もっと、撫でなさいよ」

「アシュリー?」

「あたし、頑張ったんでしょ。……ご褒美、ちょうだいよ……」


 なぜか妙に震える声で、ねだってしまっていた。


 なんて、恥ずかしいこと言ってるんだろう。

 こんなの、柄じゃないのに。

 あたしの性分じゃ、ないはずなのに。


 なのに、こんな、子供じみたお願いを。


「……」


 目は暖炉の方を向いていて、あいつの表情は見えない。

 けれど、少しだけ戸惑った雰囲気を横から感じた後、そっと衣擦れの音が聞こえて……


 あたしの頭の上に、軽い、けれど暖かい重みが、加わった。


『――あたしも、お父さんみたいな英雄になる!』


 なぜか、頭の中に蘇る。

 幼い頃、自分自身に誓った言葉を。


『それで、りっぱな英雄になって、お父さんに会えたら――』


 頭の上の重みが、優しくあたしの髪を撫ぜる。

 どこか、それが大きく、頼もしく感じる。


 その感触を、忘れないようにしながら……

 隣から、頭の横から感じる温かさにすがりつくように、くっついた。

 胸からこみ上げる熱いものが、収まり切らなくて……

 目から、勝手に溢れだす。



『――〝よくがんばったな〟って、なでてもらうんだ!』



「……っ、……っ!!」


 次から次へと、熱くて、切ないものが溢れだす。

 胸から溢れて、どんどん目からこぼれだす。

 抑えきることができずに……あたしは、我慢するのを、やめて……


 頭を撫で続けてくれる優しい感触と、自分の中から溢れだす感情に……

 その身を、委ねた。



 頭から、自分の隣から感じる、優しい温もりが……

 目の前の暖炉よりも、ずっと、ずっと、暖かかった。



第四章はここまでです。


次話投稿は、第五章の下書きを書き終わるまでしばらくお待ちください。

次の第五章が最終章になる予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マナヤがパパになるんだよ!! [一言] 次が最終章ですか。寂しくなりますね。 色々気になるけど、テオシャラの共鳴がなんなのか、それが一番気になる。
2023/04/17 22:42 退会済み
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