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183話 本当の帰郷

 数日間の馬車旅の後。


 テオらはコリンス王国の王都へと帰還した。

 真っ白な王都北門を、馬車がくぐった。久々の景色と空気に触れて、テオはどこかホッとした気分になる。


「うわ、あっつーい……まだ春には早いはずなんだけどなぁ」


 窓から外を眺めているアシュリーが、ぱたぱたと手で顔を仰いでいた。

 彼女はだいぶ前にコートを脱いでいて、見慣れた短い灰ジャケットとハーフパンツの格好に戻っている。


「本当、ですね。こっちの方がすごく暖かいっていうこと、改めて実感します」


 同じくコートを脱いでいたシャラが、自身のセミロングの金髪を手で頬から払う。少々汗もかいていて、それで髪が頬に張り付いていたようだ。


「こんなに、環境が違うんだね。あ、それともあの料理の効果が残ってるのかな?」


 ふと気づいて尋ねてみるテオ。

 ブライアーウッド王国に入国した時、ピリピリと電気を帯びた料理を食べたことがある。その料理を食べてから、ブライアーウッド王国の寒さがそれほど気にならなくなった。


 だが、シャラもアシュリー「どうだろうね」と笑う。

 テオも笑いながら、そこにどことなく寂しさを感じた。長旅を共にした、パトリシア。自分が『テオ』である時も、大抵は近くにいた彼女の姿が、ない。

 あちらの国に残ることを選んだ彼女は、寂しがってはいないだろうか。


 と、そこへコンコンと馬車の窓が叩かれる。

 テオが窓を開くと、騎馬で並走していたディロンが話しかけてきた。同時に、馬車内よりも暖かく感じる空気が入り込んでくる。


「テオ、シャラ、アシュリー。馬車旅で疲れているとは思うが、このまま王城へ向かって報告をする」

「あ、はい。わかりました」

「もっとも、おおまかな報告はランシック様がしてくれる予定だ。君達はただ付き添いで来て、何か王侯貴族らに質疑された場合だけ応答すればいい」


 それだけ伝えて、ディロンは正面へ向き直る。頷いたテオはそさくさと窓を閉めた。


「うー、早く宿でゆっくり休みたかったんだけどなぁ。また、あの窮屈な服を着なきゃいけないんだ」


 と、アシュリーが伸びをしながら愚痴を言う。

 テオとシャラもそれに同意し苦笑した。ただでさえ王侯貴族の前で緊張するというのに、どうにも着慣れず動きにくい礼服に着替えなければならない。


「なるべく早く、報告が終わることに期待しましょうか」


 シャラの言葉に、テオもアシュリーも眉を下げつつ頷いた。



 ***



 幸い、三人は比較的早く解放された。

 というのも、詳しい報告はランシック、レヴィラ、ディロン、テナイアの四名に任されたからだ。テオらは報告の形式をよく知らず、また報告書など書き慣れているわけがないので、当然のことではあったが。


 王都内のセレスティ学園について、アシュリーが清々しい表情で大きく伸びをする。


「あー、やっと解放された!」

「早いところ、着替えてしまいましょうか」


 同じく清々しい顔になっているシャラも、どこか急くような感じで笑った。

 テオらが臨時の教官をやっているこのセレスティ学園は、三人が登城する際にいつも、礼服に着替えるために立ち寄っている。いつもの宿から礼服姿で出ると周囲から浮いてしまうためだ。元よりこの学園は、そういった急な登城を命じられた者達が礼服に着替えるために使われている。


(それに……)


 テオは思いを馳せる。

 三人が清々しい思いを抱いているのは、それだけではない。もっと嬉しいことを聞いたからだ。


「――あっ! マナヤさん! いえ、テオさん? おかえりなさい!」


 と、そこへ見覚えのある少年がぱたぱたと駆け寄ってくる。

 銀髪をマッシュヘアにしている少年、コリィだ。


「あ、コリィ君ひさしぶり!」

「はい! 帰国するって聞いてましたけど、今日だったんですね!」


 心待ちにしていたのか、ずいぶんとコリィは浮足立っている。


「マナヤに、替わろうか?」

「いえ、大丈夫です。今日はテオさんの番なんでしょう。マナヤさんとは、これからまたいつでも会えますから」


 テオが気を遣って問いかけるが、コリィは首を横に振った。

 それよりも、と言わんばかりにコリィが身を乗り出してくる。


「それより、皆さんは聞いてますか? ボク達、皆さんの故郷のセメイト村に行くことになったんです!」

「えっ? うちの村に?」


 微笑ましげに見守っていたアシュリーが、驚いてコリィへ問いかける。

 興奮したようにぶんぶんと首を縦に振ったコリィがまくし立ててきた。


「はい! なんでも、セメイト村に候補生達を受け入れる暫定的な準備が整ったらしいんです。なので、ボク達召喚師候補生がまず第一陣としていくことになったんだって!」


 そういえばと、テオは思い出す。

 以前少しの間だけ、セメイト村に帰郷したことがあった。その際、村の召喚師達からそういう目的で『村を拡大する』ことが決定したのだと。


「奇遇だね。僕達も一旦、セメイト村に帰ることになってるんだ」


 と、テオも少し心を弾ませてそう伝えた。


 これが、テオ達が喜んでいた理由だ。王城へ報告に行った時、宰相からそう通達された。

 表向きは、件の防衛機構を他国で試験運用するということをセメイト村へ報告するため。しかし、今回の件を受けて『ちょうど良いので少し里帰りすると良い』といった旨を宰相に言われた。


(あれは、こういうことだったんだ)


 ただでさえブライアーウッド王国に派遣されて指導をモール教官に任せきりにしていたのに、さらに里帰りなど悠長にしている暇はあるのか。内心それを心配していたのだ。要するに、召喚師候補生達もついでに連れて行って学ばせてやれ、ということなのだろう。

 セメイト村は、召喚師に対して寛容だ。来るべき未来の世界、その良いお手本になるだろう。そんな理想の未来の姿を彼らに見せておくのは、きっと素晴らしい希望になる。


(だから僕達は、あがき続けているんだ)

 ――ゆっくりでも、一歩ずつでも、夢物語を現実にするために……か。

(マナヤ)


 マナヤがテオの思考に割り込んでくる。

 テオが召喚師解放同盟のダグロンに、啖呵を切った言葉だ。


(そうだよ。だから僕達は、希望を示し続けるんだ)


 もう村だけではない。召喚師の未来のために、国まで動いてくれている。

 この国の学園を通じて、コリンス王国全土へ広める。ブライアーウッド王国にも、きっとあのフィルティング男爵領から広まっていくだろう。


 ゆくゆくは、全世界へ。


(きっといつか、夢物語じゃなくなる)


 自分が生きている間までに、実現せずともいい。

 何十年、何百年か先にでも、実現すればそれで良い。

 皆が手を取り合える世界。

 召喚師がみな、笑い合って生きていける世界。

 そんな世界が、きっといつか実現する。


 その希望を胸に、テオは晴天を仰いだ。



 ***



 そうして、三日後。

 一行は、召喚師候補生達も連れてセメイト村へ訪れた。


「うわあ……ここが、マナヤさん達の故郷なんですね」

「おう。って、もう既にちょっとデカくなってるんだけどな」


 馬車から降りてきてコリィが、村の門前広場できょろきょろと見回しながら感慨にふけっている。そんな彼を苦笑しながら見下ろし、マナヤは片手を腰に当てながら同じく見回した。


 久々に返ってきた故郷は、一回り面積が広がっていた。

 マナヤが記憶しているよりも防壁が張り出しており、どうやら村の直径が少し大きくなったようだ。中央には建物と広場が増えていると聞いているが、王都と違って中央通りが曲がり角だらけになっているため、ここからはまだ見えない。


(でも、雰囲気は全然変わってねえな)


 少しだけ、マナヤは安心した。

 彼の覚えているセメイト村がガラリと変わってしまったらどうしようかと、心配していたからだ。きっと、テオやシャラ、アシュリーも同じだろう。


(それに、この空気の匂いも同じだ)


 すうっと深呼吸し、懐かしい土の匂いを思いっきり吸い込む。王都よりもずっと、新鮮な土の匂いを強く感じる。

 この世界に来たばかりの時は、ずっと土の匂いが立ち込めていることが気になって、不快にすら感じたこともあった。けれども今は、マナヤにとっても心地よい匂いだ。自分も、かなりこちらの世界に順応してきたらしい。


「おっ! テオ……いや、マナヤさんか! それにシャラちゃんとアシュリーさんも!」

「もう帰ってきたんだな! お帰り!」

「おかえりなさい! アシュリーさん、本当に久しぶり!」


 わらわらと、村人達がマナヤらを取り囲みはじめる。


「お、おう! 今帰ったぞ!」

「ただいま、みなさん」

「あはは、あたしはホントに久しぶりだな。ただいま!」


 マナヤ、シャラ、アシュリーが満面の笑顔で答える。

 久しぶりに見る顔、久しぶりの雰囲気だ。マナヤらは次から次へと近づいてくる村人達の応対に追われた。


「ふむ、確かにこの村は落ち着くな」

「私達も、ずいぶんとこの村での生活に慣れてしまいましたね」


 と、騎馬に乗って一緒にやってきたディロンとテナイアも、どことなく顔をほころばせながらそう言う。この二人も村に愛着が湧いているらしい様子を横目で見て、マナヤは少しこそばゆくなった。


「――あっ、シャラお姉ちゃん! アシュリーさん!」


 と、そこへパタパタと駆け足で誰かが近寄ってくる。マナヤにも見覚えのある顔だ。


「あっ、ユーリアちゃん!」

「ユーリアさん? あぁ、久しぶりね」


 シャラがぱぁっと顔を輝かせ、アシュリーも歯を見せてニッと笑った。


「はい、おかえりなさい! えっと……あ、マナヤさんの方ですね。マナヤさんもおかえりなさい」


 そう言って、青髪ポニーテールの少女が笑う。

 駆け寄ってきたこの少女は、ユーリア。シャラの後輩にあたる錬金術師で、シャラが不在の間に穴埋めをしてくれていた子だ。

 よく孤児院でシャラと一緒に錬金術の練習をしていたため、アシュリーも面識があった。


「……ユーリアさん。ちょっとお願いがあるんだけど」

「え? なんですか、アシュリーさん」


 少し神妙な顔になったアシュリーが、ユーリアへと切り出す。不思議そうに首を傾げながらユーリアが問い返した。

 その表情に少し嫌な予感がしたマナヤは、慌ててアシュリーの肩に手をかける。


「……お、おいアシュリー、まさか……」

「大丈夫、マナヤ。……あたし、この村の人達には、誠実でありたいの」


 アシュリーに決意を秘めた強い瞳で見つめられ、言葉を失ってしまう。

 誠実でありたい、という気持ちはマナヤも同じだ。だからこそ自分も、テオの副人格であることを正直に皆に打ち明けた。


「そんなわけでユーリアさん、お願い。大事な話だから」

「う、うん、わかった。今言ってくるね」




 そしてその日、夕日が沈む少し前。

 赤らみ始めた空の下で、アシュリーが火を囲み集まった村人達に、真実を告げていた。


「――だから、ごめんなさい。騙した感じにはなっちゃったけど……あたしの実の父親は、殺人鬼だったらしいの」


 そう謝って、アシュリーは締めくくった。

 不安そうに下がる彼女の肩を、マナヤはそっと抱く。小さくアシュリーが震えているのがわかった。


「……うん、話はわかったよ。でもさ、だから何だっていうんです?」

「!」


 と、アシュリーの一番近くにいた男性が言い出した。アシュリーがはっと顔を上げる。


「そうですよ! アシュリーさんが村一番の剣士で、立派な英雄なのは俺達が一番よく知ってる!」

「親がどうとか、関係ないよ。アシュリーさんは、わたしたちの誇りなんだから!」

「そんな細かいことは、気にしなさんな。誰も、その程度のことでアシュリーさんを嫌ったりはせんよ」


 口々に、アシュリーを認める言葉を語る。

 一瞬、隣のアシュリーがしゃくりあげたのがわかった。


「……うん、ありがとう、みんな」


 徐々に、日が落ちていく。

 中央の大きな焚火が照らされる中、アシュリーは満面の笑みを浮かべた。


 皆が順番にアシュリーの肩を叩きながら、笑い合っている。

 マナヤも彼女を村人にゆずり、微笑みながらそっと彼女の元を離れた。


「……アシュリーさん」

「あ……院長さん」


 最後に現れたのは、白髪交じりのウェーブがかった黒髪を持つ妙齢の女性。

 ここセメイト村の孤児院長、アーデライドだ。


「……ごめんなさい、院長さん。せっかく、黙っててくれたのに」

「いいえ、いいのです。私の方こそ、ごめんなさい。ずっと、嘘をついていて。……皆さんにも、申し訳ない事をしました」


 謝罪するアシュリーを制して、アーデライドは自らもアシュリーに、そして村人達にも謝罪の言葉を述べる。


「院長さん……気にしないで。テオから聞いたんです。村の人たちに知られないように、あたしのために、黙っててくれたんですね」

「……はい」

「いいんです。あたしのお父さんは、院長さんから聞いた『英雄』。それで、いいんです」


 きゅ、と胸に拳を当てて目を閉じるアシュリー。

 すぐにその目を再び開き、アシュリーはそっとアーデライドに歩み寄った。


「それに……院長さんも、あたしの親みたいなもの、なんですから」

「アシュリーさん」

「だから……あたしの、お母さんは……アーデライドさん、あなたです」


 そう言って、そっとアシュリーはアーデライドに抱き着く。

 少し驚いた顔をしていたアーデライドも、優しく彼女を抱き留めた。



次回、第四章最終回。

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