181話 明暗を分ける差
ダグロンが倒される、少し前。
(よし……)
集落の中から立ち昇る橙色の救難信号の明かりを頼りに、騎士隊の召喚師は森の中を索敵する。
その救難信号の根元から、かすかに集落の召喚師達の声が聞こえてきた。
「――よしっ、【狩人眼光】! これで――」
「あっちの騎士さんの援護は終わった、次はどっちだ――」
集落内から、ケンタウロスやレン・スパイダーなどを使って、この国の一般召喚師が援護してくれている。
射程の長いケンタウロスは、闇に紛れた敵の察知に便利。レン・スパイダーの糸塊による攻撃は、命中時に敵を蜘蛛糸で絡めとり、鈍化させる能力を持つ。後方支援にはぴったりだ。
(しかし、召喚師解放同盟の者達を直接殺させないようにしなければ)
集落民に殺しをさせるのは、こちらとて望むことではない。
騎士は気を引き締め、周囲の気配を探る。彼の傍らには、上級モンスター『ヴァルキリー』が控えていた。
「……そこか! ヴァルキリー【行け】!」
森の中に潜む召喚師解放同盟の一員を見つけ出し、ヴァルキリーを突撃させる。
「ちっ――」
召喚師解放同盟の男が、騎士を見て舌打ちする。
(視点変更)
騎士は一瞬だけ、ヴァルキリーに視点を変更する。
戦乙女の視点になることで、そのヴァルキリーが『何を』狙っているか確認。
(透明な何かが、あいつの傍にいるのか)
ヴァルキリーは、召喚師解放同盟の男の隣を目掛けている。おそらく透明化した召喚獣がそこに居るのだろう。
透明なモンスターは限られる。スター・ヴァンパイアか、フライング・ポリプ。あるいは、光学迷彩がかかった機械モンスター。
「【グルーン・スラッグ】召喚! 【行け】!」
敵対している召喚師は、こちらのヴァルキリーを見て巨大なナメクジのような中級モンスター『グルーン・スラッグ』を召喚した。
(スター・ヴァンパイア、と見るべきだな)
そのチョイスを見て、騎士はとっさにそう判断。
フライング・ポリプは範囲攻撃モンスターであり、グルーン・スラッグを巻き込んでしまう。つまり、フライング・ポリプではありえない。
機械モンスターの線は消えていないが、グルーン・スラッグは斬撃耐性を下げる攻撃方法を持つ。機械モンスターは大半が打撃攻撃なので、その可能性は低くなった。
シミュレートした場合に、一番厄介な相手であると仮定するべきだろう。すなわち、あれはスター・ヴァンパイアであると。
「【待て】」
召喚師の騎士は、すぐさまヴァルキリーをその場で停止させる。
思い出すのは、マナヤから教わったこと。ヴァルキリーでスター・ヴァンパイアと戦う場合の注意事項だ。
『最初から、ヴァルキリーと一緒に「狼機K-9」か「牛機VID-60」かを出しておくべきだったでしょうね。俺は、スター・ヴァンパイアに電撃獣与と精神獣与のコンボを使ってたでしょう? 機械モンスターなら、そのコンボを封じれますからね』
そう、スター・ヴァンパイアに電撃獣与と精神獣与のコンボを使われると、ヴァルキリーでは長くは保たない。
「【狼機K-9】召喚、【行け】」
だから教えの通りに、緑色の金属でできた狼型の機械モンスターを召喚。
狼機K-9は、敵が出してきたグルーン・スラッグの方へと向かっていく。
(落ち着け、マナヤさんとの練習通りに――)
彼は、訓練場代わりに学園の中庭でマナヤに実践指導されていた時のことを思い出し、冷静に対処する。
『その先は、モンスターの操作技術勝負ですよ。「戻れ」命令なんかも細かく使って、モンスターの位置取りをするんです』
『具体的には……?』
『俺は、グルーン・スラッグがヴァルキリーと機械モンスターの両方に攻撃を当てられるように操作する。あなたは機械モンスターとヴァルキリーを巧く操って、こっちのグルーン・スラッグを機械モンスターだけに押し付け、ヴァルキリーの甲冑が溶けないようにする。そういう操作合戦に繋がります』
(……視点変更!)
またヴァルキリーに視点を動かし、そして移動先を虚空に指定する。
つい先ほどまで、ヴァルキリーが狙っていた先。そこに、スター・ヴァンパイアが潜んでいるはずだ。
狼機K-9が、グルーン・スラッグと交戦を始めた。
直後、スター・ヴァンパイアも姿を見せ、鉤爪を狼機K-9に振り下ろしてくる。
「よしっ! 【秩序獣与】!」
うまく、ヴァルキリーがスター・ヴァンパイアを狙って槍を振り上げてくれた。
すぐさま秩序獣与を使用。ヴァルキリーの長槍が、神聖な攻撃力を宿す。
刺し貫く、青白い光に包まれた長槍。
スター・ヴァンパイアのピンク色の体に、神聖な印が刻まれた。
「なっ、なにを! くそ、【戻れ】!」
それを見て、敵召喚師は慌ててスター・ヴァンパイアを退かせる。
秩序獣与には『聖痕』という、スター・ヴァンパイアに代表される『亜空』という種類のモンスター特効の特殊効果がある。亜空モンスターの肉体を徐々に崩壊させていくものだ。
何度も食らえば、その効果はどんどん蓄積されていく。それを嫌って、敵召喚師はスター・ヴァンパイアをヴァルキリーから逃がしにかかったのだろう。
「させるか! 【戻れ】」
それを見て、騎士の方は狼機K-9をこちらへと引き寄せる。
そしてそのまま、自ら左方向へと動いた。狼機K-9も当然それを追従。
「なにっ――」
敵召喚師が目を剥く。
グルーン・スラッグも狼機K-9に釣られて、同じく左へと移動していったからだ。
(狙い通り!)
おそらく相手は、ヴァルキリーにはグルーン・スラッグを狙って欲しかったのだろう。
生物モンスターであるグルーン・スラッグには、『聖痕』効果が効かない。そのぶよぶよとした肉体には、ヴァルキリーの槍による攻撃をある程度軽減できる効果もある。
HPもグルーン・スラッグの方が低い。うまく押し付けることができさえすれば、ヴァルキリーの狙いはグルーン・スラッグの方に切り替わるはずだった。
が、グルーン・スラッグは狼機K-9を追って左へ動いてしまった。
それにより位置関係上、ヴァルキリーはグルーン・スラッグよりも、近くにいるスター・ヴァンパイアを優先して攻撃する形になる。
『モンスターのヘイト管理も関わってきますからね。モンスターは距離が一番近い敵、あるいは残りHPが一番低い敵を狙うように動きます。なので、モンスターのHP調整なんかも必要になってくるでしょう』
騎士が使っているモンスターの中で、HPが今一番低いのは狼機K-9だ。
そのため、グルーン・スラッグはそちらへ攻撃しようと動く。
「な、ならば! 【行け】!」
相手は、はたと気づいたように突撃命令を下した。
敵スター・ヴァンパイアに今一番近いのは、騎士のヴァルキリーだ。
「【戻れ】【強制誘引】」
騎士はすぐさま、ヴァルキリーを戻した。
そして狼機K-9に強制誘引の魔法をかける。敵に狙われやすくする魔法だ。
「な――」
結果、スター・ヴァンパイアは狼機K-9をターゲットに選ぶ。
敵召喚師が絶句していた。
「そこだ、【行け】!」
良い布陣になったところで、全員に攻撃命令を下した。
敵のグルーン・スラッグもスター・ヴァンパイアも、狼機K-9に集中攻撃。
一方、こちらの狼機K-9は敵グルーン・スラッグを、ヴァルキリーは敵スターヴァンパイアを狙っている。
「【応急修理】」
攻撃を受け続ける狼機K-9を治癒する騎士。
(ここからは、マナ管理が重要だ)
狼機K-9を維持しつつ、うまくスター・ヴァンパイアを倒さねばならない。
敵の治癒魔法もかいくぐり、先に敵だけを倒す。一片のマナすら無駄にはできない。
「そ、それなら【火炎獣与】!」
「【火炎防御】」
敵が、ならばまず狼機K-9を倒さんとスター・ヴァンパイアに火炎獣与を。
その鉤爪が炎を宿した瞬間、素早く反応した騎士は火炎防御で守った。
炎の鉤爪は、狼機K-9へ命中する直前に赤い防御膜に防がれる。
「く、くそっ! 【魔命転換】」
敵召喚師は、ヴァルキリーの攻撃と『聖痕』で傷ついているスター・ヴァンパイアに治癒魔法を。
「そこだ! 【精神獣与】!」
それを見計らい、騎士はヴァルキリーに精神獣与をかけた。
神聖な光を纏っていた長槍が、黒いエネルギーをも宿す。
――バシュウ
その槍が一撃入れただけで、スター・ヴァンパイアは倒され消滅。
「なに!?」
「【封印】」
敵召喚師が瞠目する中、騎士は間髪入れずに封印魔法を使った。
倒れたスター・ヴァンパイアの魔紋が、騎士の手のひらへと吸収されていく。
(よし、狙い通り!)
スター・ヴァンパイアを治癒できる魔法『魔命転換』は、副作用がある。
治癒して回復したHPと同値分、スター・ヴァンパイア自身のMPを減らしてしまうというものだ。
そのため治癒された瞬間、スター・ヴァンパイアのマナは残り少ない状態になっていた。
そこへ、精神獣与によりマナへの攻撃力を得たヴァルキリーの一撃。
マナを完全にゼロにされたスター・ヴァンパイアは、存在を維持できず消滅した。
(精神防御をかけなかったツケだ!)
マナヤは模擬戦の際、魔命転換を使う時は必ず精神防御でガードしていた。
この敵は、それを怠ってしまった。
「く、くそ! 【精神防御】、【魔獣治癒】!」
焦っている敵召喚師は、せめて残ったグルーン・スラッグを守らんと精神防御を。
そして、傷ついているそれにさらに治癒魔法をもかけた。
精神防御がついている現状、ヴァルキリーの精神獣与は効果がない。
「だが、関係ない! 【電撃獣与】!」
騎士は、自身の狼機K-9の方に電撃獣与を使用。
またしても絶句する敵召喚師の前で、狼機K-9の鉤爪が電撃を纏う。
グルーン・スラッグを切り裂き、さらに火花を散らせてその動きを止めていた。
電撃獣与には、生物モンスターの動きを一瞬止める『感電』効果がある。
それを防御するには電撃防御が必要だが、敵はすでに逆属性の精神防御をかけてしまった。
この二つの防御魔法は相反するため、両方かけても意味がない。
電撃を纏った狼機K-9の鉤爪と、神聖な光を纏ったヴァルキリーの長槍。
グルーン・スラッグは、その二つの攻撃に集中砲火を受けてしまう。
もともとグルーン・スラッグは攻撃力が低い。しかも狼機K-9の攻撃を受ける度、動きが止まっている。
「【魔獣治癒】! 【魔獣治……く、マナが……!」
治癒魔法を連発して凌ごうとする敵召喚師だが、当然マナ切れになる。
中級モンスターと上級モンスターの二体に挟み撃ち、しかも獣与魔法付きだ。勝てるはずがない。
まだ、囮モンスターを召喚した方が勝ち目があっただろう。
結局、グルーン・スラッグも倒され魔紋に還る。
その瞬間、騎士はヴァルキリーに手をかざした。
「【精神獣与】」
「がはっ」
盾となるものが居なくなり、敵召喚師はヴァルキリーの槍をもろに食らった。
先刻の精神獣与は効果時間が終了していたが、かけ直されたことにより再度マナを削る効果が追加される。
「【戻れ】!」
すぐさま騎士は、自らのモンスター達を一旦退き戻す。
(ヴァルキリーの一撃では召喚師は死なない、それはわかってる……)
マナヤの教本により、数字でそれも把握できている。
精神獣与をかけておいたため、『ドMP』とやらでマナを回復されてしまうこともない。
咳き込みながら、腹から血を流している敵召喚師が起き上がろうとしてきた。
「……ディロン様!」
騎士は、空を仰いで呼び掛ける。
直後、空中から黒い槍が降ってきた。
「がふ……っ」
黒魔導師の攻撃魔法、『シャドウパルチザン』。
ヴァルキリーの攻撃で既に弱っていた敵召喚師は、その一撃で絶命してしまう。
「……【待て】」
モンスターを待機させ、周囲の警戒にあたらせる。
騎士は地に倒れ伏したその召喚師を見下ろし、痛む胸を押さえた。
(自分と同じ、召喚師……)
騎士自身とて、これまで他の騎士達から冷遇されてきた身だ。
普通の召喚師よりは召喚獣の扱いがずっと巧かったため、なんとか王国直属騎士団の本隊に入団が許可された。その肩書があったから、そして王都の仲間たちは自分に対して普通に接してくれる者達ばかりだったから、彼は立ち直れた。
しかし、もし自分が騎士団に拾われなければ。
故郷で並の召喚師としてずっと腐っていたとしたら。
自分も、召喚師解放同盟に賛同していたかもしれない。
ここに倒れ伏していたのは、自分であったかもしれない。
(その上、肝心な罪はディロン様に押し付けてしまった)
もう一度、天を仰ぐ。
ディロンにトドメを任せたのは、そう命じられていたからではある。
召喚師が人殺しを経験することは、危険な事であるからと。心に余裕を持ちにくい者が、『流血の純潔』を汚すべきではないと言われたからだ。
(……マナヤさんの様子を見れば、苦しいものであるということはわかる)
マナヤと模擬戦をする際、戦闘中の彼は鬼気迫る表情をしていた。
自分の召喚獣が押し負けた時、本当に彼に殺されるのではないか。それほど、本物の殺意をひしひしと感じるものだった。
そして模擬戦の後、彼は必ずそんな自分を嫌悪しているような表情を見せていた。
(しかし、我々だけ責任を果たせていないようにも感じてしまう)
共にこの集落へと出撃した仲間たち。召喚師ではない騎士達は、自ら召喚師解放同盟の者達に手をかけているという。
自分達召喚師だけ、肝心なところを他者に押し付けてしまっている。それも、彼にとっては罪悪感の種だった。
(いかんな、こんな考え事は後だ)
すぐに頭を振って、周囲への警戒に戻った。
罪悪感など、いつでも浸れる。今は、集落を救うことに専念するべきだ。
「【行け】」
と、召喚獣を周囲の索敵に駆り出そうとして、騎士は気づく。
(モンスターも、反応していない)
突撃命令を下しても、彼のヴァルキリーも狼機K-9も動こうとしない。この辺りには、もう敵が居ないのだろうか。
耳を澄ませてみれば、先ほどまでしていた仲間たちの交戦音も聞こえなくなっている。
その時。
「な、なんだ!?」
突然、集落の表からとんでもない爆発と閃光が放たれた。
こちらにまである程度の風圧が届いてくる。腕で頭を庇いながら、閃光が止むのを待ってそちらへ目を凝らした。
「……まさか!」
ディロン達やマナヤが戦っているはずの場所。彼らに、何かあったのだろうか。
慌ててそちらへ駆けだそうとして――
〈問題ない。今のは、マナヤとアシュリーの攻撃だ。ダグロンを仕留めた〉
「ディロン様!」
頭の中に声が響いてくる。
ディロンの『共鳴』による能力だ。今の爆発は、マナヤ達によるものだったらしい。ほっと息を吐く。
〈各自、周囲に敵が残っていないか確認せよ。被害を出さぬよう……弓術士と、召喚獣を軸に……して……〉
「ディロン様!?」
しかし、思念を伝えてくるディロンの言葉が、弱々しくなっていく。
〈少し……力を、使いすぎた……後を、頼む〉
相当に無茶をしていたようだ。
その指令を最後に、ディロンの思念が途絶えた。
それに伴い、今までずっと上がっていた橙色の救難信号もフッと消える。月明りと、かすかに届く集落のかがり火だけが頼りの、暗い夜空へと変わっていった。
ディロンを支えに行くべきか。
しかし、彼は周囲の索敵を命じていた。大方の敵は倒したはずだが、まだどこかに潜んでいないとも限らない。
(ディロン様の元へ行ったとて、私にできることはない。ならば、役目をこなそう)
後ろ髪を引かれる思いながら、騎士は索敵に便利な下級の飛行モンスター『レイヴン』を召喚し、周囲の探索に回した。
***
水浸しのマナヤとアシュリーが、互いの体を支え合いながらダグロンの遺体へと目を向けている。
二人がいつも通り寄り添い合っていて、シャラはどこか感慨深くなりながらそれを見つめた。
「終わった、んだな」
「ええ」
二人が、そうつぶやく。
マナヤもアシュリーも、体をふらつかせていた。『共鳴』の影響だろうか、かなりしんどそうに見える。寄りかかりあうような形で、なんとかダグロンの元へと歩き出していた。
そんな仲睦まじい二人の様子に、見惚れていたシャラだったが。
――ドウッ
「な、なんだ!?」
急に北東から音がした。マナヤが驚きの声を上げている。
救難信号の音かとも思ったが、少し違う。もっと鋭く、何かが飛来するような音だ。シャラも、思わず身がすくむ。
「マナヤ、あれ!」
アシュリーがなんとか上空へと指さしている。その先には、夜空に光る流れ星のようなものが飛んでいた。
しかし、その光はどこか禍々しくも感じる。
「……あの時の感じと、同じか?」
ぽつりと、マナヤが呟いていた。
何のことだろう、とシャラが考えている間に、その気味悪い流れ星は南西の方角へと去っていった。
「……」
マナヤとアシュリーと顔を見合わせ、表情を曇らせる。
「……あっ、マナヤさん! アシュリーさん! 大丈夫ですか!」
ようやく我に返ったシャラが、慌てて二人を支えようと駆け寄る。先ほど水に飛び込んでいたため、濡れて重い服が煩わしい。
「あ、ああ……ありがとよ、シャラ」
「良いタイミングの援護、ありがとね。シャラ」
互いに支え合いながら、シャラに笑顔を向ける二人。
それを見て、シャラもほおっと安堵の息を吐いた。
「……う」
と、後ろからうめき声が聞こえてくる。
振り返ると、同じくローブまで水浸しになっているディロンとテナイアが膝をついていた。こちらも、共鳴の光が消えている。
「ディロンさん!? テナイアさん!」
「も、申し訳、ありません……力を、使いすぎました」
慌ててシャラが駆け寄ると、テナイアが額に汗を滲ませながらなんとか顔を上げる。もはや二人とも、体を地面に投げ出してしまっていた。
「ま、マナ切れですか? 今、『魔力の御守』を――」
「構、うな……もはや、マナの、問題ではない……」
ついに頭を上げることすらできなくなったディロンが、そう呟いて気を失った。
シャラも、聞いたことがある。何度もマナ枯渇を起こすと、体に負担がかかる。
黒魔導師と白魔導師はマナの回復力が高い方なので、マナ枯渇には耐性がある方だ。しかし、それでも無理をしすぎたのだろう。シャラも、先ほどまで何度も『魔力の御守』を『キャスティング』投擲し二人のマナを回復させ続けてきた。
共鳴自体にもマナを消耗するのかは、シャラには見当がつかない。だが、負担が加わったことには変わりないようだ。
「う、ぐ……くそ、俺も、もう……」
「し、しっかりマナヤ……でも、あたしも……」
と、振り返ればマナヤとアシュリーも、体を支え合いつつもずるずると倒れ込んでいってしまった。
やはり、共鳴の反動もあったのだろうか。
「マナヤさん! アシュリーさん!?」
「ご、めん、シャラ……あと、お願い、ね……」
なんとか、最後の力を振り絞るようにアシュリーが呟き、倒れる。
そうして、二人して折り重なって寝息を立ててしまった。
「……どうしよう」
眠りこけてしまった四人を代わる代わる見つめながら、シャラは一人途方に暮れる。
できれば、せめて集落内へ運んでやりたい。シャラ自身もだが、四人とも水に飛び込んだのでずぶ濡れだ。この時期では、いつ風邪をひいてもおかしくない。
「――シャラさん! えっ、マナヤさん、みなさん!?」
と、そこへ南側の森から聞き覚えのある女性の声。
そちらへ目を向けると、豊かな緑髪の女性が木々の奥から駆け寄ってくる。
「パトリシアさん!」
「えっ……しゃ、シャラさん、これは!? マナヤさん達、まさか……!」
倒れ込んでいる四人を見て、パトリシアは血の気が引いたようだ。慌てて安心させるように語り掛ける。
「だ、大丈夫です。疲れて眠っているだけですから」
「そ、そう……戦いは終わった、の?」
「はい。その、パトリシアさん。手伝って頂けませんか。せめて、みんなを集落の中へ」
シャラは集落の方へと目をやる。
倒れている四人とシャラ達と、集落の間。そこには先ほどまでシャラ達も潜っていた、水の溜まった地割れがある。そこをなんとか越えて、集落まで倒れた四人を運ばねばならない。
「わ、わかったわ。けど……どうしようシャラさん、モンスターに乗せて運ぶ?」
「それもいいですけど……多分、こっちの方が早いと思います」
そう言ってシャラは、鞄から六人分の錬金装飾を取り出す。それを、頭上にいっぺんに放った。
「【キャスティング】」
――【妖精の羽衣】!
シャラ、パトリシア、そして倒れている四人それぞれの首元に、翅を象ったチャームがついた錬金装飾が装着される。
すると、全員の体がふわりと地面から少し浮き上がった。シャラとパトリシアも、地面から少し足が浮く。
「わっ、と……あ、そっか。来た時のコレね」
一瞬バランスを崩しかけたパトリシアだが、すぐに体勢を立て直す。
この集落を探すために山を歩き回っていた時にも、体力の消耗を避けるためにこれを装着したことがあったはずだ。
「パトリシアさん。このまま、皆さんを押して集落まで運んでいきましょう。水の上も越えられますから」
「うん……」
シャラが指示すると、パトリシアは沈んだ表情ながらおずおずと動き出す。
「パトリシアさん?」
「……ねえ、シャラさん」
パトリシアの視線は、折り重なって眠っているマナヤとアシュリーに注がれていた。
「あなたの、言う通り……アシュリーさんは、戻ってきたのね」
「……はい」
「わたし、アシュリーさんは、戻ってこないと思ってた。……父親の仇を、許すはずが無いって」
そう言って、アシュリーの体をそっと押し運びながら俯くパトリシア。
おそらく彼女は、自分の父親を思い出しているのだろう。確か、ブライトンに殺されてしまったとパトリシアから聞いたことがある。
「それでも、アシュリーさんは……帰ってきたんだ。マナヤさんの、ために」
「……はい。ただパトリシアさん、アシュリーさんはあなたとは状況が違いました」
「そう、なんだろうけど」
ぱた、とパトリシアの頬から雫が滴り落ちる。
そう、状況が違った。
パトリシアの父親は、何の罪もないのにブライトンに殺された。パトリシアがブライトンを憎むのは当然だ。
対してアシュリーは、父親が大罪人であり、しかも会ったことすらない。
「わたしは……知らなかった。アシュリーさんがそんなに、マナヤさんのこと、信じてたなんて。父親を殺した人も、許せる人だなんて」
「……」
「マナヤさんが、好きになる、はずよね……」
シャラはかける言葉が見つからず、自らも俯いてディロン達を押し運んだ。
水の上を、渡る時。
何度も、水面に雫が滴り落ちる音がしていた。




