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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第一章 召喚師の降臨と錬金術師の献身
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18話 違和感と敗北感

「……ん、美味しい!」


 テオの家の中。

 彼は、両親とシャラが用意してくれた夕食に舌鼓を打っていた。


 どうやらテオの体を使っていた『マナヤ』という人物は、今日はまだ夕食を摂っていなかったらしい。感動的な求婚が成立した直後、テオのお腹がぐぅ、と場違いに大きな音を鳴らし、彼は赤面。

 けれでもその場に居た一同が破顔し、家に戻って改めてテオの夕食を用意してくれたのだ。


「テオ、おかわりもあるから」

「んぐ……ありがとう、シャラ!」


 シャラが満面の笑みで、テオに言葉をかけてくる。口の中のものを飲み下し明るく返事をするテオ。

 そんな、テオが成人の儀を受ける前までは当たり前だった光景。それを今また見ることができて、スコットとサマーも思わず涙ぐんでしまう。

 次の料理を盛りつけながら、シャラも嬉し涙が零れ落ちそうな目元を指でふき取った。


 テオは成人の儀の後、『間引き』などで出動するとき以外は、ほとんど召喚師用の宿舎に篭っていた。

 食事はシャラが毎日のように手提げに入れて持ってきてくれていた、冷めた料理を食べるくらいだったので、温かい手料理を食べるのは実に二年ぶりだ。

 懐かしさに目尻から涙を浮かべつつ、はふはふと料理を頬張っていた。


「そ、そうだ、シャラ!」

「どうしたの? テオ」


 そこで思い出したテオは、すぐにシャラに呼び掛ける。


「その……ごめんね。ありがとう、いつも、ご飯とか、持ってきてくれてたよね」

「……! ううん……いいの、いいんだよ、テオ」


 涙声になりかかって答えるシャラ。

 そう。テオに割り当てられた宿舎に篭りっきりだった自分に、毎日その日の食事や着替えなどを持ってきてくれたシャラ。テオはずっと頑なに彼女に顔を見せようとしなかったのに、それでも毎日諦めずに通い詰めてきてくれた。

 本当に、頭が上がらない。


(それに……この、ピナの葉の香ばしさ。本当に、懐かしい)


 ――あれ?


 と、ふと自分が今しがた抱いた感想に、首を傾げるテオ。


 どうしてピナの葉の香りを、そんなに懐かしいと思ったのか。

 シャラが宿舎に毎日持ってきてくれた料理にも、ピナの葉を使った料理はいくつもあったはずだ。事実、テオ自身の一昨日の記憶――テオの中では「スタンピードの前日」の記憶――でも、テオはピナの香辛料が入ったエタリアを食べていたはず。

 それなのにどうしてこんな長い間、食べていなかったかのような感想を抱いたのだろう。


「……そういえば、『マナヤ』って一体どのくらい僕の中に居たの?」


 テオは家族とシャラに疑問をぶつけてみる。

 マナヤがテオの体を長い事占拠していたため、意識の無かった自分(テオ)はピナの葉の料理を食べていなかったせいなのか。そう思い至ったためだ。


「そう、だな……丁度スタンピードの日からだから、当日と今日も含めれば十七日間か」

「十七日!? 半月も、僕は別人だったの!?」


 つまり、あのスタンピードが起こったのも半月前ということになる。


「そうだ、あのスタンピード……死んだ人とかは、出なかった?」


 件の『マナヤ』がそのスタンピードを収めたとは聞いたが、実際に被害はどの程度食い止められたのか。あの凄惨な光景を覚えている身としては、他の犠牲者がどうなってしまったのかはどうしても気にかかる。


 すると、父はふっと意味深な笑みを浮かべながら答えた。


「大丈夫だ、重傷者は多かったが、死人は居ない。……マナヤ君のおかげで、な」

「そういえば、マナヤさんも最初に訊いてきてたわね。死者は出なかったのか、って」


 母もそう言葉を紡ぎながら、父と揃って少し表情が暗くなった。


「……父さん? 母さん? どうしたの?」

「……いや。マナヤ君がどうなったのかも、少し気になってな」

「テオが帰ってきてくれたのは、嬉しいけど……マナヤさんのことも、気になるわ」


 と、少し寂しげな顔をする両親。


 テオには、よくわからなかった。

 あのスタンピードをどうにかして収めてくれたのが『マナヤ』という事には、感謝している。多分あの凄惨なスタンピードをどうにかするために、神様が遣わしてくれたのかもしれない。

 でも使命を果たして帰ったのであれば、それ以上気兼ねする必要があるだろうか。

 そもそも『マナヤ』がどのような人物だったのか、テオにはわからない。


「――テオ」


 と、そこへシャラがテオの手に自分の手を重ねてきた。


「大丈夫。……テオが帰ってきてくれた。私は、それでいい」


 こてん、とシャラがテオの肩に頭を乗せてきて、テオはドギマギしてしまう。


「……そうだな。マナヤ君には改めて感謝をしたかったが、今は……」

「今は、テオが帰ってきてくれたのを、祝いましょう。シャラちゃんとの結婚も、ね」


 と、父と母も互いに寄り添いながら幸せそうに笑いかけてきた。


「も、もう、スコットさん、サマーさん……」


 シャラとの結婚、という言葉でシャラが照れてしまう。


 テオも自身の頬が紅潮していくのがわかったけれど、今は。

 家族と、シャラと、もう一度このように楽しく笑える時間を取り戻せて。

 あの凄惨なスタンピードが無かったことになってくれて。


 テオは、本当に久しぶりに心から笑うことができた。



 ***



 次の日の朝。

 テオは、いまだセメイト村に駐屯している騎士隊の隊長に報告しに行くことになった。


 もちろん『マナヤ』が居なくなったことについてだ。

 話によると、『マナヤ』は召喚師として『間引き』に同行していたのみならず、召喚師用の集会場で召喚師達の戦術指導も行っていたらしい。なので、『マナヤ』が居なくなったということは指導も無くなるということだ。


「……『マナヤ』が、居なくなった?」

「は、はい。そうみたいです……」


 シャラを伴って、テオがノーラン隊長と面会して報告していた。

 居なくなった、とは言うがテオ自身はそもそも自分が『マナヤ』であったことも全く覚えていないし自覚がないので、不確定な返事をするしかなかった。


「何故また、突然?」

「わ、わかりません」

「あの、ノーラン隊長。テオには、マナヤさんが居た時の意識が無かったみたいなんです」


 見かねたシャラが助け舟を出してくれた。

 実際、本人だったとはいえ全く自覚が無いテオよりも、シャラの方が状況を良く理解しているかもしれない。


 ノーラン隊長はこめかみを指で押さえて唸った。


「来るのが突然なら、去るのも突然か。まったく、()()の良いことだな」


 何故か自分が責められているような気分になって、縮こまってしまうテオ。


「……それで? 召喚師への指導も、もう出来ない、と言いたいのだな?」

「無理……だと思います」


 実際、テオにはマナヤが何をどのように指導していたのか全くわからない。


「……昨日、召喚師達と揉め事があったのは聞いている」

「……」

「整合性を取るために、『異世界に帰った』とでも主張したいのかね?」

「そっ! そんな、つもりは……!」


 言いながら声が小さくなってしまうテオ。

 実際の所、『マナヤ』とやらがなぜ急に居なくなってしまったのか全くわからないからだ。


 しばしテオを睨みつけていたノーラン隊長だが、ふん、と息を吐く。


「……いずれにせよ、今さら『間引き』を辞めるわけにもいかん。テオ君、で良いのだな?」

「は、はい」

「君もセメイト村所属の召喚師なのだろう? 今後も、間引きには参加してもらうぞ」

「も、もちろんです」

「ならば良い。……召喚師達への報告は、君自身が行きたまえ。せめて当人に行って貰った方が、多少は説得力があろう?」

「了解、しました」

「ただし、君を含め召喚師達は引き続き監視させてもらう。一応の『成果』は聞いているが、これまで『君』が行った指導が正しいものであるか、まだ証明はされきっておらんのだからな」

「……わかりました」

「うむ」


 そう(うなず)いて、ノーラン隊長は掌を翻す。「退室してよし」の合図だ。

 テオとシャラは左胸に掌を当てて一例し、部屋を出た。



 ***



「その、シャラ、ごめんね。ついて来てもらって」

「大丈夫だよ。テオだって自分じゃあよくわからないでしょ?」


 集会場へと向かいながら、テオはシャラに謝った。

 隊長へ報告するにあたって、テオ一人で行くつもりではあった。だがシャラが自分もついて行くと言ってきた。まだシャラの方が状況をわかっているだろう、と。

 実際ノーラン隊長の顔すらもテオにはわからなかったので、ありがたいことこの上なかった。……ノーラン隊長の言い口に、どこか「棘」のようなものを感じるのは心苦しかったが。


(……それにしても)


 テオは辺りを見回しながら、ふと違和感を覚えた。


 何か、この村の雰囲気に『慣れない』感覚に囚われた。いつもはこうじゃなかった、というような、けれどそこにあるのは自分が良く見知っているはずの村。なのに、どこか『こうじゃなかったはず』というような不思議な違和感。その正体が掴めなくて落ち着かない。


(……あ、もしかして、村人たちかな……?)


 以前ならば、召喚師である自分が通りを歩いていたら怖れや嫌悪の視線をよく感じていたものだ。だからこそテオは必要のない時には出歩かないようにしていた。

 村人がモンスターを操るクラスである召喚師に対して抱く思いは、よくわかっていたからだ。


 にも関わらず今こうやってテオが出歩いていても、負の視線はほとんど感じない。それどころか何か親しみのような視線を感じるくらいだ。


「……言ったでしょ? テオ」


 そんなテオの様子に気づいたのか、笑顔のシャラがテオの顔を覗き込んでくる。


「もう、召喚師だからってテオを避けるような人は、居ないんだよ」

「本当、なんだね」


 テオは心底ほっとしていた。

 シャラが召喚師であるテオを連れて歩いていたら、シャラにまで迷惑がかかってしまうのではないかと恐れていた。ましてや、結婚するなど。

 それが取り越し苦労であるということに、ようやく実感が持てた。


「あ……マナヤ!!」


 集会場への道のりで突然、赤毛のサイドテールを垂らした女性がテオに駆け寄ってきた。


「マナヤ、ごめんね! あたし、あんたの気持ち、全然考えてなくて……!」

「え、えっと?」

「だから――あ、あれ? マナヤ、よね?」


 唐突にやって来られては身に覚えの無いことで謝られ、混乱するテオ。

 そして赤毛の女性……アシュリーは、テオの顔を覗き込みながら、疑惑に顔をゆがめた。


「えと、剣士のアシュリーさん、ですよね?」

「……ど、どうしたのマナヤ? そんな、喋り方……」


 アシュリーの声が震えているのが、テオにもわかった。


「……アシュリーさん」


 そこへ、シャラが彼女に声をかけた。


「もう、マナヤさんは居なくなりました」

「――え」


 凛とした表情でシャラがそう告げると、アシュリーの表情が凍り付く。


「それ、じゃあ……」

「彼は、テオ、です。テオが、戻ってきてくれたんです」



「――っ」



 シャラがそう告げた瞬間。

 アシュリーが、一瞬歯ぎしりをしたように見えた。けれども。


「……そう」


 顔をやや俯かせて、そうぽつりと呟くと。

 アシュリーはそのまま、テオとシャラの二人とすれ違うように、ゆっくりとその場を去っていった。


「あ、アシュリーさん……」

「……行こう、テオ」


 彼女を目で追うテオだったが、シャラに手を引かれる。

 テオにはなんとなくわかった。アシュリーが、泣きそうになっていると。


(アシュリーさん、もしかして……)


 彼女は、『マナヤ』と親しかったのかもしれない。

 その彼が唐突に居なくなってしまって、寂しがっているのだろうか。

 彼女と『マナヤ』の間で……何かがあって、それで後悔しているのではないか。


 なぜなら。

 先ほど、一瞬歯ぎしりした時には怒りのような感情を感じたのだが。

 その後の、寂しそうな顔。

 テオには……『()()()()()()()()()()()()』のように見えた。

 ……かつて、テオ自身にも身に覚えがあったから。


 後ろ髪を引かれる思いで、テオはシャラについていった。



 ***



 久々に来た、召喚師用の集会場。

 召喚師としてセメイト村に戻ってきた時にも一度案内された。けれど当時も特に中を見せられるでもなく、その後にも結局使うことも無かった。

 ましてや、中に入るなどテオには初めてのことだ。


「……失礼します」


 がちゃり、と扉を開けて中に入る。すると。


「……あ、マナヤ、さん」


 女性の声が聞こえて、中の者たちからの視線がテオに集中する。


「――え?」


 そんな召喚師達の『表情』に、テオは驚く。


(この人たち……こんなに、明るい表情をする人たちだったのか……)


 以前顔合わせをした時には、とても暗い顔をしていた。

 この先の人生に絶望したような、澱んだ目。

 ……かつて、テオ自身がしていたような目。


 なのに、この様子はどうだ。

 やや戸惑い気味ではあるが、これからに希望を持ったような、力強い目。

 自信をもって、自分の職務に崇高な誇りを抱いているかのような目。


 テオは、まるで自分が別の世界にでも来てしまったかのような気分を味わった。


「マナヤさん……」


 そんな中、神妙な表情でテオへと向かってくる男性がいた。


「……あの、すみません。僕は……『マナヤ』じゃないんです」



 ***



「マナヤさんが……居なくなった……」


 テオから真実を告げられた召喚師達は、一同揃って沈んでいた。

 恐らく『異世界からやってきた』ということを事前に聞かされていたのだろう。だからアシュリー同様、『居なくなった』ということの意味がすぐにわかったのだ。


「――俺のせいだッ! 俺が、帰ればいいだなんて言ったから……ッ!!」


 ダァン、と机を力いっぱい拳で叩きながら、若い召喚師の男性が自らを責める。


「カルさん落ち着いて! あなたのせいじゃありませんよ!」

「俺のせいだろ!! だって、そうじゃなきゃこのタイミングで……!」

「か、カルさん……」


 そんな彼を、必死に慰めようとする緑髪の女性。

 他の召喚師達も、皆一様に俯いて落ち込んでいる。


「……」


 テオは、どうにも自分がここに居ることがいたたまれなくなった。

 まるで、()()()()()()()()()()と言われている気がして。


「――みんな、落ち着くんだ」


 そんな中、セメイト村の召喚師を纏めている中年の召喚師、ジュダが凛とした声を発した。


「マナヤ君が帰ってしまった。これはもう、どうしようも無いことだ」


 その発言に皆が俯く。


「……我々は、我々にできることをしよう。彼がしてくれた指導や討論……あれが無駄ではなかったことは、証明されたはずだ」


 続くジュダの言葉に、皆がはっと顔を上げる。


「そう、だな。せめて、しっかりと自分を磨くか」

「せっかく、村の人達からも評価されるようになってきたんですから」

「私達が沈んでいても仕方がないんだからな」


 各々が、少しずつやる気を取り戻していった。


(そうか……マナヤさんが、彼の指導が、この人たちを引っ張ってきていたんだ)


 彼らはもうテオが知っていたような、最低限の責務さえこなせば良いと思っていた召喚師達ではない。

 彼に……『マナヤ』によって生きる道を与えられ、生まれ変わった人たち。

 彼は、あれほど暗かった召喚師の皆を、こんなにも前向きでいられるように育てられる人だったのか。


(きっと……僕がシャラと、気兼ねなく結ばれる土台を、作ってくれたのも)


 テオは自分の胸の中に何か、しこりを感じたような気がした。

 きゅ、と口を引き結ぶ。


「……あの」


 勇気を出し、テオは目の前の召喚師達に告げる。


「僕にも、教えてもらえませんか。……マナヤ、さんが、やっていた指導を」

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