179話 山奥の集落戦 魂の雫
私用で投稿が遅れました、申し訳ありません。
マナヤとアシュリーの全身から、虹色の光が溢れる。
二人とも、すぐにわかった。この能力が、一体どんな効果を持つのか。
特に、今の状態のアシュリーはすぐに実感できたはずだ。
二人してそっと不敵な笑みを交わし合うや否や、マナヤはくるりと鎚機SLOG-333へと走り出す。
「なにを――」
無防備に鎚機SLOG-333へと突っ込もうとするマナヤの行動に眉を潜めるダグロンだったが……
「【ペンタクル・ラクシャーサ】!」
「なに!?」
いきなりアシュリーが剣を振るった。
近距離からいきなり放たれた大技に、ダグロンが目を剥く。
逆V字状に放たれたその衝撃波が、綺麗にマナヤとダグロンを避けて彼の背後へと抜けていく。
しかし、ダグロンの両脇にいる最上級モンスターは適確に撃ち抜いていた。
鎚機SLOG-333とダーク・ヤングは、共に体が半壊した状態でフラつく。
地面をも削ぎながら走り抜けた衝撃波は、土煙を上げながら拡散。
「なっ!?」
「うわっ!」
周囲の敵召喚師達が出した召喚獣を撃ち抜き、あちこちへと土煙を広げていく。
「【サンダードラゴン】召喚!」
土煙に紛れて、マナヤは青い鱗を持った巨大な飛竜、最上級モンスター『サンダードラゴン』を召喚。
飛行モンスターは、召喚された直後は目の前にいる敵を高速で攻撃しに行く習性がある。
そして今、彼の真正面にいるのは、ダグロンの鎚機SLOG-333。
「ちっ! 【電撃防御】!」
慌ててダグロンは、土煙で視界が塞がれながらも鎚機SLOG-333がいるはずの位置目掛けて電撃防御を使用。
狙いはたがわず、電撃を防ぐ水色の光膜が鎚機SLOG-333を守る。
「狙い通りだ! 【送還】」
が、マナヤは惜しげも無く即座にサンダードラゴンを送還した。
出したばかりの雷竜が、すぐにその姿を消す。
「シャラ、アシュリー、横に跳べ!」
そう叫ぶと、マナヤは自らも側面へと跳ぶ。
シャラ、アシュリーはそれぞれ左右へ散開するように飛び退いた。
ダグロンと、彼の両脇で満身創痍の最上級モンスター二体、その正面が空く。
その、ダグロンの正面にあるのは……水が溜まった亀裂。
「【行け】!!」
と、マナヤがそこで命令を下した。その瞬間――
――ズオオオオオオオッ
水面に浮上してきていた、マナヤのシャドウサーペントが闇撃ブレスを放つ。
「うおおおおッ!?」
ダグロンは、両脇の最上級モンスター二体もろともブレスに呑み込まれた。
ダグロン自身は、黒い瘴気によって守られて影響はない。
が、既に手傷を負っていたダーク・ヤングは闇撃のブレスを受けて消し飛ぶ。
そして、本来ならば闇撃は受け付けない金属製である鎚機SLOG-333。
先ほどダグロンがかけた『電撃防御』の影響で、逆属性である闇撃耐性が失われていた。
ゆえにこちらも、闇撃ブレスによってひとたまりもなく砕け散る。
「【封印】! 【戻れ】!」
マナヤは、ダーク・ヤングを優先的に封印。
そしてシャドウサーペントの攻撃を一旦辞めさせる。シャラらの安全のためだ。
「く、【封印】」
「――【封印】」
残った鎚機SLOG-333を封印しようとしたダグロンだが、奥から響いてきた声がそれを遮る。
森の奥に隠れていたヴァスケスが、先にそちらを封印したのだ。
「ヴァスケス殿! 貴方はッ……!」
「貴様はここで終わりだ、ダグロン」
鼻を鳴らしたヴァスケスは、再び木々の奥へと姿を消す。
忌々しげに舌打ちしたヴァスケスは、そちらへ手をかざす。
「関係ありません! 【フレアドラゴン】召喚!」
巨大な召喚紋が出現し、真紅の鱗を持つ火竜が地響きを上げて出現。
「【時流加速】!」
さらに加速魔法をかけ、ダグロンが呼んだフレアドラゴンの動きが倍速化。
火竜が口に大量の炎を溜め、ヴァスケスが消えた先へと口を開く。
木々の奥に消えたヴァスケスを、森ごと焼き払うつもりだ。
「【ライジング・ラクシャーサ】!」
そこへ、アシュリーが飛び込むように割って入る。
フレアドラゴンの鼻先へと移動し、即座に正面から衝撃波を叩き込んだ。
「なっ!?」
つい先ほど、大技を使ったばかりのはずのアシュリーが、さらに別の大技を。
驚愕するダグロンの目の前に、衝撃波に押されたフレアドラゴンの巨体が迫ってくる。
「ぐっ!」
自身が出した火竜の巨体に弾き飛ばされ、後方へと押しやられるダグロン。
が、その時にはすでに火竜がその顎を開き、業火のブレスをアシュリーに浴びせんとしていた。
「【サンダードラゴン】召喚! 【時流加速】!」
「バカな!?」
続けさまに、マナヤは再びサンダードラゴンを召喚。
突然出現した雷竜が、時流加速によって加速。
一瞬で攻撃準備を終え、閃光と共に稲妻を吐く。
轟雷に打ち据えられ、フレアドラゴンが苦悶しつつ動きを止めた。
サンダードラゴンの雷ブレスは、電撃獣与と同じく『感電』効果を伴う。火竜は、まさにブレスを吐かんとした状態で一瞬動きを止める。
「【ライジング・ラクシャーサ】!!」
そこへ、アシュリーのさらなる追撃。
ディロンらの付与魔法がついていないとはいえ、ライジング・ラクシャーサの二連撃。
耐えきれずフレアドラゴンは吹き飛ばされ、その巨体が粒子となって消える。
「――【封印】」
それを、陰に潜んでいたヴァスケスが封印した。
歯ぎしりしつつも、ダグロンはアシュリーへと向き直った。
「な……そ、そこの女! なぜそれほど大技を連発できるのです!?」
ダグロンが目を血走らせながら喚いた。
先ほども、ペンタクル・ラクシャーサという大技を使ったばかりのアシュリー。先ほどは一発撃っただけで脱力していた彼女が、今はピンピンしている上に、さらにライジング・ラクシャーサの二連発。
いくらなんでも、マナが保つはずがない。
「さあ?」
だがそれに対し、アシュリーは不敵な笑みを返して見せるばかり。
「おのれ! ならば――」
そこへ、火竜の陰から大きく跳躍し飛び出してくるダグロン。
マナヤのサンダードラゴンを操るべく、視線を向けようとして……
「【送還】」
「!?」
即座にマナヤが、またしても即送還。
視線を上げたダグロンの先に端、サンダードラゴンの姿はもう無かった。
「マ、マナヤ! 貴方も! 今の貴方が、最上級モンスターを二体召喚したのみならず、時流加速までかけることができるはずが!」
今度はマナヤにも食って掛かるダグロン。
確かに召喚師は通常、最上級モンスターを二体召喚すればそれがマナの限界だ。最低でも二十秒はインターバルを置かねば、さらに上位魔法である『時流加速』まで使うマナを確保することはできないはず。
「もう、お前も気づいてんじゃねえのか?」
マナヤの全身は、虹色の光に覆われている。同じような笑みを浮かべていたアシュリーと同じだ。
「まさか……この土壇場で、『共鳴』に目覚めたとでも言うのですか! ディロン殿やテナイア殿のように!」
もはや金切り声に近い叫びで、ダグロンが顔を引き攣らせる。
(これが、俺達の共鳴……魂の雫、か)
マナヤは、ぐんぐん回復していく自らのマナを感じ取っていた。
これが、マナヤとアシュリーの『共鳴』。
通常では考えられない速度で、常時マナが超回復していくというもの。
元から召喚師はマナ回復速度が早い。が、今の二人はそれと比べても段違いの回復力を得ている。
マナを完全に使い切った召喚師は、通常二分弱ほどでマナが全快する。が、今のマナヤならば、全快までわずか十秒ちょっとだ。
そして、アシュリーも全く同じ速度で回復している。それが、マナヤにもなぜかよくわかる。
剣士は、全『クラス』の中でも最もマナ回復速度が遅い。なので、今のマナヤと同等程度でマナ回復しているアシュリーは、充足感がまるで違うだろう。
(俺達の百パーセントを、常に出し続けられる力、か)
だが、まだだ。
自分達の百パーセントは、まだこんなものではない。
「――【プラズマキャノン】、【アストロストライク】」
その間にも、ディロンは虹色の光を発しながら攻撃魔法を撃ちこみ続けていた。
「ぐ、あッ……」
「ぎゃあっ!」
「か、はッ……!」
後方では、その攻撃魔法を受けた召喚師解放同盟の者達が次々と息絶えている。
ランシックが連れてきてくれた援軍のおかげで、こちらの攻撃を割く余裕ができたのだろう。
「【精神獣与】、【リミットブレイク】」
「がッ!?」
ディロンが放った魔法だけではない。
木々の間に隠れているヴァスケスも、彼らにトドメを刺していっている。
「このっ……この私の力を、その程度で越えられるつもりですか! 【ヴァルキリー】【スター・ヴァンパイア】【ショ・ゴス】召喚!」
激昂したダグロンは、一気に三体もの上級モンスターを召喚する。
戦乙女が、星の精が、黒い肉塊が出現し、ダグロンと並んだ。
「受けなさい!」
そして、ダグロン自身も勢いよく地を蹴る。
全身が禍々しい瘴気に覆われた状態で、とんでもない速度でアシュリーへと突っ込んでいった。三体の上級モンスターもそれに付き従う。
「【ライジング・アサルト】」
しかしそれを、アシュリーが上空へ跳び上がる技能で回避。
「甘い! 【ワイアーム】召喚!」
が、召喚師とは思えぬ反応速度でダグロンが上空目掛けて手をかざす。
そこから発生した召喚紋が、翼の生えた蛇のような最上級モンスター『ワイアーム』を呼びだす。
「【ミノタウロス】召喚! 【跳躍爆風】!」
マナヤは瞬時に、伝承系の中級モンスター『ミノタウロス』を召喚。
それを跳躍爆風でアシュリーのもとへと跳ばした。
ワイアームとのすれ違い様に、ミノタウロスは斧を叩きつけていた。
側方から衝撃を受けたワイアームは、空中で強引に軌道を変えられてしまう。
アシュリーを襲ったワイアームの牙は、彼女の横をすり抜けていった。
さらにアシュリーは、はっしとミノタウロスを。
正確には、ミノタウロスが持っている大斧の柄をキャッチ。
「【秩序獣与】、【火炎獣与】、【電撃獣与】!」
マナヤは即座に、ミノタウロスに三つの獣与魔法をかける。
ミノタウロスの斧が、神聖、火炎、電撃の三つを帯びて、その火力を四倍に引き上げる。
そして、明確な『武器』の形態をとっているミノタウロスの『斧』ならば、使える。
アシュリーの、技能の重ね掛けを。
「――【ペンタクル・ラクシャーサ】!!」
その状態で放たれる、アシュリー最大の技。
ミノタウロスの斧から発される変幻自在の衝撃波が、三種の属性を纏い、地上へ迫りくる。
先ほどダグロンが出した、ヴァルキリー、スター・ヴァンパイア、ショ・ゴスの三体を消し飛ばした。
その衝撃波がさらに周囲を呑み込み、森の中を駆け巡る。
まだ生き残っている敵召喚師が出したモンスターを、ピンポイントに粉砕していた。
「――あっ、やべっ」
と、マナヤが思わず周囲を見て声を漏らした。
空中にいるアシュリーも『しまった』という顔をする。
アシュリーが放った衝撃波に沿って、森の木々が引火していた。あのペンタクル・ラクシャーサ自体が、炎と電撃を纏っていたためだろう。
次々と火の手が上がり、集落にもその火の粉が飛んでくる。
「【レヴァレンスシェルター】」
「【スプライト・ミスト】」
が、テナイアの結界魔法により集落へ火が回るのは防がれた。
さらにディロンの冷気魔法が、すぐさま木々の火を鎮火。
「ディロンさん、ありが――」
「甘いッ!」
ほっとして礼を言おうとしたアシュリーのもとに、鋭い声が飛ぶ。
ダグロンが空中のアシュリーを……彼女の手元にある、ミノタウロスを睨んでいた。
(しまった! 送還を――)
気を取られていたマナヤは焦る。
ダグロンに、ミノタウロスの制御を奪われる。すぐ近くにいるアシュリーが危ない。
「アシュリー手放せッ!」
すぐさまアシュリーへ手放すように命じる。
「はあっ!」
アシュリーは即座に、ミノタウロスを斧ごと放り出しダグロンへと投げつけた。
「フン……」
斧がダグロンに直撃するが、黒い瘴気に阻まれ金属音を立てて弾かれる。
地面に突っ込んだミノタウロスは、ダグロンの傍らでむくりと起き上がった。
にやりと、ダグロンが笑みを浮かべる。ミノタウロスの斧には、まだ三種の獣与魔法が生きている。
(ちっ、だがミノタウロスくらいなら!)
凡ミスを嘆くマナヤだが、すぐに気持ちを入れ替える。
中級モンスターのミノタウロス程度なら、奪われてもさほど痛手ではない。
「せっかくです、このミノタウロスを使って――」
――ズドンッ
が、卑しい笑みを浮かべたダグロンの言葉は、重い一撃で中断される。
「な、なに!? なぜ!」
ダグロンが、自らの頭に振ってきた斧を見て驚愕していた。
制御を奪ったはずのミノタウロスが、すぐ近くのダグロンに攻撃したのだ。
攻撃自体は黒い瘴気に阻まれたが、ダグロンは戸惑いを隠せない。
「――【精神獣与】【時流加速】!」
とっさにマナヤは、ミノタウロスの斧に精神攻撃力を付与。さらにその動きを加速させた。
一気に速度を増したミノタウロスの第二撃は、黒い稲妻を纏う。
「くっ!?」
斧がダグロンにまとわりつく瘴気にぶつかった。
ぼしゅ、と音を立てて瘴気が揺らぐ。
(な、なんだ!? 引っかけのつもりか!?)
思わずダグロンに唯一利く『精神攻撃』を付与したのだが、この展開にマナヤも戸惑いっぱなしだ。
ダグロンにミノタウロスを見つめられた。にも拘らず、ミノタウロスは相変わらずマナヤの支配下にある。こちらを油断させるダグロンの罠だろうか。
――ううん、この人、本当に戸惑ってる。
(テオ?)
――引っかけのつもり、って感じじゃない。多分、本当にミノタウロスのコントロールを奪えないんだ。
そこへ、テオの意識が助言してきた。
まるでウソ発見器のように、ダグロンの表情から本心を見抜いてくれている。
「――アシュリー、そのままもう一回振るえぇッ!」
「ええ!」
マナヤが声を張り上げる。
ちょうど着地してきたアシュリーが、再びダグロンへ向かって飛び出した。
「ちっ、させな――」
ダグロンは、ミノタウロスの斧を振り払いながらアシュリーを迎撃すべく構えてくる。
「【レイヴン】召喚!」
「くっ!?」
そこへ、目くらましのつもりでマナヤは精霊系の下級モンスター『レイヴン』を召喚した。
カラスのような鳥型のモンスターが、召喚直後で真正面にいるダグロンへと高速で突っ込み、ダグロンの気を逸らす。
「ちっ、この――」
「させない!」
思わず、レイヴンへと視線を向けたダグロン。コントロールを奪おうとしたのだろう。
が、その時には既にアシュリーがミノタウロスの斧の柄を握っていた。
「【バニッシュブロウ】!」
「くっ!?」
神聖な光と黒い稲妻を纏ったミノタウロスの斧が翻る。
アシュリーの、敵を吹き飛ばす技能が乗った大斧は、瘴気を纏ったダグロンを後方へと大きく押しやっていた。
「バニッシュブロウが、効いた?」
「やっぱり、精神攻撃力を付与した召喚獣を武器にすりゃ、通じるのか!」
ミノタウロスの斧を見つめながらつぶやくアシュリーに、マナヤは推測を述べる。
以前、ジェルクという男が使った時もそうだった。
あの、瘴気の触手を纏った状態。この状態だと、精神攻撃以外は攻撃として通用しない。が、精神獣与で精神攻撃力を付与したヴァルキリーの攻撃は効いていた。
そして今のアシュリーの攻撃も、ダグロンを吹き飛ばしている。以前の時は、敵を吹き飛ばす『バニッシュブロウ』で瘴気を纏ったジェルクを吹き飛ばすことはできなかったはず。
「ぐ……な、なぜ!」
そして今、吹き飛ばされたダグロンは、自身の周りにまとわりつくレイヴンを見つめながら毒づいている。
あのレイヴンは、まだマナヤの支配下にあった。
(マジで、召喚獣を奪えなくなってるのか?)
テオが言うには、あれは演技ではないらしい。
となると、急に彼は召喚獣を奪取する能力を失ってしまったのだろうか。
「――この、うっとうしい!」
ついにダグロンは、手刀でレイヴンを貫く。
あっけなく散ったレイヴンは魔紋へと還った。ダグロンはそれを封印せず、マナヤを睨みつけてくる。
「関係ありません! 私にはまだまだ、私自身の召喚獣を自在に操る力がある! 【ドゥルガー】【鎚機SLOG-333】召喚!」
そしてまたしても両手をかざし、二体の最上級モンスターを召喚する。
白虎に跨った、全身甲冑で多腕をもつ女戦士。そして、車輪と三つの鎚を身に着けた金属の塊が姿を現した。




