178話 山奥の集落戦 援軍
〈【次元固化】〉
マナヤは慌てて、一旦シャドウサーペントを固めてから自ら水面へと浮上する。
「ぷはっ……お前、ヴァスケス」
「マナヤか。なるほど、そうやって水に沈みながら戦っていたのだな」
集落内にまだ留まっている橙色の救難信号に照らされ、ヴァスケスがマナヤへとちらりと目線を向ける。
「要領はわかった。ダグロンに召喚獣を視認させずに戦わせれば良いだけか」
それだけ呟き、改めてヴァスケスはダグロンへと向き直る。
(……透明化させたSLOG-333か)
先ほど、アシュリーに襲い掛からんとしたドゥルガーを殴り飛ばしたのは、光学迷彩をかけた鎚機SLOG-333だったようだ。
「ヴァスケス殿、なぜ貴方がここに……いや、そもそも何故貴方が生きているのです!」
「知れたこと。貴様らは私を仕留め損なった、それだけのことだ」
焦りながら問い詰めるダグロンに、ヴァスケスは涼しげに答える。
するとダグロンは目を剥き更に激昂してきた。
「な、ならば何をやっているのです! 我々に歯向かうまでならばまだ良い、しかしマナヤに加勢するなど!」
「マナヤに加勢? 何を言っている。【光学迷彩】」
会話しながら、ヴァスケスは手を横に差し伸べて鎚機SLOG-333に光学迷彩をかけ直す。一瞬姿を見せかけた鎚機SLOG-333が、再びその姿を透明化させた。
(……召喚師解放同盟の内部分裂か?)
二人の口論にそう当たりをつけるマナヤだが、どうもダグロンとヴァスケスの間だけの問題ではないように見える。現に、ダグロンの周囲に残った他の召喚師解放同盟の者達も、ヴァスケスの存在に慄いている。
ヴァスケスはマナヤに……というより、その背後に見える集落の方を見つめながら言った。
「私はこの集落を救いに来た。それだけだ」
「なにを……」
ダグロンの困惑するような声に、今度はヴァスケスが彼を怒気を混じらせながら睨みつけている。
「この集落は我々の要請に従い、マナヤに取り入って奴から教本とやらを我々に送り届けた。彼らは、我々が提示した約束を守った」
「……ッ」
「にも関わらずダグロン、貴様は約束を一方的に反故にし、守るべき召喚師を殺さんとしている」
言葉を詰まらせるダグロンに、ヴァスケスはなおも畳みかける。
「トルーマン様が掲げた召喚師解放同盟は、召喚師を守るための組織だ。ゆえに召喚師を殺すのは、他『クラス』に明確に迎合した者達のみ」
ダグロンへ向ける視線が、より険しくなった。
「貴様は『核』に魂を吸収させるため、連中に挽回の機会を与えようともせずに殺そうとしたのだな。西の町を皆殺しにしたように」
「く……!」
「召喚師のために存在する組織を、貴様は『核』という力に溺れ、私欲のために使った。そのような愚かな輩に、召喚師を救済することなどできるものか!」
鋭い怒気に、ヴァスケスの髪が一瞬逆立ったかのよう錯覚する。
それに気圧されたわけでもないだろうが、顔をしかめたダグロンが手を前に差し出した。
「ふざけたことを! 今度こそ貴方もここで始末して差し上げましょう! 【サンダードラゴン】召喚!」
巨大な召喚紋が現れ、再び青い鱗に覆われた飛竜が姿を現す。
(二体目だと!?)
どうやら、先ほどマナヤが封印したものだけではなかったらしい。サンダードラゴンを二体も持っていたとなると、他の最上級モンスターも一体ずつだけではない可能性が高くなってくる。
が、そこへヴァスケスが即座に動いた。
「【時流加速】、【反重力床】、【電撃獣与】、【行け】!」
透明な鎚機SLOG-333に、一気に三つの補助魔法をかける。
召喚獣を加速させる魔法で、鎚機SLOG-333は召喚されたばかりで低空飛行のサンダードラゴンへ一気に肉薄。反重力床を受けて少し地面から浮いた鎚機SLOG-333が、まだ浮上しきっていないサンダードラゴンを範囲内に補足し、三つの鉄槌を宙に浮かせて構えた。
さらにその三つの鉄槌が飛来すると同時に、電撃を纏う。
――ドガガガッ
電撃を纏った三つの巨大な鉄槌が、低空のサンダードラゴンを捉える。
咆哮を上げて呻いた雷竜が、ぐらりとバランスを崩して墜落した。
「電撃に完全耐性を持っているサンダードラゴンにも、電撃獣与に含まれる『感電』効果だけは有効……マナヤ、貴様の書物から学んだことだ」
落下の衝撃で舞い上がる土埃。
その中で、あてつけるようにマナヤへ視線を向けたヴァスケスがほくそ笑む。
「お、おいヴァスケス! お前、どういうつもりだ!」
「言葉通りだ。マナヤ、今回限りだ。集落の者達を救うために、今回限り力を貸す」
慌てて問い詰めるマナヤに、ヴァスケスは鎚機SLOG-333を操りながらそう宣言する。
カッと頭に血が昇った。
「ふざけんな! 今さらそんな話を信用すると思――」
――待って、マナヤ! この人たぶん本心で言ってるよ!
殺気立つマナヤだが、意識の奥でテオがそれを止めてくる。
(あ!? どういうことだ!?)
――僕達を騙し討ちするつもりで言ってる表情じゃない。この人、本当にダグロンに対して怒ってる。集落の人達を心配してる。
感受性の高いテオが、ヴァスケスの表情から何かを察知したようだ。
「おのれっ、この――」
「遅い」
その間にも、ダグロンはサンダードラゴンを操ってなんとか飛び立たせようととしていた。が、鎚機SLOG-333の攻撃と『感電』効果により、サンダードラゴンは地面から一向に離れられない。
三つの鉄槌に立て続けに殴られ、消滅する雷竜。
「【封印】。……モンスターを直接操作する力に溺れ、囮や治癒魔法を使うことすら忘れるとはな」
サンダードラゴンの魔紋を封印しながら、ダグロンを見下すヴァスケス。
マナヤらの方へと振り向き、こう吐き捨てた。
「マナヤ。この場で共闘したくないならば、それもよかろう。だがお前一人で、私の元同胞達からモンスターを封印しきれるか?」
「この野郎ッ……!」
意固地になるマナヤだが、実のところ封印するのがマナヤ一人では厳しい。
敵は、何度でもモンスターを再封印し、何度も再召喚してきている。マナヤ一人では手が足りない。
ヴァスケスは無表情のまま冷たくマナヤらを見つめた。
「……そういうことだ。集落民が戦闘に参加していない現状、貴様だけでは抑えきれるまい」
「ぐ……」
「心配せずとも、私の父にも等しいトルーマン様を殺した貴様と馴れ合うつもりなどない」
一瞬、こちらにも殺気を向けたヴァスケス。
しかしそれは即座に引っ込み、再び無表情な瞳に戻る。
「私の片腕であるシェラドは、別の場所で集落民の援護に回っている。意固地になる暇があるなら、私より先にダグロンを仕留めてみせろ。……【戻れ】」
と、ヴァスケスは透明な鎚機SLOG-333を引き寄せながら、木々の間へと消えていく。
そろそろまた、光学迷彩の効果が切れる。その切れ際をダグロンに狙われたくないのだろう。
「ヴァスケス殿、私が貴方を逃がすと――」
それを追おうとしたダグロンだったが……
「【ラクシャーサ】!」
「なっ!? 【ヴァルキリー】召喚!」」
それまで黙って警戒していたアシュリーが、行く手を阻むように衝撃波を放つ。
慌ててダグロンは、召喚紋を使ってそれを受け止めた。
「アシュリー! 【隠機HIDEL-2】召喚、【光学迷彩】、【重量軽減】、【跳躍爆風】!」
すぐさまマナヤは、水辺近くに岩の塊のような機械モンスター『隠機HIDEL-2』を召喚。透明化させ、その重量を軽くする魔法をもかけた上で、跳躍爆風で跳ばした。
「ふっ!」
それをうまくキャッチしたアシュリーは、左手でそれを軽々と持ちながら盾として使う。
ヴァルキリーの槍の一撃を、岩の体を持つ隠機HIDEL-2で受け止めた。長槍が深々とそれに食い込むが、貫通はしない。
「……マナヤさん。あの人の言うこと、テオはなんて言っていますか」
そこへ、いつの間にか水面へ浮上してきたシャラが、マナヤへと問いかけてくる。おそらく嘘に敏感なテオの感性に判断を委ねようとしているのだろう。
「……ヴァスケスの奴、本心で言ってる、らしい」
「じゃあ、あの人ではなく『テオを』信じましょう。今の最優先を、ちゃんと考えるべきです」
と、シャラは割り切ったような顔で、ダグロンとアシュリーの戦いを見据えた。
周りにいる召喚師解放同盟の者達が加勢しようとしているが……
「この――なっ!?」
しかし突然、その召喚師が使っていたのであろう『フライング・ポリプ』が衝撃を受けて倒れる。
森奥から、ヴァスケスが鎚機SLOG-333で闇討ちしたようだ。
「【封印】」
「ああっ!」
ヴァスケスの声で、その召喚師の魔紋が封印される。召喚師が嘆きの声を上げた。
ヴァスケスは言葉通り、こちらを援護してくれている。周りの敵召喚師達を抑えている。
その一連の流れを見て、舌打ちしつつもマナヤも気持ちを切り替えた。
「クソッ、しかたねえ! だがよ、ここはともかく、集落全体を抑えきれるのか!? ヴァスケスの仲間とやら一人で!」
集落全体が、召喚師解放同盟の者達で囲まれている。それらがほぼ全員、何度でも再召喚されるモンスターで襲ってきているならば、たった一人でそれをしのぎ切れるだろうか。
「……厳しいな。集落を包囲している者達は、『復活』能力を持つモンスターを使ってきている」
ディロンが虚空を睨みつけて毒づく。その表情には、やはり焦燥が見て取れた。
復活能力を持つということは、おそらく『スカルガード』や『フェニックス』など、倒しても三十秒後に魔紋から復活するタイプのモンスター達だ。そして岩の巨人である『岩機GOL-72』も同じ復活能力を持つ。
召喚師が『封印』をかけない限り、何度倒しても何度でも復活する。ディロンとテナイアでは、復活を阻止する手段が無い。
……が、突然ディロンとテナイアの表情が和らぐ。
「……ああ、そうか。あの方がおられたか」
「相変わらずのようですが、やはりこういう時には頼もしいものです」
と、二人して苦笑していた。
何事かと眉をひそめたマナヤ。
――ゴゴゴゴゴゴ
「な、なんだ!? 地震か!?」
そこへ、突然地鳴りと共に地面が揺れ始める。何か巨大なものが引きずられながら迫ってくるような、そんな感覚。
音が鳴り響いてくるのは森の中、領都がある方角からだ。巨大な何かが、木々をへし折りながら上り坂を強引に登って、こちらへと向かってくるように思える。
(たしか前にも、こんなことが……)
なにか既視感を覚えるマナヤ。
いつだったか、同じようなことがあった気がする。どこかの屋敷の中で、待たされていた時の――
「――ぅおぉぉ待たせしましたああぁぁぁぁーーーー!」
貴族家の応接間で待たされた時と同じ声。
それが、森の奥からものすごいスピードで接近してきた、次の瞬間。
巨大な岩の波が、坂の下から重力に逆らうように躍り出た。
木々を薙ぎ倒しながらマナヤらの目の前へと迫り、直前で急停止。
「はぁーっはっはっは! ワタシの名はランシック・ヴェルノン! 趣味はカオス、特技は援軍派遣する時にも決してネタを忘れないことです!」
防寒具を着込んだランシックが、岩波の上に立って高笑い。
その岩波の先端には、腕を広げた女装姿のランシック石像があった。そのすぐ背後に、普通の男性用防寒具を着込んだランシック本人も立っていて、異様なシュールさを醸している。
「ランシック様。そのような造形に無駄にマナを消耗されませんよう」
「なにをおっしゃいますレヴィラ、コレは立派な風よけですよ! ドレス分で横幅があって、風を止めるのに最適ではありませんか!」
「わざわざ細かい造形にする必要はないと言っているのです。円筒形の風防で良いではありませんか」
「なるほど、そういう考え方もありますね!」
その背後から弓を構えたレヴィラが姿を現し、いつも通りの夫婦漫才を始める。
「――ランシック様!」
そこへ、ディロンが声を張り上げてランシックへと呼び掛ける。
「ディロン殿、そちらでしたか! 騎士団の剣士、弓術士、建築士、黒魔導師、白魔導師、召喚師、各四名ずつの二個小隊、お届けに参りました!」
ランシックがそう宣言すると、岩波の奥からぞろぞろと騎士服を着こんだ騎士達が現れる。
その中には、以前王都の学園でマナヤが教育した、騎士隊の召喚師達も含まれていた。全員が岩の波から地面へと華麗に飛び降りる。
と、そこでどんどん岩の大波がガラガラと崩れていく。
「そしてワタシは、もう何もできません!」
崩れ去った岩波の跡地で、ランシックは突然前のめりにパタリと倒れてしまう。
「ランシック様!?」
「ただのマナ切れです、ご安心を」
テナイアが慌てるが、レヴィラが彼を助け起こしながら冷静に言い放つ。
レヴィラに肩を支えられながら顔を上げたランシックは、脂汗の滲む顔でニカッと明るく笑ってみせた。
「ああ、シャラさん! もしよろしければ、ワタシに『魔力の御守』を――」
「応じる必要はありません、シャラ殿。安全のため、ランシック様には領都へ戻って頂きます」
ランシックの懇願を、レヴィラがぴしゃりと一蹴。シャラがおろおろしながら問いかける。
「あ、あの、よろしいのですかレヴィラさん?」
「ランシック様は本日、既に何度もマナ切れを起こしています。これ以上は体に障ります」
レヴィラは無表情のままランシックをジト目で睨んだ。
異常なマナ回復力を持つ召喚師は例外だが、普通は一日に何度もマナ切れを起こすと体に負担がかかる。
「いやいやレヴィラ、ワタシ移動手段が無いのですけど?」
「……わ、わたしが運びます!」
なおも食い下がろうとしてくるランシック。
そこへ、集落の柵からパトリシアが飛び出してきた。
「え、あの、パトリシアさん?」
「モンスターの上に乗せて、川を下っていけば早いです! わたし、得意ですから!」
さっそく出鼻をくじかれるランシックをよそに、パトリシアがグッと両拳を可愛らしく握りしめながら熱弁。
「道中の安全は、我々が確保しよう」
ディロンがそう言い、テナイアと共に頷いた。
この二人の『共鳴』があれば、道中で何かあっても全て把握し、対処することができるだろう。
それに首肯で返したレヴィラは、問答無用でランシックをお姫様抱っこに切り替える。
「パトリシア殿、頼みます。川までは私が運びましょう」
「はい!」
「えっ、ちょっそんな、お二人ともご無体な!」
レヴィラとパトリシアが川まで駆けていき、二人に連れられて行くランシックが戸惑いの声を上げていた。やはり体に負担がかかっていたのか、ランシックの抵抗は弱々しい。
「ではパトリシア殿、よろしく」
「はい! しっかり捕まっていてください! 【跳躍爆風】!」
「ちょ――」
ランシックを『ゲンブ』の上に乗せたレヴィラが、二人を見送る。パトリシアは器用に跳躍爆風を使い、川の上を華麗になぞりながらゲンブを滑らせて言った。
「た、たとえこのランシックが去りぬとも、必ずや第二第三のぉぉぉぉ……」
情けない捨て台詞を叫びながら、声が森の奥へと消えていく。
「ディロン様、テナイア様! 加勢します!」
騎士達はそんなランシックらの気が抜ける状況を黙殺。水から上がってきたディロンやテナイアへと駆け寄りながら、ダグロン達に向かって構える。
「我々は良い! お前たちは集落を包囲している召喚師解放同盟の鎮圧に当たれ!」
鋭くそう命じたディロンに、騎士達は即座に頷いて集落の中へと駆け込んでいった。
「――【電撃獣与】!」
その状況にようやく安心してきたマナヤは、改めて魔法を使う。
アシュリーが手にしている隠機HIDEL-2が電撃を纏った。
「【シフト・スマッシュ】!」
アシュリーが即座に、それをダグロンのヴァルキリーへと叩きつける。
岩の塊のようなそれが開き、中から電撃を纏ったブレードが出現。
ブレードが斧のようなオーラを纏い、ヴァルキリーの甲冑を砕いていた。
戦乙女が鮮血を巻き上げ、電撃に灼かれる。
ヴァルキリーの体は宙に溶けるように消え、魔紋だけが地面に残った。
「【封印】」
それをマナヤが素早く封印。
「【バニッシュブロウ】!」
「がッ!?」
そしてアシュリーが、剣の柄をダグロンに叩きつける。
彼の体が大きく後方へと吹き飛ばされ、大木に叩きつけられた。
「【スペルアンプ】」
「【エーテルアナイアレーション】!」
そこへ、テナイアの魔法増幅からディロンの精神攻撃魔法のコンボ。
巨大な黒い塊がダグロンに直接叩き込まれ、マナを大きく削る。
「が、ふッ……おのれ、おのれええええええッ!」
血を吐いたダグロンは、怒り狂った目を見開いて咆哮する。
「ならば、もはや手加減はしません! 全力をもって、貴方がたを葬り去るまで!」
ヴン、と鈍い音を立ててダグロンの懐から何かが宙に浮きあがる。
黒い瘴気を纏った石……『核』と呼ばれていたものだ。
「なっ、コイツなにを!?」
目を剥くマナヤの前で、その『核』がさらに空高く浮き上がっていく。
「【スタンクラッシュ】!」
それにディロンが衝撃魔法を叩き込むが、黒い瘴気に阻まれて何の影響ももたらさない。
「――これで終わりです!」
血走った目のダグロンが叫ぶと共に、『核』は一瞬にして北東の方角へと飛び去っていく。
……そして、次の瞬間。
――ゴワァッ
ダグロンの背後から、黒い瘴気でできた無数の触手が出現。
「な――」
マナヤの顔が強張る。
アシュリーやディロン、テナイア、シャラも、それを見て戦慄していた。
(俺が殺された時の!)
以前、スレシス村近郊での戦いで、マナヤを殺した男。
ジェルクと呼ばれていた男が使った、召喚師の身体能力を大幅に高める能力だ。
「マナヤっ!」
反射的にアシュリーが、マナヤとダグロンの直線上に入るように立ちはだかる。
「退きなさい!」
が、ダグロンは背にした大木を蹴って一瞬にして間を詰める。
アシュリーにも予想外の速度だったのか、反応が間に合わない。
黒い触手を纏った彼の拳が、彼女の腹を貫かんと迫る――
「【リベレイション】!」
「くっ!?」
が、その瞬間にシャラが錫杖で空を振りぬいていた。
透明な衝撃波が、瘴気の触手に覆われたダグロンを襲う。
思いっきり後方へと吹き飛ばされた彼は、もんどりうって倒れ込んだ。
その隙にマナヤは慌ててアシュリーの元へと駆け寄る。
「アシュリー、無茶すんな! 召喚師の俺ですら殺られる一撃なんだぞ!」
「だからって、またあんたをあんな目に遭わせろっていうの!? ふざけないでよ!」
が、そのアシュリーも半狂乱になって喚き始めた。
しかし、マナヤとて譲れない。
召喚師は全『クラス』の中でも高い生命力を誇る。その召喚師であるマナヤが、それも『増命の双月』によって生命力を高められた状態で、なおも殺されたのだ。
それと同じ力を使っているダグロンを、アシュリーと直接殴り合わせるわけにはいかない。
そこへ、シャラが新しい錫杖を取り出しながら駆け寄ってきた。
「マナヤさん、アシュリーさん! 落ち着いて下さい、言い争ってる場合じゃありません!」
――そうだよマナヤ! 落ち着いて!
直後、マナヤの中にいるテオも声をかけてくる。
「お互いを庇い合ってちゃ、だめです。力を合わせましょう! 私も援護します!」
シャラが新たな錫杖を構え、二人の間に割って入るように立つ。
以前のジェルクの時と同じなら、この状態のダグロンに通常の攻撃は効かない。『衝撃の錫杖』による吹き飛ばしと、精神攻撃。それしかこの状態の相手に通用する攻撃はない。
「……この状態の私でも、吹き飛ばされますか。シャラさんと言いましたね。まさか貴女が一番の障害だったとは」
そこへ復帰してきたダグロンが、幾分か落ちついた様子でシャラを睨んでくる。
はっと全員が構え直した。
「ですが、それならこちらにも考えがありますよ。【鎚機SLOG-333】【ダーク・ヤング】召喚」
と、ダグロンが両腕を横に広げるように前に掲げる。
すると、その両の手のひらからそれぞれに巨大な召喚紋が出現した。
中から現れたのは、樽のような金属の胴体を持つ鎚機SLOG-333。
そして、深緑の禍々しい大木から三本脚が生えたような、巨大な触手を頭部から無数に生やした異形ダーク・ヤング。
「――離れろォッ!」
咄嗟に叫ぶや、後方へと飛び退く。アシュリーとシャラも、マナヤの叫び声に気圧されるかのように後方へと退いた。
この二体の最上級モンスターは、いずれも広範囲のリミットブレイクが使える。おまけに強烈な物理攻撃も使えるので、防ぐのは至難だ。
「【包囲安定】」
続いてダグロンは、その二体にノックバックなどを無効化する包囲安定の魔法をかけた。これでは、シャラの『衝撃の錫杖』で吹き飛ばせない。
「モンスターを自在に操るこの力と、召喚師自身の戦闘能力を引き上げる力……両立すれば、たとえ貴方がたでも適いますまい?」
余裕の笑みを取り戻したダグロンが、拳を握りしめながら一歩ずつこちらに近づいてくる。
その両脇を、鎚機SLOG-333とダーク・ヤングがぴったりと固めて。
「貴方がたはもう、死ぬしかない。私をここまで追い詰めたこと、せいぜい後悔なさい」
「……死んで、たまるもんかよ」
ダグロンの啖呵に、しかしマナヤはまっすぐと睨み返した。
(俺が死ねば、テオも。それに、俺を甦らせようとしてさらに犠牲者が出る)
だから両親は、自分の代わりに命を落とした。
もう、自分だけの命ではない。
これ以上の犠牲は出さない。両親の死を無駄にはしない。
「マナヤは、二度と死なせない」
アシュリーも同じように、剣を構えながら宣言した。
その横顔は、いつだかの時の後悔。そして、確かな決意を宿している。
「俺はもう誰も、自分も――」
「あたしはもう、目の前で誰も――」
気づけば、自然と同じように口を開いて……
「絶対に、死なせない!」
マナヤとアシュリーの声が、重なった。
――ピチュ……ン
刹那。
二人の頭の中で、同時に波紋が広がるような感覚があった。
***
周囲の全てが、スローモーションになったような……
いや、むしろ時間が止まったかのような、そのような感覚の中。
マナヤとアシュリーは、お互いの存在だけを感じていた。
――マナヤ。これって、もしかして?
――ああ。もしかするかも、しれねえな。
互いの心が一体になったかのような、不思議な万能感。
その心地よい感覚に身を委ねながら、顔を見合わせる。
――ね、どんな能力がいい? やっぱり、あんたの補助魔法をあたしも受けられるようにするとか?
――バカ言え。俺はお前を『召喚獣』扱いなんかしたくねえぞ。
朗らかに笑いながらそう提案してくるアシュリーに、マナヤも小さく笑いながらそう返す。
――そう? あんたから離れていっちゃった罪滅ぼしに、ちょうどいいと思ったんだけどな。
やや自嘲を含んだような、けれどもからかうような表情で、アシュリーが笑う。
――第一、今の俺達にそんな力は必要無えだろ。
だからマナヤも、そんなアシュリーにそう自信たっぷりに伝えた。
アシュリーも、自然とそれに頷く。
――そうね。今のあたし達に、そんな能力は必要ない。
考えることは、同じだった。
――その程度のことなら、俺達はもう……
――あたし達はもう、できてる。
マナヤの補助魔法を、アシュリーが受ける。
もう、その願いは叶っている。
アシュリーにモンスターを投げ渡し、そのモンスターに補助魔法をかける。
アシュリーがモンスターを武器として使い、マナヤの獣与魔法を受け取る。
モンスターを掴んだ状態でいることで、跳躍爆風の効果を受け取る。
モンスターに防御魔法をかけ、アシュリーがそれを盾として用いる。
アシュリーが補助魔法の恩恵を受ける戦い方は、間接的にできている。
――俺達はすでに、俺達の……
――あたし達の百パーセントを、出し切れてる。
こんな特別な力に頼らずとも、自分達は全力を出せている。
最高の連携を取ることができている。
「【共鳴】――」
ならば願う力はもう、一つしかない。
――今のあたし達に、必要なのは……
――ああ。俺たちの、この百パーセントを……
「――【魂の雫】!!」
――常に、出し続けられる能力!




