177話 山奥の集落戦 闇淵
空中からアシュリーが放った巨大な衝撃波による、地面の爪痕。
敵召喚師達を避けるようにジグザグになった深い地割れに、さしものマナヤも唖然とするしかない。
「……すっげ」
飛行モンスターの数々を葬ったのみならず、地上に残っていた上級モンスターをも一網打尽だ。
「……っく、う! はぁっ、はぁっ……!」
着地したアシュリーは、がくりと膝を折って荒い息を繰り返している。
額に汗粒が浮かんでいて、苦しそうだ。
(あれだけの技だ、マナ消費も半端ねえのか)
明らかなマナ不足の症状を見せるアシュリーの姿に、彼女の元へ駆けよろうとするが……
「っとと、【封印】! 【封印】!」
途中、視界の端に魔紋の光が映った。
慌てて、地面に残った敵の魔紋を片っ端から封印していく。
「く、【封印】! 【岩機GOL-72】召喚!」
召喚師解放同盟の連中も我に返ったようで、倒された自身らのモンスターを回収しつつ再召喚していた。
「チッ! シャラ、五番!」
「はい! 【キャスティング】」
マナ不足を感じたマナヤは、シャラに鋭く呼び掛ける。
すぐさま反応してくれたシャラは、マナヤとアシュリーへ光を投げてきた。
――【魔力の御守】!
左手首に装着された蒼い石のチャームが、光を弾けさせる。
蒼い光がマナヤの体へ吸い込まれ、瞬間的にマナが回復した。
「っ!」
シャラがくいっと手首を翻している。
見ると、アシュリーの左手についていた『跳躍の宝玉』が宙に浮いていて、代わりに先ほどの『魔力の御守』が装着されていた。
シャラの手首の動きに合わせ、『魔力の御守』がすぐに離れて『跳躍の宝玉』がアシュリーの左手首に戻る。
(アシュリーのやつ、全身が他の錬金装飾で埋まってたからな)
アシュリーには、『俊足の連環』『跳躍の宝玉』『幻視の陽鏡』『治療の香水』『増命の双月』が装着されている。
錬金装飾は四肢と首元、計五か所にしかつけられない。シャラが『キャスティング』で錬金装飾を細かく操り、『魔力の御守』を一時的に『跳躍の宝玉』と交換して、即座に戻したのだろう。
しかし、そんなことを気にしている場合ではない。
「【封印】! って、間に合わねえか!」
倒した召喚師解放同盟のモンスター封印が、間に合わない。
次々と敵に回収され、再び上級モンスター達が再召喚されていく。
「く……!」
なんとか立ち上がったアシュリーだが、上級モンスターがまた湧いてくる様を見て歯噛みしていた。
召喚師は、他『クラス』と比べても飛びぬけてマナ回復力が高い。上級モンスターを召喚するマナも、一分足らずで回復してしまうのだ。
(さっきのアシュリーの一撃、上級モンスターもまとめて葬り去れるだけのパワーはあったが……!)
とはいえ、『魔力の御守』一つで回復しきるようなものでもないだろう。シャラの『魔力の御守』とて、あと何回使えるかわからない。
このままでは、ジリ貧だ。
(ドラゴンを召喚することさえ、できるなら!)
竜のブレス攻撃ならば、敵を纏めて攻撃できる。
が、当然ダグロンに制御を奪われるだろう。先ほどのように煙幕で視界を塞ぐのも、そう何度も通用するまい。
――あっ!
歯噛みしていると、テオが何かに気づいたような声を上げる。
(どうした、テオ!?)
――マナヤ、シャラに伝えて! 『水の錬金装飾を使って』って!
(は!?)
水の錬金装飾などと言っても、生活用の錬金装飾の一種だ。ただ大量の水を出すだけのもの。
しかし、迷っている場合ではない。
「シャラ! テオからの伝言だ!」
「え、えっ!?」
「『水の錬金装飾を使え』!」
何がなんだかわからないながらも、がむしゃらに伝える。
一瞬眉を顰めていたシャラだったが、はたと気づいたように顔を跳ね上げた。
「――えいっ!!」
何を思ったか、おもむろに鞄から水の錬金装飾を取り出し、自身の両手首に着けて前方へ差し出す。
――ドドドドドドドド
シャラの両手から、膨大な量の水が放出されはじめた。
「うおっ!?」
「な、何だ!?」
慌てて飛び退こうとしていた召喚師解放同盟の者達は、しかし全く彼らの位置へ届いていない放水に戸惑っている。
どんどんあふれ出る水は、かすかに湯気を放っている。どうやら冷水ではなく、適度な温水のようだ。
(なんだ!? これを目くらましにでもしろってのか!?)
寒い中で連中に水を浴びせ、凍えさせる作戦かとも思ったが違ったらしい。
視界を塞ぐにしても、どう考えても量も射角も足りていない。いまだ自分達の姿は、敵から丸見えだ。湯気もさしたる目くらましになっていない。
しかし頭の中から、気が逸りつつも満足そうなテオの気配が伝わってくる。
――うん! 今度は、みんなに十九番を!
(十九番だと!?)
十九番。
錬金装飾のことならば、それは……
「ま、まさか!? シャラ、全員に十九!」
「【キャスティング】」
もうシャラはわかっていたようだ。
鞄から既に人数分の錬金装飾を取り出しており、全員にそれを投擲した。
――【人魚の宝冠】!
王冠を象ったチャームがついた錬金装飾が、全員の右手首に装着される。
「ディロンさん、テナイアさん! 全員で、飛び込め!」
ようやく察したマナヤは、全員へそう指示。
誰も迷わなかった。アシュリーとシャラはもちろん、ディロンとテナイアも前方へと走り、飛び込んでいく。
アシュリーの技が穿った、巨大な地割れ。
そこにたっぷりと溜まった、水の中へと。
「な、なにを!?」
ダグロンと、召喚師解放同盟の者達が戸惑う声を放置し、水中奥深くへと沈んでいくマナヤ達。ほのかに暖かい水のおかげで、寒さにやられることはない。
〈なるほどね! あの時と同じってワケね、シャラ!〉
〈はい! 集落の人が水の錬金装飾を暴走させちゃった時に、やりました!〉
水中で、アシュリーとシャラが顔を見合わせながら会話している。
水の中でも息が出来て、自在に泳ぐことができる錬金装飾『人魚の宝冠』。水中適応能力の応用で、水中でも会話ができるようになる。
〈そういうことだったのか!〉
マナヤも水中で口を開く。
ただでさえ、闇に閉ざされた夜。その水中奥深くなど、ダグロンはもちろん彼の部下も見通すことなどできない。
一方マナヤ達は、首元についている『幻視の陽鏡』のおかげで、水中も水上もはっきり見通せる。
透明化した敵を視認するのが本来の効果だが、光源がない場所や水面越しに視界を得られる効果もあったようだ。
――ビキィッ
〈ぐッ、な、なんだ!?〉
突然、マナヤの体に氷がまとわりつく。
慌てて周囲を確認するが、水中にモンスターが来ている様子は無い。
〈ちっ、『ウンディーネ』か!〉
慌てて水面越しに地上の様子を確認しようとする。
精霊系の上級モンスター『ウンディーネ』。地形に関わらず超遠距離から敵を狙い打つ攻撃方法を持つ、四大精霊の一種だ。ウンディーネは冷気を司り、こうやって地形に関係なく冷気で射程圏内の敵を攻撃できる。水中にも何の支障も無く攻撃できる数少ないモンスター達の一体だ。
〈――あそこです!〉
シャラが、遠くの水面を指さす。『森林の守手』で察知したようだ。
下から見上げると、水の衣を纏った美しい銀髪女性の姿をしたウンディーネの姿が見える。
〈だが、悪手だったな!〉
マナヤは氷を振り払いつつ、ほくそ笑んだ。
水場があり、敵の姿が見えないという状況。たしかにウンディーネを召喚したくもなるだろう。が、ウンディーネは水場にしか召喚できないし、その水場から出ることができない。
そして何より、ここならば――
〈こいつが召喚できる! 【シャドウサーペント】!!〉
真っ暗な水中で、召喚紋が発生。
巨大な金色の幾何学模様が輝き、その中から闇よりも黒い巨体が現れる。真っ黒な鱗に、ウミヘビのような長い胴体。頭部はワニのような形をしており、口から鋭い牙が並んでいる。細長い身体が幸いして、この水が溜まった地割れの中にも収まることができている。
伝承系の最上級モンスターの一角、シャドウサーペント。
海辺の開拓村でコリィから受け取ったものだ。
その攻撃方法は――
〈やれええええええッ!〉
――ズオオオオオオオッ
口から吐き出される、凶悪な闇撃のブレスだ。
一瞬にして、水面に浮かんでいるウンディーネが塵となり、魔紋へ還る。
〈【封印】〉
すぐさまマナヤは、ウンディーネの魔紋を封印。
その間にも、地上が阿鼻叫喚の渦に呑まれているのがわかる。
水中深くから突然襲い来る、闇撃の波。水を透過し、地上にいる召喚師達やモンスター達を呑み込んでいるようだ。
それに対して、召喚師解放同盟の者達は手出しができない。
闇撃を完全に防ぐことができる『機械モンスター』は、水中ではショートしてしまい機能しない。地上からの遠距離攻撃も、ほとんどのものは水中に届かない。
他の水中専用モンスターを召喚しようにも、闇撃のブレスをかいくぐって水に近づくこと自体が困難だ。
〈【封印】〉
すでに何体もの上級モンスターが倒れているのを確認したマナヤは、水中から敵の魔紋を封印していく。
(まさか、俺達に有利な地形を自分で作っちまうとはな。テオ、よく思いついたな?)
感心しながら、そうテオへと思念を伝える。
マナヤがプレイしたゲーム『サモナーズ・コロセウム』では、当然ながら自ら地形を変える手段は無い。フィールドに用意された地形を、どれだけ巧く利用するかという点のみに焦点が当たっていた。
自ら地形を作り変えるなど、マナヤには無かった発想だ。
――えっとね、この集落に来たばっかりの時、集落の人が水の錬金装飾を暴走させちゃったことがあったんだ。
テオに尋ねると、思念と共に彼の記憶が流れ込んできた。
――その時アシュリーさんが、剣士の技能で地面に大きな溝を作ってくれて。
(それで、水をその溝に全部流し込んで収めたってワケか。今回やったように)
――うん。だから水地が無いような場所でも、水の錬金装飾を使って作りだすことができるんじゃないかって、思ったんだ。
(なるほど、な)
この世界では、ゲームと違って地形を変えることができる。
純粋なこの世界の住人である、テオならではの発想だったのだろう。
――ドンッ
〈くぅっ!?〉
〈アシュリー!?〉
だが突然、アシュリーの全身を黒いエネルギーが包んでいた。
闇撃を司る四大精霊『ノーム』が攻撃してきたのだ。闇撃に耐性を持つシャドウサーペントを無視して、アシュリーを狙ったらしい。四大精霊は総じて判断速度が異常に早く、元々耐性を持つ敵モンスターを攻撃することは無いからだ。
さらに、シャドウサーペント周囲の水が蒸発するような音も、電撃が弾けるような音も聞こえてくる。
火炎で攻撃する四大精霊『サラマンダー』、電撃で攻撃する『シルフ』も攻撃をしてきているようだ。
(くそ、射程圏外から『狩人眼光』で攻撃してきてんのか!)
シャドウサーペントのブレス射程も、射程強化した四大精霊に負けない。
が、水中深くから攻撃するシャドウサーペントの射角は、限られている。水の底から上方向にしかブレスを吐けない都合上、水の溜まったこの地割れから離れた位置の地面は狙えない。
かといって水表までシャドウサーペントを浮上させれば、ダグロンに視認され奪われてしまう。
〈我々に任せろ! テナイア!〉
〈はい。【スペルアンプ】〉
そこへ名乗り出たのは、ディロンとテナイアだ。
まずテナイアが、ディロンへ魔法増幅をかける。
〈【アイシクル・バラージ】〉
そして、虹色の瞳で地上を見上げているディロンが呪文を唱えた。
空から無数の氷の槍が降り、森奥のあちこちへと突き刺さっていくのがわかる。
(攻撃が、止んだ?)
直後、シャドウサーペントやアシュリーを襲っていた攻撃が止まった。
〈そうか、ディロンさんとテナイアさんの『共鳴』なら……!〉
シャラが、水中で器用に安堵の息を吐きながら言う。
ディロンとテナイアの『共鳴』、千里眼。あらゆる敵の位置を視認し、距離を無視して臨んだ位置へ攻撃できる能力だ。
これによっていち早く四大精霊の位置を確認し、ピンポイントに撃ち抜いていってくれたのだろう。
〈っ! マナヤさん、敵もシャドウサーペントを!〉
〈なに!?〉
突然、シャラが警告してきた。
見れば、側面の方にマナヤらと同じ黒い水龍が沈んできているのが見えた。おそらく、ダグロンが召喚したのだ。
シャドウサーペント同士がブレスの撃ち合いをするべく、共に大口を開こうとする。
だがこれは、マナヤ達も敵シャドウサーペントの闇撃ブレスに巻き込まれてしまう位置関係だ。
〈マナヤ!〉
〈おう! 【ミノタウロス】召喚〉
水中でアシュリーが目くばせし、マナヤはすぐさまミノタウロスを召喚。
この牛頭の怪物は水中適応能力はないので、溺れてしまう。が、目的はミノタウロスに戦ってもらうことではない。
〈【秩序獣与】、【火炎獣与】、【電撃獣与】!〉
すぐさま、三つもの獣与魔法をかける。ミノタウロスの大斧が、神聖な光、高熱、そして電撃を纏った。
がぼ、とミノタウロスが水中で咽ている。が、それが手に持っている大斧の柄を、アシュリーがつかみ取った。
〈【ライジング・ラクシャーサ】!!〉
その斧を使って、アシュリーが一気に敵シャドウサーペントの元へと飛び込む。
一瞬でその懐に飛び込んだかと思えば、強烈な閃光と共に斧を振り上げた。
ただでさえ凶悪な威力を持つ『ライジング・ラクシャーサ』。
それが、斬撃耐性を無効化するミノタウロスの大斧をもって。
しかも、三つの獣与魔法がついたことで四倍の破壊力をも得た状態で。
――ドッパアアァァァァッ
強烈なその一閃は、敵シャドウサーペントの長い身体を両断していた。
「ふっ!」
その勢いで、水面の上へと飛び出すアシュリー。
彼女が放った攻撃は膨大な衝撃波をも伴い、一時的にそちら側の水面を割って大量の水飛沫を巻き上げていた。
〈っ、アシュリーさん危ない!!〉
「え?」
そこへ、水中からシャラが呼び掛けていた。地上へ飛び出していたアシュリーが戸惑う声を上げる。
「――出てきましたね」
そのアシュリーに向かって、ダグロンがほくそ笑んでいた。
見れば、地面から少し浮いている白虎に跨った女性戦士……ドゥルガーが、アシュリーに迫ってきている。
「く――」
アシュリーは、大技を出した後で身動きが取れない。
水面の上を滑るように走るドゥルガーが、無数の剣を一斉にアシュリーに振り下ろさんとする。
〈アシュリーッ!!〉
思わず、何かをしようと手を前に突き出したマナヤだったが――
――突然響く、重厚な轟音。
「えっ?」
アシュリーへと迫っていたはずのドゥルガーが、側面へと吹き飛んだ。
「な、なに!?」
ダグロンが狼狽えている。
横から衝撃を受けたらしいドゥルガーは、その一撃がトドメになったようだ。
崩れた体が水面を滑りながら、魔紋へと還っていた。
〈【封印】! な、何があった!?〉
慌ててドゥルガーとシャドウサーペントの魔紋を封印するマナヤだが、水中から慌ててアシュリーの周囲を見渡す。
そして、森の奥から進み出てきた人影に気づいた。
木々の間から姿を現したのは、全身に包帯を巻いている男。青い髪の男で、長い前髪で両目を隠している。
〈ば、バカな!〉
〈なぜ、あの方が!〉
水中のディロンとテナイアが、虹色の瞳を見開きながら愕然としている。
共鳴の力で、いち早く正体を知ったのだろう。
「――これは、先日の礼だ。ダグロン」
「ヴァ、ヴァスケス殿!?」
無表情なヴァスケスが、顔を引き攣らせるダグロンを見据えていた。
 




