176話 山奥の集落戦 ASHLEY
あたしが、マナヤが跳ばした牛機VID-60を隠すように、ダグロンへと飛び込んだ時。
「ちっ!」
舌打ちが聞こえたかと思えば、傷だらけの火竜が炎を溜めた口をこちらに開く。
「【光学迷彩】、【火炎防御】!」
背後からマナヤの声が届く。後方へ目をやれば、そこにはこちらへ落ちてくる牛機VID-60の姿が。
「ふっ!」
後ろ手に、それをむんずと掴んだ。
マナヤがさっき使ったのは、このモンスターを透明化させる魔法と、炎を反射させる魔法。きっとダグロンには、この牛機VID-60が見えていないはず。
あたしは、さっきシャラにつけてもらった『幻視の陽鏡』のおかげで、それが見えてる。
掴んだ透明な牛機VID-60を盾のように自身の前に差し出した。
フレアドラゴンのブレスがそれにぶつかり……巨大な壁でもあったかのように、跳ね返された。
「くっ、ならば!」
焦ったダグロンの声が聞こえたかと思えば、フレアドラゴンが動いてこちらに背を向ける。
その首あたりに立っているダグロンが、跳ね返された炎ブレスの圏外へと移動した。
その勢いで、背を向けてきたフレアドラゴンの、太い尻尾が横から迫る。
フレアドラゴンは、火炎ブレスしか攻撃方法がないって聞いたけど。やっぱりこの男は、自在にモンスターを操れるらしい。
でも、その程度じゃあたし達は止まらない!
「いくぜ! 【重撃獣与】、【秩序獣与】、【電撃獣与】!」
……ちょうどいいタイミング!
あたしが掴んでいる牛機VID-60に、マナヤが三つもの『獣与』魔法をかけてくれた。牛型の機械獣が、その角に白い閃光と電撃、そして強烈なプレッシャーを宿してるのがわかる。
「【ドロップ・エアレイド】!」
思いっきり、迫りくるフレアドラゴンの尻尾にそれを叩きつけた。
とんでもない轟音。
衝撃が、神聖な光が、強烈な電撃が、接触面から一気に広がり炸裂した。
衝撃が尻尾どころか、フレアドラゴンの胴体にも伝わっていく。
「うおおおおっ!?」
フレアドラゴンが押し込まれ、ダグロンはバランスを崩してその上から落下した。
この火竜は、さっきあたしが撃ち込んだライジング・ラクシャーサを受けて既に満身創痍だった。牛機VID-60を使ったその一撃にはもう耐えきれず、体が崩れ落ち魔紋へと還る。
「【封印】!」
すかさずマナヤが、それを封印してくれた。
フレアドラゴンの魔紋が、マナヤの手のひらへ吸収されていく。
「今だ! 【キャスティング】」
シャラの声と共に、あたしたち全員に錬金装飾が飛んできた。
両足首にそれぞれ装着されていく。
――【治療の香水】!
――【増命の双月】!
傷を治してくれる錬金装飾と、生命力を高める錬金装飾だ!
「この、小癪な! ですが――」
地面に転げ落ちたダグロンが、顔をしかめたのは一瞬。
すぐに嗤った彼の視線の先には、何本もの腕を生やした女性型のモンスターが、白い虎に跨っている。
あれが、話に聞いた最上級モンスター『ドゥルガー』ってやつだろう。
「ッ」
虎が凄まじい速度で駆け、あたしのすぐ目の前まで迫ってきた。
まずい! 着地したばっかりで、バランスが――
「――【跳躍爆風】!」
マナヤの声がすると、あたしの体が引っ張られる。
着地後もあたしがずっと掴んでいた、牛機VID-60。それが上空に跳ね飛ばされ、あたしもそれに引っ張られる形で空中へ逃げおおせた。
「なにっ……」
こちらを驚愕の表情で見上げるダグロンを見て、あたしは心の余裕を取り戻した。
マナヤが、あたしをバックアップしてくれてる。
あいつが使う補助魔法が、モンスターを通してあたしを援護してくれてる。
だったら応えてやらなきゃ、あいつの隣にいる資格はないわね!
「【ドロップ・エアレイド】!」
再び空中へと舞い上がったあたしは、すぐさま急降下に転じる。
透明な牛機VID-60には、さっきマナヤがかけた『獣与』魔法の効果が残ってる。
「【精神獣与】!」
さらにマナヤが、もう一つ『獣与』魔法をかけてきた。
たしかモンスターに精神攻撃力を、敵のマナを削る力を付与する魔法だ。
牛機VID-60の角にまとわりついている雷が、黒く変色する。
「セイヤアァァァッ!!」
こちらに顔を向けたドゥルガーの頭部へ、落下しながら思いっきり牛機VID-60を叩きつけた。
衝撃とともに、ドゥルガーが跨っている白虎が地面にめり込む。
跨っているドゥルガー自身の脚も埋まっており、さらに黒い稲妻の『感電』効果だろう、ドゥルガーの全身が痙攣していた。
「そこっ! 【スワローフラップ】!」
追撃っ!
振り抜いた牛機VID-60が翻り、地面に沈みかけたドゥルガーを殴り飛ばした。
地面から引っこ抜けた多腕の女戦士が、跨った白虎ごと吹き飛んでいく。
べきべきと木々をへし折りながら、森の奥へと突っ込んでいった。
まだ、倒しきれないか!
「――【レヴァレンスシェルター】【ライシャスガード】」
「【スプライト・ミスト】【アイシクル・バラージ】」
ちらりと、ディロンさんとテナイアさんの方を見る。
二人は虹色の瞳で空を眺めつつも、あちこちに魔法を放っているみたい。
さっきから、集落周りのあちこちから火が上がっているような光と、煙が見える。
多分、この召喚師解放同盟の連中だ。
火を扱えるモンスターは多いから、山火事上等で火炎攻撃モンスターを暴れされているんだろう。
ディロンさんが冷気魔法ばかり使っているのは、きっと消火にも追われてるんだ。
――ディロンさん達が集落を守るのに専念できるよう、ここはあたし達で踏ん張らないと!
「【サンダードラゴン】召喚!」
そんなことを考えてる間に、ダグロンの声が。
振り向けば金色の巨大な召喚紋が煌めき、真っ青な飛竜が現れてた。
たしか、稲妻のブレスを吐くっていう最上級モンスターだ!
「【電撃防御】! アシュリーいくぞ!」
マナヤが、まだ透明状態が続いている牛機VID-60に電撃を防ぐ魔法をかけ、目くばせしてきた。くいっと顎で上を指し示す。
……なるほどね!
「ええ!」
あたしもすぐに、牛機VID-60を握りなおして上を睨みつける。
サンダードラゴンが、口の中に雷を溜め込みながらこちらを見つめてきていた。
「【跳躍爆風】!」
「【ライジング・アサルト】!」
マナヤの跳躍爆風にタイミングを合わせて、あたし自身も上空へ跳び上がる技能を使う。
二人分の跳躍技が加算され、とんでもないスピードになってサンダードラゴンの懐へ飛び込んだ。
「セイッ!!」
アッパーカットするように、サンダードラゴンの顎を下からカチ上げる。
神聖な閃光と黒い稲妻もそれに続き、サンダードラゴンの全身を打ち据えていた。ぐるんとサンダードラゴンの体が空中で反転する。
「ならば!」
ダグロンの声と共に、サンダードラゴンの動きが変わる。
仰け反った勢いのまま、サマーソルトのようにぐるんと空中で縦回転した雷竜。
下から回転してきたその尾が、あたしを上へ叩き飛ばすように、迫る――!!
「アシュリー蹴ろッ!!」
マナヤの声。
瞬間的に、いつだかの光景がフラッシュバックする。
『おい!? そいつを足場にして着地点を変えりゃよかっただろうが!? 誰が掴めっつった!?』
『無茶言わないでよ! いきなり言われて、んなことできるかぁーっ!』
「はぁっ!」
反射的に牛機VID-60から手を離し、透明なそれを空中で蹴った。
反動であたしは、地上へ向かい宙を翔ける。
風圧を上げながら、雷竜の尾があたしのサイドテールをかすめる。
地上へと降下していく中、ギリギリでかわした雷竜の尾が、空中の牛機VID-60を粉々に粉砕しているのが見えた。
「っと! ありがと、マナヤ!」
マナヤの傍らに着地したあたしは、少し冷や汗を流しながらも彼に笑いかける。
「おう! 今度はうまくいったな!」
「……ええ!」
きっとマナヤが言っているのは、スレシス村近くで召喚師解放同盟と戦った時。
トルーマンが呼んだダーク・ヤングの真上にいたあたしに向かってゲンブを跳ばしてきた時のことだ。
あの時、あたしはマナヤの意図がわからず、とっさに飛んできたゲンブを掴むことしかできなかったけど。
今度は、うまく合わせられた!
「【シフトディフェンサー】」
視界の片隅で、シャラが『衝撃の錫杖』の先端に何かを放っている。
――【魔力の御守】!
錫杖の先ついた輪っかが一つ、蒼い石のブレスレットに置き換わる。
「【リベレイション】!」
そのままシャラが、錫杖をあたし達に向かって振りぬいてきた。
蒼い波動があたし達を駆け抜ける。
その瞬間、疲労感がただよっていたあたしの体に活力が戻っていく。
「皆さんのマナ、回復させました!」
「助かる!」
シャラの説明に、ディロンさんが短く礼を言っていた。
……そんなことも、できるんだ。錬金術師って、すごい。
「アシュリー、煙幕だ!」
「【エヴィセレイション】!」
すぐに顔を引き締めたマナヤの合図。
あたしはすぐさま抜剣し、地面へ向かって『エヴィセレイション』を放った。斬った対象を、傷口から断裂させる効果を持つ剣士の技能だ。
大地を割いた勢いで、大量の粉塵が宙を舞う。
「なにを――」
土煙の向こうで、ダグロンが戸惑っているのがわかった。
「アシュリー、今のうちに召喚する! そいつを使って、空のサンダードラゴンを叩け!」
「ええ!」
あたしは納刀し、彼の指示に頷く。
何をするか、細かくはわからない。
でも今のマナヤの指示で、あたしがやるべきことは決まった!
「――【ワイアーム】召喚! 【時流加速】!!」
マナヤが空へと手をかざすと、翼の生えた巨大なヘビのようなモンスターが出現する。
前回の戦いで、ダグロンから奪い取った最上級モンスター『ワイアーム』!
「はあっ!」
それが空に跳び上がる前に、すぐさまその翼の根元を掴んだ。
加速魔法を受けて爆発的な速度を持ったワイアームは、一瞬にして空中のサンダードラゴンへと牙を剥く。
「【火炎獣与】、【野生之力】!」
マナヤがそのワイアームへ魔法をかけ、牙が紅蓮の炎と緑色の閃光を宿した。
「【ライジング・アサルト】!」
「【リミットブレイク】!!」
あたしがさらに上昇速度を加速しつつワイアームを叩きつけると、地上のマナヤも同じタイミングで叫んだ。
サンダードラゴンに、ワイアームの牙が勢いよく食らいつく。
あたしのライジング・アサルトの勢いも乗ったその一撃で、サンダードラゴンが苦悶の咆哮を上げた。
さらに噛みついたまま、ワイアームは紫色の毒ブレスを吐く。『リミットブレイク』とやらの効果だ。
じゅわ、とサンダードラゴンの全身を覆う鱗が強酸で焼け爛れる。
サンダードラゴン自身も血を吐き、もだえ苦しみ始めた。
「【スワローフラップ】!」
さらに追撃!
ワイアームの巨体を空中で振りまわし、雷竜に食い込んだ牙を引き抜く。
もう一度ワイアームごと、その牙をサンダードラゴンの首元へと上から突き立てた。
羽ばたく翼の勢いを失い、落下していくサンダードラゴン。
ずるりと、首元に突き立ったワイアームの牙が抜け落ちた。青い鱗を貫いたその牙痕は、毒で紫色に変色している。
「――ぁぁあああああああーーーーーー!!」
スワローフラップを使った直後だったけど。
あたしは軋む腕を無視して、強引にワイアームを落下していくサンダードラゴンへと投げつけた。
地上に叩きつけられたサンダードラゴンを、さらに上から落下してさらに牙を突き立てるワイアーム。
――バシュウッ
「【送還】、【封印】!!」
すかさずマナヤが、ワイアームを送還しつつサンダードラゴンの魔紋を封印した。
「おのれ! やりなさい!」
地上のダグロンが鬼気迫る表情でこちらを見上げてきた。
彼の命令と共に、周囲に残って茫然としていたダグロンの部下たちが、我に返って動き始める。
「【ナイト・ゴーント】召喚!」
「【鷲機JOV-3】召喚!」
次々と、飛行モンスターを召喚してくる。
凄まじい速度で、それらが一気にこちらに迫ってきた。
……まずい!
「【シフトディフェンサー】【リベレイション】!!」
――【防刃の帷子】!
そう思った時には、地上でシャラが錫杖をこちらに振りぬいていた。
彼女が放った銀色の波動が、空中のあたしを捉える。
その瞬間、あたしの周囲を球状に包むように、大量の鎖が出現した。
「え?」
茫然としている間に、その鎖がナイト・ゴーントや鷲機JOV-3らの斬撃を弾いてくれる。
――シャラ、ありがと!
「【フェニックス】召喚!」
って、別の召喚師が上級の飛行モンスターを!
三色の炎を纏ったフェニックスが、すごいスピードで迫ってくる。
口の中に火炎を溜めて、こちらへと口を開いてくる。
「――アシュリー!?」
「アシュリーさん!? しまっ――」
地上のマナヤが、悲痛な叫び声を上げていた。
シャラも慌てて錬金装飾を取り出そうとしてるけど、間に合わなさそうだ。
……こうなったら!
「ふっ!」
あたしは空中で再度抜剣し、その刀身を構えた。
――1st――
刀身に、空中へ跳び上がるエネルギーが纏われる。
思い起こすのは、コリンス王国直属騎士団、剣士隊隊長であるアイシニアさんが使った技。
ホライズン・ラクシャーサ。ライジング・アサルトとドロップ・エアレイド、そしてラクシャーサの三つを重ねる技だ。
『技能を複数同時発動する時も、同じことなのだ。要は、いかに自分を騙せるか、だよ』
いつだかの、アイシニアさんとの模擬戦で訊いた話が頭に蘇る。
自分を騙せばいい。
ライジング・アサルトとドロップ・エアレイドを併用できないなんて、誰が決めた!
――2nd――
さらに、空中から地上へ落下する技能のオーラが刀身に重なる。
ここでさらに、ラクシャーサを……
いや、この状態で撃ったら、召喚師達も巻き込んじゃう!
あたしには、人間のままでいてほしいと。
それが、マナヤの願いだった。
何を、組み合わせれば。
召喚師達を避けて、モンスターだけを貫くように制御できる、何か――
『君は、君自身の技を磨くことも考えるべきだろう』
再び脳裏に、アイシニアさんの言葉が。
……あたし自身の、技を!
――3rd――
物理法則を無視して攻撃軌道を制御する力が、刀身に纏われる。
『もっと言えば、自分を騙した上でどこまで「騙されている自分自身を信じる」ことができるか、ということでもあるな』
……アイシニアさん。
あなたの、言う通りでしたよ。
あたしは、自分を騙す。
マナヤを殺したのは、あたしのお父さんじゃないって。
あたしのお父さんは、いつでもあたしの『英雄』で居続けるんだって!
だから、あたしは――!!
――4th――
限界を超え、敵を断裂させる四つ目のオーラが刀身に重なる。
あたしは自分を、騙し続ける。
自分に騙されている自分自身を、信じぬく!
マナヤが殺したのは、ただの犯罪者だって信じるように!
限界なんて、ない。
重ねる技能だって三つだけじゃないって、自分を騙す!
騙される自分自身を、信じぬく!
これが、これこそが……!
――――FINAL!!
あたし自身の、技だ!!
「【ペンタクル・ラクシャーサ】ッ!!」
振りぬいた剣の軌跡から、地上へ向かって発生した衝撃波。
それは、迫りくる飛行モンスター達をバターのように切り裂く。
そのまま、召喚師解放同盟が呼んだモンスター達が待ち受ける地上へ。
――ゴガガガガガガァァァァッ
地面を穿つ衝撃波。
「うおっ!」
「なっ!?」
「ひぃっ!」
モンスター達を粉砕していく衝撃波は、召喚師達の直前でガクンと折れる。
悲鳴を上げる召喚師のすぐ脇を通り抜け、別の場所にいる敵モンスターを。
召喚モンスター達だけを、正確に撃ち抜いていく。
衝撃波が走った後の地面は、地割れのように深い口を開いていった。
何度も軌道を変えながら、召喚師達の間を縫って走り抜ける。
轟音の連続音を立てながら、モンスターだけを切り裂いていき……
「っ!」
着地したあたしは、目の前の光景を見下ろす。
あたしの新技『ペンタクル・ラクシャーサ』。
それは、ギザギザと折れ線のように何度も折れ曲がった巨大な裂け目を……
あたし達と召喚師解放同盟を分断するように、深々とした地割れを地面に残していた。




