172話 山奥の集落戦 希望
「【スペルアンプ】【ライシャスガード】!」
テナイアが自身の魔法を増幅し、両腕を横にバッと広げる。
その瞬間、ブレスの範囲内にいる者達全員の体が、眩い光膜に覆われた。
「く――」
次の瞬間には、フレアドラゴンの業火ブレスに呑み込まれる。
呻くマナヤは、自身の頭を反射的に腕で庇っていた。炎が光膜で防がれたことで、皆なんとか難を逃れたことを確認する。
「う……あ、ああっ! 俺達の家が!」
が、守られたのは人員だけ。業火のブレスが、集落内の家屋を半数ほどを呑み込んでいた。
着火している木造の小屋を見て、集落の一人が悲痛な叫び声を上げている。
「っ、こうなったら!」
周囲を見回したシャラが、決意を固めたように『衝撃の錫杖』を展開する。
さらに鞄から、赤い宝珠のついたブレスレットを素早く取り出した。
「お願いっ! 【シフトディフェンサー】!」
祈るような叫びと共に、赤い宝珠の錬金装飾を錫杖の先端へと放る。
――【吸炎の宝珠】!
錫杖の先端についていた六つの金属製リング。
炎を無効化する錬金装飾が、そのリングの一つと置き換わった。
錫杖全体が赤い燐光に包まれる。
「……できた! 【リベレイション】!!」
一瞬顔に喜色を浮かべたシャラは、すぐさまその錫杖を思いっきり振りぬく。
赤い波動が、集落全体を包み込んだ。
「くおおおっ!?」
ダグロンが急激に背後へと吹き飛ばされる。フレアドラゴンや、ナキアに槍を突きつけていたヴァルキリーと共に。
ナキア自身には何も影響を受けず、振り返って吹き飛んでいくダグロン達を茫然と見送っていた。ダグロン達は集落を囲っている柵にぶつかり、それを破壊しながら集落の外へと飛ばされていく。
錬金術師の魔法『リベレイション』、『衝撃の錫杖』に篭められたマナを全解放し、敵だけを選択的に吹き飛ばす術だ。
赤い波動は、集落全体をも通り抜けていた。
小屋に上がっていた炎が、その波動によって一瞬で消え去り鎮火される。
――『衝撃の錫杖』に他の錬金装飾を重ねる、錬金術師の高等技術だ! シャラ、いつの間に?
マナヤの意識の裏で、テオが驚いていた。
「やっと、できた……!」
シャラが、充填されていたマナを使い果たし縮小した『衝撃の錫杖』にマナを注ぎ直しつつ、ほおっと息を吐く。
すぐさま『衝撃の錫杖』は元のサイズを取り戻した。その先端には、『吸炎の宝珠』が今なお架かっている。
「あ、あの、すみません! せっかくの柵が……!」
「い、いや、大丈夫だ。火を消してくれて、ありがとう……」
シャラは、その場で茫然としていた集落民達に謝りはじめる。戸惑いつつも集落民は逆にシャラへ頭を下げていた。
「――今だ!」
いち早く我に返ったディロンが、天へと手のひらを伸ばす。
――ドウッ
橙色の救難信号が、集落内から空へと打ち上がった。
「テナイア、行くぞ!」
「はい!」
そのまま、すぐにテナイアを促す。
外へと吹き飛ばされたダグロンらを追いに行くのだ。
「くそっ、俺も――」
「マナヤさんは下がっててください! あのダグロンという人をなんとかしないと、勝ち目がありません!」
自らも飛び出そうとしたマナヤだが、シャラに止められる。
ダグロンの持つ、召喚獣の奪取能力。あれをどうにかしないことには、マナヤは役に立たない。
無力感に苛まれるマナヤをよそに、シャラもディロン達を追って外へと飛び出していく。
「マナヤさん! わたしと一緒に、避難しましょう!」
「パトリシアさん!? あんたまで!」
「召喚獣を操れる相手なんて、わたしたち召喚師じゃ相手取れません! 早く、こっちに逃げましょう!」
パトリシアが、ぐいぐいとマナヤの腕を引っ張ってくる。
……彼女ですら、マナヤがどうにかできるとは思っていないのか。
(なんにも、できねえのかよ! この大事な時に!)
歯ぎしりしながら、それを見送るしかない。
爪が食い込みそうなくらい、拳を握りしめるマナヤ。
――マナヤ、ちょっとだけ替わって欲しいんだ。
(なっ、何のつもりだテオ! お前が出ちまったら!)
突然、替わるよう提案してくるテオを思わず止めようとする。
同じ召喚師であるテオが出てきたところで結果は同じはず。そもそも、もしテオがダグロンを殺してしまい『流血の純潔』を失ってしまえば、本末転倒だ。
――大丈夫、考えがあるんだ! もし、僕の予想が合ってたら……!
しかし、マナヤが思っていた以上に自信のある様子で、テオが訴えかけてくる。
ダグロンが飛んでいった方向を睨みながら、逡巡する。
今の自分が出たところで、役に立たない。
この場で護衛に徹するべきか。
それとも、テオの賭けに乗るべきか。
……だが、何もしないよりは。
(……わかった! だが、もし殺しちまいそうになったら、問答無用で替わるからな!)
――うん!
意を決したマナヤは、目を閉じる。
意識を裏へ回し、テオの背後へと回った。
***
「――よし、ここなら!」
後退したテオは、すぐさまくるりとダグロンが飛んでいった方向へ背を向ける。
「【狼機K-9】召喚!」
自分の体でダグロンから隠すようにして、緑色の狼型機械モンスター『狼機K-9』を召喚した。
――お、おいテオ、どうするつもりだ!?
(あの時ダグロンとの戦いを見てて、気づいたことがあるんだ!)
頭の中から語り掛けてくるマナヤに、冷静さを保とうとしながらそう説明するテオ。
懐から、本のようなチャームがついた錬金装飾を取り出し、首にかけた。
――【増幅の書物】
装着者が使う技能や魔法の効果を増幅できる錬金装飾だ。
そしてすぐさま、狼機K-9に手をかざす。
「【光学迷彩】」
すると、狼機K-9の姿がフッと消える。
光学迷彩。三十秒間、機械モンスターを透明化させることができる補助魔法だ。『増幅の書物』の効果により、今ならば効果時間が四十五秒に延長されている。
「よし、【戻れ】」
テオが命令を下し、そのままダグロンが吹き飛んでいった集落の外へと自ら飛び出していく。
姿は見えないが、きっと狼機K-9がテオの周囲をぐるぐる回るようにして追従してきているはずだ。
「――やれやれ、やってくれましたね」
壊れた柵の外へと踏み出すと、森の奥から苛立ったような声が響いてくる。
バキバキと木々を薙ぎ倒しながら、フレアドラゴンが。続いて、ダグロンもその脇にぴったりとついて姿を見せた。彼の全身から、以前見た時のような黒い瘴気が噴き出している。
「この場所まで来れば、もう好き勝手はさせん! 【スプライト――」
「おっと、【時流加速】」
ディロンが、冷気の範囲魔法を使おうとした時。
その前にダグロンが後方へ手を向け、召喚獣の動きを加速する魔法を放った。
高速化したヴァルキリーが、疾風のようにディロンへと迫る。
「な――」
「【レヴァレンスシェルター】!」
とっさにテナイアが、半球状の結界で皆を覆う。
ヴァルキリーの槍は光のドームに阻まれ、一瞬動きを止めた。
が、その一撃で結界もガラスのように砕け散る。
「無駄です」
さらにダグロンがほくそ笑むと、傍らのフレアドラゴンが炎の溜まった口を開いた。
そして、結界を失ったディロンら目掛けて再び炎のブレスが迫る。
「【リベレイション】!」
再び、シャラが錫杖を振りぬいた。
赤い波動が放たれ、迫りくるブレスが掻き消える。
「【包囲安定】。もうその手は食いませんよ」
ダグロンがフレアドラゴンの周囲に黄緑色の光のカーテンを取り巻かせる。
そのままフレアドラゴンの脚に掴まり、赤い波動を待ち受けた。
ヴァルキリーは吹き飛ばされるが、フレアドラゴンは影響を受けずに佇んでいる。その脚に掴まっているダグロンも今度は飛ばされない。
「――シャラ、温存して! 『リベレイション』を連発したら、マナを消耗しすぎるよ!」
「えっ、テオ!?」
背後からシャラへ声をかけると、弾かれるようにこちらへ振り向いてきた。
ディロンとテナイアも目を剥いている。
「テオと交替したのか!? 何をしに来た!」
「テオさん、ここは私達に任せてください!」
「大丈夫です! シャラ、あの包囲安定は、吹き飛ばされる効果を無効化できるんだ。あいつを引き離さないと、もう『リベレイション』は効かない!」
二人の警告を受け流しつつ、シャラへと説明する。
「で、でもフレアドラゴンが!」
「大丈夫、任せて!」
シャラの狼狽えるような声を、安心させるように肩に手を置いて頷く。
テオの目を見て何か思う所があったのか、凛とした表情になって頷き返してきた。
「……何を企んでいるのです? フレアドラゴン、やりなさい」
ダグロンがやや眉を潜めつつ、再びフレアドラゴンに指示を出した。火竜が、またしても炎を溜めた口を開く。
「【火炎防御】!」
テオは、狼機K-9がいるであろう場所に向かって手をかざした。
「何を無駄なことを」
嘲笑するダグロンの顔が、紅い光に照らされる。
フレアドラゴンが、業火のブレスを吐きだしたのだ。
……が。
「なっ!?」
炎のブレスが突然、虚空で反射。ダグロンが驚愕の声を上げる。
フレアドラゴンとダグロンを巻き込むように、猛火が迫っていく。
「くっ、【火炎防御】!」
慌ててダグロンは、自身のフレアドラゴンに火炎防御をかける。
あわやダグロンを呑み込もうとした炎が、フレアドラゴンの巨体に反射された。
が、その炎がまたしても虚空で反射される。
その頃には既に勢いを失い、炎のブレスは拡散して消滅した。
「ま、まさか!」
ダグロンが、炎が反射された辺りに目を凝らす。透明化したモンスターがそこにいることに気づいたのだろう。
「【行け】!」
テオはすぐさま、透明な狼機K-9に突撃命令を下す。
フレアドラゴンの紅い鱗が、何者かに切り裂かれた。赤い鮮血が舞い、火竜がうめき声を上げる。
「くっ、この――」
ダグロンはフレアドラゴンが血を吹きだした辺りを睨みつけている。
が、何かが起こる気配はない。再び、フレアドラゴンは血を吹きだした。
(やっぱり、そうだ!)
焦っているダグロンの様子に、テオは確信を持つ。
きっかけは、川岸でダグロンと戦っているマナヤの様子を、その意識の裏で観察していた時だ。ダグロンがマナヤのショ・ゴスを見つめた瞬間、ショ・ゴスは反旗を翻した。
そして問題は、その後だ。
寝返ったショ・ゴスに、マナヤのスター・ヴァンパイアが斬りかかった。その時、ダグロンはこう呟いていた。
『ほう、そこでしたか。ではそちらも頂きましょう』
その場に一緒にいたスター・ヴァンパイアを、なぜあのタイミングになってから奪ったのか。
スター・ヴァンパイアは、透明なモンスターだ。攻撃する時にしか、その姿を見せない。ショ・ゴスに攻撃しようとするまで、スター・ヴァンパイアはダグロンには見えなかった。
つまり――それが、ダグロンが制御を奪うことができる条件。
制御を奪取する瞬間は、目視できていなければならない。
(つまり、ダグロンが『見る』ことさえできないのなら!)
元々透明化能力を持つスター・ヴァンパイアらは、攻撃時には透明化が一時的に解除される。が、光学迷彩で透明化させた場合は、攻撃中も透明化状態が持続するのだ。
ならば、光学迷彩をかけ続けておけば、ダグロンに制御は奪われない。
召喚師であるテオとマナヤも、戦うことができる。
「ちっ、この!」
ダグロンが舌打ちし、先ほど吹き飛ばされたヴァルキリーがちょうど戻ってくる。
そのヴァルキリーを、ダグロンが操作した。フレアドラゴンの炎が反射されたあたりを、執拗に槍で突かせている。
(ヴァルキリーが、透明化したK-9の位置がわからない……? そうか!)
テオにとっては、嬉しい誤算だった。
モンスターは、野良であれ召喚獣であれ、透明化した敵を第六感のようなもので察知できる。ゆえにモンスターは、透明化している対象に対しても何の支障も無く攻撃できる。
が、ダグロンは今、モンスターを直接操作している。ヴァルキリーが自力で動いているわけではないので、透明化したモンスターの位置を把握できていない。
「ディロンさん、目くらましはできますか!」
「【ブラストナパーム】!」
テオの指示にすぐさま反応し、ディロンは地面に向かって爆発魔法を放つ。
土煙と雪を巻き上げ、ダグロンの視界が遮られた。
「くッ……」
「今だ! 【光学迷彩】【電撃獣与】!」
ダグロンが呻き声を上げる中、テオはすぐさま透明化魔法、続いて電撃の付与魔法を狼機K-9にかける。
先の光学迷彩が切れ、一瞬姿を見せた狼機K-9が再び姿を消し、さらにその鉤爪が電撃を纏った。
「シャラ、八番!」
「うん! 【キャスティング】」
テオの合図に、シャラはすぐさま銅鏡のようなチャームがついたブレスレットを投擲してきた。
――【幻視の陽鏡】!
それが首元に装着されるや、テオの狼機K-9が姿を見せた。
錬金装飾、『幻視の陽鏡』。装着者は、透明化している存在を視認することができる。
「ちっ、ならば!」
ようやく土煙が晴れてきたところで、ダグロンがフレアドラゴンに炎を吐かせる。
「【戻れ】!」
テオは、ダグロンの表情と目線からそれを先読みした。
すぐさま狼機K-9をこちらへ引き寄せ、火炎ブレスの直線状へ配置。『幻視の陽鏡』のおかげで、テオはその位置が見えている。
フレアドラゴンのブレスが、またしても反射された。
それどころか、近くにいたヴァルキリーが炎に巻き込まれ、グズグズと全身甲冑が溶けている。
「ちっ、この! 【火炎防御】!」
「【スプライト・ミスト】!」
慌ててダグロンは、ヴァルキリーにも火炎を防ぐ魔法をかけるが、ディロンも同時に動いた。
氷結の範囲攻撃魔法が、ダグロンやヴァルキリー、フレアドラゴンを纏めてビシビシと氷で覆う。
「がッ、ぐ、小癪な! ――来なさい!」
全身に氷が纏わりつく感触に呻きつつ、ダグロンは後方へと合図した。
「テオ! みなさん! 奥にいた人達が来ます!」
その時、おそらく『森林の守手』の効果で把握したのだろうシャラが叫ぶ。
皆がハッと顔を上げると、ぞろぞろと奥から大量のモンスターが現れた。
戦乙女のヴァルキリー。黒い肉塊が蠢くショ・ゴス、巨大な岩の巨人である岩機GOL-72、下顎から巨大な牙が二本突き出ているワニのようなギュスターヴ。山羊と蜥蜴の頭が目の位置から生えている巨大な獅子の合獣キマエラ。
各種、上級モンスターが勢ぞろいしていた。
そしてそれらの背後に立っているのは、召喚師と思しきものたち。
「召喚師解放同盟の連中が!」
ディロンがその人員を見渡しながら、歯噛みする。
「――それだけじゃありません! シャラ、みんなにも八番を!」
「【キャスティング】」
テオの目には、もっと多くのモンスターが見えている。シャラに指示すると、すぐさま人数分の錬金装飾を投擲した。
――【幻視の陽鏡】!
「……!」
胸元に装着された『幻視の陽鏡』により、透明化されたモンスターが姿を見せる。
巨大な寄生虫のようなフライング・ポリプ。ウツボのような突起を全身から生やしたピンクの塊スター・ヴァンパイアもいる。
「……ッ」
ディロンのみならず、テナイアの顔にも緊張が走る。
これまでのように、中級ばかりではない。上級モンスターが大量に並んでいた。
ダグロンが余裕の笑みを取り戻す。
「ふふふ……散々コケにしてくれたお礼です。さらなる絶望をあげましょう。【ドゥルガー】召喚!!」
さらにダグロンが、手を目の前に差し出す。
現れた召喚紋から、凶悪な人影が姿を現した。
巨大な真っ白い虎に跨っている、無数の腕を背から生やした女性。
赤黒い全身甲冑を纏ったその雄々しい女性は、各腕にそれぞれ少しずつ形の違う剣を把持していた。曲刀、直剣、ナイフ、レイピア、その種類は数知れず。
豊かな黒髪をアップに纏めている頭、その後頭部には顔より一回り大きい銅鏡のようなものがついている。
伝承系の、5体目の最上級モンスター。闘いの鬼神『ドゥルガー』だ。
「な――」
全員が戦慄する中、もっとも恐れおののいたのはテオだ。
物理攻撃を行う最上級モンスターは皆、『リミットブレイク』が使える。
ドゥルガーのリミットブレイクは、攻撃と同時に全方位に広範囲の『暗黒属性』の衝撃波を発生させるのだ。
(こんな所で、撃たれたら!)
「みなさん、下がって!」
「終わりです! さあ、せいぜいあがいてみせなさい! 【時流加速】!」
テオが警告するも、ダグロンは容赦なく加速魔法をドゥルガーにかけた。
女性型の闘神を乗せた白虎が、一気に駆ける。一瞬にして間を詰め、テオらの目の前まで迫った。
「しま――」
テオ目掛けて、ドゥルガーが何本もの剣を振り上げてくる。
ニヤリとほくそ笑んだダグロンが、口を開いた。
「【リミットブレ――」
――ズガガガガガガァァァッ
彼のキーワードは、別方向からの衝撃波でかき消される。
ドゥルガーどころか、迫りつつあった他の上級モンスター達をも巻き込み、その衝撃波は一気に側面へと抜けていった。テオはもちろん、ディロンやテナイア、シャラもその衝撃波を茫然と見送る。
――今のって、まさか!
その衝撃波の正体に真っ先に気づいたのは、テオの裏で見ていたマナヤだ。
綺麗にテオらを避けつつ、敵だけを正確に撃ち抜く衝撃波。そんなことができる攻撃は、テオにも一つしか思い浮かばない。
「――おまたせ! マナヤ、テオ、みんな!」
アシュリーの得意技、ライジング・ラクシャーサだ。
サイドテールを垂らした赤毛の女剣士が、吹っ切れたような表情でテオの傍らに降り立った。




