165話 信頼関係
一度、集落へと戻った一行。
マナヤはテオと交替し、テオにアシュリーの父親の件に話をさせた。テオらが泊まっている掘っ立て小屋の中で。
「……そうか。では本当にブライトンは、アシュリーの父親だったのだな」
「……はい。すみません、皆さん。……アシュリーさん」
説明を聞いたディロンが神妙に目を閉じ、テオは皆に謝る。最後に、簡素な椅子に座っていたアシュリーにも。
「……」
先ほどまでふらふらとしていたアシュリーだったが、今は落ち着いている。
しかし顔を伏せたままで、ピリピリとした雰囲気を纏っていた。今までの、明るく快活なアシュリーからは考えられない。
不安げなシャラが、そっとアシュリーの肩に手を当てて呼び掛ける。
「アシュリーさん、その……」
「――は、あはは」
突然アシュリーが乾いた笑い声を放って、シャラはぎょっとした様子でアシュリーの顔を覗き込む。
笑いながらゆっくりと顔を上げたアシュリーの顔は、憔悴しきっていた。
「そっか。あたしのお父さん、英雄どころか人殺しの罪人だったんだ。……バカみたいだよね」
最後の方は、声が震え掠れていた。自嘲するように、見ていられないほどの痛々しい笑顔を見せてくる。
その顔に湛えているのは……えもしれぬ寂しさと落胆、そして絶望的なまでの哀しさ。
テオは耐えきれず、顔を背けてきつく目を瞑る。
(こうなることは、わかってた。わかってたから……)
だからテオは、今まで黙っていた。
いつかは言わなければいけないこととわかっていながら、言い出すことができなかった。
「もういいのよ、みんな。そんな顔しなくても」
するとアシュリーは、どこか諦観の雰囲気を出しながら乾いた表情で椅子から立ち上がった。
彼女の正面に座ったテナイアが、心配そうに声をかける。
「アシュリーさん?」
「そんなに心配しないでください、テナイアさん。……あたしは、大丈夫です。ちょっと、受け入れる時間が欲しいだけ」
そう言って、皆から顔を背けながら部屋の中を歩く。
向かう先は、外への扉。
「――アシュリー!」
急に、マナヤが表へと浮上してくる。
彼女の背中へ、呼び止めるように叫んだ。
「アシュリー、すまん、俺は――」
「いいのよ、マナヤ」
謝ろうとするマナヤに、アシュリーは背を向けたまま淡々と語る。
「ただ……ごめん。今は、あたしを一人にして」
「アシュリー!」
「お願いだから!! ……今だけは、ホントに一人になりたいの。お願い……っ」
なおも近寄ろうとしたが、鋭い声で制止され足が止まる。
彼女の肩が僅かに震えているのを見て、マナヤは唇を噛んだ。
振り向かぬまま、アシュリーは小屋を出て行ってしまった。
「……ッ」
扉から顔を背けたマナヤは、またくらりと体を揺らす。
「っ、あ、あれ、マナヤ……?」
再び浮上してきたのはテオだ。マナヤが、自分の意識の底で落ち込んでしまっているのがわかる。
「……テオ」
そっと背後から肩に手を添えてきたのは、心配そうなシャラだ。
振り向けば、ディロンとテナイア、パトリシアも暗澹たる思いを醸し出した様子で目を伏せている。
「とにかく今は、時間を置きましょう。アシュリーさんも、急に真実を知って今は混乱しているでしょうから」
と、テナイアが努めて無表情となりそう告げた。
ディロンも小さく頷くと、無言のままテナイアと共に席を立つ。途中でパトリシアもテナイアに身振りで促され、こちらを気にしながらも後に続いた。
「……」
その様子を目で追うテオ。
二人とも、テオを責めているという雰囲気ではない。それは、なんとなくわかった。
けれども、どうにもやるせない気分になる。
「大丈夫? テオ」
「う、うん。ごめん、シャラ」
なおも不安そうにこちらの顔を覗き込んでくるシャラに、なんとか返事を返す。
ふるふると、シャラは首を振った。
「ううん、いいんだよ。……でも、ちょっと寂しかったかな」
「え?」
シャラの言葉に顔を上げると、少し目を伏せながらそっと視線を逸らすシャラの顔があった。
疎んでいる、わけではない。むしろ、シャラが自身を責めているように見える。
「アシュリーさんに言い出しにくかったのは、わかるよ。でも……だから、私にだけは、相談して欲しかったな」
「……ごめんね」
テオの役に立てなかった自分のことを、シャラは責めているのだろう。
自然と、シャラに体を寄せる。
「このことは、アシュリーさん以外の人には、できれば聞かせたくなかったから……だからシャラ、ごめんね」
「そ、か……そう、だよね」
こつんと、額をぶつけ合った。
***
次の日の朝。
「――おはよ、二人とも」
テオとシャラが小屋から出ると、笑顔のアシュリーが挨拶をしてきた。
振舞いだけは、いつも通りだ。
「お、おはようございますアシュリーさん」
「おはようございます。……あの、アシュリーさん大丈夫ですか」
シャラが少し戸惑いつつも挨拶を返し、テオもそれに続く。
が、彼女の笑顔が無理に作ったものであることは、テオにはすぐにわかってしまった。
アシュリーの目には泣き腫らしたような痕がかすかに残っている。表情も、どこかぎこちない。
「ええ、大丈夫よ。そのくらいで、へこたれてられないから」
どこか痛々しい笑顔で、そうヒラヒラと手を振るアシュリー。ズキリと、胸が痛む。
――テオ。替わってくれるか。
(マナヤ。……うん)
心の中から声がして、アシュリーに訊ねてみる。
「アシュリーさん。……マナヤが、会いたがっているんですけど、いいですか」
「あ……う、うん。お願いね、テオ」
少し表情が硬くなりながらも、アシュリーが頷いた。
一度深呼吸したテオは、横からシャラの心配そうな顔を向けられつつも、目を閉じてマナヤと交替する。
「――アシュリー」
鋭いが、いつもよりどこか控えめな目つきになったマナヤが、アシュリーを見つめる。
「っ!」
途端に、アシュリーがビクリと身震いした。ざ、と一歩後ろへと下がってしまう。
彼女にとっても、無意識の行動だったようだ。思わず下がってしまったことに、アシュリー自身も戸惑っているように見えた。
「っご、ごめんマナヤ」
「……」
「大丈夫。すぐ、慣れると思うから。……大丈夫」
マナヤの胸が締め付けられる中、アシュリーは気丈にそう言い張る。
(……そんな顔になっといて)
けれど、彼女は気づいているのだろうか。
マナヤを見つめる目が、どこか猜疑心に満ちたものになっていることに。
今なお、真っすぐにマナヤの目を見つめ返すことができていないことに。
「――あ、マナヤさん! マナヤさんですよね!」
そこへ、場違いに明るい声の持ち主がパタパタと駆け寄ってくる。パトリシアだ。
「おはようございます! 良かった、昨日あんなことがあって、もう出てきてくれないんじゃないかって心配してたんですよ!」
そう言ってマナヤのもとへと駆け寄り、爽やかに笑いかけてきた。
「お、おう、おはようパトリシアさん」
「みんな、奥の広場で待ってますよ。ほら、行きましょう」
と、パトリシアがマナヤの腕を取り、ぐいぐいと引っ張っていく。わざとらしく、マナヤの腕を自身の胸に押し付けていた。
「おいっ、パトリシアさん、そういうのは――」
「いいじゃないですか。わたしは誰かさんと違って、マナヤさんを嫌う理由なんかないんですから!」
抵抗しようとするマナヤに、パトリシアはあてつけるように言い放つ。
ぴくりと、視界の端でアシュリーが身を震わせるのがわかった。慌ててマナヤは、パトリシアの腕を振り払う。
「なッ、一体何を……!」
「だってわたしは、ブライトンに家族を殺されてますから。わたしを助けてくれて、仇も取ってくれたマナヤさんには、感謝しかありません」
そう言ってパトリシアは、もう一度体を寄せてくる。
どこからか、ため息が聞こえた。そして、その場から立ち去ろうとする足音が。
「ちょ、ちょっと待てアシュリー!」
パトリシアの手を乱暴に振りほどく。
すぐさまアシュリーの背を追い、その腕を掴んだ。
「!!」
が。
その瞬間、弾かれるように振り返ったアシュリーは、マナヤの手を思いっきり払いのけた。その顔は、憎悪と恐怖が入り混じり引き攣っている。
昨日、ダグロン達が去っていった直後に彼女がこちらへ向けてきた表情と、同じだ。
思わず頭の奥が冷え、その場で凍り付くマナヤ。
「っ……ごめん、なさい……」
そんなマナヤの状態に気づいたか、バツが悪そうに顔を背けるアシュリー。
「アシュ、リー……」
「自分でも、わかんないの……こんなことで、あんたを、嫌いたくないのに……っ」
まだ慣れないどころか、全く気持ちの整理がついていないようだった。
傍にいたいと願った気持ちと、英雄と崇めていたはずの父親の仇。その狭間に、アシュリーはまだ揺れているのか。
アシュリーが顔を背けたまま、自分のコートの胸元を握りしめている。
「お父さんが、死んだこと……それは、覚悟できてたのに……それは、大丈夫だったのに……」
「……アシュリー」
「なのに……お父さんが人殺しで……マナヤが、殺してたって………どうして、こんな……!」
両腕で自身の体を掻き抱き、震えているアシュリー。
そんな彼女を抱き寄せようと腕を伸ばし……
「……ッ!」
途中で、止まった。
アシュリーが、息を呑む音によって。
(俺に、こいつを慰める資格があるのか?)
彼女の父親を殺してしまったのは、自分なのに。
そんな自分がアシュリーに寄り添って、一体何になる?
こんなに、彼女を怯えさせて。
こんなに、彼女に憎悪を抱かせて。
それでも、近くにいる意味があるか?
アシュリーにとっては……ただの、ありがた迷惑ではないか?
「……召喚師達の、指導の準備してくる」
アシュリーに背を向け、広場へ向け歩き出す。
背後の気配は、微動だにしている様子がなかった。
「あの、マナヤさん……」
すれ違い様に、シャラが声をかけてくる。
けれども返事をする気になれず、そのまま彼女の前を通り過ぎた。
「さ、行きましょう? マナヤさん!」
明るく声をかけてくるのは、パトリシアだけだ。
とは、いえ。
――コの女の頭ヲ、ミノタウロスの斧デ叩き割っテしまエ――
マナヤの目には、そんなパトリシアを殺すビジョンが見えているばかり。
心が、冷えていくばかりだった。
***
「……」
その日の晩。
集落の皆が寝静まった頃に、こっそりとそこを抜け出す人物が一人。
赤いサイドテールを暗闇に紛らせた女剣士が、沈んだ表情で夜の森に入る。
向かう先は、領都の方角。一歩進むごとに、雪が踏みしめられ軋むような音が響く。
「っ!」
瞬間、地面の小枝を踏み抜くような音に反応し、弾けるようにこちらへ振り返る女剣士。
「……アシュリーさん」
木陰から姿を現したシャラは、集落を去ろうとするアシュリーにそっと声をかけた。
「……どうして、わかったの」
「これのおかげです」
気まずそうに顔を伏せているアシュリーに、シャラはそっと自分の右手首を掲げた。
そこのはまっているブレスレットは、錬金装飾『森林の守手』。一定範囲内で、敵や人の気配と位置を察知できるようになる。
「どうしても、行っちゃうんですか」
「……」
押し黙るアシュリーに問いかけたが、彼女は顔を背けてしまう。
そのまま、ぽつりと言葉を漏らした。
「嫌、なのよ……」
「マナヤさんのことが、ですか?」
「そうじゃない! そうじゃないはず、なのに……!」
大声で喚くアシュリーの瞳には、大粒の涙が溢れていた。
「あたしの、お父さんが……人殺しだった。だから、マナヤはそれを止めた! それはわかってる!」
「……アシュリーさん」
「なのに……なんで、割り切れないのよ! なんでマナヤと顔を合わせる度、どんどんあいつのこと嫌いになっていっちゃうのよ!!」
左手で片目を覆いながら、俯いて涙を流し続けるアシュリー。シャラはそんな彼女の姿に、胸が締め付けられた。
「……こんなことなら、マナヤのことなんか好きにならなきゃ良かった。もともと、別に好きでもなんでもなかったのに」
「アシュリーさん!?」
とんでもないことを言いだしたアシュリーに、思わずシャラが声を荒げる。
けれどもアシュリーは、勢いに乗ったように喚き始めた。
「だってそうでしょ!? あたしは最初は、あいつのことそういう風には見てなかった! あんたが、あたしを焚きつけたんじゃない!」
「私、が……?」
「そうよ! マナヤのことをどう思ってるか、なんてあんたが訊くから!」
アシュリーが言っているのは、マナヤの『自己犠牲の精神』の話をした時だ。
マナヤ自身の幸せを掴んで欲しくて、『アシュリーさんは、マナヤさんのこと、どう思っていますか?』と問うたことがあった。
「あんなこと言われなきゃ、別にマナヤのこと意識なんてしなかった」
「……そんな」
「こんな気持ちは、しょせん偽物の気持ちだったのよ!!」
「それは違います、アシュリーさん!」
泣きながらそんなことを口走ったアシュリーを、シャラが咎める。
が、顔を上げたアシュリーはキッと険しくシャラを睨みつけてきた。まだ目尻に涙を溜めたまま。
「違わないわよ! だってあいつは召喚師で、あたしは剣士なんだから!」
「アシュリーさん!?」
「だいたいあいつだって、同じ召喚師のパトリシアさんと一緒に居た方が意気投合できるじゃない! あたしには結局、召喚師の気持ちなんてわからないんだもの!」
肺から絞り出すようなアシュリーの叫びに、シャラは言葉に詰まってしまう。
なおも、溜め込んだものを吐き出すかのようにアシュリーは叫び続けた。
「マナヤにとってあたしは、自分が殺した男の娘で、面倒くさい相手なのよ!」
「違――」
「パトリシアさんなら、何の気兼ねもいらないじゃない! あの人は、ただ純粋にマナヤに助けられただけ! マナヤが負い目を感じる部分なんて、あの人には無いんだもの!!」
(……アシュリーさん)
これほどまでに憔悴しているアシュリーを、シャラは初めて見た。
彼女は、ずっとそんな気持ちを抱え込んできていたのだろうか。
マナヤと同じ召喚師であるパトリシアに嫉妬して。
悲惨な目に遭ったパトリシアのことを、突き放すこともできなくて。
マナヤは自分のものだと、堂々と主張することもできなくて。
そこへ、父親が英雄どころか重罪人であったと知って。
マナヤは父親の仇であるとまで知ってしまって。
彼を目を合わせるたびに、そのことを思い知らされて。
彼を支えればいいのか憎めばいいのか、わからなくなって。
彼の傍にいることが、怖くなってしまったのだろうか。
「でも、アシュリーさん」
こんな言葉は、逆に彼女を追い詰めるだけかもしれない。
けれどもシャラは、言わずにはいられなかった。
「マナヤさんの状態、知っているはずです。マナヤさんを支えられるのは……アシュリーさんしかいないんです」
「……そのうち、パトリシアさんもできるようになるわ」
「そんなことにはなりません。アシュリーさんだって、知ってるはずです。マナヤさんはずっと、アシュリーさんしか見てませんでした」
ギリ、とアシュリーが歯ぎしりをする音が夜の森に響く。
「……そのマナヤは、あたしのお父さんの仇なのよ」
「本当に、そうなんでしょうか」
「え……」
ぽつりと呟いた言葉に反応し、アシュリーが茫然として顔を上げる。
「アシュリーさん。……マナヤさんが殺した人は、本当にアシュリーさんのお父さんなんでしょうか」
「な、にを、今さら……孤児院長さんだって、アーデライドさんだってそう言ってたんでしょう!? あんただって聞いてたじゃない!」
ムキになって言い返すアシュリーに、しかしシャラは凛として正面からアシュリーを見つめる。
「アシュリーさんは、本当にそれでいいんですか?」
「なに、よ、それ……」
「アシュリーさんのお父さんは、英雄だったはずです。それを――」
けれどそんなシャラの言葉をアシュリーは遮り、恨みすら篭っていそうな目で睨みつけてくる。
「ふざけないで! 今さらそんなものに、何も意味なんてないじゃない!」
「アシュリーさんっ!」
「うるさいっ! あんたに何がわかるっていうの!?」
ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、アシュリーはもはや焦点の合わぬ目を向けて泣き叫ぶ。
「立派な両親に育てられたあんたに、あたしの気持ちなんてわからないわよ!!」
シャラの横を強引に走り抜け、領都の方向へと走り去ってしまった。
(アシュリーさん……)
伸ばした手をゆっくりと引っ込め、胸元で握る。
言い方が、まずかったかもしれない。
英雄の父に追いつきたい、アシュリーはただそれだけを心の支えにしてきていたはずだ。
それを否定され、自分の夢を否定されてしまった彼女に伝えるなら、別のやり方をするべきだったのかもしれない。
後悔と無力感に、シャラは顔を伏せる。
けれどもすぐに顔を上げ、彼女が走り去った先へ、光を飛ばした。
「――アシュリーさん、行っちゃいましたね」
そこへ、集落の方から声が聞こえた。振り向くと、緑の長髪を揺らしながらこちらへ歩み寄る女性の姿が。
「パトリシアさん……?」
「お父さんを殺されたアシュリーさんには、マナヤさんのお相手は荷が重かったってことじゃないですか?」
にっこりと妖艶な笑みを浮かべながら近づいてくるパトリシア。
この状況下でそんな言葉を言える彼女のことがわからず、シャラは思わず体がざわつくような気がした。
「どういう、ことですか」
「これでアシュリーさんって邪魔者がいなくなって、わたしがマナヤさんの傍に堂々といられるってことです」
と、屈託のない笑みでそう宣言するパトリシア。
思わずシャラは彼女へ向き直り、食って掛かる。
「何を言っているんですか! こんな時に、なんてことを!」
「だって今までアシュリーさんがいたから、わたしは遠慮してたんです。これで、マナヤさんはわたしが独占できますよね?」
この人は、一体何を言っているのだろうか。
あの二人の絆を今まで見ていて、それで二人が離れ離れになることを、喜ぶなど。
「あなたに、マナヤさんは渡せません」
シャラは背筋を伸ばし、まっすぐにパトリシアを見つめてそう言い放った。
すると彼女は、かすかに首を傾げて問う。
「あら、どうして? あなたに、マナヤさんが誰と結婚するか決める権利があるの?」
「あります。マナヤさんは、テオと同じ身体にいるんですよ」
「関係ないでしょう? だってシャラさん、あなただってアシュリーさんがマナヤさんと一緒に居ること、認めてたじゃない」
急に敬語を辞めたパトリシア。
挑戦的な彼女に対し、シャラはなおも真っすぐにパトリシアを見返す。
「私は、相手がアシュリーさんだから納得していたんです」
今度はシャラの方からパトリシアへと歩を進める。
気迫に押されたか、パトリシアは戸惑い気味になって思わず一歩下がっていた。
「マナヤさんのことだけじゃなく、テオのことも、私のことも……みんなが納得できるように、みんなのことを心から案じてた人だから。だから私達は、アシュリーさんのことを歓迎してたんです」
「な、なによ、それ……」
たじたじとなり、目を逸らしてしまうパトリシア。
そんな彼女に、シャラはきっぱりと言い放った。
「マナヤさんの心を案じず、自分自身の気持ちしか考えていないあなたに、マナヤさんのことは任せられません」
ぶるっと体を震わせるパトリシアだが、それでもなんとか踏みとどまり、キッとシャラを睨みつけてくる。
「そ、そんなこと言ったって、アシュリーさんは離れていっちゃったじゃない!」
「……」
「わたしだって、父さんと母さんをブライトンに殺されてるの。あの男のことは、殺したいほど憎んでた。親の仇を許す人なんて、いないわ」
自分自身に言い聞かせるように、冷や汗をかきながらも話し続けるパトリシア。
「あの二人は、もう戻らない。アシュリーさんは、マナヤさんを捨てたのよ」
「……私は、信じています」
しかしシャラは、ふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「アシュリーさんは、きっと帰ってきてくれる。私は、そう信じています」
自信に満ち溢れた、慈愛すら感じるようなその微笑みに、パトリシアは言葉を失った。




