163話 川岸の遭遇戦 最上級
「ちっ、【電撃防御】!」
すぐさまマナヤは、再度ショ・ゴスの背後へ回り込むと電撃防御をかける。電撃を弾く、水色の防御膜がショ・ゴスを覆った。
空中で展開した雷竜が、再び稲妻を吐く。
しかしその一陣の電光は、ショ・ゴスに命中した瞬間に跳ね返された。
自身の放った電撃が、サンダードラゴン自身の胴体に炸裂。
が、当のサンダードラゴンは怯みさえしない。雷竜なだけあって、あれ自身も電撃には耐性がある。
「!」
すると突然、そのサンダードラゴンの背から、何かが落下してきた。
人型のシルエットをしているそれは、ヴァスケスの傍ら目掛けてぐんぐんと地面に接近。しかし直前で、人影は地面に向け手をかざした。
「【粘獣ウーズキューブ】召喚」
人影が男性の声を放ち、空中に召喚紋が出現。
その召喚紋に自ら着地した人影は、その後召喚紋から緑色のキューブが出現するやいなや、空中でそちらへと跳び移った。
ぼよん、と緑色のキューブが地面に落下すると同時に、その上に乗った人影も柔らかく着地。
反動で跳ねるように飛んだ人影は、ヴァスケスのすぐ隣に華麗に着地していた。
人影を見上げたヴァスケスが、憎々しげにその男の目を睨む。
「……ダグロン、貴様」
「おやおやヴァスケス殿。貴方ともあろうお方が、随分と追い詰められてらっしゃるようで。【戻れ】」
赤毛のオールバックに口髭のその男は、ヴァスケスを嘲笑するように見下ろしていた。細身ではあるがヴァスケスよりも背が高く、また目尻の皺などから推測して彼より歳上でもあるようだ。
彼の『戻れ』の命令と共に、サンダードラゴンがダグロンの真上で旋回飛行を始める。
「ヴァスケスの仲間かよ」
空中のサンダードラゴンにも注意を払いつつ、マナヤはその男を見据える。
ヴァスケスへ向けた言い口からして、立場自体はヴァスケスの方が上なのだろう。が、どうにも彼はヴァスケスを見下しているように見受けられる。
マナヤを無視して、ダグロンと呼ばれた赤髪の男はヴァスケスと話し続ける。
「件のマナヤが相手のようですが、またしても負けているのですか。貴方は」
「っ……ダグロン! あの雷竜は何だ! 最上級モンスターを入手していながら、なぜ私に報告しなかった!?」
バツの悪そうな顔になったヴァスケスは、八つ当たりのようにダグロンへ向けて激昂する。
それを涼しい顔で返したダグロンは、くつくつと嗤いながら口を開いた。
「何をおっしゃいます。これは私がつい先ほど入手したもの。事前に報告しようがないではありませんか」
「つい先ほど、だと? ……周辺で最上級モンスターの目撃情報は無かったはず。神殿から来たようには見えんが」
ヴァスケスが疑うような眼差しを向け、それを微笑で受け流すダグロン。
(神殿、だと)
以前、テオから聞いていた。召喚師解放同盟は、瘴気を集めることで強力なモンスターを生み出す技術を持っていると。
つまり、件の『黒い神殿』にその機能があるということか。
「やれやれ、敵前で失言とは貴方らしくもない。トルーマン様に申し訳が立たないとは思わないのですか」
「……ッ、ダグロン、お前はなぜこんなところに!」
「わざわざ助けに来て差し上げたというのに、随分とご挨拶ですね。そうそう、挨拶といえば……」
呆れるように肩をすくめたダグロンが、そこでようやくマナヤへと向き直った。
「マナヤ殿、とお見受けいたします。初めまして、召喚師解放同盟が一員、ダグロンと申します」
などと、キザな仕草で一礼してみせる。胸に手を当てる、コリンス王国式の礼だ。
「……随分と余裕じゃねえか。わざわざサンダードラゴンを戻したりしてよ」
「ふふふ、とぼけるのがお上手だ。わかっているのでしょう? 私が、そこのショ・ゴスにかかった電撃防御が解けるのを待っているだけだというのを」
「……」
苛立ちを抑えながら、ダグロンを睨む。
回復魔法の類を除き、モンスターにかけた補助魔法は三十秒で効果を失う。サンダードラゴンからショ・ゴスを守るには、三十秒後にかけ直さなければならない。
だがダグロンは、ただサンダードラゴンに攻撃を辞めさせればよいだけだ。三十秒後に勝手にマナヤは電撃防御でマナを消費し、時間が経つごとにマナの格差が開いていく。
……が、それでもマナヤはダグロンへと啖呵を切る。
「悪ぃが、その程度で押し負けてやるつもりは無ぇよ」
「ほう? 我々二人を相手に貴方一人で、ですか? 共鳴を扱えるディロン殿らならばともかく……」
「そのくらい想定済みだよ。お前らのことだからな、どうせ途中から姑息に乱入してくるだろうなってな予想ぐらいつくぜ」
実際、マナヤはヴァスケスと戦いながらも、乱入を警戒し周囲にも注意を払っていた。複数のモンスターを操る召喚師だからこそ、常に全方位を警戒し、即座に反応できるようになっておくことが重要だ。
そうでなくては、マナヤは『サモナーズ・コロセウム』で上級プレイヤーになれなかった。
「……ッ」
ダグロンの隣で、ヴァスケスが歯ぎしりをしている。
……そろそろ、頃合いだろう。
「――スター・ヴァンパイア、【行け】!」
マナヤは、スター・ヴァンパイアへと指示を出す。先刻、鎚機SLOG-333にやられそうになって次元固化で守っておいたものだ。
電撃耐性を持つこの星の精ならば、サンダードラゴンのブレスも怖くない。
「ほう? しかし無駄です」
少しは驚いたようだが、ダグロンは余裕の笑みを浮かべている。ちらりと、先ほど出していた粘獣ウーズキューブへ視線を向けた。
ちょうど、ピンク色の体を虚空から現すスター・ヴァンパイア。
それが、ダグロンの粘獣ウーズキューブへと鉤爪を振り下ろした。
ゼリー状の体を裂かれた粘獣ウーズキューブはしかし、すぐにその体を修復。
そしてお返しとばかりに、スター・ヴァンパイアへ強酸を吐きつける。
スター・ヴァンパイアのウツボのようなものが生えた全身が酸で焼かれるが、大したダメージではない。
素のスター・ヴァンパイアでは、粘獣ウーズキューブは倒せない。だからこそダグロンも余裕だったのだろう。むろん、粘獣ウーズキューブもスター・ヴァンパイアを倒すほどの火力は無いが。
しかし粘獣ウーズキューブへと二度目の鉤爪攻撃をしたところで、ふいにスター・ヴァンパイアの姿が再び透明化した。
「なんですって?」
それを見たタグロンの表情が変わる。ふいに警戒し、油断なく身構えた。
直後、上空を旋回しているサンダードラゴンのすぐ近くでその姿を現したスター・ヴァンパイア。
鉤爪で青い鱗に包まれた雷竜を斬りつけはじめる。
地上を少し浮いているスター・ヴァンパイアは、対空性能も高い。空に敵がいれば、こうやって一気に上空へ浮かび上がり攻撃することができる。同じ移動方法を持つヴァルキリーと違い、自力で飛行モンスターと同等の高度へ登れるのだ。
「ちっ」
ダグロンが舌打ちし、憎々しげに自信の粘獣ウーズキューブを睨む。ほぼ一瞬しか囮にならなかったことにいら立っているのだろう。
モンスターには、判断速度というものがある。
攻撃が効かない相手に数回攻撃を行った後、攻撃対象を変更する性質を持つモンスター達。しかし、そうする判断の速さはモンスターごとに違う。
中でも、スター・ヴァンパイアは異常に判断速度が早い。だから、物理攻撃がほとんど通らない粘獣ウーズキューブは大した囮にはならない。
「【送還】」
ダグロンは苛立ちに目を細めつつ、上空のサンダードラゴンを送還。
マナヤに奪われることを危惧したのだろう。
「……しかたありませんねえ。もう一つ切り札を切りますか」
突然、そう言いだすダグロン。
くつくつと嗤うや、スター・ヴァンパイアを無視しマナヤに向かって手をかざした。
「【ワイアーム】召喚」
ダグロンの手のひらから、七メートル四方ほどの巨大な召喚紋が発生。
その中から、巨大な影が一直線にマナヤへと飛び出した。
「な――」
真正面から迫ってくるその影を直視し、マナヤは思わず目を剥く。
それはまるで、二対の翼が生えた巨大な蛇。
翼長は七メートル、全長は十メートルほどか。全身が黒っぽい青緑色の鱗に覆われ、腹側は白い。こちらへ向けて開いた巨大な口には、ぬらぬらと緑色の液体に濡れた何本もの牙が。
細くなっている尻尾の先端には、矢じりのような堅い棘が生えている。
精霊系の最上級モンスター、『ワイアーム』。
その猛毒に濡れた牙が、一瞬にしてマナヤの目の前に飛び込んできた。
飛行モンスターは、召喚直後は真正面にいる敵を高速で狙いに来る習性をもつ。
「――【ナイト・ゴーント】召喚ッ!」
とっさにマナヤは『夜鬼』を召喚。
発生した召喚紋が、マナヤとワイアームの間に割り込む。
(……召喚紋で受け止められる! だが、もしアイツがリミットブレイクを知ってたら……!)
このワイアームを召喚してきた、ダグロンという口髭の男。
補助魔法はそれなりに仕えるようだが、ヴァスケスに比べるとかなり腕は落ちるようだ。リミットブレイクを使ってきさえしなければ、なんとかなる。
……が。
「【リミットブレイク】」
いつの間にやら目を閉じていたダグロンが、無慈悲にキーワードを発声。
直後、開いたワイアームの口が、マナヤの前に現れた召喚紋と激突。
その瞬間に、ワイアームが喉奥から紫色の毒霧を浴びせてきた。
「ぐ、はッ……!」
召喚紋の側面から回り込んできた、紫色の霧。
その毒霧に触れただけで、マナヤは全身が焼け爛れる。
ごぼごぼと全身の血が沸騰するような感覚を味わい、体がぐらついた。
ワイアームの攻撃は、猛毒が塗られた牙での噛みつき。
それだけならば、最上級モンスターとしてはまだマシな方だ。鎚機SLOG-333と比べれば、その威力は各段に低い。
問題は、この『リミットブレイク』の方である。
ワイアーム自身のマナを消費して、強酸を含む猛毒のブレスを吐くことができる。全身を酸で焼いて斬撃耐性を下げ、さらに追加で猛毒を浴びせるものだ。
対人戦でもワイアームは、この毒による召喚師狙いのために使われていた。
「こ、のッ……【行け】!」
のっぴきならぬ状況。
マナヤは即座に自身のモンスターら全員に『行け』命令を下す。
川岸で待機していたショゴス、そしてスター・ヴァンパイアも一気に動き出した。
「ちっ、【牛機VID-60】召喚!」
舌打ちしたヴァスケスが、紫色の金属でできた牛型の機械モンスターを召喚。
虚空からスター・ヴァンパイアが姿を現し、牛機VID-60へ攻撃する。
ショ・ゴスもそちらへとズルズルと地を這いながら向かっていった。
「ぐ……!」
一方のマナヤは、その場に倒れ込んでしまう。ワイアームの毒による影響だ。
全身が熱を持ったようになり、さらにはがんがんと響く頭の痛み。
息をするのも困難となって、心臓も鳴る度に苦痛を訴えてくる。
マナヤの『ナイト・ゴーント』と、ダグロンの『ワイアーム』。
その二体が、空中でのドッグファイトを始めた。
ナイト・ゴーントがワイアームの背後を取った。全身真っ黒の人型から翼が生えたような悪魔が、ワイアームを追い回している。
対するワイアームは空中で旋回しようとしているが、背後を取られた上に速度で勝るナイト・ゴーントに反撃することができない。
飛行モンスター同士の戦いで、よく起こる現象だ。
どちらか、相手の後ろについた側のみが一方的に攻撃できる状態となる。マナヤは、このタイミングを狙っていた。
「ぎ、ち、ちくしょう……ッ」
しかし肝心のマナヤ自身は、ワイアームから受けた毒で体がまともに動かない。
なんとか懐に手を入れようとするが、気力も保たず、体が言うことを聞かなかった。
――マ、マナヤ!
(大丈夫だ……! こういう時のために、シャラから受け取ってるものがある!)
そう心配そうに声をかけてくるテオを、安心させる。
「――ダグロン、ワイアームだと!? サンダードラゴンといい、最上級モンスターを二体も! 一体どこから手に入れた!?」
「言ったでしょう? つい先ほど手に入れたと。西の町を襲った時に、少しね……」
「西の町……ダグロン、まさか貴様!?」
かすかに、地上でヴァスケスとダグロンが言い争っている声が聞こえる。
何を仲間割れしているのか知らないが、今のうちになんとかするしかない。
「ぐ……これ、だ……!」
指をほんの少しでも動かそうとしただけで、体がバラバラになりそうになる痛み。
そんな痛みの中、なんとか懐から目当てのブレスレットを取り出した。赤紫色の宝珠が付いた錬金装飾、それを自分の右手首になんとかはめる。
――【吸毒の宝珠】
途端に、全身の熱と苦痛が一気に引いていった。
吸毒の宝珠、装着者の毒を無効化できる錬金装飾だ。着ければ毒の状態異常を受けなくなる上、毒を受けた後で装着して解毒することも可能。
「ッ、よし、これなら!」
まだ全身がヒリヒリとするが、随分と楽になった。
動きやすくなった腕であと二つの錬金装飾を取り出し、両足首に装着。
――【治療の香水】
――【増命の双月】
すると、右足首に装着したチャームの小瓶から燐光が溢れ、テオの全身を優しく包み込む。徐々にだが、電撃や酸の火傷を治癒していった。
同時に、左足首の二連クレセントがついたチャームが白く光り、それがテオの生命力を増幅し活力を与える。
「【精神獣与】!」
立ち上がったマナヤは、空中のナイト・ゴーントへ精神獣与を。
ワイアームが、黒いエネルギーを宿したナイト・ゴーントの鉤爪で切り裂かれた。
びくんと一瞬痙攣した後、ワイアームの瞳が赤く染まる。
「よし、【戻れ】」
それを見計らい、マナヤはナイト・ゴーントを戻らせる。
するとワイアームは、ぎょろりとダグロンとヴァスケスの方へと鎌首をもたげた。
「な……ダグロン! 送還しろ!」
ヴァスケスがいち早く気づき、ダグロンへと警告する。
先ほどマナヤがナイト・ゴーントにかけた、精神獣与。
精神攻撃力を追加する補助魔法だが、攻撃した生物モンスターを『混乱』させる効果もある。混乱したモンスターは、敵味方の区別ができなくなり無差別攻撃をするようになるのだ。
ナイト・ゴーントが離れたことで、ワイアームはほぼ真下にいるダグロン達へと標的を変更。
一気にワイアームが毒牙の並んだ牙を剥き、ダグロンへと襲い掛からんとする。
「――やれやれ、本当にこの男は」
が、含み笑いをするダグロンの体に突然、異様な気配が立ち昇る。
その状態で、くいっと右手の人差し指と中指を上へ立てた。
(なに!?)
ワイアームが、想定外の動きを取る。
ダグロンへと襲い掛かろうとしていたはずが、急に方向転換してマナヤへと向き直ったのだ。
(どうして攻撃モーション中に!?)
ワイアームは、確実に攻撃モーションに入っていたはずだ。
そうなった場合、その攻撃モーションが終了するまで、モンスターは標的を変更することはない。それが『サモナーズ・コロセウム』の常識だったし、この世界でも同じだった。
「く、ナイト・ゴーンド【行け】!」
すぐさま、ナイト・ゴーントを突撃させるマナヤ。
まだワイアームは、マナヤへの攻撃モーションに入っていない。今ならば、このナイト・ゴーントに攻撃対象を変更するはずだ。
しかし、ワイアームはそちらに一瞥もくれない。
ナイト・ゴーントの鉤爪を食らいビクリと一瞬痙攣はするも、構わずマナヤへと一直線に向かってきた。
(なっ、どういうことだ!?)
マナヤの知るモンスターの動きではない。
自我がないはずのモンスターが、まるで明確な意思をもってマナヤを狙ってきているような……
(……まずい!)
もう目の前までワイアームが接近してきている。
召喚紋を出して盾にしようにも、もう間に合わない。
ワイアームの、猛毒に濡れた牙がすぐそこまで迫る。
「――【ライジング・ラクシャーサ】!!」
突然目の前に、赤い疾風が飛び込んできた。
側面からワイアームに激突するや否や、青白い閃光と共にワイアームの体を粉々に吹き飛ばす。
そこから抜けた衝撃波は、マナヤのギリギリ脇を通り抜け空中へと消えていった。
赤い疾風は、マナヤのすぐそばへと着地。
「マナヤ、無事!?」
「アシュリー!?」
自分の隣に、赤いサイドテールを揺らした女性剣士が降り立った。




