161話 速達の実演テスト
そして、領都の北に位置する召喚師の集落。
「モンスターを使っての、運搬業?」
空気が冷え込んでいる早朝、そこに住む召喚師達に、テオは自身の計画を説明した。召喚師達は、訝しげな表情でお互いの顔を見合わせている。
「はい。ゲンブやナイト・クラブといった、水の上に浮かぶことができる召喚獣。これの上に乗って、跳躍爆風で移動するんです」
テオは、なんとか受けてもらうよう熱弁する。
彼らには既に、水中での跳躍爆風の挙動は教えてある。どのような原理であるかは、もう察しがついているはずだ。
「……失礼だがね、テオさん。俺達は、今さら町の連中のために働いてやりたいとは思えない」
「え……」
が、彼らを代表するように一人の男がそれを拒絶した。思わず固まってしまうテオ。
「そうだよな……そもそも、町の連中が理不尽にオレ達を追い出したんじゃないか」
「領主様だって、領法でそう定めてきたんでしょう? そんな人達のために、今さら働けなんて言われても……」
「今や、町は召喚師嫌いの奴らでひしめいてるって話じゃないか。どんな商人がそんな話を受けるってんだ?」
その男の言葉を皮切りにしたように、他の召喚師達も口々に文句を言い始める。
町から追い出されたことが、かなり腹に据えかねていたようだ。
慌ててテオは説得を試みる。
「で、ですけど! 皆さん、仕事を受けられれば町に戻れるんです! 楽な生活に戻れるんですよ!」
「別に、今のままでも十分生活できてるじゃない!」
そこへ、一人の女性が立ち上がって叫んだ。周りの者も、それに同調する。
「ああ、シャラさん達のおかげで、随分と生きやすくなったもんな」
「食うには困らなくなったし、みんなでなんとかやりくりしていけるようになったわけだし」
「迫害してくる人に会わなくていい分、町よりも気楽なくらいよ」
どんどん不満が零れだしていく召喚師達。
「で、でも! この近くに、例の召喚師解放同盟がいる可能性が高いんです! 危険が来る前に――」
そう切り出したテオに、先ほど召喚師達を代表するように発言した男が食らいついた。
「それだよ。その召喚師解放同盟とやらに、俺達も混ぜて貰えばいいんじゃないか?」
「え……」
彼の提案に、テオは絶句。
が、勢いづいたように男は語り始める。
「聞けば、召喚師だけの世界を作るつもりだっていうじゃないか。むしろ俺達にとっては、好都合なんじゃないか」
「そ、そんな……」
「テオさんから教わった、召喚師の戦い方だってある。それを手土産にすれば、俺達も無下には扱われないさ。なあみんな?」
そう言って、他の召喚師達を見回した。
戸惑い気味だが、何名かは希望を持ち始めたようにうんうんと頷き始める。
(そ、そんな、みんなが……)
思わぬ方向に話が進みそうになって、テオはたたらを踏んでしまった。
このままでは、召喚師解放同盟から守るどころか、彼らが同盟に迎合してしまう。
――おいテオ。ちょっと替われ。
(え……マナヤ?)
――こんなことまで言われて、黙ってられっかよ。
その時、ドスの効いたような声で、マナヤが表に現れた。
すっとテオの柔らかい表情が、険しいマナヤのそれに変化する。
「……お前ら、本当にそれでいいのか? あァ?」
開口一番、苛立ちを隠しもせずに啖呵を切る。
「な――な、なんだよ。マナヤさんか? あんたはお呼びじゃないんだぞ」
代表していた男が少し怯んだ様子で、けれども懸命に立ち向かう。
しかしマナヤは、そんな彼の態度を鼻で笑った。
「はっ、威勢のいいことで。なら一つ、確認しておきたいことがある」
「か、確認だって……」
「ああ。お前、ちょっとこの場で『イス・ビートル』召喚してみろ」
大いなる種族。
冒涜系の中級モンスターで、人の頭ほどの大きさがある黄色い甲虫だ。
「は……? い、いや、なんで召喚なんて」
「早くしろ。召喚師解放同盟に入りたいなんて気概があんなら、それくらいできるだろ」
戸惑う男に対し、マナヤは静かな声でひたすら催促。
不満げな顔になった男は、しぶしぶといった様子で手のひらを前方に掲げる。
「【イス・ビートル】召喚」
召喚紋が出現し、彼の足元に黄色い甲虫が現れた。
それを確認したマナヤは、あえてその真正面に立つ。
「よし、じゃあそいつで俺を攻撃してみろ」
「……は? はぁ!?」
一瞬呆けた男は、次の瞬間に目を剥いた。マナヤは涼しい顔で、イス・ビートルの目の前で腕を広げる。
「ほら、早くしろ。『行け』って命じるだけだろ」
「い、いや、だからって……」
さすがに、テオと体を共有しているマナヤに攻撃するのは気が引けるのだろうか。両手を宙に彷徨わせながら、おろおろとしている男。
「ほら」
「……っ、知らないぞ! 【行け】!!」
なおも催促するマナヤに、男は歯ぎしりをしながら『行け』命令を下した。
……が。
「あ、あれ?」
イス・ビートルは、微動だにしない。
「ま、そんなもんだろうな。普通、ムカつく奴相手にだって、簡単に殺意をぶつけられる人間なんざいねえよ」
それを予想していたマナヤは、肩をすくめてそう告げた。
召喚獣は、召喚主が殺意に近い『敵意』を抱いた相手にしか攻撃しない。生半可な気持ちで、人を攻撃させることなどできないのだ。
本当に生死のかかった戦場ならばいざ知らず、このような場で本気の殺気を放つなど、普通の人間に簡単にできることではない。
男は茫然とし、他の召喚師達も顔を見合わせて考えこんでいる。
「だがな、もし俺がこうしてやったら――」
直後、マナヤの気配が変わった。空気が重くなり、彼の表情が険しさを一気に増す。
その、瞬間。
――ドンッ
「ぐうッ」
「あっ!? も、【戻れ】!」
イス・ビートルが一気にマナヤへと突撃した。胴体に頭突きをモロに食らい、もんどりうって倒れるマナヤ。
慌てた男は、急いでイス・ビートルを撤退させる。黄色い甲虫はすぐに攻撃を辞め、男の足元を反時計回りにぐるぐると周り始めた。
腹を押さえながらも、顔を歪めてマナヤはなんとか立ち上がる。
「ってて……ま、こういうこった」
「ど、どういうことだよ!? どうしてコイツ、急に……!」
自分のイス・ビートルを見下ろし、おろおろとしている男。そんな彼を尻目に、マナヤはなんとか立ち直って話始めた。
「簡単なことだ。お前じゃなく、俺が殺気を放ったんだよ」
召喚獣が攻撃を始める条件は、もう一つ。
殺意に近い強烈な敵意が、召喚主に向けられた場合だ。
「で、でも! 殺気を放つなんて、普通の人間には無理だって――」
「ああ、人間にゃ無理だ。だから言ってんだよ。召喚師解放同盟も俺も、普通の人間じゃねえ。なにせ、人殺しを経験してるからな」
狼狽えながらの男に、マナヤが淡々と答える。その雰囲気に、その場全員の顔色が変わった。
そんな中、マナヤは至って冷静に語り続ける。
「知ってるか? 人を殺した奴ってのはな、人として大切なモンを失くしちまうらしいんだ。他人に対して、こうやって簡単に本気の殺意を向けられるようになっちまう。ふとした衝動で、簡単に人の命に手をかけることができちまうのさ」
皆して血の気が引き、しんとしてマナヤの言葉を聞き続けていた。
「俺は今じゃな、誰を見てもそいつの殺し方を頭に勝手に思い浮かべちまうんだ。相手が敵だろうが仲間だろうが、関係ねえ。お前らどころか、シャラやディロンらを見る時にだって、そういう『殺しのビジョン』を見る」
信じられないようなものを見る目で、こちらを見つめてくる召喚師達。
マナヤは、その一人一人に見えている、召喚獣を使った『殺しのビジョン』を強引に無視し、話し続ける。
「こうなっちまったら、もう一生治らねえそうだ。人間じゃなくなっちまった心のまんま、一生付き合っていくしかねえ」
「……で、でも、それが召喚師解放同盟に加入するのと、何の関係があるんだよ」
重苦しい雰囲気の中、先ほどの男が懸命に口を開いた。そちらへと視線を向けたマナヤは、鼻で笑う。
「もうわかってんだろ? 召喚師解放同盟に加入する条件は、人を殺すこと、なんだとよ」
ひゅっ、と恐怖に肺から息を漏らす音が、そこかしこから響いた。
そこまで、淡々とした口調で話していたマナヤ。その表情が、一気に険しくなる。
「――まだ人間なんだろうが! お前らは!!」
大声で怒鳴られ、ビクリと身を震わせる召喚師達。
しかし直後、マナヤのその声に内包された強烈な寂しさに気づき、沈痛な面持ちで俯く。
「……俺がもう一生羨んでも取り戻せねえ人間性を、簡単に手放そうとしてんじゃねえよ」
一度息を吐いて落ち着いたマナヤは、最後にそう締めくくった。
――マナヤ。
(ばあか。お前までそんな声出してんじゃねえよ、テオ)
同じく沈痛な声色になっている、頭の中のテオ。それを、マナヤも心の中で笑い飛ばした。
「何の騒ぎですか?」
そこへ、くすんだ水色の髪を持つ女性が近寄ってくる。この集落の長をやっている、ナキアだ。
「ああ、気にしないでください。こいつらが、召喚師解放同盟と組みたいなんて言い出すもんで――」
「――何ですって?」
マナヤの説明に、ナキアは目を見開いて怒気を放つ。怒りの眼差しを、他の召喚師達へと向けた。
ナキアの静かな怒りを受けた召喚師達は縮こまってしまう。
「あなた達、一体何ということを!」
「ああいや、もう解決したんスよナキアさん。俺がキツく言っときましたんで」
いきり立つナキアを、マナヤが宥める。集落を長をしているこの女性は、落ち着いた雰囲気と思いきや許せないことには烈火のごとく怒るタイプだったようだ。
「……マナヤさん。彼らが、とんだ失礼を」
「大丈夫ですよ。それよりも、何かあったんスか」
カクンと急に頭を下げてくるナキアに、マナヤは彼女がここに訪れた用件を問いただす。
素直に頭を上げたナキアは、用件を思い出したように口を開いた。
「そうでした。ディロンさんとテナイアさんが、こちらにお戻りになりました」
「あ、帰ってきたんですか。良い知らせを持ち帰ってきてくれたならいいんだが」
「仔細はまだ聞いておりませんが、もう一人の方をお連れです。……町からの商人、だそうで」
町からの商人、と聞いて、ランシックの結論はもう想定が付いた。
おそらく、これで荷物配達の実績を作れということだろう。マナヤは、ナキアに向かって力強く頷いた。
「わかりました、すぐに向かいます。一応、テオにも交替しときますよ」
「ええ、お願いします。彼らは、集落の門でお待ちです」
そう言ってナキアは再び頭を下げ、集落の奥へと消えていく。
(よし、テオ。後は任せたぞ。……あと、アシュリーを見かけたら俺を起こしてくれ)
と、頭の中でテオに話しかける。
先ほど殺気を解放したため、自分の心がかなり疲弊しているのがわかった。今は狩りに出ていてここにはいないアシュリー、彼女の顔を一目見て安心したい。
――……。
(おい、テオ?)
――……あっ、ごめん。えっと、うん、アシュリーさんだね。
(何だよ、何かあったのか?)
どうにも反応が悪いテオに、何か落ち着かない気分になって問いかける。最近、アシュリー絡みになると様子がおかしい。
――ううん、何でもない。多分、気のせいだと思うから。
(気のせい? ……まあいい。とりあえず、ちょっと休ませてくれ)
――うん。お疲れさま、マナヤ。
「ディロンさん、テナイアさん! ――あ、ウォースさんも!」
交替したテオが門前まで移動すると、荷物を抱えたディロンとテナイアの姿が。そして彼らの傍らに、以前にも見た小太りの商人の姿があった。
体躯に見合わぬ、布に包まれた大量の荷物を背負っている。かなりの重量がありそうだが、どうやら『減重の聖杯』で軽量化しているらしい。錬金術師の商人ならではの裏技である。
「お、おお、テオさんですか。お久しぶりです、またお会いできるとは」
このような場所にあった集落、そして召喚師ばかりが存在していることに圧倒されていた様子のウォースが、テオの姿を見つけてパッと顔を明るくする。
「いえ、このような場所までよくお越しくださって……ディロンさん、テナイアさん、もしかして?」
彼と握手を交わしたテオは、期待に満ちた目でディロンとテナイアを見上げる。
かすかに微笑んだ二人は、ゆっくりと頷いた。
「ああ。ランシック様からは、太鼓判を捺して貰った。そのためにウォース殿に同行してもらったのだ」
「ちょうど、ウォース様から都合が良い、とのお話を伺ったので」
水を向けるように、ウォースへと視線を集中させる。待っていましたとばかりに、ウォースが嬉々として語り始めた。
「ええ。ちょうど知り合いの商人が、急遽私用で他領へと出向かねばならなくなりまして。私の方で彼が持ち込んでいた酒を買い取り、代わりに販売させて頂こうかと思っていたのです」
「ええと、それじゃあそれらの商品を別の領地に運んでいって売るのですか?」
「はい。預かった酒は、つい最近仕入れたらしい南方で作られた初物でして。今から北の領地へと売りにいくことができれば、かなりの利益が期待できるはずです」
どうやら、どっさりと彼が背負っている荷物が、まさにその酒であるようだ。テオは顔を引き締め、頷いた。
「わかりました、しっかりお届けします」
「ええ。私も同行させて頂きますので、よろしくお願いいたします」
「え? ウォースさんも来るのですか? モンスターに乗っていくんですけど……」
思わぬウォースの提案に、テオは少し不安になる。一般人は、モンスターに乗りたいだなどと言いださないはずだ。
が、ウォースはカッと目を見開き、熱弁を始める。
「何を今さら! 私はあの戦いで、モンスターに引っ張られ宙を舞ったのですよ!」
「あ……そ、そういえば」
この領に来るときの戦いだ。ウォースをバフォメット・モスの毒鱗粉から救うため、咄嗟にテオが跳躍爆風でウォースを範囲外へ逃したことがあった。
こくこくと頷き、ウォースが熱を増す。
「モンスターとて、使いようということです。それがわかった今、何を戸惑うことがありましょうか! 一攫千金のチャンス、逃しては商人を名乗れません!」
「ぷ、プロですね。ウォースさん」
「ええ! 何しろ、領主様をあげての一大行事、その先陣を切れるのです! 他の商人より先んじれるというのは、この業界では大事なのですよ!」
どうやら、そこが彼の乗り気の正体であったようだ。
もしこの事業が成功すれば、フィルティング男爵領の価値は一気に上がる。その一番目のテスト運用に携わったウォース自身も、それで商人として成り上がれることに期待しているのだろう。
と、そこでウォースがきょろきょろと周囲を見回しながら、テオへ耳打ちしてくる。
「時に、テオさん。この集落、嗜好品は足りておりますかな?」
「え? えっと、普通の食糧とかくらいしか……」
「それはいけませんね! どうです、この酒。少量でよろしければ、この集落に格安で提供させて頂きますが」
そんなウォースの申し出に、テオは目を見開く。
「で、でも、他領へ売りに行く大事な商品なんじゃ?」
「多少であれば、構いません。見事北の領地へ売りにいくことができれば、少し量が減ったところで利益は十分以上です」
と、胸を張るウォース。そしてその後、キラリと目を輝かせる。
「それに、事業を進めるにあたり召喚師さん方に恩を売っておけば、後々の契約で有利になれます。人脈こそ、何よりの宝なのですよ」
と、ニヤリと笑みを浮かべてきた。そういった辺りは、さすがは商売人というところか。
「あはは……わかりました。それじゃあ、お願いできますか」
「お買い上げありがとうございます! そして、運搬の方もよろしくお願いいたしますね」
再び、がっちりと握手を交わした。
***
「こ、これは……まさか、半日もかからずに辿り着いてしまうとは」
その日の午後。
ゲンブに乗って川を上り、山頂から別の支流に移ったテオとウォースは、あっさりと北に隣接する領の町に辿り着いてしまった。
「実際にこちらの町まで来たのは初めてですけど、なんとかなるものですね」
こっそりとゲンブを送還したテオが、少し先に見える町を眺めながら言う。
二人はあの後、ゲンブに荷物と自身らを乗せて川を跳躍爆風で上っていったのだ。ウォース自身が錬金術師であったため荷も軽量化できて、すんなりと運ぶことができた。
「速いのはもちろんですが、道中も却って安全なのもよいですね! 最初は、さすがにゲンブに乗るのは抵抗がありましたが……」
と、乗る直前にへっぴり腰になっていたことを思い出したか、ウォースは苦笑いする。
道中、射撃モンスターらがテオらに襲ってきたのだ。
が、跳躍爆風で強引に振り切って対処した。その時は恐ろしそうに震えていたウォースだったが、攻撃はゲンブに向かっていたのでウォースにもテオにも当たらない。しかもあっという間に振り切ってしまって、彼は拍子抜けといった様子だった。
「それで、ウォースさん。この街に滞在されるのですか?」
「いえ、こちらにも知り合いの商人がいまして、彼にまとめて売りつけるつもりです。きっといい値で買い取ってくださるでしょう」
と、背中の荷物を背負い直して、ほくほく顔になる。
「それに、これから領主様に成功の報告をせねばなりませんからね! 悠長にこの町で自ら売りさばいている暇など、ありません!」
意気込んでいるウォースの勢いに、テオは不思議な頼もしさを感じる。
「……あ、しかしテオさん。少しだけお時間を頂いても?」
「え?」
「せっかくなのでこちらの領の特産も購入し、復路で稼がせて頂きたいので」
ちゃっかりとしている辺りは、やはり商人なのだろう。
テオは、小さく苦笑した。
次回から、ようやく物語が大きく動きます。




