16話 暴走する感情
「だから! そこで『リーパー・マンティス』を使や話は早ぇんだっての!!」
「そ、そんなに強く言われなくたってわかりましたって!」
「いーやお前らはわかってねぇ! 目が信じてねえだろ!!」
次の日の朝、集会場での討論。
マナヤは大荒れに荒れていた。
マナヤはこの異世界での不満が爆発していた。
原因は今朝、この集会場に来る間の出来事だ。
昨日、マナヤに求婚してきた女の子たち。彼女らの友人らしい女性達に、マナヤはしこたま責められた。
『どうして、よりによってあんな断り方したのよ!! あの子、泣いてたじゃない!!』
『酷すぎます! いくら英雄だからって、そんなに邪険にしなくったって、いいじゃないですか!!』
『ちゃんと、あの子に謝ってきてよ! じゃないと、あたしはアンタを絶対に許さないからね!!』
自分が知らなかったこととはいえ、それほどまでに非難の目を向けられたこと。それにマナヤは神経を消耗させられてしまった。
不規則になってきた生活リズムも手伝い、彼のイライラは限界に到達。既にマナヤ自身にも自分の感情が制御できない状態になっていた。
そのためマナヤは、そのイライラをこの”世界”にぶつけようとしていた。
「だからこの世界の奴らは遅れてんだッ! この程度のこともすぐにわからねーでどうする!!」
「そ、そんなこと言われても……!」
「ま、マナヤさん! そこまで言わなくてもいいじゃないですか!」
ネチネチと嫌味を言い続けるマナヤの標的になった若い召喚師カルに、緑髪のジェシカが助け舟を出した。
「なんだ!? お前まで俺の意見に口出しするってのか!?」
「い、いえそうじゃなくて!」
「ったく、だからこの野蛮な世界の奴らはダメだってんだ! 俺の世界じゃ、こんな程度のことは誰にでもわかってたんだぜ!」
いら立ちを隠そうともせず、もはや言いがかりなレベルでさらに弟子たちに嫌味を言い続けるマナヤ。
「毎日、命の懸かった戦いをしておきながら、俺が来るまでは『あの程度』の戦いしか出来てなかったんだもんなぁ!? 所詮、この世界の奴らの出来なんてそんなもんなんだよ!! 俺の世界を、ちったあ見習えってんだ!!」
「ま、マナヤさ――」
明らかに行き過ぎなマナヤの発言に。
「……ッッ! そんなに異世界が好きなら! さっさと異世界に帰ればいいじゃないか!!」
ついに、カルがそう言い返してしまう。
「――ッ」
瞬間、すっとマナヤの目が据わった。
「か、カルさん!」
「あっ……!」
慌ててジェシカが窘め、我に返ったカルが自らの発言に真っ青になる。
だが、すでにマナヤは開き直った表情になっていた。
「……上等だ! 帰れるもんならこんな世界、とっとと帰ってやらぁッッ!!」
バァン、と扉を乱暴に開け集会場を飛び出て行ってしまう。
「ま、待って! マナヤさんっ!!」
後ろから呼び止める声にも構わず、マナヤは全速力で集会場から走り去る。
(なんだよ……一体、何だってんだよッ!!)
何故、自分はこの程度のことでこれほど頭に血を登らせているのか。
何故、こんなにもいら立ちを抑えられないのか。
自分は、こんなにも心が狭い人間だったか。
そうは思いながらも、マナヤは冷静になることが全くできなくなっていた。
元の世界と全く違う、異世界の食事。文化。空気。
それがとうとう、マナヤの心に牙をむき始めた。
***
夕刻。
荒れながらも一応、予定通りに『間引き』に参加し、セメイト村に戻ってきたマナヤだったが、全くイライラが晴れていなかった。
「くそっ……!」
そこらの石ころに当たり散らしながら、マナヤが毒づく。
今日のマナヤは、明らかにミスが多かった。
肝心なところでまともにサポートが出来ていなかったり、召喚モンスターの管理ができずに無駄に消耗させてしまったり。必要以上に『ドMP』を狙って、庇う意味がないタイミングで敵モンスターの攻撃に自ら突っ込んでいき、白魔導師の負担を増加させてしまったり。
マナヤの普段の実力を知っているメンバーは、様子がおかしいマナヤを気遣っていたものの、それが逆にマナヤのいら立ちを助長させていた。
「……マナヤ? どうしたのよ、そんなに荒れて」
そこへ、おそらく同様に『間引き』から帰還したのであろうアシュリーが声をかけてくる。
「別に、どうってことねぇよ」
「そんな顔して、説得力無いわよ。いつもの調子はどこ行っちゃったの?」
「ッ、ほっとけッ!!」
「待ってよ、ちょっと落ち着いて」
アシュリーにまで当たり散らしそうになってしまうが、アシュリーは彼の両肩を掴み、制止する。
不安そうに揺れる瞳で、まっすぐにマナヤの目を覗き込んでくる。
「……あたしで良ければ、話、聞かせて?」
***
日もほとんど沈み切って、星がキラキラと瞬き始めた夜空。
マナヤとアシュリーは、村はずれの広場でベンチに腰掛けていた。
「……そっか。ごめんね、あたしもキツいこと言っちゃったんだね」
マナヤの話を聞いて、アシュリーが謝ってきた。
元の世界と違う、飽きっぽい味の料理や、どこへ行っても逃げることができない土の匂い。元の世界よりも不便な生活。
そして先日の『求婚』の件でアシュリーに急に怒られ、今朝も女性たちに同じ件で責められたことなどを、マナヤはぶちまけていた。
「……お前が悪いわけじゃねーだろ」
「ううん、世界が違うことに気づかなかった、あたしも悪いんだよ」
文化が全く違う場所から来た人間となど、一度も接したことがないだろうアシュリー。そんな彼女にそこまでの気遣いを求めることは酷なのだろう。
だが、だからこそ。そんなアシュリーが謝ってきたことに、謝らせてしまったことに、マナヤはえも知れぬ罪悪感を抱いてしまう。
「……謝んなよっ! お前に謝られたら、あいつらにあんなに当たり散らした俺は一体何なんだよッ!!」
朝、弟子たちに当たり散らしてしまった自分を思い出して、アシュリーに喚いてしまうマナヤ。
「ま、マナヤ……」
「――どうせ、俺は元の世界なんざ、帰りたくたって帰れねぇんだ」
そんなに異世界が好きなら、さっさと異世界に帰れば良い。
カルに言われたその言葉は、マナヤの心に深く突き刺さっていた。
帰れるものならば、マナヤだって帰りたい。
味に深みのある、日本料理が食べたい。
土の匂いがこびりついていない、小綺麗な部屋で休みたい。
電気の通った、ゲーム機やパソコンのある部屋で寛ぎたい。
――史也兄ちゃんに、会いたい。
「……マナヤ、大丈夫。ちょっとずつ、この世界に慣れていけばいいんだよ」
そう言って、アシュリーがマナヤの肩に手を置く。
「あたしも、手伝うからさ。……もう、あんたに変に怒鳴ったりも、しないから」
……なのに、どうあがいても帰ることなどできない。
「――お前まで」
「え?」
マナヤのつぶやきをアシュリーが訊き返す。が。
「お前まで、俺に帰っちゃいけねぇっていうのかよ!!」
「ま、マナヤ!?」
もう、マナヤには自分がわからなかった。
自分をこんなに気遣ってくれたアシュリーにまで、何をこんな無茶苦茶なことを言っているのか。
「どうせ俺は、帰れねぇよ! 帰っても良いなんて、誰も言ってはくれねぇよッ!!」
「マナヤ! 待って、ごめんあたしは――」
この世界に慣れていくしかない。そんなことはわかっている。
アシュリーは、何も間違っていない。
間違っているのは、自分だ。
……なのに、なぜいまだに、自分はアシュリーに当たっているのか。
「この世界に、俺の居場所なんか無ぇッ! なのに、帰ることすらできねぇんだッ!!」
「マナヤ!!」
――ダッ
マナヤは暴走する感情のままその場から走り去った。
「……っはぁ……はぁ……っくそっ!!」
ひとしきり走った先には、ピナの木の群生地があった。
その木の一本、その幹に寄りかかり息を整えるマナヤ。
(……そうだよ。この世界に本来、俺の居場所は無かった)
マナヤは、先ほどアシュリーにぶつけた言葉を反芻し、ようやく気付いた。
自分が、何に一番イラついていたのか。
(……俺は……)
テオの両親が、最初自分に向けていた目。
自分が『テオ』では無いと知って、失望していた目。
テオの幼馴染であるシャラが、自分を見ていた目。
可能な限り自分を避け、会話も最低限しかしようとしなかった。
……テオが居なくなった原因と見て、疎んでいた目。
「俺は……この世界に、『拒絶』されてるんじゃないか?」
自分は、元々この世界の存在ではない。
世界からすれば、自分は『異物』だ。
たとえ、『神』が自分をこの世界に連れてきていたとしても。
世界そのものが、自分を受け入れることを拒否しているのではないか。
「……っ、ハハッ……」
口から乾いた笑いが出てしまった。
木の幹によりかかったまま、ずり落ちて座り込む。
考えてみれば、おかしなことはあった。
何故自分は、子ども時代の記憶を消されているのか。
何故自分は、地球の文化について思い出せることが少ないのか。
何故自分は、こんなにも命を賭ける戦いを受け入れているのか。
しかも、今思い出そうとしてみれば。
自分は、『転生』したはずだというのに。
自分は何故、自分が死んだ時のことを何も思い出せないのか。
(俺は……「神」とやらの都合で……神に、殺されたんじゃないか?)
この世界に、召喚師の戦い方を伝えるために。
自分は勝手に選ばれ、神の勝手な都合のために。
勝手に殺され、勝手に記憶や意識を改変されて。
勝手にこの世界に連れてこられたのではないか。
だとしたら。
こんなに、嫌な思いまでして。
神から与えられた『使命』とやらに、わざわざ従ってやる義理などあるのか?
(……はっ)
そう考えた瞬間。
マナヤは、もう何もかもがどうでも良くなってしまった。
この世界の人間がどうなろうが、自分には関係ない。
「……もう、知ったことか」
そうして、目を閉じたマナヤは。
――『使命』なんざ、くそくらえだ――
その意識を、深く沈めた。




