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156話 召喚師解放同盟の分裂

 召喚師解放同盟の襲撃により、完全に壊滅した町の中。


「――これで、全員か?」

「はい、ヴァスケス様。ただなかなか手加減が効かず、この町の召喚師が数名犠牲になったと」


 シェラドが連れてきたのは、この町の召喚師と子ども達だ。

 完全に恐怖に染まった表情で見つめてくる彼らを、ヴァスケスは威圧感の篭った目で睥睨した。


「仕方がなかろう。召喚獣の戦いで、手加減など簡単にはできまい」

「な、何が仕方ないだ! こ、こんなに人の命を奪っておいて……!」


 震え後ながらも、捕虜の一人である男性召喚師が声を張り上げる。

 が、ヴァスケスがより一層殺気を籠めて睨みつけると、縮こまってしまった。


「我々は、この町に機会を与えた。今日正午までに降伏し、召喚師達を差し出せば見逃してやると。その機会をふいにした結果が、この惨状だ」


 町の中は、血と煙の臭いにあふれかえっていた。

 そこかしこに、遺体が転がっている。そのすべてが、召喚モンスターにやられたものだ。


「改めて名乗ろう。我々は、召喚師解放同盟。不当に虐げられた召喚師を救い、人間らしい生活ができることを願う組織だ」

「す、救うだって!?」


 ヴァスケスの名乗りに、先ほどの男性召喚師が目を剥く。


「そうだ。我々は、ただ国から召喚師に選ばれたというだけで迫害され、家族からも見捨てられた者の集まり」

「……ッ」

「そんな、不幸に苛まれる召喚師達を救い出し、他『クラス』の者達を制裁する。召喚師以外の者達を、今度は我々が排斥し、召喚師の尊厳を取り戻す。それこそが我々の悲願だ」


 そう言って、ヴァスケスはじっと男性召喚師を虚ろな目で見つめる。


「お前たちとて、他『クラス』の者達に虐げられていたはずだ。そんな者達のために、お前たちが働いてやる必要があるか?」

「だっ、だからって、こんな……っ」


 ガタガタと震えながら、それでも口ごたえしようとする男性召喚師。


「ではお前は、我々の方針には賛同できんと言うのだな?」

「あ、当たり前だ! そんな簡単に人を殺すようなお前らが、召喚師の未来を背負うなんてできるもんか! 血みどろの未来しかないじゃないか!」

「……そうか。残念だ。【戻れ】」


 ヴァスケスの命令と共に、車輪が大地を削る音が響く。

 土煙を上げながら、ヴァスケスの傍らへと鎚機SLOG-333(スロッグデルタ)が姿を現した。


「な――」

「召喚師の誇りを棄てた者に用はない。……【行け】」


 絶句する男を()めつけ、ヴァスケスは解放した殺気を叩きつけた。

 途端に、鎚機SLOG-333(スロッグデルタ)が鈍い音を立てて三つの鉄槌を浮遊させる。


「こっ、この! 召喚――」

「【重撃獣与(ブロウン・ブースト)】、【電撃獣与(ブリッツ・ブースト)】」


 男は恐怖に引き攣りながらも手を前方にかざすが、間に合わない。

 ヴァスケスの獣与(ブースト)魔法を二つ受けて、鎚機SLOG-333(スロッグデルタ)の攻撃力が三倍化。


 ――ドパァッ


 一瞬にして、召喚師の男は血煙と化した。


「いかに生命力の高い召喚師とはいえ、これだけ強化したSLOG-333(スロッグデルタ)ならば一撃で死ぬ。()()()()だ」

「ひ、ひぃっ……!」


 まるで壊れた人形でも眺めるかのように、冷徹に語るヴァスケス。

 大量の血を浴びた町所属の召喚師達は、一瞬にして死体も残さず消し飛ばされた同胞に。そして、一撃で死ぬことを『確認済み』などと、実に無感情に言ったヴァスケスに恐怖する。


「お前たちは、どうする。見ての通りこれが最後のチャンスだ」

「わ、わた、私達はあなた達に、しっ従います!」


 ガチガチと歯を鳴らしつつ、前列の一人が代表して頷く。他の召喚師達もそれに続いて、声が出ぬまま何度も頷いていた。


「結構。安心しろ、我々は同胞だ。邪魔さえしなければ、他『クラス』のように無碍に扱ったりはせん」

「は、はいっ……」

「さて」


 結果に満足したところで、ヴァスケスは左へと向き直る。

 その先に集められていた、生き残りの子供たちが座り込んでいた。ヴァスケスの視線を受け、真っ青になって上体を引く。


「あっ、あの! こ、子供たちだけは! どうか子供たちにだけは、ご慈悲を!」


 すると、先ほどからヴァスケスへ返事をしていた召喚師が、されに血の気を引かせながらも縋りつくように提言してきた。


「勘違いをするな。……お前たちは、どこへなりとも去るが良い」


 しかし興味を失ったかのように、子供たちの解放を宣言する。もはや泣き出しそうになっていた子供たちは、実感が湧かないかのように顔を見合わせていた。


「……こ、子供たちは、許して頂けるのですか?」

「我々が戦う相手は、あくまでも召喚師以外の『クラス』の者達。クラスを持ってすらいない子供に、手をかける理由はない」


 恐る恐る訊ねてきた召喚師に、ヴァスケスは顔を向けすらもせずにぶっきらぼうに答える。

 どのみち、成人の儀を執り行う手段は召喚師解放同盟には無い。であれば、子供たちを殺す意味も連れていく意味も全くない。


 振り向いて腹心のシェラドへと声をかけた。


「奪った食糧は?」

「この先に集めております、ヴァスケス様」

「よし、この子供たちが飢えぬ程度の量をここに残していけ。三日分ほどあれば十分だろう」

「はっ」


 シェラドが奥へと消えていくのを目で追った後、他の部下たちに顎で合図するヴァスケス。

 すると数名の部下が、町の召喚師達を取り囲んで誘導していく。


「……よろしかったのですか? ヴァスケス殿」

「ふん、ダグロンか」


 背後から小馬鹿にしたような男の声。ヴァスケスはそちらにちらりとだけ視線を送り、町の入り口を目指し歩き出す。『戻れ』命令により、鎚機SLOG-333(スロッグデルタ)も追ってきた。

 その後からダグロンが駆け寄り、更に追及してくる。


「子供たちを殺さずに逃がすのですか。食糧までわざわざ残して」

「彼らも将来、何名かは召喚師に任命される。我々の度量の広いところを見せておけば、その時すんなりと仲間になってくるやもしれん」


 冷静に諭すも、ダグロンは浮かぬ顔だ。


「後々、禍根を残すかもしれませんよ」

「その時は、私が直々に殺す。他『クラス』に迎合するような軟弱者となったならばな」

「……」


 舌打ちしつつも、ダグロンが押し黙る。

 ふと思い出して、ヴァスケスは彼に尋ねた。


「それよりもダグロン、新しい『核』はどうなった」

「今日の戦いで、またずいぶんと魂を蓄えたようです。とはいえ、ようやっと二割といったところですか」


 特にもったいぶるでもなく、すんなりと答えが返ってきた。


「さすがに召喚獣で直接町を攻撃するようになって、溜まるペースも格段に速いな」

「今までと違って、野良モンスターをわざわざ集める手間もありませんし、魂を吸ったモンスターを町の召喚師に奪われることもない。余すところなく魂を回収できるのは大きいでしょう」


 モンスターが人を殺した時、モンスターは砕けたその魂を回収することができる。あまり知られていないが、これは野良モンスターも召喚モンスターも同じだ。

 この『核』というものは、人を殺したモンスターから魂を吸い出し、それをエネルギーとして蓄えることができる。エネルギーを百パーセント溜め込み、『祭壇』に捧げることができれば、召喚師自身があらゆるものを破壊する力を永続的に得られるらしい。

 かつて、スレシス村でジェルクが勝手に使用した時ですら、完全ではなかった。ゆえにあの時は、力を振るった分エネルギーが損耗してしまっていた。


 トルーマンが地道にモンスターで人を殺し続け、少しずつ組織を拡大しはじめたのは、二十年前。

 これまでの二十年間でやっと八割ほど力を蓄えていた前回とは、段違いの速さだ。当時とは戦力が比べ物にならぬ、という点はあるにしても。


(とはいえ、私はあの新たな『核』を持つことはできなかったが)


 トルーマンが存命の頃は、主にトルーマンが管理していた。が、当時のものはヴァスケスも持つこと自体はできていた。


 しかしトルーマンが死して、彼が持っていた『核』がどこかへと紛失。ここブライアーウッド王国の新たな神殿で見つけた『核』は、なぜかヴァスケスを拒絶している。持とうとすると、瘴気の触手が現れてヴァスケスを食らおうとするのだ。

 やむなく、保持することができているダグロンに預けている。


「奪った食糧や物資をモンスターに積ませたら、ここを発つ。兵に通達しろ」

「……わかりました」


 ダグロンがスッと離れる。

 歩みを止めぬまま、ヴァスケスはあちこちが砕け散った町中を見回し、密かにため息をついた。



 ***



 数日後。


 ヴァスケスら召喚師解放同盟は、フィルティング領内にある本拠点と、先日襲った町の中間地点、そこに設けられた仮拠点に滞在していた。

 仮拠点の中で、召喚師解放同盟の者達が寛いでいる。存分に酒や嗜好品を堪能し、皆満足げだ。


「――次は、こちらの町を狙うのがよろしいかと」


 その中、簡易的に木の枝と木の葉で建てられた会議室にて。

 ダグロンが、木の枝で組まれたテーブルの上に地図を広げ、一点を指さしながらヴァスケスへと提案していた。ヴァスケスの腹心であるシェラドや、他にも幹部が数名その会議に混じっている。


「西の町か?」

「私が直々に軽く偵察してきましたがね。防備は薄く、しかし蓄えは多い。ローリスク・ハイリターンです」


 ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべながら、そう告げるダグロン。それにヴァスケスは顔をしかめた。


「ローリスクな戦いに意味はない。兵を増長させ、精神を弱くするだけだ。北の町を狙うべきだろう」


 そう断言し、この仮拠点より北に存在する町を地図上で指さす。度重なるモンスターの襲撃を見事退けていると名高い、堅牢な町だ。

 ダグロンが片眉を吊り上げた。


「……困りますね、ヴァスケス殿。兵の士気も考えていただかなくては。楽に酒や嗜好品をたんまりと奪える上、殺人衝動も存分に満たせるのですよ」

「欲望に突き動かされる兵など要らん。騎士道精神と、忠誠心こそが重要だ。でなければ、体のみならず精神もマナヤには勝てん」


 真顔になって否定するダグロンを、ヴァスケスはぴしゃりと一蹴。

 かつてヴァスケス自身が、マナヤが滞在したという開拓村に介抱された際に感じたことだ。召喚師と他『クラス』との共存を、村人が疑わなくなっている。

 姑息な振舞いをしていては、召喚師達からの求心力でマナヤに大敗してしまう。


 そこへ、不快さを隠そうともせずダグロンが反論。


「欲望だろうと忠誠心だろうと、兵が命令に従うのであればどちらでも構わないでしょう」

「そんな台詞は、まず()()()私の命令に従えるようになってから吐くのだな」


 そう吐き捨て殺気を放つと、ダグロンが怒りを堪えるように唇を引き結む。

 しばしの沈黙の後、鼻を鳴らして顔を背けてきた。ヴァスケスは、気づかれぬよう小さく嘆息。


「……私がこれより、北の町へ偵察に向かう。三日後に私が戻ったら、襲撃をかける。兵の準備を整えておけ」

「……仰せのままに」

「シェラド、お前もついて来い」


 気乗りしなさそうなダグロンの返答をよそに、ヴァスケスは自身の背後に立っていた腹心へと声をかける。


「マナヤから奪った例の本に書いてあった戦術、実戦で試し時だ。お前には、周辺地形の確認を手伝ってもらう。その後は、全軍が到着するまで町を監視しておけ」

「はっ」

「すぐに発つ。急ぐぞ」


 シェラドを連れ、会議室から出ていった。




 後に取り残されたのは、ダグロンと数名の幹部。


「……今晩、西の町へ夜襲をかけます。密かに兵を準備させなさい」

「しかしダグロン様。ヴァスケス様のお言葉はいかがなさるのです」


 ダグロンが小声で、幹部らに命を下した。幹部らは、ヴァスケスが去っていった先をチラリと見ながら反論する。

 しかし口髭をいじるダグロンは冷たくこう吐き捨てた。


「あの方では、我らが同盟は率いられません。組織の動かし方というものを、まったくわかっていない」

「……っ」

「トルーマン様の右腕であったからこそ、帰還した彼を首領に据えました。が、彼は駄目です。マナヤへの復讐に囚われ、同盟を私兵としか見なしていません」


 トルーマンが生きていた頃は、良かった。


 彼は、組織を動かすために為すべきことを良く分かっていた。部隊の士気を常々考え、兵が望むものを与えていた。ダグロンの策謀の素質を見抜き、それを遺憾なく発揮する機会というものも与えてくれていた。

 何より、トルーマンにはカリスマ性があった。彼についていけば、必ず目的を達成できると信じられる力強さがあった。


 だが、ヴァスケスには組織の長としての素質も自覚も無い。カリスマ性も欠如している。

 唯一、召喚獣を使った戦術の巧妙さ……すなわち、召喚師としての強さのみはダグロンも認めるところ。が、それは兵力と訓練効率に関わるだけのことで、リーダーシップとはまるで別物だ。


 そして今、ヴァスケスは打倒マナヤの意識に囚われ、組織の長という立場を無視して同盟を私物化しようとしている。


「ヴァスケス殿がここを発ったら、準備をさせなさい。西の町を今晩中に襲い、町民を皆殺しに。物資も全て強奪します」

「召喚師も子供も皆殺しですか?」

「もう我々は人員も十分。我々が奪う分の物資も、わざわざ子供たちにくれてやることもありません。密かに皆に通達しておきなさい」

「はっ」


 ダグロンと幹部達は、そっと会議室を出た。


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