155話 召喚師解放同盟の快進撃
ブライアーウッド王国のとある町が一望できる、小高い丘の上で待機しているのは、青く長い前髪で目元を隠している男。
召喚師解放同盟の新たな長となった、ヴァスケスだ。
傍らには、彼の副心であるシェラドが佇んでいる。さらに他にも、合流できた召喚師解放同盟の人員たち十二名ほどが集結していた。
「……やれやれ」
と、その中の一人、鼻の下のみ口髭を生やしたオールバックの赤髪の男性が頭を振った。
「どうだダグロン、町の住民の返答は」
ヴァスケスは、その口髭の男――ダグロンに成果を確認する。
「鷲機JOV-3を通して通達しましたがね。降伏する気などなさそうですよ。徹底抗戦を宣言しています」
と、ダグロンは憎々しげに唇をゆがめた。
彼はヴァスケスの命令で、中級モンスター鷲機JOV-3を街中に飛ばし、メッセンジャーとしたのだ。
『明日正午までに降伏し、物資半分と町に所属している召喚師全員を差し出せ。そうすれば、この町は見逃してやる』
といった内容だ。
召喚モンスターは、視点変更して送り込むことで偵察兵として使える。そのモンスターを通して言葉を発したり、逆に相手の言葉を聴き取ることも可能だ。
だが、ダグロンが送り込んだ鷲機JOV-3は、どうやら町民によって破壊されたらしい。
「なるほど。やはりこの町は、あえて修羅の道を選ぶか」
「で、いかがされるのですかヴァスケス殿」
淡々とヴァスケスが頷いている中、ダグロンがあてつけるような様子で伺いを立ててきた。
無表情のままダグロンを見下ろし、きっぱりと告げる。
「宣告通り、町には翌日正午まで猶予をくれてやる。襲撃の準備を整えておけ」
「なぜ律義に、明日まで待ってやる必要があるのです? 宣告など反故にして、今晩にでも襲ってやれば良いではありませんか。丸一日も待って援軍が呼ばれでもしたら、いかがなさるのです」
「それでは我々は、賊も同然だ。命に従うならば慈悲を与える、という誇り高い側面も見せねばならん」
きっぱりと言い放たれた言葉に、目を剥くダグロン。が、ヴァスケスは全く譲らない。
「翌日に援軍が辿り着くというならば、むしろ好都合というもの。激しい戦いをもって、我々は経験を積んでさらに強くなる」
「……強くなるどころか、兵を失う可能性はお考えで無いと?」
「生ぬるい戦いにしか勝てんようでは、どの道マナヤを超えることなどできん。私も前線に立つ。皆に通達しておけ」
「……」
やれやれと頭を振っているダグロン。ヴァスケスは踵を返し、町に背を向けて歩き始めた。
「それで、ダグロン。マナヤの足取りは追えたのか」
「ええ。『例の女』が、巧くマナヤに取り入ったようです。集落の者達に戦い方を教えるそうですよ」
後からついてくるダグロンが、得意げに説明を始める。
(我らの拠点近くにある、あの集落に居るというなら、少なくとも明日明後日にこの町には来れるまい)
そのために、わざわざ遠方の町まで赴いているのだ。
今は、まだマナヤと戦う段階ではない。まず戦力を強化し、充分に勝てるだけの力を身に着けるのが先決だ。
そこへ、ダグロンが姑息な笑みを浮かべながら報告を続ける。
「奴めが、召喚師の戦い方を記した教本とやらを用意しているそうで。あの女に、巧く盗み出すよう命じました」
「ふん。取り入った上で盗ませるなどという姑息な真似は、できればしたくないのだがな」
マナヤが、どんどんその名声を広めていっている。
奴に対抗するには、こちらも騎士道精神溢れる面をみせていかねばならない。でなければ、同胞を増やすことは加速度的に困難になっていく。
「何を今さら。ヴァスケス殿とてマナヤには一度、してやられたと言っていたではありませんか。『テオ』という別人格を使って、トルーマン様らを欺いたと」
「……チッ」
「そのような輩に、馬鹿正直に正々堂々と勝負を挑んでやる必要が、どこにあります。トルーマン様の仇を取るため、全力を尽くすべきでしょう」
忌々しげに、ダグロンから目を逸らす。
ダグロンは、加入した頃からこういう男だった。人の心を弄ぶことを至上とし、他人を陥れて悦に浸る。
ヴァスケスは内心、彼の方針を腹立たしいと常々感じていた。将来的に召喚師を導く存在として、適確者であるとはとうてい思えない。
が、彼は成果もちゃんと挙げていたので、文句は言えなかった。トルーマンもそれをわかっていたからこそ、彼を起用していたのだ。
(やはり、トルーマン様のようにうまくはいかないな)
ぎゅ、と胸の前で拳を握る。
ヴァスケスは、自分の役割を『召喚戦の研究』にあると自負していた。モンスターを使った戦い方のセンスを、トルーマンに褒められたからだ。
だからこそヴァスケスは、自身のそういう面を磨いた。先入観を捨て、ありとあらゆる戦い方を試した。その結果、召喚獣に最も適確な戦い方を編み出すことができたと信じている。
その代わり、自分にはトルーマンほどのカリスマ性がない。集団の頭となり、勝鬨をあげて兵を鼓舞するような資質ではないのだ。そういった面は、それこそトルーマンが一番長けていた。
(まあいい。まずは、あの町だ)
手始めに、あの町で確かめさせてもらう。
召喚師解放同盟の新たな戦略、そしてその効果のほどを。正面から他『クラス』に挑んでも、我々はもう引けを取ることなどないほどの力をつけたことの証明を。
ドウ、と赤い救難信号が登る音が、背後から響いた。
***
翌日の同時刻。
「やはり、領主保有の騎士団が町に入っているな。交渉は決裂か」
同じ丘に立ったヴァスケスは、光学迷彩をかけたモンスターで自ら偵察をしていた。
先日、町が赤い救難信号を上げたのは確認していた。予想通り、召喚師解放同盟の襲撃に備えて騎士団を要請していたのだろう。
「だから、昨晩のうちに攻撃をしかけておくべきだと言ったのです」
後方に大量の召喚師解放同盟戦士を控えさせているダグロンが、毒づくようにそう吐き捨てた。
「私が動く以上、結果は変わらん。むしろ、歯ごたえがあってちょうど良かろう」
が、ヴァスケスは全くぶれない。怯むどころか面白そうに唇に弧を描き、背後の兵たちへと振り向く。
「――良いか! これまで我々は力を蓄え、雌伏の時を過ごしていた! 今こそ、我々の力を直接、連中に見せつけてやる時だ!」
トルーマンのやり方を思い出しつつ、大きな声で宣言する。
「我々召喚師を廃絶せんとした愚か者どもに、鉄槌を! 虐げられてきた召喚師達に、救いの御手を!」
兵たちが、歓声に沸く。
前方に向き直ったヴァスケスは、目の前に手をかざした。
「【鎚機SLOG-333】召喚! 【ヘルハウンド】召喚!」
ヴァスケスの目の前に、巨大な召喚紋が出現。
中からは、円筒状の金属製胴体を持つ、鋼鉄の塊が出現した。車輪で地面を踏みしめ、胴体側面には三つの巨大な鉄鎚が装着されている。
機甲系の最上級モンスター、『鎚機SLOG-333』。
他の最上級モンスターは、ことごとくマナヤに奪われてしまった。今や、ヴァスケスの所持するこの鎚機SLOG-333が、唯一手元に残った最上級モンスター。現在の召喚師解放同盟の、最大戦力だ。
さらに、同時に召喚された茶色い大型犬、『ヘルハウンド』に飛び乗るヴァスケス。
他の兵たちも次々とヘルハウンドを召喚し、同じくそれらに跨った。
「――突撃! 【行け】!」
ヴァスケスが号令と共に、モンスターに『行け』命令を下す。
途端に、鎚機SLOG-333が下部の車輪から土煙を吹き、凄まじい勢いで町へと突撃していく。同時に、ヴァスケスや他の者達が跨っているヘルハウンド達も、飛び出すように駆け出した。
その様子に気づいたか、町の防壁上から次々と放たれてくる無数の矢。さすがに町の弓術士らは、召喚師解放同盟が待機していた場所に気づいていたようだ。
「総員防御! 【竜巻防御】!」
兵に指示を出しつつ、ヴァスケスも自身に跨っているヘルハウンド、そして鎚機SLOG-333に竜巻防御をかける。周りの兵も、次々とそれに続いた。
ヴァスケスらに飛んできた矢は、命中直前にカクンと軌道が曲がり、地に突き立つ、または空へと逸れていく。軽い射撃攻撃を逸らす効果を与える竜巻防御の恩恵だ。
ヘルハウンドに跨りつつ、ヴァスケスの左後方を駆けていた男が、声をかけてきた。ヴァスケスの腹心、シェラドだ。
「ヴァスケス様! まもなく、黒魔導師の射程圏内です!」
「心得ている! 先陣は私が切る、お前は突破の準備を!」
言われるまでもない、と言わんばかりに声を張り上げる。
シェラドは頷き、駆けるヘルハウンドに跨ったまま前方に手を掲げた。
「【狼機K-9】召喚! 【火炎防御】、【電撃防御】、【竜巻防御】、【跳躍爆風】!」
緑色の金属で身体が構成された、狼型の機械モンスター『狼機K-9』を召喚。シェラドは即座にかけられるだけの防御魔法をかけ、間髪入れずに跳躍爆風で大ジャンプさせた。
突然飛び込んできた狼機K-9に、防壁上の弓術士や黒魔導師が慌てて攻撃している。が、炎や電撃は跳ね返されて黒魔導師達自身を焼き、弓術士の矢は逸れていった。
空中を弧を描いて飛んでいくその狼機K-9を目で追いつつ、シェラドはそれに手をかざしていた。
やがて、シェラドを乗せたヘルハウンドも防壁に近づき……
跳んでいった狼機K-9が、補助魔法の射程圏内に入った瞬間。
「――【自爆指令】!」
シェラドの呪文を受け、遠目に狼機K-9がバチバチと危険そうな火花を纏うのが見て取れた。
直後、防壁の上端に狼機K-9が着地。慌てて剣士達が攻撃しようとするが、もう遅い。
――大爆発。そして、防壁の崩壊。
自爆指令は、指定した機械モンスターを自爆させる魔法。その機械モンスターを、爆弾として使える。
五秒のタイムラグこそあるが、それまでに破壊されなければ大爆発だ。
「……いくらかは生き残っているか」
完全に崩れた防壁の瓦礫から、数名の戦士が起き上がってくるのが見て取れた。おそらく、白魔導師の結界に守られた幸運な者達だろう。
ガラガラと、瓦礫が徐々に組み上がっていく様子も確認できる。
建築士が防壁を修復しようとしているのだ。
「このチャンスは逃さん! SLOG-333、お前の力を見せて来い! 【重撃獣与】、【跳躍爆風】!」
すぐさまヴァスケスは、隣を並走する鎚機SLOG-333に、破壊力を増強する補助魔法をかける。
直後、跳躍爆風で一気に跳び込ませた。
ズゥン、と轟音が鳴り響く。
鎚機SLOG-333が、瓦礫から起き上がってきた騎士達の目の前に着地したのだ。
「なっ、最上級……!?」
「あ、危ない!」
鎚機SLOG-333の目の前にいる騎士が、狼狽。
建築士らしい騎士は、慌てて彼の前方に瞬間的な防壁を張る。
が、遅い。
既に鎚機SLOG-333は攻撃体勢に入っている。
鈍い音を上げて胴体から三つの鉄槌が離れ、宙に浮かび上がった。
――ドバァッ
その三つの鉄槌が、凄まじい速度で飛来。
張られた防壁を一瞬で粉微塵に砕き、勢いそのままに背後の騎士の体をも血飛沫へと変える。
「あ……あ……」
守ることに失敗した建築士が、その様子を茫然として呻いていた。現実味を失くした顔をしている。
そんな建築士に向き直った鎚機SLOG-333。
ハッと顔を上げた建築士は、慌てて自身の目の前にも防壁を張る。
が、もう意味がない。
壁ごと、背後の騎士を粉砕。
「こ、この! 【ライシャスガード】!」
白魔導師らしい者が、次に鎚機SLOG-333が狙った男を守るべく結界を張った。
しかし、もはやそれすらも誤差に過ぎない。
三つの鉄槌に同時に打たれた結界は消し飛び、そのまま結界内の男を爆砕させる。
「ひ、ひぃっ――」
情けない悲鳴を上げて逃げ出そうとした白魔導師。
背後から、鉄槌が容赦なく彼を叩き潰した。
「【時流加速】!」
追い打ちと言わんばかりに、ヴァスケスは鎚機SLOG-333に上位の補助魔法をかける。
時計盤のような魔法陣と共に、鎚機SLOG-333の動きが加速。
鉄鎚の速度も大幅に加速し、更なる破壊の嵐を巻き起こす。
「あ、足元だ! 足元を荒らせ!」
指揮官と思しき者が、生き残った建築士に命じていた。
周囲に控えていた者が地に手を着く。
すると、鎚機SLOG-333周囲の瓦礫がボコボコと立ち上がった。
(悪くない手ではある、が)
鎚機SLOG-333は車輪で移動する都合上、凸凹とした地形に弱い。段差を乗り上げる能力に乏しいからだ。
「しかし、意味がない! 【重量軽減】」
ヴァスケスは即座に、鎚機SLOG-333に追加で補助魔法を使用。
すると、何の支障もなく鎚機SLOG-333が瓦礫の上を乗り越えた。
「そんなバカな!?」
指揮官が驚きの声。
鎚機SLOG-333は疾風のごとく駆け、次々に騎士達を血祭りにあげていく。
一時的にモンスターの重量を減らす重量軽減の魔法。この補助魔法は、モンスターの段差を越える能力を補強する効果を持つ。
鎚機SLOG-333に代表される機械モンスターは、移動性能に欠陥を抱えているものが多い。それを補助魔法で巧くサポートするのが、召喚師の腕の見せ所。
「――【ブレイクアロー】!」
奥の方から声が届く。
と、強烈な勢いを持つ矢が、一直線に鎚機SLOG-333へと向かっていた。
白い閃光をも帯びている。おそらく、白魔導師の魔法増幅が乗った、神聖属性の付与魔法がかかっているのだろう。
「【包囲安定】」
すかさずヴァスケスが呪文を唱える。
鎚機SLOG-333の周囲をカーテンのように黄緑色の光膜が覆った。
直後、閃光を纏った矢が、鎚機SLOG-333に突き刺さる。
「な、なぜ押し出されない!?」
が、鎚機SLOG-333は微動だにしない。
矢を放った弓術士が狼狽していた。
ブレイクアローには、当てた敵を後方へと吹き飛ばす効果がある。おそらく、鎚機SLOG-333を防壁の外へと押し出し、時間を稼ぐのを狙っていたのだろう。
(その程度、気づかんと思ったか)
ヴァスケスは、そのために『包囲安定』をかけたのだ。
この補助魔法は、モンスターが衝撃などによって強制的に押し込まれるのを防ぐ効果がある。ダメージを軽減できるわけではないが、押しのけて時間稼ぎをしようとする敵に対処するには有効だ。
加速している鎚機SLOG-333は、一瞬にして弓術士の元へと移動。
絶望的な表情でそれを見上げる弓術士。
次の瞬間には、彼は鉄鎚に砕かれバラバラの肉塊と化した。
「【応急修理】」
そこへヴァスケスの治癒魔法の光。
矢を受けた鎚機SLOG-333の損傷が、あっという間に修復される。
「!」
ふと、強烈な殺気を感じて右を向く。
息も絶え絶えな黒魔導師が、瓦礫に潰されたまま手をこちらへ向けていた。
「……【プラズマハープーン】!」
「【リーパー・マンティス】召喚」
黒魔導師が、雷の矢を放ってくる。
すかさず手を向けたヴァスケスの手元に、召喚紋が出現した。
召喚紋にぶつかった雷の矢は、何の影響も与えずに霧散。
(なるほど、こう使うのか。便利なものだ)
召喚紋を、盾として使う。マナヤがやっているのを、何度か見たことがあった。
「召喚師を直接狙うというのは、悪くない」
召喚師本人を倒してしまえば、召喚獣は消滅する。
モンスターを倒すよりも、召喚師を狙った方が早い。当然の戦略だろう。
だが、相手が悪かった。
絶望の表情を浮かべている黒魔導師に、黒い嗤いを向けた。
彼の前には、人間大の巨大なカマキリが立ちはだかっている。
「【電撃獣与】、【行け】」
「がッ――」
ヴァスケスは、リーパー・マンティスの鎌に電撃を帯びさせる。
稲妻を走らせながら、左右の鎌で交互に黒魔導師を切り刻む巨大カマキリ。
既に虫の息だった黒魔導師は、瓦礫の下で物言わぬ躯となった。
「【時流加速』、【跳躍爆風】」
さらに、その行動速度を加速する魔法をかけ、適当な位置へと跳躍爆風で放り込む。
突然現れたカマキリの、まさに電光石火の両鎌で切り刻まれる騎士達。
ひとたびその攻撃に捕まった者は、死ぬまで動く事叶わず、次々と倒れ込んでいった。
「――【合獣キマエラ】召喚! 【跳躍爆風】!」
別の場所では、追いついた後続部隊が巨大な合成獣を召喚。
それを、防壁越しに町の中へと放り込んでいる。
機甲系の上級モンスター、合獣キマエラ。獅子、山羊、蜥蜴の三種の頭部を併せ持つこのアンバランスな化け物は、蜥蜴の口から強烈な火炎ブレスを吐く攻撃方法を持つ。
「うわあああっ!」
「ぎゃあああああ!」
着地点では、突然飛び込んできた合獣キマエラに反応しきれず、至近距離から火炎ブレスに焼かれる騎士達がいた。
「が、ハァ……ッ」
「ギャッ!」
また別の場所では、戦乙女の長槍に腹部を刺し貫かれる騎士が。
虚空から突然姿を現した星の精に、背中を切り刻まれた騎士も倒れ込んでいる。
(新しい神殿から見つかった、新たな核の恩恵だな)
周辺の瘴気を集束し、強力なモンスターを補充できた。
だからこそ、こうやってほとんどのメンバーが上級モンスターを扱える。
「召喚師と、子どもは殺すな! 他は皆殺しにして構わん!」
部下たちに対して、ヴァスケスは声を張り上げた。
町を襲うことが目的ではあるが、召喚師の救出という役割を忘れてはいない。虐げられた同胞を救うのも、召喚師解放同盟の重要な任務だ。
町の中は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。




