154話 集落の教導と生活改善
「――いいかお前ら! まずは、今配った紙。モンスターのステータスを全部丸暗記だ!」
翌々日。
マナヤはさっそく、集落の召喚師達を一ヵ所に集めて指導を始めていた。わざとらしいくらいの上から目線だ。最初の頃の、セメイト村でのやりとりを彷彿とさせる。
「こいつは、俺がやってきた異世界に伝わってた情報だ。こいつをまずは全部覚えて、モンスターの性能と相性問題を頭に叩き込むこと!」
「ちょ、ちょっと待てよ! なんだよこの量!」
そこへ、紙に目を通した召喚師が立ち上がって文句を言ってくる。が、マナヤは涼しい顔でそれに対応。
「なんだも何も、モンスターのこと細かな性質を覚えなきゃ、うまく召喚獣を運用できねえだろ。ステータスの各項目は今から説明するから、あとはとにかく頭に詰め込め」
「い、いや、だからって……」
「んで明日からは、補助魔法の使い方をみっちりと教え込むぞ。その次の日に、召喚師が扱えるテクニックの数々、次の日はマナ管理に――」
「だから待ってよ! なんで私達がそんなことしなきゃいけないの!?」
メモを片手にハードスケジュールを語るマナヤを、別の女性召喚師が遮るように抗議してくる。
「私達は別に、あんたに弟子入りしたいわけじゃないのよ! こんなことまで押し付けられる義理は無いわ!」
「そ、そうだ! 食糧を盾にして俺達をイビるのが目的か!?」
「町の連中と大差ないじゃないか!」
口々に苦情を言い始める召喚師達。セメイト村でも、似たようなことがあった。
「イビるつもりはねえよ。けどな、数でゴリ押すだけの強引な戦い方がいつまで通じると思うか?」
マナヤはメモからいったん顔を上げ、全員を睥睨する。
「お前らが出せるモンスターの総数より、敵の方が数が多かったらどうする? 押し切られてお前ら全員全滅だ。そんな体たらくで、召喚師が活躍できるとでも思ってんのか?」
昨日、マナヤは一日を使って集落の召喚師達の実力を確かめた。採取を兼ねて山の中へと入り、道中に出現する野良モンスターとの戦闘を観察したのだ。
集落の近辺では、モンスターの数が極端に少ないようだ。しかし、まだ資源が多く残っているらしい山の中に入ると、一転モンスターの数が増えるという。
『【スカルガード】召喚! 【スカルガード】召喚っ!』
『あっちにミノタウロスが……くっ、こっちは突破されたぞ! スカルガードじゃもたない!』
『【ゲルトード】召喚! ……あっコラ、そっちに行くんじゃない! くそ、【コボルド】召喚!』
『丘の上にレン・スパイダーがいるわよ! 【コボルド】二体召喚っ! ……くっ、届いてないわ!』
結果、かつてテオ達もよくやっていた『とにかく数で押す』戦い方しかしていなかった。
倒されても三十秒後に復活する『スカルガード』を量産し、まずは高みの見物。スカルガードの壁が突破された場合、それを見てから慌てて後方からモンスターを追加しようとする。後手に回りすぎだ。
一応、打撃で攻撃する敵『ミノタウロス』に対し、打撃に耐性を持つ『ゲルトード』を召喚して対抗しようとする等、最低限の相性知識くらいはあるらしい。
が、あまりにも離れた位置から召喚したため、ゲルトードは最寄の敵の方へと突撃していき、敵ミノタウロスをスルーしてしまった。
高所にモンスターが湧いてくれば、とにかく下級の射撃モンスターである『コボルド』を量産。が、物理攻撃である弓矢で攻撃するコボルドでは、低地から高台へと射ち上げる場合、威力も射程も下がる。
高台上の『レン・スパイダー』一体を倒すのに、コボルドを三、四体は無駄死にさせていた。レン・スパイダーといえば中級モンスターであり、コボルド二体分程度のマナコストしかない相手だ。マナの無駄遣いが過ぎる。
結局見かねたマナヤは、それをたった一人でスムーズに対処してみせたのだ。
猫機FEL-9に『戻れ』命令を下し、敵陣を駆けまわりながら引き付ける『猫バリア』戦法。これによって、敵の攻撃を回避しつつ誘導。
それにさらに、射撃攻撃を逸らす『竜巻防御』を併用し、敵レン・スパイダーの攻撃を無力化。糸弾による攻撃が逸らされたことで、レン・スパイダーは自ら前進し高台から降りてくる。
あとは、ひとところに固まった敵陣に猫機FEL-9を突っ込ませ、『自爆指令』をかけて爆破。残ったモンスター達を、跳躍爆風で高台へと放り込んだ射撃モンスターや、攻撃力を強化したナイト・クラブ等で処理する。セメイト村のスタンピードを処理したのと、ほぼ同じ戦い方だ。
「今のお前らは、召喚師だけで群れてる上、総数で圧倒的に上回ってるからゴリ押せてるだけだよ。同数以上のモンスターをぶつけてやりゃ、そりゃ勝てるだろうさ。だがな、同数以下としか戦えねえようじゃ、町に戻ったら評価されねえぞ!」
集落の召喚師達を前に、マナヤは一喝する。
野良モンスターも召喚モンスターも、能力自体は同じだ。だから同数以上で対抗すれば、勝てるのは当たり前。召喚師が大量に集まっているこの集落だからこそ、なんとかその戦い方が成立している。
マナヤの態度に苛立ち、反論しようと女性召喚師がいきり立つ。
「で、でも私達召喚師は、一人で八体ものモンスターを使えるじゃないですか! 実質、召喚師一人で八人分の戦力を操れるんですよ!」
「じゃあそのモンスター一体一体が、他『クラス』の戦士一人一人と互角に戦えるのか?」
「う……」
女性召喚師は言葉に詰まる。
他『クラス』の場合、戦い方を工夫さえすれば単独でも複数のモンスターを倒していけることが多いのだ。スレシス村の時のように、よほど彼らが鈍りきってでもいない限り、召喚師は見下されるだろう。
上級モンスターの一体でも手に入れば、まだ違うかもしれないが。
「ただでさえモンスター任せの臆病な『クラス』だなんて言われてんだ。だったら、お前ら自身ももっと前に出ろ。召喚師はモンスターのヒモなんかじゃねえって、見せてやれ。そのための『補助魔法』だ」
怒りの形相をわざわざ作ったマナヤ。
モンスターを一時的に強化する『補助魔法』。これが、召喚モンスターを使った戦いのキモになる。
が、補助魔法には射程がある。彼らのように後方の安全地帯で控えている状態では、最前線のモンスターに補助魔法は届かない。
「戦場の状況を見ながら、適確に補助魔法をかけていかなきゃいけねえんだ。前に出ろ! なんなら自分自身で敵モンスターの攻撃を食らいに行く位の気概を見せろ!」
「な、何言ってんだよ! わざわざ自分で攻撃食らいに行くとか、ただの自殺願望じゃないか!」
と、男性召喚師がムキになって反論する。が、マナヤはそちらを睨みつけてぴしゃりと言い放つ。
「召喚師はな、自分が攻撃を食らった時にマナが溜まるようになってるんだよ。むしろ好都合だ」
「な――」
「敵からの攻撃は、むしろチャンスだと思え。自分の召喚モンスターの代わりに、攻撃を食らいに行くくらいの気持ちでやれ! そうすりゃ、召喚モンスターの生命力を温存できるし、こっちはマナが溜まってさらに戦力を強化できる!」
自己犠牲を強いるようなマナヤの言い口。集落民達が、不満を一気に爆発させるように立ち上がった。
「ふざけるな! 何だよそれ、俺達に自分から怪我しに行けっていうのか!」
「安全な場所で待機しながらでも戦えるのが、召喚師の強みじゃないですか!」
「英雄だかなんだか知らないが、アンタにゃ人の心ってモンがないのか!?」
集落民たちの反抗心が一気に膨れ上がる。
……マナヤの、予定通りだ。
「いいか、だいたいお前らはな――うッ」
さらに集落民達を追求せんとした言葉は、途端に中断する。マナヤがやや芝居がかった様子で顔をしかめ、体をふらつかせた。
「――っ、マナヤ、ストップ! 人に強制することじゃないでしょ!」
そして、再び顔を上げた時には、鋭い目つきが鳴りを潜め、柔和な表情に変わっていた。
テオに、交替したのだ。
「皆さん、すみません! マナヤには、あとでキツく言っておきますので!」
「え、は、え……?」
突然雰囲気が変わったと思えば、急に腰が低くなる。集落民たちは、急に勢いを失って顔を見合わせた。
最前列に立っていた集落民の男が、頭を掻きながら恐る恐る尋ねる。
「えと……その、もしかして、『テオ』、さん?」
「あ、はい! そうです、僕がテオです! すみません、うちのマナヤが……」
と、胸に手を当てて頭を下げるテオ。目の前の男が、その仕草に訝しんだのを見て慌てて胸の手を下げる。
この国では、一礼する時に胸元に手を当てる風習は無い。が、テオはついクセでやってしまう。
テオが、マナヤというもう一つの人格を宿している。そのことは、事前に集落民にも説明していた。異世界からやってきたマナヤの意識がテオと同居している、という体で。
「ただ……皆さんにも、わかってはもらいたいんです。僕もかつては皆さんと同じような戦い方をしていて……そして、故郷を失ってます」
「……!」
落ち着いた表情で語るテオに、集落民達の表情が青ざめた。ちくりと罪悪感を覚えながらも、テオは静かに話し続ける。
「故郷がスタンピードに襲われて、両親が殺されて……大事な人も、僕は守り切れませんでした」
「……」
「そんな時に、マナヤが宿ってきてくれたんです。守れなかった僕の故郷を、守り切ってくれました」
悲痛な表情を浮かべる集落民を、テオは見回す。
「だから、僕は思ったんです。今までのままじゃ、ダメなんだって。……弱いままじゃ、大切な者を失い続けるって」
召喚師だからと諦め、向上心を失くした結果、テオは地獄を見た。
テオは今でも、それを悔いている。その気持ちは本心だ。
「ですから……ほんの少しだけでいいんです。戦い方を、変えてみませんか。大事なものを守るために、勇気を出してはみませんか」
「……」
「最前線に立てとは、言いません。僕だって今でも、モンスターの攻撃を自分で受けるのは怖い。でも、戦いから逃げてばかりもいられないんです」
戸惑うように、集落民たちがざわめきはじめた。
「召喚師自身が攻撃を受けたら、マナが回復する。これは、僕も実感してます。でも……その身を危険に晒すことになることも、わかってます」
なんならそのために、マナヤは一度命を落とした。
「……ただ、土壇場でマナを回復させる手段がある、ということを知っていること自体は、無駄にはならないと思うんです。非常時に、大切なものを守れる切り札になるかもしれない」
マナヤがその戦術を使い、テオを救い、周りの者達の命を救ったことは、一度や二度ではない。テオ自身、その戦術でシャラを守ったこともある。
ひそひそ声はまだ多少聞こえるが、いまや全員が固唾を飲んでテオを見守っている。
「ですから……皆さんも、勇気を出して学んでみませんか。マナヤが行き過ぎそうなら、必ず僕が止めてみせます」
そう言って、テオはぎゅっと胸元で拳を握りしめる。
「マナヤにはついていけない、と思う人は、マナヤから『自分にできそうなこと』を盗んでみてください。自分にはどこまでができるか、どこまでなら許容範囲か……一緒に考えながら、学んでみませんか。僕も、今でもそうしてるんです」
そう言って、もう一度お辞儀をしてみる。こちらの国の流儀だ。
集落民の表情から、反感は完全に消え去っていた。
テオは顔を上げて、暖かな笑みを作る。
「偉そうなことを言って、すみません。まあ今はまず、モンスターのステータス表を覚えましょう。項目は解説しますから、とりあえず五日後。五日後までに、ある程度暗記することを目標にしてみてください。それならどうですか?」
「……ま、まあ、五日後なら……」
一日で覚えろ、と先ほどマナヤには言われていた。そのハードルが大幅に下がって、『その程度なら』と集落の召喚師達もやる気を見せ始める。
――作戦成功だな、テオ。
テオの心の中から、してやったりといった様子のマナヤが語りかけてきた。
(で、でも。やっぱりマナヤは、完全に嫌われちゃってるっぽいよ?)
――それならそれで、いいんだよ。そういう連中は、お前のことは信用するだろ?
(だからって……)
戸惑い気味のテオだが、マナヤはマナヤで少し照れているような、困惑しているような雰囲気で思念を伝えてくる。
――つうかよ、お前はもっと俺を悪者にしてもよかったんだぞ? あいつらに俺を庇うような言葉を言って、どうすんだよ。
***
何を隠そう、これはマナヤからの提案だった。
――というわけで、だ。作戦名、『良い警官と悪い警官』やるぜ。
(え、え?)
――俺が『悪い警官』として、あいつらに無茶振りをする。徹底的にあいつらを追い詰めるから、それをテオが『良い警官』として、俺を宥める形で連中の味方をしてやれ。
一昨日、マナヤからそんなことを伝えられ、戸惑ったことをテオは憶えている。
良い警官と悪い警官。
警察――マナヤの世界における、治安維持専門の衛兵――が、人を尋問する際に使われるテクニックから来ているらしい。片方は、やたらと怒鳴り散らして尋問相手の反感を買う役。そしてもう一人は、それを宥める形で尋問相手に寄り添うような振る舞いをする。
そうすることで尋問を受ける人物は、その優しい方の警官が味方のような気がしてくる。良い警官を信用し、色々と喋る気になるわけだ。
この形式は、少々乱暴だが教育にも応用できる。躾に厳しい父親と、それを宥めながら優しい言葉で子供を諭す母親のような関係がその好例だ。
父親は、規律に沿って厳格に振舞い、しょっちゅう子供を叱る。対して母親側は、子どもを庇い味方になるように振舞う。そうすることで、子どもは『共通の敵』を持つ母親を信頼し、そちらの言う事をよく聞くようになるらしい。
マナヤの居た世界でも、既に古臭い教育法ではあるそうだが。
図らずも、スレシス村ではこの形式が成立していた。
マナヤが上から目線で、スレシス村の召喚師に新戦術を強制しようと躍起になった。結果、彼らはそんなマナヤの態度に業を煮やし、反感を抱いてしまう。
その後、まるで別人のようになったテオが、彼らに寄り添う形で諭した。彼らの目には、マナヤの態度が百八十度変わって異様に映っただろう。
が、見方によっては、召喚師達の態度を見てマナヤが深く反省したようにも見えたはずだ。そうやって寄り添うような態度になったテオを、彼らは信用した。
――学園じゃ、気弱なお前が最初に出てきたことが逆効果だった。不安だらけのあの生徒達を支えるにゃ、カリスマ性が必要なんだよ。
自分でカリスマ性などと言うのも気が引けるのか、マナヤはやや控えめながらもそうテオに伝えてきた。
不安な者達の前に、同じく不安で引け腰な教師が出てきても意味がない。明るく振舞って元気を与える者や、『こうなりたい』と目標にすることができるような、自信に溢れた師が必要だ。
だが当然、全員がそうというわけではない。自信に裏打ちされたカリスマ性に惹かれる者もいれば、心優しさを湛えたシンパシー溢れる師が必要な者もいる。
そのための、『良い警官と悪い警官』だ。自信と実行力の強いマナヤと、包み込むように相手を気遣うテオ。どんな相手でも信用させる、文字通りの一人二役コンビだ。
――お前にゃ、あいつらを突き放したり厳しく教え込んだりなんて真似はできねえだろ? なら、俺が嫌われ役を引き受けてやるさ。
(で、でも悪いよ。それに、みんなを騙すような……)
――召喚師のためだ。しっかりやれよ、テオ。要するによ、締めのお前の言葉に全てが懸かってんだぜ。
***
「――はい、これで良くなったはずです。気分はどうですか?」
「あぁ……ありがとうございます、白魔導師様。喉がスッと楽になりました」
病人や怪我人が集められた掘っ立て小屋の中では、テナイアが彼らを治療して回っていた。
召喚師だけの集落では、病気はもちろん、ちょっとした怪我も適切な手当がなければ危ない。傷口が化膿し、感染症にかかってしまう可能性もある。
白魔導師が存在する村や町ならば、治癒や治療が受けられる。突然その町から追い出された召喚師達は、適切な傷の処置、病気の対処法などがわからず、重症者を増やしてしまっていたのだ。
「テナイアさん、お疲れ様です。どうですか?」
「テオさんですか。こちらは大丈夫そうです。命に関わるほど酷くなっている方は居ませんでしたから、すぐに皆さん良くなるでしょう」
「そうですか、良かった……」
明日からの正式な指導に向けて、テオは集落の様子を見て回っている。
どの程度の人達が指導を受けられそうか、どのような感情を抱かれているか、集落民の反応を確認する目的もあった。
また、別の小屋では。
「――よし、これで暖房の魔道具が各小屋ぶん揃った。ある程度、熱気を閉じ込める機能もつけてある。隙間風に悩まされずに体を暖められるだろう」
「よ、よろしいのですか? 材料とてタダではないのに、魔道具など頂いてしまって……」
「構わない。素材ならばシャラが作ってくれている。例なら彼女に言うといい」
別の小屋では、ディロンが必要な魔道具を作成していた。人間の頭より少し大きいくらいの、四角い箱のようなもの。
魔道具作成は、黒魔導師の十八番だ。
「ディロンさん、追加の材料あがりました」
「助かる、シャラ。そちらの錬金装飾は揃ったのか?」
「はい、一通りは。火元関係の魔道具はディロンさんが作って下さってますから」
同じ小屋で、シャラもせわしなく動いている。錬金術師である彼女は、生活用の錬金装飾担当だ。
魔道具は黒魔導師のみならず、錬金術師を作成することができる。が、錬金装飾は錬金術師しか作成できないし、マナの充填もできない。
「シャラ、ディロンさん」
「あ、テオ!」
「テオか。どうだ、集落の者達は説得できそうか?」
テオが声をかけると、シャラがぱぁっと顔を輝かせて駆け寄ってくる。ディロンも小さく微笑みながら顔を向けてきた。
「はい。シャラ、お疲れさま。すみません、作業をお邪魔してしまいましたか」
「ううん、大丈夫だよ」
「問題ない。元々、根を詰めるほどの作業でもないからな」
傍らに駆け寄ったシャラが微笑む。ディロンも、手元を動かしながら喋る余裕があるようだ。
「――ディロンさーん、います? これくらいの大きさでいいですか?」
と、そこへ入り口から明るい声が届いてくる。扉代わりの布を押しのけ、入ってきたのはアシュリーだ。
抱えているのは、一枚の大きな木の板。ちょうど、扉として使えそうなサイズのものだ。
「助かる、アシュリー。そうだな、その大きさならばちょうど良いだろう。何枚量産できる?」
「この程度でいいんでしたら、あと二十枚は堅いですね。もうちょっと木を切れば、もっと作れそうです」
と言って、ニッと歯を見せて笑うアシュリー。どうやら、材木から木製の扉を切り出していたらしい。
この集落の掘っ立て小屋は急ごしらえのもので扉も無く、今までも入り口にボロ布を垂らして間に合わせていたそうだ。いずれ小屋も建て直さねばならないが、今は取り急ぎ断熱のためにちゃんとした扉が必要だ。
そして彼女の視線が、こちらへと向いてくる。
「あら、マナヤ……じゃなくて、テオ?」
アシュリーに見つめられ、背筋が凍るように気がした。
『ブライトンの娘は……アシュリーさん、です』
孤児院長アーデライドの言葉が、頭の中でリフレインする。
伝えなければならない。けれど、心の準備ができない。その後ろめたさに、胸が痛む。
「あ、あの、ディロンさん。僕にも何か手伝えること、ありませんか?」
アシュリーに悟られそうな気がして、慌てて目を逸らしディロンへと尋ねて誤魔化す。
「君の役目は、召喚師の教導だろう。生活の方は、我々に任せておけ」
「そうよテオ。あんたは、あんたにしかできないことをこなしなさい」
「わ、とっ」
ディロンの諭すような言葉に続いて、アシュリーも元気づけるようにテオの背を叩いてきた。どうやらテオの態度が、役立っていない後ろめたさと勘違いしているようだ。
――ドッパアアアアアアン
「な、なに!?」
その時、突然巨大な水音が響いた。アシュリーが真っ先に反応し、木の板を放り出して外へと飛び出す。
テオとシャラも、慌ててそれに続いた。
「わっ、うわわわわわっ」
「お、おい! 早く止めろ、水がもったいない!」
「わっ、ど、どうやって止めればいいんだっけ!?」
金髪の女性召喚師が、腕につけた水の錬金装飾から大量の水を放出し戸惑っていた。傍らの男性が、なんとかそれを止めようと声をかけている。
久々に水の錬金装飾を使って、暴発してしまったようだ。その水を出している女性召喚師はテンパっていて、どう止めればいいのかわからなくなっている。
「そ、そこの人! とにかくそれを手放してください!」
「ちょ、このままじゃ集落一体水浸しよ!? この寒いってのに!」
慌ててテオは、その女性召喚師に声を張り上げる。
アシュリーは、既に地面を大量の水が覆い尽くそうとしている惨状に呻いていたが、すぐに何かに気づいたように抜剣。
「――シャラ! 穴を固めるの、頼んだわよ!」
「えっ、穴!? 固める!?」
シャラが、アシュリーと女性召喚師どちらに注目して良いかわからずオロオロしている。
そんな彼女を尻目に、アシュリーは立ち位置を微調整するように横へとサイドステップ。そして――
「【ラクシャーサ】!」
水が噴き出している先の地面へ向けて、巨大な剣圧を放つ。
轟音と共に地面がバックリと大きく裂け、縦長の溝を形成した。そこに、どんどん水が流れ込んでいく。
「シャラ!」
「あっ、は、はい!」
アシュリーの促すような声に、ようやくシャラは自分の役目に気づいたようだ。水が溜まっていく溝の淵に手をかける。
すると、彼女が触れた先の地面から、溝の中へ広がっていくように土の色が変色。どうやら溝の表面を、水をはじく粘土質の土へと変質させているようだ。
ほどなくして、溝は水を溜め込む縦長の池と化した。
その頃には、女性召喚師もようやく水の錬金装飾の停止に成功。大惨事におろおろしつつも、なんとか収まってほっとした様子だ。
一つ大きくため息をつきながら、アシュリーが剣を鞘に納める。
「ちょうどいいから、これはこのまま貯水池代わりにしちゃいましょ」
「そう、ですね。川は近くにありますけど、そっちはどうせ飲用にするには煮沸が必要ですし」
シャラも苦笑いしながら、溝からようやく手を離す。
「――ふむ。凍結を防ぐ魔道具と、水を清浄化させる魔道具も追加だな」
と、傍らへと歩み寄ったディロンが、水を覗き込みながら呆れ顔で呟く。
シャラが粘土質で固めはしたが、間に合わず水に多少の濁りができてしまった。水の錬金装飾から出てきた綺麗な水とはいえ、このままでは飲用にする気になれない。
「あっ、あのっ! 本当に申し訳ありません! 大事な水の錬金装飾だったのに……!」
ものすごく恐縮した様子で、先ほどの女性召喚師がペコペコと頭を下げてくる。
「い、いえ、気にしないでください。マナはすぐ再充填できますし、結果的に便利な貯水池ができましたし。これからは気をつけてください」
と、彼女へ両手を振りながら池を見下ろすシャラ。
召喚師だけでは、どの道錬金装飾にマナ充填することはできない。そのまま飲料水を汲める池がある、というのも悪くはないだろう。
周囲に、楽しげな笑いが満ちた。




