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153話 山中の貧集落

 翌々日。


「うーん、結構進んだわよね」


 アシュリーが木々の間を、地面から足が僅かに浮いた状態で滑るように移動しながら呟く。

 彼女の背中には、大荷物のバックパック。右足首には、翅を象ったチャームの錬金装飾(れんきんそうしょく)が光っている。


 ――【妖精(ようせい)羽衣(はごろも)


 装着すると、地面から十数センチほど浮いた状態で自在に移動できる錬金装飾(れんきんそうしょく)。荒道をスムーズに進み、体力を温存するための配慮だ。


 アシュリーの吐く息は白く、ところどころに雪が積もった森の中に溶け込んでいった。暖かいコートを着込んではいるが、寒さはごまかしきれない。時々彼女も、バックパックを背負い直しながらコート越しに腕をさすっている。


「まあ、召喚師たちが川上に沿って集団移動したってのも、噂話だからな」


 と、マナヤが右をチラリと見やりながら、同じくフワフワと宙に浮いた状態で進む。その視線の先にあるのは、幅二メートル弱の川。深さもせいぜいが膝下程度までのその川は、清水を結構な速度で流しながら飛沫を上げている。


 昨日テオが表に出てくる手番が終わったため、今はマナヤが表に出てきている。


「……いや、だが見ろ。集団が通った後がある。そう古くない」


 と、自身も宙に浮きながらディロンが屈んだ。彼が覗き込んだその足元の地面には、いくつかの革靴の跡が残っている。


「シャラさん、気配はどうでしょうか」


 彼の隣を進むテナイアが、アシュリーの少し後ろを進んでいるシャラへと問いかける。

 目を閉じて集中しているシャラは、そのままの状態で口を開いた。


「まだ、人の気配は感じません。モンスターの気配も、相変わらず」


 彼女の左手首には、木の葉を象ったチャームのブレスレットが装着されている。


 ――【森林(しんりん)守手(もりて)


 一定範囲内の気配を感知することができるようになる錬金装飾(れんきんそうしょく)である。

 弓術士の索敵範囲には及ばないが、装着さえすれば誰でも感知能力を得られる。また、人間の気配を自動的に察知する能力にも長けていた。弓術士は、意識しなければ人間の気配は探りにくい。

 このメンバーには弓術士が居ないため、直接戦闘の可能性が低いシャラが『森林の守手』を使って索敵を担当していた。


「で、でもこの先に進んだのって、本当に召喚師さん達なんでしょうか。無駄足、なんてことは……?」


 マナヤのすぐ後ろからついてくるパトリシアが、怖々と問いかけてくる。森に入ったばかりの時は、かつてのトラウマがよみがえったようでビクビクと周囲を見回していた彼女。しかし今はだいぶ慣れてきたようだ。


 そこへマナヤが呆れたような視線を彼女へと向ける。


「だから言ったじゃないッスか。空振りで終わるかもしれないから、パトリシアさんは待っててもよかったって」

「そ、そんな、だってせっかくマナヤさんが出てきてくれる日だったのに!」


 突き放すようなマナヤの言い草に、パトリシアは半泣きになりながらそっと袖を掴んでくる。

 マナヤ以外の皆も、浮遊移動しながら「またか」と言わんばかりに顔を見合わせた。


「――! 皆さん、人の気配です! それと、召喚獣!」


 突然、シャラがピクリと反応した後に奥を指さした。すぐさまディロンが顔を引き締め、確認するように訊ねる。


「敵意は?」

「ありません。多分、召喚獣を見張りのように使ってるんじゃないでしょうか」

「つまり、確定ってコトね」


 シャラの解答に、アシュリーがニッと歯を見せて笑った。

 全員が頷き、移動速度が速まる。


 でこぼことした地を抜け、木の根の上を通り抜け、やがて拓けた場所へと出た。


 木々が切り倒された中に現れたのは、木製の防壁……というよりも、ほとんど『柵』に近い。長い板状に切られた木が、何本も地面に突き立っているだけの簡素なものだ。

 そして正面には、これまた木製の門のようなもの。その両端に見張り櫓が立っている。


「――止まれ! お前たち、何の用だ!」


 その見張り櫓から、男が鋭くマナヤらを呼び止めた。

 見張りと思しきその男の隣には、弓を携えた半人半馬。伝承系の中級モンスター『ケンタウロス』だ。


「我々に敵意は無い! 話をしに来た!」


 ディロンが声を張り上げ、数歩分前へと滑るように進み出る。


「動くな! わ、我々をこの領地から追い出すつもりか! ろくな移動手段だって無いのに!」


 男は追い詰められたような震え声で叫ぶ。

 にわかに柵の向こう側が騒がしくなってきた。中にはかなりの人数がいるようだ。


「ディロンさん、ここは俺に任せてください」


 そこへ、マナヤが進み出る。相手が召喚師なら、同じく召喚師である自分が説得にあたるべきだ。アシュリーに目くばせすると、彼女も頷いて隣へ並んでくる。

 二人して一旦『妖精の羽衣』を取り外し、二本の足で立った。そして手のひらを前にかざす。


「【ゲンブ】召喚」


 現れたのは、緑色のリクガメのようなモンスター。それを見た見張りの男が、驚きの声を上げる。


「げ、ゲンブ!?」

「アンタら領都から追い出された召喚師か!? 見ての通り俺も召喚師だ!」

「あ、ああ……でも、お前はともかく他の連中は? 特にそこの黒ローブの男と赤髪の女は、召喚師には見えないが……」


 彼が気にしているのは、ディロンとアシュリーのようだ。ディロンは防寒機能が高い黒ローブを羽織っているし、アシュリーは帯剣している。見るからに黒魔導師と剣士だ。


「その件なんだが、俺達はこの国の人間じゃない! コリンス王国から来たんだ!」

「コリンス王国!? 南の隣国の人間が、どうしてここに?」


 マナヤの言葉に、見張りの男は警戒心が少し和らいだように見える。


「召喚師が排斥されるなんて、どう考えてもおかしいからな! とにかく、話を聞かせちゃくれねーか! 敵意が無いのはわかるだろ?」

「あ、ああ……」


 チラリと、見張りの男が傍らのケンタウロスを見やる。

 もしマナヤ達に明確な殺意があったなら、ケンタウロスが攻撃体勢に入るはずだからだ。召喚モンスターは、そういう判別にも利用できる。


 ちなみにマナヤは、こう見えて必死に殺意を抑え込んでいた。隣にアシュリーが居てくれるから、なんとかなっている。

 ふわ、と隣で柔らかく微笑むアシュリーが、眩しい。


「――わかった! 今から門を開ける、少し待っていてくれ! おい、開門だ!」


 そう言って見張りの男は、柵の内側に向かって叫んでいた。



 ***



 門が開き、集落の中へと迎え入れられた一行は、内側の様子に息を呑んだ。


「うそ……召喚師の人達、こんな環境で暮らしてるの……?」


 特にシャラは、周囲の状況を見回しながら打ちのめされている。


 家屋は、ボロボロの木製。丸太や板を並べて貼り付けただけの、掘っ立て小屋に近い。壁も屋根も板一枚だけなので、この時期は隙間風が寒そうだ。床板が張られていない土間のままな上、入り口には扉らしいものが無くボロボロの布が垂れ下がっているだけ。

 家の脇には、どこからか採ってきたであろう薪が大量に積んである。


 道行く人々も、ぼろきれと化した衣類を何枚も重ね着して寒さに耐えている。ちらちらとこちらを怯えの表情で見つめてくる彼らの目は、諦めの感情しか見て取れない。寒さからか、しきりに体をさすったり咳をしている者が多い。

 衣類どころか、体を洗うこともままならないのだろう。髪や顔も泥だらけだ。


 木の柵に囲まれたその集落中央には、一応畑らしいものがあった。が、耕されたらしいその(うね)は浅く間隔も不安定で、どうやら手で地道に掘られたものであるようだ。ロクな道具が見当たらない。


 その畑のそばには、水が張ってあった。貯水池だろうか。

 しかし水が濁ってこそいないものの、枯れた木の葉や枯草などが浮いており、そのまま飲みたいとは思わない。


(……建築士の騎士も、派遣してもらうべきだったか?)


 どう見ても、冬を越せるような集落には見えない。

 アシュリーも無言のまま唇を噛んでいた。


「……ひどい」


 パトリシアすら、顔面が蒼白になっている。どうやら彼女がブライトンに連れまわされた頃ですら、ここまでひどい環境では暮らしていなかったようだ。


「隣国の方、こんな場所までよくいらしてくださいました。集落の長を務めています、ナキアと申します」


 そんな一向に歩み寄ったのは、灰色に近いくすんだ水色の、よれよれになった長髪を下ろした女性。

 歳は三十後半から四十ほどだろうか。埃で茶色になりかかった、長い薄紅色の布を何枚も重ね、足元まで覆っている。


 ナキアと名乗った彼女は、かくんと首から力が抜けたようにお辞儀をしてきた。反射的に、マナヤもお辞儀を返す。


(こっちの国じゃ、お辞儀は普通みたいなんだが、勢いがなぁ……)


 お辞儀ならば、日本で見慣れている。

 しかしそんなマナヤから見ても、この国のお辞儀は本当に一気に頭が垂れ下がるため、首が折れたのかと不安になるような動きだった。ましてやここの召喚師達は、お世辞にも健康状態が良さそうには見えないので、余計に。


 ディロンに、視線で促される。召喚師であるマナヤが仕切れ、ということだろうか。

 咳払いし、ナキアへと真っすぐ向き直る。


「ええと、俺はマナヤといいます。マナヤ・サマースコット」

「家名持ち、でございますか?」


 ナキアがくすんだ水色の髪を揺らしつつ、首を傾げた。

 貴族、もしくは家名を持てるほどの栄誉を受けた召喚師というのが想像できないのかもしれない。


「故郷のコリンス王国で、手柄を立てましてね。家名を名乗ることを許されたんスよ」

「なんと……」

「それからこちらは、黒魔導師のディロン・ブラムス。白魔導師のテナイア・ヘレンブランド。お二人はコリンス王国直属騎士団の者で、俺の護衛を務めてもらっています」


 とりあえず一番身分が上で年上でもある二人を先に紹介。ディロンもテナイアも、このブライアーウッド王国の流儀に合わせゆっくりとお辞儀をした。


「国の騎士団の方が護衛とは、随分とご活躍をなされたのですね……ッ、ゴホッ、ゴホッ」

「だ、大丈夫ッスか?」


 話の途中で、ナキアが急に咳き込む。風邪でも引いているのだろうか。


「あ、あの! 皆さん、ちゃんと生活ができているんでしょうか」


 堪えきれず、といった様子でシャラが珍しく声を張り上げて訊ねる。やや苦しげにそちらへと向き直ったナキアは、輝くようなシャラの金髪を眩しそうに見つめながら問い返した。


「し、失礼……あなたは?」

「も、申し訳ありません。私、錬金術師のシャラといいます。シャラ・サマースコット」

「錬金術師……」


 反芻するように呟くナキアに対し、周囲の集落民がバッと一斉に振り向いた。そのあまりの勢いに、思わずシャラがキョロキョロと周りを見回しながら身をすくませる。

 けれど、自分の役目を思い出したかのように踏みとどまり、顔を引き締めてナキアを見つめ返した。


「私達は、あなたがた召喚師を手助けに来ました。もしよろしければ、お世話をさせてもらえませんか」

「ありがたい申し出ではあるのですが……あいにく、このような貧しい集落でして。とても対価のお支払いをできる状態では――」

「そ、そんな! 対価が欲しくてやっているわけじゃないんです!」


 心苦しそうに断りの言葉を告げようとするナキアに、おろおろしながらシャラがマナヤへと救いを求めるような顔を向ける。

 どうやら、ちゃんとした説明が必要なようだ。マナヤも眉間にシワを寄せつつ、きっぱりとナキアへ向かい口を開いた。


「ナキアさん、でしたっけ。俺達は、召喚師の立場を改善するためにこの国に来ました」

「立場の改善……?」

「コリンス王国では、既に変わりつつあるんスよ。なんで、こっちでもなんとかできないかと考えまして」


 どさ、とマナヤは背のバックパックを地面に下ろす。


「皆さん、俺達よりはこの辺の地理に詳しいでしょう。探しモノもあるんで、そのお手伝いをお願いできませんかね」

「探し物のお手伝い……そ、それで、我々を助けて下さる、と?」


 期待に満ちるような、戸惑ったナキアを尻目に、ゴソゴソとマナヤはバックパックを漁る。

 こういう状況を想定し、領都で買いあさって持ち運んできたものだ。


「こいつは、手付けみたいなもんだと思ってください。アシュリー、頼む。……あ、すんませんコイツは同郷の剣士でアシュリーっていいます。あっちは同じ召喚師のパトリシア」

「あたし達だけ紹介がテキトーじゃないの」


 コツンと軽く裏拳でマナヤの額を叩きつつ、マナヤのものよりも数倍大きなバックパックを背から降ろすアシュリー。その口を開いて、中身の袋をズルズルと引き出す。


 途端に、わぁっと周囲が沸き立った。

 アシュリーとマナヤがバックパックから取り出したのは、大量の生エタリアが詰められた袋だ。


「これの他にも、何種類かの肉やら野菜やらを持ってきてます」


 マナヤがそう言うと、まずディロンとテナイアが。続けて思い出したようにシャラとパトリシアも、バックパックを降ろして中身を取り出した。

 そちらのバックパックからは鮮度の高い野菜や、冷気の魔道具で凍り固めた肉などが出てくる。


「ほ、本当にいいのか!?」

「こ、これでメリックさんも元気を取り戻せるかもしれない!」

「野菜なんて食べるの、もう何日ぶり!?」


 澱んだ目を輝かせながらも、わらわらと召喚師達が歩み寄ってくる。やはり、まともな食生活を送れていなかったらしい。

 心が痛くなりつつも、マナヤはさらにナキアへと告げた。


「それから、できれば俺達の指導を受けてもらいたい。召喚師が活躍できる戦い方の指導を、ね」

「召喚師が活躍できる、ですか?」

「ええ。家名持ちだと言ったでしょう? その気になりゃ、召喚師だって功を立てられるんスよ」


 ニヤリと不敵に笑って見せる。


「なんでまあ、覚悟してください。――厳しいですよ?」


 ナキアを始め、戸惑ったように集落の者達が顔を見合わせた。


 ――ねえマナヤ、僕も何か手伝えない?


 と、テオも堪えかねたように頭の中で訊ねてくる。このような集落の様子に、彼もこちらに任せてじっとはしていられないようだ。


(おう、安心しろテオ。お前にも活躍してもらうぞ、こいつらに指導するのにな)

 ――え? でも僕、マナヤほどうまく教えられる自信が無いけど……

(スレシス村を思い出してみろ。お前だって、やりゃあできるさ。教本もあるしな)


 弱腰なテオにそう告げるマナヤの頭の中では、さらなるプランが描かれていた。


(で、だ。こいつらに教導するにあたって、これまでの反省をしっかり活かすべきだよな)

 ――これまでの反省?

(ああ。とにもかくにも、やる気になってもらわにゃ困るからな)


 これまでもずっと、そうだった。問題なのは、相手のやる気だ。


 セメイト村では、マナヤがスタンピードを抑える活躍をしてきたからスパルタ教育ができた。

 スレシス村では、マナヤの強気な態度は逆効果であり、テオの気遣いがなければ召喚師達を説得できなかった。

 召喚師の生き方に染まり切っていない生徒が多い学園では、テオの生ぬるい態度が裏目に出て、マナヤの自信に頼らざるを得なかった。


 これらを踏まえて。



(というわけで、だ。作戦名、『良い警官と悪い警官』やるぜ)

 ――え、え?


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