152話 ヒーロー(?)ショー
翌朝。
一応、しばらくは英気を養うためにゆっくりと滞在していても良いと言われている。
が、テオは結局、異様に豪勢な部屋にどうにも落ち着かず、許可を貰って領都内を散策していた。シャラとアシュリーも一緒だ。
パトリシアは、どうせマナヤが出てきていないからと客間に篭っている。
「うわぁ、こんなに賑わってるものなのね」
情報収集も兼ねての散策。けれどアシュリーは、良い意味で騒がしい街中の様子に感嘆している。
今のところ、この領都は芸術に特化している町のようだ。街並みも精密な彫刻や絵画に溢れ、それらを販売している露店も多い。
その上、路上で舞踊や演奏を披露している者達もいるようだ。それらの前に座っている観客が、時々演者におひねりを投げつけている。
町民自体が着ている服も、様々な種類と色彩だった。赤、青、緑、白、黄、皆が様々な色の服を着込んでおり、服装に全く統一性がない。衣服のデザインも一人一人が全く違うように見える。
「なんだか、別世界に来たみたいですね」
と、シャラも控えめながら物珍しそうに周囲を見回す。
のどかだった故郷の村々と違って、どこもかしこも活気がある。全員がせわしなく、けれども充実しているように動いているように見えた。
(あの異世界も、こういう場所があったのかな)
シャラの言った『別世界』という言葉に、ふとテオはフミヤのいたあの世界を思い出してしまう。
テオが『テオ』であった間は、フミヤの家から外に出ることはなかった。その前に学ぶことがたくさんあったからだ。けれど、あの世界もこのブライアーウッド王国同様、全土が資本主義の世界であると聞いている。
「――くっ、おのれヴィロード、ここまでやるとは! しかし、それもここまでですよ!」
と、そこへ何故か聞き慣れた声が響いてくる。そちらへと目をやると、一際たくさんの人が集まっている人だかりがあった。子供たちが多いようだ。
思わず、シャラやアシュリーと顔を見合わせる。いやな予感がしつつも、そちらへと駆け寄ってみた。
「致し方ありません! では、我が第三の技を受けてみなさい!」
人だかりの中に、二つの人影があった。
「ら、ランシック様!?」
思わず、アシュリーが小声で息を呑んでいた。
そのうちの一つは、ランシック。青いチュニックに、灰色のズボン。この町の一般領民たちが着るような庶民服を身に纏い、もう一つの人影相手に格闘のポーズを取っている。と言っても、不格好に両腕を上に上げ、片脚だけ持ち上げているという奇妙なポーズだ。
そしてもう一つの人影は、人間ではない。岩でできた、人の姿かたちをした人形だ。しかし、頭部は縦長の丸い岩がデンと置いてあるだけで、髪どころか顔すらもついていない、のっぺらぼうである。手足も、細長い岩の筒を繋げただけのシンプルな造形。
そののっぺらぼうの岩人形が、ランシックとはちょっと違った格闘の構えを取っている。こちらの構えはランシックと違い、いかにも本格的で格好いい半身の構えだ。
(ああいうの何だろう、『まねきん』って言うんだっけ)
と、いつぞやフミヤの世界でそういうものがあると聞いたことを思い出す。光る画面の機械を通して、おおまかな形を見たこともあった。
岩人形の方は、正にその『まねきん』を思わせるようなものだ。
と、そこでランシックが人を小ばかにするようなマヌケな掛け声を上げ始める。さらに片腕をブンブンと大きく無造作に振り回し始めた。
そのままドタドタと岩人形に向かって走り出す。
「ちょええええ……必殺! 高速グルグル目にも止まらぬパーンチへぶぅっ!?」
が、岩人形は急に直立不動状態になるや、向かってくるランシックに対して無造作なビンタ一発。子ども達がそれを見て爆笑していた。
頬にそれが直撃したランシックは、そのまま地面に激突。その瞬間、地面にクレーターができるかのようなエフェクトが発生する。
(あれは……まさかランシック様が全部一人で動かしてる?)
あの岩人形が動く度、微かに燐光に包まれていることにテオは気づいた。建築士が岩を操作する時と全く同じものだ。
しかも、ランシックが地面に叩きつけられた際のクレーターのようなエフェクト。あれも微かな燐光を放っている。どうやら、派手に見せるためにランシックがセルフマッチポンプをしているようだ。
「あ、あれって、ランシック様が芸をしてるってこと、だよね……?」
シャラもそれに気づいたらしく、信じられないといった様子で唖然としていた。
「――くっ、おのれヴィロード! やらせはしません、お前にワタシの悪行のジャマはさせませんよぉ!」
と、ランシックがガバッとクレーターから体を起こした。途端に、その地面のクレーターが綺麗になくなる。
「やれー、ヴぃろーど!」
「ラシークなんてわるもの、やっつけちゃえー!」
と、子ども達がやんややんやと声援を上げている。
どうやら、あの岩人形は『ヴィロード』という正義の味方。ランシックは『ラシーク』という名の悪者という設定のようだ。
そこへ、ランシックが今度は高跳びをするようにしゃがみ始めた。
さらに空気を読んだかのように、隣のハープ演奏者が緊迫感のある音楽を奏で始める。
「これは防げないでしょう、ヴィロードめ! 必殺、ドロップ体当たりあたーっく!」
ランシックはジャンプすると、岩人形目掛けて空中から体当たりをしようとする。が。
「あがっ!?」
岩人形は、これまた無造作にランシックの首根っこを引っ掴んだ。岩人形の腕一本で支えられながら、不格好にランシックはぷらぷらと揺らされる。
「あばばばばばっ!」
さらにそこへ、岩人形が高速の往復ビンタ。その動きに合わせて顔を右へ左へと向け続けるランシックに、子ども達が再び爆笑している。
その後、ぽいっと岩人形がランシックの体を放り出した。ランシックは巧く受け身を取りつつ、しかしわざと苦しそうに転がる。
「むぐぐぐ……このままでは、ワタシの『全世界全員女装マニアになってしまえ作戦』がおじゃんに!」
と、跳ね起きながらランシックは苦渋の顔を作って唸っていた。
(一体何を見せられているんだろう……)
ランシックの語ったしょうもない悪事名に、テオらは顔を見合わせて苦笑してしまう。
「ならば、致し方ありません! この手だけは使いたくありませんでしたが……!」
と、ランシックは再び不格好なポーズを取った。
それにタイミングを合わせ、岩人形の方はクラウンチングスタートのポーズ。突進するつもりだろうか。
「来なさいヴィロード! 最後の技で勝負です!」
と、不格好ポーズのランシックが吼える。そして、隣のハープ演者もより一層深刻感のある音楽へと変調した。
岩人形が、一気に駆け出してランシックへと迫っていった。子供たちの声援がより大きくなる。
が、そこへランシックは急に直立状態になって右手を岩人形に向けた。
「必殺! 強制女装!」
途端に、バッと岩人形の体が膨れ上がる。同時に、走っていた岩人形はドテッと盛大にスッ転んだ。
岩人形は、スマートな体型から豪華なドレス状態に変化していた。亜麻色一色の岩製ドレスではあったが、足元まで伸びており横にも膨らんでいるスカート、それに蹴躓いて転んだという設定なのだろう。
ランシックがいかにも悪者そうに高笑いする。
「はーっはっはっは! どうです動けないでしょう! さあこれでもう観念してグホオッ!?」
が、ご高説を垂れようとした瞬間、岩人形がドレス姿のままタックルする。人形の頭部がランシックの腹に突き刺さり、彼は苦悶の声を上げていた。
(え、あ、あれ凄い痛そうだけど、大丈夫なの!?)
思わずハラハラとランシックの体を心配してしまうテオ。が、子ども達はというと爆笑の渦に。
「ぐおおお……おのれ、考えましたねヴィロード! ジャンプするようにタックルすれば、まだ動けるというわけですか!」
芝居がかった口調で、異様に苦しそうな演技をしてみせるランシック。
そうこうしている内に、人形はドレス姿のまま四苦八苦するように起き上がっていた。
「ふっ、しかしこれまでです! このワタシに、同じ攻撃は二度と通用しません!」
と、チッチッと指を振ってニヒルな笑いを浮かべてみせるランシック。「えー、ほんとー?」と、子ども達からヤジが飛ぶ。
そこで、ちょいと考え込むような仕草を取った岩人形。しばし後、ビシッとランシックへ向け格好よく指をさして見せる。
「……え、何です? こちらこそお前の技は見切った? はっはっは、減らず口を――」
と、ランシックが余裕の笑みを浮かべてみせようとする。
そこへ岩人形は、片手で剣を握るようなポーズを取ってみせた。その瞬間、岩人形の岩製ドレスがどんどん動いていく。
「な、なにぃ!? ワタシの技を、完全にお前の制御下に置いているというのですか!? そ、そんな馬鹿な!」
大げさに驚いてみせるランシックの視線の先で、岩人形の岩ドレスはどんどんその右手へと集まっていく。
ハープ演奏者もその様子を見て、アドリブを利かせて快活で爽快感のある音楽へと自然に変調させていった。ギャラリーがさらに盛り上がる。
元通りの、スマートな体型へと戻っていく岩人形。そして右手に集まっていった岩は、徐々に扇状の形に収束し……
ハリセンの形を取った。
「……え、えーと。わはははヴィロード、今から降参すれば、世界をお前にやろう! 百分の一くらい! だからお願いそれで手を打ちませんかゲハァッ!?」
悪あがきのようなとってつけた台詞を吐いたランシックに、岩人形が真上から岩のハリセンを叩きつける。
メキィッという派手な音と共に、地面が陥没するような岩のエフェクトが発生。憐れ、ランシックは地面に埋まるかのような形でピクピクと痙攣した。
「ら、ラシークが死すとも、必ずや第二第三のラシークが……がくっ」
わざわざ『がくっ』まで声に出しながら崩れ落ちるランシック。同時に、キリの良いような形でハープ演奏が終わる。
岩人形はハリセンを手に掲げ、観客の方を向いてそれを剣のごとく店に掲げてみせた。途端に、子ども達がわぁっと一際大きな歓声に沸く。
子ども達の保護者であるらしい大人たちが、苦笑しながらランシックに拍手を送っていた。
「あ、保護者の方々はあとでちょっとお話聞かせて下さいがくっ」
と、わざわざ一度真顔で顔を上げながら一言、そしてまた崩れ落ちるランシック。大人たちが失笑している。
いくらか、ランシックへと向かっておひねりが飛んできた。また、隣で息を合わせていたハープ演奏者にも同じように硬貨が飛んでいく。勝手にランシックの演目に便乗しての演奏だったようだが、ほくほく顔をしていた。
「ふう。いやはや、素晴らしい演奏でした。合わせて頂いて感謝します!」
ある程度子ども達の注意が逸れたところで、ランシックが起き上がる。ハープ演奏者の下へと歩み寄り、お互い笑顔で固い握手を交わしていた。
「ありがとうございました、芸人のラシークさん」
「うちの子がこんなに大人しくしているなんて、助かりました」
と、子ども達の母親らしい女性がランシックへと歩み寄っていく。
ニコニコと笑顔で迎えたランシックは、その母親たちに優雅に一礼してみせた。
「いえいえ、元気なお子さんたちのお世話は大変でしょう。少しでもこの子らの気を引けるお手伝いができたなら何より!」
そして顔を上げると、何気ない様子で話題を急に変えた。
「そうそう、ちょっとお伺いしても? 最近、この街の顔ぶれが随分と変わったように思えるのですが……」
それを聞いて、母親達の表情がわずかに曇る。
「あぁ……そうなんですよ。少し前にお触れが出て、召喚師は町から出て行けってことになったらしくて」
「ええ。あたし達はまあ、別に居てもいいかなと思ってもいたので、心苦しかったのですけど」
「ほうほう。その出ていった彼ら、どちら方面へと向かっていったかわかりますか?」
どうやらランシックは、子ども達の保護者を使って情報収集をしようとしていたようだ。テオが思わず、シャラやアシュリーと顔を見合わせる。
「わたしたちが見たわけじゃないんだけどね、向かいの奥さんが言ってたのよ。ここから北へ向かう召喚師の一団を見たって」
「あ、それうちの旦那も見たって言ってたわ。川沿いに、川上の方へ向かっていったって」
と、口々に噂話を始める母親達。それにランシックはうんうんと適度に頷き、彼女らからどんどん話を引き出していっていた。
***
「あの、ランシック様……」
「おや、皆さんお揃いで! いやははは、お恥ずかしい所をお見せしましたね」
一通り会話が終わり、子ども達の保護者が掃けた後。
テオがランシックに声をかけると、にこやかなランシックが頭を掻きながら笑った。
「あの、ランシック様。聞き込みをするために、わざわざ一般人を装って芸を……?」
「その通りですよ、アシュリーさん。この国では、見ず知らずの一見相手に世間話をするような風習はありませんからね」
アシュリーの問いにランシックが事も無げに答える。
「そしてこういう場合、一番噂話を掴んでいるのは親御さん方です。奥方様の井戸端会議というのはバカにできませんから」
一体どこから仕入れた情報なのか、ランシックが胸を張る。
「あの、ランシック様。あれ、痛くは無かったのですか?」
そこへシャラが、少し心配そうに質問した。先ほどの芸で、何度も岩人形に叩きつけられたりしたことだ。
「ああ、問題ありませんよ。あれは命中の瞬間、石を軟化させていますから」
「そんなこと、できるんですか?」
さらりと答えたランシックに、シャラは思わず身を乗り出していた。
どうやらランシックは、細かい岩の操作にも相当慣れているようだ。考えてみれば、岩の人形をあそこまでリアルに動かしたり、岩人形に精巧なドレスを着せるように動かすなど、並大抵の腕前ではない。
「それよりも皆さん。先ほどの噂話、お聞きになりましたね?」
ランシックがにわかに真剣な眼差しへと変わる。テオらも神妙に頷いた。
「この領都の北、川上に向かって、ですか……」
ここの領都は、北部には巨大な山脈が連なっているらしい。
そしてその山脈から流れてくる湧き水が、流速の速い川となって流れ、枝分かれしながらこの領都の近くを走っているそうだ。その川はブライアーウッド王国の国土、ほぼ各地へと散る形で流れているらしい。
「あの川、この国でも一度は運河として使用することを考慮したそうですが」
「運河、というのは……?」
「ああ、テオ君はご存じありませんか? 船を使って、川を運搬のために使うのです。しかし、流速が速いし川自体も大部分が浅いので、船を出すには全く向かなかったそうで」
本来の運河は、流通のためにわざわざ掘り下げ、人工的な川として造る。
が、起伏が激しいこのブライアーウッド王国では、船で上流・下流を行き来できるような平坦な運河を造るのは難しいそうだ。建築士の手にかかっても、そうとう大規模な土木工事になるため現実的ではないという。
「とにかく、その川の上流。そこに、この領都から追い出された召喚師達がいる可能性が高いってことですね」
拳を手に平に叩きつけながら、アシュリーがニッと笑う。
「ええ。皆さんにはその召喚師達のケア、そして召喚師解放同盟の拠点捜索をお願いします。できればワタシ達も、そちらへ加勢したいところなのですが……」
「ランシック様は気にしないでください。領内の間引き、ちゃんとやらないといけませんし」
浮かない表情のランシックに、そうアシュリーが明るい声で言う。
ランシックが連れてきた騎士達。特に召喚師の騎士達で領のモンスター達を討伐し、封印していかなければならない。
領境あたりで、モンスターの出現数が一気に増えてきている。おそらく、封印を怠った影響が出てきているのだ。今、召喚師はテオとマナヤを除けば、連れてきた騎士達の中にしかいない。
また、川上以外にも領都の召喚師が向かっていたり、あるいは召喚師解放同盟の拠点や『黒い神殿』があるかもしれない。間引きも兼ねて、各方面を捜索するのが騎士達の仕事だ。
「申し訳ありませんね、皆さん。せめて、ディロン殿とテナイア殿をつけられるように手配しましょう」
「ディロンさんとテナイアさんは、来られるんですか?」
「ええ、テオ君。あの二人はそもそも、神託の救世主であるテオ君とマナヤ君の護衛、という立場でしたからね。その立場を主張すれば、あのお二人に関してはゴリ押せるでしょう」
それを聞いて、テオは安堵のため息を吐いた。
正直、自分達三人……マナヤを含めても四人では、どこまでできるか不安だった。が、ディロンとテナイアの二人が加わってくれるとなれば心強い。
「……最悪、召喚師解放同盟全員を、貴方がた五名だけに押し付けることになります。危険な任務になるとは思いますが……」
まだ不安が隠せぬ様子のランシック。
アシュリーも一瞬顔が強張った。マナヤが一度死に、また流血の純潔を失ってしまった事などを思い出したのかもしれない。
「何かありましたら、ディロン殿に頼んで救難信号を上げてもらってください。そういった口実があれば、ワタシ達もそちらへ出向くことは不可能ではありません」
「はい、ありがとうございます。こっちは任せてください」
テオの返答に、ランシックがはかなげに微笑んだ。




