150話 馬車救出
「【シフト・スマッシュ】」
真っ先に飛び込んでいたアシュリーが、斧のようなオーラを件に纏わせた。それを、馬車を襲っている野良ナイト・クラブに叩きつける。
「シャラ、十七番!」
「【キャスティング】」
乗ってきた岩波が間近に迫ってきたことで、テオはバランスを崩さぬよう立ち上がった。シャラも即座に反応し、錨のようなチャームがついた錬金装飾をつけてくる。
――【安定の海錨』!
自分の左足首に装着されたのを確認したテオは、直後に岩波を飛び降りる。
凄まじいスピードのまま地面へと到達したが、着地の瞬間にその錬金装飾が光った。勢いに負けて倒れ込むことも、地面を滑り続けることもなく、ピタッとその場に静止する。
シャラも同様にテオの横へと、ピタッと着地してきた。
「シャラ、まずはみんなに――」
「九番だね! 【キャスティング】」
テオが指示するまでもなく、シャラが小瓶のようなチャームがついた錬金装飾を取り出した。
馬車の本体が横転しており、数名がその陰に隠れている。
周囲の地面には、何名かが倒れ込んでいた。急なモンスター襲撃で、不意を突かれてやられてしまったのかもしれない。
――【治療の香水】!
倒れている者達に、錬金装飾が装着される。
全員が碧の燐光に包まれ、その体の傷を癒していった。
「――【レメディミスト】」
直後、さらにその場に居る全員の周囲に、うっすらと白い霧が発生。
キラキラと光り輝くようなその霧が、傷を負った者達の治癒を加速させていく。
「テナイアさん! ディロンさんも!」
後ろを振り向くと、騎馬を走らせディロンとテナイアが駆け寄ってきていた。彼らもテオらが乗っていた馬車の後からついてきていたので、追いついてきたようだ。
「テオ、アシュリーと協力して攻めを頼む! 【ロストフォーチュン】【ウォールブレイカー】【ゲイルフィールド】」
ディロンが騎乗したまま魔法を連続で放つ。
三色の霧が野良モンスター達に絡みついていった。
モンスター達が勢いを失い、装甲が溶け、さらに動きが鈍っていく。
「はい! 【ヴァルキリー】召喚!」
テオもすぐさま手のひらを前に突き出し、召喚紋を出現させる。
中から、白銀の全身甲冑に赤いマントを羽織った女騎士の姿が現れた。
「【竜巻防御】、【行け】!」
さらに、出現したヴァルキリーの周囲を旋風が取り巻く。
直後、長槍を構えたヴァルキリーがふわりと地面から少し離れ、その状態で滑るように突撃していった。
「しょ、召喚師!?」
馬車の陰に隠れていた男が、引き攣るような声で叫ぶ。怖れを抱くようなその声に、ズキンとテオの胸が痛んだ。
けれど、嫌われるのは覚悟の上だ。気を取り直し、すぐさま状況を確認する。
「【電撃獣与】、【時流加速】!」
敵に生物モンスターが多いと見るや、テオはヴァルキリーが持つ槍に電撃を帯びさせる。
さらに、モンスターの行動速度を倍加させる魔法をも追加。
実質的に四倍の火力を得たヴァルキリーは、凄まじい勢いで次から次へとモンスターを刺し貫いていく。
「【エヴィセレイション】!」
アシュリーも負けじと、現れた敵ミノタウロスを頭から両断していった。
(……あれは! まずい!)
ふとテオが馬車の方へと目をやり、危険を察知。
おずおずと馬車の陰から出てきた小太り男の背後。そこに青紫と緑の二色を基調とした巨大な『蝶』が姿を現したからだ。
悪魔の蛾。
冒涜系の中級モンスターで、広範囲に毒の鱗粉を撒き散らす能力を持つ。
「くっ!」
先ほどシャラにつけてもらった『俊足の連環』が光る。
テオは、一瞬にしてその小太り男の傍へと移動。
問答無用で、その腕を取った。
「えっ――」
「捕まって! 【狼機K-9】召喚、【跳躍爆風】!」
テオはすぐさま、目の前に狼型の機械モンスターを召喚。
もう片方の手でその足を掴み、その状態で跳躍爆風を使った。
破裂音を立てて狼機K-9が大ジャンプ。
それに引っ張られる形でテオと小太りの男も空へと舞い上がる。
「うひゃああああっ!?」
小太りの男が腕一本で空中へと引っ張られ、悲鳴を上げる。
その真下を、紫色の鱗粉が舞い散っていった。バフォメット・モスの放った毒の鱗粉である。
方向からして、馬車や他の人間を巻き込まないことはテオも見て取っていた。
常に、全体の状況を確認できるようにすること。何か異常が目の端に移った時、即座に対応できるようにすること。複数のモンスターを操る召喚師なればこそ、必要な注意力。マナヤに、彼の書いた教本に教わった大事なことだ。
しかし今考えねばならないのは、このまま地面に叩きつけられない方法である。
「――シャラ、二十番!」
「テオ! 【キャスティング】」
掛け声に応じ、シャラが錬金装飾を二つ放ってくれた。
それは、虫の翅のようなチャームがついたブレスレット。
――【妖精の羽衣】!
着地する直前、テオと男が二人とも地面スレスレでフワリと柔らかく停止。
足が地面からわずかに浮き上がっている。
「ひょえええええ――あ、あれ?」
地面に叩きつけらられると思ったらしい小太りの男は、悲鳴から疑問の声へと変わった。
「狼機K-9、【行け】! そこの人、下がっててください!」
一緒に落下した狼機K-9に指示を出しつつ、小太りの男を下がらせる。
ビクビクとしていたその小太りの男も、真っ青な顔で慌てて首肯していた。
テオはすぐさま周囲の状況を確認。
「――くっ、この! 【シフト・スマッシュ】!」
その時、アシュリーの歯噛みするような声が届く。
見ると、彼女は堅い甲羅を持つ敵の『ゲンブ』や『ナイト・クラブ』、『イス・ビートル』等に囲まれていた。
斬撃の通りが悪いそれらのモンスターは、剣士が複数相手するには不利だ。
「アシュリー、そこを離れろ!」
ディロンが歯がゆそうに命じる。
こういった複数の敵を相手にする場合、黒魔導師の範囲攻撃が有効だ。が、このままではアシュリーも巻き込んでしまう。
「そうだ、アシュリーさんこれを! 【ミノタウロス】召喚、【跳躍爆風】!」
咄嗟にテオは、巨大な斧を携えた牛頭のモンスター『ミノタウロス』を召喚。即座にそれをアシュリーの近くへと跳ばす。
ミノタウロスの斧は、甲羅や装甲を纏った敵にダメージを通すのに最適だ。
(――あっ、しまった!)
咄嗟に『甲殻持ちに強い』ミノタウロスを跳ばしてしまってから、失敗に気づく。
アシュリーは、巨大なハサミを持つナイト・クラブや、甲羅全体を鈍器として使えるゲンブなどを掴んで振り回すことを好んでいたはずだ。
跳んできたミノタウロスを確認したアシュリーは、その牛頭が握っている大斧の柄をむんずと掴む。
「あれ?」
その時、首を傾げるアシュリー。
が、すぐに周囲の甲羅付きモンスター達を睨み、その大斧にオーラを纏う。
「【ライジング・フラップ】!」
途端に、大斧ごとアシュリーが一気に敵の『ゲンブ』へと飛び込む。
ミノタウロスも、大斧を掴んだままそれに引っ張られ、一緒に飛んでいった。
ベキャ、とゲンブの甲羅が砕ける音。
そのゲンブの脇を通り過ぎたアシュリーは、一緒に引っ張ってきたミノタウロスと共にディロンの近くへと着地。
「【戻れ】!」
テオもそこで、一旦ヴァルキリーを下がらせた。
「よし、【ブラストナパーム】!」
すぐさまディロンが呪文を唱える。
甲羅付きモンスターの大軍が、爆炎に呑まれた。
「ディロンさん、こっちに付与魔法を! テオ、あんたも!」
すると、ディロンとテオへ交互に視線を向けながらアシュリーが叫ぶ。ディロンは、大斧とアシュリーを交互に見やって目を剥いた。
「……アシュリー、まさか!?」
「そのまさか! ミノタウロスの斧、『武器』としてあたしが使えそうです!」
ぶらぶらと、ミノタウロスを振り回すようにしながら大斧を構えるアシュリー。
そんなミノタウロスは、意地でも斧を手放そうとしない。まるで手が大斧にくっついているかのようだ。
「【スペルアンプ】」
「【インスティル・ファイア】」
空気を読んで、テナイアがディロンに魔法増幅を。
そして直後、ディロンがアシュリーに炎の付与魔法を放つ。
強烈な青い炎が、アシュリーの掴むミノタウロスの大斧にまとわりついた。
「【火炎獣与】!」
さらに、テオもミノタウロスを指定して攻撃力強化の補助魔法をかける。
ミノタウロスの斧に青と赤、二色の炎が絡み合うように取り巻く。
爆炎が収まった中から、甲羅が焼け焦げたモンスターらが歩み寄ってくる。
キッ、と大斧の柄を掴んだままアシュリーが腰を落とした。
「――【ライジング・ラクシャーサ】!!」
ミノタウロスごと、凄まじい勢いで加速。
一気にモンスター群に突撃し、その直前で大斧を真上に振り上げる。
巨大な青と赤の炎が、衝撃波のようにモンスター群を呑み込んだ。
「ひ、ひええええっ!?」
その眩い閃光、そして轟音に、馬車の持ち主らしい者達が悲鳴を上げる。
二色の炎が立ち上る衝撃波は、一瞬にして残っていたモンスター群を一層していた。衝撃波の通り過ぎた後には、黒い焦土と瘴気紋しか残っていない。
「あっ、テナイアさん危ない!」
「――【ライシャスガード】!」
その時、後方からシャラとテナイアの声。
別方向からもモンスターの群れが、わらわらとやってきた。近くにいたテナイアが自身に結界を張り、それを食い止めている。
「えいっ!」
――【衝撃の錫杖】!
シャラがとっさに、具現化した錫杖でテナイアに寄ってくるモンスターを弾き飛ばしている。
「!」
そちらに視線を向けたテオは、近くに川の流れを見つけた。
両岸が雪に覆われてはいるが、川面は凍らずにさわさわと流れている。
その川は、テナイアらが戦っている方向へと流れが続いていた。
「シャラ! 一応みんなに十三番!」
「あ、うん! 【キャスティング】」
一つ作戦を閃いたテオは、シャラに即座に指示を飛ばす。
すぐさま反応してくれたシャラ。紅い宝珠がはまったブレスレットを人数分放った。
――【吸炎の宝珠】!
皆の首元に、その錬金装飾が装着される。
「【ボムロータス】召喚!」
テオはすぐさま、川面に向かって精霊系のモンスター『ボムロータス』を召喚。巨大な蓮の花のような、水場専用の中級モンスターだ。
敵を自動追尾し、着弾すると爆発する浮遊種子を放つ攻撃方法を持つ。
(よし、そのまま流れに乗って……あれ?)
川の流れに従って、皆が戦っている近くへと移動してくれることに期待したテオ。が、実際にはボムロータスは全くその場を動かなかった。
元々ボムロータスは、自身で移動できるタイプのモンスターではない。が……
(水が流れてるなら、そっちに流されてくれると思ったのに……)
しかしボムロータスは、水の流れに逆らうようにその場で待機している。まるで、水の流れなど無いかのように。
が、このまま手をこまねいている場合ではない。
「……【跳躍爆風】! 【行け】!」
テオは、川の流れる方向へ向け、ボムロータスに跳躍爆風。
途端に、ボムロータスが一気に川面を滑るように流れていく。
跳躍爆風はモンスターを大ジャンプさせる魔法である。が、水場専用、もしくは水に浮かべた水陸両用型モンスターにかけた場合、水から離れず水面を滑るように高速移動していくようになっている。
川下へと下ったボムロータスはそこで停止。
すぐさま、爆発性の種子を一つ吐き出した。
綿毛のようなものがついたその種子は、見た目に似合わぬ速度で空中で一気に加速し、近くに居た野良のゲンブへと着弾。
その瞬間、一気に種が爆発し、爆炎がゲンブとその周囲を包み込んだ。
「うおっ!?」
まだ馬車の陰に残っていた者達が、驚くように悲鳴を上げている。
爆炎は彼らを巻き込んではいないが、シャラに『吸炎の宝珠』をつけてもらってある。万一巻き込まれても、火傷を負うことはないだろう。
「【強制誘引】!」
さらにテオは、そのボムロータスに敵モンスターを引き付ける魔法をかける。
直後、何体かのモンスターがボムロータスへと一気に殺到していった。
その隙を見逃すアシュリーとディロンではない。
「甘い、【スワローフラップ】!」
「【アイスジャベリン】」
ミノタウロスの大斧を握ったアシュリーの連撃、そしてディロンの氷の槍が背後からそのモンスター達を仕留めていく。アシュリーの攻撃に引きずられるミノタウロスが、少しシュールな光景だ。
他にもボムロータスへと集まっていったモンスター達。
が、それらはボムロータスの次弾を食らって全員爆炎に巻き込まれていた。
範囲攻撃できるボムロータスと、強制誘引の合わせ技である。
「う、うわああああ!」
と、テオの背後から先ほどの小太り男の悲鳴。
振り向くと、人間大のカマキリのようなモンスターが小太り男に迫ってきていた。
冒涜系の下級モンスター『リーパー・マンティス』だ。
「危ないっ!」
――召喚のマナは、まだ足りない。
テオは咄嗟に、リーパー・マンティスの前に飛び出す。
それに背を向ける形で、小太り男を庇った。
「ぐうっ」
「テオ!?」
テオの背中が切り裂かれ、それを見咎めたシャラが悲痛な声を上げる。
しかし、リーパー・マンティスの攻撃は止まらない。
両腕の鎌を、交互に次々とテオの背へと振り下ろし続ける。そんなテオの状態に気づき、悲鳴を上げた小太り男は絶句していた。
「な――」
「ぐ、ぅ……! 【ナイト・クラブ】召喚!」
テオ自身が攻撃を食らい続けたことで、マナが回復した。召喚師は、自身が攻撃を受けるとマナが回復するようになっている。
背後へと向けた手のひらの先から、巨大な銀色のカニが出現。
リーパー・マンティスの鎌がそのカニへと振り下ろされる。
が、堅い甲殻に阻まれビクともしない。
安堵し、がくりとテオはその場に膝をついた。背後の小太り男の状態を確認する。
「うぐ……だ、大丈夫ですか」
「え、ええ……そ、それよりあなたは!?」
さすがに小太り男は、テオを心配してくれるらしい。先ほどまでの怖れが無くなっていて、思わずテオの頬が緩む。
ナイト・クラブが、巨大なハサミを振り下ろす。
リーパー・マンティスの体は、その一撃だけで半壊。青い血飛沫を舞わせる。
対するリーパー・マンティスの、鎌の連撃。が、やはりナイト・クラブの甲羅に阻まれる。
――バシュウ
「【封印】」
二度目のハサミを受け、あっさりとリーパー・マンティスは霧散。
テオは、残った瘴気紋を封印した。
「こっちは終わったわ! テオ、あんたは!?」
「アシュリーさん! はい、こちらも片付きました」
丁度その時、アシュリーがこちらへと駆け寄ってくる。
どうやら、なんとか全て終わったようだ。先ほどテオが出したヴァルキリーも、攻撃対象がいなくなって静かに佇んでいる。
「残りの瘴気紋も、封印しますね」
「ええ。って……その怪我大丈夫なの? テオ」
「このくらいならへっちゃらです、アシュリーさん。もう慣れっこですからね」
と、じくじくと痛む背中を無視して、笑顔を見せてみせる。
「テオ!」
「テオさん! 【ディスタントヒール】」
シャラとテナイアも駆け寄ってきた。テナイアの遠距離治癒魔法で、一気に背中の傷が癒えていく。
「シャラ、大丈夫だから。テナイアさん、ありがとうございました」
抱き着かんばかりの勢いで駆け寄ってきたシャラを受け止め、テナイアにも礼を言う。
「いえ、申し訳ありません。テオさんへの結界が遅れました。……封印も、お願いしてよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんです」
自責を漂わせる表情で、本当に申し訳なさそうにお願いしてくるテナイア。何も気にすることはないと、テオは快諾して瘴気紋の封印を始めた。
「でも、驚きましたアシュリーさん」
「何が? テオ」
「ミノタウロスの斧で、技能の同時使用なんてできたんですね。それに、ディロンさん達の付与魔法まで」
感心して、先ほどの場所に佇んでいるミノタウロスへと目をやるテオ。アシュリーがそこへミノタウロスを『置いた』のだろう。
「ああ、あたしもビックリよ。ミノタウロスの斧、あれを掴んだ時になんか『できそう』って感じたから」
アシュリー自身も、少し弾んだ声で笑った。
これまで、アシュリーが召喚モンスターを武器のように振り回したことは多い。が、普段は大サイズで当てやすそうな攻撃部位を持つモンスターを使うことが多かった。
そうしてモンスターを武器として振るう場合、アシュリーは『技能の同時発動』はなぜかできない、と言っていたはず。
「たぶん、ミノタウロスは大斧っていうあからさまな『武器』を持ってたからじゃないかしら。やっぱり武器らしい形の方が、剣士の技能と相性がいいのかもね」
と、自身が腰に提げた剣の柄を叩く。
たしかに、ナイト・クラブのハサミもゲンブの甲羅も、モンスターの『体の一部』というべき部位。
対してミノタウロスの大斧は、見るからに体の一部というより『武器』だ。
もっとも、そういったモンスターを倒しても『武器』をその場に残すことはない。なので、モンスターが持っている武器も体の一部のようなもの、というのが定説だったのだが。
「――みなさーん、大丈夫でしたかー!」
ちょうどその時、馬車といくつかの騎馬が走ってくる音と、ランシックの呼び声が届いてきた。
***
「ありがとうございます、危ない所を助けて頂いて……」
テナイアの集中的な治癒で、全員の傷が癒え切った頃。転倒した馬車もようやく起き上がって、小太りの男が代表するようにこちらへと勢いの良いお辞儀してくる。それを合図にしたかのように、集まった周りの者達もいっせいに首を下げてきた。
突然、力が抜けたかのようにカクンと彼らの首が下がったのを見て、一瞬テオは驚いてしまう。
「いえ、どうやらそちらも全員ご無事なようで何より」
が、馬車から降りてきたランシックも同じく、カクンと突然頭から力が抜けたかのようなお辞儀をする。どうやらこちらの国における礼儀作法のようだ。
「私は錬金術師のウォースと申します。アガニス男爵領からフィルティング男爵領まで、行商の最中でした」
小太りの男は、商人だったようだ。周りの者達は、おそらくは側仕えと護衛だろう。倒れていたのは全員が護衛の者達だったようだ。
「これはご丁寧に。我々はコリンス王国からやってきました。ランシック・ヴェルノンと申します」
「り、隣国のお貴族様!? こ、これはとんだご迷惑をおかけしまして――」
「いえいえ、お気になさらず。お役に立てて光栄です」
恐縮してしまう、ウォースという商人を笑顔で宥めるランシック。
促されて、おずおずとウォースは顔を上げた。
「それで、その……そちらの方」
「え? 僕ですか?」
そして商人ウォースは、テオの方へと顔を向ける。
「失礼ですが、お貴族様お付きの騎士様、という年齢には見えませんが……そちらのお嬢さんがたも」
「あ、いえ。僕達は一般の村人なんです。事情があって、ランシック様と同行していまして」
「な、なんと!? その……召喚師だというのに、体を張ってまで守って頂いて。感謝の念に堪えません」
「い、いえそんな!」
と、本当に申し訳なさそうに再びカクンと頭を下げてきた。
ウォースに恐縮されきってしまっているし、その急に頭を下げる動作がどうにもいちいち怖いしで、テオも慌てる。
「いえ、頭を下げさせてください。……私は、召喚師という人種を見誤っておりました」
と言って、一度上げた頭を再び下げてくる。
おそらくこの商人も、元々召喚師にあまり良い印象を抱いていなかったのだろう。おそらく、だからこそ召喚師と顔を合わせずに済むフィルティング領で交易しようとしていたのだ。
そんな召喚師が、その身を挺してまで自身を守った。そのことに今さら心が痛んでいるのだろう。
「……頭を上げてくださいウォースさん。そんなに恐縮されてしまっても僕達、困っちゃいます」
と、軽くおどけるように微笑んでみせる。
驚いたように顔を上げた商人ウォースは、たまらずといった様子で苦笑していた。
「わかりました。……お若く、しかも召喚師だというのに、とても澄んだ目をしていらっしゃる。おみそれしました」
「あ、あはは……」
召喚師といえば、嫌われる『クラス』ぶっちぎりのナンバーワン。だからこそ、普通の召喚師は表情が暗く、澱んだ目をしているものだ。
テオ自身もかつてはそうだったため、同じく苦笑いを返すしかない。
「ふむ、ウォース殿。フィルティング男爵領といえば、ワタシたちも向かうところなのですよ。よろしければ、ご一緒しませんか?」
「え……し、しかしお貴族様、よろしいのですか? 我々のような者と……」
ランシックが興味津々、といった様子で切り出すと、商人ウォースは少し慌てる。こちらの国でも、貴族が一般人と共に行動するのは珍しいようだ。
「ええ。その代わりといっては何ですが、商売の様子をお聞かせ願えれば幸いかと! 最近の売れ筋はどうとか、各領地の状況はどうとか!」
「そ、そんなことでよろしいのですか?」
「もちろんです! 何を隠そうワタシたちも、こちらの国の国王陛下から調査依頼を受けているのですよ」
言葉巧みに、ウォースを説得しようとしている。
「そんなことで、よろしければ……我々としても、お貴族様とお付きの騎士様がたに同行して頂けるのなら、心強いところです」
と、商人ウォースがもう一度カクンと頭を下げてきた。
「ふむ。察するに、この辺りの行商は危険になってきているのですかね?」
心強い、というウォースの言葉に引っ掛かったらしい。ランシックが、笑顔を湛えたまま何の気なしといった様子で質問してくる。
「ええ、そうですね。ここ最近、街道のちょうどこの辺りはモンスターの出現が増えてきているようでして……」
「ご領主様に、お伺いを立てたことは?」
「き、騎士様にお伝えしたことは、ございます。それが領主様に本当に伝わっているかは、わかりかねますが……」
テオは、ランシックの質問の意図が見えた。
シャラとアシュリーも同じだったようで、商人達に気づかれぬようこっそりと顔を見合わせる。
(モンスターの出現が増えたのは、きっと召喚師がいなくなったから)
召喚師を領法で排斥してしまった、フィルティング男爵領。当然ながら、倒したモンスターの封印ができなくなる。
そうなれば、瘴気紋から瘴気が拡散し、新たなモンスターが生まれやすくなる。召喚師が居ない町は、いずれモンスターに埋め尽くされてしまう運命にあるのだ。
「ふむふむ。この辺り、と申しましたが、ここからさらにフィルティング男爵領の領都へと近づいた場所は?」
ランシックは何気ない様子で、質問を繰りだしていく。
「そうですね……ここからもう少し先に行くと、逆に急激に減るようです。商人達の間では有名な話ですよ」
「領都に近づくほど減ると、商人の間でも話題に?」
「ええ。私が単独で来たのも、それを先んじて確認するためでもありました。領都の中が安全なのであれば、家内や子供たちも連れてフィルティング領へ引っ越そうかと考えまして」
(もっと領都に近づくとモンスターが減る、って……)
そういった不思議な現象には、覚えがある。
スレシス村の時と、同じだ。
テオ達の故郷であるセメイト村と、同じ地区にある大きな村。あの村でも、周辺に出現する野良モンスターの数が激減していた。
(召喚師解放同盟が、モンスターを集束してるんだ)
何らかの方法を使って、モンスターを生み出す瘴気を一定範囲から集束する。
結果、周囲のモンスター出現率が減り、集束した瘴気からは強力なモンスターが生まれる。そしてそれを、戦力として手駒に加える。
召喚師解放同盟が戦力を増強すべく行っていた時と、全く同じ現象だ。
(やっぱりあの黒い神殿は、この辺りにある)
召喚師解放同盟の拠点がこの地域にあることは、間違いない。




