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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第一章 召喚師の降臨と錬金術師の献身
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15話 異世界カルチャーショック

 そして、指導を終えるとした約束の十日が過ぎた。


 結局『間引き』がまだまだ足りないようで、旧開拓村へと進撃するのはもう少し後になるそうだ。今しばらくは『間引き』を続ける必要があるらしい。

 村の者たちも連れて進撃すれば村の戦力が著しく低下する以上、警戒が必要なのは当然だろう。


 そのため、午前と午後に分けてマナヤは弟子召喚師達の『討論』指導を続けていた。

 午前に『間引き』に出ない者を集めて『討論』を行わせ、午後で『間引き』が終わった者と交代で討論をさせる。『間引き』は行いつつも、空き手の召喚師達に討論を続けさせているという状況だった。


 そして、指導をやり始めてから十五日目の朝。


「あ、あの、マナヤさんですよ、ね?」

「ん?」


 いつも通り召喚師用の集会場へと向かう途中のマナヤに、声をかけてきた女性が居た。

 長い豊かなロングヘアで、少しおどおどとした女の子。歳はテオと同じくらいだろうか。


「ああ、俺がマナヤだが、なにか?」

「えっと、あの……」


 これはもしや『お約束のアレ』か、などと少しドギマギしてしまうマナヤ。


「……っ」


 すると女性は突然マナヤの手を取って、それを自らの両手でキュッと包み込んできた。


「うおっ!?」


 パシッ、と反射的にその手を振り払ってしまうマナヤ。


「あ……」


 手を振り払われた女性は、目をぱちくりしながら見開いた。


「あ、いや、その……」


 突然見ず知らずの女性に手を包み込まれるなどという事態に遭遇し、混乱してしまうマナヤ。


「う……」


 すると彼女はたちまち目に涙を溜めていく。


「え? いや、大丈――」

「うぅっ……ご……ごめんなさいぃっ……!」

「は!?」


 女性は号泣しだし、何故か謝罪をして逃げ出してしまった。


「え、いや……何?」


 その場に取り残され、茫然と突っ立ってしまうマナヤ。



 ***



 その後。


「あの……マナヤさん?」


 ――キュッ

 ――パシッ


「ひ……ひぐっ……うええぇぇん……っ」



 またその後。


「マナヤさん! どうか!」


 ――キュッ

 ――パシッ


「え……う……ううううぅぅーーっ!!」


 ……手を両手で握られてはそれを振り払い、そして泣いて逃げられるという事態に二度ほど遭遇した。



 ***



「いや、マジで何なんだよ、一体……」


 そもそもいきなり両手で包み込んでくるというのも失礼ではないか。見ず知らずの女性からいきなり、というのもあって気持ち悪くて反射的に振り払ってしまう。

 ぶつくさと小声で文句を言いつつ、次にマナヤの前に現れたのは。


「あ、マナヤじゃん」

「……アシュリー?」


 恐らくは剣の手入れであろう。腰かけて砥石のようなもので剣を磨いているアシュリーだ。


「どうしたの? ビミョーな顔して」

「……お前まで、俺の手を包み込んでくるとか無いだろうな?」


 もう既に三回もそういう事態に遭遇していたため、なんとなくアシュリーにも警戒してしまった。


「……そういうことを、こっちからやらせるように誘導する言い方って、卑怯じゃない?」


 すると、そう言って何故かジト目でマナヤの方を見てくるアシュリー。


「は? 誘導? 卑怯?」

「だってそうでしょ。男らしくない」


 突然卑怯だの男らしくないだのと言われて、マナヤは更に混乱してしまう。


「……いや、その、すまん。今朝から三回も、見ず知らずの女から突然手を包まれちまったもんで……」

「……ほほーう? 自慢かなぁ?」


 一応弁解すると、アシュリーは今度はニンマリとからかうような目でマナヤを見てくる。


「い、いや、自慢になるかよ。それに、急だったから振り払っちまったし――」

「はぁっ!?」


 振り払ったと言った瞬間、アシュリーが血相を変え剣を放り出しマナヤに詰め寄ってきた。


「ちょっとあんた、何やってんのよ! そこまですることないでしょ!!」

「は!? いや、何で俺が怒られんだよ!?」


 もはや何から何までわからないマナヤ。そのままアシュリーは怒ったように続ける。


「そんなにその子達のこと嫌だったの!? 可哀そうじゃない!!」

「ちょ、ちょっ待て! ちょーーっと待て!!」


 ここでようやく一つの可能性に思い至ったマナヤが、一旦手のひらを突き出してアシュリーを制止した。


「……つかぬ事をお聞きシマスが、”人の手を両手で包み込む”って、こっちの文化で何か意味があったりしますかねえ?」


 ……そう、「異世界の風習」によるものという可能性。


「え? なにそれ、ジョーク?」

「マジだよ!!」


 アシュリーに真顔で訊き返され、半ギレになるマナヤ。

 するとアシュリーは今度は別の意味で血相を変えた。


「嘘でしょ!? じゃ、あんたの世界じゃ、みんなどうやって求婚してんのよ!?」

「きゅうこ……求婚ンンンンンン!?」


 想像の遥か斜め上の解答に、思わず声が裏返ってしまう。


「いや待て、おかしいだろ! 両手を包み込む程度で求婚になんのかよ!? つーかそもそも、告白もすっ飛ばして『求婚』って何だよ!?」

「え? なにそれ、異世界ジョーク?」

「異世界マジだよ!!」


 ――てか異世界ジョークって言いたいのはこっちだバカヤロウ!!


「……えーと、マナヤ、あんたまさか本当に知らなかったの?」

「だから知らねえよ! なんか思い出を覗き見するみてぇだから、テオの記憶も最近は覗いてねーんだ!!」


 この世界の常識に慣れてきたからと、マナヤはここ最近はあまりテオの記憶を覗くような真似は控えていた。

 先日シャラの『泣きそうな表情』がテオの記憶にあったもので、あの二人の思い出を覗き見るような気分になってしまってからは余計に。


 すると、アシュリーは項垂れて大きなため息をついた。


「……まじかー。うん、まあ、そうね。”まず相手の手を自分の両掌で包み込む”のは、れっきとした求婚の作法よ」

「……そんで?」

「それをされて、自分も相手の手を両掌で包み込み返したら、成立。相手の片方の手だけそっと外したら、保留。相手の両方の手を外したら、お断り。そんな感じ」

「……参考までに聞くが、”手を振り払った”場合は?」

「『お前の顔なんかもう見たくもない』っていう感じの意思表示になるわね」

「なんじゃそりゃあッ!!」


(道理で女達が泣いて逃げたわけだよ!!)


「つか、俺はあいつらの名前も知らないし、なんなら話をしたことも()ぇんだぞ!? それでなんで急に求婚してくんだよ!?」

「そりゃ、あんたは英雄だもん。求婚したくなる子だって出てくるでしょ」

「だからなんでいきなり求婚にすっ飛んでいくんだよ!?」

「え? だって、求婚しないで何するのよ?」

「いやだから、その……まず気持ちを告白するとかだな」

「だからそれが求婚じゃない」

「ぶっ飛びすぎだってんだよ!!」


 まさか、この世界では人と『告白する』『付き合う』という感覚で『求婚』しているというのか。


「マジでそれがこの世界の普通なのか!?」

「……むしろ、マナヤの世界でそれが普通じゃないことに、あたしは今驚いてる」

「……」


 ――なにそれ。異世界こわい。


「……つーかよ、そもそも、テオの記憶でもシャラに『お嫁さんになりたかった』みたいなこと言われてたが、そんなこと――」


 ……が。


「――あ」


 そこで、ふとマナヤはテオの『最後の記憶』を思い出してしまった。



 ――背中から流れる温かい血を手に感じながら、シャラの言葉に耳を傾ける。

 ――すると、シャラはゆっくりと震える両手を持ち上げ……


 ――()()()()()()()()()()()()()()()

 ――その「意味」を知っている僕は、息を呑む。


 ――僕は、シャラの背に回した手を戻し。

 ――僕の手を包み込んでくるシャラの手を、()()()()()()()



(求婚……してたわ)



 ***



「うん、それはマナヤ君が悪いね」

「振り払われたなんて、その子たちが可哀そうだわ……」


 その日の夕食。

 テオの両親に求婚された手を振り払った話をしたら、彼らにも思いっきりジト目で咎められた。

 ……テオの『最後の記憶』で、シャラがテオに求婚していた事は話していない。


「し、仕方ねーだろ、そういう文化があるなんて確認してなかったんだよ」


 そう言ってマナヤは、二人から目を逸らしながらステーキを乱暴に口に入れた。

 しかし眉を落としながらサマーは続ける。


「とにかく明日、その子達に謝りに行った方がいいわ。じゃないと最悪、マナヤさんが村で孤立するかもしれないから」

「……あーはいはい、すんません」

「私に謝っても仕方がないでしょう? それと、ちゃんと胸に手を当てて」


 小言を流すように適当に頭を下げれば、サマーに注意される。

 朝は女の子三人に泣かれ、アシュリーには糾弾され、テオの両親にも怒られ。今日のマナヤは踏んだり蹴ったりだ。


(なんだよ、なんでそこまで言われなきゃいけねえんだ)


 頭を下げる度に受ける注意も、そうだ。

 この身に染みついているお辞儀は、大事な日本の文化だ。もう()()()()()()()()()故郷の風習だ。

 なぜ、最後に残った地球の大事な風習を否定されなければならない。


「そもそも、なんでそんな文化になってんだ?」


 半ばヤケになって、マナヤはスコットとサマーにそう問いかけてみる。


「そうは聞かれても……」


 サマーはそれに対し、困ったように苦笑いするだけだ。

 無理も無いだろう。おそらく地球でもよくある風習のように、昔からなんとなくやり続けてきたというだけ。理由を理解してやっていることではないはずだ。


「……私には少しわかるぞ。サマーと結婚したからな」

「え?」

「あなた?」


 少し考え込んでいたスコットが、そうマナヤに言い放った。驚いて聞き返すマナヤとサマー。


「……サマー、お前に求婚した時は、危うくお前がモンスターの攻撃で窮地に陥りかけた後だった」

「そう、だったわね……」


 少し懐かしそうに二人がお互いを見つめ合う。


「あの時、私は思ったんだ。……いつ、サマーがモンスターにやられて居なくなってしまうか、わからないと」

「!」


 スコットのその言葉を聞いて、マナヤもピンときた。


「そう考えたら、居ても立っても居られなくなってね。後悔する前に、サマーに求婚しなければならないと思ったのさ」


 ――そういうことか。


 マナヤにもわかってきた。

 この世界では、いつなんどきモンスターに大切な人を殺されてしまうかわからない。

 だからこそ、まごまごして居なくなってしまう前に大切な人を娶るという文化が根付いたのかもしれない。

 居なくなってしまってからでは、後悔するから。

 いずれ殺されてしまったとしても、結婚したという思い出は残すことができるから。


 結婚する前に居なくなってしまったら、そんな思い出すらも残せないから。


「……」


 ……そう、いつの間にか居なくなってしまった、テオのように。

 チラリと、沈んでいるシャラの方を見ながらマナヤは思った。


(……そういえば)


 テオの『最後の記憶』で、シャラがテオに求婚していたことを思い出していた。


「……」


 ……彼女は特に、マナヤに対して求婚してくるような様子が無い。

 今も無表情のまま食事を続けている。

 そも、マナヤが『三人の女性に求婚された』という話を聞いても、動揺しているような様子を全く見せていなかった。


(……求婚したのはテオにであって、俺にじゃない、か。当然だが)



 ***



 その日の夜。

 マナヤは寝具に寝っ転がりながら、無駄に溜まった心労にため息を吐いていた。


(……てか、なんで俺が全員から怒られなきゃいけねーんだよ)


 今更、手を振り払ったことについて糾弾された事実にムカムカとしてきた。

 異世界の文化なのだから、自分が知らなくて当たり前だ。

 なのに、さも「お前が悪い」と言わんばかりにマナヤに関わる全ての人から追及される。


 そして、日本の風習も真っ向から否定される。


(……だいたい、この世界が)


 だいたい同じような味で、代わり映えのしない料理。

 土の匂いが、妙に鼻につく空気。

 扉もついておらず、プライバシーの欠片もない寝室。

 電気が無く、夜間はピナの葉のロウソクもどきしかない照明。

 娯楽らしい娯楽が無く、帰れば寝るだけの家。


 最初こそ旅行のように新鮮な気分を味わっていた。

 だが、慣れない環境に長いこと留まっていた影響か。

 新鮮だと思っていた何もかもが、今ではイライラを助長する。


(……くそっ)


 マナヤは寝返りを打って、毛布を被りなおした。


 この世界に来た当初は、早寝早起きの妙に健康的な生活ができていたマナヤ。

 だが、徐々に寝つきが悪くなり、朝は起き辛くなり。


 自身の生活リズムが加速度的に狂っていくのを、マナヤは自覚していた。

転換点。

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