149話 召喚師の生産性
ブライアーウッド王国の迎賓館で、一日体を休めて過ごした。
連日の馬車旅で、体が疲弊しきっていたからだ。マナヤはパトリシアの相手をするのも億劫になっていたらしく、早々にテオと交替してしまっていた。
そして、王都についた翌々日。
テオ達は、ディロンやテナイアも同伴して『フィルティング領』という場所へと再び馬車旅となった。
「……ねえ、テオ」
「な、何ですか? アシュリーさん」
への字口で首を傾げながら、声をかけてくるアシュリー。思わず弾けるように身震いしてしまったテオは、なんとか彼女の怪訝そうな目を見つめ返す。
馬車内で、テオの正面に座っているランシック。彼の両隣に、シャラとアシュリーが座っている。テオの隣にも、パトリシアが座っていた。いつも通りの布陣だ。
パトリシアはだいぶ慣れてきたらしく、もうさほどおどおどとした様子は見せなくなってきていた。
そんな中、不信感を露わにしているアシュリーが斜め向かいから、焦れたように問いかけてくる。
「あんたさ、あたしに何か言いたいことでもあるわけ?」
「え……」
思わず、心臓が冷たく跳ねる。
「コリンス王国の城から出発した後から、何かヘンよ? しょっちゅう、あたしの顔ちらちら見てきたりして」
「え、いや、その……」
アシュリーに言いたいことならば、ある。
ただ……言いづらい。
(アシュリーさんのお父さんを、マナヤが……)
わかっている。彼女の父親は、英雄などではなかった。
気が狂った殺人鬼。快楽のためだけに何度となく人を殺したらしい、死すべき犯罪者。
(言わなきゃいけないのは、わかってる、けど)
本当のことを話す。孤児院長であるアーデライドとも、そう約束した。
ただ、できればアシュリー以外には聞かれたくない。
それに……
『それにお父さんは英雄として生きてるらしいのよ。いつか会いに行くわ』
『だから、あたしは自分に約束したのよ。いつか、お父さんと同じ英雄になる、ってね。……今も生きてるかどうか、わからないけど』
『あんた達、コリィも含めて大事にしてる、理想的な家族だったからさ。あたしも何だか、お父さんに会ってみたくなっちゃったわ』
言えそうに、ない。
「……テオ?」
「しゃ、シャラ?」
畳みかけるように、シャラも心配そうな顔でテオの目を見つめてくる。
「アシュリーさんと、その……二人きりで話したいこと、なの?」
勇気を振り絞るように問いかけてくるシャラ。
その目の奥に、哀しげな色が見え隠れしている。
「しゃ、シャラ、誤解しないで! そういう話じゃないから!」
「あれ? テオさん、シャラさんと結婚してるんですよね?」
「パトリシアさん!?」
慌てて弁明しようとすると、隣に座っているパトリシアまでちょっかいをかけてきた。緑の髪を揺らし、どこか面白そうな表情でテオの顔を覗き込んでくる。
「ああそっか、いいんじゃないですか? 二人の女性を好きになったって。それならマナヤさんも、わたしと――」
「だから違います! 勝手に決めつけないでください!」
面倒なことになると反射的に考え、はっきりと言い放った。
「パトリシアさん。あなた、ずいぶん遠慮が無くなってきたわよね……」
諦観のため息を吐きながら、アシュリーが馬車の窓枠に頬杖をついている。
そのアシュリーを、挑戦するような眼差しで見つめ返すパトリシア。バチバチと、激突する視線が火花を散らしているのが見えそうだ。
「いいじゃないですか。わたしなんて、ずっと囚われの身だったんですから。一体何度、あのブライ――」
「わー! わー!!」
彼女がブライトンの名を出しそうになって、慌てて大声を出して止めるテオ。
(まずい、パトリシアさんが口に出す可能性もあるんだった!)
考えてみれば、パトリシアは当のブライトンの慰み者にされていたのだ。当然彼の名を知っている。
今まで、その名を出そうとしなかったのが奇跡的過ぎた。うっかりその名を口にしないよう、テオも目を光らせておかなければならない。
「な、何なのよテオ。やっぱりあんた、ちょっとおかしいわよ?」
「い、いえ、これはその……!」
アシュリーが半眼になって、こちらを睨んでくる。慌てて言い訳を必死に探した。
「ぱ、パトリシアさん! そういう名前を出すのは辞めましょう! 辛い時のことを思い出す要因は、少ないほうがいいですよね!?」
「えっ? え、ええと、まあ……」
パトリシアの方も、困惑するように首を傾げていた。
(マナヤが寝てて、良かった!)
一応、テオは特定の記憶を『絶対にマナヤに見せたくない』場合、見られないようにすることができる。原理はわからないが。
なのでそちらは心配ないが、マナヤが起きている時にテオの考えを聞かれてしまう可能性はあった。
パトリシアのせいで気疲れしているのか、テオが出てきている時にマナヤが眠ることが多くなったのが救いか。
「はいはい皆さん、お静かに。今のうちに、これから向かう領地についておさらいしておきましょう。特務外交官権限があるとはいえ、好き勝手のしすぎも問題ですからね」
テオの『話題を変えたい』という雰囲気を察したか、パンパンと手を叩いたランシックが話し始める。
皆の注目が彼に移ったのを見て、内心テオはほっとした。
「そ、そうだ、ランシックさん」
「何でしょう、テオ君」
「ずっと、気になってたんです。今から向かう領、ええっと、フィル……?」
「フィルティング男爵領です」
「そうです、フィルティング領。どうして、召喚師を排斥なんてしちゃってるんですか?」
テオがそう問うと、シャラとアシュリーも興味深げにランシックの答えを待つ。彼女らも気になってはいたのだろう。
するとランシックは軽く咳払いし、説明を始める。
「そうですね。まずブライアーウッド王国は、領地を貴族が経営していることは説明しましたね?」
「はい」
「当然これから向かうフィルティング男爵領もそうです。さて、ここで問題です」
と、ずいっと上半身を前に乗り出してきた。
「領を栄えさせるため、領主は領民に何をさせるでしょうか?」
「何って、仕事、ですよね。当然」
真っ先に答えたのは、アシュリー。ランシックも満足げに頷いた。
「そう、領民に仕事してもらい、生産活動をさせるわけです。さて、どんな仕事が一般的だと思いますか?」
「まず、モンスターの間引き……」
アシュリーの答えに、しかしランシックは首を横に振る。
「こちらの国では、それは領主に仕えている騎士達の仕事ですね。一般の領民は、あまりモンスターの間引きを『仕事』としては受けないのです」
「そ、そうなんですか?」
戸惑うアシュリー。村では、主な仕事というと『間引き』なのだが、こちらの国ではそれは該当しないようだ。
あと村でやっていることと言えば……
「じゃあ採集や畑仕事、とかですか」
「それが第一の仕事ですね、テオ君。他には?」
テオの答えに、ランシックがまず一つ頷く。そこへ、さらにシャラが声を上げた。
「あ、私達錬金術師は、錬金装飾はもちろん、衣類とか加工素材とかを生産したりします」
「その通りですシャラさん。錬金術師は仕事が多いですからね、一番の働き者といえるでしょう」
ランシックが満面の笑顔になって褒める。シャラは少し恥ずかしそうに頬を染め、それを確認したランシックが他の皆へと視線を戻した。
「今シャラさんが仰ったように、『クラス』の特性を利用した職に就くことが多いわけです。さて、クラスごとに、どんな職があると思いますか?」
シャラの例が出たことで、イメージしやすくなった。まずテオが、父がやっていたことを思い出す。
「建築士は、引っ張りだこだと思います。防壁だけじゃなくて、住居のデザインや修理、鍛冶仕事なんかもやってました」
「そういうことです、テオ君。そういったように、クラスの特性を考えると適職というのは大体決まってくるのですよ」
ランシックは指を折りながら、例を次々と並べていく。
「わかりやすいのは、白魔導師です。治療院で怪我の治癒、および病の治療を生業とする。結界を張る魔法を駆使して、運搬業で繊細な荷物の保護などに携わったりもします」
さらにランシックは、もう一本指を折る。
「次に黒魔導師。これも簡単です、魔道具の開発と製作ですね」
魔道具は錬金術師も作れるが、黒魔導師が担当することが多い。錬金術師は、錬金術師にしかできない仕事が他にも山ほどあるからだ。
「あれ、剣士って何か仕事みたいなこと、できます? 弓術士も」
そこで疑問に思ったか、アシュリーが考え込むように首を傾げる。が、ランシックは心外と言わんばかりにアシュリーの方へと振り向いた。
「何を仰います、剣士は重要ですよ。先ほど言った運搬業は、身体能力の高い剣士こそが主流です。畑仕事や畜産も体力のある剣士が有利ですし、他には林業で伐採を担当したりすることもあります」
「あぁ!」
納得したように、ポンと拳で自分の手のひらを叩くアシュリー。ランシックはさらに五つ目、最後の指を折った。
「そして、弓術士。探知能力を駆使して、領や町の間を行き来する商隊の護衛として有用です」
もちろん商隊の護衛という仕事は、他のクラスでも通用する。が、弓術士が特に需要が高いそうだ。
「……あ、あれ? ちょっと待って下さい。領や町の間を、商人が行き来できるんですか?」
そこへ、テオがふと気づく。
たしか故郷では、モンスター襲撃が厄介なので行商などは難しかったはずだ。
するとランシックは、すこし寂しげな笑みを浮かべた。
「そこが、このブライアーウッド王国の羨ましい部分ですね。全体的に、コリンス王国ほどモンスター出現頻度は高くないのですよ」
一同は顔を見合わせ、ランシックの言葉を待つ。
「以前説明しました通り、こちらの王国は商業が盛んです。商売の自由競争のため、国民は所属する領を好きなように選ぶ権利が与えられています」
国民が一番好みに合った職を見つけ、その職が盛んな領へと移り住むことができるようにしている。そうランシックは説明した。
「ですから、領や町の間を行き来する馬車も多い。護衛依頼なども豊富ですし、ゆえに行商も成り立つのです」
「ああ、だから護衛として弓術士が人気なんですね」
そこへアシュリーが納得するように頷いていた。
弓術士は、索敵能力が高い『クラス』。モンスターが出現した際、遭遇する前に発見して迎撃・迂回などが楽になるのだろう。
「ええ。……さて、これまでただの一度も、話題に上がっていないクラスが居ますね」
「あ! 召喚師!」
ランシックの指摘ではたと気づき、思わず大声を上げてしまうテオ。皆も気づいたように反応する中、ランシックが憂いの表情でため息を吐いた。
「そうなのです。召喚師は、戦闘以外の生産能力というものが無いのですよ」
モンスターは、敵意を向けた相手に攻撃することしかしない。
命令自体も、『行け』『待て』『戻れ』のたった三種類。細かな作業をさせたり、肉体労働をさせることすらできない。召喚獣を使った品物の加工法など存在しない。
モンスターを召喚する召喚師に護衛を頼みたいという者も少ない。野良モンスターの封印要員も、少なくとも街道では無理には要らない。行商の護衛任務などでは、弓術士の索敵で戦闘を回避すれば良いだけだからだ。
「戦いにしか役に立たず、その戦いですら頼りない。あまつさえ、人を殺す気味の悪いモンスターを操る『クラス』。全土が資本主義であるこの国では、召喚師はいよいよもって居場所が無く、より嫌われることになりがちです」
「それで、フィルティング領は……」
暗い気分で顔を伏せるテオ。ランシックも重々しく頷いた。
「その通り。特にフィルティング領は、これといった特産品を持っていない地味な領です。そこで、『召喚師と顔を合わせることがない領』という領法を売りにすることを考えたのでしょう」
こちらの国民は、自由に所属する領を選ぶことができる。
召喚師は視界に入れたくもない、という者達は多いらしい。そういった潔癖症の者達を引き寄せ、領民を増やす。それが、特産品のないフィルティング男爵領が取った経営戦略だったのだろう。
「で、でも、召喚師を排斥しちゃったら、封印は……?」
焦ったようにテオが問う。
モンスターを倒した時に残る『瘴気』を、封印によって消し去ることができる唯一のクラス。それが、召喚師だ。
領に所属している召喚師がいなくなれば、瘴気が地に溜まる一方。いずれ、領地はモンスターに溢れてしまうはずだ。
「この国の国王陛下も、それを危惧しているのです。確かに召喚師の特性を利用した職は、ほとんどありませんでしたが……」
そう言って、ランシックの目が真剣味を帯びる。
召喚師による封印は、モンスターの数を減らすのに必要不可欠。だからこそどの領も召喚師の存在を認めていた。
だが今回、フィルティング男爵領が召喚師を堂々と排斥してしまった。他領までこの例を真似し出し、国土全域にそれが波及でもしたら大ごとだ。
――ガタン
「うん?」
途端、馬車が一度大きく揺れて停止する。訝しんだランシックが窓を開くと、騎乗して並走していたレヴィラがこちらを覗き込んできた。
「ランシック様、この先で馬車がモンスターに襲われているようです」
「なんと! 助けが必要そうなら、急いで行ってあげてください。ワタシのことは気にしなくて構いません!」
「御身の立場をお考えください。護衛がここを離れるわけには――」
「行かないと言うならば、貴女には強制的にでも例のメイド服を着て頂きます! 半年ほど!」
「一刻も早く向かいます」
即座にレヴィラが自身の騎馬を走らせていく。ものすごい変わり身の速さだ。
彼女の後ろに、さらに数名の騎乗した騎士がついていった。周りにまだ若干名の騎士が残っているが、さすがに貴族であるランシックをノーガードにはできないということだろう。
テオらも皆、顔を見合わせて頷き合う。パトリシアのみが身震いしながらきょろきょりしていた。
「ランシック様! あた――わたし達は!?」
「……そうですね。行けそうなら、皆さんもお願いします。ワタシもここから、出来る限りのサポートはしましょう」
代表するように問いかけたアシュリーに、ランシックも真剣な表情で頷き、手のひらを顔の高さへと持ち上げた。
馬車の扉を開けると、暖房の魔道具によって暖められた車内に一気に冷気が舞い込む。真っ先に馬車から飛び出したアシュリーは、すぐさま抜剣し前方を見やって走り出した。
「あ、あの……」
「パトリシアさんは、そこで待っていてください! シャラ、僕達も行こう!」
「うん! 【キャスティング】」
戸惑うパトリシアに待つよう伝えたテオは、シャラへと声をかける。阿吽の呼吸ですぐさま鞄から三つの錬金装飾を取り出し、それを宙に放るシャラ。
――【俊足の連環】!
いくつものリングが連なったようなチャームがついた三つの錬金装飾。空中へと浮かび上がったそれらが、まずはテオとシャラに装着される。残る一つは、前方のアシュリーへと高速で飛来。
「よし!」
テオとシャラは頷き、走り出そうとして……
――ボコッ
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
突然、二人の足元が揺れる。地面が硬化したように感じたと思ったら、巨大な岩の波のようなものがせり上がり、テオとシャラを持ち上げた。
「ワタシの能力で、お二人を運びます! しっかりつかまっていてください!」
馬車の窓から顔を出したランシックが、テオらへと声を張り上げてきた。戸惑いつつも頷くと、ランシックは前方へと視線をやり、そちらに手を差し伸べた。
すぐさま、テオとシャラを乗せた岩の波が高速で滑っていく。二人は慌てて屈みこみ、岩の波に身を任せた。
下手な馬よりよほど速い。
「ランシック様、すごい……」
思わずシャラが、自分達を乗せている岩波を見下ろしてぽつりと漏らした。
建築士は、岩を操ることを得意とする『クラス』。岩を自在に動かす能力を使って、こうやって二人を運んでいるのだろう。
けれども、どの程度の量、距離、速さで岩を操れるかは、建築士本人の技量に依存する。戦うことが仕事ではない貴族なのに、素晴らしいコントロールだ。
「――へっ!? あ、あんた達!?」
あっという間に、先行していたアシュリーに追いつく。彼女も『俊足の連環』で走行スピードが上がっているはずだが、この岩の波はそれすら凌駕する速度が出せるようだ。
並走しながらこちらを見上げてくるアシュリーに、テオは横から声をかける。
「アシュリーさんも乗りますか!?」
「いえ、もう見えてきたわ! このまま突っ込む! 【ライジング・フラップ】!」
もう既に現場に到着していたらしい。走りながら後方に剣を構えたアシュリーが、一気に飛び出した。
(……マナヤは、起きてこない。でも、大丈夫だ!)
野良モンスターが相手なら、何もマナヤが出てくる必要はない。自分でも充分に戦えるはずだ。
多数のモンスターに囲まれている馬車がすぐ近くへと迫った中、テオは顔を引き締めモンスター達を睨みつけた。




