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148話 ブライアーウッド王国での方針

今回、政治的な話が結構濃いです。多分次話も。


「お会計です」


 食事が終わり、皆して店の出口付近のカウンターへと向かう。

 すると、女性店員が奇妙な器具を持ち出してきた。横長の板から、いくつもの細い棒が横一直線に並んで上に突き出している。


「わ、変わった置物ですね。面白い」


 と、アシュリーがひょいと対応した女性店員にサバサバと訊ねる。


「……!?」


 その瞬間、店員がぎょっとした様子で顔を引き攣らせていた。その反応に首を傾げるアシュリー。


「皆さん、ここは私が会計をしましょう」


 そこへレヴィラがすっと横から進み出て、懐から革袋を取り出す。その中から、中央に穴が空いた硬貨を何枚か取り出した。


 この国では、コリンス王国とは違う硬貨を使っている。五円玉のように、中央に穴が空いている硬貨だ。

 レヴィラは差し出された器具から突き出ている棒に、その硬貨を通していく。硬貨に空いている穴が、ぴったりとその棒に通るようになっているらしい。

 よく見れば突き出ている棒は、それぞれ断面の形状が異なっているのが見える。硬貨に空いている穴の形も、硬貨ごとに違っているようだ。どうやら、左から順に安い硬貨を通せるようになっているらしい。

 硬貨を数えやすくするための器具ということだろうか。


「あ、ありがとうございました」


 気を取り直した女性店員が、その器具に通された硬貨を確認して挨拶。

 レヴィラはそのまま、戸惑いっぱなしのアシュリーの背を押すように退店。マナヤらも慌ててそれに続いた。外に出ると一気に寒気を感じ、思わずコートの襟元をたくし上げる。


「アシュリー殿。この国では、店員と業務とは無関係の世間話をするのは無礼にあたります。お気を付けください」

「す、すみません」


 店に出るなりそう注意したレヴィラに、しゅんとアシュリーが縮こまってしまう。


(そういや、コリンス王国の王都じゃ店員の対応も違ったな)


 マナヤもしばらく王都に住んで、ようやくコリンス王国の接客風習に慣れてきていた。

 コリンス王国では、店員と客が会計中に自由に世間話をすることは珍しくない。というより、そうすることが接客で求められていた。マナヤも王都へ来た当初はそれに戸惑ったものだ。


 このブライアーウッド王国では、どうやら逆であるらしい。


(言葉は同じでも、習わしには差が出てくるってわけか)


 

 ***



 そして、王国の南方にあった街で一泊した次の日。ようやくブライアーウッド王国の王都、ツヴィンゲールへとたどり着いた。

 コリンス王国の王都を出発して、三日後のことである。


 到着し、衛兵に案内された先にあった王城。

 平地に造られた王都、その中央に聳え立った宮殿だった。錬金装飾で作動しているらしい噴水に、城壁……というよりは柵。宮殿の敷地を囲っているだけの金属製の柵だ。この柵では、人間が侵入するのを防ぐ程度の役割しかないだろう。


 が、その分宮殿そのものは豪華絢爛ではあった。彫刻がありとあらゆる箇所に施された城。全体的に丸みを帯びた屋根に、アーチ状の構造物が壁面のあらゆる箇所に掘り下げられ、その中に窓がついていた。

 さながら、タージ・マハルにみられるインド宮殿のような様式だ。


 登城したマナヤらは、豪華な一室に通された。コリンス王国と比べ、金の装飾が目立つその部屋の中央、これまた色鮮やかなソファに座った国王と面会。

 ちなみにこの日は、順番的にはテオが表に出てくるはずの日。が、面会する国王がマナヤとの面通しを希望しているため、一時的に表に出てきていた。


 そして、謁見の間どころか宮殿に入った直後。


「ははは、よくぞ参られた。コリンス王国のランシック・ヴェルノン殿。そして、噂の『セメイト村の英雄』一行よ」


 回廊の中央で、この国の国王本人が側仕えを従えて迎えてきた。

 表は黒、裏は赤の、やたら分厚い上に床に引きずりそうなマントは、縁に細かな金刺繍が施されている。マントの下には紫と白、そして金色とを基調とした、神父が着るような首から足元までだらりと一枚布で作られた緩やかなサープリス。ただ、これにもやはり前面に細やかで美しい金刺繍がちりばめられていた。


 コリンス王国の国王よりは随分若々しく見える、白髪交じりの茶髪。その頭の上に、宝石がでかでかと大量につけられた金の王冠。


「ブライアーウッド王国の現国王、このラルソナ・カッツェ・ブライアーウッド。貴公らを歓迎しよう」


 随分と長ったらしい名と思ったが、この国では王族はこのくらいが普通であるらしい。


 直々に国王陛下に謁見するとは思わず、マナヤらは緊張でガチガチになってしまう。が、異様なほど気さくだ。コリンス王国の国王のような威厳というより、やり手の社長のような印象を受ける。


「お久しゅう御座います、ラルソナ・カッツェ・ブライアーウッド国王陛下。ヴェルノン侯爵家が長子ランシック・ヴェルノンです。こちらは、右から順に王国直属騎士団黒魔導師隊副隊長ディロン・ブラムス、同じく白魔導師隊副隊長テナイア・ヘレンブランド、召喚師マナヤ・サマースコット、錬金術師シャラ・サマースコット、剣士アシュリー」


 ランシックが胸に手を当てて恭しく頭を垂れながら、優雅なふるまいで順に名を紹介した。時と場合をわきまえるという言葉は、嘘ではなかったらしい。

 その間、マナヤ達は事前に教わった通り、頭を垂れ続けたまま不動で回廊に立っている。なお、パトリシアはほぼ部外者であるため、この場にはいない。


「うむ、楽にせよ。こんな場所では何だ、部屋へ案内しようではないか」


 鷹揚にうなずいた国王の一言で、マナヤ達は教わった通りゆっくりと顔を上げる。そして、側仕えとともに宮殿の中へと案内された。




 国王の向かいにある長いソファに、身分の高い順から腰掛けた。


「早速だが、貴国から不法入国した召喚師解放同盟なる輩。我が国の西部地域にて既に多数の被害が出たと報告を受けている。町がいくつか壊滅したそうだ」


 すると国王は、単刀直入とばかりに話題に斬り込んでくる。口調はやや刺々しく、こちらを責めているような雰囲気が漂っていた。

 緊張で拳を握りしめてしまうマナヤだが、対応するランシックは飄々としていた。


「話には聞き及んでおります。ご安心を、ご存じの通りこちらのセメイト村の英雄、召喚師解放同盟相手には連戦連勝でございます」

「うむ、其方らの働きに期待しよう。……コリンス王国と我がブライアーウッド王国の安寧のためにもな」


 これ以上は国際問題だぞ、と言わんばかりにじっとランシックを見つめてくる国王。


「陛下。大変恐縮なのですが、引き受けるにあたって一つ条件が御座います」

「条件、とな?」


 そんな中、ランシックは平気な顔で意見した。国王が眉を吊り上げる。


「以前通達させて頂いておりました、『黒い神殿』の調査依頼。大陸安全保障条約に基づき貴国に申請致しましたが、未だに報告が上がってきておりません」

「む……」

「ついては、『黒い神殿』の調査報告を期日内に提出して頂くこと。これが条件で御座います」


 ランシックはまったく物怖じせず、王に向かって堂々と提言した。



 ***



「えーと、それでつまり……どうなったんです?」


 王宮から出ていく馬車の中で、マナヤはハテナマークを浮かべながらもランシックに問いかけた。色々と提案や取引などをやっていたように見えたが、専門用語が飛び交っていて、マナヤには何が何だかわからない。アシュリーとシャラも同じ様子だ。


 あの緊張しっぱなしの謁見の後、国王主催の晩餐会が行われた。

 晩餐会は豪勢ではあったが、やたらと金ピカな上に食材と皿ばかり豪華で、異様に肩が凝る。おかげで、あまり料理を味わえなかった。


(それに、コリンス王国みたいにパンを皿にはしてなかったな)


 貧民に対する支援が行き届いていないのか、はたまた別の福祉のシステムがあるのか。マナヤには判別がつかない。


 そうして今、王城から解放された一行。

 現在マナヤ達は、宮殿の外にある迎賓館へと向かっている。パトリシアがそこで待っているはずなので、込み入った話ができるのは今のうちだけだ。


「かいつまんで言うと、『召喚師解放同盟を対処してやるから、黒い神殿のことをさっさと調べろ』と陛下に進言したということですね」


 ニコニコ顔のランシックが、得意げに説明した。


 黒い神殿、というのは、スレシス村近郊で召喚師解放同盟が拠点にしていた、黒い壁のあった遺跡のようなもののことだ。連中はその黒い神殿で何かしらの作業をしていた可能性が高く、次の拠点もその神殿がある場所を選ぶ可能性が高い。

 そのため、各国に黒い神殿の捜索を依頼していたのだ。


「あ、あの、そんなことを言ってしまってよかったのですか? 召喚師解放同盟の事は、こちらの国の落ち度なのに」


 いまだにおどおどとしているシャラが、恐る恐るといった感じで問いかける。

 コリンス王国から出た犯罪組織である、召喚師解放同盟。それがブライアーウッド王国に被害を与えているとあらば、これはコリンス王国の責任問題となるはず。


「問題ありません。そもそも、『黒い神殿』の調査をすっぽかしたのはブライアーウッド王国側なのです。言ってみればまあ……これで貸し借りなし、というようなことになるのですよ」


 ランシックが少々複雑な顔で、詳細に説明してきた。


 どうやらこの大陸の国々で、モンスターから人類を守るためと『大陸安全保障条約』が締結されているらしい。モンスターに関する重大情報は余すことなく開示すること、危険が迫ると見られた情報があった場合はすべての国が調査に協力すること、などが義務付けられたそうだ。


「マナヤ君たちが神託から得た情報による、邪神の顕現に利用されるという『黒い神殿』。大陸安全保障条約に間違いなく適用されるので、すべての国に調査義務が発生するのです。このブライアーウッド王国はその義務を怠り、報告を上げてきませんでした」

「この国はどうして、調査してなかったんですか?」


 不思議に思ったアシュリーが、首を傾げながら問いかける。


「簡単な事です。この国の王宮には、各地域の情報がほとんど入ってこないのですよ」

「ほとんど入ってこないって……王宮、なのに?」


 今一つ納得できない顔のアシュリー。


「ええ。このブライアーウッド王国とコリンス王国には、政治形態に大きな違いがあるのです」


 ランシックは小さく咳払いし、そう説明を切り出した。


「まず我がコリンス王国は、王宮に国土全域の情報が吸い上げられる、いわゆる中央集権です」

「中央集権……」


 マナヤがランシックの言葉を反芻する。それにランシックは頷いた。


「そうです。各地方の駐屯地に上がってきた、村々の状況報告。それらが王宮へと集約され、それを元に政治が行われます。国土全体が、王宮の命令によって治められているのですよ」


 コリンス王国では、貴族は王都にしか居なかった。そこに王国全土の情報が入ってくるので、基本的に王都から出る必要が無いのだろう。


「対してブライアーウッド王国は、貴族に領地が下賜されています。王宮が直接治めているのは、王都と一部の直轄領のみ。それ以外の地域は、対応する領主が治めているわけです」

「……それって、コリンス王国と何か違うんスか?」


 聞く限り、それが普通のことのように思えてマナヤは問いかける。領地を、領主が治める。歴史や物語でもよく聞く、当たり前の形式だ。

 が、ランシックは軽く目を見開いた後、すぐ「ああ」と納得顔になって説明する。


「大違いですよ。コリンス王国では、各地の状況を王宮が全て管理しています。しかしブライアーウッド王国では、地域を管理しているのはその土地の領主のみ。王宮は基本的に不干渉なのです」


 つまり、ブライアーウッド王国では領地を治めるのは領主貴族で、王族はほぼノータッチ。しかしコリンス王国では、王族が全ての領地を一括で管理している。


「え? じゃあこっちの王宮って、一体何をやってるんです?」


 それだけ聞くと、ブライアーウッド王国の王族は何もしていないようにしか聞こえない。思わず問い詰めたマナヤに、ランシックは腕組みして視線を馬車の天井へと向けた。


「確か……こちらの国では、王宮の仕事は大雑把な国法の制定と管理。各領地から税の徴収。そして、各地域に大災害等が起こった時の最低限の援助。あとは、王都と直轄領の経営くらいですね」

「大雑把な、国法?」

「ええ。コリンス王国では、王宮が定めた国法で全ての地域が治められている。しかしここブライアーウッド王国では、国法は各領地が『最低限守らねばならない大原則』を国法として定めるのみで、細かいことは領地ごとに領主が好きなように法律を作っています」


 すなわち同じ国内でも、領地によって法律が違ったりしていることになる。


(アメリカの州法、みたいなもんか。けど、国は領主に『条約を守らせる』力も無ぇのか……?)

 ――アメリカ? 州法? なにそれ?

(ん、ああテオか。あっちの世界にあった国と、そこで使われてる法律の形態だよ。今は気にすんな)


 マナヤの考え事が、裏でテオに聞こえていたらしい。

 頭の中でテオに説明する中、ランシックの方も説明を続けていた。


「まあそんなわけで、王宮には地方の詳細な情報が上がってきません。だからこそ、王宮もよほどのことがない限りは、領を直接支援する義務がありません」

「じゃあ、あの『黒い神殿』の件も?」


 説明を聞いて思い至った可能性を、確認するように問うマナヤ。それにランシックが首肯する。


「各地の領主が、ろくに情報を寄こしてこないのでしょう。召喚師解放同盟の被害が出てきている今はなおさら、領内はそれどころではありませんからね」

「つまり、マナヤとあたし達が召喚師解放同盟の件をなんとかすれば?」


 そのランシックの説明で、アシュリーはピンときたらしい。指を弾き、馬車内で身を乗り出してくる。


「ええ。そのための特務外交官権限を頂きましたからね」


 と、ランシックが布製のファイルのようなものに納められた書状を見せる。

 先ほど、国王から発行し手渡して貰ったものだ。


「特務外交官権限、というのは?」


 シャラが、思わず身を乗り出して問いかけていた。

 マナヤらも視線をランシックへと集中させる。王城でのやりとりでそれが取り沙汰されていたところを見て、みんな気になっていたからだ。


「つまり我々は調査のため、コリンス王国からの正式な外交官としての立場を貰ったのです。コリンス王国ならびにブライアーウッド王国の国法に抵触しない限り、領法に縛られることなく動けるようになりました」


 イイ笑顔でランシックが笑う。

 つまりマナヤ達は今後、向かう先の領主が定めた法律の方には、従わずとも良いということになる。


「それって、大丈夫なんでしょうか? 私達だけ好き勝手して……」


 困惑してシャラが眉をひそめている。さすがに他国で法律違反することには戸惑いを覚えるようだ。が、ランシックは真面目な色を瞳に宿しつつ答えた。


「当然ながら、縛りもありますよ。命じられた任務外の行動を行うには、領主の許可が必要となります。我々の場合、『黒い神殿の調査』そして、これから向かう領地を『召喚師解放同盟の侵攻から防衛』という二つの目的以外で、好き勝手することはできません」


 元々、国際問題に発展しかねない事項を解決するために制定されたものだ。だからこそ、権限内であると証明されたことならば自由が利く。が、逆に証明できなかった場合は厄介だ。


「それに、明後日向かう領地は、まずそれが必要になってくるでしょうから」


 と、珍しく呆れるような半眼になって、ランシックが窓の外へと視線を逸らした。気になってマナヤは訊ねてみる。


「必要になってくる、ってのは?」

「召喚師解放同盟の拠点があると思しき、フィルティング男爵領。我々の当面の目的は、とりあえずここへ向かうことですが……」


 先ほど、国王との会談でも出た話題だった。

 国王は、マナヤらをそこへ派遣したいと申し出てきていたのだ。召喚師解放同盟の活動が活発化した中、その活動範囲の中心にあたるのが、そのフィルティング男爵領であると推測されたらしい。


 そしてランシックが、窓からマナヤへとゆっくり視線を戻す。



「その領は現在、領法でおおっぴらに『召喚師を排斥』しているらしいのです」



(……召喚師である俺に、召喚師を受け入れようとしない領地へ行けってか)


 マナヤは、早くも面倒な予感を抱いた。


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