147話 他国の洗礼
数日後。
マナヤらは、王都の北側にある街道で、馬車に揺られていた。王都と、北都イーヴァナとを繋いでいる街道である。
「申し訳ありません、お三方……特に、アシュリーさん。せっかくの貴女がたの帰郷を、潰してしまいました」
テオの正面に座っているランシックが、本当に申し訳なさそうに順番に謝ってくる。貴族に畏まられてしまい、顔を見合わせる三人。
「き、気にしないでください、ランシック様。あたし達が行くしかないのは、わかりましたから」
アシュリーが両手を振って、彼女の隣に座っているランシックにそう告げている。
「マナヤさん! 新しい国、楽しみですね!」
「お、おう。ていうか、テンション高いスねパトリシアさん」
「だってわたし、この国にはあんまり良い思い出がありませんから!」
マナヤの隣に座っている、パトリシア。マナヤにくっついてきたりこそしないものの、やはりぐいぐいと攻めてくるのでマナヤもたじたじとなっている。
マナヤの向かいには、中央にランシック、その右隣にアシュリー、左隣にシャラが腰掛けている。アシュリーはパトリシアを見て苦笑し、シャラははらはらした様子で見守っていた。
テオとシャラが、ランシックらを連れてセメイト村に帰郷した翌日。
村に、王城へ至急帰還せよという通達が届いた。ランシックのみならず、テオとシャラもだ。
村人に惜しまれながら王都へととんぼ帰りすると、王城では既に正装を着こなしたアシュリーが待機していた。テオとシャラも正装に着替え、ランシックらと共に宰相と面会することになった。マナヤも、テオの裏でその様子を伺う。
宰相の用件は、かいつまんで言うとこういうことだ。
『召喚師解放同盟が、ブライアーウッド王国内で暴れている。実績のある君達が行って、対処してきて貰いたい』
ブライアーウッド王国は、ここコリンス王国の北に面している大国だ。国土はコリンス王国の三倍近くもある。この国土は、コリンス王国の西に面している『デルガド聖国』というもう一つの大国と競り合えるほどのサイズだ。
そのブライアーウッド王国と面しているため、昔からコリンス王国との通商が盛んだった。それに伴い条約も締結されており、一方の国の者がもう片方の国で犯罪行為等に走った場合、その犯罪者が所属していた国が討伐責任を負わねばならないことになっている。
そのためブライアーウッド王国は、召喚師解放同盟を追い詰めた実績を持つ者達を指名してきた。
すなわち、テオ、マナヤ、シャラ、アシュリー、ディロン、テナイアの六名。その他、コリンス王国で召喚師解放同盟の対処をしていた騎士達も。
『あ、あの、やっぱりわたしも連れていっては頂けませんか? ご迷惑はおかけしません!』
あくまでマナヤの傍にいたいパトリシアは、またしてもついてくることに固執した。
『他国との交渉であれば、ワタシの出番ですね』
と、続いてついてくることになったのがランシック。
ヴェルノン侯爵家は、元より王国の外交を担当してきた貴族家。侯爵の当主は今、西のデルガド聖国へと外交に赴いている最中なので、ヴェルノン侯爵家嫡男のランシックに白羽の矢が立った。
というより、ランシック自身が希望してきた。パトロンである自身の責任であるというのと、また他にも何か考えがあるとのこと。
「早速、ワタシのパトロンとして役目を果たせそうですね。マナヤ君たちはもちろん、ディロン殿やテナイア殿とて他国の王侯貴族との交渉は難しいでしょう?」
「……正直に申し上げまして、ありがたい申し出ではあります」
ランシックが窓越しに、馬車の右横を騎馬で並走しているディロン、テナイアへと話しかけた。ディロンも苦笑しながらそれに答える。
王国直属とはいえ、騎士団のいち副隊長に過ぎないディロンやテナイアでは、他国からの要請に強気な交渉をすることは難しい。
「私としては、ランシック様が他国で羽目を外さないことを祈るばかりですね」
と、逆サイドからレヴィラの声も飛んできた。彼女も騎馬に乗って馬車の左隣を並走している。
「失礼な! ワタシだってさすがに時と場合は考えていますよ! 現にこうやって、大人しく馬車に乗っているじゃありませんか!」
「先刻、私と同じ騎馬に乗りたいなどと言いだしていたことを忘れましたか?」
「それが男のロマンですよ! 最愛の人にくっつかれながら、同じ馬に乗るというのは!」
「動機が不純です」
いつもと変わらぬテンションのランシックに、レヴィラも騎乗しながら器用にこめかみを押さえている。
「できれば二人乗りする時、レヴィラには是非もっと露出の激しい騎士服でお願いしたいですね! 太ももとか、太ももとか!」
「否定するか隠すかしてくださいよ不純な動機! なんで太ももを二回言った!?」
続いたランシックのボケに、反射的にツッコんでしまったマナヤ。が、ランシックはものすごい剣幕でマナヤを見据える。
「何を仰いますマナヤ君! 貴方とて男なら、見えそうで見えない高さの太ももが織りなす絶対領域が嫌いだとは言わせませんよ!」
「未来に生きてるッスねランシック様……」
鬼気迫る表情で、一体何をくだらない怒り方をしているのか。マナヤが疲れた表情で弱々しくツッコミをいれる。
絶対領域の概念がこちらの世界にもあることに驚きだ。
「マナヤさん、男の人はそうなんですか?」
「いや騙されんなパトリシアさん!」
上目遣いで隣のパトリシアが覗き込んできたので、変な影響を受ける前に即刻突っ込んだ。正直ランシックとパトリシアは、混ぜたら危険な組み合わせである気がしてならない。
「だってその、アシュリーさんだって……」
と、パトリシアがちらりと正面のアシュリーを見やる。
アシュリーの服装はいつも通りの、赤いタンクトップに灰色のジャケット。そして、灰色のショートパンツ。肌寒くなってくる冬場だというのに、健康的な太ももが惜しげもなく露出されていた。
「ちょ、ちょっと、マナヤ?」
全員の視線が集中したことに気づいたアシュリー。思わずといった様子で自身の脚を隠すように手で押さえ、マナヤを睨んでくる。
「ご、誤解だ! 俺はその、そういう理由でお前といるんじゃねえ!」
「……わかってる、けどさ」
慌てて誤解を解こうとするも、アシュリーは少し不貞腐れたようにそっぽを向く。
実のところマナヤとアシュリーは、まだそういう関係にはなっていない。体がテオのものであること、そのテオがシャラと結婚していること等で、どうにも戸惑われたからだ。
「――アシュリーさん。北都イーヴァナについたら、厚着を整えましょう。この時期、ブライアーウッド王国はかなり冷えますので」
「あ、はい、わかりましたテナイアさん」
馬車の外から、テナイアが提案してくる。アシュリーも一も二も無く頷いた。
女剣士であるアシュリーは、動きやすさ重視で軽装を好んでいる。その軽装に慣れているためか、彼女自身も寒さにはかなり強い方だった。が、このように注目され、そしてこれから寒さのきつい国に入るというのであれば、是非もない。
「あの、マナヤさん。わたし、頑張りますよ! 胸元とか、太ももとか!」
「ちょオイ!?」
そして隣のパトリシアが、ぐっと可愛らしくガッツポーズをとってマナヤを見つめてくる。
シャラ不安げに、パトリシアとアシュリーを見比べているのが視界の隅に移った。
「……はぁ」
そしてそのアシュリーは、そっぽを向いたままため息を吐いている。彼女は、このようにマナヤに迫ってくるパトリシアがどうにも苦手なのだ。
「おい、パトリシアさん」
そんなアシュリーの様子を見てしまい、マナヤは頭に血が登った。冷たい声で、パトリシアに話しかける。
「俺、言いましたよね? 俺達の邪魔をするなって」
ビクッとパトリシアが身震いし、おどおどしながらマナヤから視線を逸らす。
マナヤが表に出ている時、パトリシアは嬉しそうにマナヤにくっつこうとしてくることが多かった。その度に、アシュリーが不安げに表情を揺らすのも知っていた。
そのためマナヤは、あまり失礼のない範囲でパトリシアを突き放すようにしている。
彼女に対し、敬称付けで丁寧語ベースで話すようになったのもその一環だ。精神的距離を離そうとしているのである。
「……う」
パトリシアが、唐突に涙ぐみ始める。
が、それで止まるマナヤではない。血が登ったままの頭で、なおも口を開こうとした時。
「その辺にしときなさい、マナヤ」
「は!? お、おいアシュリー!?」
それを止めたのは、誰あろうアシュリーだ。裏切られたような気分で振り返る。
「その人の境遇、知ってるでしょ。そこまで責めることないじゃないの」
「なッ、お、俺はそもそも最初っからこの女を側に置くことにゃ反対――」
「マナヤ君、ストップです」
あやうくアシュリーにまで怒鳴りかけそうになった時、ランシックが割って入った。そして、縮こまっているパトリシアの方へと柔らかい笑顔を向ける。
「パトリシアさん」
「……は、はい」
ビクつきながら返事をする。ランシックが貴族であることを今頃思い出したか、にわかに姿勢を正していた。
「貴女の境遇はお辛かったでしょう。なので、マナヤ君を好いてはいないにしても、慕っておられるのはわかります」
「は、はい」
好いていない、わけではないだろう。だがランシックは、口出しさせぬという雰囲気を出して話を続けた。
「ですので一つ、お尋ねします。貴女は、マナヤ君に嫌われたいのですか?」
「そ、そんな、滅相もありません!」
「では、貴女の態度次第で、マナヤ君を傷つけてしまうこともお分かりですね?」
優しい笑顔で言われ、パトリシアが言葉を失った。
「真に相手の事を想うなら、相手の迷惑になるようなことは控えるべきです。わかりますね?」
「は……はい。マナヤさん、アシュリーさん、申し訳ありません」
ランシックに促され、二人へと謝罪するパトリシア。アシュリーとマナヤは、お互いの顔を見合わせて曖昧に頷いた。
「うん。よく頑張りましたね」
と、ランシックがパッと歯を見せる笑顔となり、パトリシアに優しく言った。
「……!」
その一言に、何故かアシュリーが反応した。まじまじとランシックの横顔を見つめている。
(なんだ?)
マナヤの胸の中に、何かもやもやとしたものが残る。
「――普段から、そのようにしっかりしてくださっていれば楽なのですが」
と、微かに微笑みを浮かべたレヴィラが馬車の外から、聞こえるようにわざとらしく呟いた。
「はっはっは、レヴィラがワタシが持ってきたメイド服を着てくださるというのであれば、しっかりしておきますよ! 三秒くらい!」
「短すぎます。そしてそのメイド服というのは、スカート丈が異常に短いあのメイド服ですか」
「ご安心を! ワタシも一緒に着ますので! マナヤさん達も一緒にどうぞ!」
「誰が着るかァ!」
ずびし、と思いっきり虚空をチョップしてツッコミを入れるマナヤ。一瞬にして、空気が一気に緩くなる。
「そんな! せっかく全員分の超ショートメイド服を用意してきたのですよ! 積み荷に無理やり押し込んで!」
「そんなもんをなんで外交に持ってきてんですか! あとンなことで泣かないでください!」
ランシックは、絶望したような表情でガチ泣きしていた。マナヤが息を切らしながらツッコミを入れる中、馬車内の全員がランシックに引いている。
「あれを取り揃えるのに、いくらかかったと思っているのです! ワタシの私用小遣い三ヶ月分を丸々ばら撒いて仕立てたというのに!」
「くだらねーことに金ばら撒いてんじゃねえ貴族ゥゥ!」
「ええ、もっと言ってやってくださいマナヤ殿」
マナヤのツッコミに合わせて、外のレヴィラも合いの手を入れる。収拾がつかない。
「……ぷっ、あはは」
先ほどまでとは打って変わって、弛緩しきった雰囲気。それに釣られてか、アシュリーが思わずといった様子で噴き出していた。
***
一行は、北都イーヴァナを経由し国境を越えて、ブライアーウッド王国に入国。
「うー、本当に急に冷えてきたわね。コート買っといてよかったわ」
と、馬車の中でアシュリーが、モコモコとした毛がついた襟元をそっとたくし上げる。
北都イーヴァナで、テナイアのアドバイスに従い買いそろえた防寒具だ。薄茶色を基調に、襟元と袖口に白い動物の毛がつけられている毛皮のコート。足首まで覆えるほどの長さがある。
「ブライアーウッド王国は、季節ごとの寒暖差が激しい国です。この辺りはまだマシな方でして、北に行けば行くほどどんどん冷えてきますよ」
同じようなコートを着たランシックが、馬車客室内の暖房用錬金装飾を起動しながら説明する。
貴族なのにマナヤらと同じようなコートを着ているが、これから一泊する街中で貴族と丸わかりにならないように、との配慮だそうだ。
「ええと、ランシック様。恐れ入ります、わたしの分まで防寒具を用立てていただいて」
それなりに態度が落ち着いたパトリシアも、同様のコートを着込みながらランシックへと感謝の言葉を告げる。
「いえいえ、貴女は境遇の関係でご自身のお金をお持ちではないでしょう?」
「は、はい」
過去を思い出してしまったか、少し身震いするパトリシア。それを少し後悔するように、ランシックは眉を下げる。話題を変えるように明るく切り出した。
「ちょうど王都がある辺りを境に、冬場は降雪地帯となっているのです。一面の雪景色は、我々のような外から来た者には壮観ですよ」
「雪景色、ですか。こっちの世界にもあるんスね」
窓の外を眺めながら、進行方向である北の方を意識しつつマナヤも呟く。
コリンス王国は、全体的に夏も結構涼しく冬もさほど冷え込まない。雪が降ることもないらしく、一年通して気候は穏やかな方なのだ。もちろんスレシス村のように、夏場は竜巻などが発生する地域も一部あるが。
「これから向かう街は、こちらの国の窓口とも言える場所。中々面白い料理があるので、皆さんにもいい店を紹介しましょう」
「わ、楽しみです。どんな料理なんだろう」
と、袖口のもふもふを楽しんでいたシャラが唐突に目を輝かせる。錬金術師である彼女は、料理にも造詣が深い。新しい料理の気配に心を躍らせているのだろう。
(シャラが食える料理ならいいがな)
と、かつて海岸沿いの開拓村で、シャラが海鮮の料理に閉口していたのを思い出して苦笑する。
「さて、見えてきましたよ。あれがブライアーウッド王国最南端の領、セルウィン伯爵領の街の一つ『ゼルトラ』です」
窓越しに進行方向へ目を向けたランシックが、そう告げる。
皆が窓に張り付くように覗き込むと、鮮やかな赤茶色の防壁、その奥に煙突の煙のようなものがいくつも立ち上っている都が見えた。
「給仕さん、冬の『洗礼の一品』を八人前いただけますか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ランシックに案内されて食事処に入り、八人座れそうな長テーブルに案内された一行。さっそくランシックは、給仕に料理を注文していた。
既に夕飯時が近く、そこそこ客が入っていて賑わってきている。あと少し入店が遅れたら、席が取れなかったかもしれない。
給仕の喋りには、コリンス王国のものと比べ訛りのようなものを感じる。母音を強調し、鼻に抜けるような喋り方だ。
(ん? 店員は随分と堅苦しいんだな)
町全体に使われている、レンガにも似た赤茶色の壁面がむき出しになっている店内。装飾は色とりどりで豊富だが上品さはあまり感じず、机も表面が磨かれていない木製。小綺麗ではあるが、格式ばった感じの食事処には見えない。
が、対照的に給仕の対応が随分と丁寧だ。セメイト村では、こういう雰囲気の食事処は「はーい、ちょいとお待ちをー!」といった軽さのことが多かった。
ランシックは安物のコートで一般人を装っているが、雰囲気で貴族と伝わってしまったのだろうか。
「ランシック様。仮にも貴族である貴方が、何も平民を装ってこのような店に来ずとも……」
同席したディロンが、目頭を押さえながら小声でランシックに語り掛ける。
この食事処に集まったのは、マナヤ、シャラ、アシュリー、ランシック、パトリシアの他、ディロンとテナイア、そしてレヴィラの計八人である。
同行した他の騎士達は、町長の元で歓待を受けている。ランシックもその歓待を受けるはずだったが、それをわざわざ辞退してここに来たのだ。ディロンやテナイアもそれに巻き込まれていた。
「なあに、良いではありませんか! この国は貴族料理より、こういった平民用の料理の方が趣深いのですよ。ディロン殿やテナイア殿も、こちらの料理の方がお好みなのでは?」
「それはまあ、同意はいたしますが……」
と、諦めたようにディロンが背もたれに体を預ける。隣に座っているテナイアも苦笑していた。
そういえば、とマナヤは思い出す。王都へ訪れた時も、ディロンとテナイアは王都の表通りにある一般人用の食事処に入っていた。
「この店は、ブライアーウッド王国に入ってきたばかりの者にぴったりの料理を出すのです。珍しい料理を楽しんでください」
自信たっぷりに、マナヤ達の方へ向かってそう言い放つランシック。
そんな彼らの会話を聞いたシャラは、少し複雑そうな表情を浮かべていた。今さらながら、自身の口に合う料理が出てくるか不安になってきたのだろう。アシュリーも胡散臭げにランシックを見つめ返している。
(ま、料理が口に合わない時は、宿舎でピナの葉料理を自炊すりゃなんとかなるだろ)
ちらりと、店の外へと意識を向ける。マナヤらが乗ってきた馬車に摘んである荷物には、ピナの葉を結構な量積んできていた。念のための用心である。
「……っ」
「パトリシアさん、無理に来なくてもよかったんスよ?」
「い、いえ、大丈夫ですマナヤさん」
周囲の目が気になるのか、身をすくませているパトリシアに一応声をかけた。気丈に振舞ってはいるが、やはり落ち着かないらしい。
町長が用意した宿舎で待機していても良い、と提案はした。が、パトリシアは一緒に食事処についてくることに固執したのだ。
ちょうどその時、マナヤとパトリシアの間に割って入るように料理を置いてきて、ビクリとパトリシアが身を震わせる。
「お待たせいたしました。料理のご説明の方は……」
「ああいえ、結構です」
順番に各席に配り始める中、給仕が確認しようとするのをランシックが止めていた。
「ん? アヒージョか何かか?」
洗礼の一品、などという物騒な名の料理を注文していたことを、マナヤは忘れてはいない。
が、出てきた黒い器に盛られた料理は、割とまっとうなものに見えた。
たっぷりの油で、肉やら野菜やらを色々と煮込んだような料理。まさにアヒージョに似たようなものだ。暖かそうに湯気が立ち上っており、適量のハーブが効いていて豊かな香りが鼻腔に届く。
さらに、なぜか傍らには握り拳より一回り大きいくらいの、黒い石が置かれている。
「皆さん、この料理は――」
「おっとテナイア殿。ネタバレは厳禁ですよ?」
料理の解説をしようとしたのであろうテナイアを、さっとランシックが止める。
物騒な料理名のこともあり、何か嫌な予感がしてきた。
「……ランシック様? 何を企んでるんですかね?」
「いえいえ。さあほら、どうぞ召し上がって下さい。どれ、ワタシも」
問いかけるマナヤをさらりと流し、ランシックは同じ料理に手をつける。油の中からスプーンで具材を掬い上げ、それに噛り付いた。
「んん! やはり刺激的!」
(……今、体を震わせなかったか?)
ランシックが嬉しそうに料理を咀嚼する時、一瞬彼の体が奇妙な反応を見せたような気がする。
が、やせ我慢をしているようには見えない。見れば、ディロンとテナイアも既に料理を口に運んでいた。レヴィラは表情を変えず、淡々と食べ続けている。
恐る恐る、マナヤも料理を掬い上げてみる。シャラとアシュリーも、覚悟を決めたようにスプーンで掬って口へと運んだ。
油は熱いが、火傷するほどではない。肉を口に放り込んだマナヤは、口内でそれに歯を立てる。
――バチィッ
「んぶっ!?」
「んぅ!?」
「ひゃっ!?」
瞬間、口内で肉が弾ける。舌の上で微かに痛みも走り、思わす噴き出してしまいそうになるのを慌てて手で押さえた。
シャラとアシュリーも同様に、手で口元を押さえ目を白黒とさせている。一度口に入れたものを吐き出すのもためらわれ、そのまま三人とも硬直してしまった。
「はっはっは、大丈夫です。そのまま噛み続けてみてください」
ランシックがやや声を抑えて笑いながら、安心させるように言ってくる。ディロンとテナイアも苦笑しながら、マナヤ達に向かって頷きかける。
落ち着いて、今度は覚悟を決めてもう一度肉を噛みしめた。
再び、弾けるような感覚。だが覚悟を決めたからか、それとも最初の一口がキツすぎただけか。今度は歯を立てても、先ほどよりは大分控えめな刺激しか来ない。
「……あ、あれ? 思ったより、美味しい、です」
ぱりぱりと、小さいスパークのような音を微かに立てながら咀嚼するシャラが、口元を押さえたまま目を見開いて味わっている。
「確かに……慣れてくると、意外とイケるな」
舌先に伝わるピリピリとした感覚が、だんだん楽しくなってくる。さらに肉から段々と沁み出してきた旨みに、マナヤは素直に感心し始めた。
最初の衝撃を乗り越えれば、辛味にも似た刺激な気がしてくる。噛む瞬間の歯ごたえが心地よくなり、そして遅れてやってくる濃厚な脂の旨み。口中の刺激がくるおかげで、あまり漬け油もしつこく感じない。
「正式名称、雷煮込み。電撃の魔道具を使い、具材に微量の電撃を封じ込めた料理です」
「ってこれガチの電撃なのかよ!?」
ランシックの説明につっこみつつ、思わず料理の器をまじまじと覗き込む。
電気スパークのような感覚だとは思ったが、まさか本当に帯電した肉だとは想定していなかった。
「あれ? なんか、体がポカポカしてきたような」
そこへ、アシュリーが座ったまま自分の体を見下ろして言う。
「……そういや、俺もだ」
マナヤも自身の胸に手を当て、体が一気に暖まるのを実感。
すると、漬け油を少量、エタリアに振りかけているディロンがこちらへと視線を向けてくる。
「この料理は、食することで全身の筋肉を活性化させる効果があると聞く。電撃が体に刺激を与えるのだろう」
「これを食べれば一時的に、冬が厳しいこの国で寒さに耐える体を得られるそうです。それが、『洗礼の一品』と呼ばれる所以なのでしょう」
テナイアも示し合わせたように説明を繋げる。食べ慣れているような二人の様子に、マナヤは首を傾げた。
「お二人も、この料理を食ったことあるんです?」
「ああ。外交でこの国へ訪れる貴族に、我々も護衛として同行することが多い。その際には必ずこれを食する」
「冬場は、体が暖まるこの料理を食して入国するのが一般的なのです。コリンス王国との窓口となっているこの街ならではですね」
大陸の北に位置するこのブライアーウッド王国は、夏は暑く冬は寒くなる、気候変動の激しい土地柄。そのため、夏場はスパイスの効いた料理で汗を流し、冬場は油の多い料理で体力をつけるのが定番であるそうだ。
「……う、うぅっ」
「うん? どうなさいましたパトリシアさん?」
その時、パトリシアがやや頭を下げて嗚咽を上げ始めた。ランシックがその様子に気づいて優しく声をかける。
テナイアもそれを見咎め、眉尻を下げた。
「マナヤさん。パトリシアさんは、まだ……?」
「え、ええ。いまだに食事でいちいち泣いちまうんですよ」
マナヤも気まずくなりながら、テナイアに返答。シャラとアシュリーも想定はしていたようで、悲しげにカトラリーを一旦テーブルに置く。
パトリシアは、食事の度に涙ぐんでしまっていた。マナヤのもとに預けられた時もそうであったし、それは中々改善しなかった。
理由はもちろん、彼女がブライトン一味に囚われの身であったからだ。おそらくまともな食事も与えてはもらえなかったのだろう。人並みの食事が摂れることで、涙を溢れさせてしまうらしい。
ランシックが、マナヤへと声をかける。心なしか、面白そうに。
「ほらマナヤ君。落ち着かせて差し上げなさい」
「え? あ、はい。ほら落ち着け、みんな見てんだぞ」
「は、はい」
そっとマナヤが、パトリシアの背に手を当てて落ち着かせようとする。
と――
――バチィッ
「ぎえっ!?」
「きゃあっ!」
突然、強烈な静電気のような感覚。マナヤは鋭い痛みに手を引っ込め、パトリシアも仰け反りながら椅子から転げ落ちそうになる。
全員がマナヤとパトリシアの二人に注目。店内の者達も一瞬驚いたようだったが、次の瞬間には興味を失ったように視線を戻していた。
「ななな、なんだ今の!?」
自分の手を見つめながら慌てるマナヤ。まだ手のひらがじんじんとしている。
背を触れられたパトリシアは服越しなので、衝撃だけで痛みは無かったようだ。
「ああマナヤ君。その料理は食した人にも帯電するので、定期的にこちらに置かれた黒い石を触って放電してくださいね」
「そういうことは早く言えええ!!」
にやにやとしながら解説するランシックに、店内にも関わらず大声で突っ込んでしまうマナヤ。
よくある事なのか、客がクスクスと笑っている声がちらほら聞こえる。
「……あ、あははは」
目尻に涙を残しつつも、緊張がほぐれたようにパトリシアも笑っていた。




