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146話 殺人鬼の娘

「アシュリーさん、が……! それって、本当にあのアシュリーさんですか!?」

「……はい」


 絶望的な心持ちで再確認するが、アーデライド孤児院長の返答は無慈悲なもの。


「どうして……だってアシュリーさんのお父さんって、英雄だったんでしょう!?」


 英雄の父を目指している。アシュリーは、いつもそう言っていた、はずだ。

 にわかに姿勢を正したアーデライドは、重苦しい声色でゆっくりと語り出す。


「お話しましょう。……アシュリーさんの、母君の話を」



 ***



 アーデライドがアシュリーの母と出会ったのは、十九年前。

 ここセメイト村に突然、身重の黒髪女性がボロボロな姿でたどり着いたのだと言う。それを、アーデライドが見つけたのだそうだ。


 その日はちょうど、年に一度『成人の儀』を受け村に帰ってきた子ども達を乗せた馬車が来た日。同時に、白魔導師の役員が孤児院を訪れていた。その年の戸籍調査を行う役員だ。

 その女性は孤児院へと連れられ、そこで同行していた国からの役員の手当てを受けた。


 が、治癒魔法でも衰えた体力までは戻せない。衰弱していた彼女は、息も絶え絶えの様子で自らの事を話し始めた。


 彼女は八カ月ほど前まで、ブライトン一味に囚われの身となっていたらしい。召喚師として『スカルガード』の封印を任され、しかもブライトンの慰み者にもされていたのだ。

 そうしてブライトンの子を身籠った時、用済みとばかりに彼女は殺されそうになった。


 丁度その時、ブライトンを追う騎士隊がアジトへ征伐に来たのだという。

 ブライトン一味は慌てて逃げ出し、囚われの身であった彼女は騎士隊に保護された。


 救われた彼女はその後、ちょうど召喚師が不足していた近隣の村へと配属された。

 しかし、ただでさえ嫌われ者である召喚師。しかも最近になって、一体どこから洩れたのか、身籠っているのが殺人鬼の子であると知られてしまったという。村人全員から排斥され、彼女は着のみ着のまま追い出されたらしい。


 身重の体で森の中を彷徨い続け、モンスターに襲われたら召喚獣を囮にして逃げる。三日間、そのような形で森の中を歩き続け、ようやくたどり着いたのがセメイト村だったのだそうだ。


『私は……忌まわしいブライトンの子を、身籠っています。けれど……この子には、罪はありません』


 荒い息を繰り返しながら、そう涙ながらに語ったそうだ。


 ちょうどその時、彼女は産気づいた。アーデライドは自身の知識を総動員し、白魔導師の役員と協力してお産を手伝った。

 生まれたのは、ブライトンと同じ輝くような赤毛を持った、女の子。


「それが……アシュリーさん」

「はい。ですが……既に衰弱しきっていた母親は、そのまま息を引き取りました」

「あ……」


 アーデライドが当時を思い出すかのように、目をきつく閉じる。テオにも哀しみが伝わり、ズキズキと心が痛んだ。


「母親の名は、結局わからず終い……父がブライトンだということだけは、わかりました。戸籍調査に来た役員さんも一緒に居たため、父親の名を名簿に記載せざるをえなかったのです」


 同席してしまった手前、役員も規則には逆らえなかった。それで、ブライトンの娘という戸籍情報が記録に残っていたのだろう。

 アシュリーはそのまま、元気にすくすくと育っていったという。輝くような赤毛のまま、純粋に、快活に。


「けれどある日、まだ幼かった彼女は……私が机の上に出しっぱなしにしてしまった孤児名簿を、見てしまったのです」


 文字を読めるようになったばかりのアシュリーは、好奇心に負けて読んでしまったらしい。自分の父の名を、そこで知ったのだそうだ。

 アーデライドは彼女に、お父さんはどんな人、と、きらきらとした瞳で訊ねられたという。


「……私には、本当のことを話すことができませんでした」

「それでアーデライドさんは、嘘をついたんですね。アシュリーさんのお父さんは、英雄だったと」

「はい。アシュリーさんを危険に晒したくないから、彼女を村に預けて旅立っていった……と、そう伝えたのです」


 純粋なアシュリーはそれを信じ、真っすぐに育っていった。英雄に憧れ、清く正しい心を持った少女として。



『あたしも、お父さんみたいな英雄になる! それで、りっぱな英雄になって、お父さんに会えたら、〝よくがんばったな〟って、なでてもらうんだ!』



 そういった夢を、アシュリーは持つようになったらしい。


「真っすぐなまま、立派に育っていったアシュリーさんは、いつしか村一番の剣士になりました。……けれど私は、ずっと自責の念に囚われていました」

「真実を、アシュリーさんに隠したままだったから、ですね」

「……仕方がなかったのです」


 ぽろりと、アーデライドの瞳から涙が零れ落ちた。



 ***



 孤児院を出て、レヴィラと別れて家へと戻る道中。


「あ、テオ!」


 ユーリアと一緒に、広場のベンチで話していたシャラが、手を振って走り寄ってきた。


「あ、あぁ、シャラ……」

「ごめんね、ユーリアちゃんと話し込んじゃって……テオ?」


 様子がおかしいと気づかれたか、怪訝な目で顔を覗き込んでくる幼馴染。


「そ、そうそうシャラ、パトリシアさんのことなんだけど」

「あれ、そういえばあの人はどうしたの?」


 慌てて話を逸らすテオ。


「この村の召喚師さん達に、預けてきたんだ。きっと仲良くできそうだから」

「そうなんだ。あ、でも、みんなには――」

「大丈夫だよシャラ。みんなには、ちゃんと言っておいたから。マナヤが副人格なことは黙っておいてって」


 マナヤのことは『異世界人の魂』で通すように、という王国からの通達である。異世界からの英雄、としておいた方が説得力があると。

 この村でも、マナヤのことは箝口令が敷かれた。


 けれども……黙ったままでは、いられないこともある。


(僕から、アシュリーさんに言わなくちゃ)


 笑顔を作りながらも、心の中で決意する。

 アシュリーがブライトンの娘であったことが、確定してしまった。苦しんだ孤児院長アーデライドに代わって、テオがアシュリーに真実を伝える。それを、アーデライドと約束した。


(マナヤはもちろん……できればシャラにも、まだ知られたくない。僕が、アシュリーさんに打ち明けるまでは)


 これを背負うのは、自分だけでいい。シャラまで心を痛める必要はない。


 ……けれども。

 打ち明けることが、できるだろうか。

 真実を知ったアシュリーが、マナヤから離れてはしまわないだろうか。彼女の愛したマナヤが、自身の父親を殺した張本人であると知って。



 自分の言葉が、やっと幸せになれそうな二人を、引き裂くことにならないだろうか。



「――さあさあお立合い! 次なるお土産はこちらです!」


 ちょうどそこへ、もはや聞き慣れたハイテンションの声が聞こえてくる。シャラと共に、声の方向へと振り返った。

 広場の、別の一角。そこに、子ども達に囲まれているランシックの姿があった。


「ハイ! こちら、十分の一スケールで作られたワタシの人形像です!」


 傍らに置かれた箱から両手で掴み出したのは、二つの人形像。それを遠目に見て、思わずテオもギョッとしてしまう。


 ランシック自身を象った人形。それも、さきほどのヒラヒラドレスを纏った女装姿を模したものだ。はっきり言って、気持ち悪い。

 赤みがかった石で作られたものを右手に、青みがかった石で作られたものを左手に持っている。


「えー、ナニコレ。おじさんの女装姿? 気持ちわるーい」


 と、赤みがかった方を受け取った男の子が、それを手にしたまま無遠慮にそう言い放つ。あまつさえ、まだせいぜい二十代前半のはずのランシックを、おじさん呼ばわり。ハラハラとしたテオだったが、当のランシックは心外という顔こそしていたものの、さほど怒った様子がない。


「何をおっしゃいます! ワタシの体、そしてあのドレスを寸分たがわず細部まで再現した、ワタシの最高傑作ですよ! ほらこう、ひっくり返せばスカートの中身まできっちり再現してまして――」

「えー、余計に気持ち悪いよー」


(子ども相手に何を渡そうとしてるの!?)


 思わず心の中で突っ込んでしまうテオだった。隣のシャラも、あの様子を見て苦笑いしている。


「て、テオお兄ちゃん……ランシック様って何か、すごいね」


 テオとシャラのそばへと歩み寄ってきたユーリアも、引き攣った笑顔を向けてくる。さすがに苦笑を返すしかない。


「はっはっは、仕方ありませんねえ。では、こちらではどうです?」


 笑い声に振り返る。ランシックは左手に残していた青い像を掲げていた。僅かにそれが発光したかと思うと、少しずつ変形し始める。建築士の能力だ。

 ほんの数秒で、その像は全く別のものへと変貌した。


「あっ! さっきの弓術士のお姉さん!」


 ランシックの手元を見ていた子供たちが、今度はわぁっと沸き立つ。

 青い方の像は、騎士服を纏って弓を構えたレヴィラの姿となっていた。凛々しい顔つきからスレンダーな体型まで再現され、腰まで伸びた豊かなポニーテールが風に靡くように広がっている。今にも動き出しそうな出来栄えだ。


 テオとシャラ、そしてユーリアも驚いて、互いの顔を見合わせた。

 建築士は、石を動かしたり自由に変形したりすることができる能力を持つ。が、食器などのシンプルな形ならばともかく、短時間であそこまで精巧な形を作ることは、相当に難しいはずだ。


「おじさん! ボクそっちがいい! 取り換えて!」

「いえいえ、それには及びません。ほら、貴方に渡した方を御覧なさい」

「えっ? ……あっ、こっちも変わってる!」


 ランシックに言われ自分の手元を見た男の子は、自分の手に握られていたそれを掲げる。

 ランシックの女装姿を模した像だったはずが、いつの間にかランシックの手にあるレヴィラ像と全く同じ姿へと形を変えていた。


「すごーい! いつの間に?」

「ボクが持ってたのに、おじさん操作したの?」

「可愛い! かっこいい! おじさん、どうやったの?」


 興奮して押し寄せる子供たちに、ランシックはウインクして得意げに語り始めた。


「ふふふ。実はこの石、片方を建築士の能力で変形させると、もう片方も自動的に同じ形に変わるようになっているのですよ!」

「すごーい! どうなってるの?」

「ワタシがお世話になってる、世界中を旅している冒険者さん達が見つけてきてくれたのです。ティアール地方のカガリ村というところから採れる石だそうで――」


(あ……)


 世話になっている、冒険者。


 先ほどレヴィラから聞かされた話を思い出して、かすかに体が震える。彼と仲が良かったという、冒険者の黒魔導師。ランシックが言っているのは、その人が所属していたという冒険者チームだろうか。


「あ、あの、ありがとうございますランシック様。子供たちの玩具まで提供して頂いて」

「おや、村長殿。気にしないでください、防衛機構の件でお世話になるのですから」


 そこへ、ランシックのもとにおどおどとした村長が歩み寄ってくる。


「しかし、大したおもてなしもできませんで……」

「構いません。それより、貴方がた成人されている村人達へのお礼ですが」


 パチッ、とランシックが指を弾く。

 待ち構えたいたかのように、物陰からゾロゾロと木箱を抱えた使用人らが出てきた。使用人たちの中には、先ほどテオと別れたばかりのはずのレヴィラも混じっている。


「こ、これは!?」

「ワタシのポケットマネーで用意させて頂きました。食糧は足りているとのことでしたので、この村に不足している美麗な布一式をお贈りしましょう」

「そんな! そこまでして戴いて、何もおもてなししないわけには!」

「はっはっは、気にしないでください! 言ったでしょう、今回はお忍びなのです」


 余計にうろたえる村長に対し、ランシックはあくまでも朗らかだ。


「ワタシがここに来た証拠を残すわけにはいかないのですよ! ですから、お構いなく! ……あ、ワタシのサイン要ります? ヴェルノン侯爵家の家名付きで」

「ご自分の台詞を四秒で矛盾させないでください」


 ランシックのボケに、早速レヴィラが冷静に突っ込んでいた。


「……え、えーと。しかし、これほどのものを戴くわけにも」


 そんな夫婦モドキ漫才に戸惑う村長に、ランシックがニカッと笑った。


「いえいえ、せっかくとっておきを持ってきたのですから。使って頂けないと、却って布たちに失礼ですよ? ワタシが懇意にしている冒険者から情報をいただいて取り寄せました、きめ細やかさが美しく、かつ手入れも楽な布です」


(……やっぱり、そうなのかな)


 かつて、ランシックが幼少期に世話になった冒険者達と、同じ者達かはわからない。が、彼の中で、冒険者というものを非常に大切にしているのは間違いないだろう。


「テオ?」

「あっ、ごめんシャラ。実はね、さっきレヴィラさんからランシック様の昔話を聞いてて……」


 先ほどからシャラに訝しがられていたので、これ幸いとランシックの過去話を持ち出す。シャラのみならず、傍らのユーリアもその話をふんふんと聞いていた。


「……そっか、そうだったんだね。だからランシック様は、あんな風に……」

「うん。きっとランシック様は、王国を守ってる村人達みんなに、笑って欲しいんだよ。それが、亡くなった人への弔いでもあるから」


 感慨深げにランシックの方へと視線を移すシャラに、テオも語りながら続く。


「……あ、シャラお姉ちゃん、私そろそろ行くね。南区画の錬金装飾、マナ充填に回らなきゃ」


 何かに気づいたように、ユーリアが笑ってシャラに声をかけてくる。


「あ、ユーリアちゃん。それなら私も――」

「シャラお姉ちゃんはゆっくりしてて! 帰ってきたばっかりなんだから!」


 シャラが止めるのも聞かず、楽しそうに笑いながら手を振って走り去るユーリア。最後にテオの方を向いて、小さくウインクしてきた。


(気を遣わせちゃったかな)


 楽しんでいるような、応援するような感情。そんなユーリアの感情が伝わって、テオはむずがゆくなり頬を掻く。


「帰ろっか、シャラ。久々に、僕達の家に」

「あ……うん、そうだね」


 笑うことが、亡くなった人への弔い。なればこそ自分達には、ちゃんと挨拶しなければならない人がいる。



 ***



「父さん、母さん、ただいま」

「ただいま。……お義父さん、お義母さん」


 久々に帰ってきた、自宅。

 見慣れたテーブルと家具。そして、片隅の棚に置かれている、二人の遺髪が入った小さな筒。


 テオとシャラは、その棚の前まで歩み寄って小筒を見下ろした。


「父さん、母さん。……僕達はもう、泣かないよ」

「私達は、幸せに生きていきます。だから、安心してください」


 少し湿っぽい声になりながらもそう告げ、ゆっくりと視線を交わす。そして、お互いにくすっと笑い合った。


「さ、忙しくなるよテオ」

「そうだね。まずは父さんと母さんの部屋、アシュリーさんが使えるようにしなきゃ」


 アシュリーと約束をした。この村に帰ってくることになったら、一緒に住まないかと。

 予定通りなら、アシュリーは明後日この村に帰ってくる。それまでに、迎え入れられる準備をしなければならない。


「あっ、でも父さんと母さんの遺品、どうしよう。服とか小物とか」

「とりあえずは、私の家に置いておけばいいんじゃないかな?」

「そっか、ありがとうシャラ。あとで、シャラのお父さんとお母さんにも挨拶しなきゃね」

「うん。あ、そういえばパトリシアさんはどうするのかな?」

「うーん……とりあえず、あっちから何か言ってきた時に考えよっか。どっちにしろ、マナヤが出てこないことにはパトリシアさんだって居心地悪いだろうし」


 今日は三日目だが、アシュリーが帰ってくるまではマナヤが表に出てこない。やはり今はまだ、アシュリーが傍らに居ないと『殺しのビジョン』で苦しむことになるからだ。ゆえに、マナヤが出てくるのも明後日から。


 元より王都でも、パトリシアはテオらの部屋に泊まっていたわけではない。そもそも自分が『テオ』である間は、あまり近寄ってこようとしない。

 この村の女性召喚師であるジェシカとも、それなりに仲良くなっていると聞いた。パトリシアから何か言ってくるまでは、彼女自身の判断に任せよう。


「アシュリーさんが来るの、楽しみだね。テオ」

「う、うん。きっとまた、賑やかになるよ」


 とは、言ったものの。


(……アシュリーさんの、お父さん)


 笑顔のシャラとは裏腹に、テオの心には陰があった。




 ……しかし、アシュリーの帰郷を待たずして。

 翌日テオらは、至急王城へ戻るように、との早馬を受けてしまう。


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