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143話 久々の帰郷

 アシュリーが、アイシニア剣士隊長との模擬戦をしている頃。

 テオとシャラは、セメイト村へ向かう馬車に乗っていた。王都を出てから、既に二日目である。


「いやあ、貴方がたのパトロンになって、本当に良かった! おかげで、こうやって遠出することもできます!」


 二人と同じ馬車に乗っている、ランシック・ヴェルノン侯爵令息。長い銀髪を揺らす彼は、相も変わらず爽やかな笑顔でテンションが高い。


「えっ、と、普段はあまり遠出できないのですか?」


 ランシックの左隣に腰掛けたシャラが、恐る恐る訊ねる。


「そうですね。我々貴族は、数少ない国政の教育を受けている人材ですから。命を危険を伴う『外』には、なかなか出れないのですよ」

「――本来であれば、ランシック様にも屋敷で待機して頂きたいところだったのですが」


 馬車の右側に並走している、馬に騎乗したレヴィラ弓術士隊副隊長。青いポニーテールを風になびかせつつ、呆れたように馬車内のランシックへ向かって言い放った。


 心外だ、といった様子で思いっきり窓の外にいるレヴィラへと振り向くランシック。


「御冗談を! このためにヴェルノン侯爵家ではなく、ワタシ個人がマナヤのパトロンになったのですよ! ワタシが行かずして何とします?」

「それこそ私や、他の騎士達を使えば良いのです。それが貴族家のやり方ではありませんか」

「残念! ワタシはまだ父上から爵位を戴いておりませんから、まだ貴族ではありません!」

「屁理屈です。既に必須な教育を終え、実務を執り行っているのですから同じです」

「なるほど、そういう考え方もありますね!」


 終始楽し気なランシックの受け答えに、はぁ、とレヴィラが馬上でため息を吐いている。と、そこでランシックがくるりとこちらに振り向いた。


「ところでテオ君、彼女は大丈夫ですか?」

「え? ええと、はい、多分。マナヤが居ない時は、だいたいこんな調子ですので」


 ランシックが問うているのは、テオの隣に縮こまって座っているパトリシアのことだ。


「……」


 かつてのように体が震えっぱなしということは、なくなった。が、このように黙って俯いている。


 マナヤが表に出ている時、パトリシアはマナヤにくっついていることが多い。自身の救世主でもある彼に心酔しているのだろう。それで、アシュリーが複雑そうな顔をしているのを、テオも知っている。


 昨日から、マナヤではなくテオが主に表に出てくる三日間となっている。マナヤが居ない時、パトリシアは手持無沙汰なのか気まずいのか、ほとんど誰とも会話しない。

 今、彼女がテオの隣に座っているのは、この馬車内に召喚師がテオしか居ないからというだけだ。


『さ、里帰りされるのであれば、わたしも連れて行ってください……!』


 セメイト村で開発されたという、防衛機構。それの下見にテオらも行くということになった時、パトリシアも付いてきたがった。

 元より一ヶ月間、マナヤの近くに居させて精神を安定させるという約束だった。そのため、しぶしぶセメイト村にも連れていくことになったのだ。


『あたしは、後から行くわ。明後日、やっとアイシニア剣士隊長さんとの模擬戦ができそうなのよ』


 そんなパトリシアの様子を見て、アシュリーはそうバツが悪そうに苦笑いしていた。


 アシュリーは、パトリシアといるのが気まずいのだろう。だから模擬戦を言い訳に、彼女との距離を取る時間が欲しかったのかもしれない。

 が、その時、パトリシアが嬉しそうな顔をしていたのを、テオは見逃していなかった。


(……)


 けれど今、テオの心は別の事で沈んでいた。窓の外で、騎馬に跨っているレヴィラを見てため息を吐く。


「……テオ?」


 声をかけられ、はっと顔を上げる。シャラが、心配そうにテオの顔を見つめてきていた。


「ご、ごめんシャラ、何?」

「ううん。ただテオ、なんだか元気ないなって……」

「そ、そんなことないよ。せっかくセメイト村に帰れるんだし」


 シャラを不安にさせるわけにはいかない。テオは、頑張って作り笑いを浮かべてみせた。

 窓の外で、レヴィラが目を細めたような気がした。




『失礼。テオ殿、マナヤ殿、今はどちらでしょうか』

『レヴィラさん? ええと、今はテオです』


 あの日を思い返す。セメイト村へと出発する直前、テオはレヴィラから呼び止められたのだ。


『そうですか。マナヤ殿は起きていらっしゃいますか?』

『いえ、アシュリーさんが居ないので、今は眠ってます。起こしますか?』

『それには及びません。先に、テオ殿にもお伝えしておきます』


 会話の内容を思い出し、合わせた拳を密かに握りしめる。


『マナヤ殿が殲滅した、殺人鬼集団。ブライトンなる者が率いていたのですが』

『はい』

『王城に残っている戸籍記録を参照した結果、ブライトンには娘がいることが判明しています』

『……え?』


 この国では毎年、成人の儀を受ける子を連れていく馬車がやってくる際、戸籍が確認・記録される。その年に生まれた新生児や、村の新たな入居者などを記録に残しておくのだ。


『ブライトンの、娘さん……ど、どこの村の子ですか?』

『……セメイト村です』

『ぼ、僕の村!?』

『はい。しかもその名が……アシュリー、と記載されておりました』


 それを聞いた時、テオは背筋が凍り付いた。

 なぜ、アシュリーの名が。彼女の父親は、『英雄』だという話ではなかったか。

 本当に、あのアシュリーなのだろうか。


『……レヴィラさん。それ、他のみんなには言わないでください』

『……よろしいのですか?』

『はい。特にマナヤとアシュリーさんには、絶対に……。代わりに僕が確かめて、責任を持ちます。マナヤ、ずっと苦しんでましたから』



 自分が確かめねばならない。本当にアシュリーが、ブライトンの娘なのか。それくらいは、自分も代わりに背負わなければならない。

 ただでさえマナヤは、人殺しとなって苦しみ続けているのだ。その上ブライトンに娘がいると知ったら、罪の意識で彼の心がどうなってしまうか、わからない。

 ましてや、その娘がよりにもよってアシュリーだなどと。


 テオは、自分で『ブライトンの娘』を確認するつもりだった。今まで散々、マナヤにばかり重石を背負わせ続けてしまったのだから。



 ***



 二日目の晩は、マーカス駐屯地で一泊。

 そして、王都を出て三日目。


「――おお! 防壁が見えてきましたね。あれが?」

「はい。あそこが僕達の故郷……セメイト村です」


 何かに気づき、窓から顔を出したランシックに苦笑しつつ、テオも自ら窓から前方を見やる。


「わあ、久しぶり……」

「あれが、マナヤさんの故郷、なんですね」


 シャラ、そしてパトリシアもそれに続く。

 懐かしい木々の森、そして懐かしい防壁の門に、思わずテオも顔がほころぶ。


(三ヶ月ぶり、かな)


 日数を数えてみれば、せいぜいそのくらいだ。しかし、随分と長いこと離れていたように感じる。

 少し肌寒くなり、吹き付ける風も冷たくなっている。土の匂いもどこか弱く、しかしどこかツンと鋭い。テオにも良く覚えのある、セメイト村の冬の匂いだ。


「……あれ? テオ、あんなのあったっけ?」

「シャラ?」


 見ると、正面に座っているシャラが窓から顔を出し、馬車の進行方向へ向かって左側を指さしている。窓から身を乗り出して振り返り、その先を改めて見てみた。


 シャラが指さした先にあった、防壁の一部。そこには、以前は無かったはずの出っ張りがあった。いつもの防壁の壁面から、手前に一般的な村人の身長六人分ほど突き出ている。幅はおおよそ、村人の身長十四人分ほどだろうか。高さは、防壁の天辺まで続いている。

 そんな、横長の四角い箱のような出っ張りが、壁面にくっついていた。まるでその部分だけ防壁を外側へと拡張したかのようだ。


「ほほう? テオ君にシャラさん、あの出っ張りは以前は無かったのですね?」

「え、ええと……はい、無かったはずです」

「初めて見ました」


 ランシックの問いに、テオもシャラも頷く。

 馬車から見える村の門周辺の景色は、テオも良く知っている。だから、以前はあのようなものは無かったと断言できる。


「では、あの出っ張りが件の防衛機構であることは、ほぼ間違いなさそうですね。興味深い!」


 と、改めて窓から身を乗り出し、仰ぎ見るランシック。


「ランシック様、馬車からそこまで身を乗り出されては危険です」

「いやいやレヴィラ、ワタシが落ちそうになったらレヴィラが拾って下さるでしょう? その後、冬の寒空の下で貴女と馬を二人乗り! そして、私の背に当たるレヴィラの胸……は、ちょっとボリュームが不足してますが」

「余計に危険です。あと暑苦しくなります」

「塩対応! せめて後半にツッコんでくれませんかね!?」


 などという夫婦モドキ漫才を聞きながら、テオ達を乗せた馬車はセメイト村へと入っていった。



 ***



「みんな、ただいま!」

「テオ君! シャラさん!」

「テオ! シャラ! よく帰ってきたね!」


 防壁をくぐり、門前の広場に停まると、懐かしい顔ぶれが集まってくる。皆、テオ達を歓迎しているようだ。

 村人達が沸き立つ中、馬車を下りて故郷の土を踏む。


「シャラお姉ちゃん!」

「あ、ユーリアちゃん!」


 と、テオとは二つ下の少女が駆け寄り、シャラに抱き着いてくる。青い髪にポニーテールという、少しレヴィラと似た風貌の少女、ユーリア。この村の、五人目の錬金術師である。

 その他、懐かしい村人達がわいわいとテオ達に群がっていった。


「な、なあ、テオ……」

「……」

「ラリー? ジョエル?」


 そんな中、気まずそうな少年二人がゆっくりテオに近寄ってきた。歳はテオの同じ、茶髪で丸刈りの少年と、赤髪の短髪少年。

 ラリーとジョエル。テオが『召喚師』となって帰ってくるまでは、テオの友人だった二人だ。


 あれからほとんど顔も合わせたことがなく、話をするのも約三年ぶり。


「急に、どうしたの? 二人とも」


 てっきり、嫌われたのだと思っていた。だからこそテオも、召喚師が見直されるようになった後も話しかけることはしなかった。


「……すまんっ!」

「ごめん!」

「え?」


 突然二人は、テオに向かって謝ってくる。


「その、お前が召喚師になってから、避けちまって……」

「あの後、マナヤさんになったりもしてて、話しかけるタイミングもわからなくってさ……」


 と、バツが悪そうに目を伏せている。


「お、お前の両親がその、いなくなって……落ち込んじまってたのに、さ」

「ボク達、テオを励ましたかったけど、今さら近づいても図々しいかと思って、結局……」


(……二人とも)


 ふいに、目頭が熱くなった。

 テオとしては、自分から二人に話しかけるのはまだ怖かったのだ。召喚師を避ける風潮は無くなりつつあるとはいえ、二人が自分を受け入れてくれる自信がなかった。あまつさえ、マナヤが宿っているので気まずいというのもあった。


 ……けれど。

 きっと二人は、後悔していたのだろう。テオが王都やあちこちの村へ向かうようになって、故郷にいる時間が減って、タイミングを逃してしまったことに。


 彼らは、心を開こうとしてくれた。随分遅れてしまったけれど、こうやって仲直りをしようとしてきてくれた。


「いいんだよ、ラリー、ジョエル。僕の方こそ、ごめんね。言い出せなくて」

「お、お前が謝るこたねえだろテオ! 態度が悪かったのは、俺たちの方だ!」

「そ、そうだよ! ボク達の方から、謝りに行かなきゃいけなかったのに!」


 食い下がる二人だが、テオは首を振る。


「ううん。それに、二人は態度なんて全然悪くなかったよ」


 怪訝そうな顔をする二人に、テオはふわりと笑いかけた。


「僕はさ、マナヤさんと仕事をするようになって、他の村にも行ってさ。……そうしたら、召喚師の扱いは、この村とは比べ物にならないくらい酷かったんだ」


 初めて、スレシス村の様子を知った時。

 召喚師が役立たずと、村人に軽蔑の眼差しで見下され、暴言を吐かれていた。テオなどよりもずっと貧しい食生活をしていたことを知った。


 また、海沿いの開拓村では正反対。

 軽蔑よりも畏怖の眼差しで見られ、怖れられ、化け物かのように避けられる。召喚師となった者の家族さえも、それに巻き込まれるような環境。


「それに比べたら……僕は本当に、恵まれていたんだ。この村の在り方に」


 ここセメイト村では、かつてでさえ避けられはするが過度に蔑まれることはなかった。畏怖の眼差しを受けることはあったが、それが原因で食べ物を貰えなかったり、周りが巻き込まれることもなかった。テオの両親も、そしてシャラも、召喚師になったテオを最初から受け入れる気でいてくれたのだ。

 そして召喚師が受け入れられるようになった、今。皆、一般の村人への態度とほとんど変わらぬ様子で、召喚師を受け入れてくれている。


「だからね。……僕はやっぱりこの村が、この村のみんなが好きなんだ」


 皆を見渡して、そう告げた。

 他の村を知った今だから、わかる。暖かい人柄の村人が多い、この故郷の尊さが。


「……テオ」

「テオ、君」


 ラリーとジョエルが、思わず湿った声を出す。周りの村人も、感極まった様子でテオ達を見つめていた。

 照れ笑いをしながら、テオはラリーとジョエルへ向き直る。


「だからさ、また仲良くしてくれると嬉しいな。ラリー、ジョエル」

「……お、おう!」

「もちろん、だよ!」


 がし、と二人が両脇からテオと肩を組んだ。

 周囲の村人も沸き立つ。シャラも、少し涙ぐんだ目でその様子を見守っていた。



「――いやいや、実に素晴らしいお話! ワタシも混ぜて頂けませんか!」



 と、そこへ馬車の中から、よく通るランシックの声が聞こえてくる。

 そして、バァンと馬車の反対側の扉が思いっきり開かれ、馬車陰から回り込むように姿を見せた。


「!?」


 その場にいる全員が、絶句する。


「はっはっは、ワタシはランシック・ヴェルノン! 趣味はカオス、特技は泣かせる場を哄笑の渦に巻き込むことです!」


 彼はまたしても、どぎついピンクのフリフリドレスを身に纏っていた。テオらと初めて顔を合わせた時のものと、全く同じ服装。いつの間に着替えていたのだろうか。というか持ってきていたのか。

 相変わらず化粧の一つもしていない顔で、天を指さしながらポーズを決めている。ドレスが無理な方向に引っ張られ、今にも破けそうになっていた。


 そこへ、落ち着き払ったレヴィラが彼の背後へと歩み寄る。


「ランシック様。このような場では、土埃でドレスが汚れます。洗濯係の錬金術師達が困りますよ」


 ――そういう問題!?

 おそらく、この場にいる全員がそう頭の中でツッコんでいただろう。


 おずおずと、この場に居合わせた村長が彼に歩み寄る。


「え、ええと、貴方さまはもしや……?」

「はい! 事前に通達いたしました、ヴェルノン侯爵家の者です! 皆さま、お出迎えに感謝いたします!」


 お貴族様!? と、その場にいる全員が慌てて跪こうとする。


「いえいえ、楽にしてください。ワタシはあくまで、お忍びでここに来ているのですからね!」

「ランシック様、色々と無理があります。事前に通達しておいてお忍びなどと語る事も、その目立つ恰好で『お忍び』を騙ることも」

「うーん、レヴィラは堅いですねえ。それでは、こうしましょう!」


 突然、ランシックは自身の胸元を引っ掴み、そしてそのまま華麗にドレスだけを後方へ脱ぎ去る。

 早着替えか、と思いきや――


「はっはっは、どうです! これならば目立たないでしょう!」


 その場に、女性たちの悲鳴が響き渡る。無論、悪い意味で。


 ドレスの下には、ほとんど何も着ていなかった。

 上半身は全裸。下半身もブーメランパンツ一枚、足元に無駄に豪華な女性靴を履いているという、あまりにもそぐわぬ格好。特に、肌寒くなってくる今の季節には。


「ランシック様、そのような格好では風邪をひかれます」

「問題ありません! この鍛えぬいた肉体、この程度の寒さなどなんのその!」

「お言葉ですが、お鍛えにはなられていないので貧相です。あと、ものすごく震えておいでです」

「なな、なるほど! そそそそういう見方もありますね!」

「そも、貴族にあるまじき恰好で、風邪のみならず皆も引いています。早くお着換えを」

「はっはっは、うまい事言いますね! ……こ、これは冷える」


 レヴィラの冷静なツッコミ通り、ランシックはガタガタと見るからに震えていた。なぜそうまでして体を張っているのか。


「う、うん。それではみなさん、しばしお待ちを! あ、跪いて待っていなくても問題ありませんよ」

「さっさとお着換えください」


 高らかに宣言するランシックを、レヴィラが馬車へとぐいぐい押し込んでいく。バタン、と馬車の扉が閉められたところで、フリーズしていた村人達がようやく再稼働し始めた。


「……え、えーとテオ君、あの方は……?」

「あ、あはは……ああいう方、らしいです」


 村長の問いかけに、テオは苦笑いしながらそう答えるしかなかった。


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