14話 想定以上の成果
一方その頃、マナヤもまた別の場所で『間引き』に参加していた。
結構なまとまった数の野良モンスター群。現在彼はチームでそれを相手にしている。
「【砲機WH-33L】召喚! 【跳躍爆風】!」
マナヤは砲撃を放つ『機甲系』の中級モンスター『砲機WH-33L』を、跳躍爆風で木の枝の上にぴたりと着地させる。
高所から砲機WH-33Lが、チームの前衛に飛び掛かる野良モンスターに砲口を向けた時。
「【電撃獣与】!」
マナヤが砲機WH-33Lに電撃獣与を使用。直後に砲撃が放たれ、電撃をまとった砲弾が野良モンスターに着弾する。
着弾して『感電』したその野良の飛行モンスター『ヴァンパイアバット』は、痙攣して地上に落下した。
「――ハッ!」
赤髪のサイドテールを垂らした女剣士アシュリーがその隙を逃さず、上空から落下したヴァンパイアバットを一刀両断にする。
「……アシュリー! 悪ぃが、十時方向のモンスターどもを頼む!」
視点変更で砲機WH-33Lからの視界を得たマナヤが、咄嗟にアシュリーに左前方から来ている近接攻撃モンスター達の対処をアシュリーに任せた。
「了解! あんたは!?」
「あのめんどくせー射撃モンスターどもをなんとかする!」
彼の視線の先には、赤いサンショウウオのようなモンスター二体が居た。
中級モンスター『ヴォルメレオン』。溶岩の塊を口から発射して攻撃してくる遠距離攻撃モンスターだ。
遠距離攻撃が相手となると竜巻防御をかけて防御したくなるのだが、今回は意味がない。『軽い』射撃攻撃しか逸らせない竜巻防御では、砲弾のような攻撃を放つヴォルメレオンや砲機WH-33Lの攻撃を逸らすことはできないからだ。
「【ヘルハウンド】、【戻れ】!」
手すきになった自分の中級モンスター『ヘルハウンド』に個別に『戻れ』命令を下す。直後、マナヤは自ら敵ヴォルメレオンへ特攻した。彼のヘルハウンドがマナヤの後を追いかけていく。
「ちょっと、マナヤ!?」
「大丈夫だ!」
それを見たアシュリーが慌てるが、マナヤは自信たっぷりな余裕の笑みをアシュリーに向けてみせる。それを見たアシュリーも不適な笑みを返し、マナヤに任せることにした。
「ぐっ!」
野良ヴォルメレオンの溶岩弾が何発かマナヤの腹部にヒットする。だがマナヤはそれに構わずさらに突っ込んでいった。ついてくるマナヤのヘルハウンドにも同様に何発かヒットしているが、幸いヴォルメレオンの攻撃力自体はそこまで高くない。
そのままマナヤは、ヴォルメレオンの至近距離まで到達。
「【ヘルハウンド】、【行け】ッ!!」
そこに来てようやくヘルハウンドを攻撃させる。
召喚モンスターは原則として『一番近くにいる敵』にしか攻撃しない。そのため近接型の敵モンスターも入り混じっているこういう状況では、うかつに『行け』命令を下しても遠くにいる射撃モンスターには突撃してくれない。『この敵を攻撃しろ』という細かい命令は、モンスターには下せないのだ。
そこでマナヤは『戻れ』命令で召喚モンスターを自分の近くへと寄らせ、そのまま自分自身で目標とする敵モンスターへ突撃。召喚モンスターを敵の至近距離に連れてきてから『行け』命令を下すことで、ピンポイントに攻撃させていた。
「【魔獣治癒】! 【封印】!」
あちらをヘルハウンドに任せている間、前線で傷ついたヴァルキリーを魔獣治癒で治療し維持する。体力全快になったヴァルキリーがチームの前衛と並んで敵モンスターを貫き殺していく。
倒した野良モンスターを封印することも忘れない。
「【電撃獣与】!」
そろそろ木の枝から撃たせていた砲機WH-33Lの電撃獣与が切れる頃であると判断し、マナヤは魔法をかけ直す。
「おらァッ!」
マナが足りなくなれば、わざとマナヤ自身が特攻して攻撃を食らい『ドMP』でマナを稼ぐ。
一見チームの白魔導師から苦情が来そうな戦い方だが、白魔導師はむしろいつもより負担が軽いことに驚いていた。マナヤが率先して敵の攻撃から仲間を守っているため、治癒魔法をマナヤに集中させているというだけ。治癒魔法そのものの使用頻度は普段よりも低いくらいだ。
巧く召喚モンスターを盾としているのみならず、電撃獣与による敵の抑制と殲滅力確保。そして先のような厄介な遠距離攻撃モンスターの積極的な各個撃破など。全体の被害が極端に少なくなるように動いているマナヤの功績である。
そのため白魔導師はマナにそこそこ余裕があり、治癒魔法を使いつつも普段より多く仲間の黒魔導師に『スペルアンプ』をかけることができた。これはその名の通り、黒魔導師が次に放つ魔法の効果を増幅させることができる魔法だ。治療を行いつつも味方の黒魔導師の火力を援護し、強力な魔法攻撃のコンボを放つ。これが黒魔導師と白魔導師のコンビの定番である。
その他、白魔導師は一発分の敵攻撃を防ぐ『結界魔法』を張ることができたり、一撃分の味方の物理攻撃威力を増幅する魔法を使うこともできる。
そんなこんなで、これまで以上に楽になった戦いでマナヤのチームは結構な数の野良モンスター達を苦も無く処理していた。
***
「お疲れ、マナヤ」
「おう、お疲れさん」
モンスターの群れを全滅させ、一息ついたところでアシュリーがマナヤとハイタッチする。
「でも驚いたわ。まさか召喚師の動き次第でこんなに楽になるなんて思わなかったもん」
鞘に納めた剣を肩にかけたアシュリーが、歯を見せ良い笑顔をマナヤに向けた。
これまでも騎士団に所属していた召喚師が『間引き』に同行していたはずだが、やはりそちらの召喚師は大した活躍をしていなかったのだろう。こう言っては何だが、騎士団所属の召喚師たちは、良い『当て馬』になってくれたかもしれない。
「召喚師だって、やりゃあできるってこった。むしろ今までが酷すぎたくらいだな」
補助魔法を巧く使いこなせば、むしろ召喚師というのはぶっ壊れクラスですらあるだろうとマナヤは睨んでいた。ゲームではルールの制限上、実現不可能だったようなコンボもこの世界では何の支障もなく使うことができる。やれることが増えて、マナヤはこの世界のシステムにスカッとする思いだった。
チームの他メンバーたちも、マナヤの元に訪れて口々に感謝の言葉を述べてくる。
マナヤ自身が彼らの身代わりとなって攻撃を食らったりしているのを目撃したから、というのもある。だが何よりも、召喚師がここまで貢献し戦いを楽にしてくれたことを純粋に讃えてくれているようだ。命の危険が身近であるこの世界では、戦いが楽になることの『重み』というものが違った。
これはマナヤにとっても嬉しい誤算でもあった。正直、召喚師の戦い方は指導できるが『イメージ払拭』のアイデアまでは思いついていなかったからだ。
行き当たりばったりでどうにかなるだろうか、と悩んでいたが、蓋を開けてみればこれだ。命のやり取りである戦場で貢献すれば、評判も同時についてくる。
この分ならば、意外と早く使命を果たせるかもしれない。マナヤは先行きの明るさに天を仰いで笑みを浮かべた。
***
夕刻になり、『間引き』を終えて森からセメイト村へ帰還したマナヤ達。
すると同じく間引きを終えたであろういくつかのチームも門前に居て、各々の担当召喚師に感謝していた。
「いやー、こんなに楽な間引きは初めてだったわ。ごめんね、正直アンタ達のこと侮ってたわよ」
「いえ、私なんてそんな……」
「この分だと、私の索敵なんて要らなくなりそうね?」
「そんなことありませんよ。モンスターの索敵能力だと、最寄の一体だけしかわかりませんから」
緑髪のおかっぱ召喚師……ジェシカが、仲間の弓術士と談笑していた。
「あの、守って頂いて本当に、ありがとうございましたっ!」
「い、いや、そんな畏まらないでくれ。俺は召喚師としてやるべきことをやっただけだって」
「いえ、その、もしよかったら……お礼に、うちで夕食をご馳走したいのですが……」
「……へ? え? マジで……?」
茶髪の若めの男性召喚師……カルが、白魔導師の女性と良い雰囲気になっていた。
「本当にありがとう……お前さんのおかげで、命拾いをしたわい」
「ご無事で何よりでした。貴方は貴重な錬金術師なのです、ご自愛下さい」
「召喚師というのは、立派な者だったのじゃな……孫たちにも、語り継いでやらねばなるまい」
「い、いえ、何もそこまでして頂くことはございませんが」
白髪の中年召喚師……ジュダが、年配の錬金術師から感謝されて畏まっていた。
(へえ……相当うまくやったみたいだな、あいつら)
そんな様子を眺めまわしたマナヤが、満足そうに笑みを浮かべる。
マナヤは、十日間の指導が終わる前に彼らを少し『間引き』に参加させることに決めた。先に実戦を少し経験させておいた方が良いかと判断したためだ。
下手をすると十日間の指導終了後、いきなり旧開拓村へと進撃する命令を下されるかもしれない。マナヤの教えた新しい戦い方を実践させぬまま、いきなり激戦区に放り込まれるというのは、できれば避けたかったのだ。
結果、彼らは新しい戦い方に自信を付けたのみならず、村の者たちとの関係性もかなり改善できそうな雰囲気を出していた。
「ふーん……他の召喚師さん達も、奮闘してたみたいね?」
アシュリーが、そんな嬉しそうなマナヤを見てひょこ、と彼の視界に顔を入れてくる。
「そうだな。指導がうまいこと進んでる証拠だ」
「マナヤと違ってヴァルキリーを持ってないでしょうに、やるじゃない」
上級モンスターなどそうそう出てこないから、この村所属の召喚師は誰も持っていない。騎士隊の者ならばわからないが。
「ああ、だがあの様子だ。ヴァルキリーなしでも、充分いけるってこった」
「あんたはバンバン使いまくってたけどね?」
ニヤニヤとしながらマナヤを肘でつつくアシュリー。
「そりゃ、使えるもんは全力で使うさ。なんせ、生きるか死ぬかの戦いなんだからな」
そも、『サモナーズ・コロセウム』では召喚師の基本戦術は”少数精鋭”だ。強力なモンスターを補助魔法でサポートする戦術は、数に任せた人海戦術よりもずっと強い。特にモンスターの攻撃力を上げる獣与系魔法は攻撃力を二倍にする都合上、モンスターの元の攻撃力が高いほど効果が大きい。
だがマナヤはゲームのタッグ戦やチーム戦の経験を活かし、ヴァルキリーだけに頼り切らない戦術を巧いこと駆使していた。主に、遠距離攻撃モンスターと電撃獣与の『感電』効果を使った前線のサポートだ。おそらく他の連中も同じように巧いことやったのだろう。
「そうね。たとえあたし達の出番が減ろうが、戦いが楽になって文句を言うやつなんて居ないわ。命懸かってるんだし」
「だろうな。俺もそれを感じたから、遠慮なく全力を出してやったんだよ」
「ふーん……案外、いろいろ考えてるのね?」
「案外とはなんだ案外とは。ンな脳筋に思われてんのか俺は?」
「自分の言葉遣いを考えなさいよ」
にしし、と笑ってマナヤをからかってくるアシュリー。
そんな関係がなんとなく心地よくて、マナヤも釣られるように笑ってしまった。
「じゃ、あたしは師匠にも報告しに行かなきゃいけないから」
「おう。ヴィダさんによろしくな」
そういってアシュリーはひらひらと手を振って、マナヤと別れる。
いい汗をかいたということもあって良い気分になったマナヤ。足取り軽くテオの自宅へと戻ることにした。
***
「――そうか。じゃあ、召喚師たちのイメージも変えられそうなんだな?」
「ああ。思った以上に効果が大きくて助かったよ。明日もやるつもりだから、どんどん好印象になってくれりゃ助かる」
夕食の席でマナヤは『間引き』での成果をテオの父、スコットに報告していた。
十日間あった召喚師の指導も、明日が一応の最終日。とはいえそれはその後に即、旧開拓村へと侵攻する場合の話だ。もし間引きをもう少し長く行うのであれば、指導……というより『討論』はもう少し続けるつもりだった。
実際、間引きで出てくるモンスターが結構多く、進撃の間のセメイト村安全確保という面ではまだまだ安心できないという見解が強いようだ。なので、おそらく指導が終わった明後日に侵攻するという可能性は低いだろうとのこと。
「村人もほぼ全員、間引きに一度は参加するだろうからね。きっと、すぐに召喚師の評判は広まるさ」
と、スコットが明るい顔で指摘してきた。
そう、この世界では成人の儀を終え『クラス』を習得すれば誰でも戦力となる。なのでこの村での『間引き』も、戦力となる村人が代わる代わる行うことになる。間引きでの召喚師の評判は、おそらくただの口コミだけよりもずっと早く広まるだろう。
「……して……」
すると、黙っていたシャラが小さくつぶやいた。マナヤには何と言っていたか聞き取れない。
「シャラちゃん? 何か言った?」
「……いえ、何でもないです」
テオの母、サマーがシャラに訊き返す。しかしシャラはそのまま誤魔化してしまった。
「……!」
だが、マナヤ……いや、『テオ』の記憶でシャラの表情に見覚えがあった。
シャラが両親を失い、泣きたくなるのを必死に我慢していた時の顔。
なんでもない風を装い、テオやテオの両親に心配をかけまいとしていた時の顔。
(……なんで、俺にわかっちまうかね)
それがわかったところで、マナヤにはどうしようもなかった。
実質的に『テオ』を奪ってしまったマナヤが声をかけたところで、何の慰めにもならないとわかっていたからだ。
マナヤは、黙って料理をかき込んだ。
「……」
相も変わらず、何の深みも無い味。
空腹を満たすためだけになりつつある料理を、ただかっ食らった。




