138話 流通の屋台骨
「皆さんは、村での生活とここ王都の生活の違い、どう思いましたか? 率直な意見を聞かせて下さい」
そう訊ねてくるランシック。今度こそ本当に真面目な話のようだ。
なんとか気を取り直したマナヤ、シャラ、アシュリー。共に顔を見合わせる。
「……ここ王都の方が、文明的なのは間違いないですね」
やや控えめながら、マナヤがぽつりとつぶやく。
「えっと、街並みも色鮮やかな木造建築が多くて、豊かに見えます」
「売り物も多くて種類も豊富、欲しいものは何でも手に入るって感じでしょうか」
シャラとアシュリーも、それを補足するように切り出した。
返事に満足したか、ランシックは僅かに笑みを浮かべてゆっくりと頷く。
「その通りです。ここ王都は、様々な店舗、商会が自由競争で売買する。だからこそ、様々な品が揃い、生活が豊かになるのです」
そこで一旦言葉を切ったランシックは、一口ワインを口に含む。
「――それに対して、村は町から離れています。ですから村はどうしても自給自足で、皆が作った作物を平等に分け合って暮らしている。そうですね」
そう続いたランシックに、マナヤ達は曖昧に頷く。
確かに村は、貨幣をほとんど使わず、物資を皆で分け合う生活をしている。街道でもいつモンスターが出てくるかわからず、町や他の村との交易もままならないからだ。そのため、村人達は専門性の低い仕事を皆に平等に割り振り、お互いに助け合い生活するしかない。
それを見届けたランシックは、顔を少し引き締めて言葉を続けた。
「そうなると、仮に村で何か突発事態があって、極端に特定の物資が不足したとします。すると、村の中では解決手段がほとんどなく、最悪村がそのまま滅びかねません」
ここ王都や町では、その時に商人らが不足している場所へと物資を売りさばいてくれるので、その過不足問題はすぐに解消される。しかし村は物資が不足したら、それを賄う手段がない。
(こいつは、何を言おうとしてるんだ?)
それが一体何だというのか。
マナヤ達が訝しみ始めたころ、ランシックが唐突にニッを歯を見せる笑顔を向けてきた。ドヤ顔が微妙に腹立たしい。
「そこで、ワタシがマナヤさんのパトロンになることが効いてくるわけです!」
「……あの、話が見えないんですが。俺……自分がその件に、一体何の関係があるんですか?」
マナヤは召喚師であり戦士であって、商人ではない。経済の話などされても、マナヤにどうにかすることができるわけではない。異世界でも、その方面の勉強などしたことがないのだ。
「これは失礼。実は先日、貴方がたの故郷であるセメイト村で、モンスター襲撃の規模を抑えることができる機構を開発したという報告を受けましてね」
「襲撃を抑える機構!?」
「ランシック様。それは私も初耳なのですが」
マナヤが驚きの声を上げる中、やや焦ったようにディロンも話に入ってきた。ドヤ顔継続のランシックが、流し目で自慢げに語る。
「それはそうでしょう、私が貴族としてのルートから仕入れた最新情報ですからね」
が、すぐにランシックは気を取り直すように表情を引き締めた。
「とにかく、セメイト村の召喚師達が中心となって、そういう防壁の形を開発したとのことです。マナヤさんから学んだ知識を元にしたのだとか」
「え、俺……いえ、自分から?」
慌てるマナヤ。自分は、そんな防壁の形に言及するような情報を渡した覚えはない。
「モンスターの、障害物周りの挙動を教えたそうですね。セメイト村の方々は、それを元に防衛機構を開発したと聞きました」
「あ……防壁で完全に進路を塞ぐより、多少入り口を残した方が壁を壊されにくい、ってヤツですかね?」
そういう話ならば、確かに教えた記憶がある。教本にも載せたはずだ。
「それです。その挙動を利用し、あえて敵を招き寄せて罠にかけ、安全に処理できるような構造にしたのだそうです。モンスターが町へ襲撃する頻度が上がったそうですが、襲撃ごとの規模はごく小さくできる。また、一帯のモンスターをその一点に招き寄せるがゆえに、周辺の安全確保もできると聞いています」
「あいつらが、そんな構造を……」
感慨深くなり、つい感嘆のため息をついてしまった。
モンスターは基本的に、ガチガチに防衛を固めすぎた村には近寄ろうとしない。その村を避けるように群れていき、人知れず溜め込まれスタンピードが発生する。
現在の村の防壁は、経験則で最適に調整された構造として伝わってきたのだという。モンスターを移動させず、かつ村を守り切ることも同時にできるように。
しかし、どうやらマナヤの教え子たちは更に新しい防壁の形を編み出すことに成功したようだ。
召喚師としての戦い方のみに専念している自分には、きっとできないことだっただろう。悔しい反面、少し彼らの事が誇らしい。
「そこで、です。ワタシとしては、その構造を街道にも応用してみたいと考えています」
どうやら、ここからがランシックの本当の本題であるらしい。少しだけ身を乗り出してくる。
「街道に?」
「その通りです。村と村、村と町間で簡単に交易ができないのは、モンスターの襲撃があるためです。そこで、件の施設を街道に一定間隔で並べ、そこを通過する馬車の安全を確保できないかと考えまして」
つまり街道の安全確保施設を造り、商人が村へ物資を安全に取引しに来れるようにする算段であるようだ。
商人が立ち寄るようになれば、村の生活は豊かになる。セメイト村におけるピナの葉など、特産品を定期的に卸すこともできるだろう。
「先ほども言った通り、王都には職が無い者も少なくありません。消費者が少なく、事業そのものをこれ以上増やす必要性がないからです。しかし、そこに消費者として村民も加われば、働き口が増えます。村の特産が卸されるようになれば、それらを加工する店という職場も増える。村を栄えさせ、しかも国の財政をも改善できるチャンスということです」
もちろん納税対象の見直しなども必要でしょうが、とも付け加えながら、ランシックの熱弁は続く。
「セメイト村の方々は、あの機構はマナヤさんの功績であると言っているそうです。なのでワタシとしては、家名持ちにもなったマナヤさんに、今のうちにツバをつけておきたいなと」
「ちょ、ちょっと待って下さいランシック様。俺……自分は、その機構とやらに関わってません。それを直接開発した村人達の功績でしょう」
次々と出てくる新情報に必死についていきながらも、マナヤはそう指摘する。
しかし、ランシックは首を振った。
「いえ、そうでなくともワタシとしてはマナヤさん、貴方のパトロンになることでメリットができるのですよ。というのも、あの村は本来ワタシの管轄ではないのです」
「管轄じゃ、ない?」
「ええ。我がヴェルノン侯爵家は、流通や外交・通商などを専門とする貴族です。貴方がたの故郷セメイト村がある地方の管理は、別の貴族家が担当していましてね」
「そっちの貴族家の方に、依頼しては?」
「現状ではできません。政に直接関係する職務を、管轄外の貴族家が依頼・命令してはならない。そう定められてしまっているのです」
セメイト村で発明されたという、その機構。それがヴェルノン家の担当である『流通』に関係しているとは、まだ証明されていない。だからランシックは、現状ではセメイト村の件に首を突っ込む権限がないようだ。
「そこで、その機構の功労者であると彼らが主張するマナヤさん。貴方をワタシの傘下に入れることができれば、ヴェルノン侯爵家の権限でその機構を利用することができるようになるのです」
「……なるほど。俺……自分のパトロンとしてその機構を使い、王国の流通を活性化すれば、ヴェルノン侯爵様のお手柄になると」
「ええ。その代わり、王都での貴方の生活後援、他貴族から貴方への弾避け役はもちろん、貴方が召喚師の戦術を広める際にもワタシが全面的にバックアップしましょう!」
びし、と指先を天井に向けながらポーズを決めるランシック。
「……」
そのウザさはさておいて、ちょいと考え込むマナヤ。
実のところ、王都での生活自体に困っていることはない。少なくともお金に関してはセレスティ学園での臨時講師の報酬で、テオと二分してもなお十分な収入があるからだ。テオに至ってはそもそも、王都へ来た時に換金しテオに配分したお金すら、まだ使い切っていない。
おそらく、シャラも似たようなものだろう。アシュリーは、セメイト村へのお土産だの何だので結構使っているかもしれないが。
ただ、召喚師の戦術伝道に関しては、貴族のコネというのは役立つかもしれない。
戦術をコリンス王国に大々的に広める方法を、ずっと悩んでいたのだ。貴族家の権限を使えば、もっと速くスムーズに戦術を広めることができるのではないか。
あとは、セメイト村の安全確保だ。恐る恐る、マナヤは質問してみる。
「……こちらの希望は、通りますか?」
「可能な限りはお応えできると思いますよ。何か条件があるのですね」
「正直、金銭面では困ってません。代わりに、セメイト村を優先的に支援して頂くことはできますかね?」
一番心配していたのは、やはりそこだ。万一のモンスター襲撃の危険はもちろん、召喚師解放同盟から守り抜きたい、という想いもある。
なんだかんだ言って、マナヤもあの村が一番気に入っているのだ。
ランシックは、戸惑いなく頷いた。
「無論です。元より、かの村は件の防衛機構の開発元。支援することは惜しみません」
「その防衛機構とやらで、セメイト村の流通を優先的に整えることも?」
「お安い御用です」
貴族からの言質。元一般人であるマナヤからすれば、これはかなりの幸運ではある。何も裏が無いならば、これほどありがたいことはない。
念のためディロンをチラリと見てみると、こくりと頷いてきた。
「ご本人を前にして言うのも何だが、貴族家の中でも良識のある方だ。下手に面倒な貴族家に取り込まれるくらいならば、ランシック様を選んだ方が融通も利くだろう」
受けても問題ない、ということだ。シャラやアシュリーにも目くばせするが、笑顔で首肯を返してくる。
マナヤの心は決まった。
「わかりました。パトロンの件、ぜひともよろしくお願いします」
「ありがとうございます! いやぁ、めでたい!」
またしても、まさに花開くような満面の笑顔へと変わるランシック。妙に子供っぽいその表情に、思わずマナヤも苦笑が漏れた。
そして、再びワイングラスを手に取ってそれを掲げる。
「では、パトロンの決定を祝して、そしてレヴィラの豊胸を祈って、乾杯を!」
「だから余計な一言を付け加えんのは辞めて頂けませんかね!?」
正面に座っているレヴィラの反応が怖くて、秒でツッコミを入れてしまうマナヤ。
「はっはっは、素晴らしい反応が返ってくるというのは楽しいものですね! ねえレヴィラ!」
「コメントは差し控えさせていただきます。……申し訳ありません、皆さま」
あくまでも冷静なレヴィラは、マナヤらへと謝罪をしてきた。どう反応を返して良いかわからず、ため息を吐きながら顔を見合わせる。
「本当に苦労されておられますね、レヴィラ様……」
「ええ、本当にもう……」
テナイアとレヴィラが、申し訳なさそうな同情するような、複雑な視線を交わし合った。
「ではマナヤ君! そろそろテオ君との『替わり芸』を見せていただけませんか!」
「替わり芸って何!?」
「そんな芸人として素晴らしい持ち味を腐らせているなど、もったいない妬ましい! ワタシにも芸風を分けてください!」
「知りませんよ! そもそも貴族が芸人になってどうするんスか!」
「はっはっはっは、やはり良い! マナヤさん、貴方ここで働きましょう! マンザイコンビとして!」
そしてランシックの怒涛のボケに、もはや反射的にツッコミを続けるマナヤ。そんな中、ふいに割と真剣な表情をしてレヴィラがマナヤを見つめてくる。
「……マナヤ殿。よろしければ、本当にこの侯爵家で働きませんか」
「レヴィラさんまで何言ってんスか!?」
「ランシック様の言動にここまで付き合える方は、貴方が初めてでしたので。マナヤ殿が生贄、いえ失礼、身代わりになってください」
「本音! 本音隠す努力をしてお願い! 正気に戻ってこの家の良心!」
目上の人間にツッコミを入れ続けなければいけない状況に、半泣きになりかかる。
「さあ、レヴィラすらもこう言っているのです! マナヤ君はワタシのツッコミ役に!」
「マナヤ殿。私の胃と心臓のためにも、是非」
「俺の胃と心臓はどうして貰えるんですかね!?」
面倒な人間が、二人に増殖。
結局テオが出てきたのは、ディロンとテナイアがその面倒な二人を落ち着かせてからになったのであった。




