136話 混沌の貴族
家名を頂いた、次の日。
三人は、さっそくサマースコット家を名指しで再び王宮に招かれた。アシュリーの同行も許されたため、並んで屋敷へと案内される。
「昨日の今日で、さっそく呼び出されるとはな」
テオが登城した時と同じ正装をまとったマナヤが、ソファに座ったまま頭を振る。
今回、彼らを呼び出した当人がテオではなくマナヤを指定した。そのため今日は、マナヤが表に出てきている。
「今回は、侯爵家からの呼び出し、ですね……」
「このタイミングで貴族から呼び出されるなんて、嫌な予感しかしないんだけど」
不安そうなシャラ、そして不審感を隠そうともしていないアシュリーがぼやく。
昨日、功績を称えられ正式に家名を贈られた直後だ。三人とも元が一介の村人でしかないため、貴族からやっかみや囲い込みなどを受けそうだとは危惧していた。
三人は、王宮内にある屋敷の一つ、その応接間に通されている。やたらと高価そうな横長のソファが三脚あり、上座にある一つを空けて他二脚に座るよう命じられた。そのうちの一脚に、マナヤら三人が腰掛けている。
ちなみにこの屋敷は、王城であるガルト城の敷地内にある。国政の重要なポストに就く高位の貴族当主、およびその直系の家族は、王城敷地内に屋敷を持つことが許されている。
――ガチャ
そこへ、応接間の扉が開く。
「こちらでお待ちください」
使用人に連れられ、入ってきたのはディロンとテナイアだ。この二人も、マナヤらと同じくこの貴族に呼び出されていた。
「すまない、三人とも。少し遅れた」
「裁判が長引きまして、今ついたところです」
ソファに座っているマナヤらを見てそう言ってくる二人は、既にくたびれた顔をしていた。
「裁判……お二人に、何かあったのですか?」
その言葉に不安になったシャラが問いかける。
「いや、我々の裁判ではない。カランの裁判だ。彼女が召喚師解放同盟の手の者に、マナヤの情報を漏らした件でな」
「シャラさんやモニカさんを傷つけた件は、お二人から和解の証明を得ているので問題なかったのですが」
二人のその返答に、シャラはやや顔を伏せる。
トゥーラス地区の、海岸沿いの開拓村。その村長補佐であるカランが召喚師を逆恨みし、召喚師候補生のコリィとその母親を襲撃した件だ。あの日、騎士隊の者が村から居なくなったのは、マナヤとコリィの親密さが召喚師解放同盟に知られてしまったためだった。
それを聞いて、アシュリーが怪訝そうに眉を顰めた。
「マナヤの情報を漏らした件で、何か別の問題でも?」
「カランの妹、レズリーの連帯責任の是非が問われた。家族の監督責任を怠ったとして、連座すべきかどうかをな」
連座、と聞いてマナヤがぎょっとする。
レズリーには、二人の子がいた。その子どもたちの生活を守るために、カランは自首していたはず。
「え、いやだって……なんでレズリーがそっちの件で連座されるんです?」
レズリーの罪は、コリィの家族やシャラに弓を向けたことのみ。情報を漏らした件はカランの独断であり、そこに限ればレズリーは無関係のはず。
だがマナヤの問いに、ディロンもテナイアも憂鬱とするような表情を向ける。
「国法で定められているのだ。人が大罪を犯した際、その事実を家族や直属の部下が知っていて止めなかった場合は、監督責任を問われ刑罰の一部を家族らが負う可能性がある」
「レズリーさんは、カランさんが情報を漏らしたことを知らなかった。私達のその証言で、連座は免れました。しかし、仮に当時レズリーさんも知っていたなら、裁判で新たな証言が必要となっていたでしょう」
(面倒な手続きがあるもんなんだな)
マナヤがいた世界にも、そのような面倒な法律があったのだろうか。事実上三年間だけの滞在、しかも基本的には『サモナーズ・コロセウム』漬けだったマナヤは、あの世界の細かい法律までは知らなかった。史也から直接聞かされたものを別とすれば、だが。
なおレズリーへの処罰は、この先五年間コリィの家族を手助けすることに決まったらしい。コリィの家族が手伝う畑作業、農作業などの当番を半分ほど代行するということになる。また、召喚師を能動的に支援する義務も課されたそうだ。
マナヤとしては、シャラへと弓を向けた件を思えば到底納得できる処分ではない。おそらくテオも同じ思いだろう。が、当時レズリー自身は最後まで矢を放たなかったことと、他ならぬシャラがレズリーへの処罰を望まなかったため、これで手打ちとなっている。
「……まあ、当面心配しなきゃいけねえのは、俺達が不敬罪に問われないかどうかだな」
と、独り言ちる。これから自分達が話す相手は、れっきとした貴族なのだ。
その呟きを聞いて、ディロンとテナイアが表情を和らげる。
「心配はいらない。君達を呼びだしたのは、ヴェルノン侯爵様本人ではない。その嫡男殿だ」
「あの御方は、貴方がたに理不尽を言いつけるような方ではありません。……ある意味、厄介な方ではありますが」
そう、安心させるように諭してきた。とはいえ、テナイアの最後の一言に不安が募る。
「ある意味厄介……って、どういうことッスか」
「会えばわかるだろう。我々の口からは、どう語って良いものかわからん」
「人格者であることは、間違いありません。問題は、公的な場ではない時ですね」
マナヤの問いに、ディロンはこめかみを押さえながらため息。テナイアは困ったように眉尻を下げる。
どう考えても、まともな反応ではない。嫌な予感が強まり、先行きがどんどん不安になってくる。
――ゴゴゴゴゴ
「えっ!?」
「なっ、なに!?」
突然、地震でも起きたかのように部屋が大きく揺れ出した。シャラとアシュリーが身構える。
鈍い轟音が響く中、思わず全員がソファから身を起こしかけた。が、バランスを崩すことを恐れ、座ったまま緊張が走る。
「ま、まさか」
「予想はしていましたが、いきなり、ですか……!」
そんな揺れの中、ディロンとテナイアは諦観も混じったような声色で、珍しく焦り顔を見せる。
と、その時。
「――ぅおぉ待たせしましたぁぁぁぁーー!」
やけにハイな叫び声と共に、応接間の両開きの扉が勢いよく開かれる。途端、なぜか大量の瓦礫が中に飛び込んできた。
まるで波のように押し寄せる、腰の高さ程度の岩の波だ。その岩波の上にサーフィンでもするかのような形で、はでやかな人影が覗く。
「――ぁぁああぁぁぁぁぁぁーー!?」
マナヤ達が反応する暇もなく、マナヤ達が座っているソファのすぐ脇を、岩の波ごとものすごい勢いで通り過ぎる。
直後、声のトーンが変わったように感じたのは、ドップラー効果というやつだろうか。悲鳴に近い声へと変わりながら、扉とは反対側の壁に思いっきり激突。岩の波もそのままそこに纏めて衝突し、壁やら家具やらが壊れたのではないかというくらいの轟音を立て、岩の破片が散乱する。
なぜか応接間の調度品は、絨毯含め奇跡的に全くの無傷だ。
「……」
絶句。ただそれしかできない。
アシュリーとシャラも、何が起こったかわからないといった様子で岩の波がブチ当たった壁を茫然と見つめている。ディロンとテナイアは、顔を伏せて大きくため息を吐いていた。
「……ランシック様。いくら御当主様が不在とはいえ、屋敷内で岩を乗り物にするのは感心いたしかねます」
そんな中、いやに冷静な女性の声が響く。
振り向くと、開いた応接間の扉に黒い燕尾服姿の人影があった。豊かな青髪を、後頭部でポニーテールに纏めてある。すらりとした細身の長身にピンと伸びた背筋、そして堂の入ったその立ち振る舞いは、熟練の執事を思わせる。
しかし声や顔つきからして、明らかに女性だ。胸元の膨らみがささやかであることも手伝って、男性しか着ないはずの燕尾服を見事に着こなしている。男装の麗人、という言葉が良く似合う。
ガバッ、と瓦礫に埋もれていた、はでやかな人影が体を起こした。
「いやははは、やはり急に止まれないのは反省点ですねぇ。ここはやはり、もっと屋内での練習を重ねる必要が!」
底抜けに明るいバリトンボイス。キラキラとしたストレートな長い銀髪を揺らしたその人影の服装に、マナヤはぎょっとしてしまった。
それを尻目に、今しがた入ってきた男装の麗人とその男性は会話を続ける。
「屋内で練習する必要が一体どこに?」
「ワタシが楽しいじゃないですか!」
「王宮内の屋敷は遊び場ではないと愚考しますが」
「なるほど! そういう考え方もありますね!」
彼は、けばけばしい女性用のドレスを纏っていた。
やたらとあちこちにフリルが主張している、どぎついピンク色を基調としたドレス。
男性自身の顔は整ってはいるが、衣装とは裏腹に中性的どころか男性の特徴が目立つイケメンだ。歳も二十代前半ほどのように見え化粧もしていないため、ミスマッチ甚だしい。というよりも、似合おうとする努力を放棄しているようにしか見えない。
アシュリーとシャラも、明らかに引いていた。そんな中でも、男装の麗人はドレスを着た男性を瓦礫から助け起こしつつ話を続ける。
「そも、初対面の方々を呼びつけて早々、なにゆえ女装をする必要があるのですか」
「掴みのギャグは大事ですよ!」
「職務です。ユーモアが必要な場面ではありません」
「バランスを取るために貴女にも男装をしてもらっているでしょう? ほら、そこのお三方もちゃんと貴女の迫力に気圧されているではありませんか!」
「この方々は貴方の奇行に絶句しているのです」
「なるほど、そういう考え方もありますね!」
泰然としてツッコミをいれる男装の麗人に対し、全く似合わない女装をしている男の方は、実に飄々としていた。
と、助け起こされたその女装男は、くるりとマナヤ達の方を向く。毒気も化粧っ気もない顔で、爽やかに笑った。
「おっと、自己紹介が遅れましたね。ワタシはヴェルノン侯爵家の長男、ランシック・ヴェルノン。趣味はカオス、特技は右の隣人が笑ったら左の隣人を笑かすことです!」
「いやそんなんでいいのか貴族令息!?」
思わず、礼儀も忘れ盛大に突っ込んでしまうマナヤ。
シャラやアシュリーはもちろん、ディロンやテナイア、男性の麗人までもが目を剥いてマナヤを振り返る。しまった、と思うも時既に遅し。マナヤは頭の中が真っ白になり、ランシックに視線を向けたまま固まってしまった。
しかし、当の女装男――ランシックは、気分を害するでもなく目をぱちくりとさせてマナヤを見つめ返してきた。
「……実に良い! なんですか、この感情は! ワタシの中の何かが、これを求めていたのだと轟き叫んでいる!」
「……はい?」
ぱっと華が咲くように、顔面全体で喜びを表現するランシック。
固まっていたマナヤは、そんな彼の様子にマヌケな声で反応するしかない。構わずランシックは、その銀髪をかすかに揺らしながらツカツカとマナヤへと足早に歩み寄る。ドレスで着飾った男が至近距離まで寄ってきて、思わず気味悪くなったマナヤは上体を引いてしまう。
「貴方ですね? 噂のマナヤ・サマースコット君というのは」
「あ、ああ……いえ、ハイそうです」
「なんですか、先ほどのツッコミは! 打てば響くというのですか、ワタシの奇行にここまで完璧な反応をして下さったのは初めてです!」
(奇行は確信犯!?)
情報過多で、立場も忘れてマナヤは頭の中でつっこむ。
何が何だかわからぬ中、男装の麗人が彼の首根っこを引っ掴み、マナヤの至近距離から引きはがした。
「ランシック様。奇行の自覚がおありなのでしたら、もう少し自重してください」
「ワタシに死ねと!?」
「なにゆえ奇行を封じたら死ぬことになるのでしょうか」
「甘いですよレヴィラ! 先ほどのマナヤ君を見習ってください! もっとこう、抉り込むような突っ込みを!」
興奮したようなランシックに対して、あくまでも淡々と対応する男装の麗人。どうやら彼女は名は『レヴィラ』ということで良さそうだ。
「なんなんだ、こりゃまるで、えーと……『漫才』じゃねーか」
茫然としたまま、小さく呟く。『漫才』という単語だけは、この世界には存在しない単語なようなので、日本語で。
それを耳ざとく聞きつけたか、ランシックが反応した。目をキラキラと輝かせ、興味津々といった様子で。
「マン・ザイ? 聞き慣れぬ言葉ですが、何でしょう? 人名ですか?」
「へ、え、えーと……」
答えて良いものか。迷ったマナヤは、チラリと常識的そうな男装の麗人レヴィラへと視線を向ける。
レヴィラは小さくため息を吐き、マナヤへと向かって諦観の様子で言い放った。
「マナヤ殿、答えて頂けますか。この方は、こうなったら止まりません」
「は、はい。えーと、マンザイというのは……」
逃げ道を塞がれ、マナヤは目を白黒させながら、しどろもどろに説明する。もはや、事前に教わった貴族へのマナーも何もあったものではない。
一通りの説明を聞いたランシックは、未だに首根っこを掴まれたまま一気に顔を輝かせた。
「マンザイ! 実に良い響き、良いコンセプトです! まさにワタシのためにあるような概念!」
「は、はぁ……」
どうしてこうなった、マナヤは内心ボヤきながら曖昧に返事する。
対照的にランシックは熱を増し……
「マナヤ君、今のツッコミは素晴らしかった! 早速、マンザイでこの国を盛り上げていきましょう! 斜め上に!」
「……え、えーと」
「どうしたのですか、ツッコミは! 今後、私のボケに対して先ほどのようにお願いします!」
「へ、あ、いえ自分は……」
戸惑いながら、チラリと再びレヴィラへと目を向けてみる。
ランシックを抑えているレヴィラは、何も言わず目を閉じていた。マナヤは助けを求めるように、ディロンやテナイアらにも視線を流すが、ディロンは項垂れテナイアは曖昧に笑顔を見せるばかり。
躊躇しているマナヤに、ランシックは一気に畳みかけてきた。
「大丈夫、不敬罪には問いません。何なら正式にそういう契約書も交わしましょう」
「い、いえそういうわけにも……」
「これは貴族命令です! それに逆らうようであれば、どうなるかおわかりですね」
「……どうなるんスか?」
妙に脱力してくる空気の中、一応訊ねてみる。するとランシックはキリッと表情を引き締めて宣言した。
「ワタシが泣きます! 盛大に!」
「……それで?」
「それだけ!」
収拾がつかない。
そこへ、ディロンが眉間を揉みながら立ち上がり、静かにランシックへと歩み寄る。
「ランシック様。畏れながら、話が進みません。まずは、お召し替えを」
話があるという肝心の侯爵令息が、こんなけばけばしい女装をしていては話も何もあったものではない。
その言葉にランシックは、ディロンの方へと向き直りキリッと顔を引き締めた。
「ごもっともです。では、早速このドレスをこの場でパージして――」
「ランシック様。ディロン様は、正装にお着換え下さいと申し上げているのです」
「ええいレヴィラ、貴女では話になりません! マナヤ君、お願いします! 早速ふさわしいツッコミを!」
と、またしてもマナヤに振られた。
「は!? え、えーと……いいからさっさと着替えて来いッ!」
「ありがとうございます!」
わけもわからず突っ込むと、満足そうな笑顔が返ってきた。
そこで、ようやくレヴィラがランシックを解放。
「おっとっと、その前に」
するとランシックは、ツカツカと先ほど自分が埋まっていた瓦礫へと歩み寄る。そっとその近くの床へと手を当てると、その瓦礫が急に動き出した。ガラガラと音を立てつつ、瓦礫は鮮やかに絨毯を避け石造りの床へと吸い込まれていく。
あっという間に、元通りの傷一つない応接間へと戻った。彼は『建築士』のクラス持ちだったのだろう、鮮やかな手並みだ。
それを見届けたレヴィラが、目を瞑ってランシックへと問いかける。
「満足いたしましたか、ランシック様」
「とても。それでは皆様! お手数ですが今しばらくお待ちください」
二人は颯爽と応接間を立ち去っていく。ランシックの方は、妙に女性らしく優雅に。
「な、何だったんだ……」
ウザい。ただそれだけしか思い浮かばない。
見れば、シャラとアシュリーは完全に思考停止し、未だにフリーズしている。
「……ディロンさん。まさか貴族って、みんなあんなのなんスか?」
「あのような者はさすがに彼だけだ、マナヤ。……すまないな、あの方はああいう方なのだ」
「公での職務中は、しっかりとしておられるのですが……どうにも、あのようなおふざけをするきらいがあるのです。レヴィラ様が男装されているのも、彼に付き合わされていたのでしょう」
ディロンとテナイアが、呆れたように再び大きなため息を吐いていた。
疲れた顔をしつつ、マナヤが二人に問いかける。
「あのレヴィラという人も、このヴェルノン侯爵の関係者なんスか?」
「いや、彼女は……我々の同僚だ」
ディロンが、珍しく遠い目で応接間の出口を見つめた。
***
「――さて、仕切り直しましょうか。改めまして、ワタシはランシック・ヴェルノン。もうご存じでしょうが、貴方がたに面会を申し入れたのはワタシです」
と、ようやくまともな男性用の礼服姿で戻ってきたランシックが、マナヤらの正面のソファに腰掛けて名乗った。彼の礼服は、茶色を基調としたものだ。右胸元には家紋と思しき紋章が刺繍されている。鷹に似た鳥が、翼を広げて城壁の上に着地しようとしているような紋章だ。
「私は、王国直属騎士団、弓術士隊副隊長。レヴィラ・エステヴェズと申します」
彼が座るソファの後ろに立っている、先ほどの黒髪のポニーテール女性、レヴィラが自己紹介をする。今度は男装ではなく、青を基調とした女性向けの騎士制服を纏っていた。弓術士隊が着る騎士服だ。
と、ランシックがずいっと身を乗り出し、ドヤ顔で高らかに付け加える。
「そして彼女は、ワタシの妻でもあります!」
「違います。ただ、ランシック様の正妻筆頭候補に選ばれてしまってはおります。遺憾なことに」
ドヤ顔は即刻レヴィラ本人から否定され、あっさりと曇った。
「ちょっと待ってくださいレヴィラ、遺憾とはどういう意味ですか! ワタシこれでも貴女一筋なつもりなのですが!」
「……真に遺憾なことに」
「悪化した!?」
勝手にそのような漫才を繰り広げ始める二人。
(ああ、同僚……なるほど、副隊長仲間ってことか)
チラリと、斜め前に座るディロンとテナイアを見やった。この二人も、それぞれ黒魔導師隊と白魔導師隊の副隊長を務めていると聞く。
と、そのディロンから促すような視線が飛んできて、マナヤは慌てて正面へと視線を戻す。自己紹介を返せ、ということだろう。
「じ、自分はマナヤ・サマースコットです」
「……シャラ・サマースコットです」
「アシュリーです」
マナヤに続き、シャラとアシュリーも自己紹介し、座ったまま左胸に左手を当てて小さく一礼する。
「それで、ええと……もう一人」
「存じ上げております。テオ・サマースコット君、貴方の主人格ですね。今は結構です、後ほどご挨拶させてください」
テオに交替しようとしたマナヤを、ランシックが右手のひらを向けて止める。
「随分と前置きが長くなってしまいましたね。それでは、本題に入りましょうか」
ランシックが小さく咳払いし、真顔になってマナヤを見つめてきた。真剣な表情になった彼の顔に、先ほどまでとはくらべものにならぬ威厳と威圧感を覚える。
ごくり、とマナヤが喉を鳴らす。
「――ワタシとマンザイコンビを組んで下さい!」
「それが本題なわけあるかァ!!」
思わずチョップで空を叩いてしまうマナヤ。そもそもこの男が『漫才』を知ったのは、つい今しがたのはずだ。
打って変わって、ランシックが高笑いし出す。レヴィラがまたしても小さくため息をついた。
「……皆様もお忙しいことでしょうし、そろそろ出口へご案内いたします」
「っていやいや、勝手に帰さないでくださいレヴィラ! 本題はまだこれからですよ!」
「では真面目にやって下さい」
眉間を押さえながら頭を振るレヴィラ。テナイアが思わず、眉尻を下げながら気遣うように彼女へ話しかける。
「レヴィラ様、その、苦労されておられますね」
「わかっていただけますか……」
レヴィラがすがるような目で、テナイアを見つめ返す。
さすがにいたたまれなくなったか、やや冷や汗をかいたランシックが再び咳払いした。
「えー、それでは今度こそ本題に」
そして再び真面目な顔になる。
「マナヤ君。ワタシを貴方のパトロンにする気はありますか?」




