135話 将来の危惧
謁見の間で、テオらが家名を与えられた後。
王が退席した今、皆はホールへと移って歓談している。
ディロンとテナイアは、騎士らに囲まれ恐縮しきっている様子の三人を、微笑ましく見守っていた。
「……随分と、思い切ったことをしたものですな」
と、ディロンとテナイアのもとへ一人の騎士が歩み寄ってくる。二人も良く知っている騎士だ。
「ノーラン殿。まだ、テオとマナヤのことを信用できないか」
圧力になってしまわぬよう、微かに笑みを浮かべながらディロンは彼へと問いかける。
この騎士は、ノーラン・ハンソン。テオらの故郷であるセメイト村がある、王国南部のマーカス地区を担当している騎士隊の隊長だ。テオらが家名を賜ることになったため、該当地区の責任者である彼も出席していた。
苦虫を噛み潰したような顔のノーランが、視線をテオらに向けたまま唸る。
「この期に及んで、召喚師解放同盟のスパイを疑うつもりはありません。が、危険には違いないと考えております」
その返答に、ディロンは以前セメイト村で彼と話した時の事を思い出す。
『手ぬるいのではありませんか? 危険因子であれば、排除すべきであると考えますが』
テオの中に、『マナヤ』という人格が宿っている。その話を聞いたノーラン隊長が、その日の晩にディロンらと密談した際に言っていた言葉だ。
ノーランは、ディロンらと共に召喚師解放同盟と戦った経験がある。その過程で、彼も同盟の召喚師を殺し、『流血の純潔』を汚していた。
そのためか、テオやマナヤに対しても『疑わしきは罰せよ』のスタンスを貫いていた。テオが召喚師解放同盟の手先である危険性を考えずにはいられないのだろう。だからこそ彼は、テオを殺すことにも戸惑いはない。
「マナヤは、召喚師解放同盟のトルーマンを仕留めた。これでも危険であると?」
「危惧しているのは、あの戦術です。召喚師が皆あそこまで力をつけてしまえば、反乱した際の鎮圧に支障が出ます」
ディロンの更なる追及に、ノーランはまっすぐと見つめ返しながら語る。
「この先、召喚師が各地の村人に反乱する可能性を危惧しているのか? それとも、召喚師解放同盟に流れていく召喚師を危惧しているのか?」
「どちらも、です。上級モンスターなどを従えなくとも、召喚師が人々の脅威となり得る戦い方。それを知れば、良からぬ考えを抱く召喚師も増えるやもしれません」
王国直属騎士団に所属し、しかも黒魔導師隊の副隊長であるディロンに、まったく物怖じせずに物申してきた。
とはいえ、ディロンはこのノーラン隊長をことのほか気に入っていた。
ディロン自身、『流血の純潔』を散らした身。自分自身の独り善がりな考えに染まっていては、判断ミスをする可能性とて上がる。
(私の考えにアンチテーゼを投げかけてくれる者は、重要だ)
そう、ディロンは考えていた。
「しかし、ノーラン隊長」
そこへ、テナイアが静かに口を挟んでくる。
「これまで召喚師が虐げられてきたのは、召喚師が戦力として不安定であったためです。マナヤさんの教えで、それが変わりつつある。この『コウマ流召喚術』が広まれば、召喚師が虐げられることも減るでしょう」
「……モンスターを忌避する村人らとて、少なくありませぬ。戦力になろうがなるまいが、忌避する者はいるのです」
「それを解消するための、この謁見です。国が、召喚師であるテオさんやマナヤさんを『家名持ち』として認めた。召喚師とて英雄になれる、と国が国民に主張しているのです」
そう、テオらに正式に家名が与えられることになったのは、召喚師への偏見を少しでも緩和するためのものでもある。
召喚師が英雄となった件を、国中に広める。そうすることで、少しでも召喚師を認めようとする意識を民に植え付けていく算段だ。
(だが、ノーランの意見にも一理ある)
モンスターに怯える感情というものは、その程度でどうにかなるものではない。むしろ召喚師が力をつけることで、より怯える者達が出てくる可能性もあるだろう。
「それだけではありません。あのような、後衛である召喚師が先陣を切るような戦い方を伝えるなど」
ノーランはなおも、くどくどと語り続ける。
「召喚師自身が傷つく可能性を減らし、安全に戦線に参加できるのが召喚師の利点であったはず。にも拘らず、マナヤの伝える戦い方は召喚師が最前線に立つというもの。命を落とす召喚師が増えてもおかしくはありませぬ」
「しかし、それも召喚師の印象改善に一役を買っている。事実、モンスターの陰に隠れて戦う臆病者、と見下す村人達は多かったのだ」
スレシス村での出来事を思い出しながら、ディロンはノーランの物言いに待ったをかける。
数年ぶりに、召喚師解放同盟が正面切って村に戦いを挑んできた、スレシス村での襲撃。あの戦いでは、村に所属していた召喚師が身を挺して、積極的に仲間への攻撃を庇いに行っていた。それが、スレシス村の住人の召喚師への思いを改めさせるきっかけになっていたことは間違いない。
が、ディロンの言葉にノーランは眉間の皺を深めた。
「それが危険であると言っているのです。仲間を庇う、それだけならまだいい。しかしマナヤの教えでは、マナを稼ぐために自ら攻撃を食らいに行けなどというではありませんか」
「……」
その点については、ディロンも少々危惧していたことではあった。
マナヤは、『ドMP』などという戦術を強く推奨している。召喚師自身が攻撃を受けた場合、その傷の深さに応じてマナが回復するのだそうだ。彼は、これを利用して積極的にマナを稼ぎ、戦闘と封印を両立して戦うことを召喚師達に教えている。
(現状では、悪い事ばかりではない。召喚師に庇われた者達からすれば、召喚師を見直すきっかけにはなるだろう。が……)
それがいつまでも続くと、厄介なことになりかねない。召喚師の命はもちろんだが、他『クラス』の者達が『召喚師は肉壁にして当たり前』という認識を持ち、見下すきっかけになってもおかしくはない。
またそれが当たり前になってしまうと、召喚師自身も再び自らを卑下する要因になるだろう。肉壁にでもならなければ召喚師は役に立たない、と。
「……マナヤさんは、それを強制しているわけではありません。緊急時にマナを稼ぐための奥の手として、教えているだけでしょう」
テナイアもさすがに戸惑いながら、ノーランへと反論。
事実、マナヤは『無理にでもドMPを活用しろ』とは教えてない。が、実質的にその戦術を押し付けようとしてしまっているのは否めない。
仲間を守るついでにマナ稼ぎする、という目的で使うならば、まだ良い。が、彼の戦い方は逆で、マナを稼ぎたいがために態と攻撃を食らいに行っていることも少なくない。
マナヤ自身の『自己犠牲の精神』。それが治り切っておらず、自らを犠牲にして人を救おうという意識が抜けていないのだろう。
(彼なりに、召喚師達の身を案じているのかもしれんな)
その後も、つらつらとマナヤの苦情を言い続けるノーランに対し、ディロンは呆れつつも密かに唇に弧を描いた。
***
ようやくノーランから解放されたディロンとテナイア。
目当ての人物達が手すきになったのを見つけた二人は、互いに目くばせするとその人物達の方へと優雅に歩み寄る。
「お久しぶりでございます、隊長」
「ディロンか。なんとか無事にやっているようだな」
そのうちの片方、灰色になりつつある長い黒髪を持つ妙齢の女性。そのもとへとたどり着いたディロンは、片手を胸に当て恭しく頭を垂れた。
そんなディロンに、女性は年甲斐もなく底抜けに明るい笑みを見せる。
ダナ・アクセルロッド。王国直属騎士団、黒魔導師隊の隊長。つまりはディロンの上司だ。また、ディロンに『魔法の同時発動』などを教えた師でもある。
「おひさしゅうございます、隊長」
「ああ、テナイアさん。随分とご活躍しているようですね、何よりです」
一方のテナイアも、白魔導師隊の隊長へと頭を垂れていた。
ハイム・クランストン。赤い短髪を後頭部で小さく束ねている男性だ。歳はダナ黒魔導師隊長よりも少し下ほどか。
「まったく、お前が特殊求刑措置を通すなどと聞いた時はたまげたじゃないか」
ダナは男勝りするような仕草で、ディロンの肩をバンバンと叩きながら笑う。
「申し訳ありません隊長。あの時は、何としてでもテオとマナヤを保護せざるを得ない、と判断いたしました」
「まあ、可愛い弟子が決めたことだから反対しやしないさ。それにディロン、結局お前の判断は功を奏したようだしな」
テオらの方へと視線を向け、柔らかく笑ってみせるダナ。
同じくハイム白魔導師隊隊長もダナの隣に並び、テオらを見やった。
「あの若さで、既に召喚師を先導できるだけの知識と度量がある。期待の若人出現に、先行きが明るくなります」
いつも通りの、部下に対してさえ礼儀を尽くすハイム白魔導師隊隊長。その彼が、羨むようにテオらを見守っていた。
そして思い出したように、ハイムがディロンの方へと向き直る。
「そういえば、ディロン殿。テナイアさんと共に、『共鳴』に目覚めたとか」
「はい。ただ、能動的に使用することはまだできませんが」
少なからず自身を情けなく思いながら、首を垂れるディロン。
海辺の開拓村付近にある森で、ディロンとテナイアは『共鳴』に覚醒した。真に心が通じ合った二人の人間が発動できるとされる、もはや伝説に近い力だ。
王宮の文献にも、過去に数え切れるほどしか使い手が確認されていない。
が、あれからディロンとテナイアは、共鳴の力を再現することができていなかった。使いこなす訓練をしようとはしてはいるが、取っ掛かりがつかめない。
「過去の文献を見ても、自在に『共鳴』を発現するには時間がかかったと記載されておりました。そう焦ることもないでしょう」
そう言って、ニコリと柔らかく微笑んだハイム白魔導師隊長。そこへ、ダナ黒魔導師隊長もグラスを掲げて笑った。
「そうだぞ、お前たちがいきなり共鳴を使いこなせるようであれば、私は隊長職をお前たちに譲って引退しなけりゃならんじゃないか」
「ふふふ、そうですねダナ殿。私は現時点でも既に、テナイアさんに隊長職を譲っても良いと考えておりますが」
そんなダナとハイムの言い様に、さすがのディロンも慌てる。
「御冗談を。我々ではまだ、お二人の後継は務まりません。テオらの件もあります」
「そう自分を卑下するものではないぞ、ディロン。……だがまあ、そうだな。あの子達を守る役目は、まだ必要だ」
ダナが、チラリと再びテオ達の方へと目をやる。
が、再びディロンに向き直ったダナの眼差しが、すうっと一気に引き締まった。
くい、と顎でホールの隅を指す。ディロンとテナイアは小さく頷き、ダナの後を追って人気の少ない隅へと移動する。ハイム白魔導師隊長もそれに続いた。
全員が辿り着くと、ダナは声量を落とし、そっと問いかけてくる。
「……時に、ディロン。スレシス村近郊にあった召喚師解放同盟の旧拠点。調査隊の報告を聞いてるかい?」
「新たな報告が届いたのですか」
テナイアとも目くばせし、二人して表情を引き締める。
「まさか、あの『黒い神殿』の文字。解読に成功したのですか?」
テナイアも声を落としながら、ダナの言葉へと耳を傾ける。
「いいや。報告によると、あの文字はそもそも文字ではなく、神殿の機構の一部である可能性が高いそうだ。魔法陣の欠片のようなものだろう」
「魔法陣の欠片……」
黒魔導師であるディロンは、魔道具に組み込む魔法陣にも精通している。魔法陣には、マナを流動させ特定の機能を発現するための幾何学模様が組み込まれる。おそらくあの文字のようなものは、そう言った幾何学模様の一種なのだろう。
ずい、とダナが少し身を屈めつつもディロンとテナイアへ向かって上体を近づけた。
「その構造を解析した結果、大まかなエネルギーの流れが掴めたそうだ」
「エネルギーの流れ、と言いますと?」
「あの神殿は、二つのエネルギーを入力・合成し、別のエネルギー三種を出力するためのものであるらしい」
ディロンは、テナイアやハイム白魔導師隊長と顔を見合わせた。
二つのエネルギーを組み合わせて、三つのエネルギーを取り出す。数が合わないが、一体どういうことなのだろうか。
促すようにダナへと視線を戻すと、重苦しい雰囲気で再び語り始める。
「入力されるエネルギーの供給元は、神殿の黒い壁面が一つ。そしてもう一つは、神殿中央にあった台座のようなものの上からだ」
「台座、ということは……」
ディロンはかつて、スレシス村で召喚師解放同盟と戦った際の事を思い出す。
ジェルクと呼ばれる男が、とんでもない瘴気を身に包み、召喚師とは思えぬ凄まじい身体能力を発揮した時。ヴァスケスが『祭壇』という言葉や、『核の力を抑えろ』などと言っていた。その件は当然、既にダナらや調査班にも報告してある。
ダナも小さく頷いて応じた。
「その台座を『祭壇』と仮称することにしたらしいぞ。恐らくその『祭壇』は、連中が『核』と呼んでいるものからエネルギーを引き出すためのものだ」
「しかし隊長、先ほどは『壁面からもエネルギーを取り出している』と」
「そうだディロン。だが神殿の壁面からは、何らかのエネルギーが蓄えられている様子はない。と、なれば」
ずうっとダナが目を細め、淡々と言葉を紡ぎ続ける。
「召喚師解放同盟は、黒い神殿の壁面にあったエネルギーを全て吸い尽くした。そして、生み出された別のエネルギーを『核』に溜め込んでいる。そういうことだろうね」
「溜め込む……お、お待ちくださいダナ様。あの神殿は、核からエネルギーを『引き出す』ためのものと、先ほど仰っていたはずです」
そこへテナイアが慌てるように口を挟む。が、ダナは狼狽えることも無く目を光らせた。
「そうなんだよ。そこがもう一つの問題でね。神殿が生み出した三種類のエネルギー……それは、どこへ出力されていると思う?」
「……まさか、『核』に戻されていたというのですか?」
眉をひそめながらディロンが言うと、ダナはそれに頷く。
つまり神殿は、壁面と『核』からそれぞれエネルギーを取り出し、そのエネルギーから三種類の『別のエネルギー』を生成。そしてそれらを再び『核』に戻す、などというプロセスをわざわざ踏んでいることになる。
「なぜ、あの『核』とやらでそんな面倒なことをしているのかは、わからない。が……」
ダナが、努めて無表情になって語り始める。
「召喚師解放同盟は、あの黒い神殿からエネルギーを吸い尽くし、なおも足りなかった。スレシス村の拠点を放棄したのは、そのためでもあったんだろうね」
「次は、エネルギーが残っている別の神殿へ向かうということですか」
「そういうことだよ、ディロン。新たな黒い神殿が存在する場所……奴らは必ず、そこに来る」
ダナの言葉に、ディロンはテナイアと顔を見合わせ、気をいっそう引き締めた。
次回、本作渾身の問題児登場。




