Epilogue ~新しい朝~ SHARA
「お二人とも、できましたよ」
ちょうど、料理の仕上げが終わった。さっそく、マナヤさんとアシュリーさんを呼ぶ。
二人とも、気に入ってくれるかな。少しドキドキしてるけど、味見した限りでは出来も良い。きっと、大丈夫。
「お、おう、今行く」
……あ。
マナヤさんとアシュリーさん、手を繋いできてる。
「ふふっ」
微笑ましくて初々しくて、思わず笑い声が漏れちゃった。
それが聞こえたのか、マナヤさんはパッと手を離して視線を背けちゃう。……アシュリーさん、ちょっと不満そう。
あれ、アシュリーさんの、サイドテール……結び目に、素敵な髪飾りがついてる。
無意識にか、それを指先で弄ってるアシュリーさん。
きっと、マナヤさんからの贈り物だ。
「……お、おいシャラ、これ……」
けど、マナヤさんがテーブルの上をみて、固まった。
「わぁ、良い香り……あ、ステーキ? へー、まんまるで可愛いじゃない!」
アシュリーさんは、見た目が気に入ったみたい。子供みたいな目で、顔を輝かせてる。
アシュリーさんは時々、こういう表情をする。きっと、だからマナヤさんも惹かれたんだろうな。
……私が作ったのは、『はんばーぐ』。味付けした端肉を、さらに小さく刻み、それを楕円形に丸めて焼いたもの。
以前、マナヤさんの世界にあった料理を訊いてみたとき。マナヤさんの好物だって概要を教えられて、お義母さんと一緒に挑戦し、再現してみた料理だ。
マナヤさん、ちょっと狼狽えた様子でアシュリーさんの方を見てる。
当然だとは思う。細かく刻んだ端肉というのは、そのまま焼くにはあんまり向かない。焼いた時に独特のクセを感じるから。マナヤさんは大丈夫らしいんだけど、私も義両親も、テオですらも正直あまり好みじゃなかった。
「シャラ! お、お前、何もアシュリーがいる時に!」
「大丈夫ですよ、マナヤさん。アシュリーさん、どうぞ」
「ええ、いただくわね! わぁ、ピナのいい香りもするじゃない!」
「お、おい!」
そんなに慌てなくてもいいんです、マナヤさん。今度はきっと、大丈夫。
アシュリーさんは嬉々とした様子で、その肉にナイフを入れる。その感触に驚くように、目を見開いた。
「わ、柔らかい! 中身もきれいな赤ね」
「……赤?」
切った肉の断面を見てのアシュリーさんの言葉に、マナヤさんが眉を顰めてる。当のアシュリーさんは、待ちきれないといった様子で『はんばーぐ』の一切れを口に入れた。
「ん、美味しい! んぐ……細かい肉を丸めてあるのね。口の中でほぐれるのに、ちゃんと弾力もあって噛み応えもいい!」
「……は?」
「なに呆けた顔してんの、マナヤ。あんたも食べてみなさいよ!」
ふふっ、大成功みたい。ちょっと不安だったんだけど、やっぱりアシュリーさんには合う味だったんだ。
……あとは、マナヤさんだ。
彼は、アシュリーさんの反応が意外だったみたい。私の方をちらちら見ながらも、ようやく『はんばーぐ』にナイフを入れる。
「……レアハンバーグ?」
十分に赤みが残る断面の色合いをみて、なにかポツリと呟いていた。そして、恐る恐るといった様子で、切り分けた一切れを口に入れる。
ばくばくと、私の心臓がうるさく鳴り響いてた。
「……美味い」
しばし咀嚼した後、そう小さく呟いてた。マナヤさんが本当に気に入ったものを食べた時の、いつもの反応だ。
……よかった。
安堵で、ため息が出ちゃった。
アシュリーさんも、上品に食べてはいるけれど、はんばーぐが無くなるペースが速い。
うん、私もようやく人心地ついたし、さっそく食べよう。そっとナイフとフォークを手に取り、切った端からトロリと溶けた牛の酪が垂れる一切れを、口に運ぶ。
「うん、やっぱりこれなら美味しい」
焼けた端肉の臭みを、まったく感じない。代わりに薫ってくるのは、炒めたピナの風味と焼いた肉の豊かな香り、そして肉の間に入り込んでいる溶けた牛の酪の芳しさ。
細かく刻まれた肉だけど、噛みしめればギュッと詰まったような、心地よい弾力が歯に返ってくる。それを咀嚼する度、中から瑞々しい肉汁が溢れ、飲み物が無くても食べ続けていられそう。
……我ながら、これは本当に良い出来だ。
「シャラ、お前コレどうやって?」
いつの間にか、私が食べる様子をマナヤさんにもじっと見られていたらしい。
ちょっと恥ずかしい……けど、きっと私が以前のように怖々じゃなく、ちゃんと食べ進められてるのを見て、不思議に思ったんだろう。以前『はんばーぐ』を一緒に食べた時、私は匂いが気になってたからだ。あの時は臭みを我慢しつつ、凄く小さく切った一切れを少しずつ食べていくことしか、できなかった。
と、そこへ閃いたようにアシュリーさんが指を鳴らした。
「あっ、わかった! これ、『闇煮』にしたんでしょ!」
「はい、正解ですアシュリーさん」
そう、これはただ焼いたんじゃない。丸めた端肉の『闇煮』だ。
もっと言うと、闇煮にした端肉に牛の酪と炒めたピナの葉を混ぜて丸め、表面だけ火で焼き色をつけたもの。
「闇煮にすると、魚料理も臭みが消えますから。だから、普通に焼いたら匂いが際立つ細かい端肉なんかも、臭みが消えるんじゃないかと思ったんです」
以前、マナヤさんが王都の食事処で『クコ魚の闇煮』を、喜んで食べてた時。アシュリーさんが闇煮の説明をしている所を聞いて、閃いた。
だから、ちょっと高くつきはしたけど、闇煮の魔導具を購入して試してみたんだ。
もちろん、試行錯誤はした。学園の錬金術師候補生達に、召喚師との連携を教えている期間に。宿で隙間時間を見つけては、色々試していた。
最初から肉と具材を混ぜたものを闇煮にしたら、牛の酪の部分に強い苦みが生じてしまった。闇煮は、どうにも牛の酪と相性が悪いみたい。
だから、先に端肉だけを闇煮にして、まず肉単体の臭みを消し弾力を付けた。その後、炒めて風味を出したピナの香辛料と、細かくした牛の酪を混ぜ込む。それを丸めて形を整え、軽く表面だけ焼いた。
そうしたら、端肉の臭みが消えただけじゃない。細かくなった肉で口当たりが柔らかいのに、しっかり弾力も感じる。軽く表面を焼く過程で、適度に牛の酪もとろけている。闇煮特有の『瑞々しさを保つ』という効果のおかげで、豊かな肉汁もたっぷり残るようにもなった。
「どうでしょうか? マナヤさん」
「いや、これはマジで美味いよ。専門店で出てくる、高級な牛タンハンバーグって感じだ。文句なく美味い」
少し興奮した様子で、ガツガツと『はんばーぐ』を頬張っている。前まで作ってた『はんばーぐ』の時よりも、嬉しそう。
自分の顔も、ほころんでしまうのがわかった。
「……こういうことなんですよ、マナヤさん」
いったんナイフとフォークを置いて、じっとマナヤさんを見据えた。彼は口の中の肉を呑み下しながら、不思議そうにこちらを見返してくる。
「こういうこと……?」
「私達と、マナヤさん。両方が美味しく食べられる料理を、作ればよかっただけだったんです」
同居する家族で、まったく同じ献立を食すること。セメイト村の伝統だ。
だから私は、マナヤさんと同じものを食べたかった。テオの弟である、私にとっても家族の一員であるマナヤさんと。
「どっちかが、我慢をするんじゃダメなんです。両方ともが、納得しなきゃだめなんですよ」
マナヤさんが我慢して、私達の食べれるものだけを食べるのでは、ダメ。
私達が我慢して、マナヤさんの好きなものだけ食べるのも、ダメ。
だから、どちらも我慢せず美味しく食べられる、この料理が必要だった。
「マナヤさんも、テオや、私達のために我慢しないでください。みんなが、一緒に幸せになれる方法を、考えたいんです」
マナヤさんが消えることもなく、テオが消えることもなく。アシュリーさんも含めて、みんなで一緒に幸せになれる方法を。
「……シャラ」
湿っぽい声になってしまったマナヤさんが、急に顔を背けた。
それを見たアシュリーさんが、クスッと小さく笑って目を瞑る。
「シャ、シャラ。ちょっとテオに替わるぞ。あいつにも、この料理を食わせてやりてぇからな」
「はい」
もちろん、頷く。
わかってる。きっとこれは、マナヤさんの口実だ。
私は、あえてマナヤさんの顔が見えないように、目を閉じた。
「……あはは、ごめんね二人とも。うわぁ、美味しそうな匂い」
聞き慣れたトーンの声に、目を開ける。柔らかい表情の、『テオ』が苦笑しながら料理を見下ろしていた。
「いただくね、シャラ」
「うん、どうぞ」
ちょっぴりドキドキしながら、テオにも『はんばーぐ』を勧める。
「……うん! 凄く美味しいよ、シャラ!」
「えへへ。よかった」
テオの、心からの満面の笑み。私の心も暖かくなって、弾むような気持ちでまたナイフとフォークを取る。
「ホント、王都の食事処に出てきてもおかしくない出来よ、コレ。あーあ、テオとマナヤが羨ましいわ」
「あ、アシュリーさん!?」
そ、そんな急に持ち上げられても!
「だってさ、一緒に住んでるテオとマナヤは、この料理を定期的に食べれるってコトでしょ? 羨ましくもなるわよ」
あ……。
笑いながらそう言ってくるアシュリーさんに、思わずテオに目くばせする。
テオもこっちを見てきてて、微笑みながら小さく頷いてくれた。……考えることは、一緒だったんだね。
「アシュリーさん」
「ん? どしたの、シャラ」
改めてアシュリーさんに向き直る。
「もし、良かったら。セメイト村に帰ったら、私達と一緒に住みませんか?」
「へ?」
目をまんまるにして驚くアシュリーさんが、ちょっとかわいい。
「アシュリーさんがテオの……私達の家に、一緒に住めばいいんです。そうしたら、アシュリーさんにもご馳走できますよ」
「うん、それがいいよ。アシュリーさんが一緒にいれば、マナヤだっていつでも出て来れるからね。今なら、僕がマナヤを呼び出すことだってできるし」
テオも、うまく合わせてくれる。
アシュリーさんが目を白黒させながら、私とテオを交互に見比べてきた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。でも、あたしは、マナヤと結婚してるわけじゃ、ないし……」
……私とテオの生活の、邪魔になると思ってるのかな?
フォローするように、私は口を開く。
「……それに」
……当時の気分を思い出して、少し声が暗くなっちゃったかもしれない。
「それに、私達の、あの家。テオと二人だけで暮らすには……少し広すぎて、静かすぎるんです」
「あ……」
そんな顔しないで、アシュリーさん。
「だから、アシュリーさんが一緒にいてくれれば、楽しく過ごせると思うんです」
今は、まだいい。
段々慣れてきたけれど、新しい環境で新しい仕事。目まぐるしく動いていて、あまり悲しみに沈む時間がない。義両親のことを思い出して、深く涙してしまうこともあまりない。
けど。
あの家に戻ったら。義両親との賑やかな時間を過ごした、あの家に帰った時には。
朝起きたら、あの二人がよく座っていたダイニングのテーブルに、誰も居ないところを、また目の当りにしたら。
また、哀しくて、寂しい気持ちが甦ってしまうかもしれないから。
「……ふーん?」
あ、あれ?
アシュリーさん、なんでそんな、悪そうな笑顔に?
「なるほど? あんた達は、あたしを『賑やかし』に使おうってワケね?」
えっ!?
「ごっ、ごめんなさい! そんなつもりは――」
「あはは、わかってる。冗談よ」
一転して、とても柔らかい笑顔に変わったアシュリーさん。
「そうね。わかったわ。そういうことなら、お邪魔させてもらおうかしら。別に今の家に、特に思い入れがあるわけでもないしね」
「……アシュリーさん」
……よかった。
「じゃあ、そうね。今のうちに、シャラのこと『義姉さん』って呼ぶようにした方が、いい?」
「え、えっ!? い、いえ、そんな!」
わ、私が義姉さんなんて、似合わないよ!
「へ、あ、わっ――」
その時。
突然テオが目を白黒させたかと思ったら、目尻が鋭く変わった。
「――冗談言うな! シャラが義姉ってコトは、俺はテオの弟だなんて言うつもりかよ!?」
「あら、違うの? だってその体、先に居たのはテオの方なんでしょ?」
突然交替したマナヤさんが、叫びながら立ち上がる。それを、アシュリーさんがからかうように笑ってた。
「馬鹿言え! 俺の兄貴はあくまでも『史也兄ちゃん』一人だ! 兄貴分はテオじゃねえ、俺の方だぞ!」
「そんなこと言ったって、あんたは『後発』なんだから仕方ないでしょ?」
「あいにくだがな! 俺の世界じゃ双子が生まれた時、後から生まれた方が兄扱いなんだよ!」
「ざんねーん、こっちの世界じゃ先に生まれた方が兄扱いなの。この世界のルールには従っておきなさい」
……いつだったかみたいに、軽口を叩き合ってる二人。
さっきまでの、甘い雰囲気は忘れちゃったのかな。
「……あはは」
でも、思わず笑いが零れてた。
きっとこれが、この二人にお似合いの関係なんだ。
これこそが、この二人の一番大切な日常なんだ。
***
ふわふわとした、感覚の中。
私の隣に、テオ。向かいには、見覚えのある四人の姿が見えた。
私のお父さんと、お母さん。
そして、スコットさんとサマーさん……お義父さんとお義母さんもいる。みんなで一緒に、同じテーブルで笑い合ってる。
そうか。
これは、夢だ。それが、すぐにわかった。
……時々見る、みんなが一緒にいる夢。
この夢をみた時は、目覚めた時に決まって、泣いてしまう。
みんなが居なくなってしまった、こっちが現実なんだと思い知って、涙が零れてしまう。
でも。
今回の夢は、少し違った。
私の逆隣には、アシュリーさんがいる。
そのアシュリーさんの向こうには……マナヤさんも、いる。
私達の側は、四人が並んで笑い合っている。
対面の四人も、それを見て笑っている。
……私も、目いっぱいの笑顔を見せた。
目の前の四人に、見せるように。
……お父さん、お母さん。
それに、お義父さんとお義母さん。
私達は、生きていきます。
笑い合いながら、幸せに。
……四人で、一緒に。
だから……
どうか、私達を見守っていてください。
いつもの、あの空の上から、いつまでも。
白い光が、その場に満ちていく。
光の中に、みんなの姿が溶けていく中――
目の前の四人が、満足そうに頷いた気がした。
***
覚醒する、意識。
すぐ近くに見える、大好きな人の顔。
「……おはよう、シャラ」
憂いのない、心からの笑みを見せてくる、テオの顔。
いつも、私の心を、暖かいもので埋めてくれる、私の一番大事な人。
「おはよう、テオ」
晴れ晴れとした気持ちで、新しい朝を迎えた。
第三章はここまでです。
次話は四章の下書きを書き終わるまでしばらくお待ちください。




