13話 召喚師達の成長
森の入り口。
今、おかっぱ緑髪の召喚師の女性『ジェシカ』は、村人と騎士隊の者たちと混合で、間引きに参加していた。
英雄マナヤによる指導が始まって、九日目。
彼女は今日の午前中の討論が終わった後、マナヤに言い渡されて『間引き』に急遽参加していた。
『もう実力も大分ついただろうから、実際に間引きで実戦を経験してこい』
と、突然言われてジェシカも戸惑ってしまったものだ。
「……」
けれども……彼女は、少しワクワクしてもいた。
彼女が初めて『マナヤ』に出会ったのは、スタンピードの日。
赤い救難信号が南門から上がってスタンピード発生を伝えてきた。比較的近い召喚師宿舎に居たジェシカは、すぐにそこに駆け付けた。
すると、一人の召喚師が、単独で大量のモンスター達を引き付け続けていた。『テオ』という名の召喚師だったはずだが、明らかに雰囲気が違った。
どういう方法かはわからなかったが、モンスターは脇目も降らずに彼だけを付け狙っている。不思議なことにあれだけのモンスターに追われながら、全く傷を負っている様子がなかった。
慌ててジェシカも、召喚師の仕事である封印を始めたところ、彼に封印は任せると言い渡された。
戦いのお手伝いをと思ったジェシカだが、しかし「猫の手は要らない」と一蹴されてしまった。
あの時のマナヤは、ジェシカの目からすればまさに召喚師の”英雄”だった。
たった一人で大量のモンスター達を引き付け、挙句にそれを半一方的に倒し続けていっている。自分の知っている召喚師の戦い方ではない。召喚師にこんな、戦闘の花形のような戦いができたのか、とジェシカは彼に強い憧れを抱くようになった。
そんな彼が、ジェシカ達に指導をしてくれるということになった。
しかしジェシカは自分が彼のような凄い戦いをできるとは到底思えず、あまり気乗りはしなかった。それは他の召喚師達も同じだったようで、皆どんよりとした表情をしていた。正直、いつも通りの雰囲気と言ってしまえばそれだけだったが。
けれど、彼の指導で彼女らの世界が変わった。
今までの常識が崩れ去っていく。これまでのような、召喚モンスターの陰に隠れるような臆病な戦い方ではない。自ら前線に赴き、ろくな制御もできないはずのモンスターを自分の手足のように操る戦い方。あくまで戦っているのは召喚モンスターだけであるにも関わらず、まるで自分自身が戦っているかのような不思議な戦い方。
最初は『本当にそんなことができるのか』と半信半疑だった。
けれど、自分達で戦い方を考えるという『討論』をやらされ召喚師達は皆、心が躍りはじめた。
もし、本当にこんな戦い方が実現できるのだとしたら。
実際に試してみたい。
こんな戦い方をして、野良モンスター達を翻弄してみたい。
モンスターによって人死にも出ているようなこの村で、不謹慎ではあるがそんな考え方をしてしまった彼女らであったのだ。
「よし、それでは出発する」
騎士隊の剣士がリーダーとなったこの班で、ジェシカはその声にハッと我に返る。
「じゃあ、ちょっと召喚させて頂きますね。【ケンタウロス】召喚」
ジェシカは前に手をかざし、半人半馬の中級モンスター『ケンタウロス』を召喚した。馬の下半身を持ち、人の上半身は弓矢を携えるこのモンスターは、遠距離攻撃モンスターでありながら機動力や耐久力も高い。『間引き』に連れ歩くにはちょうど良いモンスターだ。
「【狩人眼光】」
直後、ジェシカはケンタウロスに、遠距離攻撃モンスターの感知能力と攻撃射程を伸ばす補助魔法『狩人眼光』を使用した。この魔法はさらに射撃攻撃の精度・弾速を上げる効果もある。
いつもなら続けてモンスターを連続で召喚し続けるだけだったはずが、ジェシカが補助魔法を挟んだことに弓術士の女性が眉を顰める。
「え? ちょっと、今何をし――ッ!?」
そのセリフは途中で途切れ、突然その弓術士はバッと森の奥の方へと目をやった。
――ドヒュゥッ
と同時に何かが凄まじいスピードで風を切って、その弓術士の視線の先へと飛んでいく。
ジェシカのケンタウロスが即座に弓を引き絞り、弓術士が目をやった方向へと矢を放ったのだ。
「――あの方向から、モンスターが来ます!」
ジェシカの言葉に、皆が驚いて彼女のケンタウロスを見上げる。
(私がモンスターを発見したのと同時に、このケンタウロスも!?)
特に驚いたのは先の弓術士の女だ。
『弓術士』は、黒魔導師でさえも届かないような超長距離から敵を攻撃することに長けたクラス。そのため弓術士は索敵能力も高く、基本的に見張りや警戒などは弓術士の役割になっている。
索敵範囲には彼女も自信があった。モンスターなどよりも長い索敵距離を持っていると自負していたのだ。
にも関わらず、このケンタウロスは彼女と同等の距離から敵モンスターを知覚し、挙句先制攻撃を放ってみせた。
皆がすぐに我に返ってその方向へと構える。
野良モンスターがこちらに駆け寄って来ているのがわかった。足音からして中級モンスター『ヘルハウンド』だろう。
(そうだ、そういえばマナヤさんが、電撃獣与の有効性を言ってたな)
ジェシカはそこですぐに思い出した。モンスターに三十秒間、電撃の攻撃力と『感電』の特殊効果を付与するあの魔法の存在を。
「【電撃獣与】!」
その場で射撃を繰り返そうとしている自身のケンタウロスに、ジェシカは『電撃獣与』を使用。ケンタウロスの弓矢に電撃が宿る。
「【猫機FEL-9】召喚!」
すかさず、ジェシカはさらに前衛の近くに猫のロボットモンスター猫機FEL-9を召喚した。下級モンスターだが、敵モンスターに狙われやすい能力を持つため味方を守る囮にできる。味方の負傷を減らすのにはうってつけだ。
ケンタウロスの弓が引き絞られ、電撃を纏った矢を放つ。同様に、長射程から攻撃できる弓術士も同じ方向に矢を放っていった。
(……来るのが遅い?)
気配に向かって矢を放ちながら弓術士は訝しむ。気配や足音からしてヘルハウンドであることは間違いない。しかしヘルハウンドは非常に機動力が高いモンスターだ。索敵範囲ギリギリからの戦闘開始とはいえ、もうこちらに辿り着いていてもおかしくないはず。
「――来たぞ! 魔法を!」
剣士が正面を見据えて構え直す。同時に建築士が地に手を着いて壁を張る準備をし、黒魔導師が魔法の発動を始めた。
――ズドッ
と、そこへジェシカのケンタウロスが矢を放った。
矢は正確にヘルハウンドを貫き、同時にバチッという音と共に電撃をヘルハウンドに食らわせる。ヘルハウンドが痙攣し、その動きが止まった。
「!?」
チームがそれに戸惑ったのも束の間、チャンスを逃すまいと黒魔導師が魔法を放つ。
「【アイススリング】!」
放たれた氷刃が動きの止まったヘルハウンドに突き立った。ヘルハウンドは倒れ込む。
「……【封印】!」
ジェシカが、消えゆくヘルハウンドに向けて封印の魔法を放った。ヘルハウンドの瘴気紋が浮かびあがり、ジェシカの掌の中へと消えていく。
「……た、倒した? もう?」
そのあまりの呆気なさに、一同は気が抜けたように顔を見合わせる。接敵前に対象が死んでしまって、剣士と建築士は構えた姿勢のままぽかんとしていた。
黒魔導師も自分で撃っておきながら呆気に取られていた。間引きはまだ始まったばかりなので、マナ節約のために牽制程度の威力でしか撃っていなかったはずだったからだ。
「さっきのケンタウロスの矢は、何です? まるでヘルハウンドを怯ませていたような……」
後方からその一部始終を見ていた白魔導師の男性が、ジェシカの方を見て言った。それを聞いて他のメンバーも一斉にジェシカの方を振り向く。
動きの速いヘルハウンドが近づいてくる間、超長距離からケンタウロスが電撃獣与の『感電』効果で止め続けていた。弓術士の攻撃と合わせ、ここへ辿りつくまでの間にかなりのダメージを蓄積させていたおかげだ。
ジェシカは、彼らが自分を見つめる目が全く違うことに気づいた。これまでのような”嫌悪”ではない。明らかに”感心”の目だ。
(う、嘘……たったあれだけのことで?)
ジェシカがやったことと言えば、事前に出したケンタウロスに狩人眼光と電撃獣与をかけただけだ。たったそれだけで、明らかに以前とは比べ物にならないレベルでチームに貢献ができている。
ジェシカは嬉しさがこみ上げ、笑顔が浮かんでくる自分の顔を止められなかった。
***
「次はっ……【竜巻防御】!」
若めの男性召喚師”カル”は、別の場所で『間引き』に参加していた。
彼らのチームは今、それなりの数のモンスターに囲まれていた。遠距離攻撃をしてくる野良モンスターの数もそこそこ多く、後方から飛んでくる射撃攻撃にチームはなかなか身動きが取れずにいた。
「みんなッ! そこのゲンブの後ろにいれば、敵の射撃攻撃は来ない! 移動するんだッ!」
カルは、前線で肉壁代わりにしていたリクガメのような中級モンスター『ゲンブ』に、軽い射撃攻撃を逸らす効果を与える魔法『竜巻防御』を使っていた。カルの叫び声を聞いた前衛のメンバーは、すぐさまカルのゲンブの背面へと位置取りし始める。
(だが討論でやったな。こういう状況で、一番危ないのは――)
しかしカルは即座に側面と後方を見回していた。
マナヤの指導で行った『討論』のお題にも、似たような状況があった。前方に射撃攻撃含む多数のモンスターが存在しながら……後方から突然、高速移動型のモンスターが襲ってきて陣形を崩してくるというものだ。
(ッ! まずい!)
するとカルは、後衛に居る女性白魔導師の更に後方から狼機K-9が襲ってくるのが見えた。中級モンスター『狼機K-9』は名前の通り狼を象ったロボットのモンスターで、緑色の金属製の体で非常に機動力が高い。それが鋭い爪で白魔導師を攻撃しようとしている。
「くそっ!」
ダッ、とカルは彼女の元へと駆け出した。しかし先の竜巻防御でカルにはあまりマナが残っていない。下級モンスターを呼ぶマナならあるが、金属製の堅い肉体を持つ狼機K-9相手に下級モンスターでは太刀打ちできない。
そこで、カルは――
「ぐあッ!」
「召喚師さん!?」
迷わず白魔導師の前に割り込み、狼機K-9の攻撃をその体で受けた。
自分へ向けられた攻撃を、まさか『召喚師』が身を挺して庇うとは思っておらず白魔導師の女性が悲痛な声をあげる。
「だ、大丈夫だッ! 下がれ!」
カルは更にもう一発、狼機K-9の攻撃をその身に受ける。だがそれによって『ドMP』の効果が発揮。
(マナヤさんに教わった通りだ……マナが回復した!)
「召喚、【ナイト・クラブ】!」
痛む体を押して、中級モンスター『ナイト・クラブ』を召喚。堅い甲羅に包まれ巨大な鋏で攻撃力も侮れない、巨大な蟹の姿をしたモンスターだ。
「ちょっと! 大丈夫!?」
前線に居た女性剣士が、白魔導師の身を案じて声をかけてくる。
「こっちは大丈夫だ! そちらは前衛の仕事に集中してくれ!」
「……頼んだわよ!」
それをカルが押し留める。ナイト・クラブはその装甲によって狼機K-9の攻撃をほとんど受け付けない。対して巨大な鋏を振りかぶったナイト・クラブの一撃は狼機K-9の機械の体を引き裂く。
「あ、あの、お怪我を……」
白魔導師の女性が、大きな爪痕が残ったカルの背を見て治癒魔法を使ってくる。
「あ、ああ、ありがとう……」
カルは戸惑いながらも、白魔導師の治療を受け入れる。
彼女のその眼差しから嫌悪の色が完全に消えている。純粋ににカルの身を案じてくれているのがわかって、カルは照れ臭そうに頬を掻いた。
***
また森の別の場所。
セメイト村所属召喚師のリーダー格であった中年召喚師「ジュダ」は、年配錬金術師と共に窮地に陥っていた。
「く……!」
傍らには、気を失って倒れている錬金術師の老人男性。さらにジュダの目の前には、レン・スパイダーが群れを成して出てきた。
彼らは、丘の上で戦っていた『間引き』チームからはぐれてしまった。
錬金術師の老人が足を踏み外して、急斜面から落下してしまった。それを救おうと手を差し伸べたジュダも、また彼に巻き込まれ落下してしまった。
さらに運悪く、斜面の底には多数のレン・スパイダーが待ち構えていたのだ。
「【ヘルハウンド】召喚!」
射撃モンスターは火力が低いので、高い攻撃力を持つ近接攻撃モンスターで対抗した方が良い。ステータス表を頭に詰め込まれたジュダは即座にそう判断し、ヘルハウンドを召喚する。
レン・スパイダーの攻撃は糸を固めて射出するという特殊なもので、ゲンブやナイト・クラブのような装甲では防ぐことができない。そのため、火力で押し切ってしまうというのがセオリーだった。
「【竜巻防御】!」
ジュダは冷静に、自分が呼んだヘルハウンドに竜巻防御をかける。軽い射撃攻撃を逸らせるこの魔法で、レン・スパイダーの攻撃を抑える作戦だ。マナヤとの討論で、そういう判断は咄嗟にできるようになっていた。
(しかし、このままでは……)
他のモンスターがこちらへとやってくる音が聞こえてきていた。斜面の上に居る仲間が射撃攻撃で援護してくれているようだが、このままでは危ない。気を失った錬金術師の老人をここから引き上げなければならない。
(……し、仕方がない、腹を括ろう!)
マナヤから教わった「ある事」を思い出し、ジュダは覚悟を決める。
「【ゲンブ】召喚!」
まず彼は、回復したマナでゲンブをその場に召喚。
そして錬金術師を腕に抱え……おそるおそる、ゲンブの上に乗った。
「……【跳躍爆風】!」
斜面の上の方を向き、ジュダは跳躍爆風を唱える。
破裂音と共にゲンブがジュダと錬金術師の二人を乗せたまま、斜面の上へと跳んだ。
「うおっ!? ……だ、大丈夫か!?」
一気に斜面の上へと戻ることができて、仲間が声をかけてくる。
ジュダは転がり落ちるようにゲンブから降りた。抱えた錬金術師の老人を傷つけないようにしながら。
(も、モンスターの上に乗るなど、これっきりにしたいものだ)
実のところ、ジュダはモンスターの上に乗ることに恐怖すら抱いていた。
モンスターは人間の仇敵。この世界の住人ならば、たとえ味方の召喚モンスターとはいえ好き好んで触れたいなどとは思わない。ましてやモンスターの上に乗るなど、マナヤから教わるまで考えたこともなかったのだ。
だが、彼に教わったことがこの貴重な錬金術師を救った。
マナヤのスパルタな教育方針、この世界ではありえないような戦い方には、散々ド肝を抜かされた。だがやはり別世界の戦術というのは、命を救うためには必要なのかもしれない。ジュダはひっそりと、それを実感していた。




