129話 分断戦の決着 ASHLEY
所用で投稿が遅れました。申し訳ありません。
マナヤの表情が、自信に満ちたものに変わった。
あたしが初めてマナヤと出会った時に見た、『自分なら何でもできる』って言いたげな顔に。
マナヤが現れるまで、あたしが見てきた召喚師達ではありえなかった顔。
あたしがマナヤを気に入ったきっかけの、一番好きな彼の表情。
それなのに、ここしばらくはほとんど見ることができなかった顔だ。
「はぁっ!」
まず動いたのは、建築士のカーターさん。足元に手を着いて、裂帛の気合を放ってる。
すると、先ほどまで淵の一部だけにしか出てこなかった防壁が、今度はぐるりと採石場上端の淵を全て囲むように一気に立ち上った。
「く……この状態で、維持できるところまで維持する!」
手を着いたまま、カーターさんが苦しそうに目を瞑ってる。
確か、スコットさんから聞いたことがあったっけ。
こうやって即席で防壁を張る場合、建築士は張っている間中、集中し続けなければいけないって。村の防壁みたいな長時間持続する建造物を造るには、時間がかかるんだって。
ゴォン、と、防壁に何かが激突するような音が響いてきた。
多分、召喚師解放同盟が跳躍爆風でモンスターを放り込もうとしてるんだろう。
「【ノーム】召喚!」
一方マナヤは、シルフの隣に新たなモンスターを召喚してた。
現れたのは、緑の帽子を被った小人。電撃のシルフと対を為す、四大精霊の一角。闇撃で攻撃する上級モンスター、ノームだ。
シルフが天を指さし、ノームは手を大地に掲げる。
それに合わせて、かすかにそれぞれの体を小さく電撃と闇撃が渦巻いた。もう防壁に隠れて見えないけど、たぶん採石場の麓にいる召喚師解放同盟の連中か、その連中が召喚したモンスターに攻撃してるんだろう。
「来た!」
と、弓術士のレックスさんが上を見上げた。
何体かの飛行モンスターが壁の上を飛び越えて、こっちに急降下してくる。
マナヤが言った通りだ。
採石場の上を更に防壁で囲ったことで、やつらは跳躍爆風じゃ高さが足りずモンスターを放り込めなくなった。だから、素で防壁の上を飛んで越えてくることができる飛行モンスターで攻める方針に切り替えたんだろう。
「【マッシヴアロー】!」
レックスさんが矢を放ち、人間くらいの大きさがあるコウモリ『ヴァンパイアバット』を撃ち抜いていた。
あたしも、ちゃんと役割をこなさないと!
「【ライジング・アサルト】!」
敵が降下してくるのを待たず、剣にオーラを纏って跳び上がる。『シャガイ・インセクト』という、火炎弾を放ってくる巨大な蠅のようなモンスターを一撃で斬り伏せた。
飛行モンスターは、たいがい耐久力が無い。だからクリーンヒットさえすれば、大抵は一撃で倒せる。きっと、今まで召喚師解放同盟が飛行モンスターを向かわせてこなかったのは、これが理由だ。
「!」
と、その時、甲高い鳴き声が聞こえる。
この鳴き声、聞き覚えがある。まさか!
さらに上へと目をやる。防壁の裏から、三色の火の粉を撒き散らす神々しい鳥が姿を現した。
あたしにとっては、ある意味因縁の相手。上級モンスター、フェニックス!
……でも。
――1st――
――2nd――
あの時のあたしじゃ、ないのよ!
「【ライジング・フラップ】!」
そのフェニックスが口に炎を溜める前に、あたしは空中でその懐へと一気に飛び込み、剣を斬り上げる。
狙いは、口先! フェニックスの嘴を下から上へと跳ね上げ、その頭を強引に真上へとカチ上げた。
直後、フェニックスが口から火炎弾を放つ。
けど、ちょうど頭が真上に向けられちゃったもんだから、その火炎弾は大空に消えていく。
「ッ!」
でも、フェニックスはそのままあたしのすぐ上を通り過ぎ、そしてすぐさま反転してきた。
もう一度顔をこちらに向けてきて、口の中に新たな炎を溜め始める。
前に見た時より、速い!
「くっ……」
「アシュリー! 【ガルウルフ】召喚、【火炎防御】、【跳躍爆風】!」
下から、マナヤの声。
途端に、あたしのいる空中に、オレンジ色の光膜に覆われた灰色の狼が飛んでくる。
「はっ!」
その狼の後ろ脚を、空中でキャッチ。
マナヤの意図は、すぐにわかった。あたしはそのガルウルフを、肩に担ぐような形で素早く背負う。
直後、フェニックスが火炎弾を撃ってきた。凝縮した火の塊が、あたしの背後に迫ってくる。
――パンッ
でも火の玉は、あたしが背負った形になったガルウルフに命中。
乾いた音を立てて反射され、フェニックス自体に炸裂する。マナヤが狼に、炎を反射する魔法『火炎防御』をかけてたからだ。
「セイッ!」
ガルウルフを振り回すようにして、強引に方向転換。
向かってくるフェニックスを正面から見据え、すれ違い様に頭部を剣で刺突。その後、その火の鳥を上へと放るような形で剣を引き抜き、着地した。
けれど頑丈なもので、頭に風穴が空いてもフェニックスは死なない。空中でさらに反転し、またこちらに向いて嘴の中に火を溜めてくる。
「こっちよ!」
あたしは、左手でガルウルフの後ろ脚を掴んだまま、フェニックスの正面に来るように移動する。案の定、一番近くにいるあたしに向かって火炎弾を吐いてきた。
それを、掴んだガルウルフを盾のように使って反射する。
「レックスさん!」
「ああ! 【ブレイクアロー】!」
攻撃を弾き返した直後、フェニックスの体勢が整う前にレックスさんに合図を送る。彼は弓を引き絞り、黄色いオーラを纏った矢をフェニックスに撃ち込んだ。
衝撃を伴う矢を受けて、空中でフェニックスが大きく仰け反り、防壁の内側に叩きつけられる。
ここが、チャンス。
すぐさま、剣を後方に引くように構える。
――1st――
――2nd――
……あれ?
「……【ライジング・フラップ】!」
一瞬違和感を覚えたけど、すぐにライジング・フラップでフェニックスに飛び込んだ。腹を見せたフェニックスの胴体に、振り上げた刃が食い込み、両断。
溶けるように、フェニックスが粒子となって砕け散る。その真下に、魔紋が残った。
「【封印】」
それを、壁際まで駆け寄ったマナヤがすぐさま封印する。
不死鳥、とも呼ばれているフェニックスは、スカルガードと同じ蘇生能力を持つ。だから、こうやってすぐに封印しないと三十秒後に勝手に復活しちゃうからだ。
……今の、ライジング・フラップ。
二つの技能を、合成した時……余裕があった。
まるで、あと一つ技能を追加で合成できそうな感覚。
「――ぐっ!?」
マナヤのうめき声に、はっと我に返る。
「マナヤ!?」
「も、問題ねぇ! 来るな!」
慌てて彼に駆け寄ろうとしたけど、止められる。
すると、彼の体に突然、電撃と闇撃がまとわりついた。胸を抑えるように、苦しんでる。
「何言ってんの! 一体――」
「だから来んな! 敵も四大精霊を使ってきたってことだ!」
なおも駆け寄ろうとしたけど、さっきより鋭い声でなおも止められた。
そうか!
四大精霊の攻撃は、視界が通ってなかろうと防壁があろうと、射程内でさえあれば何の支障もなく攻撃できる。
敵が、高台の下からシルフやノームを使って攻撃してきたんだ。
「マナヤの四大精霊は!?」
「さっきから、攻撃してねぇ! 多分、あいつらも『遠隔陽動』を使ってきたんだ! 連中、俺の戦術を盗んで成長してやがる……!」
マナヤが振り向いた先には、さっきから直立不動のシルフとノームがいる。さっきまでちゃんと攻撃してたはずのマナヤの二精霊は、先ほどから突然何もしなくなった。
遠隔陽動。
コンセプトだけは、マナヤから聞いたことがある。猫機FEL-9みたいな、『敵に狙われやすい』モンスターを敵の射程圏外に配置すること。そうすることで、敵の遠隔攻撃を封じる戦術らしい。
籠城するように防壁を張っちゃった今、マナヤのシルフとノームは攻撃ができない!
……あたしがすぐに思いつく対処法は、二つ。
なんとか、射程外に配置されてる囮を倒す。もしくは、あたし達『召喚師以外』のクラスの力で、精霊を直接倒す。
……よし、まずは黒魔導師さんに攻撃してもらおう! 四大精霊は脆いから、適当な攻撃魔法を叩き込めばすぐに倒せる!
「アリッサさん! いったん敵陣を普通の範囲攻撃魔法で薙ぎ払って!」
「えっ? あ、はい――」
「無理だ! 精霊も黒魔導師の射程圏外に配置されてやがる!」
とっさにあたしが出した指示を、マナヤが止めた。
マナヤ、目を瞑ってる?
「なんでそんなことがわかるの!?」
「今、ストラングラーヴァインに視点変更してる!」
目を瞑ったまま、マナヤが答えた。
そういえばさっき、この高台に続く階段をストラングラーヴァインでふさいでた。つまり、そのストラングラーヴァインは防壁の外側、敵陣が見通せる場所にある。
「じゃあ囮の位置は見えないの!?」
「多分、森の中だ! さっきテオもやったように、囮モンスターを跳躍爆風で森の中に放り込んだってとこだろ! ――ぐッ」
目を瞑ったまま説明したマナヤが、途中で呻いた。
また、彼の体を電撃と闇撃が襲ってる。
「ちょ、ちょっとマナヤ!」
「お前は気にすんなアシュリー! 俺はこの程度じゃまだ死なねえし、今それでマナを溜めてるとこだ! キャシディさん、治癒を頼む!」
「は、はい!」
キャシディさんが、離れた位置からマナヤに治癒魔法をかける。
……マナヤが、得意だった戦術だ。自分の身を攻撃に晒して、それで大量のマナを溜める。
理屈はわかるけど、無茶な戦い方をするところは、相変わらず。
気づいたら、あたしは無意識にギリギリと歯を食いしばっていた。
「【プランジショット】! ……ダメだ、横に逸れた!」
弓術士のレックスさんが、おもむろに上方に矢を放った。弧を描いて防壁を飛び越えていくけど、レックスさんは歯噛みして弓を降ろす。
シルフやノームの射程圏内なら、弓術士にとっても射程圏内。レックスさんが精霊に攻撃しようとしてくれたのかな。
「竜巻防御をかけてやがるんだ! 矢の攻撃は逸らされちまう!」
「くそ……!」
マナヤの台詞に、レックスさんが歯噛みしてる。
「マナヤ、だったら、あたし達は何をすれば――」
「いいから! マナさえ十分に溜まりゃ、対処法はある!」
電撃や闇撃を食らい続けながらそう言って、マナヤは据わった目で耐え続けてる。
と、突然。
――ズウウゥゥゥンッ
「な、何!?」
防壁に、先ほどまでとは比べ物にならない重量のものが、勢いよく激突するような音がした。黒魔導師のアリッサさんが、怯えたように一歩二歩後ずさる。
マナヤが、目を瞑ったまま焦り顔になる。
「チッ、トルーマンの奴だ! あの野郎、『フレアドラゴン』を跳ばして防壁にぶつけてきてやがる! 重量を叩きつけて、防壁を崩す気だ!」
「ぐ、ううっ」
うめき声の方を向くと、建築士のカーターさんが足元に手を着けたまま、苦悶の表情を浮かべてる。
ヒビが入りかけた防壁が、少しずつ直っていった。
あの様子じゃ、カーターさんもあまり長くはもたない!
「……マナヤ! あたしを、防壁の外に連れてって!」
居てもたってもいられず、咄嗟に叫んでいた。
マナヤが思わず、といった様子で目を剥いてこちらを見てくる。
「あ、アシュリーお前!?」
「とにかく、囮を倒せばいいんでしょ! あたしが、モンスターをぶつけて倒してやるわ!」
「な、投げつける気か!? だが、命中精度に難があるって言ってたじゃねーか!」
……問題は、そこだ。
空中に跳び上がれば、きっと木々に紛れた囮モンスターを狙って、ぶつけられる。
けど、足場の無い空中じゃ、狙いを定めるのが難しい。
でも。
防壁の上を見上げながら言うマナヤを見て。
彼の、その焦り顔をどこかで見覚えがあった気がして。
ふと、思い出した。
いつだったか、セメイト村の窪地で戦っていた時。
突然崖崩れが発生した時の、彼の焦り顔とそっくりだ。
あの時、確か――
「マナヤ、『浮島』がどうとか言ってたわよね!?」
「浮島? ……そうか!」
マナヤも、思い出したみたいだ。ニッと、不敵な笑みを浮かべる。
あたしの、好きな表情だ。
「【ゲンブ】召喚! 乗れ!」
「ええ!」
マナヤが喚んだリクガメのようなモンスター『ゲンブ』の上に、ひらりと飛び乗る。
「【コボルド】召喚、【強制誘引】、【跳躍爆風】!」
その間に、マナヤは弓を持った犬頭の人型モンスター『コボルド』を召喚。それを、一足先に防壁の上へと跳ばして乗せる。
……そっか、召喚師解放同盟の連中の攻撃から、あたしを守るための囮、か。
「しっかり捕まってろ! 【跳躍爆風】!」
マナヤの掛け声と共に、今度はあたしを乗せたゲンブが、一気に跳び上がった。
防壁の上あたりに到達し、そこに着地。
「うわっ、と」
防壁はあまり厚くはなく、ぐらぐらと不安定な状態で防壁に着地したゲンブの上で、危うくバランスを崩しかける。
敵の射撃攻撃が、いくらか飛んでくる。でもそれは、あたしの少し横にいる『コボルド』に命中してた。
「あれが?」
すぐ真下を見ると、赤くて巨大な姿が防壁に叩きつけられていた。
巨大な真っ赤の体躯。胴体はトカゲのそれに似ていて、けれど四本の脚はトカゲのように胴体から真横に突き出るのではなく、全て真っすぐ下に伸びている。頭部はまるでワニのようで、けれども二本の鹿のような角が突き出ていた。やや小さ目の一対の翼も、背から生やしている。
……あれが、『フレアドラゴン』。
マナヤの氷竜と対を為す、炎の竜。
眼下のフレアドラゴンは、空中では足場が定まらないのか、落下していきながら首をこちらにもたげようと躍起になっている。
翼がついてるクセに、空は飛べないらしい。
警戒はしつつも、チラリと奥の森のほうを見やる。
予想はしてたけど、この位置からじゃ、さすがに木々が邪魔で囮モンスターの姿は見えない。もうちょっと上に跳ぶか、あるいは森の方に近寄るかしないと、囮モンスターは見つけられなさそう。
ここから直接狙えたら、もっと楽だったんだけど。やっぱりそう単純にはいかないみたい。
〈どうだアシュリー!〉
ゲンブから、マナヤの声がする。
「やっぱり、もっと上か前かじゃないと無理そう! マナヤ、お願い!」
〈わかった! 【跳躍爆風】!〉
彼の声に合わせて、再びゲンブが跳躍。敵を見下ろすような形で、ゲンブは更に上に跳び上がる。
敵陣の真ん中、その遥か上に到達した所で――
〈【次元固化】!〉
突然、がくりとゲンブが虚空で安定した。
何もない中空に、ゲンブがあたしを乗せたまま静止している。
マナヤ曰く、『浮島』戦法。
次元固化という、自分のモンスターを一時的に無敵化する代わり、攻撃も移動もできなくなるという魔法だ。
空中でこれをかけると、空中で何の支えも無くとも静止できる、らしい。
前にマナヤが、崖崩れに呑み込まれそうになったあたしとシャラを、こうやって助けてくれたことがあった。
「……いた!」
召喚師解放同盟の連中がいる場所、その背後の森。ここからなら、木々の間から地面まで見える。
そこに、緑色のウサギのようなモンスターが見えた。『カーバンクル』だ。
「!」
自分の後ろを振り向くと、この上空に緑色の何かがこちら目掛けて跳んでくる。
全身が、緑色の金属でできた狼型の機械。『狼機K-9』だ。マナヤが、跳ばしてきてくれたんだろう。
剣を鞘に納め、はっしとその足を右手でつかみ取る。
浮いているゲンブは、空中に杭で縫い留めてあるかのように、ビクともしない。これだけ足場が安定してれば、狙いをつけて投げつけられる!
「……セイヤアァァァッ!!」
森の中のカーバンクル目掛けて、思いっきり狼機K-9を投げ飛ばした。
開拓村のみんなとも、何度も投げつける練習をしてたんだ。足場さえしっかりしてれば、命中精度だって問題ない!
空中を駆け抜ける狼機K-9。狙いたがわず、森の中に潜む『カーバンクル』へと凄いスピードで突っ込む。
そして、カーバンクルを踏み潰すという勢いで、轟音を立てて激突した。
「よしっ!」
思わず、ガッツポーズを取る。
振り向けば、眼下の地面の上に立つフレアドラゴンが、かすかに電撃と闇撃にまとわりつかれている様子が見えた。
〈いいぞ、アシュリー! こっちの精霊が攻撃し始めた! もうこっちに戻ってこい、これるな!?〉
ゲンブから、マナヤの声が聞こえてくる。
防壁の上からさらに跳ばされたゲンブは、防壁から結構離れた空中に浮かんでる。
あたしなら、ライジング・フラップを使えば、この位置からでも防壁の内側に飛び移ることは、きっと難しくない。
……けど。
あたしの脳裏に、精霊の攻撃を苦しそうに受け続けていた、さっきのマナヤの姿が浮かんで消えない。
「……マナヤ、フレアドラゴンを処理するわ」
〈は!? 何言ってんだお前、俺の精霊でどうにかする! お前は無茶すんな! 〉
「さっきまで散々無茶してたアンタが言う!?」
ゲンブから焦ったような声が聞こえてくるけど、ぴしゃりと一蹴してやった。
敵は、飛行モンスターをもう使ってきてない。代わりに、フレアドラゴンの周囲に何体もの近接攻撃型のモンスターが見えた。
たぶん、『フレアドラゴン』で防壁を破った後、モンスターを放り込むつもりだ。
カーターさんだって、そんな長くはもたない。『魔力の御守』一つ分のマナだけじゃ、あんな巨大な『フレアドラゴン』を防壁にぶつけられる衝撃を、抑えきれない。
だったら、その前にフレアドラゴンを倒すしかないじゃないの!
「大丈夫、今のあたしなら、できる。あたしを信じて、マナヤ」
あたし自身にも言い聞かせるように、そう呟いた。
……さっきの、感覚。
技能を二つ重ねても、少し余裕を感じたのは初めてだ。
今のあたしなら、きっと、できる!
「……ふぅ」
一度深呼吸して、目を閉じる。そのまま、剣を下向きに後方に構えた。
そして、一つ一つ技能を乗せていく。
――1st――
刀身に宿るのは、勢いを乗せて上空へと跳び上がるオーラ。
――2nd――
続く二つ目のオーラが、その方向を自在に制御する力を宿す。
すぅ、とゆっくりと目を開いた。
目標はただ一つ、また跳び上がって防壁に叩きつけられてる、赤い巨竜。
〈――【スペルアンプ】〉
〈――【インスティル・フリーズ】〉
あたしの刀身に、極寒の冷気がまとわりついた。魔法増幅が乗った、氷の付与魔法だ。
……ディロンさん、テナイアさん。
そっちだって、大変なのに。手伝ってくれるんですね。
見てて、下さい。あたしの、渾身の一撃!
「……師匠。やっと、追いつけそうですよ」
思わず、唇に弧が浮かんでた。
体を前方へ傾け、重力に身を任せるようにゲンブの上から降りる。
――3rd――
「【ライジング・ラクシャーサ】!!」
途端に、あたしの体は一気に加速した。
眼下のフレアドラゴンに、空中から凄まじい勢いで飛び込んでいく。
あっという間に、その赤い鱗一枚一枚が確認できるほどの、零距離へ到達。
瞬間、剣を真上に振り上げた。
青白い、閃光。
真の、ライジング・ラクシャーサ。
三つの技能を同時に発動する、師匠が得意とする奥義。
フレアドラゴンの鱗を切り裂き、切断面を一瞬にして凍結させ……
一瞬にして、その肉体を半分に両断していた。
衝撃音が、後からついてくる。
破裂するような轟音と、一気に何かが凍り付くような軋む音。それが同時に響き渡る。
その後、あたしが通った軌跡をなぞるように、凄まじい暴風が吹き荒れた。
「――く、うぅっ!」
着地したあたしは、止まり切れず足で地面をガリガリと削りながら前方へと滑っていく。
必死に踏ん張って、なんとか体勢は崩さずに停止した。衝撃を耐え抜いた足先が、がくがくする。
振り向くと、空気が抜けたような音と共に、フレアドラゴンの巨体が粒子となって消えていた。
さらに、その周囲にもあったいくつかの影が、同じく粒子となって消滅していき、魔紋が残る。『ライジング・ラクシャーサ』の衝撃波が、フレアドラゴン周囲に溜め込んでいた敵のモンスター達を、まとめて薙ぎ払ってたんだ。
「――【封印】ッ!」
防壁の向こうから、マナヤの声がする。
すると、フレアドラゴンの一際大きな魔紋が浮かび上がり、防壁の裏へと吸い込まれるように消えていった。きっと、マナヤがフレアドラゴンを封印したんだ。
「……な、き、貴様ァ!」
逆立った銀髪の男、トルーマンが青筋を立ててこちらを睨んできている。
一瞬遅れて周りの連中も、やや引け腰ながら、あたしを目掛けて構えた。
……完全に、囲まれてる。
でも、問題ない。今のあたしなら、こいつらだって倒せる。
……倒、せる?
こいつらを、斬って?
『人を殺した者は、人間ではなくなる』
いつだかの、ディロンさんの言葉だ。
さっきの、あたしのライジング・ラクシャーサ。
無意識に、モンスターしかいない地点を狙ったから。
あたしは、まだ、『流血の純潔』を汚してない。
あたしも……こいつらを、斬らなきゃいけない?
あんなに、苦しそうに戦ってたマナヤと、同じ思いをするの?
――怖い。
「――アシュリー! こっちに来ぉぉぉぉぉいッ!!」
と、頭上から叫び声が降ってきた。
思わず見上げたら、防壁の上からこちらへと飛び降りてくる、人影。
……マナヤ!
「ライジング・フラップ!」
すぐさま、飛び込み斬りの要領でマナヤの元へと跳躍。
攻撃自体はすぐに中断し、その勢いだけを利用して、降りてくるマナヤに手を伸ばした。
力強く、あたしの手を握ってくるマナヤ。
そのまま、空中であたしの体を抱き寄せた。
「【フロストドラゴン】、召喚ッ!!」
真下に、手のひらをむけて叫んでいる。
すると、巨大な紋章が足元に浮かび、落下中のあたし達はそれに着地するような形で空中に静止した。
紋章の中から、白銀の巨体が姿を現す。
真っ白い甲殻に覆われた全身。象を巨大化したような胴体に、異様に長い首が上に伸びている。その先端についている、胴体に比して異様に小さい頭部。
背中には、フレアドラゴンのものとは比べ物にならない大きさの、結晶状の巨大な一対の翼。
その美しい翼の間に、あたし達は着地した。
「……【行け】ェェッ!」
マナヤの怒号に合わせて、フロストドラゴンの口が開かれる。小さ目の頭部からは考えられないほどの、凄まじい吹雪が放たれた。
鋭い氷の刃を無数に含んだ、凍てつく吹雪。それが、思いがけず反応できない召喚師達を、一瞬にして覆い尽くす。
ある者は、氷の刃に切り刻まれて体をバラバラにされる。
またある者は、一瞬にして氷像になった上で、粉々に砕け散る。
「アアアアアアァァァァァッ!!」
マナヤが、吼えている。
まるでマナヤ自身が、氷のブレスを吐いているかのように。
自分の中の狂気を、解放しているかのように。
虚ろな目で、敵を睨みつけながら叫ぶさまは。
まるで、嘆きに慟哭しているみたいだ。
「マナ、ヤ……」
片腕で、あたしを強く抱きしめながら、吼えているマナヤ。
あたしの心臓も、強く締め付けられた。
「ト、トルーマン、様……ッ」
「おの、れェ……ッ」
ふと、奥の方からうめき声が聞こえる。
目をやると、トルーマンが二人の男に肩を支えられながら、森の中へ。木々の間へと逃げ込んでいた。
彼の脚と、左半身が凍り付き、体中のあちこちに氷の刃が突き立っている。
「……野郎、逃げるか! くそっ、巨体のフロストドラゴンじゃ、狭い森の中じゃ……!」
いまだ、虚ろな目のままのマナヤが、それを睨みつけながら毒づいている。
苦しそうな、でも必死な顔。
……いつだったか。
こんな顔を、見たことがあった。
マナヤじゃない、別の人の。
『セイヤアァァッ!』
――!!
ヴィダさん、だ。
セメイト村が、モンスターの襲撃にあった時。
小さな子供が逃げ遅れて、三体のモンスターに襲われて。
ヴィダさんが、助けたんだ。残り少ないマナで、必死な顔で。
あの時の、あたし。
何を、してたんだっけ。
――怖い?
そう、だ。
消耗してる体で、三体のモンスターに飛び込むのが、怖くて。
足がすくんで、助けたいのに動けなくて。
……怖いからって、逃げ出してどうするの!!
「……セイヤアァァァッ!!」
「アシュリー!?」
思わず、飛び出した。
マナヤの焦った声を背後に。
トルーマンを目掛けて、一直線に。
「――なッ」
肩を支えられながら、振り向いたトルーマン。
驚愕の表情で、こちらを見つめ返してくる。
その距離が、一瞬にして縮まる。
こいつの、せいで。
こんな奴の、せいで。
マナヤが、あんな目に!
……許さないッ!
「……アアァァァァッ!!」
トルーマンの、背に向かって。
思いっきり、剣先を突き出す。
「――アシュリーやめろォォォォォォォッ!!」
その時。
あたしの心が、一層締め付けられるみたいな。
今までに聞いたことが、無いくらいの……
とても、悲痛なマナヤの叫び声を聞いて。
思わず、剣が止まってしまった。
――ビュンッ
直後。
あたしの脇を、何かが凄いスピードですり抜け、トルーマンへと突っ込んだ。
白銀と赤が入り混じったような、影。
マナヤの、ヴァルキリー。
その長槍が、トルーマンの胸を刺し貫いていた。
「か、ハ……」
トルーマンが、白目を剥く。
槍が引き抜かれた後から、残り少ない血を漏らして、倒れ込む。
「マ……ナ……ヤ……」
徐々に、光を失っていく瞳がこちらを向く。
紫色の唇の隙間から、弱々しく声を漏らす。
そのまま、銀髪のトルーマンは、動かなくなった。
「……」
ヴァルキリーが、他の二人を刺し貫く中。
後ろから歩み寄ってくる気配に、振り向く。
「マナ、ヤ……」
「……」
マナヤが、トルーマンを静かに見下ろしていた。
彼が殺した、男の亡骸を。




