128話 三方の分断戦 守護
「……【戻れ】」
跳んでくるモンスターの大軍を前に、採石場上端の崖際に立つマナヤはぽつりと一言。
そして、そのまま後方へとバックステップ。
次々と、採石場上端に召喚師解放同盟のモンスター達が着地してきた。丁度崖際辺りに降り立つ、多数の近接攻撃型モンスター達。
が、しかし。
――ズズウゥン
「……な、なんで落ちてくる!?」
召喚師解放同盟の者達は困惑する。
せっかく採石場の上に跳び乗ったモンスター達が、自ら崖から飛び降りるように降りてしまったからだ。
(よし)
目を閉じて視点変更をしたマナヤが、ニッと唇の端を吊り上げる。崖下で、オロオロとしている召喚師解放同盟連中の背が見えた。
せっかく上った採石場から、自ら下りたモンスター達。それらは、そのまま召喚師解放同盟の方へと向かっていき、そして彼らの脇をすり抜けた。マナヤが見ている視界の方へと迫ってくる。
マナヤが視点変更した先は、カーバンクル。
先ほどテオが、敵召喚師のシルフとノームを無力化するために森の中へ跳躍爆風で放り込んでいた、緑色の兎のようなモンスターである。
カーバンクルには猫機FEL-9同様、敵モンスターを引き付ける能力がある。
それに『戻れ』命令を下したことでマナヤのいる方向へ、つまり森から出て採石場の方まで戻ってきていた。
その状態でマナヤは、採石場上端に跳んできたモンスターから離れるように、奥へとバックステップしていた。具体的には、カーバンクルと敵モンスター達の距離の半距離以上を維持するように。
そうすることで、モンスター達は『一番近くに居る敵は、カーバンクル』と誤認した。
『モンスターAを囮化してモンスターBを守りたい場合、敵との距離関係が重要だ。囮モンスターを距離8に置いた場合、敵から距離4の円を頭の中に描け。その距離4の円より外側に、モンスターBを配置するようにするんだ』
海上戦のレクチャーをした際、召喚師候補生達に解説したことだ。これは、マナヤが史也から教えてもらった『位置取りのコツ』そのままでもある。
この場合、『守るべきモンスターB』とは、召喚師……つまり、マナヤ自身だ。
(これが、『遠隔陽動』の本領だ)
ヘイト値にまつわる、モンスターの挙動。それを細かく理解し、敵モンスターの動きをこちらが巧く誘導することで、陣取った高台を死守。『サモナーズ・コロセウム』の対人戦にて、上級プレイヤー達が陣取り合戦で使う極意である。
「ちっ、軽量モンスターでそこのカーバンクルを先に始末しろ!」
ヴァスケスが即座に指示を出した。どうやら、マナヤが何をしているか察したらしい。
カーバンクルは移動速度が早い。『戻れ』命令で一直線に走ってくるカーバンクルを捉えるには、ヘルハウンドのような高速型モンスターが有効だ。
ヘルハウンドや狼機K-9を使っていた召喚師が、カーバンクルを正面と側面から挟み込むように接近させていく。耐久力に乏しいカーバンクルは、すぐに倒されてしまった。
「【強制誘引】、【待て】」
が、視点を戻したマナヤはすぐに、先ほど自分が乗ってきたナイト・クラブの左隣へと移動。崖際に居座っているその巨蟹に『囮化』の補助魔法をかけた。そして、今度はそのナイト・クラブに視点変更し、『待機位置』を採石場の下に指定する。
ナイト・クラブは自ら採石場から落下し、地響きを立てて召喚師解放同盟の目の前に着地。
「くっ、とにかく囮の処理が先だ! ギュスターヴ【行け】!」
ヴァスケスが中々に適確な指示を出してくる。
ナイト・クラブが『囮』化している今、カーバンクルと同じことがおきる。つまり、採石場の上にモンスターを放り込んでも、また自ら落下しナイト・クラブを狙っていくだろう。
「【行け】!」
ヴァスケスのギュスターヴに続くように、打撃攻撃を行うモンスターを操っている者達が、ナイト・クラブへとモンスターを攻撃させる。打撃攻撃は、堅い甲殻に覆われているナイト・クラブの弱点だ。
「【跳躍爆風】」
が、マナヤは冷静にナイト・クラブを、採石場の壁面に沿って左へと跳ばした。
敵モンスターの攻撃が空振りする。跳んでいったナイト・クラブを追って、それらのモンスター達は一斉に大移動を始めた。
しかし、マナヤはナイト・クラブを跳ばした直後、高台の淵をなぞって同じ方向へと走っていた。ナイト・クラブの真上にあたる部分を場所を通り過ぎ、振り向く。
先ほどまでマナヤが立っていた方向へと向き、その状態で拳を自分の足元に叩きつけた。
「【跳躍爆風】!」
ナイト・クラブが再び跳び上がる。先ほど居た位置へと、再び跳んで戻っていった。
それに釣られ、ようやくナイト・クラブに追いつきかけていた敵モンスター達が、再び元の位置へと大移動を始める。
「な、何やってんだ!」
そのモンスター達の主が毒づいた。一向に、ナイト・クラブを倒すことができない。接敵したと思ったら、ナイト・クラブが跳躍爆風で引き離されていく。攻撃するチャンスがない。
(『単振動』戦術!)
囮となったモンスターを、跳躍爆風で同じ個所へ行ったり来たりさせる。そうすることで敵の攻撃から逃がし続け、囮役を延命させる。『猫バリア』と同じ要領だ。
モンスターを強制移動させる跳躍爆風が、『サモナーズ・コロセウム』でも最重要魔法と云われていた一因である。
「おのれ……ならば、モンスターを分散させよ! 【待て】」
ヴァスケスが指示を出す。同時に、走り回っていたギュスターヴをその場に静止させる。
すると召喚師解放同盟も、自身のモンスターを『戻れ』命令などを駆使してあちこちに散開させた。
そう、『単振動』戦術は、無暗に突っ込んでくる相手には有効だが、あちこちに敵が散らばっていると効果が薄い。跳んだところで、着地点の近くに立っているモンスターに対処させれば良いからだ。
(気付いたか。だが、もう遅い)
だが、マナヤは余裕を崩さない。
その時間稼ぎで、既に充分なマナを回復させていた。跳躍爆風には、ほとんどマナを消費しない。
「【シルフ】召喚!」
精霊系の上級モンスター、四大精霊の一角『シルフ』。電撃を遠隔の敵に直接叩き込めるモンスターである。
召喚された黄一色の小さな妖精は、小さな右腕を天に掲げ、真上を指さす。
――バチィッ
その瞬間、ナイト・クラブを追っているモンスターの一体、『牛機VID-60』が突然、火花に包まれる。
四大精霊である『シルフ』の攻撃は、敵のいる場所に直接発生する攻撃魔法だ。段差があろうが障害物で遮られていようが、一度狙われたら回避することはできない。
「ぐ、このっ! 【電撃防御】、【跳躍爆風】!」
その電撃を受けたモンスターの召喚主が歯ぎしりをしつつ、電撃耐性を付加してから跳躍爆風で牛機VID-60を高台へと放り上げた。シルフの至近距離へと着地する。
一瞬、下方のナイト・クラブに向き直りかけた牛機VID-60だが、すぐにシルフの方へとくるりと振り向いた。距離が近すぎたためだ。
「【戻れ】」
しかしマナヤは、シルフに『戻れ』命令を下し、そのまま自身も高台の奥へと走る。シルフがマナヤを追っていくと、鈍重な牛機VID-60は深追いはしなかった。またしても自ら高台から落下し、ナイト・クラブの方へと移動していく。
シルフとの距離が十分に開いてしまい、囮化しているナイト・クラブの方に意識が向いたのだ。
「よせ! それよりも総員、電撃防御をかけよ! そしてナイト・クラブの始末を最優先だ!」
どこまでヘイトの仕組みを理解しているのか、ヴァスケスがさらに適切な対応を指示している。
彼にとっては初見の戦術であるはずだが、思いのほか判断が良い。マナヤは内心で舌を巻いた。
(さっきのディロン達への対処といい、さすがに順応性が高いな)
突然至近距離に発生していた、ディロンの魔法攻撃。先ほども、自身のモンスターの陰に隠れるようにして盾にしていて凌いでいた。
ヴァスケス自身はもちろん、周りの召喚師達も、かつてスレシス村近隣で戦った者達より練度が高い。
「ギュスターヴ【戻れ】!」
何を思ったか、ヴァスケスは自身のギュスターヴを自分の元へと戻らせる。
そのまま、採石場の高台麓へと走り出した。その先にあるのは、上端へと登るために続いている、採石場の壁面に沿って彫られた岩の階段がある。外側に手すりもついていない、外側へ踏み外せばそのまま落下してしまいそうな危うい階段を、巨大なワニを連れて駆け上っていくヴァスケス。
(ま、そう来るよな)
納得の対応である。
下手に突撃命令を下したり跳躍爆風で放り込んだりしても、下にいる囮に釣られてモンスターを高台には送り込めない。
ならば、階段を利用すれば良い。『戻れ』命令ならば囮を無視して、召喚師の元へ移動することを最優先する。そうやってギュスターヴを引き連れ、召喚師が自ら階段を伝って高台へと駆けあがっていけば良い。
シルフがギュスターヴに攻撃を繰り返すが、既に電撃防御がかかっているようで全く効いていない。
「そういう時は、こうする! 【ストラングラーヴァイン】召喚!」
マナヤは高台の淵沿いに走り、階段中腹あたりの真上で中級モンスター『ストラングラーヴァイン』を召喚。紋章の中から、太い蔦が複雑に絡み合ったような植物が姿を現す。
それが重力に引かれてストンと落下し、ヴァスケスが登るのを妨げるように階段中腹に着地した。
「――」
さらにマナヤは、そのストラングラーヴァインに一つの補助魔法をかける。ヴァスケスの位置からは、まだその様子が見えない。
「押し通る! 【電撃獣与】、【行け】!」
一方のヴァスケスは、ストラングラーヴァインを見てギュスターヴに電撃獣与を使用し、『行け』命令に切り替えた。巨ワニの下顎から生えた二本の巨大な牙、それが電撃を帯びる。
ヴァスケスは進路から退くように階段の端に寄った。牙を生やしたワニがヴァスケスの横を通り過ぎ、階段を塞いでいるストラングラーヴァインに迫る。
「やれ! そこのストラングラーヴァインを始末しろ!」
ヴァスケスが吼える。
ストラングラーヴァインは植物型のモンスターゆえ、その場から動けない。ギュスターヴが電撃を帯びた牙を剥く。
「【戻れ】」
が、マナヤはあろうことか、ストラングラーヴァインに『戻れ』命令を下した。ヴァスケスが眉を顰める。
すると、ギュスターヴは開きかけた大口を閉じた。そして、ストラングラーヴァインを避けるようにその脇を通りぬけようとし……階段から落下する。
「ギュスターヴ、何を!?」
落ちていくギュスターヴに、ヴァスケスが目を剥いている。
ストラングラーヴァインは、採石場の壁面に彫られた階段の幅を、きっちり塞げるだけのサイズがある。その脇を通り抜けようとしたものだから、ギュスターヴは足場が無い虚空へと移動してしまい、落ちてしまったのだ。
「おのれ、『次元固化』か!」
ヴァスケスが眼前のストラングラーヴァインを睨み据えた。
モンスターを一時的に無敵化する魔法、次元固化。これがかかったモンスターは、無敵化したがために敵モンスターから狙われなくなる。
かつてヴァスケスも、スレシス村の戦いでマナヤが氷竜に何度もこれをかけたのを見たことがあった。
「ならば……!」
と、ヴァスケスはストラングラーヴァインの蔦を掴み、それをよじ登ろうとする。
ストラングラーヴァインを乗り越え、自ら高台の上へと行く算段なのだろう。次元固化をかけられたモンスターは、無敵化する代わりに攻撃することもできない。
「かかったな! ストラングラーヴァイン【行け】!」
その瞬間、ほくそ笑んだマナヤは叫ぶ。
動かなかったストラングラーヴァインが、しがみついているヴァスケスにその太い蔦を至近距離から降りぬいた。
「がはぁッ――馬鹿な、なぜだァ!」
振りほどかれるように降りぬかれた太い蔦に打ち据えられるヴァスケス。そのまま、ヴァスケス自身も階段を踏み外し、ギュスターヴの後を追うように崖下へと落下していった。
落下しながら、ヴァスケスは疑問に囚われている。次元固化が効いているならば、ストラングラーヴァインは攻撃できないはず。
(俺が使ったのは次元固化じゃない、『強制隠密』だ)
強制隠密。
かけたモンスターは、『攻撃モーション中』を除き、敵に一切狙われなくなるという魔法である。次元固化と違い、無敵化するわけでも攻撃不能になるわけでもない。
動けない『ストラングラーヴァイン』をバリケードとし、高台への入り口を塞ぐ。その状態で『戻れ』命令を下せば、動けないストラングラーヴァインは『一切攻撃をしない』状態のまま、その場に立ちふさがる。
そのままではストラングラーヴァインが一方的に袋叩きにあってしまうが、そこへ強制隠密をかける。『戻れ』命令状態で攻撃しないストラングラーヴァインは、当然『攻撃モーション』を取れないので絶対に敵モンスターに狙われなくなる。
つまりは、ストライングラーヴァインが『モンスターには絶対に破壊できない障害物』と化す。モンスターを通してしか攻撃手段が無い召喚師には、厄介極まりない。
次元固化と違い、かけたモンスターが攻撃できなくなるわけではない。だから、敵召喚師がストラングラーヴァインをよじ登ろうとしたら、一旦『行け』命令に切り替えて叩き落とし、すぐに『戻れ』命令に戻せばよい。
(俺は対人戦で、散々陣取り合戦をしたんだ。駆け引きで俺に勝てると思うなよ!)
どんなに馬鹿馬鹿しいことでも、ゲームに勝つためにありとあらゆる手段を試す。失敗に失敗を繰り返して、研鑽されプレイヤー達に共有された戦術。
そう簡単に崩されはしない。
「ヴァスケス様!」
ヴァスケスが落下した先で、召喚師達が彼を介抱するように動いている。
ストラングラーヴァインに殴られ、かなりの高度から落下している。その前にも、ディロンの攻撃魔法を何発か食らっている。ヴァスケスは既に、息も絶え絶えの様子だ。
「チャンスは逃さねえよ。【小霊召集】」
ここが仕留め時だ。そう感じたマナヤは、シルフに『小霊召集』をかける。無数の小さな光の粒が、シルフの周囲に集まっていった。
三十秒間、指定した四大精霊の攻撃力を高める補助魔法だ。
「ぐあッ!」
「ヴァスケス様ッ!」
すると、強化されたシルフの電撃が、瀕死のヴァスケスを容赦なく打ち据える。呻くヴァスケスに、介抱している彼の仲間が呼び掛けた。
(まだ、生きてやがるか。なら、トドメを――)
「――【猫機FEL-9】召喚、【電撃防御】!」
が、そこでヴァスケスの仲間が囮となる猫機FEL-9を召喚する。シルフの攻撃対象が、ヴァスケスから猫機FEL-9へと移った。
その隙に、彼の仲間たちがヴァスケスを肩で抱えていく。
「チッ」
あと一撃で仕留められたのに、とマナヤは舌打ちする。
が、この状況であまりヴァスケスに追い打ちしてはいられない。さすがに、囮にしていたナイト・クラブも倒されているはずだ。高台の死守を最優先しなければならない。
「【跳躍爆風】!」
重厚な声と共に、新たにモンスターを高台の上へと飛び込んでくる。
やってきたのは、岩の巨人。機甲系の上級モンスター、『岩機GOL-72』だ。
――トルーマンの奴、マナが回復したのか。
先ほどの重厚な声も、奴のものだった。
そしてその岩機GOL-72は、マナヤの方へとその岩の頭を向ける。やはり囮は倒されてしまっているようだ。
ならば、こいつも突き落とすまで。
マナヤが笑みを深めながら、その岩の巨人へと向かおうとして……
「【バニッシュブロウ】!」
突如、赤い影が彼の横を通り過ぎ、岩の巨人へとぶつかっていった。
「アシュリー!?」
赤いサイドテールを揺らしながら、アシュリーが岩機GOL-72へとオーラを纏った剣を叩きつけている。その勢いで、岩の巨人は後方へと吹き飛ばされ、高台から落下していった。
「マナヤ、しっかりして!」
「な、何言ってんだアシュリー、俺はしっかりして――」
「じゃあなんでアンタ泣いてんのよ!?」
彼女の叫びに、はっとなって立ち止まる。
自分の頬を、涙が伝っているのがわかった。
「俺、泣いて……いつの間に? だって……」
悲しんでなど、いなかったはず。むしろ、戦いが楽しかったはずだ。
(……楽しかった、だと?)
自分の考えに、ぞっとする。
そうだ。
命のやり取りなのに、なぜ、こんなに『楽しい』などと感じていたのか。
人の命を、無慈悲に奪おうとしているのに。
自分は、こんなに人でなしだったか?
「【跳躍爆風】!」
「チィッ」
が、考え込む暇もなく敵がモンスターを放り込んでくる。
舌打ちしつつ、対応しようとそちらへ手のひらを向けた。
――ズドォンッ
が、突然高台の淵がせり上がった。
まるで更に高い防壁のように、岩の壁が高台の淵に立ち上る。飛び込んでこようとしたモンスターが、その壁に弾かれて落下していた。
「な――」
「【スタンクラッシュ】!」
「【レヴァレンスシェルター】!」
驚く暇もなく、後方から魔法を使う声が聞こえる。
敵を吹き飛ばす魔法『スタンクラッシュ』が、跳んできたモンスターを弾く。マナヤとアシュリーを取り巻くような、半球状の結界にモンスターがぶつかり、これまた弾かれて落下していく。
「【ブレイクアロー】!」
さらに、黄色いオーラを纏った矢が勢いよく飛んでいった。これもまた、高台へと放り込まれようとしていたモンスターを弾く。
思わずマナヤが後方へ振り向いた。
「マナヤさん、助太刀するわ!」
「とにかく跳んでくるモンスター達を、弾き返せば良いのですね?」
村の黒魔導師と白魔導師が、手のひらを前方に突き出しながら自身たっぷりの目でマナヤを見返してくる。
――マナヤ、大丈夫!
彼らに浮かびかけた『殺しのビジョン』に身構えかけるが、テオの声が聞こえてくる。
なんとか殺意を引っ込めたマナヤが、戸惑いながら彼らに声をかけた。
「お、お前ら、マナが無くなってたはずじゃ……」
「シャラから預かってた、手持ちの『魔力の御守』を全部渡したのよ」
取り出すのに手間取っちゃったけど、とアシュリーが苦笑しながらマナヤに言った。
「お、おいアシュリー、お前……」
「あとは、あたし達に任せて! あんたは少し、休んでなさい!」
と、眼下の召喚師解放同盟を見下ろしながら、アシュリーが啖呵を切る。弓術士や黒魔導師も、矢や魔法でモンスターを弾き返し続けている。
「貴方が泣きながら戦っているのを見て、何もせずにはいられません。私達にも、手伝わせてください」
いつでも結界を張れるように手を掲げながら、白魔導師の女性も口を挟んできた。
(泣き、ながら)
マナヤは、自分の頬を伝う涙を指先でそっと触れる。
その指先を丸めて、ぐっと拳に握りしめる。
「ダメだ! お前らは手を出すな! 俺が戦う!」
そんなマナヤに、アシュリーが目を瞑りながら叫ぶ。
「そんな状態のアンタを、指を咥えて見てろっての!?」
「お前らにまで、こんな思いはして欲しくねぇんだよ!!」
言い返すマナヤの声も、少し掠れていた。アシュリーが息を呑んでこちらを見つめる。
(俺、は……)
マナヤはただただ、強く拳を握りしめ続けていた。
(俺は、もう……)
人間では、ない。
スレシス村で召喚師解放同盟と戦った時ですら、手加減はしていた。
連中からモンスターを搾り取るため、という理由はあったとはいえ、殺しまではしなかった。
最後の一線を越えるつもりは無かった。
しかし。
今の自分は、簡単に殺せる。
殺すことに、全く躊躇を覚えなかった。
ゲームをプレイするのと同じ感覚で、敵を倒すことだけを考えていた。
涙を流してこそいたが、頭の中では殺しを楽しんでいた。
コリィを攫った、あの連中のように。
「俺だけで、いい。こんな状態になっちまう奴を、これ以上増やしてたまるか」
「……マナヤ」
アシュリーが、マナヤに背を向けて剣を構えたまま、そっと声をかけてきた。
彼女にだけは、今も見えない。
殺しのビジョンが、アシュリーにだけは、今なお浮かばない。
(……お前を見る時だけ、今まで通りだ。アシュリー)
そんなアシュリーが、人を殺してしまったら。
彼女まで、『流血の純潔』を散らしてしまったら。
きっと自分には、アシュリーを救えない。
だからもう、覚悟の上だ。
自分でやると。
守るために、殺しは自分が引き受ける。それを、誓った。
そのために自分は、スイッチを入れたのだから。
「……あんたには、わかんないの? マナヤ」
ふと、アシュリーが肩を震わせながら、掠れ声で呟いた。
「……あ?」
「そんなあんたの助けになりたいって、そんな人の気持ちが、あんたにはいつまで経ってもわかんないの!?」
睨むように振り向いたアシュリーの目には、涙が滲んでいた。
「あたし達のこと気遣うなら、あたし達のそういう気持ちだって、わかってみせなさいよ!」
「……お、おい」
「いつまで経っても置いてきぼりにされる方の気持ちに、なってみせなさいよ!!」
心が、一際痛んだ。
『あたしの気持ちも考えなさいよ! バカァッ!!』
自分なんて、消えてしまえばいい。そう言い放った時に、アシュリーに怒鳴られた言葉。
――大丈夫だよ、マナヤ――
(……テオ?)
心の中から聞こえる、暖かい声。
――両方、守ってみせればいいんだよ。みんなの『流血の純潔』も、アシュリーさんの気持ちも。
(両方……?)
何が言いたいかわからず、思わず問い返した。
――マナヤになら、きっとできるよ。みんなの『流血の純潔』を守りながら、一緒に戦うことだって――
テオの思いが、伝わってきた。
シャラのそばにいると誓っておきながら、シャラのことを信じ切れなかった後悔。
自分がそばにいたらシャラが危ないと考え、彼女の気持ちも考えずに、引き離そうと考えた後悔。
そして、そんなテオを救った一言が。
(……そう、だったな)
自分は、何を諦めようとしていたのか。
何を勝手に、自分に見切りをつけようとしていたのか。
自分だって、弟子たちに言ったじゃないか。
ゲームの腕が頭打ちになった時に、史也によく言われた、あの言葉を。
――なら、優秀になれ。マナヤ――
『なら、優秀になれ。マナヤ』
テオの思いと、史也の声の記憶が重なった。
「……わかった。お前ら、俺に力を貸してくれ」
涙を袖で拭い、マナヤは皆を見回して言った。
「だが、お前らが狙うのはモンスターだけだ。召喚師のトドメは、俺に任せろ。……殺しは、俺の仕事だ」
みんなの『流血の純潔』を守るためだけじゃない。
テオもやっていたように、心も全部ひっくるめて、守ってやればいい。
できないから、諦めるんじゃない。
できないなら、できるようになって見せろ!
「カーターさん! あんたは、この採石場上端を囲むように、防壁を張ってくれ! 敵が跳躍爆風で、モンスターを放り込んでこれなくなるはずだ!」
「わかった!」
建築士への指示に、頼もしい返事が返ってくる。
「アシュリーとレックスさんは、空中のモンスターを撃墜してくれ! きっと敵は、飛行モンスター主体に切り替えてくる!」
「オッケー!」
「応っ!」
アシュリーと弓術士も、構えなおしながら応じてくる。
「アリッサさんは、精神攻撃の範囲魔法を敵陣にブチ込め! 防壁に隠れて見えなくても、撃てるな!?」
「ええ! 視界が通らなくても、射程内なら範囲魔法を撃つことはできるわ!」
黒魔導師への指示に、自身たっぷりにうなずいてくる。
精神攻撃魔法なら、召喚師を殺してしまうことはない。敵召喚師のマナを削ることで、戦力を削ぐこともできる。
「キャシディさんは中央に下がって、攻撃を受けた場合の治癒と結界の援護を頼む! 増幅魔法は、マナに余裕があればでいい!」
「了解です!」
白魔導師が一歩下がりながら、真剣な表情で皆を見回せる位置を取る。
「よし、行くぜ!」
改めてスイッチを入れなおしたマナヤは、皆に向かって高らかに叫んだ。




