127話 三方の分断戦 遊戯
「【行け】、レイス!」
トルーマンが先陣を切る。後方に控えさせていたレイスが、マナヤ目掛けて躍り出た。
「【ヴァルキリー】召喚! 【時流加速】!」
カッと目を見開いたマナヤは、即座にヴァルキリーを召喚。間髪入れず、その動きを加速させるべく『時流加速』をかけた。
「【行け】! 【十三告死】!」
そのヴァルキリーを突撃させ、さらに追加で補助魔法『十三告死』をかける。ヴァルキリーの額に、十三角の星型の痣が浮かび上がった。
「効くものか!」
それをトルーマンが哄笑する。
十三秒後にマナをゼロにする十三告死は、生物にしか感染しない。ゆえに、霊体であるレイスには感染しない。
トルーマンはそれを知っている。だからこそ、マナヤのミスだと考えているようだ。
「――い、いけません! 囮を!」
そこにハッとして警告を飛ばしたのは、ヴァスケス。
トルーマンがそれを聞いて訝しげな表情になった直後、ヴァルキリーは凄まじい移動速度でレイスに向かって突き進み……そして、その脇をすり抜けた。
レイスが黒いモヤを放つが、間に合わない。既にヴァルキリーはその範囲外。長槍を構えたその戦乙女が向かっている先は、トルーマン。
「な――がぁッ!?」
驚愕に目を見開いたその瞬間には、ヴァルキリーの槍がトルーマンの腹を突き刺していた。頑丈な召喚師だけあって、貫通まではしていない。
トルーマンの左首筋に、十三角の星型の痣が出現した。十三告死の病魔に感染したのだ。
攻撃の効かない敵を無視する『判断速度』。その判断速度が最高レベルであるヴァルキリーは、全くダメージを通せない『レイス』をハナから相手にしない。『時流加速』で加速させてやれば、レイスのモヤのような愚鈍な攻撃をすり抜け、敵召喚師を狙い打つことができる。
『要するに、適材適所だよ。判断が早いモンスターで、ダメージが通る敵をピンポイントに攻撃するか。あるいは判断は遅いがスペックの高いモンスターを補助魔法で援護して敵をすり潰すか。そういうのを瞬時に判断するのも、召喚師に必要な要素だぜ』
開拓村での初戦の日、召喚師候補生達に解説した言葉。
(プレイヤーを直接狙う『召喚師狙い』……多勢に無勢のこういう時こそ、判断速度の速いモンスターの出番だ!)
マナヤは、自分の頭の中で『スイッチ』をゲームモードに切り替えたのだ。モンスターではなく、召喚師を殺すつもりで狙うことも、もう厭わない。
この連中は、人間ではない。倒すべきプレイヤーだと、そう自分に言い聞かせて。かつて『サモナーズ・コロセウム』で、何人ものプレイヤー達を召喚師狙いで不意打ちしてきた経験を生かして。
「くっ、【粘獣ウーズキューブ】召喚、【強制誘引】、【行け】!」
ヴァスケスが、立方体に形どった緑色のゼリー状モンスターを召喚。物理攻撃によるダメージを大幅に軽減するモンスターだ。物理完全無効のレイスと違い、物理攻撃を『無効化』とまではいかないこのモンスターならば、ヴァルキリーもスルーはしない。
ヴァスケスが出した粘獣ウーズキューブへと、ヴァルキリーが向き直った。
時間だけ稼げば良い、ヴァスケスはそういう顔をしている。『十三告死』がかかっている以上、ヴァルキリーはもうすぐ死ぬ。
するとマナヤは、シャラから預かっていた錬金装飾を一つ取り出し、自分の首にかけた。
――【伸長の眼鏡】
「【秩序獣与】、【血清】!」
補助魔法の射程が伸びたことで、遠隔からヴァルキリーに神聖属性の攻撃力を付加し、モンスターの状態異常を治癒する魔法『血清』をも使用。ヴァルキリーの額に浮かんでいた、星型の痣がすうっと消えていく。
「な……十三告死を解除などできたのか!?」
それを見たヴァスケスが慄いた。『仮にも上位の補助魔法である十三告死の病魔を、単なる血清で解除できるわけがない』。そういう先入観に囚われていたようだ。ゲーム『サモナーズ・コロセウム』でも、初心者によく見られた見落としだ。
「【トリケラザード】召喚!」
間髪入れず、マナヤは自分の真横にトリケラトプスに似た恐竜、中級モンスター『トリケラザード』を召喚。大の大人が数人は乗れそうな巨躯が、彼の横に出現する。
「おのれマナヤァッ! 【岩機――」
「トルーマン様、落ち着いて下さい! そろそろです!」
激昂するトルーマンに、落ち着きを取り戻したヴァスケスがレイスを指さして諫める。
もうすぐ、トルーマンのレイスにかかっている精神防御が切れる。それを指摘しているのだ。
「ちっ、【精神……ぐぅッ!?」
が、その途端にトルーマンの全身が一瞬、黒い光に覆われる。ふらついたトルーマンは、手のひらをレイスに向けたまま歯ぎしりした。
十三秒経過し、十三告死の病魔が発動してしまったのだ。トルーマンはマナがゼロになり、精神防御をかけることができなくなる。
直後、レイスを覆う紫色の防御膜が掻き消えた。
「マナヤ貴様! まさか、このタイミングを!?」
トルーマンがマナヤを睨みつける。
モンスターにかかった十三告死の病魔は、血清で簡単に解除されてしまう。ゆえに十三告死の本当の使い道は、解除手段に乏しい人間に感染させることだ。
「【サーヴァント・ラルヴァ】召喚、【跳躍爆風】!」
マナヤはそのチャンスを逃さない。
ホラ貝を把持した無数の触手が生えた、醜悪なタコのようなモンスターを召喚。それを即座に跳躍爆風で跳ばし、敵陣の只中へと放り込んだ。ヴァルキリーと粘獣ウーズキューブの間に割り込むように着地する。
サーヴァント・ラルヴァがホラ貝を吹き鳴らす。
――バシュウ
精神攻撃を伴う音波を受け、レイスはあっさりと消滅してしまった。
「【封印】」
マナヤはすぐさま、魔紋へと変化した『レイス』を封印する。空中に浮かび上がった金色の魔紋が、マナヤの手のひらへと吸い込まれていった。
トルーマンのレイスを、奪い取れた。サーヴァント・ラルヴァは、トルーマンとヴァルキリーのすぐ近くで笛を吹き鳴らす。
「ぐ……貴様! だが、悪手だぞ!」
追撃の精神攻撃を受けて頭を手で押さえながらも、トルーマンは牙を剥くように嗤う。その視線の先にいるのは、マナヤのヴァルキリー。
サーヴァント・ラルヴァは、周囲に笛の音を発し『混乱』効果がある精神攻撃を撒き散らすモンスターである。ヴァルキリーがいる只中に放り込めば、ヴァルキリーも『混乱』し同士討ちを始めてしまう。
「アシュリー俺を放り込め! 早く!」
直後、マナヤは敵陣の只中を指さし、アシュリーにそう叫んだ。一瞬躊躇するが、マナヤの真剣な表情にすぐに頷き、彼の腕を掴むアシュリー。
「はあああっ!」
そのままハンマー投げのごとく彼を振り回し、一気に指さされた方向へとマナヤの体ごと投げ込んだ。
その時、案の定サーヴァント・ラルヴァの笛の音により、戦乙女は『混乱』していた。しかもよりにもよって、すぐ近くにいるマナヤのサーヴァント・ラルヴァへと長槍を突き出す。神聖な光を纏った槍で、サーヴァント・ラルヴァのぶよぶよとした体が半壊。
間髪入れず第二撃を繰り出すヴァルキリー。
……が。
「この角度なら! 【跳躍爆風】!」
投げ込まれたマナヤは、ヴァルキリーの槍に狙われている『サーヴァント・ラルヴァ』へ向け、跳躍爆風を放つ。バシュ、という破裂音を立ててサーヴァント・ラルヴァが一気に跳んでいった。
それに伴い……ヴァルキリーもそれを追いかけて一緒に跳んでいく。
「ヴァ、ヴァルキリーが!? 跳躍爆風は使えぬはず!」
ヴァスケスが目を剥く。
ヴァルキリーのような浮遊移動するモンスターは、跳躍爆風の対象にはならないはずだからだ。
(ホッパーキャリーだ!)
投げ込まれたことで地面をゴロゴロと転がりつつも、ほくそ笑むマナヤ。
ヴァルキリーは攻撃モーション中、攻撃対象が跳躍爆風で跳んでいった場合、しつこく追いかけて一緒に跳んでいく習性がある。ゲームで『ホッパーキャリー』と呼ばれていた現象だ。マナヤがこの世界に来たばかりの時、同じ手段で敵ヴァルキリーを引き離したことがあった。
それを、ヴァルキリーを『混乱』させることで自分のヴァルキリーに対して発動。混乱したヴァルキリーが自分の『サーヴァント・ラルヴァ』を狙った所を見計らい、そのモーション中にサーヴァント・ラルヴァを跳ばす。これにより、疑似的にヴァルキリーも一緒に跳ばすことができる。
ヴァルキリーが跳んでいった先は……採石場の上。
「【精神防御】」
サーヴァント・ラルヴァともども採石場の上端に着地したヴァルキリーに、改めて精神耐性を付加する魔法をかける。
「ま、まさか最初から!?」
ヴァルキリーが採石場の上に放り込まれた様を目で追っていたヴァスケスが、驚愕の表情でマナヤへ振り返る。
採石場の上で、ヴァルキリーの槍がちょうどサーヴァント・ラルヴァにトドメを刺していた。そのままヴァルキリーは採石場の奥へと進み、岩壁に隠れて見えなくなる。
今だ『混乱』しているヴァルキリーだが、攻撃の矛先は『最寄り』の敵へと向かう。すなわち、同じ採石場の上にいる、敵のシルフとノームへと。
「そういうこった! ナイト・クラブ程度ならともかく、加速したヴァルキリーに対処できるか!?」
すぐさま体を起こしながら、マナヤはトルーマンらを煽る。
先ほど採石場の上に跳ばされたナイト・クラブは、移動速度の遅さゆえにシルフやノームに接敵する前に倒された。が、時流加速がかかったヴァルキリーともなると、そうはいかない。
有利地形を陣取るのは、ゲームの基本。
敵に高台を取られている時は、強力なモンスターを高台に送り込んで一気に取り返すのが定石だ。
トルーマンが、まだ僅かにしかマナが回復していないことに苛立ちつつ、周囲に指示を出す。
「構うものか! この場で小僧を仕留めろ!」
「ッ……」
召喚師達が、自分を包囲するように退路を塞ぐ。そして、こちらへと手のひらを向けてきた。
とっさに後方へと振り返る。確認したその視線の先に立っているのは、アシュリー。
(なッ!?)
アシュリーのすぐそばに、『倒すべき相手』の気配が四つ。
――そコにイるトリケラザードで、アシュリーを救エ――
すぐさま浮かぶ、殺しのビジョン。反射的に、四つの反応に敵意を向ける。
(このッ……)
――落ち着いて、マナヤ! その人達は、仲間だよ!
その瞬間、テオの声が聞こえた。
ハッとよく見ると、アシュリーのすぐ近くにいる四つの反応は、村人達だ。
危うく、彼らを攻撃してしまうところだった。自分を見張ってくれているテオが、頼もしい。
「ありがとよ、テオ。 ――アシュリー!」
小声で礼を言ったマナヤは、アシュリーに呼び掛ける。
「準備できてるわ!」
当のアシュリーは、先ほどマナヤが呼んだトリケラザードの上に、村人四人を乗せていた。その四人は状況があまり呑み込めない様子ながらも、大人しくトリケラザードに並んで跨っている。
ひらりと、アシュリー自身もそのトリケラザードの頭部の上に飛び乗った。
「【ナイト・クラブ】召喚、【跳躍爆風】!」
一方のマナヤは、新たにナイト・クラブを召喚直後、その上に飛び乗って即跳躍爆風。召喚師解放同盟の包囲陣から抜け出し、アシュリーらの元へと跳んでいく。
着地前に、空中でマナヤは地上のトリケラザードに掌を向けた。
「しっかり捕まってろ! 【重量軽減】、【跳躍爆風】!」
「うわあああああっ!?」
「きゃあああっ!」
「ひゃっ!?」
トリケラザードが、アシュリーと村人達の計五人を乗せて大ジャンプ。一時的にモンスターを軽くする魔法『重量軽減』がかかっていることにより、人を乗せていない状態と遜色ない高度まで跳び上がる。
悲鳴を上げる五人が採石場の上端へと、トリケラザードごと一気に跳ばされた。
「なっ、奴らを逃が――」
「【跳躍爆風】!」
トルーマンが怒号のように指示を出すより早く、マナヤは着地したナイト・クラブにしがみつくような形で、再び跳躍爆風。マナヤ自身もナイト・クラブと一緒に、採石場の上端へと跳び上がる。
着地した衝撃で、マナヤもナイト・クラブからずり落ちて地面に叩きつけられる。この採石場の上端は、真っ平になっていた。まるで機械で測量されたかのように滑らかで、一様に水平な円形の上端。
脇には、同様に着地時にトリケラザードから転がり落ちてしまったらしい五人も、頭を押さえながら起き上がろうとしていた。
「ちょ、ちょっとマナヤ、着地くらい考えてよ!」
「悪ぃ! それよりお前ら、奥に走れ!」
文句を言うアシュリーだが、マナヤはこの採石場上端の中央を指して叫んだ。それを聞いて、慌てながらもマナヤ以外の全員がそちらへと走る。
が、そこにいる人影を見てギョッと足を止めた。
「ぐァ……」
その中央部では、ちょうど一人の召喚師がヴァルキリーの槍に胴体を刺し貫かれ、崩れ落ちるところだった。召喚師解放同盟の召喚師だ。
倒れた彼の周囲に、三つの魔紋が岩肌の地面に残っている。シルフとノーム、そして彼がヴァルキリーを見て護衛用に出したモンスターのものだろうか。だが、加速したヴァルキリーには対応しきれなかったらしい。
「【封印】」
それを確認したマナヤが、無慈悲にその魔紋を封印。三体のモンスターの魔紋が、マナヤの手のへらに吸い込まれていく。
倒れた召喚師は、そのまま絶命したようだ。ヴァルキリーが用済みと言わんばかりに、その男から視線を逸らしていた。
「……」
無言でそれを見つめるマナヤ。人殺しの罪悪感はなく、『敵を減らした』というゲーム的な歓喜しか感じない。
「【跳躍爆風】!」
後方から聞こえた声に振り向く。
召喚師解放同盟の者達が、自身らのモンスターを跳躍爆風で跳ばし、マナヤらのいる採石場上端へと放り込んできていた。
十数体にも及ぶモンスター達が一斉に、マナヤの頭の高さに迫ってくる。
マナヤはそれらを、手ごたえのある敵プレイヤーに出会えた子供かのように、嗤いながら睨みつけた。




