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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第三章 流血の純潔と女剣士の願い
126/258

126話 三方の分断戦 相棒

 途端に、ディロンとテナイアの世界が広がった。

 この森の隅々が、すべて『()える』。森の奥に潜み、移動を繰り返しながらモンスターを通してこちらの様子を伺っている召喚師達の位置も。そして、テナイア達を襲っている召喚モンスターや召喚師達の位置も、全て。


「【ロストフォーチュン】、【ゲイルフィールド】」


 敵の位置を捕捉したディロンは、上空へと片手を向け呪文を放つ。


 敵を脱力させ、攻撃能力を低下させる緑の霧を放つ『ロストフォーチュン』、および敵を鈍化させる紫の旋風を放つ『ゲイルフィールド』。それぞれが、適確に仲間を避けてモンスター達だけに器用にまとわりついていた。

 それも、本来の効果範囲、射程距離をはるかに上回る広域に展開されている。


「【ウォールブレイカー】、【ウェイブスラスター】」


 さらに、敵の体表を腐食させ耐久能力を低下させる黄色い霧を放つ『ウォールブレイカー』で、その場にいるモンスター達の大半を一気に巻き込む。直後、広範囲の敵を吹き飛ばす魔法、『ウェイブスラスター』がスカルガードやフライング・ポリプ、合獣キマエラなどを一気に全方位へ押し流していた。


「【ブリッツバラージ】」


 続けさまに、ディロン達を遠巻きに取り囲んでいた召喚師達の真上に稲妻が落ちていった。無数の稲妻を連射する攻撃魔法。本来は所定の箇所に集中的に撃ちこむ魔法であるそれを、『千里眼(クレヤボヤンス)』によって一本ずつ敵召喚師達の真上に落としていったのだ。

 黒魔導師どころか、弓術士の攻撃すら射程圏外であるはずの位置。それも、全方位に散っている召喚師達を的確に撃ち抜いていく。それは、テナイア達を攻撃せんとしていた召喚モンスターや召喚師達の元へも落ちていた。


〈ぐぁっ……あ、貴方、一体何をしたのです! くっ〉


 当然ダグロンにも命中しているので、彼の操る『レイス』から憎々しげな声が発せられた。

 直後、ダグロンは突然黙る。恐らく新たな戦力を展開するつもりだろう。


(無駄だ)


 ディロンには全てが視えていた。ダグロンがディロンに何をしようとしているのか。そして、何を波状的に仕掛けようとしているのか。


「【スタンクラッシュ】」


 敵を吹き飛ばす魔法、これを突然虚空に向けて発動する。

 途端、跳躍爆風(バーストホッパー)で跳ばされた合獣キマエラが、召喚主であるダグロンの元へと弾き返されていくのが見えた。ディロンが敵の状況を把握し、合獣キマエラを跳ばさんとしてきた瞬間を狙って『スタンクラッシュ』で押し戻したのだ。


 次の瞬間には、ディロンの元に何か青いものが突進してきた。他の敵召喚師が用意した猫機FEL-9(フェルナイン)だ。バチバチと危険そうな火花を放っている。


 それを迎撃しようと構えたディロンだが、ふとニッと唇に弧を描く。


「【ブラストナパーム】」


 そして、迫りくる猫の機械人形を無視し、テナイア達の居る洞窟がある方向へと手をかざした。ディロンの脳裏に、テナイアを攻撃しようとしていた『シルフ』とその召喚師が、爆炎に包まれる様子が浮かび上がる。


 直後、ディロンの足元に辿り着いた猫機FEL-9(フェルナイン)の全身が赤熱し、一気に大爆発した。機械モンスターを自爆させる召喚師の魔法、『自爆指令(クリムゾンデトネイト)』だ。

 しかし、爆炎がやんだ中から無傷のディロンが姿を現す。爆発の直前で彼の体を取り巻いていた、白い結界が霧散した。テナイアがかけてくれた結界魔法だ。


 確信したディロンは、フライング・ポリプとスカルガードの群れに立ち向かっている一団に向けて魔法を放つ。


「【ルナイクリプス】」


 掌に巨大な黒いエネルギーの塊が発生し、それが一気にフライング・ポリプへと突き進む。着弾と同時に一気に枝が生えるように拡散し、騎士隊たちを避けてスカルガードらを射抜いていた。

 直後、息も絶え絶えなフライング・ポリプが騎士隊たちを竜巻で呑み込もうとする。


(大丈夫だ)


 ディロンの心の声に呼応するように、突如発生した白い半球の結界に覆われ騎士隊を竜巻から守った。白魔導師隊がそれを見て驚愕している。彼らが放った結界魔法ではない。

 戸惑いつつも、これを勝機と見て取った剣士達がいっせいに斬りかかる。


 ――【スペルアンプ】――


「【インスティル・フリーズ】」


 脳裏でテナイアが魔法増幅の呪文をディロンにかけてくる光景に合わせ、ディロンが剣士達の剣一本一本に冷気の付与魔法をかけた。極寒の冷気が取り巻くその剣で一斉に斬りつけられ、あえなく体を切り刻まれ魔紋へと還る。


 防御は、考える必要がない。語らずとも、きっとテナイアが自分達を守ってくれる。


(信じている、テナイア)


 不思議な一体感に身を委ね、ディロンは攻撃に専念した。



 ***



「――今しかありません、脱出しましょう。入り口の壁を取り払って下さい」


 目を閉じて集中していたテナイアがふわりと目を開き、安心させるような笑みを洞窟内の者達に向けてみせた。

 アロマ村長代理や他の騎士達は、虹色の燐光に包まれている彼女の姿を見て茫然としている。


「て、テナイア様? その光は、もしや……」

「詳しい説明は後です、行きましょう。大丈夫です、ディロンが敵を排除してくれます」


 確信に満ちたテナイアの笑顔に困惑するも、すぐに女性騎士たちは頷いた。建築士が入り口をふさいでいた壁を撤去する。


「【レヴァレンスシェルター】! 行きます!」


 騎士隊の者達に半球状の結界を張り、まずはテナイアが単身突撃する。入り口に待ち構えていた『レイス』が黒いモヤを放つも、それを造作もなく振り払いその脇をすり抜けた。

 シルフの攻撃は、来ない。既にディロンがそれを始末してくれた所を、テナイアは視ていた。


「さあ、こちらです」


 と、レイスを挑発するように振り返る。テナイアへと振り向いたレイスは、自身の攻撃射程外ギリギリに立っているテナイアに近づくべく前進。しかしテナイアはそれに合わせるように後退し、つかず離れずの距離をキープする。

 レイス自身の移動性能は低い。時流加速(クロノス・ドライヴ)でもかけられない限り、テナイアの足でも追いつかれることは無い。


「今です! 脱出を!」


 充分に距離が取れたところで、洞窟内の者達へと叫んだ。

 洞窟の入り口から、被害者女性を支えた女性騎士達が飛び出してくるのが見える。半球状の結界『レヴァレンスシェルター』が、彼女らの動きに追随していた。これは本来、張った位置から動かすことができない結界なのだが、『共鳴(レゾナンス)』の効果を受けている今のテナイアならばこういった操作もできる。


「【ライシャスガード】、【レヴァレンスシェルター】、【ディスタントヒール】、【スペルアンプ】」


 テナイアはレイスを引き付けつつも、脳裏に浮かぶ森の状況を確認。時折、ディロンの側へも結界魔法や遠距離治癒魔法、魔法増幅などを放つのも忘れない。


 森の中あちこちで、雷や炎、氷などの槍が絶え間なく降り注いでいた。潜んでいる召喚師解放同盟の召喚師や召喚モンスターへ向け、ディロンが攻撃魔法を撃ちこみ続けているのだ。

 村の方角へと被害者女性を護送している女性騎士達にも、モンスターが差し向けられていた。だが、それらが彼女らに到達する前にディロンの攻撃魔法に阻まれる。


 ふと見れば、目の前のレイスは紫色の防御膜が消えていた。その隙を逃さず、レイスの頭上から黒いエネルギーの玉が落とされる。ディロンの『エーテルアナイアレーション』だ。精神防御(グルーミング・ガード)が消えたレイスはひとたまりもなく、マナを削り切られ消滅していた。


 さらに、自分の斜め後方から飛行モンスターが飛んでくるのがわかる。鷲機JOV-3(ジョウヴスリー)だ。杖を取り出して迎え撃とうかとも考えたが、愛しい人の意識が向いているのを感じて、そっと目を閉じる。

 鷲機JOV-3の金属の鉤爪。それがテナイアに到達する前に、その進路上に突然現れた炎の槍に貫かれて消滅していた。


(信じています、ディロン)


 語らずとも、きっとディロンが自分達の敵を処理してくれる。

 それを信じて、テナイアは守りに集中した。



 ***



「ちょ、ちょっと、何、コレ……?」


 採石場では、アシュリーも油断なく剣を構えながら、状況が一変した敵陣の様子を茫然と眺めている。テオも、目の前の光景に狼狽えるばかり。


「ぎゃああっ!?」

「が、はっ……」

「く、このっ、一体どこから……!」


 召喚師や召喚モンスター達に次々と魔法の槍が降り注ぐ。炎、氷、雷、闇と、モンスターに合わせて個別に振り分けられていた。


「くそっ、一体どういうことだ! ディロンめはこの場に居ないはず! ダグロンは何を――がふッ」


 一番狼狽えているのは、トルーマンだ。何の前触れもなく、突然目の前に出現する炎の槍に打ち据えられ、もんどりうつ。


「くっ……そこだ!【火炎防御(グレネイド・ガード)】!」


 一方ヴァスケスは、巨大なワニ型の上級モンスター『ギュスターヴ』に向けられて放たれた火炎の槍に反応し、すぐさま火炎防御(グレネイド・ガード)を合わせていた。途端に炎の槍は反射され、森の奥へと飛んでいく。


「あの方向に……いやしかし、この近場には居ない! 黒魔導師の射程ではないはず! なぜ攻撃できる!?」


 反射された魔法は、攻撃者がいる方向へと跳ね返っていくようになっている。

 それを見て冷静に分析しようとしてはいるが、やはり答えは見つからないらしい。青い前髪を揺らしながら、隙間から覗く瞳はこれ以上ないほど動揺している。


〈【レメディミスト】〉


 どこからともなく、テナイアの声が届く。

 すると、清浄な霧がテオ達を取り巻く。アシュリーやテオの負傷を治癒していく。


「ん……あ、あれ? 私達、どうしてたの?」

「こ、これは一体……?」

「あ、あれ? うわっ、なんだこの敵の数!?」

「ぐ……けほっ……な、なんだこりゃ! どうなってんだよ!?」


 癒しの霧に同じく包まれていた、他の間引きメンバー達も意識を取り戻していた。召喚師解放同盟達と、その召喚モンスターが魔法の槍にあたふたとしている様子を見て仰天している。


「ディロンさん、テナイアさん!? お二人の力なんですか!?」


 もしかしたら、声が届いているのかもしれない。先ほど聞こえてきたテナイアの声からそう判断したテオは、虚空に向かって叫んでみる。


〈なんとか無事か、アシュリーにテオ!〉

〈良かった、アシュリーさん……貴女まで、流血の純潔を散らさずに済んで〉

「えっ、ディロンさん!? テナイアさん、ホントに!?」


 頭の中に響くような声が届き、アシュリーが左のこめかみを押さえるようにしながら問いかける。


〈!? アシュリー、私達の声が聞こえるのか!?〉

「は、はい、聞こえてますよ! ディロンさん!」


 アシュリーの返答に、ディロンの考え込むような思念が続いた。様子を伺った相手に自分の思念を飛ばすことができる。この能力を、そう分析したらしい気配が伝わってくる。


「で、でもディロンさん! こんなに魔法を使って、マナは大丈夫なんですか!?」


 召喚師解放同盟の者達が無数の攻撃魔法に晒されている様子を見て、テオが問いかける。

 相手はだんだん、攻撃が放たれることに慣れてきているようだった。次々とモンスターの召喚を繰り返し、身を守り続けている。召喚師を倒せば終わりなのだが、そう簡単にはやられないよう保身に徹しているようだ。


〈く……正直、このままではそう長くはマナが持たん。こちらも、そしてテナイアの状況も厳しい〉

〈敵の数が、多すぎます。このペースで、同時に処理し続けるのは……!〉


 と、二人のそういう思念が伝わってきた。


「おのれ、小細工を! 【合獣キマエラ】召喚!」


 痺れを切らしたように、トルーマンが青筋を立てて獅子の体に羊と蜥蜴の頭が生えた合成獣を召喚してくる。

 その合獣キマエラに次々と魔法の槍が降り注ぐが、耐久力も十分に高い合成獣はそれに耐え抜く。そしてその蜥蜴の頭が、炎を溜めた口をテオ達に向けて開いた。


「くっ、【狼機K-9(ケイナイン)】召喚! 【火炎防御(グレネイド・ガード)】!」

「甘い、【牛機VID-60(ヴィドシックスティ)】召喚! 【強制誘引(コンペルド・ベイト)】!」


 テオが狼型の機械モンスターを召喚、即『火炎防御(グレネイド・ガード)』をかけて合獣キマエラの火炎ブレスを跳ね返そうとする。

 しかしすぐさまヴァスケスが、火炎に元々耐性を持つ紫の牛型機械モンスター『牛機VID-60(ヴィドシックスティ)』を召喚。さらに『狙われやすくする』魔法、強制誘引(コンペルド・ベイト)をかけてきた。


 テオの狼機K-9(ケイナイン)は、合獣キマエラではなく牛機VID-60(ヴィドシックスティ)へと向かって方向転換。だが、斬撃にある程度の耐性を持つ牛機VID-60に対し、鉤爪で攻撃する狼機K-9では不利だ。


〈【アイス――ちっ!〉


 ディロンがそれを見て、牛機VID-60(ヴィドシックスティ)に『アイスジャベリン』を放とうとしたようだが、途中で途切れる。別のことに気を取られたようだ。ディロン自身もしくはテナイアの方に急襲があり、そちらへの対応に追われたのだろう。


 どういう理屈かはテオにはわからないが、あの二人はあちこちに魔法を撃ち込めるようになったらしい。だが、それぞれはその身も頭も一つだけ。広範囲を見通せたところで、同時に発動できる魔法の数には上限があるのだろう。


〈――テオ! マナヤはまだ居るか!?〉

「えっ? えっと、まだ出てきませんけど、消えてはいません!」


 焦ったようなディロンの問いかけに、狼機K-9(ケイナイン)の状況を確認しながらテオが返答する。


〈ことここに至っては、マナヤに頼るしかない! テオ、彼にも聞かせるよう、君もしっかりと聞いていてくれ!〉


 頭の中に響くような声のまま、ディロンがマナヤに向けるように話しかけてきた。


〈聞こえるか、マナヤ! 君は決して、消えるべき人殺しなどではない!〉

〈貴方は違う価値観の中でも生きていけるだけの、強い意志を持っているはずです!〉


 ディロンに続き、テナイアの思念も届いてくる。


〈意識だけとはいえ、異なる世界で生まれ育った君の経験、それが君の強みだ!〉

〈統合されても消滅しても、それは貴方から、テオさんからも失われることになるのです!〉


 ――ドクン


 突然、テオのあずかり知らぬ所で心臓が冷たく鳴った。

 何かの感情が、伝わってくる。それは……自戒、そして恐れだ。


〈心配はいらない。君はモール教官を攻撃しようとした後、自分は何をしようとしたのかと、確かに後悔していたはずだ〉

〈関係ない人に手をかけようとした事を、『いけない事』だと貴方はちゃんと認識しているのです。マナヤさん、貴方に人間らしい心が残っている証拠です〉


 そんな()の感情が伝わりでもしたのか、励ますようにディロンとテナイアが思念を伝えてくる。暖かく、許されるような優しい思念だ。



〈――だから、自分に絶望するな、マナヤ!〉

〈貴方らしい生き方を、諦めないで下さい! マナヤさん!〉



 とくん、と鼓動が少し暖かくなる。

 テオの頭の中で、彼が閉じこもっていた岩戸。少しだけ、隙間が開くのを感じた。


「マナヤ」


 そんな()に、テオ自身も話しかけるようにそっと呟く。


「君がどんな恐怖の中にいるのか、僕には完全には理解できないかもしれない」


 そっと、諭すように。暖かく包み込むように。


「でも……出ることを怖がっている君に、僕ができることが一つだけあるんだ」


 周囲の動きがスローモーションのように感じる中、そっと空を見上げた。


「もし君が、暴走しそうになった時。あの時みたいに、必ず僕が『止めて』みせる」


 モール教官を攻撃しようとした時、その前に止めることができた。同じことをするだけだ。


「だから……安心して、出てきていいんだよ」


 目を閉じ、そっと胸に手を当てる。

 そして、再び伝える。マナヤを始めて求めた、あの時と同じように。



「誰一人、君に消えて欲しいなんて願ってない」



 どくん。


 テオを、久々の感覚が襲った。

 自分の意識が、沈んでいくような感覚。


 いや、今までとは少し違う。

 自分の意識が霞んでいくような感覚ではない。


 それは……彼の背中へと回り込み、そっとその背を押してあげる感覚。


 マナヤが背中だけで、感謝の意を示してきた気がした。

 そんな彼の背中に、テオは優しく微笑む。


 ――こっちこそありがとう。これからもよろしく、マナヤ――


 そして、テオの意識は沈むことなく、そっと彼を()()から見守った。



 ***



 閉じこもっていた自分にもなぜか、この二人の思念だけは届いた。

 だから、出てくる気になれた。


「――ありがとな、ディロンさん。テナイアさん。後は任せてくれ」

〈マナヤ!?〉

〈マナヤさん!〉


 鋭い目つきとなり、不敵な笑みを浮かべたマナヤが、脳裏に響く二人の思念に感謝の言葉を告げる。

 それに伴い、安心したような思念を最後に、召喚師解放同盟を襲っていた攻撃魔法が止む。


 ――こっちは、俺が引き受けた!


 マナも、充分に回復している。一歩前へと踏み出し、トルーマンらを()めつけた。 


「マナ、ヤ……?」


 潤んだ声で、赤毛の女剣士が自分の名を呼ぶのが聞こえる。


「おう、心配かけたなアシュリー。……もう、大丈夫だ」


 振り向かずにそう答える。

 まだ、アシュリーの方を見るのは怖かった。できれば、彼女を殺すビジョンは見たくはない。何しろ今目の前にいる連中には、もう既に見えているのだ。


 ――フロストドラゴンを召喚しテ、一網打尽にシてしまエ――


(バカ言ってんじゃねぇよ。後ろの村人まで巻き込む気か)


 浮かんだ『殺しのビジョン』を、頭の中でそう一喝する。自分の背中の後ろで、テオが見守ってくれているのを感じていた。


「……ハハハハハッ! ようやく出てきたか、マナヤ!」


 と、そこへトルーマンが高笑いする。表情が変わり、マナヤが表に出てきたことに気づいたのだろう。部下たちに手で命じ、モンスターを下がらせている。


「その目だ! 全ての人間を殺したいという衝動! 召喚師はそうでなくてはならん!」


 チッ、と胸糞の悪くなる彼の発言に舌打ちするマナヤ。

 そんな様子を知ってか知らずか、トルーマンはニヤリと笑みを深め、マナヤへと手を差し伸べた。


「さあ、私の手を取れマナヤ。貴様に歯向かう者達を、我々と共に殺しつくしてやろう!」

「マナヤ!」


 ぐいっ、と背後からアシュリーが自分の左肩を掴んできた。思わず、そちらを振り返ってしまう。心配そうな表情でアシュリーが見つめ返してくるのを視界に納めてしまい、慌てて目を逸らした。


 ――あれ?


 が、すぐにもう一度アシュリーへと視線を戻す。


 見えない。

 トルーマン達に……一度はシャラにさえ見えていた、殺しのビジョン。

 それが、アシュリーにだけは……()()()()()()


 思わず、口元が緩む。


「――誰がお前らの手なんざ取るかよ、この外道が。俺が取る手は、()()()だ」


 肩に置かれたアシュリーの手に自分の右手を重ね、あっさりとトルーマンの誘いを一蹴するマナヤ。トルーマンの表情が凍り付き、彼の背後に控えていたヴァスケスがため息を吐くのが見える。ちらりと横目で見ると、アシュリーの表情が涙を含んだ歓喜に染まっていた。

 ゆっくりとトルーマンの笑みが消え、顔つきが険しくなっていく。


「……貴様。この期に及んで、まだ我々のやり方に文句があるというのか。人間でなくなった今の貴様ならば、実感したはずだ。殺してしまうのが一番手っ取り早いと」

「ああ、そうだな」


 肩に置かれたアシュリーの手をそっと外して小さく答えると、彼女が一瞬、不安に体を震わせるのが視界の端に映った。

 大丈夫だ、心配するな。そういう気持ちを込め、彼女に一瞬目くばせする。直後、きっとトルーマンらを()めつけた。


「人間を辞めた今の俺だから、はっきりわかる。確かに殺しちまうのが一番手っ取り早いよ。()()()()()


 マナヤが一歩下がり、アシュリーと肩を並べた。


「考えてみりゃ、俺は最初っから人間じゃねーんだ。今さら人間を辞めたくらいで、どうこうなるもんか。それに……」


 嘲るような笑みを引っ込め、マナヤは憎悪の視線をトルーマンらに向ける。


「お前らは、()()両親を死なせた。そんなお前らに、俺が従うもんかよ。この『殺したい』って感情の矛先が向いてるのは、ハナからお前らだけなんだ」

「……ふん。貴様の親を、いつの間にやら我々が殺していたということか」


 トルーマンが鼻を鳴らした。おおかた自分達が、セメイト村かスレシス村の襲撃時にマナヤの両親を殺した、とでも考えているのだろう。


「それで、また我々のやり方に文句をつけるのか? 現実を見る見ないなどと、以前私に説教を垂れていたように」

「説教? どうでもいいんだよ。今さらお前らに理念なんざを説く気はねえからな」


 そんなものはもう、どうでもいい。憎悪の目を、さらに深く染める。


「ただ、お前らが気に入らない。だから潰す。それだけだ」


 理屈でなければ、道徳でもない。人殺しに成り下がった自分に、そんなものを語る資格はない。

 だがそんな自分だからこそ、できることがある。


「人を殺すことで、どれだけ世界が変わるか俺は知った。『流血の純潔』を失くすことの辛さを知った。そんな俺だから、今こそできることがある」


 ざっ、と再びトルーマンへと一歩踏み出す。


「こんな思いを、他の誰にもさせないために。テオやシャラ……そして、アシュリーを! 俺の大事なやつらの『流血の純潔』を守るために、俺は戦う!」


 理性が抑えようとしていた『殺気』を、一気に解放した。


「そのために、俺はテオとは別の人格として生まれたんだ!」


 テオが、『流血の純潔』を汚さなくて済むように。

 テオを、テオの周りの者達を、殺人狂の連中から守れるように。

 テオらに替わって、自分が穢れ仕事を全て引き受けられるように。


 ――マナヤ――


 自分の背中から、もう一人の自分が優しく声をかけてくるのがわかる。


「テオ! 約束は守ってもらうぜ!」


 そんなもう一人の自分に、叫ぶように声をかける。ビクリと、意識の中で彼が一瞬震えるのを感じた。


「もし俺が暴走しそうになったら……俺を抑えるのは、テオ! お前の仕事だ!」


 おっかなびっくりなテオの感情が伝わってくる。

 そんな彼に、マナヤは背中を任せるように叫び伝えた。



「任せたぞ、相棒(あいぼう)ッ!」


 ――うん!



 テオの歓喜の感情が伝わってくる。『初めて、正面きって自分を頼ってくれた』と。

 照れ臭くなったマナヤは、それを誤魔化すように鼻を掻く。そして改めて、トルーマンらを睨みつけた。


 ヴァスケスが顔をしかめ、嘆息する。


「……どうやら、この賭けには失敗したようです。トルーマン様」

「チッ……仕方がない。ならばもはや、容赦はせんぞマナヤ。散々我々の邪魔をしてきた貴様は今、この場でくたばれッ!」


 再び召喚師解放同盟の者達が身構えた。


「マナヤ!」


 隣のアシュリーも一歩進み出て、もう一度肩を並べてくる。

 その存在感に安心し、マナヤはもう恐れず彼女の視線を真っ向から受け止める。


「お前も頼んだぜ、アシュリー! 俺はお前に合わせる! だからお前も、俺に合わせろ!」

「――当然っ!」


 頼もしい返事と共に、アシュリーが腰を落とす。いつでも飛び込める準備だ。


 何があっても、もう大丈夫だ。

 きっと自分は、人間らしさを完全には失うことなく戦うことができる。自分の全力を、解放できる。

 自分を支えてくれる、仲間たちがいれば。

 それを実感したマナヤは、一度深呼吸。


 そして目を見開き、高らかに叫ぶ。

 実に久しぶりになってしまった台詞。いつしか、ここはゲームではないとはっきり実感してから、不謹慎と思い言わなくなってしまった台詞。

 異世界で遊戯(ゲーム)を始める時に必ず言っていた、あの言葉を。



「――召喚師マナヤ、勝負開始(コンバット・コメンス)!!」



 瞬間。

 マナヤは、()()()()を入れた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 愛しい人の意識を感じて、そっと目を閉じる!! ヒュー、熱いね! エモいね! キュンキュンするね! 読み直すと、流血の純血散らしたディロンの疑り深い性格って、マナヤに会いに村に訪れた時から…
2023/01/10 21:36 退会済み
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