124話 三方の分断戦 葛藤
モンスターの大軍の背後で、召喚師達が勝ち誇った顔を見せた。
「このっ……!」
「だめ、アシュリーさん! 下がって!」
思わず前に飛び出そうとしたアシュリーを押しとめ、自身が躍り出る。
今召喚されたモンスターの中でも、巨大なサソリ型のモンスター『スポーン・スコルピオ』は危険だ。その尾の先端から棘状の毒卵を発射してくる。白魔導師が気絶し、シャラもこの場に居ない現状で毒を受けるのはまずい。
「【鎚機SLOG-333】召喚っ! 【行け】!」
テオはすぐさま、目の前に巨大な金属の塊を召喚した。巨大な立てた樽のような胴体の下部に車輪がついており、上半身には腕の代わりに人間の胴体ほどの大きさがある鉄槌が三つ、接続されている。頭部は半球状で、なにかガラスの球体のようなものが無数張り付いていた。
そのモンスターの姿を見たトルーマンが、激昂する。
「私のSLOG-333ッ! 今すぐに返してもらうぞ! やれ!」
機甲系の最上級モンスター、鎚機SLOG-333。
かつてはトルーマンが使っていたモンスターであり、それをマナヤが奪ったものだ。
「くっ! 【ラクシャーサ】!」
襲ってくる敵モンスターのいくらかを、アシュリーが範囲攻撃で薙ぎ払っている。倒れている他の間引きメンバーを、守ってくれているのだろう。
「【火炎獣与】」
「【火炎防御】!」
敵召喚師の誰かが、自身のモンスターに炎を纏わせているのに気づいた。テオはすかさず鎚機SLOG-333に火炎耐性を付与して守る。
ヴン、と鈍い音を立て、鎚機SLOG-333にくっついていた三つの鉄槌が離れ、宙に浮かんだ。攻撃態勢に入ったのだ。
(視点変更!)
その瞬間、テオは目を閉じる。鎚機SLOG-333に視点を変更すると、すぐ間近に大量のモンスターが集まってきているのがわかった。
三つの鉄鎚が、発射されようとした瞬間。
――【リミットブレイク】!
テオが心の中で念じる。
途端に、鎚機SLOG-333の周囲を強烈な稲妻の嵐が荒れ狂った。鉄鎚どころか、明らかにSLOG-333の射程圏外であるはずの距離にまで。
電撃に巻き込まれて、敵モンスター達の大半が動きを止める。空中に浮かんでいる『クピドエンジェル』にもその効果は及び、耐久力に乏しいその天使はあっさりと倒された。
「な、なに!?」
「バカな! 電撃獣与は使ってなかったはず!?」
トルーマンら含め、召喚師達は辛うじて範囲には入っていなかったため難を逃れた。が、予想外の攻撃に慌てふためいている。
「あ、ぐ……っ」
しかしテオ自身は範囲外には逃れきれておらず、その電撃をいくらか食らってしまった。慌てて視点を自分自身へと戻す。体が焼けつくような痛みを堪えつつ、もつれる足で後退した。
「こ、小僧、貴様何をした! SLOG-333の攻撃はこのようなものではなかったはずだ!」
そんな様子を見ていたトルーマンが目を血走らせて叫んでくる。テオは黙し、ただ全身がきしむような痛みを堪えるのみ。
(マナヤさんの教本に載ってた、『リミットブレイク』……本当に、できた!)
モンスターは原則として、たった一つの攻撃手段しか持たない。それは本来、最上級モンスターとて例外ではない。
ただし、近接攻撃型の最上級モンスターに限り、もう一つの攻撃手段がある。それが『リミットブレイク』だ。攻撃の瞬間にモンスター視点にして念じることで、モンスターの通常攻撃と同時にもう一つの攻撃法を同時に叩き込むことができる。
鎚機SLOG-333のリミットブレイクは、先ほど見せた稲妻だ。鉄鎚での攻撃と同時に、周囲にも電撃の嵐を発生させることができる。
(もう一発! 【リミットブレイク】!)
鎚機SLOG-333が再び攻撃モーションに入ったのを見計らい、再び視点を変更してリミットブレイクを発動する。
電撃の嵐が巻き起こり、モンスターの群れを嘗め尽くした。何体かは、召喚師解放同盟の者達による電撃防御でしのいだようだが、耐久力の無いモンスターがすでに何体か魔紋へと還っている。
だが、テオには封印している余裕はない。
「【応急修理】!」
鎚機SLOG-333へ呪文を唱えると、その損傷が修復されていく。機械モンスターを治癒する魔法だ。
リミットブレイクは、無制限ではない。モンスター自身のMPを消費して発動するものだ。
しかし機械モンスターである鎚機SLOG-333は、MPがない。そのため、代替としてHPを消費して発動する形になる。だいたい一撃で15%ほど消費するので、その分を治癒して補ってやらなければならない。
「もう一発っ――」
「うわあああああっ!」
「えっ!?」
さらにもう一発リミットブレイクを撃ち込もうとして、突然の悲鳴にテオは視点変更を中断してそちらを見やる。
一人の敵召喚師が、尻餅をついていた。二発目のリミットブレイクによる電撃が掠めていたようだ。鎚機SLOG-333がその召喚師をターゲットに選び、突撃していく。
「し、しまった! 【戻れ】!」
テオは慌てて鎚機SLOG-333を呼び戻した。
頑丈な召喚師とはいえ、リミットブレイクに巻き込まれた上で鉄鎚の直撃を食らえば、命はない。『人を殺してしまう』。
「……ッははは! そういうことか! ヴァスケス!」
「【ギュスターヴ】召喚!」
モンスター達が半壊し慌てふためいている召喚師が多い中、トルーマンがヴァスケスへと命じた。即座に手をかざしたヴァスケスの目の前に、巨大な召喚紋と共に下顎から牙が生えたワニが出現する。
ギュスターヴ、精霊系の上級モンスターだ。
「――アシュリーさん!」
「こっちは任せて! 【バニッシュブロウ】」
他のモンスター達は、アシュリーが抑えてくれている。
テオはこくりと頷く。
「よし、【行け】!」
改めてテオは突撃命令を下した。
巨大なワニへと向かっていく鎚機SLOG-333を追いかけていった。補助魔法の射程から外れるわけにはいかない。
「【精神獣与】!」
そして、鎚機SLOG-333に魔法をかけた。途端に、三つの鉄槌全てに黒いエネルギーが宿る。
精神獣与により、精神攻撃力を追加したのだ。発揮される精神攻撃の威力は、かけたモンスターの攻撃力に依存する。
「【精神防御】」
それに反応して、ヴァスケスが防御魔法をかける。巨大なワニ、ギュスターヴに紫色の膜が取り巻いた。精神攻撃が効かなくなる。
(それで、いい! リミットブレイクさえ通るなら!)
テオの狙いは、ヴァスケスに『電撃防御』を使わせないことだ。
逆属性である電撃防御と精神防御は、併用できない。
三つの鉄槌が、ヴンと再び宙に浮かんだ。
「【猫機FEL-9】召喚!」
するとヴァスケスが、おもむろに青い猫型の機械モンスター『猫機FEL-9』を召喚した。
(えっ?)
おかしい。
下級モンスターの猫機FEL-9では、鎚機SLOG-333の攻撃一発で倒れる。さしたる時間稼ぎにもならないはずだ。猫機FEL-9には、打撃に耐性がない。
そんなことを一瞬の間に考えている間に、鎚機SLOG-333の鉄槌が猫の機械モンスターへと目標変更した。慌ててテオは足を止め、視点を変更する。
宙に浮いた三つの鉄槌が、一斉に猫機FEL-9を叩き、粉砕する。同時に強烈な電撃が周囲に放たれ、ギュスターヴの身をも焼いていた。
――その時。
「――【野生之力】!」
ヴァスケスの叫び声と共に、ギュスターヴの下顎から生えた牙が、緑色の閃光を宿した。
三つの鉄鎚を引き戻している最中の鎚機SLOG-333に、ギュスターヴの牙が突き刺さる。ぐしゃり、と金属の塊であるはずの身が腐った木材かのように砕け、そのまま爆砕。
痛みこそ感じなかったが、強い衝撃は伝わってきた気がして、テオは吹き飛ばされるように強制的に視点が元に戻る。
「あっ――」
「【封印】」
急激な視点変更で反応が遅れた。その隙を逃さず、ヴァスケスに鎚機SLOG-333の魔紋を封印されてしまう。
鎚機SLOG-333が、奪い返された。
「トルーマン様!」
「でかしたぞヴァスケス! 今はそのまま貴様が持っていろ! 【精神防御】」
ヴァスケス、トルーマン共に勝ち誇ったような顔になる。トルーマンはレイスに精神防御をかけなおしていた。レイスと戦っていた、テオのエルダー・ワンが倒れる。
そしてテオは、自分の状況に気づいた。敵陣の只中に、無防備で立っている。目の前には、牙に緑色の閃光を宿した巨大なワニが。
「やれ、ギュスターヴ!」
「な、【ナイト・クラブ】召喚! 【跳躍爆風】!」
慌てて後方に手を向け巨大なカニを召喚。その上に飛び乗ると、跳躍爆風をかけて跳ばした。
着地を考えている暇がなく、アシュリーの傍らに乱暴に着地。その勢いで振り落とされ、地面を転がってしまった。
「大丈夫、テオ!?」
「な、なんとか……でも、SLOG-333が……」
アシュリーに声をかけられつつも、テオは起き上がって敵を見据えた。
(今のは、『野生之力』……どうして、こんな威力に?)
先ほどヴァスケスが使った魔法、野生之力。あれは、ギュスターヴ単体で使ってもあれほどの威力を出せない魔法だったはずだ。
するとヴァスケスがギュスターヴに【待て】を命じつつ、後方へと顔を向けて語り始めた。
「野生之力……まさか、生物モンスターの数と強さに比例して、威力が上がる魔法だったとはな。マナヤに使われるまで、条件に気づかなかったぞ」
「……まさか」
テオが目を見開く。彼が見据えていた先は、後方の森の中。
「その通り。こうなることを予期して、事前に森の中に生物モンスターを六体、配置しておいた。貴様に盗られた強力なモンスターを、奪い返せるようにするためにな」
マナヤは一度、トルーマンやヴァスケスと戦った時にこの戦法を見せている。
大量の生物モンスターを場に出しておき、その上で一撃の威力が高いヴァルキリーに『野生之力』をかける。それによって、トルーマンが使っていた鎚機SLOG-333を、一撃で破壊する戦法。
ヴァスケスは、ほぼ同じことをテオに対して行ったのだ。鎚機SLOG-333の一撃でギュスターヴが先にやられてしまわないよう、一撃分を引き受ける『囮』を用意するところも含めて。
「……テオ、こいつを借りるわ! ブーストお願い!」
「あっ、はい! 【秩序獣与】」
アシュリーが納刀し、テオが乗ってきたナイト・クラブの足を引っ掴む。何をするか察したテオは、すぐにナイト・クラブのハサミに神聖攻撃力を追加した。
「【バニッシュブロウ】!」
アシュリーは、迫りくる巨大なワニに向かって、ハンマーのようにナイト・クラブを叩きつけた。青白い光に包まれたナイト・クラブのハサミが、緑の閃光を宿したギュスターヴの牙に激突する。
轟音と共に、ナイト・クラブの青銀の甲羅が爆砕した。しかし同時に、ギュスターヴも思い切り後方へと吹き飛ばされる。アシュリーも衝撃で倒れ込み地面を転がる。
「く……」
「ふん、先日のようにモンスターを振り回すか」
トルーマンが、忌まわしいものを見る目でアシュリーを睨む。
(こうなったら、フロストドラゴンで……いや、ダメだ)
フロストドラゴンなら、彼らを一網打尽にできるかもしれない。だが、それでは彼らを殺してしまいかねない。
それに、自分達の背後には気絶してしまった村人達がいる。下手にフロストドラゴンを召喚して、彼らが巻き込まれてしまったらアウトだ。超広範囲のブレス攻撃を行う竜族は、その辺りの塩梅が難しい。
(せめて、採石場の上に上がれれば)
しかし採石場の上には、四大精霊のシルフとノームがいる。迂闊に近づけない。
「どうやら、ここまでのようだな」
さらにトルーマンが、一歩踏み出してきた。少し離れた位置に、レイスを従えながら。
まさに死神を味方につけたようなその絵面に、テオもアシュリーも一瞬気圧される。
「さあ出てこいマナヤ。……それともテオとやら、貴様が殺してみるか? 我々召喚師を」
「な……」
テオが絶句する。挑発するような、厭らしい笑みを見せたトルーマンがなおも続けた。
「先ほど貴様は、躊躇ったな? SLOG-333で我が同胞を殺すことを」
「う……」
「貴様は、殺しを犯すことの意味を知っているようだな。マナヤが我々と同類になったことが、ほぼ確定したということだ」
その時、激昂したアシュリーがトルーマンに食って掛かる。
「ふざけんじゃないわよ! マナヤがあんた達の同類になんてなるもんですか!」
「なるともさ。私は、自分の家族を殺めた時、世界が変わった」
それに答えたのは、ヴァスケスだ。恍惚とした表情になり、浮かされたように語り続ける。
「家族に忌み嫌われ、危険な森に捨て置かれた日。トルーマン様に導かれ、村人を自らのモンスターで殺した。直前は罪悪感こそ抱いたが、殺した瞬間に私は悟った。『敵』を殺すことに、なにも厭う必要など無い、とな」
「何を……!」
「私の家族も、どうせ私を殺そうとしていた。所詮は私と同じ人殺しだ。ゆえに私も、自らが生きるために、命を脅かそうとした者を殺しただけのこと。単純な弱肉強食、自然の摂理だ」
淡々とした、冷淡なヴァスケスの言葉。
そんな言葉を引き継ぐように、トルーマンも目線を上に向け、話し始める。
「そういうことだ。マナヤに……召喚師に限った話ではない。貴様もだ、アシュリーとやら。お前もまた、先ほどからモンスターを相手にしているばかり。人を殺せばどうなるか、わかっているのだろう?」
天を仰いでいたトルーマンが、アシュリーへと視線を戻す。
「大方、ディロン辺りから聞いたか。奴もまた殺しに囚われた一人。何人もの我が同胞が、奴に殺された。貴様も、その道を進んでみるか? アシュリー」
「こ、の……!」
「殺しの覚悟もない未熟者が、のこのこと戦場に出てくるからこうなる。我々と敵対しておきながら結局、貴様は自分の手を汚す覚悟がない。ならば、我々には好都合というものだ」
トルーマンがさっと手を上げる。
途端に周りの召喚師達が、また次々とモンスターを召喚し始めた。
「剣士である貴様の身は、一つしかない。だが我々には、召喚することで無限に補給できる戦力がある。召喚師を殺す覚悟が貴様らに無い以上、貴様らには決定打が無い」
「トルーマンっ……!」
アシュリーがきつく目を瞑った。カタカタと、剣先が震えている。
「貴様もだ、テオとやら。どれだけ召喚しようと、もはや貴様一人でこの数に対応できまい。それとも、お前も我々を殺してみるか? 我々の同類になってみるか?」
「う……」
「あるいは、マナヤに替わってみるか? 奴ならば、切り抜けることができるやもしれん。……まあ、今のあやつが出てきたならば、我々の一員に迎えるだけのこと」
後ずさりするテオに、追い詰めるように更に一歩踏み出すトルーマン。さらに横に居るレイスに、再び魔法をかけた。
「【精神防御】……さあ、始めるとしようか。マナヤが出てくるか、貴様が殺しに手を染めるか、我々に殺されるか……」
「……っ」
「どう転ぼうが、我々の勝ちだ」
トルーマンの勝ち誇った顔に、テオは歯噛みしながら目をきつく瞑った。
――結局僕は、マナヤがいないと何もできないのか! マナヤを苦しませることしか、できないのか!
目を開き横へと視線を移せば、アシュリーもまた苦悶の表情を浮かべている。
「……テオ」
「え?」
突然アシュリーは顔を伏せ、静かにテオに呼び掛けてきた。
「もし、あたしが狂ったら……ごめんね」
「……あ、アシュリーさん、まさか!?」
アシュリーが、決意を秘めた目で前方を見据えた。彼女の深い悲しみと、やるせない怒り、自身への絶望。それが、ありありと伝わってくる。
そしてくるりと、こちらにもその顔を向けてきた。今度は、少し慈悲も宿した目で。
「……マナヤ。あんた一人にだけ、辛い思いはさせないから……!」




