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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第三章 流血の純潔と女剣士の願い
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122話 三方の分断戦 足止め

 時は少し遡り、テオから聞いた岩山へとたどり着いた騎士隊。


 ディロンとテナイアの指揮の下、大岩の裏にあった洞窟の検分を行っていた。

 遺体等の運び出しを行わねばならないため、建築士によって入り口の大岩は退けてある。洞窟内部は、残っていた明かりの魔道具があるので十分明るい。


「ディロン様、これを」

「どうした? 何か見つかったか」


 騎士の一人が呼び掛けてくる。ディロンは、遺体の一つに屈みこんでいた騎士の元へと歩み寄った。


「この遺体、マーカス地区にて指名手配されていた『ブライトン』と身体的特徴が一致します」

「何?」

「他の遺体も、彼に同行していた者達と特徴が合致しました」


 騎士の報告に、ディロンが眉を顰める。いまだそこら中に転がっている遺体を見渡した。


(ではこの者達が、件の『ブライトン一味』ということか?)


 ブライトン一味といえば、かつてマーカス地区にて度々虐殺事件を起こしていた殺人狂の一味だ。

 以前、事情聴取のためマナヤをマーカス駐屯地へと誘った際にも、その事件が起きていた。そのため当時、マーカス駐屯地の騎士隊長はそちらの調査へ向かわせていたのだ。


「マーカス地区東部で活動していたはずだが、このような場所にまで来ていたということか」

「おそらく。騎士隊による追跡を逃れるため、北東のこの場所へと逃げ延びてきたのではないでしょうか」

「ふむ」


 騎士の指摘にディロンは一つ納得する。

 連中はまだ安定していない開拓村を好んで襲うことが多かった。マーカス地区東部から北東へと逃げ、十一番開拓村がターゲットにされたのだろう。

 開拓村には大抵騎士隊が常駐している。だが防壁や警備体制などは安定していないため、連中に狙われることが多かった。


(だとすると、奇しくもマナヤはお手柄だ。喜びはしないだろうが)


 指名手配中のブライトン一味を滅ぼした。あるいは、少なくとも中核を担う者達を殲滅した。

 もっとも、そのせいで彼が人間でなくなってしまったのだから皮肉なものである。


「……妙だと思いませんか、ディロン」


 そこへ声をかけてきたのは、テナイアだ。


「どうした、テナイア」

「マナヤはなぜ、この場所に単独で来たのでしょうか」

「コリィを人質に取られて、と彼が説明していただろう」

「それにしても腑に落ちません。彼が流血の純潔を散らしてしまったことで失念していましたが……ここは開拓村からかなり離れた場所です。テオさんにしろマナヤさんにしろ、誰にも告げず単独でこの近隣まで捜索範囲を広げるとは思えません」


 ディロンは、テナイアが言わんとしていることを察した。


「何者かに、この場所へと誘導されたということか。コリィを人質として、単独でやってくるようにと」

「はい。そしてなぜか、開拓村とは直接関係のないマナヤさんを指名してきたことになります」

「マナヤの事を知っており、そしてピンポイントに彼を狙ってきた……」


 ブライトン一味が彼のことを知っているとは考えにくい。連中は、マナヤと関わったことがあるセメイト村やスレシス村方面……すなわち、マーカス地区南部では活動していなかった。

 となると、残るは。


「召喚師解放同盟、か?」

「ブライトン一味を利用し、マナヤさんをおびき寄せた。あわよくば、彼らがマナヤさんを殺してくれることを期待して。可能性はあるのではないでしょうか」


 憂うように目を伏せるテナイア。ディロンも顔をしかめ、洞窟の奥を見やる。

 コリィが寝かされていたと思しき、石の台があった。壊れた石の手枷らしいものの残骸が残っている。


「――テナイア様!」


 と、開拓村の村長代理も務めている女性騎士アロマが、洞窟奥からディロン達の元へと駆け寄ってくる。

 テナイアが彼女へと尋ねた。


「何かありましたか?」

「その……生存者です。牢に入れられておりました」


 思わずテナイアが顔を見合わせる。今度はディロンがアロマに問いかけた。


「一味の生き残りがいたのか?」

「いえ、それが……酷く(なぶ)られた女性が、奥の石牢に閉じ込められていたのです。白魔導師に診せてはいますが、酷い状態ですのでテナイア様のお力をお借りしたいと」


 アロマが鎮痛な面持ちで、言いにくそうに報告する。殺人狂が女を牢に閉じ込める。殺し以外の『楽しみ方』をしていたのではないかと、容易に推測できる。

 すぐさまテナイアが応じた。


「すぐに案内して下さい」

「はっ」


 アロマに連れられ、テナイアが奥へと駆け足で向かった。白魔導師に女性が多いのは、こういう時のためでもある。



 ……その時。


 ――ドウッ


「何!?」


 洞窟の中からでも聞こえた、救難信号が上がる音。

 入り口近くを屯していた騎士達の後に続き、ディロンも急ぎ洞窟の外へと出る。すると、開拓村の方向に橙色の光の柱が見えた。


「準スタンピード級の危機だと!?」


 直後、思わず後方を振り返る。

 テナイアはまだ中で、生存者を治療中。おそらくその生存者は、動かしてはまずい状態のはず。今、テナイアを連れていくわけにはいかない。


 迷ったのは、一瞬だけだった。すぐにその場の騎士達に指示を飛ばす。


「各『クラス』の女性騎士達を若干名ずつ残し、残りは十一番開拓村へ急遽帰還する! 即刻移動を開始せよ!」

「ハッ!」


 総員がすぐさま動き出す。ディロンと共に洞窟の外に出ていた者達はそのまま岩山を降り始め、ディロンもそれに続いた。他の騎士達も続々と洞窟から出てくる。

 騎士達を全員連れていきたいところだが、テナイアが生存者を連れて村に戻る際、モンスターから守りつつ護送するための戦力が要る。何人かはここに残しておかなければならない。


(よりにもよって、このような時に襲撃が発生するとは)


 海からの間引きで安全確保しやすくなったからと、騎士隊の者を全員こちらへ連れてきてしまったのが裏目に出た。常駐の騎士達まで居なくなったあの村が、今襲撃されるなど最悪だ。

 深い森の中ゆえ、騎馬で駆け抜けられないのも痛い。騎士達が徒歩で、しかし可能な限り急いで森の中を駆けていく。


「――十一時より敵反応の接近を確認! は、速い!」


 と、やや後方の弓術士隊から警告の声が上がった。即座に騎士達が進軍を停止し、右前方を警戒する。

 木の間から、ディロンの目にも見えたその敵の姿は……


「あれは、『レイス』!?」


 黒いローブを纏ったような、ローブ含め全身が半透明の幽霊。フードの中から骸骨のような頭部のみ覗いている。

 伝承系の上級モンスター、『レイス』。見た目通り実体を持たず、精神攻撃以外の一切の攻撃が効かないモンスターだ。


「何だあの速度は!?」


 ディロンと同じくその位置を見て取った剣士の騎士が目を見張る。

 レイスは本来、非常にゆっくりとしか移動できないモンスターだ。ゆえに、上級モンスターとしてはさほど脅威ではない部類に入る。

 そのレイスが、ヘルハウンドにも劣らぬほどの速度で接近してきていた。


「【エーテルアナイアレーション】!」


 ディロンが即座にレイスに黒いエネルギーを放つ。敵のマナを削り取る、上位の精神攻撃魔法だ。

 レイスは精神攻撃以外を一切受け付けない反面、その精神攻撃には極端に弱い。ディロンのエーテルアナイアレーションならば瞬殺できるはず。


「何!?」


 が、確かに着弾したはずの黒いエネルギー弾は、レイスにぶつかって霧散した。

 見ると、レイスは紫色の防御膜のようなものに覆われている。あれがエーテルアナイアレーションを防いだのだろうか。


「――建築士隊! レイスを拘束しろ!」


 即座に建築士隊の者達に指示する。慌てて建築士達が進み出て、地面に手を着いた。レイスの足元から岩の壁が立ち上り、箱状になってレイスを閉じ込めようとする。


 レイスは実体を持たないが、障害物をすり抜けることはできない。そのため、精神攻撃が間に合わない際には、こうやって岩壁を使って閉じ込めてやるのがセオリーである。

 また、レイスには『寿命』がある。活動開始してから五十秒経過すると、勝手にマナを失い消滅してしまうのだ。ただ時間稼ぎだけしていれば、攻撃せずともレイスは自滅するはず。


「だ、ダメです! 速くて捉えきれません!」


 建築士隊が慌ただしく報告する。

 彼らがレイスを拘束せんと造った岩壁は、しかしレイスはするすると高速ですり抜けていった。レイスらしからぬ移動速度というのもあるが、野良モンスターではありえない動きをしている。

 まるで、何者かに細かく操られているような。


「止むを得ん! 前面に壁を展開しろ! 接近を許すわけにはいかん!」


 ディロンが命じると、建築士隊が今度は横長の壁を一気に作り出した。とりあえずレイスの進行を止める作戦だ。


 レイスは精神攻撃しか効かないが、自身も精神攻撃を行うモンスターである。周囲に黒いモヤを撒き散らし、それに触れた者のマナを削り取ってしまう。

 その上、そのモヤには『魔叫』という特殊効果がある。浴びてしまった者は一定時間、マナが回復するどころか減り続ける状態に陥る。そのため、レイスの攻撃を食らうわけにはいかない。


「――こ、今度は後方から敵襲!」


 そこへ飛んだのは、後方にいた弓術士からの再度の報告。

 次の瞬間。突然、その弓術士達の只中に竜巻が発生した。


「うわあああああっ」

「ぎゃあああああっ!」


 為すすべなく空中に巻き上げられる弓術士達。

 その竜巻の中心に、いつの間にか醜悪な寄生虫のような肉の固まりが出現していた。大きさは、体積にして人間の三倍ほど。上端あたりについている口らしき部分からヌラヌラとした長い舌を生やしている。

 その口から下品な笑い声を放つたびに、真空の竜巻が巻き起こる。


「フライング・ポリプだと! くっ、【スタンクラッシュ】!」


 冒涜系の上級モンスター、『盲目のもの(フライング・ポリプ)』だと看破したディロンは、敵を後方へと吹き飛ばす魔法を放った。竜巻の中心にいたフライング・ポリプが後方へと押し流され、弓術士達は竜巻から難を逃れる。


「【シャドウパルチザン】!」


 続けて黒魔導師隊が闇撃の槍を放つ。闇撃はフライング・ポリプの弱点だ。

 が、命中したその闇撃の魔法攻撃は、フライング・ポリプの体表を多少焦がしただけに終わった。このフライング・ポリプにもうっすらと見える、紫の防御膜。


「く、こいつもか! やはり『召喚師解放同盟』の! 白魔導師隊、結界を!」


 ディロンは、この襲撃の正体を確信した。白魔導師隊に命じ、竜巻に巻き込まれた弓術士達に結界を張らせて救出させる。


 異常な速度で移動し、精神攻撃を弾くレイス。そして、これまた異常な速度で接近し、弱点であるはずの闇撃が効きにくいフライング・ポリプ。

 召喚師による補助魔法の影響下にあるモンスター達に間違いない。


「闇撃が効かぬならば、電撃を放て! 【サンダースティンガー】!」

「【プラズマハープーン】!」


 巨大な電撃の回転衝角を放つディロンの指示に従い、黒魔導師達も今度は電撃の槍を放ち始める。闇撃が効かないならば、逆属性の電撃ならば通じるはず。

 が、その瞬間にフライング・ポリプの姿がすっと掻き消えた。次々と放たれた電撃の攻撃魔法は、何かに炸裂するでもなく森の奥へと飛び去っていく。


「外しただと!?」


 命中する前に、フライング・ポリプが移動したのだろうか。しかし、だとすれば移動が速すぎる。先ほど弓術士達フライング・ポリプを感知した直後、その弓術士達の懐へと潜り込んだのもそうだ。先の『レイス』ともども、召喚師による補助魔法『時流加速(クロノス・ドライヴ)』がかかっているとしか思えない。

 慌ててディロンは周囲を見回した。白魔導師達が、地に伏せた弓術士達を懸命に治療している。透明モンスターの位置を把握できる弓術士が動けないのは、致命的だ。


「――! 建築士、壁を!」


 即座にディロンが建築士達に指示する。

 先ほど、建築士達が張った壁。その左端から回り込むようにして、紫の防御膜に守られたレイスが侵入してこようとしていた。


「【エルダー・ワン】召喚! 【精神防御(グルーミング・ガード)】、【行け】!」


 そこへ、同行していた騎士隊の男性召喚師が水色の体をしたヒトデ足の化け物を召喚。レイスと同じ紫色の防御膜を張り、レイスへと突撃させた。

 彼はかつて、セメイト村の召喚師達による指導を受けた一人だ。


 ――ブワァッ


 突然、レイスが体全体から黒いモヤを放った。それが、レイスまで接近していたエルダー・ワンを呑み込む。

 が、紫色の防御膜によってそれを弾いたエルダー・ワンが、頭突きでレイスを攻撃した。その頭部がレイスの紫防御膜にぶつかり、弾かれる。


「よし、とりあえずコレで……!」


 その召喚師が一旦息をつく。レイスの精神攻撃を精神防御(グルーミング・ガード)で防いでいるので、エルダー・ワンが足止めに成功している。

 エルダー・ワンの攻撃は、物理攻撃ではあるが若干の精神攻撃も含まれている。彼がセメイト村の召喚師達から学んだことだ。そのため、レイスの処理にももってこいのモンスターである。

 もっとも、敵のレイスもおそらく精神防御(グルーミング・ガード)の影響下にある。このままでは膠着状態。


「こ、今度は全方位からモンスターの集団が! 囲まれています!」


 ようやく立ち上がった弓術士隊の者達が、鋭い声で警告。同時にあらゆる方向へと矢を放ち始めた。

 木立の中から現れたのは、剣と盾を携えた骸骨騎士の軍団。伝承系の下級モンスター『スカルガード』だ。


「総員、闇撃だ! 【ダークスフィア】!」


 ディロンが闇撃の範囲攻撃魔法を放ち、命じられた黒魔導師隊もそれに続く。スカルガードの群れが巨大な黒い球体に次々と呑まれ、半数ほどが消滅した。


「残っている、だと」


 見ると、まだ立っているスカルガード達もうっすらと紫色の防御膜に覆われている。半数には事前に精神防御(グルーミング・ガード)がかけられていたようだ。



〈――くっくっくっ……お久しぶりです、ディロン殿〉



 その時突然、足止めされていた『レイス』から男性の声がしてディロンが目を剥く。


「何!?」

「しゃ、喋った!?」


 剣士達も剣を構えながらも戸惑っていた。


(召喚師による、モンスターを通して声を届ける能力か)


 以前ディロンは、マナヤが同じことをしていたのを思い出す。


「その声……貴様、ダグロンだな」

〈ええ、ご名答ですディロン殿。昨年、ジジル村でお会いして以来でしたか〉


 エルダー・ワンとの殴り合いを続けながらも、『レイス』がディロンらに話しかけてくる。


 ダグロン。

 召喚師解放同盟の幹部の一人であり、ディロンも度々彼と戦ったことがあった。召喚師解放同盟が自ら召喚モンスターを使って村を襲っていたころからだ。

 そして、召喚師解放同盟が野良モンスターを誘導し人為的スタンピードを起こすようになってからも。度々ディロンらと遭遇したことがある。こちらを嘲笑うように、策略を巡らせ弄ぶような戦い方をしてくることが多かった。


〈貴方がたと、こんな場所でお会いできるとは。トルーマン様の采配に、感謝を〉

「……開拓村を襲ったのも、貴様の仕業か。ダグロン」

〈いえいえ、我々は()()あの村を襲っていませんよ。そうする前に、件のマナヤとやらの方から出てきてくれたようでしたので〉


 くつくつという嗤い声。『マナヤ』の名に、ディロンはいっそう喋るレイスを強く睨みつけた。


 ――マナヤは……テオは今、アシュリーと共に間引きに!


「やはり、貴様らがマナヤにブライトン一味をけしかけたのか!」

〈ご名答です。トルーマン様の仰せでしてね。マナヤに『殺人』の経験を与えれば、きっと我々の一員になってくれると〉

「……っ!」


 その返答に一瞬ディロンが絶句。


「貴様ら召喚師解放同盟は、『洗礼』と称して新人に村人を殺させていた。まさか……」

〈もうそこまでご存じでしたか。そうですよ。殺しの味を知れば、心変わりをする者は多いですからね〉


 ――マナヤに『流血の純潔』を汚させ、引き入れるつもりだったのか!


 ディロンの顔が憎悪に染まる。

 と、突然レイスはくるりと反転し、来た方向へと凄まじいスピードで帰っていく。


「貴様、逃げるか!」

「ディロン様! おそらく彼は、レイスに精神防御(グルーミング・ガード)をかけなおしに行ったのです」


 ディロンの激昂に対し、騎士隊の召喚師が冷静に分析した。


「レイスは通常、五十秒で消滅してしまいますが、精神防御(グルーミング・ガード)をかけた場合は別だと教わりました。レイス自身の、時間経過によるマナ減少すらも無効化される。だから、精神防御(グルーミング・ガード)が切れるタイミングでかけなおすつもりでしょう」


 この召喚師がマナヤ、そしてセメイト村からの指導で学んだ情報であるらしい。


「戦闘中のモンスターを呼び戻すには、【戻れ】命令を使うしかありません。つまり……」

「――! 奴を追え! あのレイスが向かった先にダグロンが居る!」


 彼の言わんとしていることを理解したディロンは、すぐさまレイスの追討を命じた。とっさに剣士達が、立ちふさがるスカルガード達を次々と斬り伏せ、追おうとするが……


「い、いけません! 左方、別の敵が潜んでいます!」


 後方から、回復した弓術士による警告が飛ぶ。

 直後、竜巻が巻き起こり先頭のディロンと剣士達が巻き上げられてしまった。


「ぐあッ……」

「【ライシャスガード】!」


 即座に、白魔導師がディロンらに個々に結界を張る。結界に守られ竜巻から抜け出すことに成功したディロンは、他の騎士達と共に一旦距離を取った。竜巻の中心に、フライング・ポリプが佇んでいる。

 このモンスターは、攻撃中にしか姿が見えない『透明』のモンスターだ。攻撃中ではない状態の時は、弓術士の感覚なくして存在を察知できない。


「こちらにもフライング・ポリプが……【ヘイルキャノン】!」


 ディロンは今度は弱点を狙おうとはせず、氷塊を発射した。

 火炎、電撃、闇撃に関しては、召喚師の防御魔法で防ぐ手段がある。対応する防御魔法が存在しない唯一の属性が、冷気だ。確実にダメージを与えることを優先したのだ。


〈おやおや、意外にも良い判断をなされる。流石、と言っておきましょう〉

「何……っ」


 と、そこへ再びレイスが現れた。必要以上にディロンには接近してこず、少し離れた位置で佇んでいる。

 いつの間にか、またフライング・ポリプが姿を消していた。『戻れ』命令で攻撃解除され、再び透明化したのだろう。


 さらに直後、ヴォンという鈍い音が響くと、金色の魔紋が空中にいくつも浮かび上がる。その中から、先ほど魔法攻撃で倒されたスカルガード達が再び出現した。復活能力により魔紋から甦ったのだ。

 それを見て舌打ちし、ちらりと騎士隊の召喚師の方へと視線を向けるディロン。復活するスカルガードを食い止めるには、召喚師に封印してもらうしかない。


〈くっくっく……村が襲われたことで、貴方だけが出てきて下さって助かりましたよ。お二人に揃われては、面倒でしたのでね〉

「私()()……だと?」


 ダグロンの言葉に、ディロンははっと気づく。


(私だけが『出てきた』……つまり、洞窟の場所を知っている。そして『二人』揃えられたくない……まさか!?)


「いかん! 総員転回、洞窟へ戻れ! 残った部隊が危ない!」

〈おやおや、勘が良いことで。ですが、逃がすとお思いですか?〉


 すぐさまディロンが撤退を命じるも、レイスから聞こえてくる声は余裕を崩さない。

 さらに、直後。


 ――ズウウウンッ


 突如、後方の白魔導師隊の目の前に影が降ってきた。

 巨大な獅子のような胴体と口、しかしその両目にあたる部分からは、山羊とトカゲの頭が生えている。


「な、ご、合獣キマエラだ!」


 機甲系の上級モンスターだ。

 騎士の一人が叫び、それに示し合わせるかのように合獣キマエラのトカゲの頭が口を開く。その口の中に炎が溜まっていた。


「【レヴァレンスシェルター】!」


 咄嗟に白魔導師隊が、半球状の結界で自身らの隊を包み込む。合獣キマエラの吐いた火炎のブレスを、なんとか光の膜が防ぎきった。


「あ、あらゆる角度から強い気配が近づいてきます! おそらくは、上級モンスターの群れ!」


 弓術士達が悲痛に報告してくる。

 脂汗をかきながらも、ディロンは全方位を警戒するように見回す。上級モンスターとはいえ、少数ならば正規の騎士達にはさしたる脅威でもない。だが集団で、なおかつ包囲してくるように襲われるとなると別だ。


〈貴方がたは、ここで私達と遊んでいてもらいます。テナイア達を殺すまでの間、ね〉

「貴様ぁ!」


 ディロンが歯噛みする。

 だが、これだけのモンスターが揃っているとなると、転回すること自体が自殺行為になりかねない。彼は今、『私()』と言った。相当数の敵召喚師がここにいるということ。

 転回している場合ではない。全力をもって戦わなければ、しのぎ切れない。


(テオ、マナヤ、アシュリー……テナイア!)


 心の中で仲間たちの身を案じつつも、ディロンは再び攻撃魔法の準備に入った。



 ***



 一方、洞窟の中。

 テナイア達は既に召喚師解放同盟の襲撃を受けていた。


「皆さんご無事ですか?」

「は、はい、なんとか」


 テナイアが、薄暗くなった洞窟の中で皆に確認を取る。洞窟に残った女性騎士達から、戸惑いつつも返答が返ってきた。

 先ほどテナイアが治療した生存者の女性は、頭を抱えながらガタガタと恐怖に身を震わせることしかできない。ブライトン一味に慰み者にされていたようだ。


(その上で、さらにこの仕打ちですか)


 と、テナイアは岩で塞がった洞窟の入り口を見つめる。


 ディロンらが開拓村での襲撃を知って、出撃した後。突然、この洞窟の入り口に『レイス』が出現したのだ。

 すぐに黒魔導師が精神攻撃の魔法を放ったものの、全く倒れる気配がなかった。やむなく、建築士らに洞窟の入り口をふさいでもらい、レイスの侵入を防いでいる。

 洞窟内の明かりの魔道具が残っているので、真っ暗闇に取り残されることは免れた。


 厳しい顔をしつつも、テナイアは弓術士に確認を取る。


「まだ、レイスは入り口にとどまっていますか?」

「は、はい、おそらく。建築士が造ってくれた壁の傍から、敵の気配が離れようとしませんので」


 つまり、『寿命』で死んでもいないということだ。その返答に、テナイアは歯噛みする。一角に固まっている騎士達へと顔を向けた。


「貴女がたは、召喚師でしたね。このようなレイスに、心当たりは?」

「い、いえ、何も。お役に立てず申し訳ありません」


 残った召喚師達に訊いてみても、申し訳なさそうにそう縮みこむのみ。

 無理もない、とテナイアは内心ため息を吐く。この召喚師達は、村に常駐していた騎士隊の者だ。マナヤからの指導も、召喚師候補生に解説していたのを同席していた程度しか受けていない。込み入った情報は知らないのだろう。


 ――バチィッ


「くァッ!」


 突然、電撃音と共に女性剣士が鋭い悲鳴を上げる。胸を押さえて膝をついていた。その体に、まだ僅かに電撃がまとわりついている。


「シルフ!?」


 この現象は、テナイアも良く知っている。スレシス村にて、四大精霊が村人を襲った時のものだ。


「【ライシャスガード】! 大丈夫ですか、しっかり!」


 すぐさまテナイアは、全員に個別の結界を張る。複数人にも一瞬で同時に個別の結果を張れる、白魔導師の魔法だ。

 膝をついた女性剣士にも治癒魔法を施しつつ、テナイアは弓術士に確認を取る。


「敵の位置は!」

「そ、それが、感知射程ギリギリなんです! 私も今、やっと気づいた所で……!

「く……」


 この現象も、テナイアは良く知っている。召喚師による、射程延長の補助魔法を受けた四大精霊の攻撃だ。


 ――バチィッ


 再び電撃が別の騎士を襲う。結界に阻まれたが、その一撃で彼女の結界が解除されてしまった。

 白魔導師の結界は、一撃を肩代わりすると消滅してしまう性質のもの。テナイアはすぐに彼女への結界を張りなおした。


(入り口を塞いだことが、仇になってしまった)


 四大精霊は『発生型』の攻撃法を持ち、視界が通らなかろうと障害物があろうと関係なく、攻撃を当ててくる。こちらは、壁越しに反撃する手段がない。


 逃げ場がない、袋の鼠だ。


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